TSメスガキ鬱ゲークラッシャー   作:WhatSoon

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#15 君と私と

私の寿命がどうであれ、ユーリとの関係性がどうであれ、私達の日常に変わりはない。

いたって普通。

 

そう、祓魔師(エクソシスト)としての『普通』だ。

 

 

「あぁ、もう!ほんっとに、鬱陶しい!」

 

 

もうすぐ朝日が昇ろうかという時間。

私とユーリは『悪魔』と対峙していた。

 

場所は聖地レイラインから南西。

汽車で一日、そこから歩いて更に半日程の僻地。

 

ここは聖地レイラインに比べて熱気と湿気が強い場所で、柔らかい土の上に木々が浮かんでいる。

その柔らかい土も、場所によっては更に水気が増し、最早、泥のようになっている。

 

海に近い、川。

海水と淡水が混ざり合う水辺に、艶やかな木が生えている。

 

そんな場所へ今、私とユーリは『悪魔』退治に来ているのだが──

 

 

「エルシー!後ろ!」

 

「分かってる!」

 

 

私は足先まで不快な泥に突っ込んでおり、動きを阻害されている。

そんな中、泥の中を滑るように高速で移動する蛇のような影……つまり、『悪魔』へ視線を向ける。

 

体長が私達の二倍ほどある、巨大な蛇。

それが『悪魔』の姿だ。

 

そんな『悪魔』が、泥から顔を上げて口を開いた。

そして、口の中から泥を射出した。

しかし──

 

 

「っ、ユーリ!」

 

 

私ではなく、ユーリに向かって、だ。

 

 

「え!?わっ、ぅぶっ!?」

 

 

顔面に拳程の泥をくらい、よろけた。

そこへ『悪魔』が身体をくねらせて接近する。

 

泥を食って、それを弾丸のように吐き出す……それがこの『悪魔』の能力だ。

だが、その力は『中位』程度であり、肝心の泥吐きはユーリの神聖力(エーテル)による防御を貫通出来ていない。

 

しかし、直接的な噛みつき攻撃ならば……怪我では済まない可能性だってある。

 

 

「こ、んのっ!」

 

 

私は大鎚(スレッジハンマー)を振りかぶり、『悪魔』へと振り下ろした。

瞬間、『悪魔』は泥の中へ潜り込み、そのまま離脱した。

 

 

そう、先程からずっと『こう』なのだ。

この『悪魔』は危機管理能力が高いらしく、私やユーリに害されそうになった場合、泥に潜り姿を消す。

そうして逃げ続けて、日中になれば姿を消す。

 

私達はかれこれ、二日間もこの『悪魔』と戦っている。

 

 

「今回もそうやって、逃げられると思わないで欲しいんですけど!」

 

 

私は用意していた小さな銀の杭を泥に突き刺した。

そしてそのまま、大鎚(スレッジハンマー)を水平に構え、神聖力(エーテル)を込める。

 

 

「『主よ』!『貴方に仇為す悪しき者の不義を照らしたまえ』!」

 

 

詠唱……つまり、奇跡の模倣だ。

 

 

「『聖なる境界(ホーリーアレイ)』!」

 

 

銀の杭から杭へ、神聖力(エーテル)が繋がって結界が発動する。

予め用意しておいた、木々に括り付けていた杭にまで結界が繋がる。

 

半径数百メートルに神聖力(エーテル)が満ちる。

そうすれば……泥に隠れていようが、大体の位置は分かる。

私が起こした『奇跡』の模倣、その正体を『悪魔』は理解していないようだ。

だが、それでも警戒しているようで、更に距離を取ろうとしている。

 

だが、そうはさせない。

 

 

「『凍てつけ』!『凍結(フリーズ)』!」

 

 

精度も効力も落ちるが、予備動作の少ない略式詠唱。

結界内、『悪魔』が逃げようとする先が凍る。

 

そう、泥には多く水が含まれている。

乾いた地面とは異なり、泥は一瞬で凍結する。

 

泥が砕ける音が響いた。

『悪魔』が凍らせた地中にぶつかった音だ。

私は更に、その周囲へ凍結範囲を拡大する。

 

このままでは逃げられないと、『悪魔』が泥から這い出た……その、瞬間──

 

 

「……ユーリ!」

 

 

