TSメスガキ鬱ゲークラッシャー   作:WhatSoon

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#14 小さな幸せ

聖地レイライン。

祓魔師(エクソシスト)達に『奇跡』を遺した聖女レイラインの生まれの地。

そこは聖葬教会における聖地であり、祓魔師(エクソシスト)達の本拠地でもある。

 

そんな聖地は今、にわかに騒がしい。

聖地の中央にある大聖堂も、祓魔師(エクソシスト)達が集う教会も、その外にある一般人の居住区も……どこも落ち着きを失っている。

 

しかし、悪い意味ではない。

 

 

「……今年も、そんな季節かぁ」

 

 

窓の外を見て、そう独りごちた。

つい最近に彗星祭があったというのに、次のイベントがやってくる。

この世界が物語(フィクション)だからイベントが多めに設定されている……と考えるのは斜に構え過ぎているか。

 

現実として、娯楽の少ない世界だから小さな行事でも祭りとして楽しんでいるのだろう。

収穫祭だったり、謝肉祭だったり、宗教的なイベントだったりもする。

 

それらが、この残酷な世界で生きている人々の生きる糧となるのだろう。

 

 

「…………」

 

 

私は窓に指を滑らせて、離れた。

 

今日はまだ祭りの日ではない。

まだ、三日前だ。

 

だから、騒がしいのは祭りの準備をしているに過ぎない。

しかして、7年に一度の『彗星祭』よりも盛り上がっているのは確かだ。

 

理由は単純で、この祭りの方が重大な催事だからだ。

 

それは、『聖誕祭』。

この聖地レイラインに、聖女レイラインが生まれた日だ。

つまり、宗教上、最も位の高い人間の誕生日ということ。

この聖地レイラインにおいて、それは如何なる事よりも優先されるというだけの話だ。

 

私は自室で、水を顔に浴びてタオルで拭いた。

この時代観にそぐわない自動水汲み機も、繊維の細かいタオルも……聖女レイラインが発案した発明らしい。

 

聖女レイラインは宗教上だけではなく、祓魔師(エクソシスト)としても優れ、学者としても、発明家としても、統治者としても優れていた。

……というか、アレもコレも現代的過ぎる発想をしていた。

 

ゲームでそんな設定があった覚えはないけれど、彼女も……私と同じ、前世の記憶を持つ人間だったのではないか?なんて考えてしまう。

 

しかし、そんな事を考えても意味はない。

百年以上前の人間だ。

もうこの世にはいないし、確かめる方法はない。

それに、知ったところで何も得る物はないのだから。

 

 

祓魔師(エクソシスト)の制服である修道服に身を包み、自室を出る。

ただただ広く、長い廊下が続く。

 

ここは聖地レイラインに存在する祓魔師(エクソシスト)用の家屋……現代風に言うなら社宅だ。

祓魔師(エクソシスト)ならば家賃は無料で、特別な理由がない限り殆どの祓魔師(エクソシスト)はここに暮らす。

 

そして、自室の内装や広さは等級によって決まる。

私は『上位』だから、一人で暮らすには少し広過ぎる部屋だが……『下位』の祓魔師(エクソシスト)は必要最低限のスペースしかない。

 

まぁ、そもそも、『下位』の祓魔師(エクソシスト)は入れ替わりが多い。

それほど場所を大きく作って荷物を置かれても困るのだろう。

 

……そう、『中位』へ昇格して引っ越すか、それとも殉職するか。

兎に角、人の入れ替わりが激しい。

 

可哀想だが、仕方のない話だ。

 

 

「それにしても、浮かれ過ぎ……」

 

 

過度に飾り付けられた掲示板を流し見て、そのまま歩く。

 

 

朝……と言うには少し遅めだが、それでも任務を前に若手の祓魔師(エクソシスト)達が群がっていた。

 

彼等は基本的な給金では、娯楽に費やすような金もないのだろう。

お洒落な衣服、美味しいご飯、教養のための書籍……それらの為に『任意依頼』を受けようとしているのだ。

 

