TSメスガキ鬱ゲークラッシャー   作:WhatSoon

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#2 過去と現在と未来

私達祓魔師(エクソシスト)は『聖葬教会』に所属している。

五万に近い熱心な信徒と、二千人に近い祓魔師(エクソシスト)、そして数百人程度の司祭で形成された組織……いや、宗教団体だ。

 

司祭は教義を広めて、信徒に活動資金を寄付させて、祓魔師(エクソシスト)に依頼を割り振る。

だからといって、単純に立場が祓魔師(エクソシスト)より上だという訳ではない。

教義的には立場の差はない。

しかし、殆どの祓魔師(エクソシスト)は司祭の指示は厳守している。

 

祓魔師(エクソシスト)の大半は、聖葬教の熱心な信徒でもあるからだ。

私は……熱心という訳ではないが、教えを馬鹿にする程でもない。

 

そんな聖葬教会の本拠地は、『聖地レイライン』に存在している。

規模が大きく、祓魔師(エクソシスト)という人の枠組みを外れた武力を持つ教会は、国からも一定の配慮をされている。

結果的に、『聖地レイライン』は法を逸脱した……最早、一つの国家と言って良いほどに独立している。

 

『聖地レイライン』には祓魔師(エクソシスト)達が集まる。

依頼の請け負いや、鍛錬……悪魔との戦いで負った傷の療養など。

様々な目的を持って集まる。

 

祓魔師(エクソシスト)からすれば、帰る場所なのだ。

生まれとは別の第二の故郷と言ってもいい。

 

そんな『聖地レイライン』に今、私も帰還していた。

ユーリとの任務の結果、負った傷を治療する為に、治癒の『奇跡(サイン)』を持つ『聖人』が必要だった。

 

奇跡(サイン)』を使用できる祓魔師(エクソシスト)は『聖人』と呼ばれて、聖葬教会に丁重に扱われている。

教義では『奇跡(サイン)』は主からの贈り物だから、だそうだ。

つまるところ、神の愛し子たる『聖人』を危険な地には送れない。

通常の祓魔師(エクソシスト)と違って、任務なども余程のことがなければ割り振られない。

 

そんな『聖人』は何処で守られているのかと言えば……そう、この『聖地レイライン』で、だ。

 

重傷を負った私は『奇跡(サイン)』に頼らざるを得ないため、『聖地レイライン』まで戻ってきたという訳だ。

 

治療の結果、左腕に亀裂のような生々しい傷跡が残ってしまったが……まぁ、隠せば良いだけの話だ。

 

今は教会に発注して作らせた、黒くて伸縮性のあるアームカバーを左腕に纏っている。

 

ちなみに、細かな動作の邪魔にならないよう、先端は指抜きグローブみたいになっている。

 

しかし、こう……なんだ?

この装備は、ちょっと男心がくすぐられるな。

今世は女だけど。

 

ちら、と窓ガラスに反射する私に目を向ける。

歩みに合わせて、薄紅色の括った髪が跳ねた。

 

今日の目的も終わったし、少し修練場の様子だけ見て帰ろうかと足を進め──

 

 

「……エルシー」

 

 

名前を呼ばれて、私は振り返った。

ユーリではない、大人の女性の声。

振り返れば赤焦げた髪の、目付きの鋭い女が立っていた。

服装は私と同じ、小豆色の修道服……つまり『上位』の祓魔師(エクソシスト)という事だ。

 

私は内心、苦虫を噛み潰したような顔をした。

あまり会いたくない相手だったからだ。

 

しかし、そんな私とは対照的に、女は少し頬を緩めた。

 

 

「奇遇だな。何か教会に用事でもあったのか?」

 

 

なんて気楽に、探るような事を言ってくる。

私は手を口元に当てて、いつも通りの笑みを顔に貼り付けた。

 

 

「えー?何で?そんなに知りたいの?」

 

「あぁ、気になるさ。教えてくれるか?」

 

「教えてあげるワケないんですけど?ストーカーなの?」

 

「連絡を寄越さない弟子の近況を知りたいのは、普通の事だと思うのだが」

 

 

突き放すような言葉を無視する彼女に、私は息を深く吐いた。

 