よろけていたユーリは既に体勢を立て直していた。

膝を泥へ立てて、大剣(クレイモア)を持つ右手を引いて……左手は『悪魔』の居る方へ突き出していた。

 

ユーリが深く、呼吸をひとつして──

 

 

「っ、はぁっ!」

 

 

大剣(クレイモア)を投擲した。

 

ユーリが投擲した大剣(クレイモア)が空を裂き、『悪魔』へと迫る。

 

『悪魔』は空気の爆ぜる音に気付いて、大剣(クレイモア)へと顔を向けた。

それが『悪魔』が最後に見た景色となった。

反応は出来ても、対応は間に合わなかったのだ。

 

『悪魔』の顔面に大剣(クレイモア)が突き刺さった。

顔面が縦に裂け、大蛇のような『悪魔』は身を捻る。

 

しかし、大剣(クレイモア)の勢いは止まらず……そのまま貫通した。

顔面の粉砕された『悪魔』が力なく、倒れ込んだ。

 

 

「……ふぅ」

 

 

私も尻餅を付いて、ため息を吐いた。

 

『悪魔』は灰色に変色し、砕けた。

完全に倒し切れただろうが……本当に鬱陶しい『悪魔』だった。

 

夜間探索中の私達を奇襲する癖に、不利になるとすぐに逃走する。

そしてまた、油断したタイミングで奇襲してくる。

そんな狡猾な『悪魔』だった。

 

ふと、背後で泥を踏み締める音が聞こえた。

 

 

「……エルシー」

 

 

ユーリが私を情けない声で呼んでいた。

ちら、と彼を見れば納得した。

 

泥に浸かっていない上半身すら泥まみれ。

特に顔面が泥まみれだ。

……『悪魔』の泥吐き攻撃の所為だ。

 

まぁ、それに関しては私もそうだけど。

顔面には当たっていないが、腹や肩は泥まみれだ。

互いの惨状に私は苦笑した。

 

 

「ふっ……取り敢えず一旦、キャンプ地まで戻る?」

 

「う、うん……そうしたいかな……うぅ」

 

 

ユーリは袖で顔を拭って……泥を引き伸ばした。

 

 

「うっ……」

 

 

しかも、袖にも泥が付いて居たからか拭う前より酷くなっていた。

想定外だったようで渋い顔をしているユーリを見て──

 

 

「ぷっ」

 

 

思わず笑ってしまった。

 

 

「……な、何も笑わなくても……」

 

 

少し口を尖らせて抗議するユーリを見て、私は頬を緩めた。

こんなどうでもいい事に何故か、私は……何か、暖かな気持ちになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

『悪魔』と戦っていた湿地帯から少し離れて、私が『奇跡』の模倣で作った簡易結界。

その中が現在のキャンプ地だった。

泥まみれの私とユーリは、向かい合って倒木に腰掛けた。

 

 

「ここから、村まで半日かかるし……このままじゃ帰れないんですけど」

 

「そうだね……泥が重いし」

 

 

私は泥の着いた修道服の袖を、顔の近くまで持ってきた。

 

 

「服の下に入って、気持ち悪いし」

 

 

襟から胸元を覗くと……素肌に泥が張り付いていた。

 

 

「……そ、そうだね」

 

 

ユーリの目が泳ぐ。

 

 

「何?」

 

「な、何でもないよ?」

 

 

泥の中に転がった所為で、修道服の下まで泥がへばり付いている。

直接肌に張り付いて、服と密着して気持ち悪い……。

 

 

「……変なの」

 

 

それとは別に、泥が付着した所為で修道服が、元々の重さの何倍にもなっている。

 

我慢出来なくはないが……出来る事なら何とかしたい。

だが、 着替えなんて用意して居ない今、私が出来ることは──

 

 

「ユーリ……『奇跡』の模倣を使って、ここで服を洗うから」

 

「うん……え?」

 

 

私の提案にユーリが頷き……かけて、私の顔を見た。

ユーリが目を瞬いた。

 

 

「あの、エルシー?服を洗う時とか、乾かしている間に何を着るの?」

 

「そんなの、服が無いんだから……ちょっと考えたら分かると思うんですけど」

 

「……え、え?で、でもっ──

 

 

少し慌てた様子のユーリに、私はため息を吐いた。

思春期の子供じゃあるまいし……いや、ユーリはそういう年頃なのか?

