TSメスガキ鬱ゲークラッシャー   作:WhatSoon

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#13 凍える夜に

夕焼け。

白銀の雪に、茜色の光が反射している。

生物が生きるには向かない、極寒の中。

 

ざくざく、と。

 

雪原を駆ける音が響いた。

 

 

「はぁっ!」

 

 

私は大鎚(スレッジハンマー)を振りかぶる。

そこに居る『悪魔』に向けて、だ。

 

その『悪魔』は大きな人型だが、毛むくじゃらで腕が三本生えている。

左に一本、右に二本。

 

なんとも、生物らしからぬ不均等な姿だ。

そんな『悪魔』が腕を振り回した。

 

全長は私の2倍ほどある。

そんな巨体で振り回す腕がぶつかれば、神聖力(エーテル)で防御しようと無傷では済むまい。

 

攻撃を中断し、勢いのまま雪の上を滑る。

 

腕は大きく空振り、明確な隙が見える。

だが、私は雪原を転がっており手を出す事もできない。

 

そう、私には──

 

 

「ここは僕が!」

 

 

ユーリが大剣(クレイモア)を下から、振り上げた。

『悪魔』の腹部に大きな傷を付けたが、まだ致命傷ではない。

 

反撃の拳が、ユーリの頭上へと──

 

 

「縛れ!『拘束(バインド)』!」

 

 

瞬間、神聖力(エーテル)で出来た光の鎖が『悪魔』の腕に巻き付いた。

 

だが、略式詠唱では本来の効力を発揮できない。

『悪魔』の動きを止める事は出来ないだろう。

だが、それでも動きは鈍くなった。

 

その一瞬の隙に滑り込むように、ユーリは『悪魔』の脇下をくぐり、足首を切った。

完全に切断とはいかなかったようだが、それでもダメージは入ったようで『悪魔』が崩れ落ち──

 

 

「エルシー!」

 

「分かってる、って!」

 

 

ユーリに言われるより先に、私は地を蹴り宙へ飛んでいた。

そして、そのまま大鎚(スレッジハンマー)を振り上げる。

 

瞬間、私に行動に気付き『悪魔』は腕を上げて防御体勢をとるが──

 

 

「甘いんですけど!」

 

 

腕の上から、そのまま大鎚(スレッジハンマー)を叩き付けた。

神聖力(エーテル)が爆ぜる。

 

毛むくじゃらの腕が弾き飛ぶ。

だが、それでも大鎚(スレッジハンマー)の勢いは落ちない。

 

そして、悪魔の頭部に直撃した。

 

 

「っ──

 

 

聖銀に込めた神聖力(エーテル)と『悪魔』が反発して、私は弾き飛ばされた。

雪原を滑りながらも、『悪魔』に視線を向ける。

 

浄化され、煙のようなものが立ち上っている。

 

効いている。

確実に。

 

 

「ユーリ!追撃!」

 

 

瞬間、ユーリが駆け出した。

 

『悪魔』の頭部は半壊している。

視覚もない状況、身を守ろうと無闇矢鱈に腕を振り回すが……ユーリは紙一重のところで避けている。

 

 

「はぁっ!」

 

 

大剣(クレイモア)が『悪魔』の腹部を切り裂いた。

その瞬間、『悪魔』が傷の感触から察知したのか、ユーリに向けて腕を振るう。

 

しかし、もう、そこにユーリは居ない。

視覚を奪った敵に対する有効な立ち回り、それは……足を止めない事だ。

 

錯乱する『悪魔』の背に、ユーリが再び大剣(クレイモア)で切りつけた。

 

『悪魔』が腕を背後に──

 

ユーリが大剣(クレイモア)で、腕を切り飛ばした。

 

 

────ッ!

