TSメスガキ鬱ゲークラッシャー   作:WhatSoon

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#11 割れた杯、注がれた命

商業都市ジュネスでの騒動は、収束の兆しを見せていた。

収束した……とは言えない。

 

原因の『悪魔』の討伐に成功したが、住民達が洗脳されていた所為で現在も混乱している。

死者の数すら正確に把握できていない程だ。

 

それに『悪魔』の早贄となっていた祓魔師(エクソシスト)含む、住民達は回復の目処が立っていない。

現在は聖地レイラインにて療養中だが……聖人による『奇跡(サイン)』の治癒を行なっても、意識は朦朧としたままだ。

……言葉も話せず、呆けた状態が続いている。

 

恐らく、脳にダメージを負ったのだろう。

これから治るのかは分からない……痛ましい話だ。

 

 

そして、私達について。

 

 

ユーリも『治癒』の『奇跡(サイン)』を持つ聖人によって治療された。

私が応急処置を施したのもあるが、傷がそもそも浅かったのもあり当日、病床から返された。

 

対して、私は──

 

 

「…………」

 

 

ベッドの上に転がっていた。

 

花型の『悪魔』、その自爆を直撃した結果、私は全身を損傷していた。

『治癒』の『奇跡』を模倣した事によって、ある程度治していたが……逆にそれが悪かったようで。

骨が歪に治っていた為、全身が軋むように痛むようになってしまい……聖人によって正しい治療を施された。

 

一度、骨の形状を変形させて正常な形に戻す……などという、現代医療もビックリの『奇跡(サイン)』治療によって私の骨は正常な形状に戻った。

 

のだが……骨にまだヒビが入っている状態に戻っており、身体に馴染むのを待っている状態だ。

 

全治三日。

骨を複雑骨折したにしては短いが、この世界の『奇跡』を考えると長めの入院となる。

 

治癒系統の『奇跡(サイン)』を持つ聖人に「安静に」と念押しされてしまった事を思い出す。

私は無意味に自分の体を痛めつけたい訳じゃない。

専門家の指示には従うつもりだ。

 

 

そして、療養所に入所させられた翌日──

 

 

「……何で来てんの?」

 

「見舞いだが」

 

「……呼んだ覚えはないんですけど」

 

 

私の師匠にして保護者代わり、フロイラが来ていた。

正直、病床で安静にしているだけだと心細かったから……いや、別に嬉しくないけど。

 

 

「まぁ、そう言うな。見舞いの品もある」

 

「……なに?」

 

 

そう言いつつ、よく分からない花を花瓶に入れた。

……療養所の飯は不味いし、どうせなら果物とかを持って来て欲しかったが。

まぁ、ありがたく受け取っておこう。

 

 

「それで、エルシー。ユーリとは仲直り出来たのか?」

 

「はぁ?仲直りぃ……?」

 

 

私は目を瞬く。

……そうか、商業都市ジュネスまでユーリが追いかけて来たが、フロイラの助言でもあったのか。

 

目を細めて、視線を逸らす。

 

 

「何で私に訊くの?ユーリに訊けば良いと思うんですけど」

 

「ユーリからは聞いている」

 

「は〜?じゃあ、ユーリの言ってる通りって事で。答えるのも、だるいんですけど」

 

 

不可解だと眉を顰めると、フロイラは怯まずに微笑んだ。

 

 

「私は、お前自身から聞きたくてな」

 

 

何とも面倒だと思いながら、フロイラらしいなとも思う。

10歳程度しか変わらないのに、母親のような態度を取る彼女を……鬱陶しい、なんて思えなくて。

ほんの少しだけ、嬉しい。

口が裂けても言わないが。

 

私は眉間を揉んだ。

 

 

「……元々、ユーリとは喧嘩してないし。ちょっと間違っただけだから」

 

「ふむ、そうか」

 

 

何か納得したように笑うフロイラに首を振る。

 

 

