TSメスガキ鬱ゲークラッシャー   作:WhatSoon

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#1 鬱ゲーを破壊する者

自分の死をイメージできる人間は少ない。

山も谷もない人生を送っていれば、尚更イメージできはしないだろう。

人は誰もがいつか死を迎えるのだと、言葉だけでは理解していても……それが己に降りかかるという事実を理解していない。

 

俺もそうだった。

 

 

コンクリートで舗装された道路に倒れ──

 

 

雨を落とす曇天を見上げて──

 

 

流れ出る血と共に身体の熱が奪われて──

 

 

そこでようやく、俺は自分が死ぬのだと理解した。

しかし、その時には意識も朦朧としていて、死の恐怖なんて感じている暇もなかった。

遠く離れた所から見ているかのように、自分の命が失われる瞬間を他人事のように見ていた。

 

 

そうして死んだ『俺』は、『私』に生まれ変わった。

 

 

『俺』が生きていた世界とは異なる、別の世界に『私』は産まれた。

といっても、物理現象は変わらないし、太陽は一つで、夜になれば空も暗くなる。

時代が数百年ほど前のようで、国も日本ではなかったが……それでも、『俺』の生きている世界と大きな差異はなかった。

 

……産まれて直ぐの頃は、そう思っていた。

 

『俺』が生きていた世界とは異なる法則が存在すると知ったのは……『私』の親が死んだ時だ。

 

 

 

父と母は、黒くて『不明瞭』な化け物に殺された。

 

 

 

山羊のような頭、黒い人肌の上半身、獣のような下半身、蝙蝠の羽、蛇のような尾。

凡そ、イメージし得る『悪魔』のイメージ、そのままだった。

 

母に小さなクローゼットに押し込められた私は、戸の隙間から『悪魔』に生きたまま食い殺される両親の姿を見た。

見てしまった。

 

そうして、『悪魔』は私の産まれた村を蹂躙して去っていった。

私は一人、誰も居なくなった村に取り残された。

 

助けて貰ったのだから死ねないと……私は、家屋から食料を拝借し、食い繋いだ。

 

そして、三日後。

深い小豆色の生地に金の刺繍が施された修道服を着た女が、かつて村だった場所を訪れた。

 

私は……その女に保護され、修道院が経営している孤児院に入れられた。

 

 

 

その女は『悪魔』を滅ぼす『祓魔師(エクソシスト)』を名乗っていた。

人の身を超えた奇跡を身に纏い、聖なる力で戦う戦士……それが、祓魔師(エクソシスト)だと彼女は言った。

 

 

そうして、ようやく理解した。

この世界は物語(フィクション)の世界だと。

 

 

『純血の祓魔師(エクソシスト)』。

選択肢によって物語が変動するアドベンチャーパートに、申し訳程度のRPG要素の入ったPCゲーム。

アニメ化はしなかったけれど、ノベライズぐらいはされた……コアな人気があった作品だ。

 

 

何故、コアなのか。

 

 

……とんでもない鬱ゲーだからだ。

登場人物の9割は死亡する。

プレイヤーが魅力的に感じたキャラは碌でもない死に方をする。

まともで優しい人から先に、尊厳が破壊されて死亡する。

凄惨な過去を持つキャラクターばかり。

 

……まぁ、つまり、『目の前で母親が食われるのを眺めていた私』ぐらいの人間が沢山存在するし、これからも沢山現れるのだ。

 

 

『俺』は確かに、『純血の祓魔師(エクソシスト)』が好きだったが……『私』からすれば嫌いだ。

物語(フィクション)の世界で陰鬱な物を読むのは良いが、現実(リアル)で体験したり見たい訳ではない。

 

困っている誰かが居れば、助けてあげて欲しい……そう考えるのは私が特別、善良な訳ではなく……きっと当然の事だ。

 

 

だから──

 

 

私も祓魔師(エクソシスト)になった。

この世界が『鬱ゲー』ならば、せめて知っている範囲の『鬱』を破壊してやろうと大それた事を考えた。

この物語(フィクション)を破壊してやろうと、そう思った訳だ。

 

私は、廃村から私を救い出した先輩祓魔師(エクソシスト)に頼み込み……教会に入った。

 

『聖葬教会』。

この世界で唯一信仰されている聖葬教の教会だ。

そして、『悪魔』に対して唯一、対抗手段を持つ祓魔師(エクソシスト)が所属している教会だ。

 

