【完結】河野春男? いいえハルです   作:和尚我津

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VS龍旼

 突如として勃発した、東洋電力によるクーデター。

 ドームの各所では闘技者や護衛者たちが、東洋電力が持ち込んだ兵力――守護者たちと戦いを繰り広げられていた。

 その廊下の一つに、柳葉刀を手に大立ち回りを演じる男が一人。

 東洋電力の守護者(ガーディアン)がNo.2、龍旼(ロンミン)

 古代にて大陸で名を馳せた暗殺者の名を冠した男であった。

 

 その男を相手に、闘技者であるアダム・ダッドリーやガオラン・ウォンサワットは苦戦を強いられていた。

 元より刃物との対決。素手の者が不利となるのは自明の理である。

 

 それでも並みの相手であれば彼らならば打倒していたであろうが、生憎と相手は生半可ではなく。

 手傷も負い、敵側の増援もあり、彼らは徐々に追い込まれていった。

 

 龍旼は下卑た笑みを浮かべ、闘技者たちを甚振るように追い詰めていく。

 縦横無尽に振り回される柳葉刀は人を容易く絶命足らしめる致死の領域を作り出す。

 車いすを降りた今井コスモは、その空間に向かって足を延ばし――背後から飛んできた複数の刃により足を止めることとなった。

 

 湾曲した刃――ククリ刀(グルカナイフ)は闘技者たちを避け、彼らを囲む守護者へと襲い掛かり、その命を散らしていく。

 

 飛来するククリ刀の数は守護者と同数。龍旼は己に向かって飛来する凶器を柳葉刀で叩き落すが、それ以外の者たちは等しくその生涯を終わらせた。

 

「怪我人は安静にしてた方がいいよ。負わせた俺が言うのもなんだけどさ」

 

 その言葉と共に現れたのは、己が部族の民族衣装でその身を包んだ青年ヤクと、先の仕合でコスモと激闘を繰り広げたハルその人。

 赤く染まった肌はポロシャツとジーンズで覆われ、仕合時の民族衣装しか彼を知らぬものには些か奇妙に映っていた。

 むべなるかな。普通とはとても言えないかけ離れた容姿のだから。

 天を衝くような身長。丸太のように太い手足。赤く染めあがった肌。

 

 ――その左手に握られるククリ刀。

 

 その全てが、普通とはかけ離れている。

 

「急に現れたと思ったら、仲間を全員殺しやがるとは。やってくれたなぁお前」

「ホントに仲間だと思ってた? アンタなら何人かは助けられたと思うけど」

「いやいや、俺は自分のことで手一杯だっただけだっての。言いがかりはやめてくれよ」

 

 迷惑だといった口振りであったが、龍旼の顔に張り付いた笑みが彼の言動を否定している。

 

「は、ハルさん……アンタ、あいつらを……」

「ああ、殺したよ」

 

 目前であっけなく行われた殺人に動揺したコスモの、問いかけにすらなってない問いにハルはあっさりと肯定した。

 

「俺はグルカ兵だから」

 

 そういってコスモの前に立つハルの顔には苦笑が浮かんでいた。

 最強の傭兵集団、グルカ兵。

 その中でなお最強と呼ばれ、闘神と謡われた男がハルだ。殺しの一つ二つで動揺することはない。

 

「ハル、ここは任せていいんだな?」

「ああ、ヤクは別の場所の人を助けてあげて」

 

 その言葉にヤクはあっさりと従って離れていく。

 発言とは裏腹に、彼は何も心配などしていなかった。

 己が知る最強の男の実力を、何よりも信頼していたから。

 

「皆さんは下がってて。死合(コレ)は、俺の領分だからさ」

 

 その言葉を聞き、コスモは大人しく身を金田末吉に預けた。

 自分を下した男の実力を、信用しているが為に。

 

「カッコつけんなよ。負けた時が惨めになるぜ」

 片手をポケットに入れた仁王立ちのまま柳葉刀を旋回させ、風切り音が廊下に響かせる龍旼。

 ククリ刀を逆手に構え、仕合時とは打って変わってダラリと両腕を下げ相手を見据えるハル。

 

 

 二人の戦士が廊下にて対峙した。

 

 

 間隔が短くなる風切り音。二人の闘気が満ち、一触即発までに高まった空気が重さとなって伸し掛かる。

 勝敗がどうなるとしても、圧倒的なリーチの差から初手は龍旼の攻撃から戦闘が開始されるものだと。

 

 そんな彼らの予想に反して、先手を取ったのはハル。

 その第一撃は、先ほどと同じように投擲。

 一点。違うのは投げられたもの。

 今井コスモが降りたことで、乗り手が居なくなった車椅子。

 それが龍旼目掛けて勢い良く投げ付けられた。

 

 片手で投げられたとは思えない速度で迫る車椅子を、龍旼は柳葉刀で斬り捨てる。

 横薙ぎに振るわれる刃は対象をあっさりと切り裂き、余った勢いで廊下の壁面に傷を付けていく。

 その刃の下を潜るように、ハルは駆けだしていた。

 

