暗がり、路地裏の先……四方に分かれた広間。
そこに居る二体の『悪魔』を見る。
一体目。
幻覚作用の霧を放つ、花型の『悪魔』。
基本的な戦闘能力はトゲのついた蔓の鞭。
先端の速度は凄まじいが、攻撃の予備動作から見切るのは容易い。
しかし、問題があるのは花のような頭部から噴射してくる、薄紅色の霧。
街に生えている花擬きの霧とは濃度が違う。
接近すれば常に霧を浄化しながら戦わなければならないだろう。
対して、二体目。
太陽光を吸収する黒い煙を吐く、クラゲ型の『悪魔』。
こちらも武器は人間の腸のような触手。
しかし、花型の『悪魔』よりは速度も力も低い。
代わりに、頭部の煙を吐いている部位から黒いヘドロを吐き出せる。
このヘドロも『悪魔』の一部のようで、付着すれば身体を削り取るように攻撃してくる。
どちらも、単純な戦闘能力だけならウェラポリで戦ったマンタ型の『悪魔』より低い。
しかし、コイツらには搦手がある。
『悪魔』は言葉を喋らない。
しかし、だからといって知能が低い訳じゃない。
人を害する為なら、悪知恵だって働く。
不意打ちもするし、さっきみたいに人間を操って攻撃もしてくる。
それが『悪魔』。
人間の負の感情から生まれたバケモノだ。
故に……まだ私達に見せていない『とっておき』がある可能性もある。
花の方は原作知識によってある程度知っているつもりだが、クラゲの方は全くの初見だ。
ヘドロ、煙、触手以外に何かあるかも知れない。
「…………はぁ……っ」
息を深く吐いて、私は
そして、その勢いのまま肩に載せる。
細かい判断を疎かにすれば、足を掬われる。
でも、それでも……今は、目の前に集中するしかない。
私は地面を蹴り──
「ユーリ、左!」
短く、言葉を口にした。
「分かった!」
それでも、
私は右側にいる『悪魔』……花型の『悪魔』に向かって走り出した。
対してユーリは左側に居る臓物のような触手をもつ『悪魔』、クラゲ型の『悪魔』に向かって剣を構えた。
先程の言葉の意味は『左側、任せた』の意味だ。
求めているのは足止め。
私がこの花型の『悪魔』を倒すまでの時間稼ぎだ。
「直接、私が叩き潰してあげる!」
私が花型の『悪魔』を選んだ理由。
それは、理屈として……『悪魔』の放つ幻覚作用のある霧に対して、ユーリでは浄化が間に合わない危険性があると考えたからだ。
ユーリを侮っている訳ではないが、それでも私の方が
私の自浄でギリギリなのだから、ユーリの浄化が間に合う保証はない。
更にユーリの主な攻撃手段は聖銀器の
相性は悪いだろう。
もう一つ、感情として……単純に、この花の『悪魔』がムカつくからだ。
私の『大切』な人を模した幻覚を見せたのは、許せない。
これは大きな理由にはならないが。
間合いに足を踏み入れた瞬間──
頭部から私の進行方向に向けて、幻覚の霧を噴出してきた。
「何度も引っかかるワケ、ないんですけど!」
急停止しつつ、
石畳が砕けて、散弾のように射出された。
石の破片は確かな殺傷力を持つが、『悪魔』相手には致命傷になり得ないだろう。
実際、砕けた石片は花の『悪魔』の表皮に傷を付けたが、表皮までだ。
体内へは無傷……しかも、表皮すら即座に再生を始めていた。
しかし、目的は攻撃ではない。
弾けた石片には私の
「『主よ──
指を立てて、意識を集中する。
「『根源なる大地の──
瞬間、『悪魔』の放った薔薇の鞭を避けた。
「『剣を執り──
直線的な攻撃は避けられると悟ったのか、鞭が横に薙ぎ払われた。
しかし、想定内。
私は地を蹴り、宙へ飛んだ。
そして、私は──
「『悪しき者を貫きたまえ』!」
回避行動を取りながら、詠唱を完成させた。
『奇跡』の模倣が、現実を捻じ曲げる。
