ミレイユが帰って数時間後。
もう夕方じゃなくて夜になろうかって時に……また、来客が来た。
ユーリだ。
「……こんな遅くにお見舞いなんて、常識ないんじゃない?」
「う、ごめん……遅くなっちゃって」
申し訳なさそうにしているユーリを見て、ほんの少し私は頬を緩めた。
「ま、いいけど。で、何?」
「え?何って……?」
「何か用事でもあったんじゃないの?」
なんて問いかけるも、ユーリは視線を泳がせた。
私は眉を顰める。
「は?もしかして、特に用事もないのに……こんな時間にお見舞い来たの?」
「あ、いやぁ……その、見舞いって用事がなければしちゃダメ、かな?」
頭を掻いて、視線を逸らすユーリに……顔を逸らす。
視線の外で機嫌を損ねてしまったかと慌てているユーリの声が聞こえる。
そんな様子に、私は少しだけ頬を緩めた。
何だか、「らしい」と思えたからだ。
ユーリらしい、と。
たっぷりと焦らしてから、視線を戻す。
「別に良いけど?」
ホッとユーリが胸を撫で下ろした。
今日は色々あったけれど……今だけは穏やかな気持ちになれた。
「あ、そうだ。用事、って訳じゃないけど……エルシー、僕……『中位』の
「……あ、そう。良かったわね」
今日、ユーリは『中位』の昇格試験を受けていた。
先日の『上位』の『悪魔』を単独撃破した功績から、『下位』の
教会から強制的に試験を受けさせられた……つまり、出来レースみたいなものだ。
受かって当然なのだ。
「修道服も明日には更新されるし、今からちょっと楽しみなんだよね」
「……そう」
だから、こうして嬉しそうに話すユーリを見ると微妙な気持ちになる。
より強い『悪魔』と戦わざるを得ない。
私が『上位』である以上、一緒に居る内は関係ないかも知れないが、私が居なくなった時……ユーリは、一人で強大な『悪魔』と戦わなければならない。
「エルシー?」
「……何?」
「えっと……何だか、嫌そうな顔してるから……」
私はため息を吐きながら、嘘を吐く。
「……ユーリは私の
「うん」
「なら、『中位』ぐらい当然なんですけど。喜んでバカじゃないの?」
「え、えぇ……?」
ショックを受けるユーリから視線を逸らして、枕元の果実が入ったカゴを手に取る。
「ユーリ、これ切って」
「え?うん、良いよ」
おぼつかない手付きで梨の皮を剥くユーリに、視線を向ける。
……本当に、先日のあの少し頼れるぐらい強くなったユーリと同一人物なのだろうか。
極限状態の中、私が勘違いしてしまったのだろうか。
切られた梨を口に頬張りながら、そう思った。
……そして、フォークで不恰好に切られた梨を刺して、ユーリに向ける。
「ユーリも食べる?」
「……いいよ、それはエルシーが貰った物だし」
「じゃあ、私がどう扱おうと勝手でしょ。目の前でそうやって物欲しそうにされてると、私も食べづらいんですけど」
「も、物欲しそうになんかしてな、むぐっ」
なんて抵抗するユーリの口に梨を押し込む。
観念したように咀嚼するユーリをよそに、私は別の梨にフォークを刺して口に運んだ。
そしてユーリに視線を戻せば……少し、顔を赤らめていた。
照れている、ように見えた。
「何でそんなキモい顔してんの?」
「う、ううん、何でもないよ……うん」
梨を咀嚼するユーリから視線を逸らして、私は手元の梨を口にした。
甘くて瑞々しい。
「まぁまぁね」
「……その、エルシー」
そうして味わっていると、ユーリが口を開いた。
「何?」
「ええと、良かったら……なんだけど──
「……前置きは要らないから、さっさと言えば?」
なんて急かすと、ユーリは少し視線を泳がせた。
「あ、明日さ。彗星祭があるよね?」
