【完結】河野春男? いいえハルです   作:和尚我津

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VS十鬼蛇王馬

 トーナメント最終日、泣いても笑っても、新たな拳願会の頂点が決まる運命の日。

 都合三十一の仕合は、遂に残すところ僅か七戦。その先陣を切る準々決勝第一試合。

 

 現れるは二人の(ゆう)

 

 一人、先日のクーデターの際に刀傷を全身に負えど、それを感じさせない力強さを放つ、赤い肌を備える『闘神(インドラ)の化身』、ハル。

 一人、かの呉一族が満を持して送り出した魔神、雷庵との激闘を制した『阿修羅』、十鬼蛇王馬。

 

 この場に立つことに疑問を抱く者は誰もいない超雄。

 負ける姿など想像もつかないような男たち。

 今から数刻もしないうちに、両雄のどちらかが地に伏し、苦渋を飲むのだ。

 

「随分と傷だらけみてぇだな、ハル」

「ほんとそれ。予定外の怪我をしちゃったよ。まあどっちがボロボロかは、言うまでもなさそうだけどね」

 

 戦う前だというのに、まるで友人同士のような気安い会話が繰り広げられる。

 言葉の通り、見た目の傷はハルの方が酷いが、内実は王馬の方が重症であった。

 観客たちも怪我の具合は重々承知。オッズは圧倒的なまでにハル有利。

 

 だがハルは一切の油断をしていなかった。

 戦士だから。闘争の場だから。自分も怪我を負っているから。

 否。

 目の前の男が、極めて警戒すべき、戦うに相応しい強敵であったから。

 

 不敵な笑みを浮かべる王馬に応えるように、ハルもまた笑みを浮かべる。

 笑い合い、同時に視線を切り、開始線まで下がる。

 

『インドの神話ここに再現っ! インドラ(デーヴァ)阿修羅(アスラ)が相見えるっ!! 準決勝の椅子! 最初に座るは果たしてどちらか!?っ』

 

 実況の声が響き、両者は構え、再度向かい合う。

 

 観客たちの野次が未だ飛ぶ最中、遂に審判の手が振り下ろされ。

 

 仕合の火蓋がここに切られた。

 

 

 

 ――即時、ハルが駆ける。

 それは、阿古谷戦の焼き直しのような突撃だった。

 異なるのはその加速力。莫大な酸素を消費したスピードは、驚異(脅威)の一言。

 

 されど相手も然る物、十鬼蛇王馬。この急襲に対して即座に反撃の一手を繰り出す。

 二虎流金剛・火天ノ型『瞬鉄・爆』。

 二虎流最速の攻撃であり、カウンター時に最も効果を発揮する攻撃。最高速で突進してくるハルの行動に対して最適な一手だと言えるだろう。

 

 故に褒めるべきはハルの身体能力。

 トップスピードで走っている肉体を急制動、勢いを殺し切り前方宙返り。王馬の頭上ギリギリを超える様に跳躍し、彼の頭上を取る。

 

 王馬の後頭部に迫る右の踵。こちらはそれを地面に飛び込むような前転で回避。すぐさま立ち上がろうとするも、その頭部に迫るはハルのローキック。

 辛うじて防ぐが、その威力により王馬は地面を転がっていき、先回りしたハルがまた蹴りを放つ。

 

 蹴る。蹴る。蹴る。

 払うように。踏むように。落とすように。蹴りを繰り出し続ける。ハルは王馬を立たせないように連続で蹴り飛ばす。

 

『キックキックキックぅーー! ハル選手のキックが止まらないーーっ!! 王馬選手、辛うじて防ぎ続けるが蹴り飛ばされ続けて立ち上がることができないっ!! この光景はさながらサッカーボールのようだーーっ!!!』

『自分の武器であるREACHを徹底的に利用して攻め続けてマースっ!!』

 

 大樹から垂れる蔓のようにしなやかな足が王馬を打ち付ける。衝撃はガードの上から貫通し体を右に左に振り回し、スタミナは確実に削られていく。

 

 大半の観客の予想通り、仕合展開はハルの一方的なものとなっていた。

 

(……妙だな)

 

 この状況にハルは違和感を抱く。

 

 トーナメントで見た十鬼蛇王馬の仕合、都合二度。

 その内容から分かるのは、二虎流という技の幅広い対応力と、それを高い練度で修めた十鬼蛇王馬の実力。

 剛柔共に高レベル。ともすれば打撃部門と組技部門の両方で最高峰クラスかもしれない。文句なしの難敵。

 それほどの男が、これほどまでに防戦一方となるものだろうか?