原作にあるような『悪魔』の等級査定ミスなど、不備のありそうな『任意依頼』はない。

そこまで急いでいない私は、『任意依頼』の紙を片手に会話する相棒(バディ)達を眺めていた。

随分と仲が良さそうだな、なんて。

 

小さくため息を吐いて、大理石の柱を背もたれにする。

 

そうして、少しだけ待てば──

 

 

「あっ、エルシー」

 

 

片眉を上げて、私は声がした方へ目を向けた。

そこには『中位』の修道服を着た、私の相棒(バディ)であるユーリが立っていた。

 

私は胸元の懐中時計を開く。

集合予定の時刻、その10分前だ。

 

しかし──

 

 

「遅いんですけど〜?」

 

「う、ごめんよ……」

 

 

悪態を吐いた私に、ユーリが平謝りした。

まだ集合時間でもないのに、早めに着いたユーリ……よりも早めに来ている私が馬鹿みたいだから、誤魔化すために悪態を吐いたのだ。

 

私は鼻を鳴らして、そのまま任務の貼られた掲示板の前に立つ。

 

 

「じゃ、ユーリはそっちの方から見て」

 

「う、うん」

 

 

時間が経ち、ピークが過ぎて掲示板の前にいた人集りも減っている。

ユーリと並んで、掲示板に貼られた『任意依頼』の紙を眺める。

 

 

「エルシー、これは?」

 

「それは『下位』でも対処できるでしょ。緊急じゃないし、他の祓魔師(エクソシスト)に任せとけば良いの」

 

「そ、そっか」

 

 

ユーリがしょげた顔で依頼の紙を掲示板に貼り直した。

私も『任意依頼』を物色しているが、どれもこれも私達向けではない低等級向けの依頼ばかりだ。

私の原作知識にも引っかからない、緊急性の低いものばかり……少し退屈に、それでも安堵していると──

 

 

「……それにしてもさ、エルシー」

 

「なに?」

 

「……その、どうして依頼の目利きを、僕に練習させてるの?」

 

 

今まで私は、ユーリに相談せず好き勝手に『任意依頼』を取っていた。

緊急性の高い任務だったり、原作に存在する危険な任務だったり……それらを優先的に選ぶためだ。

 

だが、これから。

6年後、私が居なくなった後は──

 

 

「そんなの、私が朝から依頼を取りに行かなくても済むようにですけど?」

 

「うっ、ごめん。今まで一人で行って貰って……」

 

「ふん。別に、分かればいいのよ。分かれば」

 

 

ユーリが自分一人で選べるように……ならないと。

 

私の残りの寿命、これからユーリと一緒にいられる期間……そして、私が死んだ後の彼の人生。

それを考えると、今のうちに急いで一人前にしなければ……と私は思ったのだ。

 

私が居なくなっても、一人で……いや、新しい相棒(バディ)と生きていけるように──

 

 

「エルシー?」

 

 

声を掛けられて、現実に引き戻された。

 

 

「……何?」

 

「い、いや?別に……ちょっと、落ち込んでるように見えたから」

 

「……ジロジロ見ないでくれる?ちゃんと依頼の方を見て欲しいんですけど」

 

「それは……そうだね、ごめん」

 

 

そうしてまた、依頼を漁る。

だけど、丁度いい依頼は見つからなかった。

 

私は一つ、ため息を吐いた。

 

 

「ま、特に目ぼしい奴はなかったわね」

 

「確かに……やっぱり、そういうのは早朝に来てた人達が持って行ったのかな?簡単な奴はいっぱい残ってるけど」

 

 

ユーリが小さくため息を吐いた。

簡単な依頼は『下位』の祓魔師(エクソシスト)が金銭を稼ぐ為にも、経験を積む為にも必要だ。

 

私のような『上位』の祓魔師(エクソシスト)が受けると、不都合が生じる。

 

 

結局、受けられる依頼もなく、私とユーリは掲示板から離れた。

 

 

「まったく、働き者ばかりなんですけど。『聖誕祭』も近いっていうのに」

 

「あっ……そういえば、明後日に『聖誕祭』だったね。忘れてたよ」

 

