商業都市ジュネスでの騒動は、収束の兆しを見せていた。
収束した……とは言えない。
原因の『悪魔』の討伐に成功したが、住民達が洗脳されていた所為で現在も混乱している。
死者の数すら正確に把握できていない程だ。
それに『悪魔』の早贄となっていた
現在は聖地レイラインにて療養中だが……聖人による『
……言葉も話せず、呆けた状態が続いている。
恐らく、脳にダメージを負ったのだろう。
これから治るのかは分からない……痛ましい話だ。
そして、私達について。
ユーリも『治癒』の『
私が応急処置を施したのもあるが、傷がそもそも浅かったのもあり当日、病床から返された。
対して、私は──
「…………」
ベッドの上に転がっていた。
花型の『悪魔』、その自爆を直撃した結果、私は全身を損傷していた。
『治癒』の『奇跡』を模倣した事によって、ある程度治していたが……逆にそれが悪かったようで。
骨が歪に治っていた為、全身が軋むように痛むようになってしまい……聖人によって正しい治療を施された。
一度、骨の形状を変形させて正常な形に戻す……などという、現代医療もビックリの『
のだが……骨にまだヒビが入っている状態に戻っており、身体に馴染むのを待っている状態だ。
全治三日。
骨を複雑骨折したにしては短いが、この世界の『奇跡』を考えると長めの入院となる。
治癒系統の『
私は無意味に自分の体を痛めつけたい訳じゃない。
専門家の指示には従うつもりだ。
そして、療養所に入所させられた翌日──
「……何で来てんの?」
「見舞いだが」
「……呼んだ覚えはないんですけど」
私の師匠にして保護者代わり、フロイラが来ていた。
正直、病床で安静にしているだけだと心細かったから……いや、別に嬉しくないけど。
「まぁ、そう言うな。見舞いの品もある」
「……なに?」
そう言いつつ、よく分からない花を花瓶に入れた。
……療養所の飯は不味いし、どうせなら果物とかを持って来て欲しかったが。
まぁ、ありがたく受け取っておこう。
「それで、エルシー。ユーリとは仲直り出来たのか?」
「はぁ?仲直りぃ……?」
私は目を瞬く。
……そうか、商業都市ジュネスまでユーリが追いかけて来たが、フロイラの助言でもあったのか。
目を細めて、視線を逸らす。
「何で私に訊くの?ユーリに訊けば良いと思うんですけど」
「ユーリからは聞いている」
「は〜?じゃあ、ユーリの言ってる通りって事で。答えるのも、だるいんですけど」
不可解だと眉を顰めると、フロイラは怯まずに微笑んだ。
「私は、お前自身から聞きたくてな」
何とも面倒だと思いながら、フロイラらしいなとも思う。
10歳程度しか変わらないのに、母親のような態度を取る彼女を……鬱陶しい、なんて思えなくて。
ほんの少しだけ、嬉しい。
口が裂けても言わないが。
私は眉間を揉んだ。
「……元々、ユーリとは喧嘩してないし。ちょっと間違っただけだから」
「ふむ、そうか」
何か納得したように笑うフロイラに首を振る。
「……そもそも、私がどうだろうと他人のアンタには関係ないんですけど」
なんて、拒絶の言葉を吐けば……ちょっとだけ、ズキリと痛んだ。
体だけじゃなく、心も。
ユーリと同じで、フロイラには何をしても嫌われる事が出来ないかもしれない。
だから、こうして拒絶するような態度を取る意味は……正直、無いのかも知れない。
だからと言って、急に態度を変えるのも……「何故、今まで態度は悪かったのか?」と疑われてしまうだろう。
そうなれば……聡いフロイラの事だ、私の『
ユーリと違って誤魔化されなさそうだし。
だから、現状維持。
つまり、決断から逃げたのだ。
そんな臆病者の私へ、フロイラが視線を向けた。
「それで、エルシー。ユーリとはどうなんだ?」
「……さっきから何が言いたいか、よく分かんないですけど?どうって、何?」
片眉を上げて、首を傾げる。
「進展はあったのか?」
「進展?」
「そう、進展だ」
本当に何が言いたいのか分からない。
ぐるぐると頭の中で情報を回して……思い当たる節が一つだけあった。
