拳願会。
三百年前、当時の徳川将軍が鶴の一声により発足した、商人同士の紛争を解決するための組合である。
二度の世界大戦を超えても消え去ることなく連綿と現代にまで存続し、日本が世界に誇る大企業のトップたちは漏れなくこの組織に所属している。その影響力は語るに及ばず。
長い歴史の中で些細な変化はあれど、その紛争解決手段は変わることなく受け継がれている。
では、その解決手段とは何なのか?
それ即ち、
商人にとって何より大事な目利き。己が目を以って最強と見込んだ戦士――闘技者を代理として闘わせるのだ。
複雑かつ文明的な商人の世界に相反する、勝った方が望みを叶えられるという極めて単純で原始的な闘争。
闘技者の拳に願いを乗せ行われる仕合。それを彼らは拳願仕合と呼んだ。
そして現在、絶海の孤島である絶命島で拳願会会長という日本経済界の頂点の座を巡って男たちがぶつかり合う史上最大の拳願試合、拳願絶命トーナメントが開かれていた。
大会初日、一回戦第一試合が終了し会場の熱気は天井知らずに上がっていく。
トーナメントの開幕を告げる今井コスモとアダム・ダッドリーの一戦はどちらが勝ってもおかしくない接戦であり、素人玄人問わず全ての観衆を等しく高揚させていた。そのボルテージは収まる所を見せず次の戦いへの期待感へと変換されていく。
観客たちの視線は待ちきれぬとばかりにドームの中心へと固定されていた。
そんな闘士たちの戦場へと繋がる通路を進む男が一人。会場の熱量はドームを包み内部まで届いているが、しかして男は何ら反応を示さない。
熱に当てられて急ぐでもなく、かといって怯んで歩みが鈍ることもなく、ただただ自然体として足を動かしていく。
泰然自若とした雰囲気であるが、見る者が見れば彼の眼の中に渦巻く熱を読み取ることが出来るだろう。
会場に籠る熱気すら凌駕し跳ねのける、闘争心という炎の熱を。
戦場に望む彼の脳裏に過ぎるは、己を快く送り出してくれた故郷の人々の姿。そして贅沢という毒に蝕まれ初心を忘れつつあった醜態を晒す自分自身。そんな己が目を覚まさせ、人生初の敗北を教えてくれやがった男の憎き
己の過去に思いを馳せ、吐息を一つ。
それをスイッチとして、男は意識を切り替える。
今から望む至高の戦いへと。
『闘技者、入場っ!!!』
男が一歩戦場へと足を踏み入れ、歓声が爆発した。
『その男は、
司会の片原鞘香に声と共にリングへと現れたのは、紹介された通りのデカい男であった。
力士やプロレスラーといった厚みのあるデカさではない。
例えるなら天へ天へと延びていく、大樹のデカさ。
どこかの部族の民族衣装だろうか。局部のみを纏うその衣装は彼の肉体を余すことなく世界へと晒す。
五体の
根を張る足は力強くされど軽やかに大地を掴み、枝たる腕は太く長い。
その偉容、さながら世界樹の如し。
『優勝候補大本命の一角が、第二試合にて早くも登場!』
さもありなん。その強さを疑う者は居ない。
素人でも分かる。この男は強いと。
デカさという極めてシンプルな強さの物差しは、常識という規格を軽々と超えている。
玄人ゆえ察する。この男の強さを。
その男が秘める『牙』に匹敵する戦闘力を、他の闘技者は見逃さない。
『身長242センチ体重171キロ、拳願仕合戦績16勝1敗!企業獲得資産9307億3800万円!NENTENDO代表闘技者!』
迫る闘争の気配。それに呼応して、男は秘めた熱を咆哮として解き放つ。
『
「―――ッッ!!!」
声にならない声。その意味するところを、聴衆は過たずに受け取る。
『この世で一番強いのは俺だ』
その宣言たる咆哮を。