新章突入!
今回はトレーナー視点でお送り致します。
第11R:彼女の名は――――
物心ついた頃から、俺の眼はどこかおかしかった。
飛蚊症だとか幽霊が見えたりとか、そんなよく聞く類のものじゃあない。
それは明らかにヒトの眼に映っていて良い様なものではなかった。
初めて
芝 B ダート F
短距離 C マイル F 中距離 G 長距離 G
逃げ G 先行 D 差し E 追込 G
彼女の頭上に、まるでゲームのステータスみたいに表示されたソレ。
最初はこの数値が何なのか全く想像もつかなかったんだが、テレビ越しのウマ娘の頭上にも現れた事から、これがどういうものなのかが少しずつ解っていった。
ウマ娘にはそれぞれ適性というものが存在する。
ダートよりも芝のコースの方が走りやすかったり、長距離のレースが苦手だったり、逃げが得意な脚質だったり……
通常それらはトレーナーと呼ばれるウマ娘の専門家達が、知識や経験等に基づいて自身の担当に合った適性を見分けている。
だが、それも完璧というわけではない。
スタミナが無いからと短距離を走らせたが、適性的にはステイヤー寄りだったなんていう事がざらに起こり得る世界なのだ。
そんなトレーナーでも完璧に見分けるのが難しいと言われているウマ娘の適性を、俺のこの眼はランク的な数値として見抜く事ができるらしい。
試しに、名馬と呼ばれるウマ娘の写真を見てみた事がある。
そのウマ娘は所謂、王道路線で活躍していたのだが……
芝 S ダート G
短距離 B マイル A 中距離 A 長距離 A
逃げ G 先行 A 差し B 追込 F
その適性はかなり高い数値が出ていた。
流石は競走者として大活躍したウマ娘である。
というか、適性ランクがSまであるんだとこの時初めて知った。
それから、年月が経つにつれてこの能力のON,OFFを切り替えられるようになった。
まあ、常時ウマ娘の頭上にこんなの見えてたら邪魔でしかないからな。
そうして日々を過ごす内に、俺はこの能力を確実に活かせるであろうトレーナーという職を目指してみる事にした。
運が良い事に、親戚に中央でトレーナーをやっている人がいた為、俺は小学生の時分からその人に様々な事を教えてもらいながら、ウマ娘とトレーナー業について学んでいった。
中学の頃に色々あって両親が亡くなったりもしたんだが、トレーナーになるという目標だけは諦めなかった。
そうして俺は、トレーナー学校を卒業すると同時に中央のトレーナー免許を取得することができたんだ。
……実を言うと、18歳の頃に一度試験を受けた事がある。
だが、いくら親戚から学んでいたとはいえ、付け焼刃程度の知識量では流石に無理があった。筆記の点数が合格に20点も足りなかったというのだから言い訳もない。
しかも、そこを乗り越えられたとしても今度はトレセン学園理事長との個人面接がある。控えめに言って地獄だ。
面接は人格面は勿論の事、経歴等まで全て調べられた上で受けさせられるので、下手な嘘や建前は一切通用しない。
……それなんて閻魔大王? もしくはさとり妖怪。
筆記で受かる者はそこそこ多いみたいだが、その殆どがこの面接で落とされる。中央トレーナーが狭き門であるとされている理由の大半がこれだったりもする。
というか、そういう事をするから地方に比べて中央は慢性的なトレーナー不足だとか、東大生でも落ちるとか、合格者ゼロの年があるとかって話題になるんだよ。
もう少し試験内容を緩和してもいいんじゃないだろうか?
