TSメスガキ鬱ゲークラッシャー   作:WhatSoon

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#4 本当は……

港町ウェラポリ。

そこは『聖地レイライン』から汽車で半日程の距離にある港町だ。

大陸東部の海原に隣接しており、豊かな海の資源が名産。

 

漁だけではなく、貿易も盛んな町。

それが『港町ウェラポリ』。

漁師の気迫と、商売人の熱気が入り乱れる賑やかな町なのだ。

 

だが、そんなウェラポリは今……静かで、鬱屈した空気に満ちていた。

 

太陽が沈み始めているからだろうか?

いいや、違う。

 

ウェラポリには酒場が沢山ある。

船乗りが入り浸っており、昼も夜も騒がしい程だ。

 

しかし、酒場で酒を飲んでいる船乗りの顔に覇気はない。

その酒を提供する店主すら、表情に笑みがない。

 

 

原因は分かっている。

先日、海上で『悪魔』が目撃されたからだ。

大きさは住宅程で、海上を滑るように走っていたらしい。

 

脅威としては、海上での戦闘難易度を考慮しても『中位』の『悪魔』と認定された。

もし地上で発生した悪魔ならば、『下位』だったかもしれない……少なくとも司祭もそう認識している。

 

だが、『悪魔』に対して有効な対策を取れない漁師や貿易業者達は、船を出す事も出来ずにいる。

 

 

「…………」

 

 

汽車から降りた私とユーリは、そんな光景を目にしていた。

ユーリの顔は少し険しくなっている。

 

……人の痛みを悲しめるのは、人として美点だ。

だが、まぁしかし、ここで同情をしていても彼らが救われる訳ではない。

 

 

「足を止めないで欲しいんですけど〜?ほら、この町の教会まで行くから」

 

「あ、えっ……と、うん」

 

 

手持ちの鞄でユーリを小突き、彼の前を歩く。

 

町の喧騒も無くなっているが、まだ『悪魔』の被害者が出た訳ではない。

だから、私の知っている『悲劇』に比べれば……この町はまだ平和だ。

 

気負う必要も、必要以上に義憤に駆られる必要もない。

祓魔師(エクソシスト)として、いつも通りの仕事をするだけだ。

 

それにしても──

 

 

「……辛気くさ〜い」

 

 

漁に出られない。

貿易が出来ない。

 

確かに、仕事が出来なければ不安にもなるだろう。

だが、それを顔に出して酒場に入り浸っているのはどうかと思うが。

 

理解は出来る。

同情も出来る。

 

それでも憎まれ口を叩く。

それが今の『私らしい』言動だからだ。

 

私の言葉にユーリが反応した。

 

 

「エルシー、『悪魔』が出たんだから仕方ないよ……町の人は困ってるんだから。そんな事言わない方が──

 

「はいはい、ご忠告どーも」

 

 

適当に返しつつ、私はユーリの前を歩く。

 

ちょっとやそっとの失言では、彼は私を嫌いにならない。

だから、こうして定期的に好感度を下げなければならない。

 

私が敢えて失言をする。

その度にユーリは、私を諌める。

それが私達、相棒(バディ)の歪な日常なのだ。

 

折角、今、ユーリに嫌われているのだから……現状を維持しなければ。

 

石畳の坂を下る。

この港町ウェラポリは街全体が坂道のようになっている。

海に近付く度に下がっていく形だ。

 

そんな町の、海が見えるほど近い場所に……目的の建造物があった。

白塗りの建物には、聖葬教会のシンボルが掲げられていた。

だが、その白塗りの壁は所々、剥がれているように見えた。

 

 

「あれが、ここの教会?貧乏くさ……」

 

「……あー、うん。確かに、ちょっと……廃墟みたいだね」

 

 

そう、ここが港町ウェラポリの教会だ。

つまり、聖葬教会の所持している地域拠点だ。

 

ここに在籍している司祭は聖葬教の信徒を増やすべく布教したり、今回のような悪魔の目撃情報を『聖地レイライン』まで届ける役目がある。

 

と言っても、直接、『聖地レイライン』まで情報を運ぶ訳ではなく、手紙などの郵送になるのだが──

 