そうはさせまいと、花の『悪魔』が触手を私へ伸ばしてくるが──
「『
刹那、『悪魔』は四方八方から串刺しとなった。
砕けた石片が岩の刃となり、『悪魔』に殺到したのだ。
私が『上位』の
それは101の『奇跡』を模倣できるから──
「追唱!『
ではない。
『悪魔』に突き刺さっていた岩の刃が光り出す。
それは岩に込められていた
そして、光は限界を突破し……爆ぜた。
そう。
私は101の『奇跡』を使い『熟せる』。
詠唱するだけならば、教本を読みながら唱えればいい。
模倣するだけならば、儀式用の道具を準備すればいい。
事実、私以外にも『奇跡』を101つ模倣できる
だが、戦闘中。
一瞬の判断で『奇跡』を選び、詠唱し、模倣する事は困難だ。
101の引き出しから、現状で最も有効な引き出しを開けること。
それは使えるだけの
この技術が、私の
ギギ、ギギギギ──
体内に直接的なダメージを与えられた『悪魔』は、軋む音を響かせ、身を捩りながら私から距離を取る。
「しぶと過ぎ、なんですけど……!」
僅かな焦りを感じて……その焦りを飲み込んだ。
ユーリも一人で『上位』の『悪魔』と戦っている。
早く倒して助けに行かなくては……と、一瞬思った。
それでも、焦りを飲み込んだ。
ユーリは『できない』と言わなかった。
ならば、信じなければならない。
彼は私の
他の誰もが信用しなかったとしても、私だけは信じなければならない。
二つの命を二人で分かち合う……それが
だから──
今はこの、花の『悪魔』を倒す事に、集中する!
プシュッ──
「っ……!?」
『悪魔』が千切れた身体から、薄紅色の霧を噴出させた。
それこそ、本体から切り離された部位からも、だ。
この『悪魔』は街中に自身の子、幻覚発生用の端末を展開していた。
アレは本体と繋がっていない、身体の一部だった。
つまり、この『悪魔』は……切り離されたとしても、その部位をコントロールできる能力があるという事だ。
この足元の茎も、街中の花と変わりはしない。
だが──
その薄紅色の霧を突き抜けて、私は『悪魔』に接近した。
直線的に来るとは思っていなかったのか、『悪魔』の動きが一瞬遅れた。
幻覚作用のある霧が私を囲う。
だが、それでも……今は、幻覚など効きはしない。
身体の表面に、
『奇跡』にも変換せず、ただ
それを……一気に放出する。
そうすれば私を囲っていた霧が霧散した。
咄嗟には使えないが、こうして『悪魔』の行動が読めていれば出来る。
一歩、踏み込む。
聖銀で出来た
目の前の『悪魔』は、棘に生えた蔓で私の攻撃を防ごうとしている。
だが、その程度で止められる訳がない。
「はぁっ!」
頭部を破壊した──
瞬間、『悪魔』が急激に肥大化した。
「はぁ!?何っ、が──
赤い花弁を飲み込み、種子は巨大な果実に変わった。
血管のような筋が浮いた、グロテスクな果実だ。
しかし、『悪魔』は既に虫の息……いや、消滅寸前だ。
葉先も蔦は灰のように崩れつつある。
倒した筈だ。
しかし、その果実は肥大化し続けて──
背筋に冷たさ。
経験から弾き出された危機感。
そして、直感。
「まずっ──
その瞬間、私は見た。
『上位』の『悪魔』が後を考えず放つ行動を。
身体の中にある力を全て一点に集中させて、破裂させる。
それだけだ。
それだけだが、最も有効な攻撃となる。
勿論、『悪魔』自身も身体を維持できなくなるだろう。
だが──
果実が、爆ぜた。
超高密度の体液が、全方位に放出される。
避けられる場所はない。
至近距離に居る私を吹き飛ばすまで……残り、一瞬。
その一瞬、私の思考は加速していた。
どうする?
私の元来の『
ダメだ。
ユーリには使わないと約束した。
どうする?
防御用の『奇跡』を使うか?