私は前世の年齢まで合わせると……とっくに成人済みだけど。

 

 

「は?何?そんなに見られるのが恥ずかしいって訳?」

 

「そうじゃないけど……」

 

 

互いに視線を向けなければいい話だし。

そもそも私の身体を見た所で……ユーリがどうこうする訳ないだろう。

 

 

「じゃあ、何がそんなに気になるの?」

 

「えっと、僕じゃなくて……ぅ、エルシーは!?その、いいの?」

 

「別に。今更なんですけど?」

 

 

そう、今更だ。

色々な場所で寝食共にしているのだから。

まぁ確かに互いに裸になるような事は初めてだが……。

 

もし見られても、減るものじゃないし。

別にユーリになら……見られても、別に不快じゃないと思う。

多分。

 

私の視線から、ユーリが目を逸らした。

 

 

「……エルシーがいいなら……いいけど……でも、うん……分かったよ。なるべく見ないようにするから……」

 

 

嫌そうな顔で、ユーリが頷いた。

納得はして居ないけれど、私と言い争いをしたくなかったのだろう。

 

私はため息を吐いて、泥が付着した修道服を脱ぎ始めた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

外から持ち込んだ乾燥させた木々に、『奇跡』で火を付けて……その側で修道服を干していた。

修道服はエルシーが流水を生み出す『奇跡』に潜らせて、洗ってくれた。

僕のも、含めて。

 

そうして、泥まみれの修道服は洗い終わったけれど……『奇跡』を使っても、乾くまで1時間ほどかかりそうだ。

 

そう、それまでは──

 

 

「…………」

 

 

僕はパンツだけ履いて、焚き火の前に座っていた。

エルシーが下着だけ優先的に洗って、干してくれたお陰で……まぁ、まだ少し湿気ている気がするけど、全裸は免れた。

 

それはエルシーもそうだ。

 

 

「…………」

 

 

目線を向けないようにしているけれど、すぐ側で……下着姿のエルシーが座っている。

絶対に見たらダメだけど。

 

顔が熱い。

それはきっと、焚き火にあたっているから……ではないと思う。

 

 

「ユーリ、服が乾いたら村に戻って……そのまま、聖地レイラインに帰還するから」

 

「う、うん、分かったよ……」

 

 

声が上擦る。

僕は今、すごく緊張していて……だけど、エルシーはそんな様子もなく気軽に話しかけてくる。

 

 

「村の人にお礼がどうとか言われても、ついていっちゃダメだからね?」

 

「わ、分かってるよ」

 

 

きっと、意識しているのは僕だけだ。

情けないけれど……それでも、好きな女の子が隣で、そんな格好をしていると思ったら……仕方ないじゃないか。

 

 

「それと──

 

 

……両膝を抱えて、顔を隠したくなる。

こんな顔、恥ずかしくてエルシーに見せたくない。

 

そんな事に意識を乱されて──

 

 

「……ちょっと、ユーリ聞いてる?」

 

 

エルシーの言葉を聞いていなかった。

 

 

「え?あ……ご、ごめん、何か言ってた?」

 

「…………はぁ」

 

 

慌てて、それでも誤魔化さずに謝れば、エルシーがため息を吐いた。

今、その表情は見れないけれど、呆れられたのは分かる。

 

あぁ、もう、本当に……早く、服が乾いて欲しい。

焦りを抑えたくて下唇を噛んでしまいそうだ。

 

そう、思っていると──

 

 

「ユーリ」

 

 

名前を呼ばれた。

 

 

「な、何?」

 

 

戸惑い、問いかけると……何か踏むような音が近付いた。

何の音かと思いつつも、それでも万が一にでもエルシーを見てはいけないと堪えて──

 

 

「こっちを見て」

 

「え?」

 

 

すぐ後ろから声が聞こえた。

……後ろに、半裸のエルシーが居る。

 

なのに、『こっちを見て』?

 

 

「え、エルシー?でも──

 

「大丈夫だから」

 

 

何が大丈夫なのだろうか。

分からないけど……もしかして、もう服が乾いたのだろうか?