この女性は、私の師匠。

『悪魔』に両親を食われた私を保護してくれた、祓魔師(エクソシスト)だ。

実際に私に武器の持ち方や、祓魔師(エクソシスト)の立ち振る舞いを教えてくれたのだから……保護者のような立ち位置だ。

 

そんな関係性を私は持ちたくない。

 

 

「弟子に実績を追い越される師匠なんて、私には必要ないんですけど〜?」

 

「お前がどれだけ生意気だろうと、立派になろうと……私からすれば可愛い弟子なんだよ、エルシー」

 

 

彼女の名はフロイラ。

斧槍(ハルバード)祓魔師(エクソシスト) フロイラ』だ。

 

彼女はその草臥れた不良のような風貌からは考えられないほどに、お人好しだ。

私の嘲る言葉を受け流してしまう程に。

 

命の恩人で、血は繋がってないが親……いや、年齢的には少し歳の離れた姉のように思っている。

尊敬している。

 

だからこそ、私の所為で泣いて欲しくない。

彼女はきっと自身の弟子が先に死ねば泣いてしまうだろうから……せめて、従順な可愛い弟子ではなく、生意気で態度の悪い弟子だと思ってほしかった。

 

 

「しかし……その腕の、何だ?怪我でもしたのか?」

 

 

心配するような視線を感じて、胸の中が渦巻く。

だから、また悪態を吐く。

 

 

「別に大した事じゃないんですけど?ウチの相棒(バディ)がバカでノロマだったから怪我しちゃっただけ」

 

「……そうか」

 

 

フロイラは何か感じたのか顔を顰めた。

仲間想いの彼女からすれば、こうして自分の相棒(バディ)を馬鹿にする私の言動は気に障るだろう。

 

よし、これで好感度下げに成功したな。

私はほくそ笑んだ。

 

 

「用事は終わり?私、暇じゃないんですけど?」

 

「あぁ……そうだな。ついて行っても良いか?」

 

「良い訳ないでしょ。キモ過ぎなんですけど〜」

 

 

私がフロイラを無視して横を通り過ぎれば……彼女は私の後ろをついて歩き始めた。

……来るなと言っても、ついてくるんだろう。

彼女は頑固なお人好しだからだ。

 

こうなったら何をしても無駄だ。

私は彼女から見えないように、本気のため息を吐いた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

目の前で歩く少女の、薄紅色の髪を視線で追う。

 

私の弟子、エルシーは優しい娘だ。

 

初めて会ったのは、狡猾な悪魔を追って村の跡地に到着した時だ。

当時の相棒(バディ)を、その『悪魔』に殺された私は……単独で『悪魔』を追っていた。

その先で『悪魔』によって滅ぼされた村を見つけて、彼女に出会ったのだ。

 

 

 

 

虚な目で虚空を見ながら、半壊した井戸の淵に彼女は座っていた。

その手は土で汚れていた。

 

理由は直ぐに分かった。

村の中に幾つもの簡易な墓が立てられていたからだ。

木の枝を折って、十字に紐で結ばれた……吹けば飛ぶような墓だ。

 

私は思わず、彼女に問いかけた。

 

 

「……君が埋めたのか?」

 

 

彼女は頷き、それでも私へ視線を向けなかった。

 

 

「うん……でもまだ、あと何人か残ってる」

 

 

掠れた声を聞きながら、私は周りの墓を数えた。

一家族……二世帯よりも、遥かに多い。

家族の分だけじゃないだろう。

 

 

「村の全員を埋めるのか?」

 

「うん」

 

 

彼女は足元にあった農業用の鋤へ目を落とした。

しかし、村人全員、か。

 

墓を作るのは重労働だ。

人を一人埋めるには、かなり大きく掘らなければならない。

 

そんな苦労を度外視しても、彼等を弔いたいのは……それだけ仲が良かったのだろう。

 

 

「……随分と仲が良かったんだな」

 

「ううん……別に。知らない人の方が多い、かも」

 

 

そう呟く彼女に、視線を落とした。

 

 

「……なら、どうして弔う?君にとって彼等は──

 

「助けられたから」

 

「……彼等にか?」

 

「ううん、父と母に」

 

 

彼女の視線は私へ向いて居なかった。

虚に、しかし何か決めたような顔で周りを見渡し……口を開いた。

 

 

「だから、二人に私を……助けて良かったって、思われたいから。理由なんて、それだけ」

 