 

 

『悪魔』の周囲、空間が震える。

 

声ではない。

だが、それでも怒っている事だけは分かった。

 

私は雪原を走り出し……大鎚(スレッジハンマー)を構える。

 

 

「ユーリ!ここで仕留めるから!」

 

「分かった!」

 

 

大鎚(スレッジハンマー)で『悪魔』の頭を殴った。

ユーリが大剣(クレイモア)で『悪魔』の足を斬った。

 

大鎚(スレッジハンマー)で背中を殴り、転ばせる。

大剣(クレイモア)が『悪魔』の胸部を切り裂いた。

 

反撃を許さない、連携攻撃。

癪だけど、フロイラ相手の二対一訓練の成果が出ている。

 

 

そのまま──

 

 

ユーリが大剣(クレイモア)を『悪魔』の胸に突き立てた。

それに対する方向から、私は大鎚(スレッジハンマー)で殴り──

 

 

大剣(クレイモア)が『悪魔』の胸を貫いた。

 

 

空気が震える。

黒い粒子が撒き散らされて……『悪魔』が霧散した。

 

私は殴った反動のまま、再び地面に転がった。

雪が顔に触れて、ひどく冷たかった。

 

 

「……終わった?」

 

 

身を捩り、座り直す。

ユーリはまだ、大剣(クレイモア)を抱えたまま周りを警戒していた。

 

 

「……そうみたいだね」

 

 

だが……どうやら、これで終わったようだと息を吐いた。

そして、大剣(クレイモア)の聖銀器をロザリオの形へと戻した。

 

それに倣って、私も大鎚(スレッジハンマー)をロザリオに変える。

 

 

「ふん……なんだか、拍子抜けだったんですけど」

 

 

『悪魔』は消滅した。

残ったのは、『悪魔』が倒れたときにできた痕跡だけだ。

 

 

「はは……まぁ、うん。最近は『上位』の『悪魔』ばかりと戦ってたから。それに比べたら、ね」

 

「……そんな気軽に『上位』と出会ってる方がおかしいんですけど?」

 

「それはそうかもね……」

 

 

先程倒した『悪魔』は『中位』相当だ。

危なげなく、倒す事が出来た。

勿論、私の『奇跡(サイン)』も使わずに済んだ。

 

これぐらい、楽な戦いばかりだと良いんだけど。

私は白い吐息を吐きつつ、今回の任務について思い返す。

 

 

 

第一発見者は山の麓の村……そこに住む、少年だ。

彼は雪山に父と狩りに出掛けて……そして、この『悪魔』と出会った。

 

父親は少年を逃すために『悪魔』と戦ったが……狩人では『悪魔』に対して有効な攻撃はない。

そのまま帰らぬ人となってしまった。

 

……悲劇だ。

だが、よくある話だ。

この世界では。

 

そうして、教会へ通報が入り、私達が来たのだ。

 

 

『悪魔』が徘徊しているのは雪山。

私達は雪山を登る事にした。

それは祓魔師(エクソシスト)と言えども、素人ならば苦労する。

 

幸い、『悪魔』が発見されてから天候が荒れる事もなかったので、身体を神聖力(エーテル)で強化しつつ無理矢理に登った。

 

そして、今日、接敵した……という訳だ。

 

 

 

「エルシー……さっきの『悪魔』、特殊な能力を持ってなかったね」

 

「……まぁ、大した奴じゃなかったんでしょ?」

 

 

ユーリの言葉に、私は視線を戻した。

強い『悪魔』は特殊な能力を持っている場合がある。

『上位』ならば確実に。

『中位』ならば稀に。

 

今回のは原作に居たかも覚えてない『悪魔』。

つまり、特殊な能力を持つ程の『悪魔』ではなかったと──

 

 

「……あれ?」

 

 

ユーリが素っ頓狂な声を上げた。

何事かと私は声を──

 

 

刺すような、冷たさ。

 

 

「ひゃっ……!?」

 

 

思わず声が出た。

急激に、気温が下がっていくのを感じた。

 

だが、私達の着ている修道服には特殊な素材が使われている。

破れにくい、斬りにくいのは勿論のこと……暑くとも寒くとも一定の温度を保ってくれる。

 

なのに、冷たい感触があった。

つまり、防寒具を貫通するほどの冷気が通ったという事だ。

 

 

「……え、エルシー?」

 

「ちょっ、な……何よ?」

 

 

変な声をあげてしまったのを恥ずかしく感じて──

 

ユーリが真剣な顔で、私の背後を指差していたのを見て……慌てて振り返った。

 

 

「は?」

 

 

果てしなく続いていた夕焼けの雪原が……急に夜へと変わりつつあった。

暗雲が急速に、こちらへ向かっているのが見えた。

 

雪が舞い上がり、強烈な風となってこちらへ向かっている。

ブリザードだ。

 

『悪魔』の仕業か?