いや、そんな事はない筈だけど。

 

それでも、言われたからには無視できないと思って……僕は振り返った。

振り返ってしまった。

 

 

「えっ」

 

 

そこには、やっぱり。

案の定と言うべきか。

 

下着姿のエルシーが立っていて。

 

 

「ちょっ、と、エルシー……!?何して──

 

 

僕は慌てて、顔を逸らそうとした。

だけど、エルシーに頬を掴まれて……逸らす事も出来ない。

 

僕の目に彼女の身体が映る。

 

白く、滑らかで、張りのある肌。

男である僕とは全然違う、身体の肉付きが。

 

そして──

 

 

「ほら。こんなの見ても、しようがないでしょ?」

 

 

傷だらけの、身体が。

 

僕を庇った所為で出来た、ヒビのような傷痕が残った腕。

臍から鼠蹊部に向かって伸びる大きな切り傷。

脇の下にあった火傷のような傷痕。

 

それは、『奇跡』では完全に消す事が出来なかった傷の痕だ。

痛々しさを滲ませている。

 

 

「だから、そこまで気にしなくても──

 

「き、気にするよ!僕は……!」

 

 

それでも、痛々しさだけじゃない。

僕は彼女の素肌を見て、様々な感情を刺激されていた。

 

僕は彼女の手を振り解いて、目線を逸らした。

 

 

「……ユーリ?」

 

「だ、だって……そんなの、僕だって、男なんだから!」

 

 

動悸がする。

よくない事だけど、今はそんな状況じゃないと分かってるけど、僕はその……少し、興奮、してるみたいで。

 

 

「でも、こんな──

 

 

だから、エルシーがどうしてこうも自分の身体に価値を感じていないのか分からなくて。

僕は……だって、僕は──

 

 

「そんな事ないよ……!綺麗だよ……すごく」

 

 

綺麗だと、思ったから。

その傷は、祓魔師(エクソシスト)として彼女が戦ってきた傷痕だ。

誰かを助けるために彼女が頑張ってきた傷痕だから。

 

僕を助けるために負ってしまった傷痕だってある。

 

だから、その傷痕を見ても……僕は嫌悪感なんて感じなかった。

彼女が気にしていようとも、僕は。

 

 

「……そ、そう?」

 

「うん……って、今僕、凄く気持ち悪い事言わなかった?」

 

「…………」

 

「あ、ええと、違うんだ。そうじゃなくて……いや、そうなんだけど──

 

 

しどろ、もどろ。

正直に言うならば、見たいかと聞かれれば見たいと思う。

好きな女性の身体を見たいと思うのは、きっと男の性だから。

だけど、そういうのは恋人同士でやるべきで。

 

だから、前提として恋人じゃない僕が見るべきではないけど。

 

なんて、僕の考えを全部言葉にしたら、エルシーに気持ち悪がられてしまいそうで。

どうしようかと慌てる僕を、エルシーが──

 

 

「わ、分かったから……ごめん、ユーリ」

 

 

ごそごそと、その場から離れていくのを感じた。

 

 

「あ」

 

 

終わった。

先程の、自身の言動を反芻する。

 

エルシーの半裸姿を見て「綺麗だよ」なんて言っていた。

どこの変態だろうか、いや僕か。

 

間違いなく、僕に対して嫌悪感を抱いただろう。

 

最悪だ。

先程の発言を撤回したい。

恥ずかしい。

情けない。

 

地面に座り込む。

自己嫌悪から、膝の間に顔を挟んだ。

 

穴があったら、入りたい。

 

 

「……………」

 

「……………」

 

 

二人、一言も喋らず。

気まずい空気の中に、焦げるような臭いが漂う。

 

パチパチと、木材が焼ける音だけが耳に聞こえていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

すぐ側にはユーリがいる。

木材の焼ける臭いがする。

 

私は膝を抱える。

顔を隠したくて。

 

半裸なのに、身体は熱い。

特に、顔が。

 

先程の行動を思い返す。

 

 

ユーリに、私が女性として価値がない事を示そうとした。

余命の短い私を攻略対象から外してしまおうと……そう思った。

だから、行動した。

 

……それが、間違いだった。

冷静に考えてみればわかる話だ。

これじゃあ、痴女じゃないか。

 

 

恥ずかしくて、情けなくて、顔を埋める。

だけど、心臓が爆発するんじゃないかと思えるほど、大きく鼓動している。

 

 

「…………」

 

 

自分の肢体へ視線を落とす。

沢山、傷がある。

 

生き急いで、『悪魔』と戦ってきた。

誰かを守るために、悲しむ人を減らしたくて。

自分の弱さを補うために、己の身を軽視して。

 