ダメだ。
詠唱は間に合わない。
ならば──
瞬間、私の前面に複数の光の菱形が生まれた。
それは邪を跳ね除ける聖なる布を作る『奇跡』。
しかし、私は詠唱をしていない。
詠唱破棄……それはイメージと無言の所により詠唱を代用して『奇跡』を模倣できる技術。
勿論、精度も性能も落ちる。
略式詠唱の半分以下の性能だ。
本来の詠唱から言えば五分の一程度。
まともな防御は期待できない。
だが、やらないよりはマシだ。
やらなくて後悔するぐらいなら、ダメでも良いから私は──
「ぐぅっ!?」
『悪魔』の体液。
その衝撃は詠唱破棄で作った聖なる布を貫通する。
確かに勢いは失っている。
『悪魔』の体液に含まれる有害な物質も浄化された。
しかし、それでも質量が残っている。
暴力的な程の勢いで、私に叩きつけられた質量が。
足が、浮いて──
「ぐっ……!?」
壁にぶつかった。
ミシリと音がしたのは私の方か、壁の方か。
目の前が明滅する……それでも、私は意識を失っていなかった。
咄嗟の判断、防御の『奇跡』が間に合わなければ、潰れたトマトのように、なっていた……に、違い、ない。
「か、はっ……はぁっ……」
朦朧とする意識。
視界が明滅する。
しかし、生きている。
呼吸が乱れて、動くことすら辛かったとしても……生きていた。
私は自身に『治癒』の『奇跡』をかけつつ、花の『悪魔』が居た場所を見た。
……果実の後、残っていた植物が枯れるように、灰色になっていた。
……最後に道連れにしようとしてくるなんて。
呼吸を整えて……私は上半身を立たせた。
膝を立てる。
肋に、痛み。
折れている、か。
……聖水を口に含み、
そして、再び『治癒』の奇跡を使って……立ち上がる。
痛みはまだ、ある。
きっとまだ骨にヒビが入っている。
だが、まだだ。
ユーリを、助け、なければ──
ドン、と大きな音がした。
そして何かが、私の前を転がった。
「……え?」
それは、赤黒い血をまとった臓物。
どろりと粘性のある血を纏った、灰色の……身体の中にある筈の……紐。
「あ……」
悪寒。
最悪の事態を想定して、身体が一気に冷えていく。
心臓が弾けてしまうかと思うほど鳴り響き──
「はぁっ!」
ユーリの声が聞こえた。
地面に転がっていたのは、クラゲ型『悪魔』の触手だ。
ユーリが
安堵と共に視線を向けると、クラゲ型『悪魔』の頭に
瞬間、頭部から黒い煙が吹き出すが──
「『主よ』!『悪しき物を燃やし清めたまえ』!」
ユーリの口から詠唱が聞こえた。
「『
聖銀器である
黒いガスは瞬時に虹色の粒子になり、霧散する。
そして、そのまま……クラゲの『悪魔』に燃え移った。
私はそれを、呆然と見ていた。
「……え?あれ?」
クラゲ型の『悪魔』は炎に呑まれて……灰色に変色し、砕けた。
偽装した訳ではない、本当の終わり。
目で見て分かる。
クラゲ型の『悪魔』は、討伐されたのだ。
ユーリ、ただ一人の手によって。
「……はぁ、はぁ」
息を切らして汗を流し、額からは血が流れていた。
それでも……五体満足で立っていた。
一人で、『上位』の『悪魔』を倒したのか。
確かに、クラゲ型の『悪魔』はまだ『中位』から上がりたて……ぐらいで戦闘に向いていなさそうな『悪魔』だったが。
それでも……普通の『中位』の
筈なのに。
私が侮っていたのか……いや、ユーリはきっと、私が考えている以上に強くなっていたのだろう。
努力と経験を積み重ねて。
「……ユーリ」
息を切らしているユーリに、私は近付く。
声を掛ければ、彼は汗と血を拭って、私へ視線を向けた。
「あ、エルシー……って、大丈夫!?」
「私は大丈夫……ですけど。治療もしたし……ユーリは?」
「……僕もボロボロだけど、無事だよ」
額が切れていて、血と汗と泥が混ざっている。
切り傷や、腫れている部分もある。
それでも、『悪魔』と戦ったにしては軽傷だった。
私は自身の身体の調子を確認して、自身の治療の優先を下げた。
まだ痛みはあるが、耐えられない程じゃない。
「強がってるつもりでも、結構、傷ってのは分かっちゃうんですけど?」
私はユーリの二の腕に触れた。
熱があるかのように熱く、怪我まみれだ。
そんな場所に触れた所為で、ユーリは頬を不器用に動かした。
「う、う、うん。まぁ、い、痛いかな」
「……なら、そう言えばいいのに。ちゃんと治療してあげるから」
「……ごめん。でも、エルシー自身が優先で良いよ」
申し訳なさそうに頭を下げたユーリに、私は目を瞬く。
「『ありがとう』は?」
「え?あ、ありがとう?」
「そう。謝んなくても、感謝だけで良いんですけど」
「う、うん。ごめ……じゃなくて、ありがとう。凄く、助かるよ」
「……ま、いいけど」
私はユーリの着ている修道服を捲った。
……ユーリの素肌、腹が見える。
私も鍛えてるつもりだけど……やっぱり、男と女では筋肉の付き方が違うのだろうか?