教会がある地域では祓魔師(エクソシスト)も仕事がし易い。

何故なら、装備の補充が現地で行えて、宿泊施設を用意する必要がなくなるからだ。

こうして、ある程度の規模の町には教会が建っているのだ。

 

 

私は勝手知ったる顔で教会の戸を開けた。

 

 

「おじゃまします……」

 

 

律儀に挨拶をしているユーリを横目に、無言で室内を見渡す。

 

内部の状態もあまり良いとは言えない。

潮風による風化が早いのか……それとも、修繕費に金銭が回らないほどお布施が少ないのか。

それとも、両方か。

 

木目が剥き出しになった長椅子を手でなぞり……視線を逸らせば、礼拝堂の奥に白髪の混じった初老の男を見つけた。

初老だが、背中は大きい。

漁師か何かと見まごうほどに筋肉質だ。

 

その男に近付きながら、私は口を開く。

 

 

「……アンタが、ここの司祭?」

 

 

そう背後から問いかけると、初老の男は驚いたように振り返った。

……少し着崩しているが、確かに聖葬教の祭服を着ている。

『聖地レイライン』なら指導対象になる。

 

あまり、敬虔な司祭ではなさそうだ。

 

 

「えぇ、はい、そうです。貴方達は──

 

祓魔師(エクソシスト)のエルシーと、ユーリ。『悪魔』の討伐に来たわ」

 

「おぉ、来て下さったのですね!」

 

 

満面の笑みで握手を求められた。

私は視線を手に、そして司祭の顔に向ける。

……ちょっと汗ばんでいる。

 

私は頬を引き攣らせながら、手を伸ばした。

司祭はその手を強く握り、上下に振った。

 

他人との距離が近く、無遠慮で無配慮。

私の苦手なタイプだ。

 

心の中で悪態を吐きかけていると、目前の司祭が口を開いた。

 

 

「私はウェラポリ教会の司祭、オーヴェンと言います」

 

「ふーん、そう」

 

 

自己紹介を適当に遇らう。

 

そして、今度はユーリが手を握られていた。

苦笑していた私と違って、ユーリは愛想笑いをしていた。

彼は真面目だ。

 

私はこっそりと修道服の裾で手を拭い、視線を司祭オーヴェンへ戻した。

 

 

「それで、現状は?依頼書を発行した時と変わってないの?」

 

「えぇ、はい。被害者は出ていません。ですが──

 

 

司祭オーヴェンが指を立てた。

 

 

「海に現れた『悪魔』。それが目撃される度に、少しずつ陸地に近付いて来ています」

 

「……ふーん」

 

 

私は自身の顎に指を当てた。

 

『悪魔』は人間の負の感情と、人体が発する神聖力(エーテル)の残滓が結合して生まれたバケモノだ。

奴らは人間から生まれ、人間を食らって成長する。

 

現在は海上で目撃されているが、最終的な目的は──

 

 

「この『港町ウェラポリ』に上陸するのも時間の問題でしょう」

 

「そうね」

 

 

何の事なく私は返事をしたが、ユーリは少し顔を強張らせた。

 

『悪魔』が町に来る。

即ち、『悪魔』と人間の接触が起きる。

……間違いなく、死人が出る。

それを懸念しているのだろう。

 

 

「……如何しますか?エルシーさん」

 

 

ならば、私の判断は──

 

 

「どうもこうもないわ。来るなら来てから叩けば良いでしょ」

 

 

町に上陸後、迎撃する。

そう告げれば、ユーリが目を見開いた。

 

 

「エルシー……」

 

「なに?」

 

「町の人も困ってるし、早めに討伐した方がいい、と思うけど……その、上陸されたら町の人に被害が出るかも知れないから」

 

 

なんて言われた。

……まぁ、私も当初はその予定だった。

海上にいる『悪魔』を討つ予定をして、この町に来た。

 

だが──

 

 

「地上に来るなら、話は別。海上で相手しなくて良いなら、しない方が良いでしょ。船の上じゃ『悪魔』と戦うのも大変ですし?」

 