とはいえ、俺達が相手をするのは思春期真っ盛りの年頃の少女達なので、どうしてもその辺の難易度が高くなるのは仕方ないとは思う。一応女子校だしな。
それでも、猫かぶりが上手いのかなんなのか一定数変なやつが居たりもするのは何なんだろうな……
そんな感じで、俺はなんとか試験を突破して中央トレセンに所属する事ができた。
遂に俺のこの能力を活かせる時が来たのかと思うと、どこか感慨深いものもあった。
まあ、現実ってのはそんなに甘いもんじゃ無かったんだがな……
◇◇◇◇◇
ここ、『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』通称、中央トレセン学園のレース場には多くのウマ娘やトレーナー達が集まっていた。
入学式や春のファン大感謝祭等で忙しかった4月も終わり、梅雨入りが近付き始めた5月の中旬。
今日は今年度初の選抜レースの日だ。
新入生のウマ娘や新人トレーナー達にとっては初めてのスカウトを狙う重要なレースである為か、ソワソワと落ち着かない様子が見て取れる。
それを中堅やベテランのトレーナー達は微笑ましく、そしてどこか厳しく見ていた。
勿論、我関せずと落ち着き払っている者もチラホラ居るみたいだが……
そんな独特の雰囲気に包まれたレース場に、一人の男がいる。
今年23歳になる、トレーナー歴
昨年度は担当のスカウトに惨敗し、とあるチームでサブトレーナーをさせてもらっていた。
なんというか、新人のくせに既にうだつが上がらなくなってしまっている感が否めない男だ。
…………うん、俺の事なんだけどね。
ハッキリ言ってしまえば、俺はスカウトに失敗した。
理由は大きく3つ。
一つ、俺が1年目の新人で若造だったから。
一つ、名門の生まれでもなんでもない独身の男性トレーナーなので信用があまりにも足りてない。
まあ、簡単に言ってしまえば、ナメられてしまっていてスカウトしようとしても適当にあしらわれているという事だった。
勿論、中には逆スカウトというかキープというか、そんな感じで声を掛けてくれるウマ娘もいたにはいた。
だが、そういう娘達は基本的にあとが無くて焦っていたり、なんだかんだ担当が見つかったりしている。
つまり、別に俺じゃなくても良いし、新人相手だから御しやすいとでも思われているんだろう。
…………やっぱりナメられてるってこれ。
そしてもう一つ。
正直、これが一番タチが悪い。
俺の眼にはウマ娘の適性を正確に見抜ける能力がある。
……そう、
俺がまだ中学生だった頃、クラシック三冠やトリプルティアラに出たいという一人のウマ娘と知り合った。
だがそのウマ娘の適性はマイル短距離寄りで、中長距離も走れなくはないがかなり苦手。そして、芝適性がGランクとまさに絶望的だった。
今の俺であれば、なんとか適性を上げる方法も模索できるとは思うが、当時の俺は中学生のガキ。
しかも、変にマンガやアニメみたいな能力を持っていたせいでイキってもいた。俺の魔眼が〜とか厨二病っぽい事を考えたりもしてたな。
そんな感じで、俺が彼女に『中長距離苦手っぽいし、そもそも芝のコースを走るのが絶望的に向いてなくて無理だから諦めた方が良い』と、ありのままを正直に伝えてしまったのだ。すると、そのウマ娘は酷くショックを受けて泣き出してしまった。
まさに、夢破れる瞬間を俺はこの眼で見ることになったのだ。しかも、まだトレセン入学前のウマ娘を自身の手によって……
まあ、その後そのウマ娘はダートの方でそこそこ活躍したんだけどさ。
そんな重くも軽い事件を経験した俺は、どうにも二の足を踏んでしまっているのだった。
最初から高い適性を持つウマ娘は引く手数多で俺なんかを相手にはしないし、逆に低過ぎるウマ娘では俺も困ってしまう。
いくら適性は伸ばせると言っても流石に限度があるからだ。
Gランクの適性をAランクに伸ばすなんて事は、俺どころかベテランですら無理だったりする。
それこそ
…………三女神様に祈ったらワンチャン行けたりしねぇかなぁ? 流石に無いか。
結局は、なまじ適性が見えているせいで良くも悪くも選り好みをしてしまっているだけなんだけどな。
なんか、某ポケットなモンスターの厳選をしてるみたいでちょっと嫌な気分になるってくるわ……
そんな俺の状況を見兼ねたのかなんなのか、元々知り合いだった先輩トレーナーと秋川理事長の計らいで、その先輩のチームのサブトレーナーをさせてもらう事になった。
学園としても、折角の新人トレーナーをただただ遊ばせておくだけなんて勿体無いことはしたくなかったらしい。
そうして、先輩の所で仕事をこなしている内に俺は2年目に突入していた。
振り返ってみると、マジで窓際族一歩手前って感じになってるよな……
とまあ、そんな状況を打破するべく俺は今日の選抜レースを見に来ているのだ。
もちろん、デビュー前から既に注目度の高い生徒というのは一定数いるもんで……
「キャー! ライアーン、がんばれぇ〜!!」
「流石はメジロのウマ娘。デビュー前から人気だなぁ」
「おっ! あれが噂の白雪姫か――」
「おい、そういえば聞いたか? あの華麗なる一族のお嬢様がトレーナーを決める為に選抜試験をやるらしいぞ?」
「そうなのか? 今日スカウトできなさそうならそっちに行ってみるのもアリかね?」
「「テンアゲウェーーーイ☆」」
……なんか、最後の二人おかしかった気がするんだが。
気を取り直して、俺は今最も注目度の高いウマ娘の1人であるメジロライアンを見てみる。
ボーイッシュでスポーティな見た目のウマ娘で、全身の筋肉に凄くハリがある。こう、なんていうかムキムキのゴリマッチョという言葉が似合いそうだ。そして、返し馬ではその筋肉を活かした力強い走りが見て取れた。
彼女の筋肉は既に殆ど完成されていると言っても過言ではないだろう。
流石は名門メジロのウマ娘って所かねぇ?