「……そもそも、私がどうだろうと他人のアンタには関係ないんですけど」

 

 

なんて、拒絶の言葉を吐けば……ちょっとだけ、ズキリと痛んだ。

体だけじゃなく、心も。

 

ユーリと同じで、フロイラには何をしても嫌われる事が出来ないかもしれない。

だから、こうして拒絶するような態度を取る意味は……正直、無いのかも知れない。

 

だからと言って、急に態度を変えるのも……「何故、今まで態度は悪かったのか?」と疑われてしまうだろう。

そうなれば……聡いフロイラの事だ、私の『奇跡(サイン)』について辿り着いてもおかしくはない。

ユーリと違って誤魔化されなさそうだし。

 

だから、現状維持。

つまり、決断から逃げたのだ。

 

そんな臆病者の私へ、フロイラが視線を向けた。

 

 

「それで、エルシー。ユーリとはどうなんだ?」

 

「……さっきから何が言いたいか、よく分かんないですけど?どうって、何?」

 

 

片眉を上げて、首を傾げる。

 

 

「進展はあったのか?」

 

「進展?」

 

「そう、進展だ」

 

 

本当に何が言いたいのか分からない。

ぐるぐると頭の中で情報を回して……思い当たる節が一つだけあった。

 

 

「ま、『中位』の『悪魔』相手なら余裕なぐらい強くなった。今回、戦闘に不向きと言っても『上位』に勝ってるし……そこそこって感じ?」

 

 

フロイラは私の師匠でもあるが、ユーリに色々と教えていた。

だから、今回の任務でのユーリの話が聞きたかったのだろう。

 

と、フロイラに視線を戻すと──

 

 

「……はぁ、そういう話ではなくてな」

 

 

大きなため息を吐かれた。

どうやら不正解だったらしい。

 

 

「は?じゃあ、どういう話?」

 

 

私が訊くと、フロイラが椅子に深く腰掛けた。

長話するつもりなのだろう。

 

……まぁ、ベッドに寝ているだけでは暇だし、こうして話し相手になってくれるのは嬉しいけど。

 

 

「エルシー。世の中の相棒(バディ)の三割程が、男と女の別性別なのは知っているか?」

 

「……は?あー、まぁ、そうなの?」

 

 

意図の読めない発言に、私はまた首を傾げた。

 

 

「そして異性間の相棒(バディ)の大半が、恋仲になっている」

 

「……まぁ、一緒に任務を熟して、寝食共にしてれば……そういう人達もいると思うけど」

 

 

確かに。

私の知っている異性間の相棒(バディ)の殆どがカップルか、夫婦だ。

苦難を共にしていれば、そういった感情が芽生える事もある……もしくは、相手が嫌になって相棒(バディ)を解散するか。

 

だがまぁ、そもそも男女の相棒(バディ)自体が少ないけど。

 

私は麻の枕を膝の上に置いて、肘をつく。

 

 

「で?結局、何が言いたい訳?」

 

「それはだな──

 

 

フロイラが強面な顔で笑みを浮かべ、指を立てた。

 

 

「ユーリとの間に、そういう関係は──

 

「ある訳ないんですけど?バカバカしい」

 

 

私は、ため息を吐いた。

 

ユーリが私に惚れる事なんてない。

私の服の下は傷痕まみれだし、同年代に比べて身長も低いし。

性格も悪いし。

誰がこんな面倒な女に惚れるというのか。

 

そもそも、私には成人男性一人分の記憶がある。

お陰様で性自認も中途半端で、美男を見ても少しも恋心を抱かない。

 

 

試しに少し、無理やり想像してみる。

 

ユーリと恋仲になって、結婚して、子供を……。

私の名前を呼んで、抱きっ……。

いや……うん。

 

……ないな。

 

 

「……………」

 

 

いや、そもそも私は生い先短い。

恋仲になったとしても相手が辛いだけだ。

出来るだけ、私の事を大切に思うような人を減らそうと思っているのに、恋人なんて作る訳がない。

だって私は──

 