「それは、そうだけど……」

 

「……ねぇ?いつから、そんなに偉くなったの〜?」

 

 

ユーリの脛を軽く蹴った。

 

 

「ゔっ」

 

 

当たりどころが悪くて、膝を抱えてしゃがみ込んだが……気にせず、話を続ける。

 

 

「『悪魔』を舐め過ぎなんですけど?確かに目撃された『悪魔』は、海上という討伐難度を考慮しても『中位』程度……でも、それが正しいと決まった訳じゃなくない?」

 

 

実際、原作と同様の『悪魔』ならば、実際の位階は……『上位』なのだ。

海上で相手するのは堪える。

 

腕を組んで、指を立てる。

 

 

「常に最悪の事態を想定して、周到すぎる用意で迎え撃つのが鉄則なんですけど?焦った祓魔師(エクソシスト)から先に死んでいく……分かってないの?」

 

 

そう説教すると、ユーリは頷いた。

少し涙目だ……蹴られた膝が余程、痛かったらしい。

 

 

「ごめん……エルシー。僕が間違ってた」

 

 

……まぁ、さっきのユーリの発言は褒められた物じゃなかったけれど。

こうして自分が間違っていると理解出来たら、素直に謝れるなら問題ない。

 

世の中には「『悪魔』憎し!」だけを原動力にして動いてる祓魔師(エクソシスト)も多い。

そういう祓魔師(エクソシスト)は理屈を捨てて感情で動き……早死にする。

 

理屈で感情を飲み込む事。

それは祓魔師(エクソシスト)に取って重要だけど、鍛え難い感性。

ユーリはそれを持っている。

 

だから、ユーリに足りていないのは経験だ。

物事を判断するには知識と経験が必要だ。

 

……私が居なくなるまでに、出来るだけ経験を積ませないと。

ため息を吐いて、ユーリから目を逸らす。

 

 

「ま、分かれば良いんですけど〜」

 

 

司祭が居る手前、あまり説教を長引かせたくない。

切り上げて、司祭の方を見ると……何だか、少し微笑ましいものを見る目で私達を見ていた。

 

私は眉を顰めた。

 

 

「何で笑ってんの?」

 

「いえ、良い信頼関係だと思いまして」

 

 

更に眉を顰めた。

今のどこに『良い信頼関係』があるというのか。

 

ちら、とユーリを見ると少し照れていた。

……ほら、変な勘違いをしたじゃないか。

 

 

「コイツは私の奴隷なんですけど?」

 

「……ふふ、そうですか。そうですか」

 

 

なんだこの司祭、うっざ。

久々に本心からの「うざい」という言葉が口から飛び出そうになる。

 

 

「うっざ」

 

 

飛び出た。

我慢出来なかったのだ。

その瞬間、ユーリが私に目を向けた。

 

 

「その、司祭さんに……そんな事言わない方が──

 

「分かってるんですけど?それを配慮しても尚うざいから、うざいって言ってるの」

 

 

確かにユーリの言う通り、司祭とは友好関係を結んでおくべきなのだ。

祓魔師(エクソシスト)と司祭は同じ聖葬教会に所属しているが、管理体系が異なる。

単純にどちらが上だという話はない。

 

故に、立場は対等なのだ。

例え、私が『上位』の祓魔師(エクソシスト)であり、祓魔師(エクソシスト)としての立場が高かったとしても。

 

だがまぁ……幸いな事に、こうして悪態を吐いても司祭オーヴェンは気にしていないようだ。

彼はそのまま会話に戻った。

 

 

「では話を戻しますが、『悪魔』の討伐用に船は用意しなくて良いと?」

 

「ええ、地上で迎撃するから」

 

「分かりました。でしたら、滞在期間は長引きますね……上陸までの間、宿泊部屋を用意しましょう」

 

 

私とユーリが頷いた。

 

この町は貿易が盛んだ。

他に宿泊施設もあるだろう。

貿易相手が一時的に泊まる施設があるからだ。

 

だが、手配するのも面倒だ。

教会内に派遣された祓魔師(エクソシスト)用の宿泊場所を用意するのは、教会に対する義務だ。

どこの教会にも内部に客室を──

 

 

「あぁ……言い忘れていましたが──

 

「なに?」

 

「この教会に宿泊できる部屋は一つしかありません」

 

 

用意しているもの……で、あれ?