ただ、その鍛え上げられた筋肉とは裏腹にどこか繊細そうな雰囲気も少しだけだが感じとれた。事実、先程から時折耳をパタパタと不安そうに動かしている。どれだけ体を鍛えていても中身はやはり名家のお嬢様という事なのだろうか?
さて、ここまでは俺が学んだトレーナーとしての知識を活かした見方だ。
俺は今から見方を変える。それこそ、切っていた電源を入れるみたいに。
頭の中で意識してスイッチを切り替えた。
…………なるほど。
メジロライアンは芝は得意だがダートは走れない。得意な距離は中長距離……だけど、長距離がどうしても一歩劣る。そして、短距離が苦手でマイルは走れなくもないといった程度か。ふむ、これなら目指すのはクラシック三冠の王道路線になりそうだな。皐月とダービーは行けるだろうが菊花賞が少し厳しいか? いや、距離適性がBランクでも勝てるウマ娘は居たんだし絶対ではないか。とはいえ、2年目の秋までに長距離をAランクに上げられれば良いんだから、余裕はまだある。脚質は差しか先行の二択。逃げや追込みは苦手なので選択肢からは除外されるな。
――――よし把握した。はい、OFFOFFっと。
うん、これでメジロライアンの適性は全部判ったな。
いやはや、コレがキツイのなんのって。
なんたって、これだけの数のウマ娘が居るからな。メジロライアンに一点集中して見ていないと、他のウマ娘の適性情報まで入ってきて脳がパンクしちまう。
一回マジで気絶しかけたしな。流石に100人以上を同時に見るのは無理があったようだ。
つーか、トレーナーになった今だからこそ良く分かるが、相変わらずチート過ぎるだろコレ。
なんだよ苦手でもない長距離適性をさらに上げようって。そんな事簡単には思いつかねぇって。こっわ、戸締まりしとこ……した所で俺の眼なんだよなぁ
と、そんな風に現実逃避をしながら考える。
俺は手元のメモ帳に書かれたメジロライアンの名前に横線を引く。
メモ帳には、他のトレーナー達が噂していた有力なウマ娘の名前がいくつか書いてあった。
さて、彼女をナシと判断したのは単純に性格が合わなさそうという理由もあるが、そんな既定路線なんてものは正直面白みがないと俺自身が思ってしまっているからだ。
昨今のウマ娘やトレーナー達は誰も彼もが三冠三冠!と躍起になっている印象が強い。
もっと、ダートとかマイルスプリントにも目を向けてはどうなんだと思わなくもないんだけどなぁ。
勿論適性云々というのもあるし、ウマ娘本人の希望を叶えてやりたいというのもあるだろう。
だが、そんなもの結局はただの言い訳に過ぎないと俺は思う。
トゥインクルシリーズは所謂興行だ。そして、観客が集まりやすいのはどうしても伝統と人気のあるレースに偏ってくる。
イマイチ人気を集めきれていないマイルスプリントは勿論の事、ダートレースなんて酷いもんだったりする。一応最近では改善されては来たみたいだが……
つまり、同じG1レースでも人が集まりやすい大レースが優遇されて、人気の薄いレースは格落ち扱いされていたりする。
勿論、それを表に出す奴は少ないけどな。
……まあ、俺は別に王道路線アンチというわけでもないから、担当が出たいといえば出すんだけどさ。
結局何が言いたいかって言えば……
人気があり、割と三冠有力のほぼほぼ完成された様なウマ娘なんかについても正直面白くないよなって話だ。
先輩とかに話したら、担当も居ない2年目の新人が何言ってやがるとか言われそうだけど。
それに、仮に俺が契約したとしてもやってやれる事が長距離適性を伸ばす位しか無さそうだし。
というか、ああいうのは前評判もあってそれこそ引く手数多だろう。名門出身だから既にトレーナーの宛があるかもしれないしな。