「……まぁ、去年は普通に『指名依頼』で遠出してたし。私も今朝まで忘れてたけど」

 

 

ポツリ、ポツリと会話を重ねつつ、特に目的も予定も無くなった私達は椅子に座った。

人通りの多い場所から少し離れた、休憩用の椅子だ。

 

 

「じゃあ、エルシー。今年は『聖誕祭』にさ、一緒に何かしない?よかったら、だけど」

 

「……彗星祭の時といい、何で催し事へのモチベーションが高いの?」

 

「そ、それは……うん、僕は祭りが大好きだからね」

 

「それ、初耳なんだけど」

 

「え?そうかな?」

 

「絶対、嘘でしょ。ユーリはインドア派でしょ?」

 

「そ、そんな事は……あるけど」

 

 

目線が泳ぐ。

 

 

「で?本心は?」

 

 

そのまま訝しんでいると、観念したような表情に変わった。

 

 

「えーっと……ほ、本当は……その、エルシーと一緒に出かける口実が欲しくて」

 

 

なんて、気恥ずかしい言葉を口にした。

 

 

「……言ってて恥ずかしくないの?」

 

「う、いや……そりゃあ、恥ずかしいけど、さぁ……」

 

 

しどろもどろ、言い訳もしないユーリを見ていると、私も何だか恥ずかしくなってくる。

私はその羞恥を誤魔化す為に、ユーリから視線を逸らした。

 

 

「別に……誘いたければ、いつでも誘えば?祭りとか関係なく」

 

「……いいの?」

 

「……いいけど?」

 

 

そこまで言って、私は少し口を窄めた。

自分が恥ずかしい事を言っていると自覚したからだ。

これじゃあ誘って欲しいようにしか見えない。

 

気まずい空気を振り払うように、私は口を開く。

 

 

「っ、でも!誘っていいけど、行くかどうかは別だから……!そこの所はちゃんと行きたくなるように誘って欲しいんですけど……?」

 

「う、うん……努力するよ」

 

 

悪態を吐いた私を、やっぱり誘わない、なんてユーリが言う訳もなく。

落ち着かなくて、私は自分の後ろ髪を触った。

 

 

「……で?結局、聖誕祭に何かするの?」

 

「うん、エルシーが良ければ。一緒に出かけられたらいいなぁって」

 

 

それは魅力的な提案だったけれど。

 

これからの事を考えれば。

私が、これから辿る終わりを考えれば──

 

 

「…………」

 

「……エルシー?」

 

 

余命も見えている私が、ユーリと親しくなるのは……良い事ではない。

やがて来る彼との別れが、ただただ悲しくなるだけだから。

 

私にとっても、ユーリにとっても。

 

だから、これ以上、深入りするのはやめた方が良い。

 

分かっている。

分かってはいる。

 

だけど──

 

 

「……分かった。行く」

 

 

なのに、どうしてこうも。

彼の誘いに乗ってしまうのは、私が身勝手な人間だからか、か。

 

 

「よかった……それじゃあ、当日、教会の外にある商店街の方に行ってみようよ」

 

 

嬉しそうに頬を緩めるユーリから、私は顔を逸らした。

 

 

「もっとマシなプラン立てらんないの?」

 

 

自己嫌悪か、気恥ずかしさか。

今はどんな表情を浮かべているか、鏡もないこの場所じゃ分からない。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

そうして数日が経って、聖誕祭当日。

私はユーリと街を歩いていた。

 

聖地レイラインの中央にある大聖堂から離れても、宗教感の強い街並みが広がっている。

聖女レイラインを敬う文言が刻まれた装飾や、宗教画が目に入る。

 

それだけ、聖女レイラインを信仰している、という事だろう。

聖地に住むような人達なのだから、当然か。

 

しかし──

 

 

「……随分とカップルが多いんですけど〜」

 

「そ、そうだね」

 

 

街中、手を繋いだり寄り添っている恋人同士の多い。

聖女の誕生日だというのに、ロマンチストが多いようだ。

 

確かに聖誕祭は、聖女レイラインの生誕を感謝する……事に紐付き、大切な人に感謝する日、という概念もある。

 

まぁ、つまり、なんだ?