 

 

「ベッドも一つしかありませんので、譲り合って下さいね」

 

「「え?」」

 

 

ユーリと声が被ったが、仕方のない話だろう。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「はぁ……最っ悪、なんですけど」

 

 

教会内で割り当てられた部屋の中で、悪態を吐くエルシーの姿を見た。

それを咎める余裕は、僕にはなかった。

 

部屋の隅に机が一つ。

大きなベッドが一つ。

 

そんな簡素な部屋に、僕とエルシーは二人っきりだった。

 

というのも、司祭のオーヴェンさんは教会外に自宅があるらしく……夜も更けたからと帰ってしまったのだ。

 

エルシーと二人っきり……という事を別に意識している訳ではない。

祓魔師(エクソシスト)という仕事をしていれば野宿に近い事もするし。

 

だから、部屋があるだけマシで……いや、部屋の中だからこそ拙いのか?

安全な場所で二人っきりになるという事は、外敵に対する緊張感もなくて、逆に意識してしまうような──

 

 

「ユーリ」

 

「え?うん、どうしたの?」

 

 

突然、声を掛けられて慌てて思考から現実に戻る。

エルシーはタオルを持っていた。

 

 

「水、浴びてくるから」

 

「あ、うん……分かったよ。行ってらっしゃい?」

 

「……フン」

 

 

彼女は鼻を鳴らして、部屋の中にあった木桶を持って出て行った。

それに対して何も考えず返事をしたのだけれど……。

 

隣室から水が流れる音が聞こえた。

汲み上げポンプの稼働する音も聞こえる。

 

……うん?

 

水浴び用の部屋って隣だったんだ。

へぇ、と思いながら……思考の隅に、何かが入り込んできた。

 

 

エルシーが、隣の部屋で水浴びをしている。

隣の、部屋で?

 

 

首を横に振った。

邪な考えを振り払うように。

 

 

「……別の事を考えよう」

 

 

持って来た道具を、床に並べて整理する。

『聖水』や縄、固定用の留め具や、投擲用の小さな銀杭、ついでに『聖書』も。

海上での戦いを想定して色々、持って来た訳だけれど……どうやら無駄に終わりそうだ。

 

 

「……はぁ」

 

 

さっき、エルシーの「地上で迎撃する」という案に反論したけれど……あれは失敗だったな。

 

町の人が困ってるし、上陸されれば町の人は危険に晒されてしまう。

この二つから、海上で早く討伐しようと焦ってしまった。

 

……僕は無意識のうちに『悪魔』を舐めていたのだろう。

自分が危険に晒されても、それでも誰かを守れたら良いと思ってしまっていた。

 

だが、それは危険に晒されても死なないという甘えた考え方なんだ。

そんな根拠のない無謀に、相棒(バディ)であるエルシーを巻き込もうとしていた。

 

僕達が死ねば……町の人も危険に晒されるのに。

 

祓魔師(エクソシスト)が殉職すれば……誰が、『悪魔』からこの町を守るというのか。

僕達が死んで新たな祓魔師(エクソシスト)が派遣されるまでの間に、『悪魔』が町に上陸してしまったら──

 

 

「……情けないな」

 

 

ダメだな、僕は。

最近はフロイラさんに鍛えて貰っているから、少しは強くなれたと思っていた。

 

だけど、強くなっただけではダメなんだ。

『悪魔』に対する判断力が足りていない。

 

戦えるだけでは祓魔師(エクソシスト)としてはダメなんだ。

 

一人、反省会をしていると……ふと、水浴びできる隣室側の壁で……少し、濡れている箇所があるのを見つけた。

 

 

「……何だろう?水漏れかな」

 

 

立ち上がって、壁に近付く。

心臓に悪い水音を聞きながら、その濡れている箇所に目を向ける。

 

人差し指ぐらいの、穴が空いていた。

水がそこから漏れているようだ。

……まぁ、この教会は老朽化している。

壁に穴が空いて水漏れしていても、おかしくはない。

 

