運が向いてきた、そう思った。
昔から、俺はなんて運が悪いんだと思い続けてきた。
俺には才能があった。
ジミ・ヘンやクラプトンさえ目じゃないぐらいの才能だ。
なのに、馬鹿な教師や親が俺の夢を無理だの現実見ろだのと邪魔してきた。
俺には才能があるんだ、お前ら凡人が嫉妬で邪魔していいようなもんじゃない。
本気で音楽やりさえすれば俺は歴史に残る人間なんだ、だからその先行投資に親の財布から金を抜いてギターを買った。
当然だ、むしろ俺の役に立てたと喜んで良いぐらいだろう。
なのに、なのにアイツら……!
あのクソババア、俺を刺しやがった!!
産むんじゃなかったとか、どうしてそうなのとか…訳わからんことばっか言いながら………クソッ!!
でも、天は俺を見放さなかった。
目が覚めると、眼の前に女が居た。
蛍光灯みたいな光る輪っかを頭の上に浮かべて、無表情にこっちを見てくる…嫌に美人な女が。
「やっと目が覚めたかい?
今から君にはとある【選択】をしてもらう…神々すらも持ち得ぬ、人にだけ与えられた特権としてね」
まるで飽きるほどに読み上げていると言わんばかりにやる気がない、面倒くさそうな投げやりさで俺にそういってきた。
「君には、二つの道がある
一つは私の指定した世界を救い、元居た世界で新たに生きる道
もう一つは、今のを聞かなかった事にしてこのまま消滅する道
………まぁ、好きな方を選んでくれ
どちらを選ぼうと私は何も言わない」
「新たに生きるって……生き返れるのか!?」
「そんな訳ないだろ…復活なんて
あくまでも新たな生を得るだけさ…一応、君の意識を生前の肉体へ転写する訳だから結果としてはさして変わりないがね」
「……………?それ、生き返るのと何が違うんだ…?」
「死んだ肉体を捨てて、新しく作った君の肉体に君の精神を書き込むのさ…
例えるなら【サルベージ】じゃなくて【コピー&ペースト】だ、元のデータが有るならわざわざ掬い上げなくとも貼り付ければいい…その方がコストも掛からない」
ごちゃごちゃと長ったらしくてイマイチ要点が伝わらない…もっと要約するとか出来ないのかコイツは。
「………一応、要約できなくもないがね
だが、これは君の未来に関わる【選択】だ…正気ならば要約なんてせずに全てを聞くべきだと思うんだが?」
「はいはい、どうせ俺の答えは決まってんだよ
世界救えば生き返れる…?んだろ、なら救うに決まってんじゃねぇかよ!」
「生き返れる訳じゃないんだが……まぁ、意思が固まっているというなら構わないさ
君が世界を救う選択を採るならば、これより私は君の補助役を買って出よう
私の事は…まぁ好きに呼ぶといい
神様だとか天使だとか悪魔だとか…調停者と呼ばれた事もあれば破滅主義の老害と呼ぶ者も居た、そんな──ただの年寄りだ」
「名前とか言わねぇのかよ…ていうかそんな婆さんにゃ見えないが?」
「不老不死だからね」
「ほー!羨ましいもんだ、俺は
「そうかい?不老不死なんて…私はなりたくもなかったがね
それにしても、ソーマか……皮肉なものだ」
そう言うと、女は目を伏せて黙り込んじまった。
「なぁ、どうでもいいけど早くしてくんねぇか?
急がねぇと俺が生き返んのも遅くなんだろ?」
「……だから、生き返る訳じゃないんだが…
まぁ…そうだ、早くしようか」
ジェットコースターの下りみてぇに意識がフッと消える。
「可哀想に…君は、死んだ方が良かったと思うよ」
彼女の呟きは、誰にも聞かれないままに虚しく響いた。
気が付いたら知らねぇ野原に寝転んでた。
つまり、閑話休題…ようやく俺の英雄譚の開幕ってわけだ。
「閑話休題の使い方がおかしいよ
今までだって君のことを言ってたんだから閑話じゃない」
「あー…ごちゃごちゃうるっせぇな!
とっととこう…伝説の剣とか出してくれよ」
俺はいちいち雑魚狩りして宝箱探してなんてゴメンだね。
ズバッと敵を片付けて………あれ?
