腹拵えをした私達は由貴の家に来ていた。
なんでかと言うと、戻った公園では警察が全裸にコートのおじさんを捕まえて色々とやってたからである。
謎の魔法陣、血痕、全裸のおじさん、事件である。
拷問中に呼び出すから……身元不明の肉片と血痕が落ちてしまったな。
まぁ、考えても仕方ない事は時間の無駄なので移動したのだ。
「魔法陣描いたは良いけど魔王様を呼ぶなら格が釣り合わない」
「そういうもんですか?」
「こう、生贄的なのが必要かな」
生贄……この国じゃ人間さん売ってないんですよね。
えー、じゃあ後日でいいんじゃ。
「隣の部屋に魚いますけど、それ使えます」
「おぉ、いいね」
良いんだ……魚で良いんだ。
アリスンさんが、その幽体を活かして壁を透過して探してきた。
びっくりだよ、生贄が魚で良いなんて!
とはいえ、良いとのことなのでピッキングして隣の家から魚を獲ってきた。
デッカイ水槽に入った両手で持つサイズの魚だ。
なんか……髭生えてるし魚と言えるのだろうか。
「持ってきました」
「ナマズだな、ナマズ。まぁ、始めるか」
「あぁ、これナマズって言うんですねぇ」
感心するアリスンさんを横目に魔法陣の上に水槽ごとナマズを置く。
これで魔力を注げば呼べるんだろうか。
「冥界の炎より生まれしものよ。幾千もの鏡の欠けらより、今ここに汝の名を呼ふ。我は千年を生きる者、隔世より来たりて顕現せよ!」
「普通に召喚で良いですよね、詠唱すると魔力消費減りますけど」
「魔王様をお呼び出しするのはエルフで、ここは異世界です。来てくださいって……要約するとその程度の言葉ですしね」
しかし、千年は生きるエルフの作った魔法陣。
強烈な七色の光が発生して、魚から炎のように揺らめく魔力が立ち昇る。
どこからか謎の煙が発生し、魔法陣を中心に渦巻き、そして一際大きな音と共に部屋の中央にガラスの割れる音が発生した。
「…………」
「うわぁ」
「やっちゃいましたね」
部屋の中央、魔法陣の上には我らが魔王様、クォンドゥ陛下がいた。
頭にピチピチ跳ねるナマズを乗せて、頭から水槽の水を被り、周りに壊れた水槽を添えて、目をガン開きでエルフを見ていた。
私の上司、エルフのリンデル様のピンチである。
「…………」
「正直、ごめん」
「…………」
「無視すんなよぉ……」
静寂が支配する部屋で、ピチピチと跳ねるナマズからの音だけが場違いであった。
部屋の片付けを終えた私達は、自分達から進んで正座した。
魔王様はそれはもう、怒り狂っていたからである。
言葉にはしないけど、漂う魔力が荒ぶっていて肌が痛い。
痛いっていうか、日焼けしたみたいにちょっと焼けてると思われる。
「リンデル」
「正直、出来心だった」
「許さぬ」
「ぬわぁー!」
何か通じ合ったのか、短いやり取りで魔王様はリンデル様の頭を片手で掴んだ。
ア、アイアンクローって奴だ!地味に食い込んで痛い奴である。
聞いてみたところ確かに魚は必要だったのだが、別に側に置いておけば良かったらしい。
魔法陣の中央になんか置いたら、頭から水槽に突っ込んで下から突き上げる形になるから場所が良くなかったそうな。
当然、リンデル様は気付いてたけど面白いから放置。
結果、魔王様は魚臭くなってブチギレたのであった。
あれ、それって私のせいにも……聞かなかったことにしよう。
「ここが新天地……素晴らしい……」
「うごご……頭が、頭が……」
「脳髄ぶち撒けてないですよ?」
やめて欲しい。
洗脳しているとはいえ、由貴の家を汚さないで欲しい。
追加の洗脳しすぎて頭がパーになったら面倒なのだ。
というか、国家元首が異世界に来て良いんだろうか。
「ナスターシャよ」
「はい」
「余を養え」
「はい……はい?えっ、なんて?」
「働きたくない」
召喚された魔王様を前にして、私は固まっていた。
いや、なんか聞き間違いだろうか。
なんだコイツ、いや言葉にしたら殺されるから言わないけど何なんだコイツ。
「魔王様、その、国家プロジェクトっていうのは?」
「余は、魔王を辞める」
えぇ……世襲制だから辞めたら問題があるんじゃないだろうか。
いやね、辞めたいとは常々言ってましたけど、そういう事言う人に限ってずっと辞めないもんじゃないですか。
しかし、魔王様はどうだ言ってやったぞと言わんばかりに胸を張ってるし、エルフのリンデル様はテレビつけ始めたし、アリスンさんは壁抜けてどっか言った。
いや、お前ら自由か!落ち着きがない!