 

掠れた声を聞き、私は思わず息を呑んだ。

幼い少女だというのに……どうして、こうも。

 

辛いだろうに、苦しいだろうに。

それでも……他者を優先するのか。

 

思わず、私は彼女の足元にあった鋤を拾った。

 

 

「私も手伝おう」

 

 

『悪魔』を討ち殺すという目的は、彼女を助けなければならないという感情で上書きした。

正確に言えば……私は彼女を、『悪魔』を追えない理由にしたのだ。

 

確かに相棒(バディ)を殺した『悪魔』は憎い。

だとしても相棒(バディ)と共に戦っても倒せなかった『悪魔』を私一人で倒せる訳がなかった。

感情の起伏で力量の差を埋められない事を、私は知っていた。

 

だから、理屈と感情の折り合いを付ける為に……彼女を、『悪魔』を追えない理由に仕立て上げたのだ。

本当に、見窄らしい話だ。

 

 

 

数時間をかけて墓を作り終え、故人との別れを済ました。

そして、私は『悪魔』に母親を食い殺された子供を連れて村を出た。

 

小さい体の細い指が、私の手に触れた。

……握り返せば、骨ばった感触がした。

 

 

「……そういえば、君の名前は?」

 

「私は……エルシー」

 

「そうか、良い名前だ」

 

 

エルシーは笑わない娘だった。

だが、それは彼女本来の性質ではない。

目の前で母親を食われた光景……それが、彼女の表情を曇らせ続けているのだろう。

 

エルシーは『聖葬教会』の『修道院』預かりとなった。

『悪魔』の被害者は、『悪魔』を恨む事が多い……だからこそ、祓魔師(エクソシスト)の素養があると、教会は積極的に保護しているのだ。

 

実際、教会の思い通りというべきか……彼女は祓魔師(エクソシスト)になりたいと言い出した。

 

正直、私は反対だった。

祓魔師(エクソシスト)という仕事はクソだ。

相棒(バディ)が殺された後にようやく理解した。

祓魔師(エクソシスト)は誰かを助けるために命懸けで戦っている。

死に近付き過ぎる時もある。

だが、そんな私達を誰が助けるというのか。

誰かの為にと戦って、結局は見窄らしく死んでいく……それが祓魔師(エクソシスト)の本質だ。

 

辞めるつもりはないが、彼女にこの道を踏ませたくなかった。

 

だが、彼女には祓魔師(エクソシスト)の才能があった。

戦う技術も、知識も、まるで乾いた砂が水を吸うように吸っていった。

 

そうして気付けば、彼女は中位の祓魔師(エクソシスト)になっていた。

駆け上がるように、生き急ぐように彼女は強くなっていく。

 

その頃には笑顔も見せるようになり、周りには沢山の人が集まっていた。

彼女には実力があり、人柄も良かった。

だから、慕われていた。

 

……そう、慕われていたんだ。

 

 

「はぁ?ちょーキモいんですけど!こんな雑魚と一緒に任務を受けるなんて、有り得ないんですけど!」

 

「そ、そんな……エルシーちゃん、一人でなんて──

 

「雑魚に心配されるほど、私は弱くないんですけど〜?」

 

 

彼女はいつからか、人を侮辱するようになっていた。

傲慢で、人を見下す……そんな人間になっていった。

 

彼女を知らない者は、敬遠した。

彼女を少し知る者は、失望した。

彼女をよく知る者は、困惑した。

 

 

私は、どれだったか。

 

 

 

 

 

今は……そうだな、少なくとも──

 

 

 

 

 

目の前で薄紅色の髪を揺らす、彼女を見る。

自信に満ちた足運びだ。

羨ましい程に。

 

それでも歩みは緩やかだ。

私がついて来るのを嫌がっている癖に、振り切ったりせず……小走りもせずに歩いて居た。

彼女は優しい娘なのだから。

 

 

少し歩いて、到着したのは修練場だ。

祓魔師(エクソシスト)が悪魔と戦う時に使用する武器、『聖銀器』。

それを扱うには日頃の訓練が重要だ。

 

鍛錬で自由自在に動かせない人間が、実戦で戦える訳がないのだから。

 

修練所は広い。

石材の積まれた壁はあるが、風がよく通る。

地面は踏み固められた土があるだけで床もない。

 