「ま、『中位』の『悪魔』相手なら余裕なぐらい強くなった。今回、戦闘に不向きと言っても『上位』に勝ってるし……そこそこって感じ?」
フロイラは私の師匠でもあるが、ユーリに色々と教えていた。
だから、今回の任務でのユーリの話が聞きたかったのだろう。
と、フロイラに視線を戻すと──
「……はぁ、そういう話ではなくてな」
大きなため息を吐かれた。
どうやら不正解だったらしい。
「は?じゃあ、どういう話?」
私が訊くと、フロイラが椅子に深く腰掛けた。
長話するつもりなのだろう。
……まぁ、ベッドに寝ているだけでは暇だし、こうして話し相手になってくれるのは嬉しいけど。
「エルシー。世の中の
「……は?あー、まぁ、そうなの?」
意図の読めない発言に、私はまた首を傾げた。
「そして異性間の
「……まぁ、一緒に任務を熟して、寝食共にしてれば……そういう人達もいると思うけど」
確かに。
私の知っている異性間の
苦難を共にしていれば、そういった感情が芽生える事もある……もしくは、相手が嫌になって
だがまぁ、そもそも男女の
私は麻の枕を膝の上に置いて、肘をつく。
「で?結局、何が言いたい訳?」
「それはだな──
フロイラが強面な顔で笑みを浮かべ、指を立てた。
「ユーリとの間に、そういう関係は──
「ある訳ないんですけど?バカバカしい」
私は、ため息を吐いた。
ユーリが私に惚れる事なんてない。
私の服の下は傷痕まみれだし、同年代に比べて身長も低いし。
性格も悪いし。
誰がこんな面倒な女に惚れるというのか。
そもそも、私には成人男性一人分の記憶がある。
お陰様で性自認も中途半端で、美男を見ても少しも恋心を抱かない。
試しに少し、無理やり想像してみる。
ユーリと恋仲になって、結婚して、子供を……。
私の名前を呼んで、抱きっ……。
いや……うん。
……ないな。
「……………」
いや、そもそも私は生い先短い。
恋仲になったとしても相手が辛いだけだ。
出来るだけ、私の事を大切に思うような人を減らそうと思っているのに、恋人なんて作る訳がない。
だって私は──
「エルシー?」
「……は?え、何?」
「いや……すまないな、不躾な質問だった」
「……まぁ、それはいつもの事なんですけど。不躾じゃない時ある?」
私の言葉にフロイラは苦笑して、首の裏を掻いた。
なんなんだ、いったい。
「しかしまぁ……ユーリは結構、優良物件だと思うが」
「は?どこが?」
「努力家で性格も悪くない。実力も付けてきた。顔も悪くない」
「……まぁ、顔以外はそうかも」
確かにユーリの顔は、まぁ、前世基準で考えれば凄く整っているが。
幼さが残っているというか、可愛い系だが。
この世界はゲームの世界だからか、美男美女が多い。
ユーリがこの世界基準でイケメンかどうかなんて、正直分からない。
しかしまぁ……フロイラは何故、こうも彼を薦めるのか。
私は目を細めて、口を開いた。
「げっ。アンタ、もしかしてユーリの事を──
「いや、違う……流石に、な?10も歳が離れているんだぞ?」
慌てて彼女が首を振った。
私は更に目を細める。
「なーんか、怪しいと思ってたけど」
「いやいや、だから違うと言っているだろう。あと10年早く……せめて、5年早く生まれていれば、考えたかも知れないが」
取り繕っている様子に嘘はなさそうだ。
しかし……『
どれだけ『違う』と否定しても、原作で10歳歳下の男に手を出したという情報が頭にチラつく。
分岐によっては、だが……この世界で彼女とユーリの関係がどうなるか、その保証はない。
だがまぁ、今の状況ではユーリとフロイラが恋仲になる事はなさそうだ。
私は安堵し──
「…………」
「私は、そこまで節操がないように見えるか?」
何で、安堵したのだろう。
……あ、いや、そうか。
恋にうつつを抜かされたら、
迷惑をかけられるのは
「ま、そんなのどうでもいいけど。別に、ユーリの事を男だと思った事ないし」
「……む?なら、何だと思っているんだ?」
「奴隷?」
「…………」
「もしくは……子犬とか?」
私がそんな事を言う度に、フロイラの顔が顰められる。
結局の所、私とフロイラの会話はギスギスとしたものだ。