 

「エルシー?」

 

「……は?え、何?」

 

「いや……すまないな、不躾な質問だった」

 

「……まぁ、それはいつもの事なんですけど。不躾じゃない時ある?」

 

 

私の言葉にフロイラは苦笑して、首の裏を掻いた。

なんなんだ、いったい。

 

 

「しかしまぁ……ユーリは結構、優良物件だと思うが」

 

「は?どこが?」

 

「努力家で性格も悪くない。実力も付けてきた。顔も悪くない」

 

「……まぁ、顔以外はそうかも」

 

 

確かにユーリの顔は、まぁ、前世基準で考えれば凄く整っているが。

幼さが残っているというか、可愛い系だが。

 

この世界はゲームの世界だからか、美男美女が多い。

ユーリがこの世界基準でイケメンかどうかなんて、正直分からない。

 

しかしまぁ……フロイラは何故、こうも彼を薦めるのか。

私は目を細めて、口を開いた。

 

 

「げっ。アンタ、もしかしてユーリの事を──

 

「いや、違う……流石に、な?10も歳が離れているんだぞ?」

 

 

慌てて彼女が首を振った。

私は更に目を細める。

 

 

「なーんか、怪しいと思ってたけど」

 

「いやいや、だから違うと言っているだろう。あと10年早く……せめて、5年早く生まれていれば、考えたかも知れないが」

 

 

取り繕っている様子に嘘はなさそうだ。

 

しかし……『斧槍(ハルバード)祓魔師(エクソシスト) フロイラ』、彼女は原作の登場人物であり……ヒロインの一人だ。

どれだけ『違う』と否定しても、原作で10歳歳下の男に手を出したという情報が頭にチラつく。

分岐によっては、だが……この世界で彼女とユーリの関係がどうなるか、その保証はない。

 

だがまぁ、今の状況ではユーリとフロイラが恋仲になる事はなさそうだ。

 

私は安堵し──

 

 

「…………」

 

「私は、そこまで節操がないように見えるか?」

 

 

何で、安堵したのだろう。

……あ、いや、そうか。

 

恋にうつつを抜かされたら、祓魔師(エクソシスト)としての仕事が疎かになる可能性があるからか。

迷惑をかけられるのは相棒(バディ)である私だから、うん。

 

 

「ま、そんなのどうでもいいけど。別に、ユーリの事を男だと思った事ないし」

 

「……む?なら、何だと思っているんだ?」

 

「奴隷?」

 

「…………」

 

「もしくは……子犬とか?」

 

 

私がそんな事を言う度に、フロイラの顔が顰められる。

結局の所、私とフロイラの会話はギスギスとしたものだ。

 

正確には私の態度が悪いだけかも知れないが。

側から見れば喧嘩しているようにしか見えないだろう。

 

まぁ、でも──

 

 

「…………ふん」

 

 

私は、彼女と会話するのは好きだが。

決して、その事を口にはしないけれど。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

太陽が傾き、空は茜色に染まっている。

病室の外の景色から視線を逸らし、私は手元の本を読む。

 

大衆向けの娯楽小説だ。

ここの病室に積んであった本で、暇潰しにと読んでいる。

 

……まぁ、所謂、恋愛小説だが。

 

 

「……はぁ」

 

 

本を閉じる。

面白いか、面白くないかは分からないが……私には向いていないようだ。

 

男女の機敏とか全然、分からないし。

元は男で、今は女だけれど……どっちも、よく分からない。

 

私は中途半端な人間だから。

 

少し硬めの毛布を膝までかけて、腰を落とす。

 

……眠気はない。

暇すぎて昼間に沢山寝てしまったから。

 

 

なんて……思ってると──

 

 

病室がノックされた。

 

 

「……ぅん?」

 

 

病室にいる私の見舞いに来るような人間?