その結果の傷痕だ。

 

後悔はしていない。

だけど、毎日、鏡で見る度に……どこか、諦めのような感情を抱いていた。

 

まるで年頃の少女のように。

本来の年齢も、性別も、何もかもがズレているのに。

 

それでも、人並みの幸せなんて考えて。

そして、すぐに諦めていた。

 

 

「…………」

 

 

分かってる。

こんな感情は、勘違いだ。

私が持つべきではない。

 

この感情に名前を付けてはならない。

気付いてはならない。

 

この感情を誰かに知られても、私が自覚しても……誰も幸せになれはしない。

だから、知らない方がいいのに。

 

己の身体を抱きしめるように、膝を抱える。

 

 

「…………」

 

 

ユーリは良い人だ。

優しくて、努力家で、誰かのために行動できる。

 

だから、幸せになって欲しい。

原作が、物語が、なんて関係ない。

 

私は『主人公』としてではなく、『ユーリ』に幸せになって欲しい。

笑っていて欲しい。

泣いて欲しくない。

 

だから……この感情に名前は付けない。

この感情の正体を探らない。

この感情から目を逸らす。

 

彼のために、私のために。

 

 

私は深く、深く……息を吐き出した。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

村を救った英雄だ、なんて宴を開かれそうになったけれど、それを無視して私は村を後にした。

あまり面倒ごとに絡まれたくなかったからだ。

 

空が茜色に染まる頃、私とユーリは汽車に乗っていた。

 

普段よく使っている向かい合わせに座れる席が空いていなかったから、並んだ大きめの席に二人で座っていた。

肩が触れ合う距離で、私とユーリは座っている。

 

汽車が揺れる。

夕焼け色に染まった景色が、窓の外を流れる。

 

この汽車の到着時刻は翌朝……つまり、夜間を走る特別な汽車だ。

だからこそ、休みやすい箱型の個室が取りたかったのだけれど……。

 

すぐ側にいるユーリは……気まずそうに、景色に目を映していた。

先程の出来事がまだ、尾を引いているのだろう。

 

こんな傷だらけの身体を見て──

 

 

『綺麗だよ』

 

 

顔が熱くなる。

動悸する。

 

これではユーリの事をバカに出来ない。

身体の年齢に精神が引っ張られているのだろうか。

 

 

ただ、とにかく気まずい。

外の景色なんて何も面白くないのに、ユーリは外を見ているし。

 

静寂の中、汽車の僅かな振動を感じる。

もういっそ、寝てしまおうかと思っても……心臓の音がうるさくて眠る事も出来ない。

 

こつん、と指が何かに触れた。

 

それはユーリの手で、ユーリがこちらに顔を向けた。

目線が、合った。

 

 

「あ、エルシー……ご、ごめん」

 

「別に……き、気にしてないんですけど」

 

 

そうして、またユーリが目線を泳がせた。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

そうして、また静寂が満ちる。

何か話そうとしても、喉の奥で言葉が引っかかって出てこない。

 

少し苛立つ。

何で私がユーリ相手に、こんな緊張をしなければならないのか。

どうしてユーリは私を避けようとしているのか。

誰が悪い訳じゃないのは分かっている。

それでも、少し苛立つ。

 

よし、怒ろう。

多少理不尽でも叱ろう。

何か言ってやろう。

言おう。

 

 

「っ……ユ、ユーリ」

 

 

……ふにゃふにゃした声が出た。

 

 

「……エルシー?どうかした?」

 

 

逆に、なんでユーリは少し落ち着いているんだ?

言葉に詰まって、ユーリの目線を合わせれば──

 

 

「エルシー……?その、何で睨んでるの?僕何かした?」

 

 

なんて事を言われてしまった。

 

 

「な、ん、に、も、無いんですけど?」

 

「え?うん、そ、そうだよね?僕何もしてないよね?」

 

 

困惑するユーリの言葉を耳に、私は顔を逸らして……丁度、汽車内の車内販売員が来ていた。

 

 

「……ユーリ、夕食食べる?」

 

「あ、うん……?うん、お腹空いてるし、食べようかな」

 

 

私とユーリは車内販売員から車内食を買って、椅子前の机に置いた。

茶色く煮込まれた具のないビーフシチューの缶詰めと、固めのライ麦パンが二つ。

ビーフシチューにパンを浸して、口へ運ぶ。

 