正確には私の態度が悪いだけかも知れないが。
側から見れば喧嘩しているようにしか見えないだろう。
まぁ、でも──
「…………ふん」
私は、彼女と会話するのは好きだが。
決して、その事を口にはしないけれど。
◇◆◇
太陽が傾き、空は茜色に染まっている。
病室の外の景色から視線を逸らし、私は手元の本を読む。
大衆向けの娯楽小説だ。
ここの病室に積んであった本で、暇潰しにと読んでいる。
……まぁ、所謂、恋愛小説だが。
「……はぁ」
本を閉じる。
面白いか、面白くないかは分からないが……私には向いていないようだ。
男女の機敏とか全然、分からないし。
元は男で、今は女だけれど……どっちも、よく分からない。
私は中途半端な人間だから。
少し硬めの毛布を膝までかけて、腰を落とす。
……眠気はない。
暇すぎて昼間に沢山寝てしまったから。
なんて……思ってると──
病室がノックされた。
「……ぅん?」
病室にいる私の見舞いに来るような人間?
……ユーリか。
今日は彼も用事があるし、来ないと思っていたが。
「……鍵は開いてるし、好きに入れば?」
なんて言葉を口にする。
本当に暇だったから、思わず嬉しくなってしまった。
寝てばかりだったから、少し跳ねてしまった桃色の髪を手で直しつつ、ドアが開くのを待ち──
「失礼します、エルシーさん」
入って来たのはユーリではなく、女だった。
しかも、見覚えのある女だ。
私が勝手に苦手意識を持っている。
そんな、女……。
「げっ……」
そこには小豆色をした修道服を着た
……私の修道服と同じ小豆色、つまり『上位』の
濃い緑色の髪をした、長髪の女性……私の
『
「お身体に大事はありませんか?」
「……見ての通り、重傷、なんですけど」
嫌味を言うにも、少し躊躇う。
私は彼女に負い目がある。
弟子であるシェリを死なせてしまった負い目が。
だが、そんな私の感情も気にせず、ミレイユは私に変わらず優しく接してくれている。
だから、
「幾つか果物を買って来ました。よろしければ、今食べますか?」
「果物……た、食べる、けど」
しかし、食欲には勝てない。
フロイラは食えない花を持って来ていたが、やっぱり私は食える果物の方が嬉しい。
彼女は手元のカゴから林檎を出して、小さなナイフで剥き始めた。
棚から皿も取り出して。
その様子を、私は期待していないフリをして視界の片隅に残しておく。
すると──
「エルシー、少し話したい事があるのですが」
「……でしょうね。じゃないと、ここに来ないと思うし」
「それは……すみません」
私が嫌味を言うと、目に見える形で眉を下げた。
慌てて、私は取り繕う。
「べ、別に?気にしてないし」
やっぱり苦手だ。
彼女を傷付けると、フロイラと違って本気で受け止めてしまうから。
時間が進む。
静かな夕焼けに照らされる中、更に林檎が盛られた。
「はい、エルシー」
「……ありがと」
皿を受け取って、私は銀のフォークで林檎を口に含む。
甘すぎず、程よい酸味が疲れた身体に沁みるようだ。
ほんの少し、元気を貰っていると……私はミレイユの視線に気付いた。
「で?何?」
「それは、えっと……そうですね。単刀直入に訊きたいのですが──
そこには躊躇いの感情が透けて見える。
「貴女は『聖人』なのですか?エルシー」
思わず、食器を落としそうになった。
それ程までに驚いてしまったからだ。
「は?何の話〜?何を根拠に、言ってんの?意味分かんないですけど?」
認める訳にはいかない。
聖葬教会は、『
『聖人』として、死ぬまで飼われるだけだ。
それは聖葬教の信仰上の都合であり、悪意などはなく、善意による保護だ。
それでも、私は……
いや、戦わなければならない。
だから、自身が『聖人』である事を認める訳にはいかない。
「根拠ですか……」
「そ、根拠もないのにそんな──
「私も同じだからですよ」
「……は?」
何が同じだと言うのか。
私が目を瞬くと──
「私も『
「はぁ……!?」
思わず前のめりになって……骨が軋んで、悶えた。
だけど、だって、仕方ないだろう。