そんな感じで個人的な批評をしていると後ろから声が掛かった。
「よう、調子はどうだチュウ助〜」
振り返ってみると、そこにはどこか軽薄そうにも見える一人の男がいた。
黄色いシャツと黒いベストを着て、棒付きのキャンディを咥えているその男は、俺が世話になっている先輩トレーナーだった。
「…………リョウさん、そのネズミみたいなアダ名やめてくれって何回言えば良いんすかね?」
「はっ、何度でも言ってやるけど、俺とお前の仲なんだから別に良いだろ〜?」
「この間ついにリョウさんとこのウマ娘にまでチュウ助さんとかチュウ坊とか呼ばれたんですけど……」
「……なんかわりぃ」
うん、悪いと思ってんなら即刻やめてほしい。
この先輩トレーナー、西崎リョウは『チームスピカ』という癖のあるチームを率いる優秀な中堅トレーナーである。
だが、その性格というか性癖というかに問題があり、評価が分かれやすい事でも有名だったりする。
……流石に許可なくウマ娘のトモを触って確認するのはマジでどうかと思う。訴えられたら確実に敗けるぞ。
あと、地味に天然でヒトたらしウマ娘たらしな所があるのも厄介だ。おハナさんがそれでよく苦労しているのを何度見かけたことか……
「それで? 担当したいと思えるような娘は居たのか?」
「ん、まだ少ししか見てないのでなんとも」
「ふ〜ん……って、お前なんでメジロライアンの所に横線引いてんだよ!」
「勝手にメモ帳覗かないでくださいよ。まあ、俺はスカウトする気起きないので。どうせ引く手数多でしょうし」
「いや、とはいえ切るのが早すぎないか? まだレース前だろ……」
そんな他愛もない話をしていると、ついに選抜レースが始まったのだった。
⏱
あれからしばらくして、現在行われているのはメジロライアンの出走している芝2000mのレースだ。
ふむ、あのウマ娘は前評判の割には良い走りをしてるな。あっちの子は芝のコースは苦手なんだろうな。あ、逃げの子のペースが徐々に落ちてきた。
俺がそんな風に考えながらレースを見守っていると、最終コーナーで動きがあった。
「お、メジロライアンが動いたな」
「ええ。最初少し出遅れたけど、ここまで持ち直して差しに来たみたいですね」
リョウさんの言葉に軽く答えてから彼女に注目する。
なるほど、力強くて良い末脚だ。
先行していたウマ娘達を一気に抜き去り、逃げていたウマ娘との差をドンドンと縮めていく。
そして、最後の直線でそのウマ娘を抜いてそのままゴールした。
「結局、メジロライアンが勝ちましたね。逃げてた子も結構良かったと思うんですけど」
「まあ、そこは流石メジロのウマ娘って事なんじゃないか? というか、本当にスカウトに行かないんだなお前……」
「いやいや、行くわけ無いでしょう? 見てくださいよあの大群を……」
レースを走り終えたメジロライアンを相手に、我先にスカウトを!と群がる新人〜中堅のトレーナー達。逆にベテランの方々は見に徹していた。
なんというか、みんな必死だなぁという感想しか出てこない。
まあ、出遅れながらもあれだけの走りをして勝利したのだから当然といえば当然か。
こうなってくると、逃げて2着になったあのウマ娘が少し可哀想ではあるな。
なんて思ってそちらを見ると、彼女も数人ではあるがスカウトを受けていた。良かった良かった。
「つーか、リョウさんこそスカウト行かなくて良いんですか? ほら、メジロライアンはともかくあの2着の子とか」
「俺は目を付けてるウマ娘が今回は出ないからな。今日はお前とのんびり観戦しながら次回に回すさ」
さいですか。
まあ、目当ての子が出ないならさもありなんと納得はした。
というか殆どのトレーナーがスカウトに行っちまったけど、次のレース見ないつもりなのかねぇ?