私はそこの修道院で『悪魔』狩りの技能を学んだ。

そして、悪魔を狩る為の力と、知識を蓄えていった。

 

 

 

私には才能があった。

『悪魔』狩りの、祓魔師(エクソシスト)としての才能が。

 

祓魔師(エクソシスト)は誰にでもなれる。

努力さえすれば。

 

しかし……その祓魔師(エクソシスト)の間には、生まれながら才覚の差がある。

それは『奇跡(サイン)』と呼ばれる異能の力。

 

聖葬教会では『神様から与えられた祝福だ』と定義している『それ』は、持つ者と持たざる者の間に埋めようのない差を生み出す。

 

例えば無から炎を生み出す『奇跡(サイン)』。

土を操る『奇跡(サイン)』。

空を飛ぶことが出来る『奇跡(サイン)』。

 

最早、人間とは思えない神の御業。

そんな能力が……ふとした瞬間に神の啓示を受けたかのように、脳に焼き付けられる。

 

奇跡(サイン)』と呼ばれてもおかしくはない。

 

聖葬教会も『奇跡(サイン)』持ちの祓魔師(エクソシスト)を特別視しており、『聖人』と呼んでいる。

 

 

私はその『奇跡(サイン)』持ちだ。

修道院で鍛錬に励んでいる時、頭痛と共に使い方を『悟った』。

 

しかし、教会に話すつもりはない。

 

何故ならば『奇跡(サイン)』持ちの祓魔師(エクソシスト)は、教会に縛られるからだ。

教会は『聖人』が危険な任務には就かないようにしている。

 

『聖人』を死なせたくないのだろうが……代わりに『奇跡(サイン)』を持たない祓魔師(エクソシスト)がその任務に就き、死亡している。

 

この世界はクソだ。

 

私の行おうとしている鬱要素の破壊……それには、ある程度、自由な行動が保障されていなければならない。

私は『奇跡(サイン)』を持たない、一般の祓魔師(エクソシスト)のフリをして……今日も最前線で戦っている。

 

 

私の『奇跡(サイン)』は誰にも知られていない。

 

 

しかし、知られても良いとしても無闇に使う事は出来ない。

私の『奇跡(サイン)』は寿命を縮める物だからだ。

身体が傷付いたり、内臓が劣化したり……なんて物じゃない。

 

文字通り、寿命を縮める。

寿命という概念を縮めるのだ。

 

私の『奇跡(サイン)』、それは『寿命を代償に力を得る』こと。

気の利いた能力名もなく、ただ漠然とそういった力だと脳裏に浮かんだ。

 

使用すれば凄まじい力を得られるが……代償は大きい。

普通の『聖人』からすれば『ハズレ』としか思えない『奇跡(サイン)』。

だが、この能力によって得られる力は……代償に見合った物があった。

 

 

 

……主人公や、その仲間達がどれだけ頑張っても回避できなかった鬱要素。

それを私の寿命を代償にすれば、回避できるのだ。

 

強敵に打ち勝ち、仲間を助ける事が出来る。

 

私は……早死にするだろうが、それでも、この力を使わない理由にはならなかった。

 

両親に救われ、先輩の祓魔師(エクソシスト)にも救われた。

 

だから、これ以上の望みはなかった。

助けられたのだから、この命を有効に使わなければならないと悟ったのだ。

 

 

私は『悪魔』と戦った。

物語の知識を頼りに、悲劇が起こる場所へ先回りし、『悪魔』を討った。

私の祓魔師(エクソシスト)としての素質を超えた強敵には、躊躇なく『奇跡(サイン)』を使った。

 

記憶にある鬱要素を破壊して回ったのだ。

 

そうして『悪魔』を殺し、寿命を縮めて……ふと、気付いた。

 

このままでは助けた人間や、同僚から……良い人だと思われてしまう事に。

一見すれば何も悪い事ではない。

 

だが、寿命を縮めて死へと突き進む私に親しみを覚えてしまえば……私が死んだ時、彼らは悲しんでしまう。

それは……鬱要素を破壊しようとしている私にとって、本末転倒だと思った。

 

皆が幸せになるために戦っているのに、皆を悲しませてはならない。

 

だから、私は……人に好かれない努力をする事にした。

 

 

高飛車に、他人を蔑ろにする。

 