 

「……まぁまぁね。ちょっと濃いけど」

 

「冷めてもいいように、味を少し濃くしてるのかな」

 

 

本当に味が濃い。

……少し、喉が渇く程に。

 

竹……正確には竹のような材質で出来た水筒から、水を飲む。

こくこくと、喉を鳴らしていると……ユーリの視線に気付いた。

 

 

「何?水、飲みたいの?」

 

「あ、いや……そういう訳じゃないよ。僕も水筒持ってるし……」

 

 

やっぱり、さっきの……まだ気にしているのだろう。

それは私もだが……いい加減、鬱陶しくなってきた。

 

というか、ユーリと自然に話せないのが、こんなにストレスに感じるとは思わなかった。

だから──

 

 

「……さっきの事は忘れなさい」

 

「……さっきの?」

 

「さっきのはさっきに決まってるでしょ」

 

「う、そうだよね……忘れるよ」

 

 

なんて言いながらも、意識しているようで笑い方が硬い。

……私、なんで、こんなのに……あんな感情を……?

って、違う。

そうじゃない。

 

特に理由なく、ユーリの脇腹を突いた。

 

 

「あ痛っ、え?エルシー?」

 

「……ふん」

 

 

鼻を鳴らして、目を逸らす。

足を組んで、身体をユーリが居ない方へ向ける。

 

……自分のことを客観視する。

これじゃあ暴力系ヒロインじゃないか?

 

いや、私はヒロインではないが。

断じて違うが……。

 

じゃあ、パワハラ上司か。

そう、それだ。

 

頭の中でぐるぐると、ぐるぐると情報が回る。

混乱してくる。

顔が熱いし。

 

まったく、何だか頭が回らなくなって──

 

 

「エルシー、顔赤いけど……大丈夫?」

 

「は?私を、心配するなんて10年早いんですけど!?」

 

 

目がぐるぐる回ってくる。

なんだか、頭もぼーっとしてくる。

 

 

「……エルシー?ちょっと、失礼するね」

 

 

私が返事を返さぬ間に、ユーリが私の額に手を当てた。

急に何をしているのか、驚いて、恥ずかしくて、顔が真っ赤になる。

 

 

「……やっぱり」

 

 

やっぱりって、何が?

もしかして、私が何を考えているか分かって──

 

 

「すごく熱が出てるよ、エルシー」

 

「熱?」

 

 

私も自分の首元に手を当てる。

……熱い。

 

……じゃあ、何?

私がユーリの事を考えて熱くなったり、赤くなったり、ぼーっとしてたのは……別に、そういう訳じゃなくて病気だったってこと?

 

 

「……はぁ、そっか」

 

「そっか、じゃないよ。熱があるし……濡れたまま裸で外にいたからかな……」

 

 

心配するようなユーリの言葉を聞き流しつつ、椅子に深く座り込んで安堵のため息を吐いた。

 

そう、安堵だ。

自分の感情に整理が付いたからだ。

あれは……そう、ユーリに特別な感情を抱いていた訳ではなく、ただの熱からくるせん妄だったのだと。

そう納得できた。

 

だから、安堵だ。

手に入らない未来を夢見る事は辛いから。

自分はそうではないのだと、そんな事は望んでいないのだと……そう、納得できたから。

 

あぁ、良かったと。

安堵した。

 

自覚すれば……倦怠感と共に、眠気がくる。

 

 

「……ユーリ、ちょっと寝るから。聖地に着いたら教えて」

 

「う、うん。分かったよ……でも、帰ったら診療所に行こうよ。僕がおぶってもいいから」

 

「……好きにすれば」

 

 

私は目を閉じた。

昨日から『悪魔』と戦う為に徹夜していたし、あっさりと眠る事が出来る。

 

僅かに揺れる汽車の中。

まるで、ゆりかごのように……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝。

私はユーリの肩に頭を乗せていた事に気づいた。

眠そうな顔をしているユーリから慌てて離れれば……毛布までかかっている事に気付いた。

 

わざわざ、乗務員から借りたのだろう。

気が利く。

 

そんなユーリが私の顔を見て……穏やかに笑った。

 

 

「……おはよう、エルシー」

 

 

やっぱり、私は風邪を引いているみたいだ。

だってまだ、熱があるのだから。

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