だけど、その穴の先は隣室の──

 

 

「っ……!?」

 

 

慌てて、僕はその穴にタオルを詰めた。

穴が埋まって、水漏れもしなくなった。

そして……穴の先にある光景も、見えなくなった。

 

心臓がバクバクと鳴っている。

息が荒れる。

 

覗いてないし、見えてはいない。

だけど、その、穴の先に……エルシーの姿が──

 

 

頭を床にぶつけた。

 

 

大丈夫。

平常心、平常心、平常心平常心平常心……。

 

落ち着いた。

うん、落ち着いた。

へいじょーしんだ。

 

僕は男で、しかも16歳。

そういう事に興味がない訳ではない。

だけど、それはそれとして覗きなんて、そんな事がしたい訳じゃない。

 

だから大丈夫。

 

それでも煩悩が脳裏を駆け巡る。

勝手に脳内でエルシーの、水浴びをしているイメージが──

 

 

頭を床にぶつけた。

 

脳が良い感じに揺れて、思考が掻き乱されて──

 

 

 

「……何してんの?」

 

 

気付けば、エルシーが部屋に戻って来ていた。

普段着の修道服ではなく、白い薄手の布地を使った服を着ていた。

寝巻き、なのだろう。

 

そんな彼女は、床に転がっている僕を見て訝しんでいた。

 

 

「な、なんでもないよ……」

 

 

なんて言いながらも、僕は彼女から目を逸らした。

 

薄手の生地は少し湿っている彼女の肌に張り付いていて。

普段見る彼女とは違う一面が見えて。

何だか妙に意識してしまって。

ドキドキしてしまって。

 

僕は、彼女を直視出来ずに居た。

 

 

「まぁ、いいけど。ユーリも水浴びしてきたら?汗くさいし」

 

「……あ、うん。そうするよ、うん」

 

 

気まずい。

 

僕は急いで自分の寝巻きを荷物から出して、部屋を出た。

 

軋む廊下を踏み締めて。

 

目を瞬く。

口からため息。

 

 

「……はぁ」

 

 

自分の中にあるモヤモヤとした感情を全て吐き出すように、深く息を吐いた。

だけど、それでもモヤモヤとした感情は渦巻くばかりで消えはしなかった。

 

隣部屋のドアを開けて、タイルの張られた部屋に入る。

籠に着替えを入れて、タオルを手に取る。

 

ポンプを動かして水を流させる。

桶に水が溜まって行くのを見つめる。

 

水面に映った自分の顔は……酷く、ぎこちない笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

ユーリの挙動がおかしい。

私はベッドの上で胡座をかき、手を顎に当てた。

 

彼は気弱であがり症だから、ああして挙動不審になる事も多い。

だが、それを考慮しても普段より「変」と言わざるを得ない。

 

 

「……何か、あったのかな?」

 

 

しかし、彼は私に何も言わなかった。

という事は私に対して隠したい事があるという事だ。

 

気になる。

 

私達は祓魔師(エクソシスト)という危険な仕事をしている。

そして、少しの悩みや不調が……命の境目を分ける可能性だってある。

だから見逃せない。

 

 

「…………」

 

 

ベッドの上に上半身を倒して、寝転がる。

足をベッドから出して、ぶらぶらと揺らす。

 

先程の司祭とした会話で、割り込んでしまった事を反省していたのだろうか。

 

あり得る。

ユーリは寝る前とかに反省会をするタイプの人間だ。

必要以上に気にしてしまう小心者だ。

 

それが悪いとは言わないが……悩みすぎると、必要以上に落ち込んでしまって更にミスが増える。

それは良くない。

 

どちらにせよ、彼一人で悩むぐらいなら……私から──

 

いや、だがしかし、私が直接「お悩み相談」するのは違うか。

彼にとってのエルシーとは、気分屋で人当たりが悪い癖に位階が高くて偉そうな相棒(バディ)だ。

 

そう思われるように立ち振る舞っているのだから、当然だ。

そして私は陰湿で性格の悪くて傲慢な相棒(バディ)という印象(イメージ)を損ないたくないのだ。

 