いや、違う。

確実に滅した筈だ。

 

だから、これは──

 

 

「……あんの、クソ『悪魔』っ!」

 

 

今までの穏やかな天候が『悪魔』の仕業という事だ。

『悪魔』が消滅した事で、本来の……激しい天候へと戻り始めたのだ。

 

再び、私達の間を冷たい……冷たすぎる風が通り抜けた。

 

拙い。

防寒具が、防寒具として機能していない。

 

雪が顔を叩いた。

 

 

「っ、くぅ……ユーリ!」

 

「う、っうん!」

 

「撤退!山小屋まで戻る!」

 

「っ、分かった!」

 

 

私はユーリを連れて、昨日拠点にしていた山小屋まで戻る事にした。

本格的に吹雪に飲み込まれる前に、戻らなければ……死ぬ。

 

自然を舐めていた訳ではない。

だが、足りなかったのだ。

警戒と、準備が。

 

 

 

 

 

私達は雪と冷気を存分に浴びて……山小屋へと、戻ってきた。

第一発見者の父親が使用していた狩猟小屋だ。

 

 

「く、っう、うっ……」

 

 

身体中が軋む。

冷たい、じゃない。

最早、痛い。

 

どうにか……私は震える唇で、詠唱を始める。

 

 

「し、『主よ』、ずっ……『凍える私に、地母神に温もりを』っ……『聖なる抱擁(ホーリー・ウォーム)』!」

 

 

酷い詠唱だったが、『奇跡』の模倣には成功した。

身体の奥底から熱が生まれて、暖かくなっていく。

 

 

「……っ、ふぅ……これで、なんとか……」

 

 

これは神聖力(エーテル)を消費し続けるが、体を保温する『奇跡』だ。

この消費量なら翌朝までは持つだろう。

吹雪が通り過ぎるまで待機して、下山するには余裕がある。

 

だが、問題がある。

それは──

 

 

「っ……う、ぅ……」

 

 

自身の身体を抱きしめるようにして座っている、ユーリだ。

私の使った『奇跡』は、他人を対象にできない自己強化の『奇跡』だ。

ユーリにかけてやる事もできない。

 

私は修道服の上着を脱いで、ユーリに投げ付けた。

 

 

「それ、使えば?」

 

 

……『奇跡』を使っていても、上着が無ければ寒い。

でも、我慢できない程ではない。

 

 

「ご、ごめん……エルシー……」

 

 

力なく、震える声でさらに羽織るが……顔色は変わらない。

焼け石に水か。

 

……どうすればいい。

『悪魔』を倒したっていうのに、天候の変化で死んでしまうのか?

そんな馬鹿な話があっていいのか?

 

『聖なる抱擁(ホーリー・ウォーム)』は自分自身にしか使用できない。

神聖力(エーテル)に残量が少ないユーリに、今から教えた所で維持出来ないだろう。

そもそも、こんな状態で使った事のない『奇跡』を成功させるのは困難だ。

 

だから……私の持っている熱を、ユーリと共有する事が出来れば──

 

 

「……ユーリ」

 

「う、うん……な、なに、かな?」

 

 

震える声で、気丈に返事するユーリの肩に触れる。

 

 

「……暖め合おっか」

 

「ふ、え?」

 

 

困惑するユーリの股を開き──

 

 

 

 

 

私は足の間に座った。

そして、ユーリの胸板を背もたれにした。

 

 

「……寒いから、前を閉めてくれない?」

 

「え、あ、うん」

 

 

私を中心に、ユーリ、そして私の上着。

といったように私はユーリを羽織るように座っていた。

ユーリがぎこちない様子で、私を足の間に挟んで……どうすべきかと、手を彷徨わせた。

 

私はその手を取って、私の前面へと持っていく。

 

 

「……もっと、ちゃんとして」

 

「で、でも……」

 

「死にたいの?」

 

「そ、そうじゃないけど……うぅ、ごめん」

 

 

ユーリが私を両腕で、背後から抱きしめた。

私の背に冷たい感触があった。

 