ミレイユが『聖人』だなんて設定は、ゲームでは公開されてない情報だ。
いや、だから、まさか──
「鎌をかけようったって──
「嘘ではありません」
ミレイユが私に視線を向ける。
その目は……虹色に輝いていた。
詠唱破棄した『奇跡』……ではない。
この『奇跡』は101の模倣可能な『奇跡』に含まれていない。
「っ、分かったから……それ、やめてよ」
「……はい。ですが、知っているのですね」
「……当然。私、自慢じゃないけど……『奇跡』には詳しいから」
聖女レイラインが残さなかった『27の知られざる奇跡』の1つ。
『上位』の
「私の持つ『
「……そんな今、適当に使って良かったの?」
「はい。使い過ぎれば目が見えなくなるでしょうが、この程度であれば問題ありませんから」
私が安堵のため息を吐くと、ミレイユが少し頬を緩めた。
「やはり、その優しさはシェリの
「……チッ」
目に見えるように舌を打つ。
そして、腕を組んでベッドにもたれ掛かった。
「で?それで私が『
「いえ、少し違います。私の『
「……へぇ、そうなの」
全ての『
自分自身が見えない……のならば、元々、源流を同じとする『
しかし、何故、それなら──
「失礼ですが……私はエルシーに対して、何度かこの『
「……それで?『
私は最早、否定しない。
彼女相手に嘘や誤魔化しは無意味だと悟ったからだ。
「……貴女の、身体の奥にある光です」
「急に抽象的すぎなんですけど」
私が疑惑の視線を向けるも、ミレイユは少しも表情を変えなかった。
悲しそうな目で私を見ていた。
「その光は誰にでもあります。そして、子供であれば大きく……老いれば、小さく」
「……それで?」
「時には若く小さい人もいますが……そういう人は身体が悪いか、これから悪くなるか……そう、見えるんですよ」
「…………」
私はようやく、彼女の見えている『光』の正体を理解した。
「『光』とは、身体に残っている生命力、つまり『寿命』です」
「……あっそ」
私が『
そして、ミレイユにはそれが見えているという事は──
「初めて会った時から……そして、今。貴女は他人の減り方とは比べ物にならない速度で……その『光』を消耗しています」
「…………」
「貴女は……何らかの、寿命を代償にする『
毛布を、握りしめた。
息を深く吐いて、静かに黙り込む。
真っ赤な夕焼けが私を照らしている。
酷く静かで……自分の心臓の音だけが、聞こえてくる気がした。
また、息を吸って……深く息を吐いて。
視線をミレイユへと戻した。
「……それ、他の人に言った?」
「いいえ、まだ」
「…………」
まだ、という事は場合によっては言うつもりなのだろう。
先程の沈黙を、肯定として受け取ったミレイユは目を細めた。
「エルシー、貴女は──
「教会には言わないで……お願いだから」
私に残されたのは行動は、懇願だけだった。
どうか、見逃して欲しいという命乞いだ。
しかし、ミレイユは首を横に振った。
「ダメです」
「……何で?」
「これ以上使えば、貴女は死んでしまいます。それは見過ごせませんから」
「……っ、教会に言うなら、アンタも『
「構いませんよ」
「は……?」
ミレイユの目には、確かに覚悟があった。
この女は、やると言ったらやるのだと。
そう思えるほどに。
……頑固だ。
弟子のシェリも、そうだった。
「私も教会に飼い殺しにされたくはないですが……それでも、貴女の方が優先です」
「……面倒くさ」
私が眉を顰めて睨んでも、彼女は少しも気にしなかった。
時計の針が進む。
夕暮れはもう少しすれば、暗闇へと変わってしまう。
だから──
「ミレイユ、私は……」
だから、言いたくはなかった話を……彼女にしようと、口を開いた。
気恥ずかしさと共に、強烈な喪失感を思い出す。
幸せな夢だけど、もう二度と見る事ができない夢を。
「……シェリを、見捨ててしまった」
口にした。
ミレイユは黙ったまま、私の言葉を聞いている。
「自分の
普段の口調すら形を潜めてしまう。
それ程までに真剣な言葉は……それでも、ミレイユには響いていないようだ。