建物、というよりは……敷居のあるだけの広間だ。

 

そんな修練所に、彼女は足を踏み入れた。

修練所の中に人の姿は……一人だけだった。

任務で悪魔退治に出掛けているのか、それとも休んでいるのか──

 

しかし、エルシーはその修練所の一人に目を瞬かせた。

 

 

「……ふーん?」

 

 

そうして、意地の悪そうな笑みを浮かべた。

視線の先に居たのは少年だった。

遠くからでも分かる、鍛えられた無駄のない筋肉に……白髪。

手には彼が持つには手に余るような大きな銀の剣を持って居た。

 

エルシーは何やら大股で彼に向けて歩き出した。

彼女がああして、上機嫌な『フリ』をしている時は碌な事が起こらない。

そんな経験則からの予測だが──

 

 

「こんな所で何してんの〜?腰も入ってないし……お爺ちゃんみたいなんですけど。恥ずかしくないの?」

 

 

どうやら、予測は的中したらしい。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

私は目の前で『聖銀器』を握ったまま、呆けているユーリに目を向けた。

 

いつもの修道服ではなく、薄着だ。

同年代に比べて筋肉質な身体には、汗が伝って居た。

恐らく、鍛錬に来たのは先程……という訳ではなく、鍛錬を長時間続けていたのだろう。

 

 

「何って……鍛錬だけど。エルシー……その、僕に何か用事?」

 

 

私の侮蔑に悲しむ訳でもなく、怒る訳でもなく、少し困惑した様子で問い掛けてきた。

私は大きなため息を吐きつつ、左腕を振った。

アームカバーが付いている方の腕だ。

 

 

「私も鍛錬しに来ただけ。誰かの所為で怪我しちゃったから、具合を確かめないといけないんですけど?」

 

 

なんて言葉を口にすれば、ユーリはバツの悪そうな顔を……いや、申し訳なさそうな顔をした。

 

 

「あ……ご、ごめん。エルシー、傷はその……大丈夫?」

 

 

ここで痛がるフリをしても良いが……心配されたい訳ではない。

私はあくまで誰とも仲良くなりたくないだけであり、他人を傷付けたい訳ではない。

 

 

「この程度、擦り傷なんですけど?ユーリと違って」

 

「……そっか」

 

 

安堵の息を吐いたユーリを横目に、私は鼻を鳴らした。

彼は底抜けに良い奴だ。

私がどれだけ嫌われるような言動をしていても、こうして心配してしまうのだから。

 

 

「で?ユーリは何で休みの日に鍛錬してんの?自分がよわよわ雑魚祓魔師(エクソシスト)だって自覚したから?」

 

「それは……うん。足を引っ張っちゃったし」

 

「雑魚の自覚はあるんだ?」

 

「ま、まぁね……」

 

「褒めてないんですけど〜?」

 

 

手を口元に当てて笑う。

何故、手を口元に当てるのか。

 

私は笑顔が下手だからだ。

笑えているか確認したくて、無意識のうちに口元に手が伸びてしまう癖があった。

 

 

「…………」

 

 

ユーリは後頭部を掻いて、目を逸らした。

視線は私の後ろにいるフロイラに向いている。

恐らく、私と彼女の関係について聞きたいのだろうが……何と訊けば良いか迷っているのだろう。

あわよくば私から紹介して欲しい、なんて腑抜けた考えが透けて見えた。

情けない。

 

しかし──

 

休日だというのに、自分の力不足を顧みて、鍛錬をしようというのは偉い。

ユーリは『下位』の祓魔師(エクソシスト)……底辺(ドベ)だ。

まぁ『下位』の中では上澄みだが。

 

私は自身の胸元の『ロザリオ』に触れた。

そして、そのまま──

 

 

「ユーリ」

 

 

声掛けに視線が戻ったと同時に、『聖銀器』へと変形させた。

そして、そのまま大鎚を振りかぶり──

 

 

「えっ──

 

 

気付いたユーリは手元の大剣を盾のように構えた。

なるほど、あの時の……狼の『悪魔』に不意打ちされた時の反省は活きているようだ。

 

だが、まだ甘い。

 

私は大鎚の頭ではなく、柄を大剣とぶつけさせた。

そのまま引っ張り、大鎚の頭を大剣の剣身に引っ掛ける。

そうして固定したまま、捻る。

 