「……あぁ、そう言えば」
私は唇にフォークを当てる。
彗星祭……文字通り、彗星が来るからと開かれた祭りだ。
この世界は『奇跡』のお陰か天文学が発展しており、数年に一度やってくる彗星なんかの情報も分かっていたりする。
明日は、そうか。
7年に一度やってくる、彗星が見える日だ。
「よければ、一緒に祭りに──
「私、全治三日なんですけど」
「あ」
ユーリが撃沈した。
忘れていたのか、知らなかったのか。
どちらにせよ、無神経すぎる発言になってしまったのは間違いない。
「なんで、私を誘おうと思ったの?」
「……だって、約束したから」
「約束?した覚えないけど」
私は記憶を遡る。
……うん、やっぱり彗星祭に行く約束なんてしていない。
私が訝しむ目を向けると、ユーリは下手くそな笑みを浮かべた。
「ほら、エルシーが人生を楽しめるように頑張るって……えーっと、言ったから……言ったよね?」
目を、瞬く。
……あぁ、そう言うことか。
「……ユーリって、やっぱりバカ?」
「うぇっ……?そ、そこまで言わなくて良くない?僕だって必死に考えて──
「必死に考えた結果が、私をデートに誘う事なの?」
「で、デート……!?って、そういうつもりじゃなくてっ」
わたわたと、両手を動かし釈明しようとするユーリを見ていると、何だかおかしくて──
「ぷっ、く、くく……ふふふ」
思わず笑ってしまった。
バカにする為ではなく、ただただ……そう、嬉しくて。
笑い過ぎて涙が出てくる程に。
「な、何も笑わなくたって……」
「ぷ、良いでしょ……?私が楽しめるように頑張るって……今の所、成功してるって事で、ふふ」
「……そうだけど、さぁ……」
不服そうなユーリの前で、私は涙を拭った。
「で?彗星祭だっけ?」
「あ、うん……ごめん。そんな、明日も入院してるなんて思ってなくて──
申し訳なさそうに頭を下げたユーリ。
その額に、私は指を近づけて……弾く。
「いたっ!?」
ぺちん、といい音がした。
「な、なにして……」
「すぐ謝る癖、直した方がいいと思わない?」
「……そ、そんな癖ないと思うけど?」
ちょっと図星だったみたいで、ユーリの言葉に勢いはない。
……やっぱり、少し頼りない。
弱々しいし、優柔不断だし。
……もう少し、まだ少し、私も一緒にいないとダメだ。
うん、だからこれは私の我儘じゃない。
「彗星祭、別に街を回るだけが祭りの本懐じゃないでしょ?」
「……うん、そうだけど」
「彗星を見るのが一番の理由。違う?」
「……そうだね」
ユーリは額を手でさすっている。
……そんなに痛かったのだろうか?
まぁ、謝るつもりはないけど。
「だったら、何処で見ても良いでしょ?」
「……あ」
やっと気付いたみたいで、ユーリは姿勢を正した。
「あ、明日っ、病室に来ても良いかな?それで、一緒に彗星を見れたら──
「は?嫌だけど」
「えっ!?」
ユーリがまたショックを受けたような表情を浮かべる。
……ホントに、揶揄いがいがある。
「ま、冗談だけど。来たければ、来れば?」
そろそろ程々にしておかないと。
……というか、ユーリに嫌われるのはもう諦めているのだから……こういう態度を取る必要はない筈なのだけど。
どうしてか、私は素直になれずにいる。
「ひ、酷いよ、エルシー……」
ユーリは私の否定が冗談だった事に安堵して、息を深く吐いていた。
彼は感情が顔に出やすい。
それはきっと短所ではなく長所だ。
だって、こうして……一緒に話しているだけで、私は楽しいから。
「でも、ユーリ。食べ物ぐらいは買って来てね?」
「それは勿論……ちょっと下街まで行って、屋台で買ってくるよ」
