TSメスガキ鬱ゲークラッシャー   作:WhatSoon

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#5 潮風の香り

早朝。

港町ウェラポリ教会。

自宅からやってきた司祭オーヴェンは、私とユーリを交互に一瞥し……口を開いた。

 

 

「昨日はよく寝れ……てないようですね?何かありましたか?」

 

 

彼の視線はユーリに向けられた。

その頬が少し赤くなっているからだ。

 

 

「「いえ、何も……」」

 

「はぁ……?なら、良いのですが」

 

 

私とユーリの異口同音の返事に、司祭オーヴェンは首を傾げる。

私は指先を弄りながら、早朝の出来事を思い出していた。

 

 

昨日、ユーリと私は教会の同室で睡眠を取った。

ユーリはベッドで、私は床で寝ていた──

 

筈だったのだが、目が覚めると私もベッドで寝ていた。

 

驚いた私は思わず、ユーリを叩いてしまったのだが……どうやら、その私が寝ぼけて入ってしまったようで。

 

冷静になると、流石にユーリが可哀想である。

かといって、好感度を上げたくない私は謝る事も出来ない。

互いに罪悪感を拗らせて……こうして二人、気不味いまま今を迎えた。

 

ため息を吐いて、話題を逸らすべく口を開く。

 

 

「……にしても、ここの教会ボロすぎない?部屋に穴が空いて、水漏れまでしてたんですけど?」

 

 

壁に穴は空いているし、床は軋むし、塗装は剥げている。

野宿よりはマシだが、宿泊施設としては下の下だ。

 

私の悪態混じりの疑問に、司祭オーヴェンは申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

 

「あー、っと、申し訳ない。ウェラポリ支部には金銭が無くて」

 

「貧乏って事?そんなにお布施貰えてないの?」

 

「いえ……まぁ、そう……そんな所ですね」

 

「はぁ……?」

 

 

濁すような返事に思わず眉を顰める。

葬送教会の教義として、信徒からのお布施を私財として着服する事は重罪だ。

規模にもよるが極刑は免れない。

 

訝しむ目を向けていると、司祭オーヴェンは苦笑した。

 

 

「はは、では。教会を開けなくてはならないので……準備に向かわせて頂いてもよろしいですか?」

 

「……好きにすれば〜?」

 

 

腕を組みながら、私は壁にもたれる。

この司祭が何か悪事を働いていようとも、今回の任務に関係はない。

 

『悪魔』討伐の邪魔さえしなければ、私は干渉するつもりはない。

『人』と『悪魔』を同時に相手取るのは難しいからだ。

『悪魔』の前で面倒ごとは避けたい。

 

 

「あ、あの、オーヴェンさんっ──

 

 

私が無関心を貫いている中、ユーリが手を上げた。

 

 

「教会の準備、僕も手伝って良いですか?」

 

 

私は目を瞑り、眉間に指を当て……ため息を吐いた。

 

筋金入りのお人好しだ。

 

確かに、私達に予定はない。

町の人への聞き込みも、司祭オーヴェンからのまた聞きで問題ない。

そして『悪魔』は夜間にしか行動しない。

 

つまり、暇……自由時間なのだ。

ならば、自由時間に何をしようとユーリの勝手だ。

 

しかして、司祭オーヴェンは満面の笑みでユーリに視線を向けた。

 

 

「えぇ、はい。しかし、よろしいのですか?」

 

「はい、泊まらせて頂いてますから……何か、恩を返したくて……」

 

 

目の前で暑苦しい見た目をした初老の男と、修道服を着た若い男が目を輝かせている。

こっそりフェードアウトしたい気分だ。

 

 

 

 

結局、ユーリは教会の掃除や、花の入れ替え等、色々と仕事を任せられていた。

 

まぁ、私は手伝うつもりはない。

単純に面倒だという気持ちもあるが、こういう善人ムーブは私の御法度なのだ。

 

私は教会内の長椅子に座り、講壇を布で拭くユーリを見ていた。

隅から隅まで、几帳面に拭いていく姿に少し感心する。

 