 

「……せめて、悩みが分かれば良いんだけど」

 

 

ポツリ、と独り言を呟き、視線を彼がいる隣の部屋へ向け──

 

 

「あれ?」

 

 

壁にタオルがかかって、いや、刺さっているのが見えた。

何かに掛けられている訳でもないのに、壁からタオルが垂れている。

 

タオルは小綺麗で、部屋に元からあった訳ではないと推測できる。

なら、このタオルは……ユーリが持ち込んだ物だろう。

 

 

「……何のつもりなんだろ?」

 

 

ため息を吐いて、壁へ擦り寄る。

そのままタオルに触れて、引っ張れば──

 

ぽとり、と床に落ちた。

そのタオルは湿気ていたようで、少し重たかった。

 

視線をタオルが刺さっていた場所へ戻すと……穴が空いていた。

 

 

「……穴?」

 

 

私がその穴に顔を近づけると……隣室の景色が見えた。

つまり、水浴び用の部屋で……身体を流しているユーリの姿が、見えた。

 

 

「……っ!?」

 

 

思わず飛び退いて、床に尻餅を突いた。

 

視界に入った情報を、脳が処理していく……。

今のはユーリの、いや、それは、まぁ、前世では見慣れた物だ。

それはいい、いや、よくはないが。

 

穴へ視線を戻す。

 

木のうろか、腐ったのか……自然に空いた穴のように見える。

人工的な穴ではない。

 

司祭オーヴェンも気付いていない、部屋の欠陥だろう。

この部屋に人が泊まることは稀なのだ。

家具の上の埃を見れば分かる。

 

だから、故意ではないのは分かった。

これは作られた覗き穴ではない。

 

だが、この老朽化で出来たであろう穴に、真新しいタオルが突き刺さっていたという事は──

 

 

「…………」

 

 

私はベッドの上に腰掛けた。

脳裏には先程の景色が渦巻いていた。

 

……筋肉質だった。

普段は服の下にあるから知らなかったけれど、そうか、彼は普段から鍛えている。

引き締まっていて……それが、濡れ──

 

振り払うように、私は首を横に振った。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 

水浴びを終えた僕は、髪をタオルで拭きながら部屋のドアを開けた。

 

すると──

 

 

「…………」

 

 

エルシーがベッドに座り込んで、部屋に入ってきた僕を凝視していた。

心なしか、表情は険しく見える。

 

 

「……エ、エルシー?」

 

 

思わず、名前を呼ぶ。

エルシーは険しい表情のまま、視線を室内の壁へ向けた。

 

視線の先には……穴。

湿気たタオルが床に落ちていた。

 

あっ。

 

 

「エルシー、そのっ、それは──

 

「そこ、座って?」

 

「……はい」

 

 

エルシーが床を指差した。

……何を言っても、言い訳になるだろう。

 

僕は黙って床へ座った。

 

 

「で?この穴は?」

 

 

異端審問が始まった。

被告は僕だ。

 

 

「その、この部屋に最初っからあったみたいで……僕が空けた訳ではなくて、その……」

 

「ふーん……で?見たの?」

 

 

それは核心を突く言葉だった。

慌てて首を横に振った。

 

 

「み、見てないよ!」

 

「本当に?」

 

「本当だよ!覗きなんてしてないから、僕は……」

 

「ふ〜ん……」

 

 

僕は目を瞑って、拳を握る。

この発言に信頼性はないだろう。

実際、覗ける状況だったには違いなくて……反論するにも証拠がない。

 

僕は自分の無実を証明する事が出来な──

 

 

「そう。ま、信じてあげようかな〜?」

 

「……え?」

 

 

エルシーの口から出た言葉は、想定していた言葉の反対だった。

彼女は膝に手をつきながら、目を逸らした。

 

 

「だって、ユーリは、優し……じゃなくて、覗きをするような度胸はないでしょ。よわよわヘタレですし?」

 

「ゔっ」

 

 

思わず呻いた。

信じてくれるのは嬉しいけれど、言葉が刺々しい。

 