恋人や好意を抱いている異性に、プレゼントを贈る……といった、イベントになっていた。

 

物語上でもそうだったから、記憶として覚えている。

最も好感度の高いヒロインからアイテムや装備を貰える日だと。

 

……しかし、ユーリにはそんなヒロインがいない。

私が彼の側を独占しており、恋人作りなんて出来ない程に『悪魔』狩りをさせているからだ。

 

……少し、可哀想な事をしているかも。

代わりに私が、何かプレゼントでも用意してあげようかな?

 

なんて、思いつつユーリに視線を戻すと、行商の方へと目を向けていた。

地べたに絨毯なんか敷いて商品を並べてる、少し年老いた女だった。

 

 

「……見に行きたいの?」

 

「え?……えっと、ちょっとだけ」

 

「じゃあ、見に行けば?」

 

「う、うん」

 

 

ユーリがその行商へと向かっている間、街の景色へ目を向ける。

平和に彩られた、穏やかな景色。

 

手を繋ぐ若い男女……私は目を逸らした。

何故か、胸の奥が痛くなった。

絞られるような感触。

焦燥感に似た、堪え難い衝動。

 

多分、これは嫉妬だ。

 

だけど──

 

 

「……気のせいかな」

 

 

何に嫉妬したのだろうか。

何を羨望するのだろうか。

何が欲しいのだろうか。

 

私には自覚できない。

だから、これは気のせいだ。

 

息を深く吐いて、ユーリのいる行商の元へ向かった。

行商は装飾品を売っているようで、銀の細工を売っている。

 

……銀には邪悪を討ち払う力がある、という。

聖地で売るなら、これほど向いている物もないだろう。

まぁ、実際に『悪魔』を討ち払う『聖銀器』と違って、ただの銀だけど。

 

そんな行商とユーリは何やら会話して……胸元に何かをしまった。

 

思わず片眉を上げて、ユーリの方へ駆け寄った。

 

 

「ユーリ、何か買ったの?」

 

「え?あ、いや……まぁ、ね」

 

 

誤魔化すような素振りに、また目を瞬く。

ユーリはファッションに無頓着だから、自分用の装飾品ではないだろう。

だから、きっと……他の誰かへの贈り物か。

 

ユーリが行商から離れて……ついでに私から逃げようとする。

私はユーリを早足で追いかけて──

 

 

「……ちょっとこっち来て」

 

「え、わっ──

 

 

そのままユーリの手を引っ張って、人目のつかない路地裏へ連れ込んだ。

 

 

「え、エルシー……?」

 

「さっき買ったの、見せて」

 

「あ、いや……その、ええっと……」

 

 

誤魔化すような素振りに、少し苛立つ。

この時期に買うのだから、聖誕祭で贈る為の物だろう。

 

原作でも、聖誕祭で親しい人にプレゼントを渡せる。

すると、好感度が上がって……という仕様がある。

 

……フィクションの世界と、私が今ここにいる世界が全くの同一であるとは思えないが、それでもユーリが何か贈り物をするのであれば。

 

何を渡すのか。

誰に渡すのか。

 

知りたいと思ってしまう。

知ってどうするかなんて、何も考えていないのに。

 

 

「……なに?私には見せられないって訳?」

 

「い、いやっ、そうじゃなくて、今は──

 

「今は?」

 

 

ユーリは『今は?』と言った。

つまり、時が満ちれば見せてくれるという事だ。

 

 

「あ、いや、その、違……えっと──

 

 

つまり……どういう事だ?