……ユーリか。

 

今日は彼も用事があるし、来ないと思っていたが。

 

 

「……鍵は開いてるし、好きに入れば?」

 

 

なんて言葉を口にする。

本当に暇だったから、思わず嬉しくなってしまった。

 

寝てばかりだったから、少し跳ねてしまった桃色の髪を手で直しつつ、ドアが開くのを待ち──

 

 

「失礼します、エルシーさん」

 

 

入って来たのはユーリではなく、女だった。

しかも、見覚えのある女だ。

 

私が勝手に苦手意識を持っている。

そんな、女……。

 

 

「げっ……」

 

 

そこには小豆色をした修道服を着た祓魔師(エクソシスト)が立っていた。

……私の修道服と同じ小豆色、つまり『上位』の祓魔師(エクソシスト)だ。

 

濃い緑色の髪をした、長髪の女性……私の元相棒(バディ)であるシェリの師匠。

 

薙刀(グレイブ)祓魔師(エクソシスト) ミレイユ』から、私は視線を逸らした。

 

 

「お身体に大事はありませんか?」

 

「……見ての通り、重傷、なんですけど」

 

 

嫌味を言うにも、少し躊躇う。

 

私は彼女に負い目がある。

弟子であるシェリを死なせてしまった負い目が。

 

だが、そんな私の感情も気にせず、ミレイユは私に変わらず優しく接してくれている。

だから、苦手(すき)だ。

 

 

「幾つか果物を買って来ました。よろしければ、今食べますか?」

 

「果物……た、食べる、けど」

 

 

しかし、食欲には勝てない。

フロイラは食えない花を持って来ていたが、やっぱり私は食える果物の方が嬉しい。

 

彼女は手元のカゴから林檎を出して、小さなナイフで剥き始めた。

棚から皿も取り出して。

 

その様子を、私は期待していないフリをして視界の片隅に残しておく。

 

すると──

 

 

「エルシー、少し話したい事があるのですが」

 

「……でしょうね。じゃないと、ここに来ないと思うし」

 

「それは……すみません」

 

 

私が嫌味を言うと、目に見える形で眉を下げた。

慌てて、私は取り繕う。

 

 

「べ、別に?気にしてないし」

 

 

やっぱり苦手だ。

彼女を傷付けると、フロイラと違って本気で受け止めてしまうから。

 

時間が進む。

 

 

静かな夕焼けに照らされる中、更に林檎が盛られた。

 

 

「はい、エルシー」

 

「……ありがと」

 

 

皿を受け取って、私は銀のフォークで林檎を口に含む。

甘すぎず、程よい酸味が疲れた身体に沁みるようだ。

 

ほんの少し、元気を貰っていると……私はミレイユの視線に気付いた。

 

 

「で?何?」

 

「それは、えっと……そうですね。単刀直入に訊きたいのですが──

 

 

そこには躊躇いの感情が透けて見える。

 

 

「貴女は『聖人』なのですか?エルシー」

 

 

思わず、食器を落としそうになった。

それ程までに驚いてしまったからだ。

 

 

「は?何の話〜?何を根拠に、言ってんの?意味分かんないですけど?」

 

 

認める訳にはいかない。

聖葬教会は、『奇跡(サイン)』を持つ祓魔師(エクソシスト)を前線に送り出す事はない。

『聖人』として、死ぬまで飼われるだけだ。

 

それは聖葬教の信仰上の都合であり、悪意などはなく、善意による保護だ。

 

それでも、私は……祓魔師(エクソシスト)として『悪魔』と戦いたい。

いや、戦わなければならない。

 

だから、自身が『聖人』である事を認める訳にはいかない。

 

 

「根拠ですか……」

 

「そ、根拠もないのにそんな──

 

「私も同じだからですよ」

 

「……は?」

 

 

何が同じだと言うのか。

私が目を瞬くと──

 

 

「私も『奇跡(サイン)』持ちの……教会未報告の『聖人』なんですよ」

 