なんて約束をした。
その日はもう遅かったから、もう少しだけ雑談して帰ってもらった。
だけど……うん。
暇になる筈だった明日に、急に予定が入って来て……少しだけ、明日が楽しみになった。
そういう意味なら、ユーリの言っていた「人生を楽しめるように努力する」というのは……うん、ちゃんと成功している。
ユーリ自体はあまり実感していなさそうだけど。
……私は、そう。
ユーリと一緒に明日を迎えられる事を、楽しいと思えていたのだから。
それだけで彼の目的としては、充分なのだろう。
◇◆◇
そうして、翌日の夕方。
今日は彗星が近付く日だ。
病室の窓から見える外も、昨日より騒がしい。
彗星が見えるのはもう少し後、夜中だって言うのに、それでも騒いでいた。
……彼らはこれから楽しい事があるのだと、そう確信しているのだ。
少しも疑っていない。
そうではない人が、この世界にはいるのに。
それを鬱陶しく感じる……なんて、事はない。
これこそが平和だからだ。
幸せな未来を疑わず、安らかに、隣人と幸せを分かち合える。
……この景色を守りたくて、私は
この聖地レイライン以外でも、この景色を守れるように……私は自身が『聖人』であるという事を教会に報告していないのだから。
楽しそうに走り回る子供が、この診療所の前を通り過ぎるのを目で追う。
……本当に元気な子供だ。
そんな子供が──
誰かとぶつかった。
……両手にそれぞれ持っていた荷物のうち、片方が地面に転がった。
ぶつかってしまった子供は顔を真っ青にして、その誰かに謝っている。
そして、その誰かは……見覚えのある人だった。
「……何してんのよ、アイツ」
思わず、ぼそりと呟いてしまった。
ぶつかられたのは……ユーリだったからだ。
両手に持っていたのは屋台で買って来た食べ物、飲み物だったのだろう。
下ろしたての『中位』用の修道服に汚れが付いていた。
片方の手荷物が身体にぶつかったからだ。
子供がまた頭を下げようとして……ユーリに止められた。
そして、頭を撫でている。
……ここから、声は聞こえないけど。
きっと優しい言葉をかけているのだろう。
「ほんっと、お人好しなんだから」
私は窓から視線を外して、ベッドに持たれかかる。
そして、毛布を抱きしめた。
これ以上、覗き見するのはユーリに悪いと思ったからだ。
……少しして、病室にノックの音が響いた。
「……どーぞ」
ユーリじゃない可能性を考慮して、無難な返事をした。
だが結局、病室に入ってきたのはユーリだった。
「ごめん、ちょっと遅くなったよ……」
修道服を汚したまま、やって来た。
気持ち、ほんの少しだけ水洗いした痕跡があるけど。
私は苦笑する。
こんな状況で、訊かない方がおかしいだろう。
「それ、なんで汚れてんの?」
「あ、これ?これは……そのぉ──
ユーリは後頭部をかきながら、ぎこちない笑みを浮かべた。
「ちょっと、転けちゃって。荷物を二つ持ってたから、受け身も取れなくて……」
そして、嘘を吐かれた。
子供とぶつかった、と言わなかったのは彼の優しさか。
それにしても、生き辛い生き方をしている。
ここに居ない誰かの所為にすれば、叱られずに済むだろうに。
……まったく、本当に不器用でお人好しだ。
「……あっそ。どんくさ」
だから、少しぐらい、私も手加減してあげよう。
「は、ははは………」
苦笑するユーリは椅子に座ろうとして──
「その修道服、脱げば?汚れてるし」
「あ、そうだね」
そのまま修道服の上を脱いで、ハンガーにかけた。
……ちゃんと下に、黒色のシャツを着ていたようだが。