彼の体温が私より低い所為で冷たく感じているのだ。

つまり、その逆であるユーリからすれば……暖かいに違いない。

 

 

「……どう?」

 

「えっ、あ……暖かい、よ?」

 

 

ちらと視線を向ければ、ユーリは顔を赤くしていた。

それだけ暖かくなっているのだろう。

 

 

「……もっと、密着して」

 

「……ご、ごめん」

 

 

ぎゅう、と抱きしめられる。

筋肉質な腕の感触に少し心臓が跳ねた。

だが、今はそんな事を考えている場合じゃない。

ユーリもそんな事、気にしていないだろう。

 

 

「…………」

 

 

吐息が耳を通り過ぎた。

ユーリの呼吸するリズムが、背中を通じて感じられる。

 

外側へ露出している、ユーリの手の甲を外から触れる。

 

びくり、と跳ねたが……寒さには抗えないようで、無理に動かさなかった。

さするように撫でれば──

 

 

「こ、こそばゆいよ……」

 

 

なんて言うものだから、私は手を引っ込めた。

 

ごうごうと音が鳴る。

硝子をはめ込んだ木組みの窓枠が、ガタガタと揺れる。

 

吐息の音。

心臓の音。

 

呼吸、熱。

 

この静かな山小屋の中。

まるで狭い世界の中に、二人しかいないような感覚。

 

……寒過ぎて頭が回ってないのかも。

ため息を吐く。

 

 

「……ユーリ。神聖力(エーテル)の残量的に、吹雪だろうと明日の朝には下りるから」

 

「うん……」

 

「とにかく今は、回復に専念して」

 

「分かったよ……」

 

 

言いたい事を言えば、また静かになる。

 

ガタガタと窓枠が揺れる。

この山小屋は『悪魔』に殺されてしまった狩人が管理していた小屋だ。

この中継地点がなければ、私達は今頃……どうなっていたかなんて考えたくもない。

 

ユーリの震えも収まっていく──

 

体温が幾分がマシになったのだろうか。

私は安堵を……いや、待て。

 

 

「……ユーリ?」

 

「…………」

 

 

返事は返ってこない。

……私は、ユーリの手の甲を抓った。

 

 

「あ痛っ!?」

 

「何で寝てんの……!?」

 

「あ、えぁ……え?寝……?あ……ご、ごめん!」

 

 

慌てて謝る声が背後から聞こえる。

……まずい。

 

体温が冷え過ぎて、脳の機能が低下している。

このまま寝れば……更に機能が低下して、永遠に目覚める事もなく──

 

 

「もう……」

 

 

私は背後に向き直る。

ユーリの顔が至近距離に──

 

 

「ちょっ、エルシー……!?」

 

「いいから……!」

 

 

真正面から、抱きしめる。

背後から抱きしめられるよりも密着できているだろう。

 

向き合って、耳にユーリの頬がぶつかる。

酷く冷たかった。

 

 

「……あ、わわ……」

 

 

ユーリが少し情けない声を出した。

触れている感触から、彼の体温が少し上がったのを感じた。

やっぱり、これが正解らしい。

 

 

「ユーリ、そっちも手を回して」

 

「う、うん」

 

 

恐る恐る、抱き締め返される。

 

 

「……だ、大丈夫かな?これで……」

 

 

緩やかに、だけど少し力強く……壊れ物を扱うように、抱き締められた。

 

 

「ユーリ、寝たら死ぬかも……だし……寝るのは禁止」

 

「……う、うん。分かったよ、ごめん」

 

 

真正面から抱き締めている都合上、表情を伺う事はできない。

ただただ、今は……それで良かった。

こんな顔、ユーリには見せられないから。

 

 

「こんな寒さ程度で死んだら……絶対、許さないから」

 

 

ユーリを死なせたくないという想いがあった。

そんな想いから、無意識のうちに抱きしめる力も強くなる。

 

 

「……それは……うん、分かったよ……死なないようにするよ」

 

「そうして」

 

 

私の鼓動と、ユーリの鼓動。

密着した場所から、二つの鼓動を感じる。

 

また、静かになる。

ごうごうと雪が降る音だけ聞こえる。

 

 

「……ユーリ?」

 

「……うん?」

 