「はぁ……!?」

 

 

思わず前のめりになって……骨が軋んで、悶えた。

だけど、だって、仕方ないだろう。

 

ミレイユが『聖人』だなんて設定は、ゲームでは公開されてない情報だ。

いや、だから、まさか──

 

 

「鎌をかけようったって──

 

「嘘ではありません」

 

 

ミレイユが私に視線を向ける。

その目は……虹色に輝いていた。

 

詠唱破棄した『奇跡』……ではない。

この『奇跡』は101の模倣可能な『奇跡』に含まれていない。

 

 

「っ、分かったから……それ、やめてよ」

 

「……はい。ですが、知っているのですね」

 

「……当然。私、自慢じゃないけど……『奇跡』には詳しいから」

 

 

聖女レイラインが残さなかった『27の知られざる奇跡』の1つ。

『上位』の祓魔師(エクソシスト)しか拝見できない、機密書類上にのみ記載されている『奇跡(サイン)』。

 

 

「私の持つ『奇跡(サイン)』は『視力を代償に、何もかもを見る事ができる』です」

 

「……そんな今、適当に使って良かったの?」

 

「はい。使い過ぎれば目が見えなくなるでしょうが、この程度であれば問題ありませんから」

 

 

私が安堵のため息を吐くと、ミレイユが少し頬を緩めた。

 

 

「やはり、その優しさはシェリの相棒(バディ)だった頃から……変わってませんね」

 

「……チッ」

 

 

目に見えるように舌を打つ。

そして、腕を組んでベッドにもたれ掛かった。

 

 

「で?それで私が『奇跡(サイン)』持ちだって分かったの?」

 

「いえ、少し違います。私の『奇跡(サイン)』は何でも見れますが……自分自身についてと、『奇跡(サイン)』については何故か見えないんですよ」

 

「……へぇ、そうなの」

 

 

全ての『奇跡(サイン)』は元々、聖女レイラインの物だった。

自分自身が見えない……のならば、元々、源流を同じとする『奇跡(サイン)』について見えないのも分からなくない。

 

しかし、何故、それなら──

 

 

「失礼ですが……私はエルシーに対して、何度かこの『奇跡(サイン)』で盗み見してるんですよ」

 

「……それで?『奇跡(サイン)』については見えないのに、何で私が『聖人』だって分かったの?」

 

 

私は最早、否定しない。

彼女相手に嘘や誤魔化しは無意味だと悟ったからだ。

 

 

「……貴女の、身体の奥にある光です」

 

「急に抽象的すぎなんですけど」

 

 

私が疑惑の視線を向けるも、ミレイユは少しも表情を変えなかった。

悲しそうな目で私を見ていた。

 

 

「その光は誰にでもあります。そして、子供であれば大きく……老いれば、小さく」

 

「……それで?」

 

「時には若く小さい人もいますが……そういう人は身体が悪いか、これから悪くなるか……そう、見えるんですよ」

 

「…………」

 

 

私はようやく、彼女の見えている『光』の正体を理解した。

 

 

「『光』とは、身体に残っている生命力、つまり『寿命』です」

 

「……あっそ」

 

 

私が『奇跡(サイン)』の代償に支払っている物……それが『光』の正体だった。

そして、ミレイユにはそれが見えているという事は──

 

 

「初めて会った時から……そして、今。貴女は他人の減り方とは比べ物にならない速度で……その『光』を消耗しています」

 

「…………」

 

「貴女は……何らかの、寿命を代償にする『奇跡(サイン)』を持っている。違いませんか?」

 

 

毛布を、握りしめた。

息を深く吐いて、静かに黙り込む。

 

真っ赤な夕焼けが私を照らしている。

酷く静かで……自分の心臓の音だけが、聞こえてくる気がした。

 

また、息を吸って……深く息を吐いて。

視線をミレイユへと戻した。

 

 

「……それ、他の人に言った?」

 