しかし、何もしないのも苦痛である。

私は口を開き──

 

 

「ねぇ〜、ユーリ?」

 

 

ユーリに声を掛けた。

 

 

「え?何?どうかした?」

 

「なんで教会の手伝いを買って出たの?」

 

「なんでって……オーヴェンさんに言った通りだよ。これから世話になるし、手伝える時に手伝いたいなって」

 

 

本当にお人好しだ。

だからこそ、こうして良いように使われているのは少し気に食わない。

 

 

「……祓魔師(エクソシスト)の仕事は『悪魔』狩りなんですけど?」

 

「分かってるよ。でもさ、それでも……誰かに良くされたら、それを返したいんだよ。僕は」

 

「……ふーん、まぁ良いけど」

 

 

教会が祓魔師(エクソシスト)の面倒を見るのは義務。

つまり、仕事だ。

それをユーリが知らない訳はないだろう。

それでも、恩を受けたのだから返すべきだと思っている。

 

そこを……否定するつもりはない。

その善性は美徳だ。

冗談でも、嘘でも、彼のお人好しを馬鹿にするつもりはなかった。

 

代わりに、疑問を口にする。

 

 

「でも、ここの司祭ってさ、少し怪しくな〜い?」

 

 

この町は漁も貿易も盛んで、規模も大きい。

お布施もそれなりに貰っている筈だ。

なのに、教会の修復費用すら賄えていない。

 

だから、この教会を管理している司祭は怪しいと感じた。

 

事を荒立てるつもりはなくても、この疑念はユーリと共有したかった。

人を信用するのは良いが、疑う事も覚えて欲しかったからだ。

 

 

「まぁ、それは……そうかもね。でも、僕はオーヴェンさんが悪い人だとは思わないよ」

 

「……何で?」

 

「だってほら、良い人だから」

 

「……はぁ?理由になってなくない?根拠は?」

 

 

思わず、組んでいた足を崩し、前のめりになる。

 

 

「えっと……う、うーん……勘?」

 

「何それ、ウケるんですけど」

 

 

嘘だ、愉快な訳がない。

本心では苛ついている。

 

『お人好し』なのと『騙され易い』のは別だ。

前者は治す必要のない美点だが、後者は明確な欠点だからだ。

 

説教しようと思って口を開こうと──

 

 

「僕、結構そういうのは得意だから……」

 

 

ユーリに遮られた。

眉を顰めて、私は問いかける。

 

 

「は?『そういうの』って何?」

 

「良い人か、良い人じゃないかを見分けるのが……僕は、得意なんだよ」

 

「……ふーん」

 

 

思わず失笑した。

人を見る目があるなら、私と相棒(バディ)なんか組まないだろうに。

 

何を自信満々に言っているのかと、呆れてため息を吐く。

 

 

「はぁ……まぁ、別に?好きにすれば?私は手伝わないけど」

 

「うん、僕が勝手にやってる事だからね……エルシーはそのまま座って良いよ」

 

「ユーリに言われなくても」

 

 

私は長椅子に深く座り直して、体重を背もたれに預けた。

 

 

 

 

そうして、少しして。

掃除を終えて。

 

 

 

 

「ありがとうございます、ユーリさん。貴方のお陰で綺麗になりましたよ」

 

「い、いえいえ」

 

「本当に助かりました……この教会に在籍している司祭は私一人ですから。普段はもっと小さな規模で掃除しているんですよ?」

 

「は、はは……」

 

 

褒められなれてないのか、ユーリは照れている。

そんな彼の様子を私は細目で見ていた。

 

しかし……ふーん、どうりで。

客室の家具に、埃がのっていた訳だ。

彼一人で教会を掃除しているのだから、普段は誰も来ない客室など後回しになるだろう。

 

納得していると、司祭オーヴェンが再び口を開いた。

 

 

「それでは……私は、これからお客さんをお迎えしなければなりませんので──

 

「はぁ?客ぅ?」

 

 