腹筋に直接触れて、『
治癒系統の『奇跡』は、攻撃系統の『奇跡』よりも
何かを壊すのは簡単だが、壊れた物を直すのは難しい……という事だ。
……腹に痣。
横っ腹に切り傷。
服の下に隠れていたけれど、傷はそこそこある。
「……まったく」
これで大丈夫だなんて、よく言えたものだ。
傷口を撫でるように触れて、『奇跡』を行使していく。
そうすれば、全治……とはいかないが、傷口が塞がる。
「っ……」
傷口を触られて痛むのか、痒みを感じているのかユーリが声を漏らした。
反応するのも可哀想だと、そのまま傷口を塞ぐ。
「……これで終わり。どう?他に傷は?」
「大丈夫だよ。ありがとう、エル、シー……」
ユーリの声が上擦った。
身長差から彼の頭は私より上にある。
視線を上げれば……ユーリは顔を赤らめて視線を逸らした。
……何なんだろう、その反応は?
訝しむ。
「……どうかした?挙動不審なんですけど」
「あ、いや……これ、僕の血が付いてるけど。良かったら、その……」
ユーリから修道服の上着を渡された。
「は?」
困惑しつつ受け取る。
何が言いたいのか?
これを着て欲しいのか?
何でだろうか。
私は更に視線を落とし、自分の格好を見る。
ズタズタに引き裂かれた修道服の下から、素肌が見えていた。
……理由がようやく分かった。
「……ユーリのスケベ」
「ち、ちが……誤解、誤解だよ……!」
慌てるユーリを見て、少し笑う。
でもこれ以上、揶揄うのは……やめておこう。
さっきまでの姿、ユーリに刺激が強かったかのは事実だし。
それに、服を貸すのは私に対する善意の行動だ。
「……でもまぁ……うん、ありがと。ユーリ」
少し頬を緩めて、血の付着したユーリの修道服を羽織る。
人の優しさを無碍にするのは、私も心が痛む。
……しかし、ユーリは私を見て少し呆けた顔をしていた。
「……何?ユーリ、どうかした?」
「あ、いや……ううん、何でもないよ」
ユーリは頬を赤くさせていた。
……きっと、先程の戦いで身体が火照っていたからだろう。
彼に対する治療も終われば、私の中の
聖水も使ったし……ユーリの方も使っていたらしい。
本当に空っぽだ。
だから、身体は痛むけれど……後回しだ。
我慢できない程じゃないから。
そう、思って……後始末をしようと、していたのだけれど。
「……エルシー、少し良いかな」
「何?ユーリ」
「……その、もしかしてだけど。身体が、その、痛かったりする?」
「……はぁ」
ユーリの目は誤魔化せなかったらしい。
そんなに身体を庇うような歩き方をしていただろうか。
そう思いながら、小さく頷けば……ユーリは凄く心配そうな顔をした。
ほら、こんな顔されたくないから隠していたのに。
「……エルシー、良かったらだけど僕の背中に乗る?」
「……別に。それほど痛い訳じゃないから」
「そっか……ごめん」
断るとまた、申し訳なさそうな顔をして。
……はぁ。
ため息を吐けば、肋が痛む。
強がっても良い事はないかも知れない。
私は前髪をかき上げた。
「背負いたいなら、背負えば?」
そして口にした言葉は、上から目線で偉そうな言葉だ。
こんな事しか言えない自分を恥じる。
でも、ユーリは私の言葉に腹を立てず、笑顔になっていた。
「うん、ありがとう。じゃあ少し、失礼するね」
何の『ありがとう』だろうか。
迷惑をかけているのは私なのに。
私がユーリの背後に回って、手を首に回す。
背中から密着する形にして、ユーリは私の太ももに手を回した。
……ユーリって、こんなに大きかったっけ?