 

「だから、まぁ、信じてあげる。良かったねぇ〜、ユーリ。へなちょこ童貞で」

 

「どっ、童貞……?」

 

「違うの?」

 

「いや、その、そうだけど……」

 

 

何でそんな事、言われなくちゃならないんだろう。

落ち込んでいると、エルシーがベッドから立った。

 

そして、僕の前に立った。

 

 

「で?いつまで床に座ってるの?」

 

「え?エルシーが座れって言ったんじゃ──

 

「アンタ私の所為にするつもり?自己中過ぎるんですけど〜」

 

 

聞き慣れた彼女の嘲笑を受けて、頬を引き攣らせつつ立ち上がった。

 

エルシーが少し、上目遣いになる。

僕が彼女より少し身長が高いからだ。

並べば自然と、彼女の視線は上へ向いてしまう。

 

 

「あの穴、埋めるのは明日で良いけど。ベッドはどうするつもり?」

 

 

そうだ。

この部屋にベッドは一つしかない。

 

二人で一つのベッドに寝るなんてあり得ないから、どちらかがベッドで、もう片方は床で寝るしかない。

 

 

「あー、そうだね。床に寝るなら、大きめのタオルを一つぐらい貰えると嬉しいかなー……なんて……」

 

 

床で寝るのは辛そうだけど、野宿よりマシだ。

それでも、タオルぐらいは欲しいな、なんて口にしたのだけれど……エルシーの顔は強張ったままだ。

 

 

「……ユーリが床で寝る前提なの?」

 

「え?そうだと思ってたけれど……」

 

 

エルシーの片眉が上がった。

……あの表情は、不機嫌な時の表情だ。

付き合いが長くなってから気付いた、彼女の癖。

 

僕は背筋に冷たい物が走った。

 

 

「それってぇ、私がユーリより立場が上だから?」

 

「……え、っと、いや。そういう訳じゃないけど……」

 

 

確かに彼女は『上位』の祓魔師(エクソシスト)で、僕は『下位』の祓魔師(エクソシスト)だ。

だけど、ベッドを譲る理由としては考えていなかった。

 

 

「じゃあ、何で?」

 

「それは……だって、エルシーだし」

 

「はぁ?意味分かんないんですけど?」

 

 

彼女に良くしようとするのは何故か。

 

彼女が怖いからか?

彼女が不機嫌になるからか?

彼女を敬っているからか?

 

それは確かに理由に少しは含まれているかも知れない。

だけど、そうじゃない。

 

 

「……えっと、何でだろう?ごめん。僕も分からなくなってきた、かも」

 

 

彼女に良くしたいと思っているのは、きっと……僕が彼女を好ましく思っているからだ。

本当は優しい彼女に報いたいと思っているからだ。

 

だけど、そんな事を言えば彼女は不快に思うだろう。

だから、口にはしなかった。

 

 

「…………はぁ」

 

 

すると、エルシーが大きなため息を吐いた。

 

そして……僕の肩を殴った。

結構、力が込められていたけど、手加減を感じた。

 

 

「エルシー……?」

 

「……身体をキチンと休ませるのも祓魔師(エクソシスト)の仕事。で、私は昼に仮眠取ったから……今日はユーリがベッドで寝るべきだと思うんですけど?」

 

「そ、そうかなぁ……?」

 

 

あまりにも支離滅裂な理論に、思わず頬を引き攣らせた。

これは、彼女が自身の優しさを悟らせたくなくて、露悪的に振る舞っている証だろう。

 

 

「何?私の言ってる事に逆らうつもり?」

 

「あー、いやぁ……」

 

 

これで誤魔化せているつもりなのだろうか。

思わず、視線を逸らす。

 

 

「じゃあ決まりね。今日はユーリがベッドで寝て。明日は町で寝具買うから」

 

 

自信満々に彼女は鼻を鳴らすが……これ以上、反論しても無駄みたいだ。

僕は頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、夜は更ける。

『悪魔』の目撃情報から、エルシーは上陸を少なくとも五日は先だろうと見立てた。

今日は安心して眠れそうだ。

 

……と、思ってたんだけど。

 