自惚れて、増長する。

 

人を見下し、嘲笑する。

 

 

そういった行動をしていれば、自然と周りから人が居なくなっていった。

それでいい。

 

誰からも好かれないようにと、振る舞い続けた。

 

 

 

そうして、気付けば──

 

 

 

「はぁ?ちょーキモいんですけど!こんな雑魚と一緒に任務を受けるなんて、有り得ないんですけど!」

 

 

 

私は、メスガキになっていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

僕の同僚の祓魔師(エクソシスト)、エルシーは変な人だ。

 

すぐに人を見下してくる。

僕を馬鹿にしてくるし、とんでもない自惚れ屋だ。

だけど、実際に人を見下せる程の実績があって、人を馬鹿にするのも分かるほど努力してる。

自惚れるのも理解できるほど……その、可愛いし。

 

僕と同年代の16歳らしいけれど、僕とは大違いだ。

その自信満々な部分も含めて。

 

 

「ユーリ、遅くない?私、老衰で死んじゃうんだけど〜」

 

 

なんて言いながら、馬鹿にするような笑みを浮かべる彼女を見てそう思った。

 

薄紅色の髪の毛は肩ぐらい伸びていて、左右を縛っている。

吊り目気味な金色の目が僕を見下していた。

 

 

「ご、ごめん……すぐ用意するから……」

 

「早くして欲しいんですけど……私の時間を浪費するのは人類にとっての損失なんだから」

 

 

そう言ってエルシーはフン、と鼻を鳴らした。

傍若無人に振る舞っている……ように見えて、ちゃんと僕の事を待っている。

 

僕がアタッシュケースに必需品を入れて、慌てて立ち上がる。

同じ形状のアタッシュケースを彼女も持っている。

 

しかし、僕とエルシーの服装は異なる。

 

僕は濃緑色の修道服、彼女は小豆色の修道服だ。

この服は聖葬教会の祓魔師(エクソシスト)の階級を示している。

 

 

上から──

 

『聖人』、紺色。

 

『上位』、小豆色。

 

『中位』、紫色。

 

『下位』、濃緑色。

 

 

つまり、エルシーは『上位』で、僕は『下位』だ。

『聖人』は『奇跡(サイン)』持ち、つまり実戦が殆どない特異階級だから……エルシーは実質的に祓魔師(エクソシスト)で一番上の階級って事になる。

 

同い年なのに、大きな差がある。

 

そんな彼女と何の因果か、僕は相棒(バディ)なんかやっている。

 

 

「ユーリがノロマだから、切符ももう買っちゃったし。ほら、手を出せば?」

 

「え?あ……ありがとう」

 

「プッ、犬みたいなんですけど」

 

 

任務地へ向かう為の汽車の切符を押し付けられ……僕はお礼を言った。

彼女はくすくすと笑っていた。

 

……こういう面倒見の良い所が彼女にはある。

そもそも、彼女は『変な人』だが『悪い人』ではない。

 

人を馬鹿にするような事をよく言ってるけれど、生まれや性別、容姿は馬鹿にしないし。

本当に落ち込んでいる人相手には何も言わないし。

人助けをするためにボロボロになりながら悪魔と戦っているし。

 

 

「ほら、早く乗れば?私、窓際の席嫌なんだけど」

 

「うん、分かったよ……」

 

 

彼女に押されて、僕は汽車に乗った。

箱席の窓側に座らされ、エルシーは向かい側の対角線上に座った。

 

彼女は言葉と行動が一致しない人だ。

どうしてかは分からないけど、人の神経を逆撫でするような事ばかり言っているから……第一印象は本当に悪いんだけどね。

実際、僕も彼女と初めて会った時は『嫌な人だな……』って辟易したし。

 

でも、まぁ……それでも、ずっと一緒に任務を受けていれば、それが誤解だったって気付いたし──

 

 

「は?何でコッチ見てんの?キモいんですけど」

 

 

……うん、まぁ誤解だと思う。

エルシーと僕には身長差がある。

僕の方が頭ひとつ分ぐらい大きい。

 

だから、自然と彼女が僕を見る時、見上げるような形になる。

 

僕は苦笑しながら窓の外へ目を向ける。

秋になって、少し枯れた草木が流れていった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ユーリは『純血の祓魔師(エクソシスト)』の主人公だ。