その薄い生地の上から、彼の顔からは考えられない筋肉質な体が見え隠れして……少し、ドキリとした。
多分、羨ましいからだ。
女の身である都合上、筋肉が付きにくいから。
「よいしょ、っと」
そして、ユーリはベッドの横に紙袋を一つ、置いた。
……もう一つは子供にぶつかった時、地面にぶちまけていたから……ダメになってしまったんだろう。
だから一つだ。
ユーリはその紙袋から、薄い竹の容器に入った弁当を取り出した。
「はい、エルシー」
ちら、とユーリに視線を戻す。
「……ユーリのは?」
「僕のは……ええと、転けた拍子に地面に落としちゃって……」
視線が泳ぐユーリにため息を吐く。
買って来た物を落としたのは真実だが、その過程は嘘だ。
そして、ユーリは嘘を吐くのが下手だ。
下手過ぎる。
察せられてしまうような嘘は、吐かない方がマシだ。
私を見習って欲しい。
そして、ユーリの前で弁当を開ける。
「これ、ユーリが買って来たのに。自分は食べないの?」
「……そうだけど、僕が悪いから」
「……はぁ、もう。そんなのいいから、ほら」
そして、竹串を取り出して肉団子を突き刺し……ユーリの口元に運ぶ。
「え、わっ……むぐっ」
昨日と同じ光景だ。
気分は小鳥に餌付けしているような……。
本当に世話が焼ける
「どう?美味しい?」
「ん、うん、美味しいよ……」
「毒味係、ご苦労様」
「え?ど、毒味……?」
こうして少し、嫌味を言わないと釣り合いが取れない。
なんとも面倒くさい女になってしまったと、自己評価しつつ肉団子を口身含んだ。
……刻んだ野菜と、控えめな塩味。
まぁ、悪くはない味だ。
冷めても美味しいように工夫されている。
ユーリが買って来た物、一人前を二人で分けて……そうして時間が過ぎていく。
空は暗く、夜へと。
面会時間は、職員に私が無理言って延長してもらった。
祭りだからと言えば、明日の朝まで泊まりでいいと言われた。
……それと、激しい運動はしたらダメだと。
病室で激しい運動?
こんな狭い場所で何ができると言うのだろうか?
よく分からないが。
まぁ、許可は貰ったのだから。
空が暗くなっていくのを、私とユーリは見ていた。
「そろそろかなぁ……?」
「さぁ?私は知らないけど」
なんて言っていれば──
「……アレじゃないかな?」
「どれ?」
「ほら、アレだって……」
ユーリが指差す先には……確かに、弱々しいけど輝く一つの星があった。
その星には尾のように、光がかかっている。
「……なんか、ちょっと拍子抜けなんですけど」
「そ、そんな事……いや、ほら、凄くない?」
目を細める。
まぁ、確かに……さっきより、ちょっとだけ光が強くなってるけど。
勢いもそんなに無いし、他の星と大差ないし。
でも、まぁ……。
「凄くはないけど……まぁ、綺麗なんじゃない?」
「だ、だよね?」
「……なんでユーリが彗星の肩を持ってんの?」
「だって、僕が誘ったのにそんなガッカリ……みたいだったら、何だか悪いし……」
そんなユーリの情けない発言に、私は頬を緩めた。
「別に。この彗星がどうだろうと、買って来た物を半分ダメにしたとしても……楽しくない、なんて私は言わないから」
「……そっか」
何だか、らしくない事を言ってしまった。
それにユーリも少し驚いて、だけど嬉しそうに納得しただけだった。
……少し気まずい。
だけど、この気まずさが心地良かった。
互いに互いを尊重しようとした結果の、気まずさなのだから。
彗星の輝きがまた、小さくなっていく。
……さっきまでのが、一番近付いていた時だったのか。
やっぱり、ちょっと拍子抜けだ。
「……はぁ、今ので終わり?」
「……そう、みたいだね」
