俺はルウアに連れられてイシター神殿へやってきた。所々でかがり火やランプが焚かれているが夜の神殿というのは少し気味が悪いもんだ。
ルウアに案内されているから安心だが、こんな薄暗いところを歩くのは気が進まない。
「こちらです」
ルウアが他の部屋とは違う少し立派な扉へ案内してくれた。
「エブラ様の執務室です。エブラ様とサリア様がすでにお待ちです」
コンコン
「失礼いたします。エブラ様、ガッツさんをお連れしました」
「入りなさい」
俺はルウアが開けた扉から部屋へ入り、ルウアもその後に続く。
石造りの部屋は10m四方ほどの広さがあり、中央奥に立派な執務用の机がある以外はその手前に大き目のテーブルと椅子があるだけで思っていたより簡素な雰囲気だ。
10人は座れるテーブルの奥にはエブラ神官とサリア王女が座っていた。その後ろには宮廷騎士とかいうアルフェスが立っている。俺を見たエブラ神官が立ち上がって頭を下げた。
「ガッツさん、こんな深夜にお呼び立てして申し訳ありません。他の者には知られたくない依頼があったのです」
「エブラ神官、頭を下げることのほどの事でも無い。それで、依頼というのは何だ?場合によっては断らせてもらう事もある」
いくらお願いされても死亡フラグ立ちそうな依頼は勘弁だからね。後ろでアルフェスが面白くなさそうな顔をしてるけど無視だ。
「私はラジャフでこの依頼を頼めるのはガッツさんしかいないと考えています。まずは話を聞いて欲しい」
「いいだろう」
「ルウアから聞き出したのだが、サリア様達に注意するようルウアに言ったそうだが?」
言っちゃってるよ~。後ろでルウアが済まなそうな顔をしているわ。まあ、エブラ神官に聞かれたら嘘は言えないモンね。
「ああ、その通りだ。その雰囲気がどうしても普通の者とは思えない様に感じたからな。高貴な出の者ではないかとは思っていた」
「そうですか。さすがに鋭いですね。正体を明かさなければこの依頼をお願いできませんので、この方のご身分を教えましょう。よろしいですねサリア様」
サリア様がゆっくりと優雅に肯く。
「この方はバビリム王国の第一王女であらせられるサリア王女なのだ。この度は私に会うためにラジャフへお忍びでいらっしゃった」
「王女とは…。失礼いたしました」
俺は素早く片膝を着いて頭を下げる。いや、知ってたんだけどね。話の流れ上は演技も大切じゃない。
「ガッツ、ここは宮殿ではありませんからそこまでの礼は必要ありません。エブラ様、続きをお願いします」
「はい。ガッツさん、実はサリア様を護衛してバビリムまで送り届けて欲しいのだ。理由は察しているだろう」
「サリア様を害する者がいる、ということか?」
「そうです。バビリム王国の宮廷内では、現在不穏な動きがあるのです。すでにサリア様もバビリムで何度かお命を狙われているのです」
「だとしたら外へ出た方が警護が難しいかったのではないか?」
「実はバビリムの王宮にはサリア様の影となるものが病気を装って自室に閉じこもっています。その隙にラジャフへ極秘で私に会うためにいらっしゃったのです」
「その理由は教えてもらえるのか?」
エブラ神官とサリア様が目を交わして肯く。
「いいでしょう。お恥ずかしい話ですが、サリア様を襲う一派に神殿の者が絡んでいる可能性が大きく、その対応を相談するためなのです」
「それはだれだ?」
「現在のイシター神殿神官のトップであるファーガソン教正です。さらに、第一王女であるサリア様の座を狙うのは、第二王女のジュリア様です」
うわ~、なんか大物が出てきましたね。係わりたくねぇよ~!