「そういや…何したら世界を救ったになんだ?」
「君、詐欺に引っかかる才能があるね
人が白紙の契約書に内容を書き込む前に判をつくなんて、鴨葱どころじゃないよ」
呆れたような顔で女が皮肉る。
本当にうるさいやつだ…
「とりあえず、君に…というか部外者に政治とか食料問題とかを解決させるのは私としても避けたいからね
ここはわかりやすく、魔王討伐といこう」
「いよいよゲームじみてんな〜、ならやっぱし伝説の剣だ!
とっとと出してくれよ」
「無理だね、そんなものを用意すればコストが掛かり過ぎる」
やれやれと肩をすくめながらため息混じりに言いやがる。
「そもそも、そんなものをいちいち用意出来るならわざわざ死人に契約を持ち掛けたりせずに私がなんとかしてるとか考えないのかい?」
「いや…それは……神様が干渉したらダメとか…」
「今まさに君を呼び寄せて干渉してるだろうに
まぁ、私が神様だというのならば…という枕が付くがね」
トントン、とこめかみ辺りを指で叩きながら冷めた目で見やがる。
「…………なら素手でやれってか!?」
「ほら、コレを使うといい」
俺が苛立ちながら怒鳴ると、ズイっと一本の剣を渡してきた。
分厚い鉄の塊の左右に刃が付いた…確か、両刃って言うんだよな…?
どうせなら日本刀みたいなのが格好いいんだが…まぁ、コレはコレで
「んだよ、なんだかんだでちゃんと用意してくれてんじゃねぇかよ!
ま、ラクラク復活コースが無理なら大人しく王道の勇者様コースで満足してやるよ!」
(……そこらで死んでた男の遺品だったけど、まぁ喜んでるならいいか)
内心でやっぱりコイツは詐欺に引っかかる為に生まれたような男だなと思いながら堂々と歩き出した創真の後ろを歩く。
「ところでよ、お前も戦力になんの?
こう…魔法でドーン!て感じに…」
「ならない、
ほら、つってそこらの岩に手を突っ込むと反対側から手が出てくる…勿論だが手を抜いても穴一つなかった。
はぁ…つまりは幽霊みたいなモン、か?
「ところで、前から四足歩行の野獣が来てるけど…気付いてるかい?」
「前…?おお!?」
言われて目線を少し遠くに向けると黒い点みたいに動いてたのがぐんぐんとでかい狼みたいな犬っころになる。
すげー速さで近付いてるってこったな…ダチのバイクよか
でもよ…
「こりゃ…おあつらえ向きってヤツだぜ!
こんなチュートリアルのワンコロぐれー、ズバッとぶった斬ってや」
愚かにも獣から目を逸らし、ポーズでもとろうとしていたのか…隙だらけだった創真の真横を獣が駆け抜ける。
行き掛けの駄賃と言わんばかりに、彼の左手を食いちぎって。
「……へ?」
ガツガツと獣が口を動かしながら血肉を啜り呑み下す。
非日常に於いて、人は平時とは異なる反応を示す。
戦場で地雷を踏み、脚を吹き飛ばされた兵士がその吹き飛んだ脚を見るまで痛みを感じないように
コンサートで熱狂する観客が、他の観客に脚を踏まれ骨折してもそれに気付かないように
非日常に於いて、脳は大量の脳内麻薬を垂れ流し認識を狂わせる。
だからこそ酒崎創真もまた、獣に食いちぎられ黄色い脂肪と赤い肉からはみ出る白い骨を見なければ…今しばらくは痛みを感じなかったかもしれない。
「いっ…あっ、がっ……!!!!
お、俺の手が!!手ぇ!ゆ、指が」
痛みと、それに付随する混乱により思考が纏まる前に口から漏れ出る。
もし、そのままならば彼の口が止まる事は無かった。
そう──獣に喉笛を食いちぎられなければ。
創真の身長をゆうに超える、全長にして2メートルを越す獣は
瞬時にエモノ自身の体重と遠心力で首の骨が粉々に砕け、あまりの暴力に耐え切れず肉が引き切れる。
獣はその結果に満足したようにぴくりとも動かなくなったエモノに近寄ると、その柔らかな腹に牙を突き立て好物である腸を啜るのであった。
「…こんなにポンポン死なれると困るんだけどな
仕方ない、次に期待だね」
女はそう言うと食い漁られる肉塊に興味を失ったように歩き出した。