思わず疑問を口にすれば、司祭オーヴェンが私へ目を向けた。

その顔には朗らかな笑みが浮かべられていた。

 

 

「はい、小さなお客さんです」

 

「答えになってな──

 

 

勿体ぶるような返事に眉を顰めていると……教会のドアが開いた。

そこには一人の少年がいた。

 

 

「先生!おはようございます!」

 

「えぇ、おはようございます。ケビン」

 

 

この、ケビンと呼ばれた少年が小さなお客さんか。

決して上等とは言えない服装から、町の権力者の子供って訳でもなさそうだ。

どこにでもいる……いや、少し見窄らしい少年。

そんな印象を抱いた。

 

しかし、そんな少年が客?

一体、何者かと──

 

 

「おはようございます〜」

 

「えぇ、おはようございます。エミリ」

 

「……おはよ」

 

「はい、おはようございます。メアリー」

 

 

一人、また一人と教会に人が増えていく。

その誰もが十代前半ぐらいの子供だ。

そして、その一人一人を司祭オーヴェンは認識していた。

 

気付けば20人近い子供が来ていた。

訝しみつつも、困惑している私を司祭オーヴェンは一瞥した。

 

そして、子供たちに視線を戻した。

 

 

「皆さん、先に勉強部屋まで向かってくれますか?」

 

「はーい」

 

「はい!」

 

 

子供達は『勉強部屋』に向かうべく、足を進めた。

そうして子供達が居なくなって、ようやく司祭オーヴェンの向き合えた。

 

 

「さっきの子供(ガキ)達は何?」

 

「この街の……両親を亡くした子供ですよ」

 

 

つまり、孤児という事だ。

 

……薄っすらとは勘付いていた。

二人、三人と増えていく中、裕福な格好をした子供が居なかったからだ。

だから、私にとっては答え合わせでしかなかった。

 

しかし、ユーリは気付いていなかったようだ。

その様子に司祭オーヴェンが説明を始める。

 

 

「ここは聖地から離れていますからね。町に修道院もありません……孤児院も」

 

 

ユーリが首を傾げる。

 

 

「それは、そうですが……彼等は『悪魔』の被害者なんですか?」

 

「いいえ?ですから、聖地の修道院に送るのも憚られるのです」

 

 

司祭オーヴェンは首を横に振った。

ユーリは目を瞬いて、私を一瞥する。

何故、この町に孤児が多いのか……分かってなさそうな顔だ。

私はため息を吐いて、指を立てた。

 

 

「ユーリ」

 

「う、うん?」

 

「この町は港町。船乗りが多い町って分かってる?」

 

「うん……でも、それで何で孤児が──

 

「船乗りは、危険を伴うから。分かる?」

 

「あっ……」

 

 

そこまで言えば気付いたようで、ユーリは司祭オーヴェンへ目を向けた。

 

 

「あの子供達は海で亡くなった船乗りの……子供、ですか?」

 

「はい、そうです。この町で親の居ない子供の九割は、亡くなった船乗りの忘れ形見ですよ」

 

 

司祭オーヴェンは憂うような表情を浮かべていた。

……この時代、海に出るのは命懸けだ。

近代のような船ではなく、安全は保証されていない。

それでも海に出るのが彼等の仕事だ。

 

私は自分の考えが正解していた事に頷き……この教会が貧乏な理由を悟った。

 

視線を司祭オーヴェンへと向けた。

 

 

「アンタさぁ……もしかして、お布施を孤児の炊き出しに使ってる?」

 

「はい。ですが、炊き出し以外にも使ってますよ」

 

「ふーん……あっそ」

 

 

私は首の裏を掻く。

聖葬教の教義からすれば、彼の行いは褒められた物ではない。

教会は慈善事業ではないからだ。

 

しかし、私は事を荒立てるつもりはなかった。

 

面倒だから、だけではなくなった。

彼の行いに賛同する気持ちがあるからだ……決して、口にはしないが。

 