「起きてるなら、良いけど」

 

 

時々、偶に名前を呼ぶ。

そうしてユーリが返事をする事に安堵する。

 

その繰り返しだ。

眠らないように、と。

 

一つ、名案が浮かんだ。

彼を眠らさない方法。

 

 

「……ユーリ。暇だから、何か面白い話して」

 

「え?僕が……?面白い話なんてないよ……」

 

 

ユーリに何か話させたら良いのだと。

眠気対策と、彼が起きている事の報告も兼ねている。

 

 

「いいから、何か話して」

 

「何かって……う、うーん」

 

 

ユーリは返答に詰まっているようだ。

それなら──

 

 

「じゃあ、好きな食べ物は?」

 

「え?」

 

「ほら、ちゃんと考えて返事して」

 

「あ、あぁ……それなら、えーっと……任務中によく食べてる、即席の野菜スープとか……好きかな」

 

「……は?あんなのが好きなの?」

 

 

目を瞬く。

 

任務で遠出して野宿などをする場合に作る料理だ。

干した野菜や、塩漬けの肉を水で煮込んで……適当に香辛料を突っ込んだだけの物だ。

 

他の祓魔師(エクソシスト)は豆粉を固めた物とかを食べてるが……余裕があるなら温かい物を食べたいという私の我儘でやっている。

 

干し野菜も、塩漬けの肉も最悪そのまま食べられる。

金属製の水筒に、『奇跡』で火をかけるだけで、荷物を圧迫しないから私のお気に入りだ。

 

しかし、外で食べる物にしては上等だが、街中での外食に比べれば天と地の差がある。

 

 

「……好きだよ、僕は」

 

「物好きなの?」

 

「……かもね。でも、外で食べるあのスープは本当に美味しいから」

 

「……別に。変わらないと思うんですけど?どこで食べようと、美味しさなんて」

 

「ううん。何処で食べるか、いつ食べるか……誰と食べるか、で……きっと、凄く変わると思うよ」

 

 

ユーリの言葉に、少し納得した。

亡くなった相棒のシェリと一緒に行ったパンケーキ屋に、再び行った時……前よりも、美味しいとは感じられなかったから。

 

 

「……ふーん、まぁいいけど」

 

「逆に……エルシーは?好きな食べ物ってある?」

 

「は?私ぃ……?」

 

 

私は少し、脳裏に記憶を浮かべる。

好きな、食べ物……か。

 

 

「特にないかも」

 

「え?」

 

「強いて言うなら『美味しいもの』が好きだけど」

 

「……それを言ったら、僕も『美味しいもの』が好きだよ」

 

 

私の言葉にユーリは不服そうな声色になった。

言葉では理解できたとしても、納得はしたくなかったのだろう。

 

 

「……僕も、さ。その、エルシーについて知りたい事が沢山あるんだよ」

 

「……沢山?」

 

「うん、だってエルシー……自分のこと、話したがらないから」

 

「そんなこと──

 

 

ない。

とは、言えない。

 

……だって──

 

 

「話したくないし」

 

「……そっ、か」

 

 

ユーリはただ、少し悲しげな声を出した。

しかし、それだけだ。

追及する事はなかった。

 

それに安堵するべきなのだろうが、それでも少し胸の内が渦巻く。

まるで、どうでもいいかのように聞こえたからだ。

 

 

「食い下がったりしないの?」

 

 

まるで面倒臭い女のような発言に、ユーリは苦笑した。

 

 

「……言いたくない事は、訊かないよ。エルシーの迷惑にはなりたくないからね」

 

「……ふーん」

 

 

弱気な発言に、彼らしいと思うと同時に、少し落胆した。

 

彼の言動は私の事を想って、無理に踏み込まないようにしてくれている。

だけど、それが何故か……少しだけ、意味も分からないけど、虚しかった。

 

 

「……じゃあ、次。最近、頑張ってること」

 

「『奇跡』の習得を頑張ってるよ……僕、筆記とか苦手で……」

 

「……ふーん」

 

 

相談してくれれば教えてあげても良いのに。

なんて、私からは絶対に口にしないけれど。

 

 

「エルシーは?」

 

「私は……特に何も?頑張るような事って、ないし」

 