「そんな大きな話に首を突っ込むのは気が進まないな。いっそう衛兵でも護衛に付けたらどうだ?」
「それは出来ません。サリア様がここにいることを知られてはならないのです」
「それはどうしてだ?」
「1週間後にバビリム王国の建国記念の式典があります。建国をイシター神に感謝して祈る、この重要な式典を前に第一王女が王宮を離れていることを知られるとサリア様にとって大きなダメージになります」
「つまり、政治的なダメージを避けるためにはサリア様が極秘裏に戻らなくてはならないということか?」
「そうです。そのためにも少ない人数でこの目的を達成する必要がありますが、普通の護衛ではこの任務が勤まりません。だからあなたにお願いするのです」
「理由は大方理解した。もしも、サリア様が建国記念の式典に出られなかったらどうなる?」
「おそらくファーガソン教正がサルゴン宰相に働きかけて王位継承順位の変更を狙うでしょう」
「ギル王子は確か行方不明だったな」(駆け落ちなんだけどね)
「はい。そのギルガメッシュ王子が第一継承者、サリア王女が第二継承者なのですが、第三継承者であるジュリア王女がサリア王女との逆転する可能性が大きいのです」
「それほど重要な式典なのか?」
「これまで五体満足な王族が出席できなかった例はありません。病気療養中でも本当かどうか詳しく調べられます。念のためサリア様の影を病気としましたが、詳しく調べられてはサリア様の不在がばれるでしょう」
「このことをサルゴン宰相は知っているのか?」
「宰相はどちらの味方でもありません。国を安定させるため、勝者に付くつもりでしょう」
宮殿内の勢力は五分五分らしい。どうする?この情勢でサリア王女に付くのが正しいのか情報が少ないので判断が難しい…。
「神殿への対応はどうするつもりだ?」
「神殿でファーガソン教正の動きを封じるために私も大神官としてバビリムへ行くつもりですが、ラジャフの仕事を部下へ引き継がなくてはなりません。そこで先に代理の者を行かせます」
「だれが行く?」
「ラジャフの神殿からはランパード神官長、さらにその従者としてルウアに行ってもらいます」
「本当か!?」
俺は振り返ってルウアを見た。すると、ルウアがコクンと肯く。
マジかよ!サリア王女はともかく、ルウアが同行するなら話が違う。パーティを組んでより近い関係になったルウアを危険な目に遭わせる訳にはいかない。
エブラ神官もすました顔をしているが、さすがは大神官ということか。意外と黒いな。策略に嵌るのはしゃくだが仕方が無い。
「分かった。エブラ神官、あんたの思惑に乗ることにしよう」
「ありがとうございます、ガッツさん」
エブラ神官が礼をいい、サリア王女も微笑みながら肯いている。王女は簡単に格下の者へ礼なんて言わないようだ。
「出発はいつだ?」
「急ですが明後日の昼にはラジャフを立つ予定です。それまでに準備をお願いします。詳しいことはそちらにいらっしゃる宮廷騎士のアルフェス様とご相談ください」
「分かった」
こうして俺はバビリム王国の政争に巻き込まれてしまった。この世界にずっといるつもりは政策チートをする予定はないので、政治に係わらないようにしようと思っていたんだがなぁ。
アルフェスとはバビリムまでの行程について早速打ち合わせをしたが、エリート意識が高い傲慢なヤツだった。なので、主導権は全てあちらに任せることにした。あまり友人にはしたくないタイプだ。
しかし、ルウアがバビリムへ行くとは予想外だった。こんなに早く婆さんをラジャフに置いてバビリムへ行くとは思っていなかった。
イシター神殿の本拠地はもちろんバビリムにあるので、ある程度神官として経験を積めばバビリムへ行って務めを果たすらしい。
エブラ神官もその能力を買われてバビリムで長く過ごし、大神官まで出世して幼かったサリア王女とも知り合ったという話だ。
その信仰心の強さから前教正には大神官として取り立てられたらしいが、残念ながら神殿内での政治力はあまり無かったため教正になれず、今のファーガソン教正に疎まれてラジャフへ飛ばされたそうだ。
こうなったらプラス思考で行くか。バビリムにはナリス達がいるから元々行く予定だったしな。
油断は禁物だが、あれぐらいの敵なら俺一人でも蹴散らすのに苦労は無い。他の四人が少しの時間自分の身を守れれば問題ないだろう。
そんな風に考えていた俺だったが、後で考えればそれは驕りだった。敵の襲撃は思った以上に用意周到だったからだ。