 間合いの広さを利用して囮を攻撃させ、距離を詰める。

 だがその程度は敵も想定済み。その上で相手が選択するは間髪入れぬ連撃。

 ハルが懐に飛び込むより早く龍旼の第二撃が襲い掛かる。

 陰ることのない速度と共に上段から振り下ろされる柳葉刀。

「シィッ!」

 ハルはそれに合わせるように側面からククリ刀を叩きつけた。

 タイミングを見誤れば即死に繋がる芸当を、戦士はこともなく行う。

 

 逸れた柳葉刀が床に叩きつけられると同時、ハルは龍旼目掛けて跳躍。

 一撃で仕留めんと首元目掛けてククリ刀を振るった。

 

 命を奪わんと迫る刃に、しかして龍旼は冷静に一歩後退。スレスレの所を通過した刃を余裕の眼差しで見送る。

 今度は腹を裂かんとハルは手首を返すが、その刃はいつの間にか手元に戻ってきていた柳葉刀に防がれる。

 

「こんなあっさりと俺の懐に入り込むとは。ムカつくなお前」

「恥じることも、屈辱を感じることもないよ。俺はヒマラヤで一番強い男だから」

 鍔迫り合う両者は、されど軽口を叩き合う。

 二人の男の力を受けて、鍛えた(かね)がギチリと軋む。

 一つ二つと呼吸を挟み、龍旼を弾き飛ばさんと更なる力を籠めたハル。

 

 瞬間、己が力の流れを利用され、ハルの膝ががくりと折れる。

 

「っ!?」

 

 体勢が崩れたのは一瞬、されど至近距離で手練れを相手にしては、それは明確な隙に他ならない。

 逆に刃を弾き返され、無防備となった胴体に柳葉刀が迫る。

 龍旼の間合いは変幻自在にして広大。後退してもそのまま胴体を膾切りにされるだけだとハルは理解していた。

 

 故に跳んだ。逃げ場を平面ではなく、立体に求めて。

 片膝着いた状態など関係なと言わんばかりの跳躍力。巨体を驚くほどコンパクトに丸め、柳葉刀を躱す。刃を見送り(くう)で伸身。ククリ刀を振り下ろす。

 

 龍旼は頭上から襲い来る刃を、剣を振り切った勢いを利用して独楽のように回転し後方へ跳躍する。

 僅かに広がる間合い。そこで両者は再び対峙する。彼我の距離は2メートル、一歩踏み込めば互いの殺傷圏内に入る近さであった。

 

 ハルは先ほど受けた技を思い返し、言葉に乗せる。

「……今のは、十鬼蛇王馬の二虎流?」

 思い起こすのは十鬼蛇王馬が好んで使っている力の流れを操る技――二虎流が操流ノ型『柳』。

 原理は分かっていても一朝一夕では身に付かぬ絶技。かの流派以外で見覚えのない技であれば、同門であると疑うのは当然の帰結である。

「ハッ! あんな紛い物の二虎流と一緒にするんじゃねえよ!」

 不愉快そうに吐き捨てる龍旼。ともすればそれは肯定しているともとれる言葉であった。

 

 真贋など知らぬが二虎流だと分かれば十分だと判断し、再度吶喊するハル。迎え撃つ龍旼。

 縦横無尽に振り回されるククリ刀。弾き返す柳葉刀。

 無数の火花が空に散る。交わる二刀の内、赤く染まるはハルの剣のみ。朱色の線が宙に描かれると共に龍旼の白スーツが裂かれ鮮血に染まっていく。

 一方的に傷つく龍旼。身体能力の差、そして短剣と長剣という得物の差により、超近距離での戦闘ではハルに軍配が上がっていた。

 

 ハルは『柳』を警戒し、武器が触れると同時に弾き飛ばすように力を籠め、鍔迫り合いには持ち込ませない。望むは速さによる手数の勝負。

 その狙いは完璧に嵌り、このままいけば遠からず龍旼は敗北を迎えることとなる。

 だというのに、男から余裕の笑みは消えていない。何よりも物語っている。龍旼には奥の手があると。そしてハルも理解している。その奥の手とは恐らく()()であると。

 

「お前はどうやらそれなりには厄介な相手みたいだからな……見せてやるよ」

 

 その言葉と共に、龍旼の身体に変化が現れる。

 エンジンのような振動音が鳴り響き、全身が赤黒く染まっていく。

 

「やっぱり! それは、十鬼蛇王馬の!」

「一緒にするなと言ったよなぁぁ!」

 

 二虎流奥義『憑神』。

 十鬼蛇王馬が『前借り』と呼ぶ技である。

 

 金属音が連続し一つの音のようになった。

 火花の数は増え、一方的だった攻防は互角となり、いくつもの裂傷が互いの身体を傷つけていく。

 なれど深手というものは双方未だ無し。

 かすり傷と呼べるものを積み重ね、両者は赤き肌を鮮血で染め上げていく。

 