 

 

「その……うぅ……分かったよ……」

 

 

不審がっている私の顔を見て、ユーリは何か勘違いしたようで観念したような表情を浮かべた。

 

そして、胸元から幾何学的な形をした銀細工を取り出した。

 

 

「……何これ?」

 

「これ、エルシーに……後で渡そうと思ってたけど」

 

 

購入してすぐの銀細工を、ユーリから手渡される。

軽く……少し、冷たい。

 

丸と四角、乱雑に見えて、整理されて一定の理屈で配置された模様。

 

可愛い……という訳ではない。

女の子に贈るアクセサリーらしくない。

それでも、何だか好きなデザインだった。

 

手に乗せている銀細工から視線を上げて、ユーリの顔を見た。

 

 

「何で私に?」

 

「それは……っ、その、いつも世話になってるから……だけど……」

 

 

弁明するような言葉に、私は脳裏に言葉を反芻する。

 

聖誕祭では恋人や好きな異性にプレゼントを贈る……いや、正確には違う。

 

親しい相手に日頃の感謝を込めて贈り物をする。

両親だったり、兄弟や姉妹だって、学友か、教師でもいい。

 

だから……大丈夫、勘違いはしていない。

平常心だ。

 

 

「そ、そう……ふぅん……?そっ、か」

 

 

全然、平常心だ。

息を深く吸って、深く吐く。

 

そんな私の仕草に、苛立っていると勘違いしたのかユーリが心配そうな顔を浮かべていた。

 

 

「……その、エルシー。貰ってくれるかな?……要らないなら、部屋の引き出しとかに入れておいてくれても構わないから……」

 

 

そんな様子に、私はため息を吐きながら頷いた。

 

 

「ちゃんと貰ってあげるけど──

 

 

そう口にしつつ、手に持っていた装飾品を首元へと持っていく。

革で出来た紐を、自分の首に掛けた。

 

 

「……どう?これでいい?」

 

 

……首元にかかっている薄紅色の髪が邪魔になるかと退ける。

別に今日、洒落た服を着ている訳じゃない。

そもそも持っていないけれど、今日はただの修道服だ。

 

そんな可愛げのない服装、その胸元で聖銀器(ロザリオ)と銀細工が並んだ。

 

ユーリへと視線を戻すと……彼は少し顔を呆けた顔をしていた。

そして──

 

 

「うん、凄く……可愛いと思う」

 

「……ふーん、あっそ」

 

 

私は手で口元を隠した。

普段から浮かべている笑みが崩れそうになったからだ。

 

私は薄紅色の髪を指先で弄り……止めていた足を動かし、ユーリの横を通り過ぎた。

そうして、呆けたまま足を止めているユーリへと振り返った。

 

 

「……何?まだ祭りの様子を見るんでしょ?」

 

「……あ、ごめん。すぐに行くよ」

 

 

小さく鼻を鳴らして、ユーリの前を歩いた。

聖誕祭によって屋台を出している店の冷やかしをしつつ、雰囲気を楽しむ。

 

偶に、店頭で売っている食べ物を買いながら──

 

 

「……エルシー、それ美味しい?」

 

 

手に持っているのは串だ。

四角形に切られた小さめのスポンジケーキに生クリームがかかっている。

そんなお菓子だ。

 

 

「そこそこ」

 

「……そこそこなんだ」

 

 

すごく甘い。

甘さ以外の感想が出ないほどに甘かった。

見た目からは想像できないほどに、下品な甘さだ。

……ユーリの少し困惑したような顔を見て、ため息を吐く。

 

 

「……気になるなら食べる?」

 

「え?いいよ、悪いし……それに、その……」

 

 

ユーリの視線が私が持つスポンジケーキと、顔……いや、口元を往復した。

少し訝しんでユーリと視線を合わせると、恥ずかしそうに逸らした。

……なんとなく、理由がわかった気がする。

 

 

「食べかけだからって気にしてるの?」

 

「……だ、だってさぁ」

 

 

……ヘタレだ。

女性慣れしていないにも程がある。

まぁ、そんな所も……別に、嫌いじゃないけど。

 

そうやって顔を赤くしているユーリを見ると、揶揄いたくなる。

 

 

「……接吻(キス)ぐらい、した事ある癖に」

 

「うぇっ……!?そ、そんな事してないよ……?」

 

 

戸惑いながら否定するユーリの言葉を聞き、思わず眉間に皺を寄せた。

 

 

「……は?ウェラポリでしたでしょ?」

 

「え?あれ?そうだったっけ……って、うぐっ──

 

 

脇腹に肘を入れた。

 

 