今はまだ『下位』の祓魔師(エクソシスト)だが、いつか奇跡に目覚めて『聖人』になる。

 

彼の手によって何人もの人が助けられたり……まぁ、助けられなかったり。

 

まぁ、そんな今は頼りない彼だが、物語の主人公という立場上、死亡ENDがたくさん存在する。

前世のプレイヤーからは、死に過ぎて『豆腐』と呼ばれていた。

豆腐みたいに柔らかくて儚い命だからだ。

 

あ、あと髪の毛が白いからだ。

この世界の人間の髪は何故かカラフルだ。

私もピンク色だし。

 

 

そんな『豆腐』……じゃなくて、ユーリを連れて汽車に揺られ……目的地に到着した。

汽車、というか線路がちゃんと整備されていないのかメチャクチャ揺れた。

だから、ケツがメチャクチャ痛い。

 

とにかく、首都から遠く離れた村に到着した。

時間は太陽が少し落ちてきた頃……夕方までに情報を収集しなければならない。

 

この世界に於いて『悪魔』は実在する物だと認識されている。

私は前世の知識があった所為で、両親から教えられても『迷信だ』なんて信じていなかったけれど。

 

さて、この村では夜、行方不明者が出ているらしい。

十中八九『悪魔』の仕業だと、そう思った村長は『聖葬教会』に悪魔狩りの依頼をしたという訳だ。

 

村民から小さな証拠……つまり、夜な夜な狼の遠吠えが聞こえるとか、それが何処からだとか……そんな情報を集める。

 

お気に入りの小さな手帳に万年筆でメモをしつつ、事情を聴取する。

 

 

……『悪魔』は毎晩、山の方から来るらしい。

狼の遠吠えの数からして、悪魔は一体だが……分裂する能力を持っているようだ。

 

山から近い空き家……つまり、『悪魔』に連れ去られた人の住んでいた家に、ユーリと陣取る。

 

……村長や、村人は『連れ去られた人を助けてほしい』なんて言っていたが……無理だ。

『悪魔』は動物ではない。

人間の負の感情が集まって生まれた、悪しき魔なのだ。

 

奴らは食うために人間を襲っている訳じゃない。

ただ己の快楽のために人を殺す、それだけの目的なのだ。

 

だから、連れ去られた人々は……既に死んでいるだろう。

それも碌でもない死に方をしている。

そう確信していた。

 

だが、そんな事を彼等には言えない。

適当に誤魔化して、会話を打ち切った。

 

そうして今、『悪魔』を迎え撃つべく空き家に待機していた。

アタッシュケースから取り出した武器や、道具を用意する。

 

『悪魔』は人間とは比べ物にならない身体能力を持っている。

普通ならば勝ち目はない。

 

しかし、人間の武器は身体能力ではない。

遥か昔から、道具を使って自身より巨大な獲物を狩ってきた……その狩猟能力こそ武器なのだ。

 

己の技能を過信して死んでいく祓魔師(エクソシスト)は多い。

だが、私は油断しない。

 

この世界は鬱ゲーだからだ。

調子に乗った奴から先に、無惨な死を遂げる。

 

念入り……というには念入り過ぎる装備をして、私はベッドに腰掛けた。

簡素な携帯食料を食べ、仮眠を取る。

 

 

時間が過ぎて、夜が更ければ──

 

 

狼の遠吠えが、聞こえた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「ユーリ、ビビってんの?」

 

 

エルシーが馬鹿にするように笑った。

僕は……少し震えている拳を握った。

 

 

「だ、大丈夫だよ」

 

「ふ〜ん?」

 

 

否定はしたけれど、エルシーにはバレているだろう。

それでも、彼女はそれ以上、何も言わなかった。

 

装備を確かめて……エルシーと僕は空き家の外に出る。

遠吠えがした方へ目を向ける。

 

黒いモヤ……『悪魔』が現れる前兆が見えていた。

僕は胸元の『ロザリオ』に指を触れた。

 

これは『悪魔』に対して有効な『聖なる銀』で作ったロザリオだ。

そして『聖なる銀』には特殊な能力がある。

 

銀色の十字架が……一瞬で形を変えた。

材質は変わらず、大きな剣の姿へ。

 

僕のロザリオが変形し、大剣へと姿を変えた。

 