「いいえ、まだ」

 

「…………」

 

 

まだ、という事は場合によっては言うつもりなのだろう。

先程の沈黙を、肯定として受け取ったミレイユは目を細めた。

 

 

「エルシー、貴女は──

 

「教会には言わないで……お願いだから」

 

 

私に残されたのは行動は、懇願だけだった。

どうか、見逃して欲しいという命乞いだ。

 

しかし、ミレイユは首を横に振った。

 

 

「ダメです」

 

「……何で?」

 

「これ以上使えば、貴女は死んでしまいます。それは見過ごせませんから」

 

「……っ、教会に言うなら、アンタも『奇跡(サイン)』持ちだって教会に──

 

「構いませんよ」

 

「は……?」

 

 

ミレイユの目には、確かに覚悟があった。

この女は、やると言ったらやるのだと。

そう思えるほどに。

 

……頑固だ。

弟子のシェリも、そうだった。

 

 

「私も教会に飼い殺しにされたくはないですが……それでも、貴女の方が優先です」

 

「……面倒くさ」

 

 

私が眉を顰めて睨んでも、彼女は少しも気にしなかった。

 

時計の針が進む。

夕暮れはもう少しすれば、暗闇へと変わってしまう。

 

だから──

 

 

「ミレイユ、私は……」

 

 

だから、言いたくはなかった話を……彼女にしようと、口を開いた。

 

気恥ずかしさと共に、強烈な喪失感を思い出す。

幸せな夢だけど、もう二度と見る事ができない夢を。

 

 

「……シェリを、見捨ててしまった」

 

 

口にした。

ミレイユは黙ったまま、私の言葉を聞いている。

 

 

「自分の奇跡(サイン)を使う事を躊躇って……死なせてしまった。そんな私を、ミレイユが心配する価値はない」

 

 

普段の口調すら形を潜めてしまう。

それ程までに真剣な言葉は……それでも、ミレイユには響いていないようだ。

 

 

「貴女の価値を決めるのは、貴女自身だけではありません」

 

「だから、私は──

 

「それでも、ですよ。エルシー、貴女は好かれています。沢山の人から」

 

 

私は口を閉じた。

ユーリ、フロイラ……そしてこの、ミレイユも。

どうして私の事を嫌ってくれないのか。

どうして私の事を『どうでもいい』と思ってくれないのか。

 

あぁ、本当に……本当に本当に本当に、嫌だ。

 

 

「貴女の光を見れば分かる話です。貴女は見捨てた、なんて言っていましたが……人を助けるために、寿命を捨てて『奇跡(サイン)』を使っているのでしょう?」

 

「…………」

 

「自らの命を削ってまで、誰かを助けようとしてしまう貴女を貶める事は出来ません」

 

 

本当に面倒だ。

……この、女は……正しいから。

納得はしたくないけれど、私が同じ立場なら……きっと、そうするから。

 

 

「……教会には療養所から出た後に連絡を──

 

 

ミレイユが立ち上がった瞬間──

 

 

「私の相棒(バディ)は……ユーリは、どうなるの?」

 

 

溢れた言葉は純粋な疑問。

何の意図もない、私の心にある心配。

 

それを聞いたミレイユは、私に視線を戻した。

 

 

「……新しい相棒(バディ)を組む事になるでしょうね。貴女は『聖人』として、聖地に留まる必要がありますから」

 

「……そう」

 

 

立ち上がる事も出来ない。

毛布を握りしめたまま、私は……考える。

 

ここで私はリタイア、か。

死ぬより先に引退となってしまっただけだ。

いずれ、祓魔師(エクソシスト)の職務の中で死ぬものだと思っていたけれど……。

 

私は誰かを助けたくて、祓魔師(エクソシスト)をしていた。

だけど、結果は全て良かったとは言い難い。

 

助けようとしても間に合わなかったり、助けた人が別の『悪魔』に殺されてしまったり……商業都市ジュネスに派遣された祓魔師(エクソシスト)達のように。

 