 

 

 ハルの疑問に答える様に、十鬼蛇王馬が動く。

 

 いったい幾度目か。ハルの蹴りが王馬を襲った時、それは起こった。

 今までと同じような光景。同じような攻防。相違するところ一点。

 王馬のガードが上がっていないのだ。

 

 ハルの蹴りは全て頭部を狙ったもの。直撃すれば昏倒必至のそれを、不利な体勢ながら王馬は悉くガードしていた。

 それを放棄したのだ。

 

 無防備の晒された顔目掛けて、ハルの足が弧を描く。

 

「っ!?」

 

 あえなく直撃したかと思われた一打。しかしそれは王馬をすり抜ける。

 否。余りに淀みない動きにより、そう見えただけ。

 

 これこそが十鬼蛇王馬の狙い。

 栄養飢餓による自食。

 ハルの絶え間ない連撃に王馬の体力は底を突き、人体の補助電源である細胞内に常在する(ハウスキーピング)タンパク質を分解するに至る。

 タンパク質はアミノ酸に分解され、より重要度の高いタンパク質へと姿を変える。

 結果、王馬の全身から無駄な力みが消え、類を見ないほどの滑らかさを手に入れたのだ。

 

 この現象に気付いたのは、外野に居る医学的見地の高い人物のみ。ハルは王馬の身に何が起きたのか理解していない。だがこの状況で王馬が更に()()()ことを、頭ではなく体で感じ取っていた。

 

 

 

 背後に迫る気配。

 それを敏感に感じ取ったハルは、空を切る左足の勢いをそのままに体を回転され、背面に向けた右のバックブローを振り放つ。

 戦士の勘か。落とす様に放たれた一撃は正確に王馬の頭部目掛けて奔り、されど再び通り抜けた。

 

 二虎流火天ノ型『幽歩』。

 

 極限の脱力は技の精度を格段に上昇させた。

 名が示す通り幽霊が歩くかの如く攻撃を避けた王馬は、そのままヌルりとハルの懐にまで潜り込みガラ空きとなった肝臓に向けて反撃の狼煙を上げる。

 

 二虎流金剛ノ型『鉄砕』。

 

「っぐぅっ!!」

 

 脱力からの力み。その振れ幅は技の威力を格段に跳ね上げる。

 雷庵にすらダメージを負わせた一撃に、ハルの口から苦悶の声が漏れた。

 激痛。腹膜が痛哭を上げ、血流を締め上げる。

 常人であればそれだけで気を失うであろう悶絶必至の一撃。

 

「っラァ!!」

 

 だがここに立つは只人に非ず。

 ヒマラヤ最強。インドラ(闘神)の化身なり。

 

 響く痛みを噛み殺し、長い左腕を使って王馬の頭を抱え込み、返す刃で右膝を胸に叩き込む。

 王馬は『不壊』でガードを固め、伝わる衝撃に目を瞠る。

 先ほどまで受けていた速さ重視のローキックとは全くの異質。

 骨格(フレーム)が違う。血液(ガソリン)が違う。関節(スプリング)が違う。筋肉(パワー)が違う。

 ハルという男の規格の違いを知らしめる、全力の一撃。

 王馬を襲った()()である。

 

 ガードの上から潰しにかかるような威力。肺から空気が押し出され、血から酸素が抜け落ちるような錯覚を抱くほど。

 ハルは痛みを推して、続けざまに右肘を落とす。視界が下がり衝撃で肉体が硬直している今の王馬に、頭上から迫る攻撃を避ける道理はない。

 

 その目論見を持った一手は、あえなく外れた。

 王馬が躱したのではない。ハルが外したのだ。

 

 二虎流操流ノ型『柳』。

 

 密着状態から繰り出されたこの技で、ハルの体勢が崩された。

 決着の一手は透かされ、王馬もこの間にハルを振り払って距離を取る。

 

 両者一歩も譲らぬ激しい展開に、観客席は興奮と歓喜に包まれる。

 

 二人は示し合わせたように乱れた息を整え、体に走る痛みを押し込める。

 先の攻防。両者共に誤算があった。

 