 

「うわぁっ!?」

 

 

重心を奪い、ユーリの体勢を崩させた。

 

 

体格差や筋肉の差があろうとも、ユーリの方が上に見えるだろう。

実際、素の身体能力なら彼の方が上だ。

 

だが、祓魔師(エクソシスト)の力の源は身体だけではない。

そもそも人間の身体能力だけでは『悪魔』に勝てない。

それだけ『悪魔』と身体能力の差がある。

 

その差を埋めるのが『神聖力(エーテル)』。

人間の魂から発露されるエネルギーだ。

どんな人間でも持っている力だが、その量は少ない。

祓魔師(エクソシスト)は、この『神聖力(エーテル)』を修業や、儀式によって量を引き上げている。

 

そして、この『神聖力(エーテル)』こそが祓魔師(エクソシスト)祓魔師(エクソシスト)たらしめている。

肉体の強化、奇跡の再現、自然治癒力の増幅等……使用用途は多岐に亘る。

 

ちなみに神聖なる〜って意味が言葉に含まれているが、実際は悪人だって扱える『ただのエネルギー』だ。

聖葬教会の都合で、聖なる物として扱っているだけ。

 

 

閑話休題(それはともかく)

 

 

大剣を引き寄せられ、姿勢を崩したユーリの顔面へと聖銀の大鎚を振るう。

 

『聖銀器』は『悪魔』に特効が付いているが、人相手ならば普通の鈍器だ。

神聖力(エーテル)で身体強化されていれば骨折もしない。

 

だが、腐っても鈍器。

 

顔面に命中すれば──

 

 

しかし、ユーリは足で地面を蹴り、そのまま私を飛び越した。

空中で反転し、地面を滑りながら着地した。

 

そして、私を見て顔を顰めた。

 

 

「エルシー、急に何をして──

 

 

ユーリの背後にいるフロイラに視線を向けた。

呆れたような顔をしているが、止める気はないらしい。

 

まぁ、彼女には分かるだろう。

今から行うのは──

 

 

「ん〜?弱い者虐め」

 

 

実践形式の訓練だ。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ユーリ、と呼ばれた少年相手に大鎚(スレッジハンマー)を振り回すエルシーを見る。

大鎚という武器は先端は重く、柄が長い。

彼女の武器は特に、その特徴が顕著だ。

 

先端の(ハンマー)は彼女の頭の二倍ほどの大きさだ。

しかして、柄の長さが彼女の身長の半分以上はある。

 

まるで、槍のように長い柄。

それを棒術のように巧みに振り回す。

 

先端の頭の『重さ』を感じる武器遣い。

素人ならば「重さを感じない程、軽々と使える方がいいんじゃないか」と言うだろう。

確かに重い武器を軽々と振り回せる方が良い場合の方が多い。

だが、彼女の武器である『大鎚(スレッジハンマー)』は別だ。

 

先端を重りにして、遠心力で武器に『振り回される』ように振るう。

重さと回転、それを速度と威力に変える。

それが彼女の戦い方だ。

 

 

「ほらほら〜反撃しないと一方的に殴られて終わりなんですけど〜?」

 

「っ──

 

 

ユーリはそれを大剣で捌きながら、それでも押されて後ずさっている。

武器を振るう技量の差、そして神聖力(エーテル)を練り上げる技量の差が見て取れる。

 

しかし……エルシーは手加減をしているようだ。

ユーリに大鎚を当てても致命傷にならないように、身体に込める神聖力(エーテル)の量を調整している。

 

証拠に──

 

 

「ぅ()っ!?」

 

 

あぁして、殴られても悶絶する程度で済んでいるのだから。

蹲るユーリを、エルシーが見下している。

 

 

「痛い程度で怯んだら、死んじゃうんですけど〜」

 

 

言い方は悪いが、それは正しい。

殴られても、傷を付けられても、腕を斬られても……動きを止めてはならない。

『悪魔』は人間に対して一切の情を持たないからだ。

 

エルシーがユーリを大鎚で小突き、転がした。

 

 

「雑魚過ぎなんですけど〜。祓魔師(エクソシスト)してても無駄死にするだけだし、辞めちゃえば?」

 

 