「今年のはハズレだったって事?これじゃあ例年盛り上がってないでしょ」
だけどまぁ、悪くはなかった。
7年前、このイベントの事も知らなくて、きっと私は寝ていたのだろうけど。
こうして、誘ってもらって、一緒に見られて……良かったと、心からそう思った。
たとえ、感動するほど綺麗じゃなくても。
誰かと見た事に意味があるのだろう。
なんて、感傷に浸っていると、ユーリが口を開いた。
「それならさ……また、見ようよ。エルシー」
「……また?」
「そう、7年後も」
「…………」
私は口を閉じた。
そうか、7年後か。
……ミレイユに宣告された寿命は、あと6年なのに。
7年、か。
「……エルシー?」
私は最初、残り6年『も』生きられると思っていた。
だけど、6年というのは……思ったより、短いらしい。
だから、ミレイユは6年『しか』と言ったのだろう。
それをようやく理解した。
「……別に?正直、7年後どうなってるかなんて分からないから……返事、出来ないだけだし」
「……そっか」
ユーリは少し悲しげな目をした。
夜、月明かりが照らす中……その表情を見て、私は息が詰まるようだった。
……手を、伸ばして。
宙を彷徨って。
迷って。
戻して。
……また、伸ばして。
ユーリの着ている服の、裾を掴んだ。
「……エルシー?」
「別に、一緒に見たくないって訳じゃないから……見れたら、一緒に、見てもいいけど」
それは私が口に出来た、最大限の強がりだ。
決して叶う願いではない。
だけど、それでも口にした。
約束すれば、叶うような気がして。
……決して、叶う願いではないとしても。
それでも、今、この瞬間……彼が悲しまない為に。
「……うん、見れたら良いね」
私がどんな感情で言葉を口にしたか、ユーリには分かっているのだろうか。
いや、きっと私の事情を全て知っている訳ではないのだから……分かってはいない筈だ。
分からないで居て欲しい。
私は同情されたい訳ではないから。
ただ、私の大切な人達に笑っていて欲しいだけだから。
だから……。
ユーリにも、笑って欲しいだけだ。
空に淡く輝いていた彗星は見えなくなって、喧騒も離れていく。
少しずつ静かに。
安らかな夜へと、姿を変えていく。
「……今日はありがと、ユーリ」
らしくない言葉を口にした。
きっと、体が弱っているから心も弱っているから。
笑われたり訝しまれないかと心配になったけれど、ユーリはそんな様子を見せず……ただ、ほんの少しだけ嬉しそうに笑った。
◇◆◇
「ん、んん〜っと」
日光の下、私は背伸びをした。
三日経って、ようやく療養所から出て来れたのだ。
寝っぱなしだったから全身の関節が、こう、硬い。
ぱきぱきと軽い音を鳴らしながら、少し柔軟運動をして……息を深く吸って、吐いた。
そして、小豆色の修道服を揺らしながら、療養所を後にした。
「さて……と」
取り敢えず、ユーリの所に行こう。
日中、任務のない日の彼の居場所はよく知っている。
特別な予定がなければ──
ほら、修練場で修行をしている。
聖銀器である
休みの日ぐらい、ちゃんと休めば良いのに。
「……ふふ」
まぁ、そんな愚直な所も美徳なのだけれど。
弾む気持ちのまま、私はユーリに近付いて──
「ユーリ」
声を掛けながら──
「え?エル──
小石を投げた。
瞬間、ユーリは
「き、急に変な事しないでよ……」
「『悪魔』は声を掛けてから不意打ちしないんだから、優しいほうだと思うんですけど?」
「そうだけどさぁ……」
ユーリはため息を吐いた。
……しかし、まぁ、随分と聖銀器の扱いが上手くなったようだ。
フロイラのお陰だろうか?