 王馬は甚大なダメージを受けながらも、ハルの右膝を抱えていた。

 ハルは片足立ちという不安定な姿勢のまま肘を落とそうと体を延ばし、重心を高く浮かせてしまう。

 それを察知した王馬は『柳』で崩してハルを地面に押し倒し、その倒れた勢いのまま雷庵を仕留めた技、金剛・水天ノ型『鉄砕・廻』へと繋げ勝負をを決めんとした。

 しかし、ハルの肉体は王馬の想定を超えて安定していた。それはまさに、初見の時に抱いた大地に根を張る巨木のイメージそのまま。片足であろうと、崩しきることは能わず。

 結果として、肘打ちおろしの軌道を変えるのみとなってしまったのだ。

 

 一方のハルも、王馬の『柳』の精度に目論見を外される。

 クーデター時、龍旼との一戦で『柳』を体験したハルは、どの程度であれば耐えれるか当たりを付けていた。

 想定通りであれば、あの密着状態であっても崩されずに王馬の頭部に致命傷を与える自信が彼にはあった。王馬の『柳』は、その想定を超える完成度を誇っていたのだ。

 

 心の裡で描いていた決着の場面、共に至らず。

 

 その事実に、両者は自然と笑みを浮かべる。

 想像通りの、否、想像以上の強敵であったが故に。

 

 

 トンっ、と軽やかに。

 ハルが間合いを広げていく。

 何度も跳ねるようにして王馬から離れていき、距離は20メートルも開いただろうか。

 

 一体何をするのだろうか、観客たちが疑問と共に固唾を飲んで見守る中、ハルは小声でぼそりと呟く。

 

 ――助走距離は十分だ。

 

 ハルの身体が一瞬深く沈みこんだ、その直後。

 弾けるような轟音と舞い上がる砂塵と共に、ハルの身体が急加速した。とても240センチメートル170キログラムの巨体が出したとは思えないほどの加速力を以って最高速に到達する。

 その速度、その質量、さながら暴走特急。目的地(王馬)に向かってひたすらに直進していく。

 

 ハルが見せた動きの中で、間違いなく一番の早さ。

 だが余りに距離が開いており、なにより直線的にすぎる。

 十鬼蛇王馬ほどの猛者ならば、あっさりとカウンターを取ることも容易だろう。

 

 

 開始時と異なり、その場でハルを待ち受ける王馬。

 そして間合いに入った瞬間、ハルの急所に向けて拳を繰り出した――。

 

 

 

 超人体質たる若槻とは異なる意味で、規格外の肉体を持つハル。

 その彼の一番の武器は、果たして何なのであろうか。

 ある者はこう答えた、恵まれた肉体による圧倒的なリーチだと。

 ある者はこう答えた、体を赤く染めるほどの血液による膨大なスタミナだと。

 ある者はこう答えた、上記二つによって生み出された並外れたパワーとスピードだと。

 

 そしてある者はこう答えた。

 常識離れした肉体を、支障ない高速機動を可能とする、人智を超えた強度を誇る関節。それこそがハル最大の武器であると。

 

 

 

 ――ハルは()()()()()()()退()()()()()()()

 再度、()()()()()()()()()王馬を殴った。

 

「「っ!!??」」

 慣性の法則を無視するかのような異次元の走行に、ドーム全体から驚愕の声が零れる

 

 カウンターを放った王馬が、反対にカウンターを受けて吹き飛んでいく。

 

 ハルは速度をキープしたまま駆け寄り、王馬が放つ反撃の蹴りを今度は横方向に移動し回避した。無論、速度は殺さずに。

 

 これこそが、ハルの奥の手にして真骨頂。

 前後左右。如何なる方向に進もうとも、ハルのスピードは陰ることはない。運動において当然のように備えるストップ&ゴーという概念は、しかし今のハルには適用されない

 武術により培った歩法ではない。生まれ持った肉体の性能、すなわち天性の才に任せたハルにだけ許された絶技。

 

 別の世界、300キロを超えた肉体においても驚異的なパフォーマンスを発揮した強靭過ぎる関節。贅肉という重りを持たない(毒に侵されていない)今のハルだからこそ成し得た、超高速移動術である。

 

 

 急前身。急後退。急右左折。その全てにおいて最高速。

 走行距離の長短も、もはや関係なくなった。

 一瞬の停止もなく、緩急すら有りもしない。

 つまり、ハルの攻撃は止まらない。

 

『うわぁぁぁーーーっ!! ハル選手、トップスピードのまま王馬選手の周りを不規則な動きで回り、いや曲がり続けるるぅっ!! まるでエンジンのついたスーパーボールだぁぁぁーーーっっ!!!』