床にエルシーを寝かせて、僕はベッドの上。

その事実が僕の安眠を妨害していた。

 

申し訳なさが睡眠の邪魔をする。

 

それでも時間が経てば……少しずつ眠気が来る。

今日は汽車に揺られて、町の中も歩いた。

肉体に蓄積していた疲労が、睡眠欲を掻き立てる。

 

 

ゆっくりと意識が朦朧としてきて──

 

 

ギィ、と軋む音がした。

……エルシーがドアを開けた音だ。

 

ちらと、暗闇の中視線を向けると……厠に向かったようだ。

僕は慌てて視線を逸らした。

 

少しして、水の流れる音が聞こえて──

 

また戸が開く音がした。

 

戻ってきたんだな、なんて思っていると……ベッドが揺れた。

誰かが、いや、誰かがじゃなくて、エルシーが……ベッドに入り込んできたのだ。

 

な、なんで!?

 

思わず声が漏れそうになる。

慌てて、顔をエルシーの方に向けると──

 

彼女の顔が、近い。

だが、その目は瞑られている。

 

……寝ぼけていたのだろう。

床じゃなくてベッドに来てしまったのか。

 

そう納得して、僕はベッドから抜け出そうとする。

寝ている彼女を起こすのは悪いし、このまま彼女を寝かせようと思った。

 

だけど、彼女の位置は近い。

それに寝巻きが何かに引っ掛かって……いや、彼女に握られていた。

 

抜け出すのは不可能に近い。

 

そうして硬直している僕は、彼女の顔に視線を戻した。

……エルシーって、こんなにまつ毛が長かったんだ、なんて考えてしまう。

静かな吐息が聞こえる。

 

心臓が高鳴る。

 

壊れてしまいそうな程、鳴り響く。

この心臓の音が彼女に届いて、起こしてしまうのではないかと疑う程に。

 

これ以上、この状況が続けば死んでしまう。

 

何とか穏便に抜け出そうともがいて──

 

 

「…………行か、ないで」

 

 

ポツリと言葉が聞こえた。

エルシーの声だ。

 

起きているのかと驚いて、彼女の顔に目を向ける。

いいや、寝ている。

だからこれが寝言か。

 

だが、彼女はうなされているようで悲しそうな顔をしていた。

 

 

「……エルシー」

 

 

思わず名前を小さく、彼女を起こさないように呼んだ。

普段は苛烈な彼女だけど……それでも。

 

本当は誰よりも優しくて、面倒見が良くて、こうして……弱気な面もあるのだと。

僕は知っている。

 

そして彼女はまた、掠れて、揺れるような声で寝言を呟く。

 

 

「……シェリ」

 

 

それは名前だった。

 

僕も……知っている名前だ。

彼女の師匠であるフロイラさんから聞いた名前だ。

 

エルシーの元・相棒(バディ)

僕より前の相棒(バディ)だ。

 

彼女といた頃のエルシーは今のような振る舞いではなく、誰にでも優しい献身的な振る舞いをしていた……とフロイラさんから聞いた事がある。

 

そう、彼女が変わってしまったのは……きっと。

 

 

彼女の相棒(バディ)であるシェリさんが──

 

 

死んでしまった事が原因、なのだろう。

 

 

彼女の寝顔を見る。

目元が薄らと濡れていた。

 

少しして、僕の服を握る力が強まった。

 

 

「…………」

 

 

すると、少しだけ……表情が穏やかになった。

きっと、彼女はその手の感触から、シェリさんが側に居るのだと思えたのだろう。

 

……もう少し、このままで居よう。

彼女が目覚めるまでの間、側に居よう。

 

僕は彼女の相棒(バディ)なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、目が覚めたらエルシーのビンタで、僕は目覚めた。

随分と苛烈な言葉を吐かれたけれど……彼女はベッドに間違えて入ってしまった自覚もあったようで。

少しすれば落ち着いて、少し申し訳なさそうな顔をしていた。

 

……ちょっとしたハプニングだ。

僕は叩かれたし、よく眠れなかったし。

 

それでも僕はあまり後悔していなかった。

 

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