「貴女の価値を決めるのは、貴女自身だけではありません」
「だから、私は──
「それでも、ですよ。エルシー、貴女は好かれています。沢山の人から」
私は口を閉じた。
ユーリ、フロイラ……そしてこの、ミレイユも。
どうして私の事を嫌ってくれないのか。
どうして私の事を『どうでもいい』と思ってくれないのか。
あぁ、本当に……本当に本当に本当に、嫌だ。
「貴女の光を見れば分かる話です。貴女は見捨てた、なんて言っていましたが……人を助けるために、寿命を捨てて『
「…………」
「自らの命を削ってまで、誰かを助けようとしてしまう貴女を貶める事は出来ません」
本当に面倒だ。
……この、女は……正しいから。
納得はしたくないけれど、私が同じ立場なら……きっと、そうするから。
「……教会には療養所から出た後に連絡を──
ミレイユが立ち上がった瞬間──
「私の
溢れた言葉は純粋な疑問。
何の意図もない、私の心にある心配。
それを聞いたミレイユは、私に視線を戻した。
「……新しい
「……そう」
立ち上がる事も出来ない。
毛布を握りしめたまま、私は……考える。
ここで私はリタイア、か。
死ぬより先に引退となってしまっただけだ。
いずれ、
私は誰かを助けたくて、
だけど、結果は全て良かったとは言い難い。
助けようとしても間に合わなかったり、助けた人が別の『悪魔』に殺されてしまったり……商業都市ジュネスに派遣された
だから、私が
「…………」
ユーリだって、もう大丈夫だ。
充分に強くなった。
私なんか、居なくても。
きっと……
私よりも多くの人を助けられるだろう。
だから──
だけど──
それでも──
「……嫌だ」
「…………エルシー?」
何が正しいか。
どうすればいいか。
それだけで考えてきた。
だけど、私だって人間だ。
我儘な一人の人間だから。
「私は……
「……そうかも、しれませんが──
「これから先、自分の寿命が減っていったとしても……長く生きられないとしても──
軋む身体を堪えて、ミレイユに身体ごと視線を向ける。
「穏やかに生きたい訳じゃない。短くても、危険でも……後悔しない生き方をしたい」
「…………」
「ミレイユだって、そう思ってるでしょ?だから、その『
私の言葉に、ミレイユは視線を逸らした。
そんな彼女に私は言葉を重ねる。
「私は……私の前で死んでしまった人達に誇れる生き方をしたい。最後まで……私は、私の望むように生きたい」
「ですが──
「それを死んでしまった人達が望んでいないとしても。私も死ぬ瞬間に、後悔だけはしたくない」
ミレイユが少し苦しそうな顔をした。
それは意見が押し負けたから、ではない。
きっと、この言葉がただの我儘だと理解しているに違いない。
それでも、彼女は共感してしまっているのだ。
何故なら、彼女も『
「ミレイユ……分かるでしょ?」
「……えぇ、分かります。分かりますが……」
彼女は悩んでいる。
あと何か、一押しあれば黙ってしまいそうな程に。
だから──
「私の『
「……え?」
「
私は手に込めていた力を緩めた。
毛布は膝の上に落ちる。
「もう使わない。約束を守りたいから。だから、ミレイユ……」
私の言葉は全部、全部が全部、正しくはない。
理屈もない、正当性もない。
ただ感情に訴えかけるだけの懇願だ。
だけど、ミレイユには──
「……っ、分かりました。いいでしょう……教会には、言わないでおきます」
響いたみたいだ。
彼女は手で己の額に触れて、ため息を吐いた。
様々な感情が入り乱れているのだろう。
「……ごめんなさい、ミレイユ」
「……いえ、私の方こそ。要らないお節介だったようですね」
ミレイユは疲れたような顔で、椅子に腰掛けた。
『上位』の
だから、ただ……精神的に疲れただけだろう。
それだけ、私に対して真剣に考えてくれた証だ。
少し後悔をしてそうな表情に、それでも……私は口を開いた。
「それで?……どうして今更、こんな話をしに来たの?」
そう、ミレイユと出会ったのは何も最近ではない。
恐らく、きっと、私の事情についてとっくに気付いていたに違いない。
なのに、何故、今更、こんな時に?