『Unbelievable!! 一体どんな関節をしてやがるんデスカーっ!?』

『ハル選手の猛攻に晒される王馬選手っ!! 流石に苦しいかーーっ!?!?』

 

 常識を超えた動きに、王馬は後手に回り続ける。

 前かと思えば背後。かと思えばまた別の方向から。目と鼻の先で行われる有機的かつ不規則な動きに翻弄され、じりじりと追い詰めらいた。

 操流ノ型『流刃』で防御を固めてからは辛うじて致命傷を避けているが、肉体と体力は徐々に削られて、反撃の一手は望むべくもない。

 ハルも常識外れの挙動により大きく消耗してると言えど、持ち前のスタミナにより限界は未だ遠く。

 有利不利は、誰の目にも明らかであった。

 

 

 結果が目に見えた消耗戦。ハルの絶え間ない攻撃に、ついにその瞬間が訪れる。

 

 

 王馬の応手が一手遅れた。それだけ。

 たったそれだけのことで、側面に回り込んだハルの肝臓打ちが、王馬に直撃した。

 

 まるで自動車に跳ねられたかのように、王馬の肉体は遠方に飛ばされる

 借りは返したと言わんばかりの強烈な一打。

 

 地面を無様にも転がるも、すぐに立ち上がろうとする王馬。しかしもはや彼の膝は言うことを聞かず。そのまま折れて、地に着いた。

 

 観客が感じるは決着の予感。 山下一夫に聞こえたは王馬に忍び寄る敗北の足音か。

 

 力なく膝着く王馬に向けて、ハルは最高速で駆け寄り、全力・最高の一撃を繰り出さんとする。

 この一撃を手向けとせんと、手は虎爪を象る。

 

 王馬の真正面からの吶喊。見る者には堂々とした姿に見えていたかもしれない。

 

 正面から進んだために、ハルには王馬の顔がよく見えた。

 未だ目が未だ死んでいない、彼の決意の表情が。

 

(分かってたよ、それぐらい)

 

 あの程度の一撃で沈黙するはずがないことなど、未だ逆転の一手を狙っていることなど百も承知。

 ハルに油断はない。躊躇もない。

 ゆえにハルは王馬の目前に軌道を切り返し、その背後に回り込む。

 最後の望み、逆転の一手を外してやるように。

 

 この挙動に王馬は反応することが出来ず、無防備な背中を晒したまま。

 そこに向けて、躊躇なく、ハルは右腕を突き出す。

 

 五鈷金剛杵(ヴァジュラ)

 ハルが誇る必殺の一撃が王馬の背中に突き刺さる。

 

 

 

 

 瞬間、ハルは攻撃の威力が吸収されるような錯覚に陥った。

 

 否。事実として王馬の身体に吸い込まれたのだ。

 吸い込んだ勢いを利用して、地に着いた膝を軸に王馬の身体が半回転。

 幾度目か、正面から相対するハルと王馬。そのハルの胸に向けて、五鈷金剛杵(ヴァジュラ)の威力をも乗せた右拳が突き出された。

 

 

 これこそが操流・火天・水天・金剛を修めた先にある二虎流の奥義、『鬼鏖』。

 四系統の技全てを駆使して、相手の攻撃の威力を上乗せ返す、変幻自在のカウンター技。

 定められた型はなく、ただその時々に最適な反撃を取るという技は、背後からの奇襲ですら対応を可能とする。

 

 仕損じればより大きなダメージすら負いかねない『鬼鏖』を、王馬は一手すら誤ることなく完璧にやり遂げた。

 

 

 

 目前の光景に、観客は、山下一夫は、王馬は、ハルは、思わず息を飲んだ。

 

 

 

 

 故にこの結果となったのは、たった一つのシンプルな要因――

 

 

 突き出された拳を避ける、ハルの姿に。

 

 

 ――ただシンプルに、リーチが違ったが故に、訪れた結果である。

 

 

 圧倒的なリーチを誇るハル。その差を埋めるために王馬が踏み出した一歩。

 その一歩が、ハルに回避する余裕を与えた。

 

 半歩。僅かに半歩、横にずれただけ。

 それが生死を分けた。

 

 結果、王馬の必殺の拳は、あえなく空を切ったのだ。

 

「見事だ、十鬼蛇王馬」

 ハルの心よりの称賛。

 最後まで心折れることなく、ハルを打倒しうる牙を隠し持っていたのだから。

 