これは全ての祓魔師(エクソシスト)が持っている『悪魔』を討つ為の武器、『聖銀器』だ。

所有者の祈りに応じて、その者に最も相応しい姿に形を変える。

なので、教会はその武器に応じた洗礼名を祓魔師(エクソシスト)に与える。

 

僕の『聖銀器』は『大剣(クレイモア)』。

つまり、『大剣(クレイモア)祓魔師(エクソシスト) ユーリ』と……教会に登録されている。

 

僕が大剣を握っている中、少し前に立ったエルシーは素手のまま立っていた。

 

そして、腰のポーチを開けて……小瓶を二つ手に取った。

祈る様な仕草で、口を開く。

 

 

「『主よ、悪しき者に正当なる怒りを知らしめよ』」

 

 

聖書に書かれた聖句を唱えて……小瓶を前方に投げた。

その小瓶は宙で砕けて、液体が飛び散る。

 

瞬間、光が闇を照らした。

 

 

「『聖なる一撃(ホーリースマイト)』!」

 

 

割れた小瓶は洗礼を受けた『聖水』が入っていた。

そして唱えたのは聖書の『聖句』。

それによって『聖人』のみが起こせる『奇跡』……その現象を再現したのだ。

 

光が質量を持って降り注ぎ、地面を抉る。

黒いモヤが弾けて、散り散りになった。

 

そして……それらは黒い、毛のない狼になった。

聖なる一撃(ホーリースマイト)』を受けた『悪魔』が分裂したのだ。

 

 

「ダッサ〜!真正面から戦う事も出来ないの〜?」

 

 

気持ち、少し大きめの声でエルシーが嘲笑した。

『悪魔』は人語を話さないが……意味は理解している。

そして、奴らは人の悪意から生まれた存在だ。

 

嘲笑に苛立ち、黒い狼となった悪魔がエルシーに殺到する。

 

その様子に彼女はほくそ笑み、数歩下がった。

……僕の出番って事だ。

 

 

『聖なる銀』で出来た大剣を振りかぶり、前に飛び出した。

黒い狼は……7体に分裂していた。

そいつらに向けて、剣を振るった。

 

『聖銀器』は『悪魔』に対して特効と呼べるほどの力がある。

少し触れただけでも、その身体を抉り取り浄化する程に。

 

横に薙ぎ払った大剣の一撃で、狼を2匹消し飛ばした。

だが……残りはエルシーに向けて走っていた。

 

直後、エルシーも胸元のロザリオに触れた。

彼女の手に『聖銀器』が現れる。

 

悪魔を滅ぼす為の武器……聖なる銀で出来た『大きなハンマー』が、手に握られている。

柄は長く、先端は大きい。

 

凡そ、僕よりも小柄な少女が持つには大き過ぎる大鎚が……振るわれた。

 

黒い狼の頭を叩き潰し、打ち払う。

柄で狼の目を突き刺し、薙ぎ払う。

 

まるで暴風のような暴れ様。

 

彼女は……『大鎚(スレッジハンマー)祓魔師(エクソシスト) エルシー』。

上位祓魔師(エクソシスト)だ。

 

 

「弱過ぎなんですけど〜?ウケる」

 

 

嘲笑して誘き寄せつつ、大鎚(スレッジハンマー)を振るう。

一度振るう度に悪魔が弾き飛ばされて……砕ける。

 

べちゃり、べちゃりと異音を立てつつ悪魔が爆ぜる。

 

身体の大半が削れた事で『悪魔』もエルシーの嘲笑の意味に気付いたようで……逃げようと身を翻し──

 

 

「このっ!」

 

 

僕が大剣で叩き潰した。

切れ味よりも重さを優先した大剣(クレイモア)

 

悪魔の祓い方については、エルシーの大鎚(スレッジハンマー)と大した違いはないのかもしれない。

結果的に叩き潰す、というのは変わらないからだ。

 

そうして、最後の一体を叩き潰して……息を深く吐き出した。

緊張からの解放と共に膝から崩れ落ちそうになる。

 

さっきの『悪魔』、危なげなく祓う事が出来たように見えるだろう。

 

だけど、実際はそうじゃない。

少なくとも僕に取っては。

 

『下位』の祓魔師(エクソシスト)にとって、あの狼に分裂した『悪魔』は脅威だ。

僕一人では、間違いなく勝てない。

 

エルシーが注目を集めて、大半を倒してくれたから……僕は1対1に注力できた。

本体の7分の1相手だから勝てたんだ。

 