硬い背中に身体を密着させれば、普段よりも大きく感じた。
その事に少し驚きつつも、私は……嬉しく感じていた。
きっと、原作の主人公であるユーリが、ちゃんと……きっと、私が居なくなったとしても、戦えるぐらいに成長していると実感できたからだ。
落ちないように、手を回す力も少し強くなる。
破れた修道服の上から、彼の体温を感じ取った。
ユーリは私を背負っても、へっちゃらのようで……そのまま、『悪魔』達の居た路地裏の更に奥へ向かおうとする。
他に何もないか、生存者が居ないか……それを探るためだ。
静かな中、私はユーリに密着した状態で……揺られる。
「……エルシー」
「……何?」
また、名前を呼ばれる。
「その……また、僕と
私は目を瞬いた。
もう、とっくに
でもユーリからすれば、私が明確に話していないのだから不安にもなるだろう。
「……まぁ──
私は彼に好かれたくなかった。
私が死んだ時に泣いて欲しくなかった。
だけど……もう、きっと、私の願いは叶わない。
私が死ねば、ユーリはきっと泣くだろう。
きっと重く受け止めるだろう。
……三日ぐらいは、食事に手も付かなくなるんじゃないか。
なんて、思えてしまう。
私が死ねば。
私が死んでも……誰にも不幸になって欲しくなかった。
シェリが死んだ時、私が感じた感情を誰にも感じて欲しくなかった。
だって私は……自分自身の『
きっと私は……彼等よりも早く死んでしまう。
だから私は……。
私は……。
だけど私は……。
「…………」
沈黙。
ユーリは何も話さない。
私の返答を待っているからだ。
何を答えるかは決まっている。
だけど、どう答えるかは迷っていた。
私は悪辣に、そう、ユーリが不快に感じるように答えようかと。
そう、思って……だけど、もう、そんな事に意味がない事も分かっている。
だから、悩んで、悩んで。
私は口を開いた。
「……今の私にとって、ユーリだけが私の
思っていたことを、そのまま伝える。
「もう
どうしてだろうか。
ユーリに対しては……取り繕わず、本音で話してしまうのは。
「ごめんね、ユーリ」
だけど心の中にある靄が晴れるように、口にしてみれば清々しい気持ちだった。
「それと、ありがと」
私のような人間に対して、優しくしてくれる彼への感謝だ。
きっと、今までだったら天と地がひっくり返っても言わなかっただろう。
それでも……どうしても、言いたくなってしまった。
きっと身体も心も弱っているからだ。
そうに違いない。
私の言葉に、ユーリがどんな表情をしているかは分からない。
私から見えるのは、ユーリの後頭部だけだ。
そして──
「……ありがとう、エルシー」
ユーリは短く、感謝の言葉を吐いた。
私はそれを受け取った。
今はただ、それが心地よかった。
互いに互いを尊重できていることが……そんな当たり前の事が凄く、心地よかったから。
揺られて、また路地裏の奥へと向かう。
「……エルシー、その言いたくなかったら言わなくても良いんだけど」
「……うん」
少し遠回りな、質問の前置きに私は頷く。
まぁ、ユーリからは見えないだろうけど。
「エルシーの持ってる『
少し身を強張らせた。
それでもユーリは、言葉を続けた。
「アレって、その……どんな効果なの?えっと、どんな代償が……あるの?」
「……それは──
口籠る。
しかし、きっともう……黙ってやり過ごす事は出来ない。
ユーリは良い人で。
彼にとって私は大切な人で。
私にとっても彼は大切な人だ。
「……色々出来るの。力を強くしたり、
「そうなんだ……凄いや」
きっとユーリが知りたいのは、『
私が『
「それで、私が……その『
ユーリには笑っていて欲しいから。
幸せになって欲しいから。
だから、私は──
「ほんの少しだけ、体調が悪くなるから」
嘘を、吐いた。
◇◆◇
空の黒い雲は消えて、本当の日光が照らしている。
原因の『悪魔』が消滅して、効能が切れたのだろう。
路地裏の奥も明るく照らしている。
だからこそ、私達はその景色を直視するはめになった。
「……こ、れは……」
ユーリが呼吸を荒くする。
だけど、仕方のない事だろう。
こんな、景色を見れば。
壁には穴が幾つか開いていた。
直径から、花形の『悪魔』の触手だったのだろう。