嘲笑う彼女に、ユーリは……それまで浮かべていた情けない表情を引き締めて、立ち上がった。

 

 

「それは……エルシーに言われたって、辞めない。僕は……僕に出来る事を、しないと……っ」

 

 

彼には彼の事情があるのだろう。

 

だが、それは珍しい事ではない。

祓魔師(エクソシスト)には大なり小なり戦う理由がある。

彼にも、彼女にも、私にだって。

 

しかし、その事情を信念にして、立ち上がれるのならば……それだけで、祓魔師(エクソシスト)としては十分だ。

人間より強大な『悪魔』に立ち向かうのに必要なのは強さだけじゃない。

 

自身の恐怖心に打ち勝てる、戦う理由が必要なのだ。

 

 

エルシーは立ち上がったユーリ相手に笑っていた。

普段の嘲笑うような笑みとは少し違う……だが、すぐに嘲笑へと戻った。

 

 

「カッコいい啖呵切ってるだけじゃ、『悪魔』に……私にも勝てないんですけど?」

 

 

彼女は大鎚を回転させた。

横に縦に、縦横無尽に。

少しずつ速く、重く、鋭く。

 

『溜めて』いるのか。

 

……私はユーリへと視線を向けた。

大剣を構えていた。

 

迎え撃つつもりか。

明らかに、無謀な──

 

瞬間、エルシーの足元が爆ぜた。

剥き出しの地面に、彼女の足跡が残っていた。

 

凄まじい力で踏み切ったから、地面が砕けたのだ。

 

宙を回転しながら、大鎚が振るわれた。

 

 

ユーリは──

 

 

「……ふふ、成程。エルシーが気にかける訳だ」

 

 

大鎚の柄を、剣の鍔で押さえつけていた。

 

大鎚を受け止めた訳じゃない。

迎撃したのだ。

 

凄まじい加速と重みで迫る大鎚を受け止められないと悟ったユーリは、迫り来る大鎚へ向けて大剣を打ち合わせたのだ。

そして、力負けはしたが……威力を削いだ大鎚を受け止めることに成功したのだ。

 

怯えて受け止めるだけじゃない。

立ち向かう勇気があるのだと示して見せたのだ。

 

そんなユーリは精一杯な表情を浮かべていた。

対して、エルシーは愉快そうに頬を緩めていた。

 

 

「……ふーん?」

 

 

そして、笑いながら……ユーリを蹴り飛ばした。

 

まぁ、確かに。

大鎚を防いでも両足は空いているのだから、そうなってもおかしくはないか。

 

吹っ飛ばされて地面に転がるユーリを見ながら、そう思った。

 

 

「最後のはちょっと良かったけど、やっぱりよわよわ祓魔師(エクソシスト)。一生、下位で泥水舐めてるのがお似合いなんですけど〜」

 

 

なんて侮辱するが、彼女には分かっているのだろう。

先程のやり取りを見ただけで部外者の私が分かるぐらいなのだから。

 

ユーリは下位に収まっていい実力ではない。

少なくとも『聖銀器』の扱いだけならば中位……いや、上位にも指がかかる程だ。

 

足りないのは実績と、経験……後は、知識か。

 

ユーリが立ち上がると、顔に土が付いていた。

 

 

「……ぷっ。情けなさすぎ」

 

 

それを見て更に笑うものだから、ユーリは表情を歪めた。

……少し、可哀想に思えて来たな。

 

私は息を深く吐き、エルシーへと声を掛ける。

 

 

「エルシー、流石にやり過ぎだ。鍛錬と言えど──

 

「鍛錬?弱い者虐めして楽しんでるだけなんですけど?」

 

 

……何が彼女をこうも、露悪的に振る舞わせているのだろうか。

少し頭が痛みそうになりながら、彼女に視線を戻す。

 

 

「……そう言いたいのなら、それでいい。だが、言い過ぎだ」

 

 

彼が増長しないように戒めているのかと思っていたが、言い過ぎだ。

これでは彼女への反感を招くだけだと私は思った。

 

私は、彼女に孤独になって欲しくないのだ。

 

 

「は?何様?部外者は黙ってて貰って良いですか〜?」

 

 

しかし、彼女は真逆のようだ。

私にも喧嘩を売ってくる始末。

 