複数体に同時に、多方向から襲われたら確実に死んでいただろう。

下位の祓魔師(エクソシスト)に取って、命の危機は日常茶飯事だ。

『悪魔』との戦いは命の危機の連続だから……こうして、今日も死なずに生き延びたのは奇跡に等しい──

 

 

「ユーリ!」

 

 

怒声に近い声が聞こえた。

 

 

「えっ──

 

 

瞬間、目の前に黒い狼が現れた。

 

なんでっ──

 

7体、倒した筈なのに──

 

いや、分裂したのは7体だったけれど、分裂できる最大数が7体と決まった訳じゃない。

 

僕が最後に倒した黒い狼……手応えがなかった。

斬られる瞬間に分裂したのだとしたら──

 

真っ黒な狼が、『悪魔』が……飛び掛かってくる。

全てがゆっくりに見えた。

 

牙が、僕の、目の前に──

 

 

 

瞬間、後ろに引っ張られた。

 

 

 

エルシーが走って……僕を後ろから引っ張ったのだ。

そのまま尻餅を搗くように僕は倒れて……エルシーの、腕に──

 

 

狼が食い付いた。

 

 

()っ──

 

 

大きなナイフのような牙が、彼女の白くて細い腕を……滅茶苦茶に突き刺して、血で染めた。

鮮血が僕の前に飛び散った。

 

 

「あっ──

 

 

瞬間、僕は大剣を握りしめた。

震える足で地面を踏み締めて、狼の胴体へ剣を振るった。

 

そのまま……切り裂かれた狼の下半身が宙を舞う。

 

身体に『聖銀器』を叩き込まれた『悪魔』は浄化され……彼女の腕に食いついていた頭部ごと消え去った。

 

 

だが、彼女の腕の傷は消えない。

 

 

「エ、エルシー……」

 

 

複数の方向から刃物のような牙で噛み付かれた腕は、見るも無惨な姿になっていた。

エルシーは脂汗を浮かべて、血の気の引いた顔で……僕を見た。

 

 

「……ユーリ」

 

 

いつもの嘲笑を浮かべている笑みではなかった。

精一杯、という顔。

辛そうな顔を浮かべていた。

 

僕は彼女からの叱責を覚悟したのに──

 

 

「無事で、良かった」

 

 

なんて、言葉を掛けられた。

いつもの彼女から出ない筈の、心配するような声。

 

その傷は僕が悪いのに、僕の所為なのに。

 

 

「あ、あ、あぁ……」

 

 

思わず呻いて……涙が少し出て……今、そんな事をしている場合じゃないって気付いた。

慌てて、応急手当て用の包帯や、『聖水』を出して彼女に駆け寄った。

 

悪魔に付けられた傷口を浄化する為に、『聖水』をかける。

 

 

「い、っつ……」

 

「ご、ごめん!すぐ終わるからっ」

 

 

沁みたようで顔を顰めるエルシーに謝りながら、それでも『聖水』を掛ける。

『聖水』には人間の生命力を強化する効能がある。

つまり、治癒能力を高める事が出来るのだ。

 

そのまま包帯で巻きながら……彼女に視線を合わせた。

いつもの見下すような顔じゃない、不思議な表情。

 

何だろうか、と考えて──

 

 

あぁ、これは……安堵の表情だと、僕は気付いた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

傷口が死ぬほど痛々しい件について。

死ぬほど痛かったが……教会で治療の『奇跡(サイン)』を受けた事もあり、直ぐに治った。

 

だが、神様の奇跡も万能じゃない。

欠損した部位を治す事は出来ない。

結果的に……血管や筋肉の筋は治ったけれど、皮膚の表面に違和感が残った。

 

稲妻のような、ヒビ割れたような傷口が腕に残った。

滅茶苦茶、痛々しい。

 

……まぁ、気にしないけど。

こんな傷跡が残る程度で、誰も死なずに済んだんだからラッキーぐらいの気持ちだ。

 

というか、やっぱりユーリは……死ぬほど運が悪いんだな。

あの黒狼の分裂能力……『中位』や『下位』の祓魔師(エクソシスト)なら手も足も出ずに殺されていただろう。

 

最後の初見殺し(分からん殺し)も、気付かなくて仕方ない。

複数に分裂して乱戦に持ち込みつつ、陰で分裂して不意打ち……という狡猾な立ち回りをする『悪魔』だった。

 