「……そうやって誤魔化して、狡いよ」

 

「は?誤魔化してないし?努力が必要ないぐらい、頭の出来が良いってコトなんですけど?」

 

 

ユーリのため息が耳に聞こえた。

なんとも失礼な奴だ。

 

 

「じゃあ、次は──

 

 

ごうごうと、吹雪が唸る。

窓を叩く音が静寂を打ち消す。

 

それでも、外の世界はどこか遠くに感じている。

私の身体の熱。

ユーリの触れる感触。

 

硬い……鍛錬によって付いた筋肉は彼の直向きな努力を感じさせる。

 

こうして、質問を交えて。

互いの話をして。

 

……中々にない機会だった。

私と彼は相棒(バディ)だが、それでも……こうして長い夜を語り合う日は初めてかも知れない。

 

知っているつもりだった事も、知らなかった事も……少しずつ、新しく埋めていく。

 

この世界は陰鬱で、残酷なゲームの世界だ。

それでも……今、触れている感触は現実だから。

 

知ったつもりでいたとしても、本当は違うのかも知れない。

 

 

……そうして、幾つかの質問を重ねて。

私は一つ、どうしても訊きたい事が出来た。

 

 

「ユーリはさ……」

 

 

この世界について、これからについて……どうしても、訊きたい事。

 

 

「……うん?」

 

「好きな人とか、いるの?」

 

 

この世界、『純血の祓魔師(エクソシスト)』はマルチエンディングのアドベンチャーゲーム。

その分岐は……誰と親交を深めるか、で分かれる。

それこそ恋愛ゲームと同じで、どのヒロインを選ぶかで変わる。

 

だから、今……ユーリがどのヒロインの元に進んでいるのかを知りたかった。

 

 

「……好きな人?」

 

「そう……好きな、人」

 

 

と言っても、彼と本格的に交流があるのはフロイラぐらいか?

それとも、私の知らない場所で別のヒロインと交流を深めて──

 

 

「僕は……ええと……」

 

 

だけど、どうしてだろうか。

こうして不安になってしまうのは。

 

……きっと私が育てた、と言ってもいいユーリを誰かに取られるのが嫌だからだ。

彼に対して私は、独占欲を持っているのだろう。

相棒(バディ)として。

 

 

「僕は……エルシーが、好きだよ」

 

 

心臓が跳ねた。

想定外の返答に、思わず……ユーリを突き飛ばしそうになった。

 

震える唇を、開く。

 

 

「……フロイラは?」

 

「え?も、勿論……フロイラさんも好きだけど」

 

 

その返答で、動悸が静かになっていく。

彼に聞こえるようにため息を吐いた。

 

 

「……そういう意味じゃなくて、好きな異性は居ないの?って意味」

 

「……え?あ、いや、それは……」

 

 

やっぱり気付いていなかったみたいだ。

私は安堵した。

それと共に、少しだけ『がっかり』した。

 

……何で、落胆したのだろう。

いや、きっと気の所為だ。

これは何かの間違いだ。

 

ユーリがまた、口を開いた。

 

 

「じゃあ、逆に、エルシーはどうなの?……す、好きな男の人とか、いるの?」

 

「……いる訳ないでしょ」

 

 

私は否定しながら、少し視線を逸らした。

 

残り6年しか生きられないのに、これからの人生を誓おうなんて……無責任だろう。

それに私は……前世で異性で、身体も傷まみれで、性格も……。

 

だから、きっと……私の事を好きになってくれる人なんて、居ない。

 

 

「……私を、好きになる人なんて」

 

 

ぼそりと、小さく漏らしてしまった言葉。

『エルシー』らしくない弱気な言葉だ。

明らかな失態だとしても、一度口にした言葉は戻りはしない。

 

 

「…………」

 

 

だけど、ユーリはただ黙っていた。

聞こえなかった、のだろうか。

 

だとしたら良かった。

誤魔化さずに済むのだから。

 

……ああ、全く。

夜も更けて……眠くて、寒いから。

きっと頭が回っていないのだろう。

 

こうして変な事ばかり考えて。

こうして変なミスをして。

こうして……。

 

 

風が雪を巻き上げる。

暗闇の中で、白い雪が……ただ、流れるように雪原を撫でていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

