男に案内されてやってきた場所は坂道の中腹にあるお店であった。
貴族御用達なのかガラス張りで店内が見えるようになっており、店の外にはとても精巧な絵で肉やパンなどが描かれている。
コックだろうか、それの肖像画は本物のように精巧な料理の絵の近くに描かれていた。
「すごいわね、これが当たり前なのね」
「原宿は初めてなのお姉さん?外国と違うもんなぁ」
原宿、どうやらそれがこの場所の名前らしい。
魔力は一切感じないのに魔王城のように店内は明るかった。
職人技が光る、寸分違わず同じ机と椅子。
幾ら使ったのか、これ程の物を揃えるなんて恐ろしい。
いや、まさかこれが普通なのか?
異世界は豊かなのを通り越して技術や文明レベルが高い。
店内に入ると店員に誘導され、男は慣れた様子で紙を渡してくる。
巨大な紙だ。
中には文字と絵が描かれている。
光沢のある大きな紙、大きさは机の半分ほどか?
二の腕と同じくらいの長さの長方形の紙だ。
絵はこれまた高そうな白い皿にスープやら、表面がデコボコした揚げ鶏らしきもの。
ガラスの容器に入ったミルクのような固形物。
パンケーキ、ど真ん中にはパンに挟まれた肉と黄色い何かがあった。
分かるの、パンに挟まれた肉だけだ。
「これがいいわ」
「あっ、あぁ……すいませーん」
店員を男が呼ぶ。
何やら驚いた様子、一瞬だけだったが見逃してはいない。
店員を呼んだ男が代わりに注文してくれる。
「このクリスマスパストラミバーガー下さい。以上で」
「ご一緒にお飲み物は如何でしょうか?」
「あぁ、バーガーだけで大丈夫です」
気まずそうな様子に、どうやら他の物を頼まないのを気にしているらしかった。
たぶん、この記号のどれかが数字で、金額なのだろう。
それが、高かったとかかな?
やはり高級店か。
「ねぇ、大丈夫?私、お金ないけど」
「へーきへーき、アレっしょ!ドルとかだもんね」
「そうなんだ」
平気じゃないだろうな、知らないけど。
男はずっと話し掛けてきた。
適当に相槌を打ったり、うんうん言うだけで話が進んでいく。
いかに男が優秀ですごいか聞かされたが興味ない。
そんなことより、バーガーとやらはまだだろうか。
何話してるか、聞いてないのである。
「お待たせしました」
「うぉー、美味そう」
「えっ、貴方も食べるの?」
ジッと男を見る。
だって皿にひとつなんだもん。食べるなら分けるためにナイフとか貰ったほうがいいだろ。
「あっ、いや、俺はポテト」
そう言って男はバーガーとやらの横にある黄色い塊を手に取った。
お前、ポテトというのか。
私も倣って一つ手に取る。
熱を孕んだそれは、塩気を含んだ芋の味がした。
芋を油で上げたのか、なるほど。
発想としてはシンプルだが作るのは大変そうだ。
そしてバーガー、きっとパンに挟んだ肉のことを指す。
ベーコンだろうか薄い肉、デカい肉、レタス、パンの上には赤い爺が乗ってる。
何だこの爺……あぁ串か。
「これがバーガー……」
「ハハハ、アメリカと違うでしょ。お姉さん、そういえば何人なの」
「手から溢れそうね」
口まで運び食べてみる。
一口では食べ切れず、パンに顔を埋めるような大きさだ。
まず、トマトの風味が広がった。
なるほど、トマトのジャムが入ってるらしい。
ピリッとした辛味はマスタードだろうか。
シャキシャキとしたレタスの上にある肉からはジュワァと肉汁が溢れ出る。
ふぁぁぁ、これ美味しい奴だ。
見た目よりお肉が柔らかい、筋とかないし固くない。
寧ろ、薄いベーコンのほうが歯ごたえあって固いまである。
パンもフワフワだし、バーガー好きぃぃぃ。
「美味しい?」
「はふぅ、はむっ、はぐぅ!」
「えぇ……そんな一心不乱に食べるほど?」
肉だ、肉が違う。
臭みもないし、コショウが入ってるのかピリッとした味わいがある。