そうこうしている内に、次のレースが始まろうとしていた。
ふと、一人のウマ娘が目に入ってくる。
薄いクリーム色の髪に黒い耳といった割と珍しい風貌をした小学生位の小柄なウマ娘。
……あれ本当に本格化してるのか? いやまあ、トレセン学園には飛び級制度もあるから一概には言えないが。
だけど、手元のメモ帳にもそれらしき特徴のウマ娘は書かれていないから、有力視されているウマ娘という訳でもなさそうだな
「お、どうしたよ? 気になる奴でも居たのか?」
俺がそのウマ娘を見ているとリョウさんがニヤニヤとどこか嬉しそうに聞いてきた。
「いや、珍しい色のウマ娘が居るなと思って」
「珍しい色? ああ、あの子か。確かに河原毛のウマ娘なんてのは珍しいかもな、にしてもなんか色が薄い気もするが……」
へぇ、あれが河原毛ね。初めて見たな。
「俺も見たのは初めてだし、多分今年の新入生だな。ふむ、ここからだと少し見にくいがなかなか良いトモをしてそうだ。脚腰がしっかりしてるし柔軟性も悪くないだろう。重心もブレてない」
「相変わらず流石っすね。だからって勝手に彼女のトモを触りに行かないでくださいね?」
「流石にレース前には行かねぇよ!?」
レース後なら躊躇無く行くだろアンタは……
その後、再びその河原毛のウマ娘に目を向けると丁度ゲートに入る所だった。
そして、全員のゲートインが終わりレースが始まった。
「おっ、良いスタートだな!」
リョウさんがそう言った。
確かにスタートは良かった。だけど、彼女は内に入ってすぐに中団に位置取った。
あのスタートならハナを取って逃げた方が良かったんじゃないか? いや、単純に先行差しが得意なのかもしれない。
というか…………
「なんかあの子走り方が独特過ぎないですか?」
「ああ、確かにな。重心はブレてなさそうだが……うん? 同じ方の手脚を動かして走ってるのかアレ?」
そんなバカな。いくらなんでもそれは走りにくいだろ。
そんな俺の感想とは裏腹に、彼女は順調に第1コーナーを曲がっていった。
……コーナリング上手いな。
「ありゃあ、多分側対歩ってやつだな。昔の忍者や飛脚なんかと同じ様な走り方だ。だから重心もブレずにあんなに上手くコーナーを曲がって行けてるんだろう」
「えぇ…そんな走り方してるウマ娘とか初めて見たんですが……」
「安心しろ、俺もだ……北海道の方に行けば稀にそんなウマ娘も居ると聞いたことがあったから気付けただけだよ」
「なるほど」
そんな話をしているとレースは既に第3コーナをまわって第4コーナーへと差し掛かる。
差しが得意なウマ娘にとってはそろそろ仕掛けどころなのだが……
彼女は上がって来ない。
まだ脚をためているのか?
いや、それにしてはどこか走りにくそうにしているのが見て取れる。
どうしたんだ?と思っていると、そのまま最終コーナーを綺麗に曲がりながら急加速した。
「ほう、あそこで加速できるのか。上手いな」
「でも、アレならもう少し早く仕掛けても良かったと思うんですけど」
まさか差しがそこまで得意じゃ無かったとかか?
……気になるな、ちょっと後で適性見に行ってみるか。
最終コーナーで加速したそのウマ娘は先団のウマ娘達を抜いていく。
そして、先頭のウマ娘に追い付いて抜き……いや、抜けてない。
横に並びはしているもののどちらもハナを譲らないまま最後の直線を駆け抜けていく。
そして、僅かに薄い河原毛のウマ娘が抜け出した所でもつれ込む様にゴールした。
結果はハナ差で彼女が勝利した。
「……ちょっと気になったんで行ってきます」
「おお、行って来い行って来い。スカウトできると良いな!」
いや、別にスカウトをしにいくつもりじゃないんですけどね?