「本当に覚えてないの?」

 

「……あ。で、でも、アレってさ、人命救助の一環だし……」

 

「……もういいから」

 

 

何だか苛立ってくる。

何故、どうしてこうも苛立つのかは分からないけれど。

 

私の初めてだったのに、こうして気にしていないような素振りが無性に腹が立つ。

 

 

「ご、ごめん、エルシー」

 

「は?別に。気にしてないんですけど」

 

 

眉尻を下げて申し訳なさそうにしてるユーリを見て、私は首を横に振る。

 

……別に。

揶揄いたいだけだったし。

こんな顔をさせたい訳じゃなかったのに。

 

……少し熱くなってた部分が急激に冷めて、私は手に持っていたスポンジケーキの串を──

 

 

「むぐっ」

 

 

ユーリの口に押し付けた。

 

 

「……どう?」

 

「ん……っと、うわ、これすっごく甘いね……」

 

「でしょ?後は全部、ちゃんと処理してね。それで許してあげる」

 

「う、うん」

 

 

メチャクチャな理屈だし、我儘な態度だ。

しかし、そんな私に文句も言わずユーリは肯定してくれた。

 

……いつか、悪い女に騙されるんじゃないかと少し心配になる。

押しが強い女にあーだこーだと言われたら全部頷いてしまうんじゃないか?

 

なんて、考えながらユーリの前を歩く。

そうすれば、ユーリは少し早歩きになって私の横に並んだ。

 

私より少し身長の高いユーリの顔を見上げると、こちらを見てだらしない苦笑を浮かべた。

覇気のない、情けない笑み。

だけど、どこか優しくて、穏やかな笑みだった。

 

……思わず、私も作り笑いではなく、自然に頬を緩めてしまった。

ほんの少し、何故か胸が動悸した。

そう、ほんの少しだけ。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

横に並ぶ、エルシーの顔を見た。

僕より少し身長が低い彼女の目線があって、思わず不恰好な笑みを浮かべてしまった。

 

照れ臭くて、恥ずかしくて。

 

そんな僕の表情が面白かったのか、エルシーも少し笑った。

いつもの、誰かを嘲笑するような笑みではなく、ただ自然な……年齢相応の、女の子らしい笑みを。

 

その表情を見て、僕の心臓は早鐘のように鳴り響いた。

体温が少し上がった気がした。

 

だって、凄く……可愛かったから。

 

自分自身を誤魔化すように、口を開く。

 

 

「……え、エルシーはさ。他に行きたい所、ある?」

 

 

なんて聞けば、エルシーは目線を僕からズラした。

 

 

「……あそこ、寄っていい?」

 

 

その視線の先にあったのは……何を売っているかも分からない雑貨店だ。

 

 

「勿論、いいよ」

 

 

僕が肯定して、二人で雑貨店に入った。

……何だろう、本当に色々な物が売ってる。

 

鍋敷きから、アクセサリー……マグカップも売っている。

店内に所狭しと置かれた雑貨を見ていると……エルシーが何かを手に取った。

 

そしてそのまま、棚へ戻さず会計場所へ足を向けた。

思わず、声を掛ける。

 

 

「……エルシー、それ何を買うの?」

 

お守り(タリスマン)ですけど?」

 

 

エルシーが僕へと手に持つ物を見せてくれた。

小さな懐中時計のような見た目をしているけれど……針は動いてないし、文字盤の代わりに小さな宝石が埋められている。

 

 

「……へー、綺麗だね」

 

 

正直、僕が彼女に渡した銀細工より豪華だと思った。

いや、でも、あの銀細工はエルシーらしいと思って……その、衝動買いしちゃったけど。

簡素で飾り気はないけど、よく見ると複雑な見た目をしていたから。

 

だけど、エルシーの好みは……こういう、派手めなデザインだったのか。

失態を悟りつつ、それでも──

 

 

「綺麗なだけじゃない。ちゃんとした効能もあるから」

 

「……え?」

 

 

思わず目を瞬く。

彼女って思ったより信心深いんだ、と。

 

僕はあんまり、そういうのを信じてないけど……でも、エルシーの否定はしないようにしないと……って。

 

 

「何か変な事考えてない?」

 

「そ、そんな事ないよ?」

 

 

エルシーは僕の内心を読めるのか?