だから、私が祓魔師(エクソシスト)としての職務が果たせなくなっても……きっと大きな影響はない。

 

 

「…………」

 

 

ユーリだって、もう大丈夫だ。

充分に強くなった。

私なんか、居なくても。

きっと……祓魔師(エクソシスト)としてやっていける。

私よりも多くの人を助けられるだろう。

 

 

だから──

 

 

だけど──

 

 

それでも──

 

 

「……嫌だ」

 

「…………エルシー?」

 

 

何が正しいか。

どうすればいいか。

 

それだけで考えてきた。

だけど、私だって人間だ。

我儘な一人の人間だから。

 

 

「私は……祓魔師(エクソシスト)を辞めたく、ない」

 

「……そうかも、しれませんが──

 

「これから先、自分の寿命が減っていったとしても……長く生きられないとしても──

 

 

軋む身体を堪えて、ミレイユに身体ごと視線を向ける。

 

 

「穏やかに生きたい訳じゃない。短くても、危険でも……後悔しない生き方をしたい」

 

「…………」

 

「ミレイユだって、そう思ってるでしょ?だから、その『奇跡(サイン)』について黙っている」

 

 

私の言葉に、ミレイユは視線を逸らした。

そんな彼女に私は言葉を重ねる。

 

 

「私は……私の前で死んでしまった人達に誇れる生き方をしたい。最後まで……私は、私の望むように生きたい」

 

「ですが──

 

「それを死んでしまった人達が望んでいないとしても。私も死ぬ瞬間に、後悔だけはしたくない」

 

 

ミレイユが少し苦しそうな顔をした。

それは意見が押し負けたから、ではない。

きっと、この言葉がただの我儘だと理解しているに違いない。

 

それでも、彼女は共感してしまっているのだ。

何故なら、彼女も『奇跡(サイン)』の存在を隠してまで、祓魔師(エクソシスト)として人助けに命をかけている我儘な一人だからだ。

 

 

「ミレイユ……分かるでしょ?」

 

「……えぇ、分かります。分かりますが……」

 

 

彼女は悩んでいる。

あと何か、一押しあれば黙ってしまいそうな程に。

 

だから──

 

 

「私の『奇跡(サイン)』、もう使う気はないから」

 

「……え?」

 

相棒(バディ)のユーリは、代償の詳細すら知らず……使わずにいられるようにって、頑張るって……言ってくれたから──

 

 

私は手に込めていた力を緩めた。

毛布は膝の上に落ちる。

 

 

「もう使わない。約束を守りたいから。だから、ミレイユ……」

 

 

私の言葉は全部、全部が全部、正しくはない。

理屈もない、正当性もない。

ただ感情に訴えかけるだけの懇願だ。

 

だけど、ミレイユには──

 

 

「……っ、分かりました。いいでしょう……教会には、言わないでおきます」

 

 

響いたみたいだ。

 

彼女は手で己の額に触れて、ため息を吐いた。

様々な感情が入り乱れているのだろう。

 

 

「……ごめんなさい、ミレイユ」

 

「……いえ、私の方こそ。要らないお節介だったようですね」

 

 

ミレイユは疲れたような顔で、椅子に腰掛けた。

『上位』の祓魔師(エクソシスト)である彼女が、こんな短時間立っているだけで疲れる訳がない。

 

だから、ただ……精神的に疲れただけだろう。

それだけ、私に対して真剣に考えてくれた証だ。

 

少し後悔をしてそうな表情に、それでも……私は口を開いた。

 

 

「それで?……どうして今更、こんな話をしに来たの?」

 

 

そう、ミレイユと出会ったのは何も最近ではない。

恐らく、きっと、私の事情についてとっくに気付いていたに違いない。

なのに、何故、今更、こんな時に?