「あのぉ、そのご要望は私の力を超えるといいますか……その……」
「まぁ待て、生活基盤がまだないからお前の洗脳は有用だ、魔王様のためにしばし手伝え」
「えぇ……何を手伝えと」
「まずは情報を集める。ここの家主を洗脳して、滞在させるのだ」
「うむ、よきにはからえ」
リンデル様がテレビを見ながら言い放った。
いや、せめてこっち見なさいよ。
あぁ、魔王様!お辞めください魔王様!ベッドに飛び込まない!クッション使って寝ようとしない!早い、順応が私より早い!うわぁぁぁ!
「ただい……ま?」
「あっ」
「うん?おう、おかえり」
「誰?えっ、知らん人が寝てるし、なんかガキがテレビ見てんだけど」
タイミングが悪いのか、収拾が付かなくなってきたと同時に玄関から声が聞こえた。
帰ってきたのだ、由貴が!大学から!
そして帰ってきて見たのは、ベットでスヤァとする魔王様という高身長の女、そしてソファでテレビを見る中学生くらいの女である。
「起きんかぁー!」
「……誰?」
「お前が誰じゃーい!」
「うお?おおお?」
ドテーンと、そのままベッドから落とされて転がされる魔王様。
嘘だろお前、この膨大な魔力を無視するなんて勇者かよ。
いや、勇者ですらしない暴挙だぞ……魔力感じてないからか!
「嘘だろ、おい」
「こっちのセリフじゃ、誰だお前ー!」
「ぬおおお!?頭を掴むな、お前ら揃いも揃って」
「あぁ、またリンデル様の頭がパーになる」
アイアンクローを食らうリンデル様、痛そう。
「すごい状況ですね」
「…………」
「あれ、この人見えてませんか?メッチャ無言でこっち見てくるんですけど」
「何か……いる!」
「見えてない!見えてないけど、気付かれてる!?」
壁を通り抜けて戻って来たアリスンさんがビビってた。
いや、レイスの貴方は人間驚かせる側でしょうに。
あっ、まずい。
「詩愛、説明しよっか……」
「はい……」
正座させられ、滅茶苦茶怒られた。
1時間の説明のうち、田舎(異世界)から来た友達(上司と同僚)ということで納得してもらった。
途中、洗脳を挟んだが違和感を持たれてないからセーフである。
「いや普通にダメだから。家賃契約的に2人だし、ずっとは住まれると違反だから」
「えっ……住むのにルールがあるんですか」
「賃貸だし」
「チンタイ……何なんだよぉ……」
しかし、説得は失敗した。
どうやら、チンタイだからダメらしい。
私にはまだ現代は難しい。
「リンデル。何とかなるか?」
「1週間ほどあれば……」
「そうか、任せた」
なんか後ろで不穏な会話が聞こえる。
何を企んでるんだろうか、出ていくんだろうか。
「由貴、1週間だけ泊めてくれ」
「さんをつけろー!」
「あうっ!」
「由貴、許してあげてぇ!金持ちの家で世間知らずなの」
だからデコピンしないで、命が勿体ない。
魔王だから、キレたらパァンって命が吹き飛ぶから!
っていうか、一週間で生活基盤なんか整えられるんだろうか。
「生活出来るようになるんですか?」
「当面は金さえあれば行けるだろ、今から行くぞ」
「行くって……どこに?」
「無論、賭場だ!」