気になっているのは確かなので否定はしないけどさ。
あの河原毛のウマ娘の所へ辿り着くと、何人かのトレーナー達が彼女のスカウトを行っていた。
ついでに、もう少し早めに仕掛けていれば〜といった様なアドバイスも聞こえて来る。
俺はその一団の後方に混ざってスイッチを切り替えた。
さて、ちょっと見させてもらいますよっと。
そして、俺は彼女の適性に驚く事となる。
芝 A ダート A
短距離 A マイル A 中距離 A 長距離 B
逃げ C 先行 G 差し G 追込 C
何だこれは……
先ず目に付くのは芝とダート両方とも得意であるという点だが、こちらはまだ理解できる。基本的にウマ娘は芝かダートの片方しか走れない事の方が多いが、偶にどちらも適性があって走れるというウマ娘が何人か存在していたからだ。
しかし、驚いたのはその距離適性と脚質だった。
長距離が一歩劣りはするものの、最初から全ての距離が得意というのは割と珍しい。
というか全距離走れる生徒なんてあんまり居ないはずなんだがなぁ……
だが、こちらもまだ珍しいなという程度で済ませられる物ではあるだろう。
問題は脚質の方だった。
いや、お前差しGじゃねぇかよ。だからあんなに走りにくそうにしてたり、仕掛けるのが遅かったりしたのか。
というか、脚質がGの作戦でも勝ちを拾えるケースは存在してるけど、ホント良く勝てたな……
しかし、気になる点はまだある。
このウマ娘、得意な脚質が一つも無いのだ。
先行と差しは論外。
逃げと追込みは走れるが得意でも苦手でもないといった程度だった。
中央に受かる実力のあるウマ娘であれば、最低でも一つは必ずAランクの脚質を持っていた。
だが、このウマ娘にはそれが無いにも関わらず合格しているし、レースでも勝っている。
なんというか、とても気になるウマ娘だった。
………もしかして、これが最近流行りのおもしれー女ってやつなのか?
いや、別に俺イケメン王子枠とかでもなんでもないから絶対違うと思う。
そんなくだらないこと考えながら、良かったら僕の担当に!とか、いやいやぜひうちのチームにとか、貴女と一緒に三冠を!とかのスカウトの声を聞いていた。
すると突然、それまで静かに話を聞いていた彼女が声を上げる。
「すみません! スカウトして頂けるのは嬉しいんですけど、私この後ダートのレースにも出る予定なのでその後にお願いできますか?」
「「「「「はっ?」」」」」
その場にいたトレーナー全員が疑問の声を上げた。
通常、選抜レースという物は1つのレースにしか出走登録できないという規定がある為、多くのウマ娘はそこで全力を出して走っている。
ただし、その規定は同じ芝のコース内での適用あり、芝とダートの両方を走ってはいけない訳ではなかった。
いや、というか体力や適性とかの問題で、一回の選抜レースで両方に出走しようなんて思う事自体が無いのだろう。
そもそも、多くのウマ娘は様々な理由から芝の方を走りたがるしな。
だからこそ、これからダートも走ると言った彼女に驚いているのだが……
「という事で、すみませんが失礼しますね〜」
彼女は事もなげにそう言いながら去っていった。
…………適性的にダートも走れるだろうが、作戦はどうするつもりなんだろうか?
なまじ適性が判っているせいで気になってしまった俺は、彼女が出走するというダートレースも見てみようと思った。
他のトレーナー達も、そのレースを見てからまたスカウトするかどうか決めるらしい。
「おっ、戻ってきたか。なんだ、フラれたのか?」
「ニヤニヤしながら何言ってるんすか。なんかダートの方にも出るらしいですよ」
「ほほう? なるほどなぁ、確かに両方出たらダメだなんてルールは無かったな。まあ、それを実行するウマ娘が今までいなかっただけかもしれんが」
リョウさんの所に戻りそんなやりとりをしていると、一つ忘れていた事があるのを思い出す。
そういえば彼女の名前知らなかったなぁ。
俺はポケットから折り畳んだ紙をいくつか取り出す。
今日の選抜レースの全出走表を数枚にまとめておいた物だ。
「え〜と、さっきのレースのあの子の枠番はこれだから……」
「なんだ、スカウトしに行ったのに名前も知らなかったのかよ」
だから、別にスカウトしに行った訳じゃ無いんですって。
っと、あったあったコレだな。
俺は見つけた名前をメモ帳へと書き込んでいく。
『フレチャアンヘル』
それが、彼女の名前だった。
チュウ助トレーナーは転生者ではありません。
なぜか適性が見えるチートを持った、バグとか特異点とか呼ばれる存在です。
あと、しれっと某トレーナーを登場させております。
そして、今回遂に主人公の名前が判明しましたね〜
実は分かり辛いヒントは所々にありました。
ぶっちゃけ今回、結構な難産でした。
シングレの1話みたいなイメージで書いてましたが、書きたかった部分全然書けてないです。
というか、この二人会ってもいないという……
次回は時間を遡ってアンヘル視点でお送りします。
同級生とか同室とか出したいなぁ〜
来週もどうぞお楽しみに〜
ぱかぱか裏話
☆最初は同期の選抜レースではなく、新入生による模擬レースの予定でした。
テンポ悪いしその後の展開が書きづらかったで断念しました。