 だからこそ、ハルは躊躇しない。

 目前にある右の手首をハルは掴み、その伸びきった肘に向けて、己が左の肘を振り下ろした。

 逆方向から加わった力により肘は可動域を超え、折り畳まれる。

 

 

 

 

 ハルが意図せぬほどに、あっさりと。

 その時、脳裏に過るは闘技者にして死刑囚、驚異的な関節の可動域を見せつけた板東の姿。

 

 

 

 折れた腕、否、二虎流操流・水天ノ型『骨喰』――脱力により可動域が広がった腕に力が入り、ハルの体を強く押さえる。

 

 

 

 

 

 

(ここだっ!!)

 ハルの左肘が振り下ろされた直後、王馬の左肘がハルの延髄に打ち込まれた。

 

 二虎流火天ノ型・極『縮地』

 

 筋肉ではなく骨で立つことによる移動を極意とする火天の極み。

 腕を掴まれ自由が利かない極小の間合いの中、重心移動により十分な加速を獲得。

 右肘を起点に回転するようにして、強力な一撃が零距離で放たれた。

 その衝撃にハルの頭は下がり、延髄へのダメージで肉体が一瞬硬直する。

 

 二虎流金剛ノ型・極『抱骨』

 

 己が全身の筋肉を自在に操作する金剛の極み。

 逆方向に曲がった腕はそのままに、本来なら入らぬ力を筋肉の操作のより発揮。

 ハルの手を振りほどき、右の二の腕を逆に掴み返し、上方に押し上げる。

 

 二虎流水天ノ型・極『水鏡』

 

 相手の肉体を用いて極める水天の極み。

 上がったハルの右手首を後方から掴み、そのまま手首と肩を極める。

 その太い首の前方は肘が外れたままの右腕が絡みつき、ハルの右腕の上腕と手首を押すことで後方から首を圧迫した。

 

 絞め技を極められたことに気付いたハルは無論抵抗を試みる。

 だがやはり、一手遅かった。

 

 王馬の両脚がハルの左腕ごと胴体に巻き付き、地面に向けて倒れ込んだ。

 

 二虎流操流ノ型・極『傀儡』

 

 体内の力を操作し肉体を操る操流の極み。

 完全密着状態となることでハルの肉体すら操作の対象に置き、その行動を制限する。

 起き上がらせないため。立ち上がらせないために。その全ての力を支配下に置いた。

 

 それは瞬く間に起こった出来事。

 一瞬にして、ハルは首を極められ、地に伏せられた。

 

 

 『縮地』。

 『抱骨』。

 『水鏡』。

 『傀儡』。

 

 

 それは新たな二虎流。四系統の極み、全てを駆使した奥義。

 鬼鏖とは異なる、名もなき奥義が誕生した瞬間であった。

 意図して放った技ではない。王馬の体に染みついた二虎流が導いた、必殺の一手。

 

(まだだっ! まだ、俺は負けていない……っ!)

 極められ身動きがとれなくなったハルは、されど足掻く。両腕どころか全身自由にならぬ身で、全身全霊で足掻いている。

 天国から地獄。一瞬で完成された摩訶不思議なパズル。突然ともいえる出来事ゆえ理解しているのはただ一つ。このままでは敗北する。ただそれだけ。

 

 彼は抗う。ヒマラヤ最強の戦士という自負を以って。

 王馬が操る『傀儡』の糸すら振りほどき、己が力で立たんとする。 

 足掻く。足掻く。足掻く。

 

『ハル選手っ!絶体絶命の状況の中で立ち上がったっっ!!』

 

 その足掻きは、遂にハルを再び立ち上がらせた。

 

 

(ち、く、しょう……次は……負け、ない……戦士は……負け……)

 

 

 だが、限界は訪れる。

 この世が終わるまで永遠にあり続けると思われた大樹であっても、それは同じこと。

 朽ち果て、折れる時が、訪れたのだ

 

 永久に屹立せんとした大木は、その意識を手放して、地面に倒れ込んだ。

 

「強かったぜ、ハル。《次》があればまた戦ろうや」

 

 最後に聞こえたのは、去りゆく阿修羅の声。

 

 

 

 ドームに響き渡る、勝者を告げる審判の声が、彼に届くことはなかった。

 

 

 闘神(インドラ)の化身、三回戦にて散る。

 




エピローグは11/9(木)、19時ごろ投稿予定です。
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