溢れる肉汁がサラサラで口で広がるのだが、ドロっとしたクドさや臭みがないので若い肉だろう。
年老いた牛を潰して使ってない、贅沢だ。
更にトマトのジャムらしきソースとマスタードの風味も良い。
シャキシャキしたレタスは、きっと裏手に畑があるんだ。
じゃないと普通はクタっと萎れてるもんだから、こんなシャキシャキしない。
男が一品しか頼めない高いだけある。
貴族の一部しか食えない物だって、一口で分かった。
「はぁ?」
馬鹿な、もう片手で持てる分しかない。
嘘だろ、私は両手で食べていたのに片手分しか残ってない。
あんなにいっぱいあったのに、どこに……いや、私が食べた。
私が、食べてしまったんだ……そうだった。
「おかわりしていい?」
「えぇ……っと……」
「じゃあいいわ」
そうだよね。
高いよね、知ってた。
「それよりさ、このあと二人きりになれる場所行かない?」
「二人きり?……あぁ、連れ込み宿か何かね」
「よく分かんねぇけど、たぶんそれ」
男の目に下卑た欲を見出す。
まぁ、欲情するのは男なら仕方ないだろう。
でも正直、質が悪そうだし私は種族の中でも異端でそういうの好きじゃないんだよなぁ。
まぁ、ここまでしてもらったから別にいいけどさ。
サキュバスは本来、生気とされる魔力が主食の種族である。
元々は木の上から落ちたり水溜りに生息してたらしいけど、進化の過程で動物の似姿を模倣するようになったらしい。
進化とかよく分からないけど、スライムの近縁種なのはそういうことって聞いたことがある。
なので、食事とかする必要はないのである。
嗜好品に近い、まぁ食事からも魔力は取れるけど生き血とかのほうが効率いいし。
「いいわよ」
「っしゃ!」
会計を済ませに行った男を店の外で待つ。
原宿、すごいとこだ……異世界なんだと実感した。
「よし、行こうぜ。この辺だと漫喫かな」
「満喫?満喫するってこと?」
「えっ、あっ、漫画って分かんないか。コミックス」
「まんが?こみっくす?」
コイツ、何いってんだ?
異世界特有の食べ物のことかな。
「えーっと、見れば行けるでしょ。あっ、会員とかどうすんだろ。まぁ、内緒で入れればいいか」
「会員、何か会員制の所なのかしら?手続きがいるとか?」
「あー。よく分かんねぇけどセルフだから受付バレないバレない」
いや、質問に答えてほしいのだけど。
読心魔法とか洗脳しても説明が返ってこなさそうだな。
あと会話してて、何かマズイ事をしようとしているのは分かった。
嫌だな、衛兵に囲まれて地下牢に閉じ込められたりするの。
その場で罰金払って誤魔化せたり、権力者をチラつかせて誤魔化したりまだ出来ないからなぁ……逃げるか。
「ねぇ」
「なになに?」
「眠りなさい」
「えっ、なんの話……だよ……あれ?うわ、なんか」
ガクッと倒れそうになる男。
強烈な眠気が彼を襲っているのだろう。
睡眠してる獲物を性的に襲う時にサキュバスが使う、眠らせる魔法だ。
ついでに淫夢でも見せるか。
食べ物のお礼だ、無意識で美人だと思う相手に性的に襲われる夢にしてやろう。
「ふぁ……怒ったかんな……あっ、あっ」
「…………」
腰を振りながら、何か喘ぐ男。
道端なので周囲の視線も集まっている。
ふむ……透明化。
「きゃあ!?」
「消えた!」
「えっ、えっ」
周りがざわついて悲鳴が聞こえた。
男に周囲の人が集まってくる。
よし、よく分からんけど逃げるぞ。
それにしてもバーガーは美味しかった。
何処かの民家を探して、拠点にした暁には定期的に食べに行こう。
それにしても、飲食店だらけでどこに人は住んでるんだろ。
「お姉さん。何してんの、今暇?」
「あっ、あっ、あっ」
また、男に話し掛けられた。
クソぉ、サキュバスである自分の体質が憎い。