感謝しておこう。
本人には絶対言わないけど。
ユーリが私の顔を見て、目を瞬いた。
「あっ……そういえば、退院おめでとう」
「どーも。でも、ユーリは私の奴隷なんだから、療養所まで迎えに来ないとダメだと思わない?」
「え?あ……ご、ごめん?」
「冗談。本気にしなくて良いんですけど」
そのまま、私は周りを見渡す。
……やっぱり、居ないみたいだ。
「……エルシー?誰か探してるの?」
「フロイラは?今日は居ないの?」
「あー……えっと、特に何も言われてないから、後で来ると思うけど」
私は目を瞬いて、時計に視線を移した。
……もう昼は過ぎている。
「……なんでそんな時間に?ユーリは昼前から来てるんでしょ?」
「そうだけどね……ほら、あのフロイラさんって、朝に弱いから」
そして、察した。
私は顔を顰める。
「もう朝って時間じゃないけど。ダメな大人の典型なんですけど?」
「は、ははは……」
ユーリは否定せず視線を逸らした。
……つまり、ユーリに否定されないぐらいにはダメな生活リズムになっているのだ。
「まったく、いい歳をした大人が何を──
「悪かったな」
どすん、と頭に拳が乗せられた。
誰が乗せたかは声で分かる。
「……フロイラ」
私が名前を呼ぶと、険しい表情を緩めた。
「元気そうで何よりだ、エルシー」
「……どーも」
素直に受け取ると、私が嫌味を言うと思っていたのかフロイラは少し驚いたような顔をしていた。
「それで?何か私に用か?」
「別に。アンタに用がある訳じゃないけど……鈍ってた身体を取り戻そうと思って、ここに来ただけだし」
「殊勝な心掛けだな」
私はロザリオを聖銀器である
すると、フロイラが獣のような笑みを浮かべた。
「あぁ、そうだな……私が久しぶりに鍛えてやる」
「は?だから、別にアンタに用事はな──
瞬間、私に聖銀器が……
咄嗟に
勢いのまま後ろに飛び退けば、フロイラの手元には
「ちょっと!いきなり、危ないんですけど!シャレになんないし!」
「『悪魔』は声を掛けてから不意打ちしない。そう教えた筈だが?」
その言葉を聞いて、ユーリが変な顔をしている。
私がキッと睨むと、慌てて視線を逸らした。
「……っ、上等!病み上がりにボコボコにされて、プライドがズタズタになっても知らないから!」
「ふふふ、よく吠える。そうこなくてはな」
私は
そのまま、前に飛び込み……身体を軸に回転させる。
「はぁっ!」
怒声と共に、
「見え見えだな」
フロイラは
「っ……鬱陶しいなぁ、もう!」
足払いを読まれたのだ。
密着状態。
この距離では振り回す事は出来ない……有効ではない射程。
相手も一手、引かなければならない筈──
刹那、
「ちょっ──
柄を短く握り、体の捻りだけで繰り出した突きだ。
こんな技、あるなんて聞いてない!
私は……
そして、右腕に全力で
「ぐっ」
「ほう、やるな」
余裕のない私に対して、余裕綽々といった態度のフロイラ。
実力の差は歴然だ。
「や、病み上がり相手に大人げないんですけど!」
「お前が言っていたのだろう、碌な大人ではないと」
「っ、そこまで言ってないし!」
私だって分かっている。
これは病み上がりだから……といった程度の差ではない事に。
正直に言おう。
聖銀器を使った近接戦闘について、私は『上位』の
『奇跡』の模倣技術を活かした対応能力や、こっそり使っている『
比べて、フロイラは逆だ。
彼女は『奇跡』の模倣が得意ではない。
彼女はその身に『
にも関わらず、『上位』の
つまり──
「ついでに……ユーリ!」
「は、はい!?」
「お前も一緒に掛かって来い!まとめて相手してやる!」
「えっ、ふ、二人がかりで!?」
ユーリが挙動不審になりながら私の横についた。
そして、ちら、と視線を向けてきた。
言いたい事は分かる。
分かるが……。
「ユーリ、心配するだけ無駄。二人がかりでようやく……ってぐらいだから」
「え……?」
そう。
フロイラは……
聖銀器の扱いには横に並ぶ者がいないと言われる程の……原作的に言うなら、物理アタッカーの脳筋
攻略Wikiに初心者向け!とか書かれてるタイプのゴリラ。
それが『
「ほら、攻めて来い。二人とも──
「言われなくても!行くわよ、ユーリ!」
「う、うん!」
結局、二人でフロイラを相手をして……それでも、一撃も入れる事すら出来なかった。
絶対おかしい。
私とユーリは汗だくで修練場の地面に転がってるのに、フロイラは軽くジョギングした程度の雰囲気で汗を拭いてるし。
メチャクチャだ。
原作で近接ショタコンメスゴリラと呼ばれていた異名は伊達ではない、ということか。
ボヤける視界で天井を眺めながら、私はそう思った。
『奇跡(サイン)』込みだと、エルシーの方が強いです。