「ッチ! まだ遅いか! だがさっさと死ね!」

 言うや否や駆動音の間隔が短くなり、長物を振るう龍旼の手数がククリ刀と並び、そして追い抜いた。

 互いに付けられていた傷は、徐々にハルにのみ入るようになる。

 

 ついに形勢は逆転した。どろりとした血液がハルの身体を伝い、振り落とされるように床に落ちていく。

 不利となった現状。迫る敗北、否、死の気配。

 それを前にしても、ハルは臆すことなく武器を振るい続けた。

 目にした龍旼も、柳葉刀の回転を止めない。

 

 呼吸音と風切り音、そして金属音が響く戦場の演奏会(コンサート)。離れた場所で他の闘技者たちも固唾を飲んで見守る中、ただ時間が過ぎていく。

 

 10秒、ピシリと不吉な音が響く。

 20秒、ハルのククリ刀にヒビが走る。

 30秒、ヒビ割れが刀身全体に行き渡り、ついに限界を迎え。

 

 

 

 

 金属が割れた音と共に、その瞬間は、唐突に訪れた。

 

 

 

 

「「!?!?」」

「……あ?」

 

 

 困惑の声と共に、膝から崩れ落ちる男が一人。男の名は――龍旼。

 手足は震え、柳葉刀が滑り落ちる。

 肌の色は元に戻り、いっそ青白くなっていた。

 先ほどまでの攻防が嘘かのように力が入ってないのが見て取れる。

 

 周囲の困惑を他所に、ハルは落ちた柳葉刀を遠くまで蹴り飛ばし、悠々と龍旼を見下ろす。

「て、めぇ……なにしやが、った?」

 彼に向かって、龍旼は思いのまま疑問を投げた。

 技か、はたまた毒か。

 一体どんなトリックを使ったのかと。

 

「俺は何もしてないよ。お前がそうなったのは自業自得。ただの自爆だよ」

 なんてことないようにハルは答える。龍旼は訳が分からないといった風情だった。

「お前のその変身技、心拍数を強引に上げて身体能力を上げるものだろ?」

 違うか? 確認として投げかけた言葉に返ってくるものはなかったが、その沈黙が何よりの答えである。

「酸素を沢山使って身体能力を高めるという意味では、俺の()()と大差ないが、その過程には大きな差がある」

 腕に着いた傷口を舐めるハル。その血はべっとり舌にはりつく。

「見ての通り、俺のこれは()()()()して使える酸素の量を増やしている。一方、お前のは()()()()して対処している。平常時なら大差ないけど、問題となるのは傷が負った時」

 

 その言葉にコスモは、金田は、アダムは、ガオランは――龍旼は、ハッとする。

 

「心拍数を上げてる以上、傷を負った時の出血量は通常の比じゃなく多くなる。体内の血液が有限な以上バンバン出してればそりゃすぐにガス欠になるさ。ちょっとした傷なら問題ないだろうけど、そんな可愛いものじゃないでしょ?」

 傷とか出血とかを舐めすぎ。戦場経験がなさすぎたね。

 そう締めくくったハルからは、既に闘争の気配は消えていた。

 最早それは、龍旼は敵ではないと物語っているに等しく、その事実に龍旼は絶えられなかった。

 

「っナメんなぁオラぁっ!」

 

 最後の力を振り絞り、龍旼はハルに向かって飛び掛かる。

 懐に隠し持っていたナイフを取り出し、刃先をハルに向ける。

 限界を迎えたとは思えぬ鋭い動き。

 だが悲しいかな。先ほどまでと比べれば、それは目も当てられぬほど、遅いものだった。

 

「お前から来たんだ。後悔するなよ?」

 

 突き出された龍旼の腕。それをハルはあっさりと掴み、捻り上げた。

 零れ落ちるナイフ。それに目も向けず、ハルは右手の五指を曲げ虎爪の形を取り、その掌底を相手の心臓目掛けて、全力で放った。

 

 

 それは、グルカ兵が恐れた一撃。

 その形状が五つの鈷が付いた杵に似ていたことから、インドラが使う武器を冠して、こう呼ばれた。

 

 五鈷金剛杵(ヴァジュラ)と。

 

 轟音。

 およそ人体から響いては行けない音が鳴り響き、龍旼の身体を空を滑った。

 廊下と平行に跳び、壁面に着弾。二度目の轟音が鳴り響き、壁が崩壊する。

 砂塵が晴れた先、龍旼は力無く倒れていた。

 その胸部は手の形に陥没し、鈷の部分は皮膚を突き破り血を流している。

 

「言ったのに。恥じることも、屈辱を感じることも、ないってね」

 

 伝説の凶手を冠したその刃は、闘神を前に敢え無く折られたのだった。




ハルが居なくて山下一夫(ヒロイン)は原作よりピンチでしたが、早く目覚めた十鬼蛇王馬により守られました。

龍旼は牢屋送りにされ、蘭城くんと仲良く蒼穹に行く予定です。

次話は11/8、19時ごろ投稿予定です。
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