消滅した今、そこに刺さっていた物はない。
だから……その消滅した『触手』に支えられていた物が地面に転がっていた。
人だ。
目と鼻と口……穴という穴から、血と体液が混ざった物を溢している人だ。
それが、何人も。
「……ユーリ、私、降りるから」
「う、うん」
ユーリの背から降りて、倒れている人の首に触れる。
……生きている。
けど、生きているだけだろう。
呼吸は小さく、息も……かろうじて、か。
「……何で、こんな……酷すぎるよ」
「早贄よ、きっと」
地面に転がっている少女……まだ、成人していない彼女に触れた感触。
痩せていて、そして……脳が、心が壊れているのが分かる。
壁に空いた無数の穴と、転がっている人の数が合わないのも……きっと、それが理由だ。
世の中には、自身が捉えた獲物を木に刺して保存する鳥が存在する。
早贄という行為だ。
……それを人間相手にやっていたのだろう。
花形の『悪魔』の霧で脳に負荷を掛けて破壊し、ただ生きるだけの保存食にしていた。
それが実態だろう。
私は地面に寝転がる少女から手を離した。
「……これはきっと、『治癒』の『奇跡』では治せない」
私は自分の腕へ目を落とした。
ユーリを庇って『悪魔』に噛み砕かれた腕……それですら、傷跡が残っている。
そして、脳はかなり繊細だ。
形だけ取り繕った所で……きっと、もう、社会に復帰する事は出来ない。
「……でも、僕は……連れて帰るよ。聖地レイラインにいる『聖人』の『
「……そう。私も手伝うから」
倒れている人達の状態を確認していく。
反応を確認しつつも、それでも症状は重い。
嫌になる作業だ。
人を助けるために来たのに、助けられない事を突き付けられる感触は。
……私はまだ、大丈夫だけど。
ユーリは目に涙を浮かべていた。
そうして、介抱しつつ状態を確認していれば……目に、修道服が見えた。
うつ伏せに倒れている二人の
「……私達より先に派遣された
二人、揃っていた。
私はその一人を仰向けにして──
「あ……」
知っている顔だった。
それは……私が港町ウェラポリへ出る前に、口論した相手だった。
『
ウェラポリでの任務を受けようとしていた……二人の、『中位』の
……原作通りなら、ウェラポリでの任務で片方が死んでしまうからと……私が、任務を奪った相手だ。
そんな彼女達は今、目の前で──
「……私の、所為?」
口の中が乾く。
暑くもないのに汗が流れる。
私が任務を奪った所為で、この任務を代わりに受けたのか?
その結果が……これか?
私がウェラポリでの任務に手こずった所為で、大切な時に聖地レイラインに居なかった所為で、彼女達は代わりに……?
呼吸を、しないと。
息が、息が荒れる。
「……あ、ぁ……私が……」
彼女達を助けたつもりでいた。
だけどそれは偽りだった。
私の所為だ。
「私の、所為だ……」
私の所為だ。
彼女達がこんな姿になってしまったのは、私の所為だ。
私の所為だ。
私が選択を間違えたから。
知っていたのに、知っていたつもりになっていたのに。
それが原因で……私の──
「エルシー」
背中から声をかけられた。
呼吸が戻る。
汗が地面にポタリと落ちた。
早鐘のようになる心臓を抑えて、私はユーリへ目を向けた。
「っ、何?」
「えっと、あっちの人達は取り敢えず、楽な格好にさせたけど……その、どうかしたの?」
私の溢した言葉はユーリに聞こえていなかったようだ。
安堵の息を漏らして、冷静さを取り繕い、首を横に振った。
「別に?何でもないんですけど?」
「……それなら、いいけど。何か辛い事があったら、教えて欲しい」
「……別に?ちょっと過干渉じゃない?」
「……そ、そうかなぁ?」
釈然としないユーリを誤魔化しつつ、地面に転がる二人の
ごめんなさい、と内心で呟いて視線を逸らした。
忘れた訳ではない。
この世界は残酷だ。
悪趣味で悪辣な鬱ゲーの世界だ。
だから……私は……。
この世界の不幸を……なくしたい。
鬱ゲーを壊したい。
壊さなきゃならない。
服の胸元を掴む。
ユーリから借りている修道服の上から、自分の心臓の音を感じた。
跳ねる心臓が、私がまだ生きているのだと。
やるべき事がある筈だと教えてくれていた。
まだまだ続きます