……エルシーが、僕に密着している。

柔らかくて、小さくて、暖かい。

それに少し、良い匂いがする。

 

彼女は凄く強い祓魔師(エクソシスト)で、頼りになって、憧れもするのに……それでも、僕と同い年の女の子なんだって、気付かされる。

知っていたし分かっていたけれど、知らないし分からないフリをしていたけど。

 

好きな人、と訊かれて咄嗟に彼女の名前を出してしまったのは……僕にもよく分からなかった。

だけど、多分……きっと、アレが本心で。

 

僕は自信がなくて、彼女の言葉に便乗して誤魔化してしまったけれど。

 

……それでも、きっと。

 

 

「…………」

 

 

僕はエルシーの事が、好きなんだと思う。

ハッキリと断定はできないけれど。

 

彼女を抱きしめた時に、守りたいと思ってしまうぐらいには……絆されている。

僕より彼女の方が強いけれど、それでも守りたいと想ってしまった。

 

……先程の、エルシーの言葉を反芻する。

 

 

『いる訳ないでしょ……私を、好きになる人なんて……』

 

 

そんな事はない。

少なくとも僕は……君の、事を。

 

だけど、僕は弱くて、彼女の迷惑にしかならなくて……好意を言葉にする事も出来ない。

きっとエルシーは、僕が好意を抱いている事なんて知らない。

知ったって迷惑にしかならないだろう。

 

だから、言えない。

勝手に逃げ道を作って言い訳して……本当に情けない話だ。

 

 

それでも、いつかは……彼女の横に立てるようになりたいと。

そんな淡い自惚れを抱いて……僕も、いつかは。

 

鍛錬をして、勉強をして、経験を積んで。

少しずつだけど、僕も強くなっていっている。

 

だから、そう……いつか。

 

エルシーの隣に立っても、恥ずかしくないような人になれたら……その時は──

 

 

「…………」

 

 

窓の外、降り積もる雪は地面を隠していた。

ただ真っ白に塗りつぶされた景色だけが、僕の目には映っている。

 

降り積もる雪が、枯れた木に積もり……大きな音を立てて、崩れ落ちた。

 

ごうごうと、吹雪く音だけが僕の耳に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、数時間経って……太陽は昇り、吹雪も止んだ。

 

エルシーが小屋の戸を開けて、外に出た。

まだ硬くなっていない雪を踏み締めたら、軋むような音が鳴った。

 

見上げれば雲一つなく、太陽光が降り注いでいる。

白銀の雪原が雪を反射して、眩しいぐらいだ。

 

こうして一睡もせず過ごした後の目には毒だ。

目を擦って──

 

 

「……ユーリ?大丈夫?」

 

 

心配するような表情を浮かべるエルシーに、視線を戻した。

雪に反射した光が彼女の肌を照らしている。

 

だからか、いつもより綺麗に見えた。

それとも、昨晩の所為なのか。

 

僕は気を紛らわせるように、首を小さく横に振った。

 

 

「大丈夫だよ、エルシー」

 

「……眠気がある状態での下山は危ないから、本当に限界だったら言って。私が背負って下りるから」

 

「……うん、本当に限界が来たら言うよ」

 

 

嘘だ。

そんな恥ずかしい真似はしたくないから……多分、言えない。

 

僕は無理矢理、元気を出して背伸びをした。

 

そして……エルシーが何かに気を取られているのを見た。

僕も視線を、彼女の見ている先に向けて……あぁ、なるほど。

 

遥か先の方から、太陽が昇っているのが見える。

そして、遠くになれば遠くになるほど青白く変わっていく景色も。

葉のない木々に霜が降りて、まるでガラスの花のように見える。

 

それをただ、エルシーは少し呆けたような顔で見ていた。

……僕は、口を開く。

 

 

「……良い景色だね、エルシー」

 

 

そう言えば、エルシーは少し嬉しそうな顔をして頬を緩めた。

 

 

「まぁまぁね、大した事ないけど……」

 

 

口ではそう言いながらも、彼女の表情は穏やかだった。

だからきっと、これは彼女なりの強がりだ。

 

僕は、雪に反射された光を浴びる彼女の姿に見惚れながら……そう、思った。

 


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