苛立ちはしない。

感じたのは不可解さと、悲しさだ。

 

 

「私はお前を守る義務がある。戦い以外からもだ」

 

 

私の言葉に、ユーリが私を一瞥した。

……少しは私と彼女の関係に当たりが付いたらしい。

エルシーの過去を彼が知っているならば、私が彼女を保護した祓魔師(エクソシスト)なのだと気付くだろう。

 

しかし、エルシーは私の言葉を聞いて……顔を歪めた。

何を考えているのか分からないが、何かに嫌悪しているような顔だ。

 

 

「キッショ……親代わりのつもり?」

 

「違う。だが、お前のことを大切だと──

 

「自分より弱い人に守って貰わなくて結構なんですけど?」

 

「……そうか」

 

 

私の納得したような言葉に、エルシーは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

しかし、その表情はすぐに歪んだ。

 

私の手に『ロザリオ』から変形させた『聖銀器』が握られていたからだ。

 

 

「何のつもり?」

 

「自分より弱い人間の意見は聞けないのだろう。だからだ」

 

 

手に持つのは『斧槍(ハルバード)』。

彼女の持つ大鎚(スレッジハンマー)より長い柄の先には、戦斧と……槍が合体していた。

そして、斧の裏には鋭い突起。

 

突く、斬る、引っ掻く、殴る。

様々な攻撃手段を兼ね備えたポールウェポン、それが『斧槍(ハルバード)』だ。

 

 

「……へぇ。ボコボコにされて祓魔師(エクソシスト)引退しても、私、責任取りたくないんですけど」

 

「安心しろ。医務室のベッドに沈むのは、お前の方だ」

 

 

彼女が大鎚を構える。

私も斧槍を構えた。

 

身体に神聖力(エーテル)を満たす。

 

気迫が衝突し、空気が歪む。

幻覚ではない。

互いの神聖力(エーテル)が衝突し、干渉し合っているのだ。

 

だから、これは──

 

 

「ふ、二人とも、落ち着いて──

 

 

瞬間。

反射的に、私は声を掛けてきた方へ武器を構えた。

 

 

「く、ください……」

 

 

そこには、斧槍の槍先を突きつけられて怯えるような表情を浮かべたユーリが居た。

思わず、武器を下げた。

 

エルシーも武器を下ろして……手に持つ大鎚(スレッジハンマー)を『ロザリオ』へ戻していた。

 

 

「ふーん、まぁいいや。ユーリに免じて許してあげる。私、暇じゃないし時間もないし〜?」

 

「……エルシー」

 

「じゃあ、よわよわ祓魔師(エクソシスト)くんは無駄な鍛錬でも続けてれば?私はお暇させて貰うけど」

 

 

なんて言いながら、彼女は踵を返し……修練所を後にした。

 

 

「待っ……はぁ」

 

 

私は一瞬、彼女を追おうとして……足を止めた。

背後にいるユーリを優先したのだ。

 

私に視線を向けられて、彼は一瞬怯んだ。

……まぁ、私は目付きが怖いとよく言われる。

怒っていなくとも、怒っているんじゃないかと思われる程には。

 

私はため息を吐き、口を開いた。

 

 

「どうして止めた?」

 

「え、あっ……えっと……」

 

 

挙動不審になるユーリを見て、私は再度、ため息を吐いた。

先程、エルシーと戦っていた時のような覇気が少しも感じられなかったからだ。

 

「……喧嘩して欲しくなかったんです」

 

「何故だ?」

 

「だって……その、貴方の名前ってフロイラさん、ですよね?」

 

「それがどうした?」

 

「……エルシーが、貴女の事を話す時、少し嬉しそうにするんです」

 

 

私は思わず、目を開いた。

 

 

「私の?」

 

「はい……いつも通り、口は悪いですけど……ちょっと嬉しそう、なんですよ」

 

「……そうか」

 

 

手を顎に当てる。

この少年は打算で私に嘘を言っているのではなく、本当にそう感じているのだろう。

しかし、この話と喧嘩をさせたくないという話は紐付かない。

 

 

「それで?それが何故、私と喧嘩をさせたくない理由になる?」

 

「二人とも、お互いに大切だと思ってるなら……喧嘩して欲しくないと思うのは普通じゃないですか……?」

 

 

目を瞬く。

簡単で純粋な理屈に、思わず──

 