ユーリと『悪魔』が戦っている場所から離れた、俯瞰した視点から見られたから気付けただけだ。

 

だから──

 

 

「は〜?いつまで辛気臭い顔してんの?臭いのが移るからやめて欲しいんですけど」

 

 

こうして落ち込んでいる……というか、私に対して負い目を感じているユーリを見ると少しモヤモヤする。

 

 

「ご、ごめん。エルシー……僕の所為で……」

 

 

ユーリの所為ではない。

確かに彼は失敗したかも知れないが、助けたのは私で、怪我を負ったのも私の決断の所為だ。

……だが、そんな事を言えば、彼の好感度を稼いでしまう。

 

折角、彼に『嫌われている』のだから……現状を維持しなければならない。

 

 

「え?ホント、有り得ないんですけど」

 

「……ごめん」

 

 

……これは重症らしい。

傷を負った私の方が元気って、どういう事なんだ。

内心で少しイラっとしつつも、こうして好きでもない相手を心配出来るのは……彼の美点だと感じた。

少し頼りないけど、底抜けに優しい。

だからこそ、彼がこうして申し訳なさそうにしているのは……少し、嫌だと思った。

 

私はため息を吐いて、ユーリの頬に触れ──

 

 

「え?エルシー?」

 

 

全力で抓った。

 

 

「あ、痛っ、痛いっ!」

 

 

さっきまでの辛気臭い顔から、『何でそんな事するの?』って顔に変わった。

私はいつも通り、顔に張り付いた嘲笑を浮かべてユーリを見下す。

 

 

「アレもコレも自分の所為って……自惚れ過ぎなんですけど?アンタみたいな雑魚が責任を感じるって……責任負える程、偉い立場になったつもり?」

 

「あ、いや……でも……」

 

「キモいんですけど〜?もっと鏡でも見て自己評価したら?自分がへなちょこ雑魚祓魔師(エクソシスト)だって自覚したら?」

 

「え、う……うん」

 

 

それでも申し訳なさそうな顔をするユーリに呆れつつ、私は彼から離れた。

 

 

「アンタ、私が身を挺して助けたとでも思ってる?」

 

「えっと……」

 

「違うんですけど?相棒(バディ)が死んだら私の評価が下がっちゃうから、嫌々助けただけなんですけど?」

 

「えっ……あ、そう……?」

 

「それとも、私がアンタみたいな雑魚が大切だから、助けたとでも思ってるの?キモいんですけど〜?自意識過剰なんですけど?」

 

「え、いやっ、そういう訳じゃ……」

 

 

しょぼしょぼと萎れたような表情を浮かべたユーリを見て、ほくそ笑む。

 

 

「あーあ、傷、残っちゃった〜」

 

「う、ごめん……」

 

「一生返せない貸しを作っちゃったんですけど?」

 

「そ、そうだね……」

 

「って事で、アンタ。一生、私の奴隷だから」

 

「えっ、あっ……ハイ」

 

 

まぁ、これだけ言えば、彼も罪悪感を感じずに済むだろう。

これじゃあパワハラ上司だもんな。

嫌われても好かれる理由が見当たらない。

 

しかし……心臓の辺りが、痛いな。

ユーリを助ける時、距離が遠かったから……咄嗟に私の持つ『奇跡(サイン)』を使ったからか。

 

私の『奇跡(サイン)』は代償に寿命を捧げる。

どれだけ削られているかは分からないけれど……まぁ、どうでも良いか。

 

私は鬱要素を破壊する為に祓魔師(エクソシスト)になったのだから。

この命を擦り潰して……助けられる範囲の人を助けていくのだ。

 

……どうせ、私に家族はもう居ないし。

私の事を大切だと思っている奴も居ないし。

死んだって……あの生意気で態度の悪い奴が死んだんだな……ってぐらいに思って欲しいし。

 

 

「ユーリ、私、甘いもの食べたいんですけど……」

 

「え?」

 

「気の利かない奴隷ね。さっさと何か買ってくれば?勿論、アンタの奢りで」

 

「……うん、すぐ買ってくるよ」

 

 

今日も今日とて……誰にも好かれないように、私は振る舞い続ける。

私は、この世界を……鬱ゲーを破壊する為に生きているのだから。

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