それとも、僕の感情は表情に出やすいのか?

きっと、後者だろう。

 

 

「これ、ちゃんとした使い捨てのアイテムだから」

 

「アイ……アイテム?使い捨てって?」

 

 

聞き慣れない言葉に、エルシーは何か複雑そうな表情を浮かべた。

 

 

「……忘れて」

 

「う、うん?」

 

 

エルシーは時々、僕の知らない言葉を使う。

しかも、そういう時は僕に説明もせずに切り上げてしまう。

 

彼女は聖葬教に対する理解が僕より深い。

だから、何かしらの宗教用語なのかも知れないけど。

 

首を傾げる僕を無視して、エルシーは会計を済ませていた。

……値段は、どうやら僕が買った銀細工の三倍ぐらいしてたけど。

 

思わず、目を逸らした。

何だか少し、情けなく思って。

 

 

「ほら、ユーリ。会計終わったし、出るけど」

 

「あ……うん」

 

 

そのまま、エルシーはお守り(タリスマン)を手に持ったまま、雑貨店を出た。

ほんの少しの気まずさを感じる。

 

僕が渡したプレゼントよりも、幾分も価値のあるアクセサリーを購入したからだ。

 

そうして、そのままエルシーが歩き出し……僕も釣られて歩き出した。

そうして、僕に視線も向けず──

 

 

「……ユーリ、これ」

 

 

僕へお守り(タリスマン)を押し付けてきた。

 

 

「え?」

 

 

思わず受け取ると、エルシーは鼻を鳴らした。

視線も合わせず、少し早歩きのエルシーの後ろを僕は追いかける。

 

 

「エルシー、これ……って?」

 

「察しが悪過ぎるんですけど。私が何か一方的に貰って気に済むような奴だと思ってるの?」

 

「い、いや……確かにそうだけど」

 

 

僕は足を止めて、手元のお守り(タリスマン)に視線を落とす。

そうすればエルシーも足を止めて、僕へ振り返った。

 

その顔は……何だろうか。

いつも通りの笑みなのに、何か……堪えてるようにも見えた。

 

 

「これはユーリへの、お返しだから」

 

「でも、こんな良い物なんて──

 

 

受け取れないと、口に仕掛けて……閉じる。

確かに、僕が渡したプレゼントより価値のあるものだけど。

それでもエルシーは僕のために選んでくれた。

 

だから、エルシーはきっとプレゼントの価値の差なんて気にしていない。

ここで否定するのは……ただ、僕の見栄っ張りな部分が原因だ。

 

……否定しようとした言葉を飲み込んで、頷く。

 

 

「……ありがとう、エルシー。大事にするよ」

 

「別に。大した物じゃないんですけど?」

 

「ううん、エルシーから貰った物だから」

 

「……そ、好きにすれば?」

 

 

エルシーが少し歪な笑みを浮かべて、僕から視線を逸らした。

薄紅色の髪が跳ねて、揺れた。

 

そんな彼女の後ろを追いかけて、僕は横に並んだ。

 

 

「エルシー、よかったら晩御飯、一緒に食べない?」

 

「……いいけど」

 

「この辺に美味しいご飯屋があるの知ってるんだ、だから」

 

「……ふーん、あっそ」

 

 

口数が少なくなったエルシーを横目に、僕は頬を緩めた。

彼女の一挙一動、全てに胸が高鳴って……少し、照れ臭くなるけど。

 

 

「エルシーと来れて良かったよ、聖誕祭」

 

 

この時間が堪らなく愛おしくて。

こんな幸せがずっと続けば良いな、なんて……僕は思った。

 

 

「……まぁ、及第点かな」

 

 

なんて言葉を口にする彼女を見て、僕は改めてそう思った。




空色の|お守り(タリスマン)。
レア度:★★☆☆☆
HPが0になるような攻撃を受けた時、低確率で1残る。
発動後、このアイテムは破壊される。
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