 

「く、ふふ、ふふふ、そうか。そうだな」

 

 

笑ってしまった。

笑っている私を不可解そうに見ているユーリへ、視線を戻す。

 

 

「お前、ユーリであってるか?」

 

「はい、そうですけど……」

 

「アイツの相棒(バディ)だろう?……いつも、あんな感じなのか?」

 

「……まぁ、はい」

 

 

顔を窄めた彼の表情を見るに、ああいった立ち振る舞いは今に始まった事じゃないらしい。

そんな苛烈な彼女に振り回されても相棒(バディ)を続けているのだから……彼はきっと、私と同じくエルシーを信じているのだろう。

 

 

「そうか、大変だな。昔はああじゃなかったんだが……」

 

「昔……あんな感じじゃなかったんですか?」

 

「あぁ。もっと素直でな、優しい──

 

 

初対面だったが、彼になら話して良いと思えた。

彼女の過去と、私の想いを。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「くしゅん」

 

 

鼻を擦りながら、私は水を浴びていた。

シャワーなんて気の利いた物は、この時代には無いけれど……水道は存在する。

蛇口を捻れば水が出るだけだが。

温水もない。

 

修練所で流した汗を水で流しつつ、先程の出来事を思い出す。

 

ユーリは随分と強くなった。

教会の段位認定を受ければ中位にもなれるだろう。

だが、私は彼に受けさせるつもりはない。

 

祓魔師(エクソシスト)としての階級が上がった所で、本人が強くなる訳じゃない。

だが、割り振られる任務の難易度は上昇する。

より凶悪な悪魔と相対しなければならなくなる。

 

そうすれば、ユーリの死亡する確率が爆発的に上昇する。

最初は『物語の主人公』という肩書きに興味を持って彼に接触したが……今では、肩書きではなく一人の人間として彼を大切に思っている。

少なくとも、死なずに幸せになって欲しいと思う程度には。

 

水滴が肌を伝う。

目立たないが、それでも身体中についた目に見えない傷跡の上を……水が伝う。

 

誰からも好かれないようにと考えている癖に、自分が大切にしたいと思う人間を増やしてしまうのだから……きっと私はバカなのだ。

大バカだ。

 

ため息を吐いて、蛇口を閉じる。

身体を拭きながら、思考する。

 

フロイラとの争いをユーリが止めてくれたのは助かった。

私と彼女の力量の差……私はああして煽っているが、実際は彼女の方が強い。

奇跡(サイン)』込みなら勝てるが、無しなら勝てない。

 

彼女を黙らす為に『奇跡(サイン)』を使えば良いだけの話だが……私は教会に『奇跡(サイン)』を隠している。

あんな場所では使えない。

 

それに、私の『奇跡(サイン)』は寿命を消耗する。

『悪魔』から誰かを守る為ならまだしも、身内との喧嘩で消耗するのは避けなければならない。

 

だから、ユーリには感謝している。

彼のお人好しも役に立つ。

 

布で水滴を拭って、修道服に袖を通す。

 

まぁ、ユーリとフロイラの顔合わせが出来たのだから、良しとしよう。

そもそもゲームに於いてフロイラは私の師匠ではなく、ユーリの師匠なのだ。

 

私が死んだ後、彼が一人になったとしても。

彼女が居れば安心だ。

 

私のような人間を上位の祓魔師(エクソシスト)まで育てられるフロイラならば、彼の素養に気付くだろう。

 

そう、私が死んだ後も……この世界は続いていくのだから。

私の死に誰も悲しんだりしないように、振る舞わなければならない。

 

しかし、今日のでフロイラからは嫌われただろう。

彼女がああして怒っている姿を見たのは久々だ。

それぐらい、私の言動が許せなかったのだろう。

 

上手くいった。

 

修練所にユーリが居たのは想定外だったし、即興だったが上手くいったな。

 

 

フロイラは私に幻滅しただろう。

彼女は良識人過ぎる。

祓魔師(エクソシスト)という仕事をしているのに……。

 

そんな彼女の事が私は大切で、だからこそ、嫌われなければ──

 

 

水滴が落ちた。

それはきっと、先程浴びた水の……拭い忘れだ。

 

ぽつり、ぽつりと……修道服を濡らしていた。

 

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