 

 

「先日、貴女が怪我をしたと……聖地レイラインに運ばれて来た時、私は驚いたんですよ」

 

「…………」

 

「この目で見て、ハッキリと分かるほどに『光』は小さくなっていました」

 

 

ミレイユは手を、膝の上で組んだ。

 

 

「ごめんなさい、エルシー。私は私の事情で、貴女の『奇跡(サイン)』について話せずにいたんです。貴女は、シェリを見殺しにしたと言いましたが……それならば、私も同罪です」

 

 

その考えは分かる。

彼女が私に『奇跡(サイン)』について話すという事はつまり、自身も『聖人』である事を自白するような物だからだ。

 

……その事情を鑑みても、私を止めたくなった。

その理由が、今の私を見て……出来たという事は、つまり。

 

 

「ミレイユ……私は、あと……どれぐらい、生きられるの?」

 

 

残りの『光』が、見過ごせない程に小さくなっているという事だ。

だから、彼女は私に声をかけた。

 

……なんて、最悪の想定は──

 

 

「…………」

 

 

正しかったようで、ミレイユは沈痛な面持ちをしていた。

どう話すべきか、と悩んでいるようにも見える。

 

 

「……ミレイユ、私は覚悟はしてるつもり、だから」

 

 

いつ死ぬか、なんて分からないまま代償を払い続けてきた。

いつ死んでも、良いように。

 

後悔だけはしたくなくて、身を削って祓魔師(エクソシスト)として戦い続けてきた。

だから、今も後悔はない。

 

少しは怖いけれど……それでも、後悔はしない。

あと、何年、何ヶ月、何日……何時間の命だったとしても。

 

 

「……エルシー、貴方は……もう……後は──

 

 

 

ミレイユは泣きそうな顔を浮かべながら、私に視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「6年、しか生きられません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?あと6年も?」

 

 

私は、ずる、と毛布を落とした。

緊張していた体は弛緩して、ベッドに体重を預けた。

 

なんだ、あと6年もあるのか。

アレだけ重い空気だったのに、拍子抜け──

 

 

「っ、あと、6年だけしかないんですよ……!?」

 

 

しかし、ミレイユは表情を険しくさせた。

普段の穏やかな表情からは想像できないほどに、彼女は怒っていた。

逆に私は少し驚いて、身体をのけぞった。

 

 

「ま、まぁ落ち着きなさいよ……?」

 

「そんなのだから……!自分のことをもっと、大切に……し、ないと……」

 

 

しかし、少しずつ勢いは弱まって、また悲しそうな表情に戻った。

……こんな気持ちにさせたかった訳ではなかった。

私の寿命について、訊かなければ良かったと思った。

 

 

「……ま、まぁ、分かったから。これからは、なるべく『奇跡(サイン)』を使わないようにするし」

 

「なるべくって……!」

 

「し、仕方ないでしょ?目の前で誰かが死にそうになったら、きっと使うし……!」

 

「それはっ……!そうかも、知れませんが……」

 

 

また、言葉尻が小さくなった。

 

きっと、私とミレイユは似た物同士だ。

だから、私の考えを否定したくても否定できない。

 

 

「もういいです……ですが、本当に『奇跡(サイン)』は使わないで下さいね」

 

「まぁ、努力はするわ。無駄に死にたい訳じゃないし」

 

「…………次、使ったら本気で叱りますからね」

 

 

なんて、物騒な言葉を吐いて、ミレイユは椅子から立ち上がった。

そのまま、病室に入ってきた時よりも力なく、ドアを開いた。

……そんな後ろ姿に、私は口を開く。

 

 

「ミレイユ、ありがとう……それと、ごめんなさい」

 

 

ピクリ、とドアノブを握る手が動いた。

そして、ミレイユは振り返りもせず──

 

 

「……礼は言わないで下さい。私は結局、何も出来ませんでしたから」

 

 

ドアを開けて、出て行った。

私はその後ろ姿に、もう声は掛けられなかった。

 

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