「先日、貴女が怪我をしたと……聖地レイラインに運ばれて来た時、私は驚いたんですよ」
「…………」
「この目で見て、ハッキリと分かるほどに『光』は小さくなっていました」
ミレイユは手を、膝の上で組んだ。
「ごめんなさい、エルシー。私は私の事情で、貴女の『
その考えは分かる。
彼女が私に『
……その事情を鑑みても、私を止めたくなった。
その理由が、今の私を見て……出来たという事は、つまり。
「ミレイユ……私は、あと……どれぐらい、生きられるの?」
残りの『光』が、見過ごせない程に小さくなっているという事だ。
だから、彼女は私に声をかけた。
……なんて、最悪の想定は──
「…………」
正しかったようで、ミレイユは沈痛な面持ちをしていた。
どう話すべきか、と悩んでいるようにも見える。
「……ミレイユ、私は覚悟はしてるつもり、だから」
いつ死ぬか、なんて分からないまま代償を払い続けてきた。
いつ死んでも、良いように。
後悔だけはしたくなくて、身を削って
だから、今も後悔はない。
少しは怖いけれど……それでも、後悔はしない。
あと、何年、何ヶ月、何日……何時間の命だったとしても。
「……エルシー、貴方は……もう……後は──
ミレイユは泣きそうな顔を浮かべながら、私に視線を向けた。
「6年、しか生きられません」
「は?あと6年も?」
私は、ずる、と毛布を落とした。
緊張していた体は弛緩して、ベッドに体重を預けた。
なんだ、あと6年もあるのか。
アレだけ重い空気だったのに、拍子抜け──
「っ、あと、6年だけしかないんですよ……!?」
しかし、ミレイユは表情を険しくさせた。
普段の穏やかな表情からは想像できないほどに、彼女は怒っていた。
逆に私は少し驚いて、身体をのけぞった。
「ま、まぁ落ち着きなさいよ……?」
「そんなのだから……!自分のことをもっと、大切に……し、ないと……」
しかし、少しずつ勢いは弱まって、また悲しそうな表情に戻った。
……こんな気持ちにさせたかった訳ではなかった。
私の寿命について、訊かなければ良かったと思った。
「……ま、まぁ、分かったから。これからは、なるべく『
「なるべくって……!」
「し、仕方ないでしょ?目の前で誰かが死にそうになったら、きっと使うし……!」
「それはっ……!そうかも、知れませんが……」
また、言葉尻が小さくなった。
きっと、私とミレイユは似た物同士だ。
だから、私の考えを否定したくても否定できない。
「もういいです……ですが、本当に『
「まぁ、努力はするわ。無駄に死にたい訳じゃないし」
「…………次、使ったら本気で叱りますからね」
なんて、物騒な言葉を吐いて、ミレイユは椅子から立ち上がった。
そのまま、病室に入ってきた時よりも力なく、ドアを開いた。
……そんな後ろ姿に、私は口を開く。
「ミレイユ、ありがとう……それと、ごめんなさい」
ピクリ、とドアノブを握る手が動いた。
そして、ミレイユは振り返りもせず──
「……礼は言わないで下さい。私は結局、何も出来ませんでしたから」
ドアを開けて、出て行った。
私はその後ろ姿に、もう声は掛けられなかった。