そして、孤児を預かっている所為で教会が貧乏だという秘密を、どんな心境の変化か教えてくれたのだ。

私を……いや、ユーリの行動から信頼に足る人物だと認識したからだろう。

私は何もしていないが、その信頼を裏切るつもりはない。

 

私は司祭オーヴェンへと視線を戻した。

 

 

「……で?アンタはコレから、その孤児(ガキ)共に勉強を教えにいくつもり?」

 

「はい、そうです」

 

「……物好きね。見返りもないのに」

 

 

貧乏な子供は、一銭も払えはしないだろう。

無償の奉仕だ。

 

ユーリを横目で見れば、目を輝かせていた。

……尊敬の念、という奴か。

そんなユーリへ司祭オーヴェンが視線を向けた。

 

 

「あぁ、そうだ。ユーリさん。よろしければ彼等に勉学を教えて頂けませんか?」

 

「え?僕が、ですか……?」

 

 

ユーリが私を一瞥した。

勉学に自信がないのだろう、助けを求める目だ。

私はそれを敢えて無視した。

 

 

「なに、聖葬教の教義や歴史についてでも話して頂きたいのです」

 

 

対して、司祭オーヴェンは彼に勉学ではなく、祓魔師(エクソシスト)として教義の話をして欲しいと語った。

しかし、その言葉に私は眉を顰めた。

 

 

「そんなのアンタが教えれば良いと思うんですけど。聖葬教の司祭でしょ?」

 

「それでは意味がないのですよ。私だけが教師をしていれば考え方が凝り固まってしまいます。彼等には様々な視点を持って欲しいのです」

 

「……あっそ」

 

「それに──

 

 

そして、司祭オーヴェンが視線を下げた。

着崩した祭服に視線が移る。

 

 

「恥ずかしながら、聖葬教の教義について詳しくないんですよ。見ての通りですが」

 

「……アンタ、司祭よね?」

 

「はい、司祭ですが」

 

「…………はぁ」

 

 

思わずため息を吐いた。

司祭の仕事は教義を説いて、信徒を増やす事だ。

こんなので、ちゃんと信徒を……いや、ちゃんとしてないから信徒が少なく、お布施も足りず貧乏なのか。

 

呆れている私から、ユーリへと視線が戻る。

 

 

「で、どうでしょう?ユーリさん」

 

「あ、えっと、その……」

 

 

ちら、ちらとユーリが私を見る。

許可が欲しいのか?と思っていたが……どうやら、違うようだ。

 

観念したように口を開いた。

 

 

「……すみません、僕も。その、詳しくなくて。教書ぐらいの話しか出来ませんし……」

 

 

私は聞こえるようにため息を吐いた。

その仕草にユーリは誤魔化すような笑みを浮かべている。

 

そして、二人に顰めた顔を向ける。

 

 

「はぁ……二人とも、教会に所属している自覚がないってこと?ありえないんですけど」

 

 

正論を投げ付けると、彼等は視線を逸らした。

情けない話だ。

 

特に、ユーリは座学を軽視しているのか?

確かに祓魔師(エクソシスト)として『悪魔』狩りには不要な知識かも知れないが……それでも、自身の所属している組織の起源について詳しくないのは拙いだろう。

 

私が眉間を指で揉んでいると、司祭オーヴェンが口を開いた。

 

 

「……では、エルシーさんは詳しいのですか?」

 

「当たり前なんですけど?私は『上位』祓魔師(エクソシスト)……座学の試験も評価対象なんですけど?」

 

 

ユーリが横で小さく「え、そうなんだ……」って驚いていた。

彼は『下位』の祓魔師(エクソシスト)だ。

一度も昇格した事がなく、知らないのも無理はない。

いや、知っていて欲しいが。

 

祓魔師(エクソシスト)にとって教義は法律で、聖書は思想の根幹だ。

教会も自身と同じ法で動き、同じ思想を持つ者を優遇したいに決まっている。

当然の話だ。

 

そんな私の考えを知らずか、司祭オーヴェンは嬉しそうな表情を浮かべた。

 

 

「それはそれは……では、エルシーさんが彼等に教えて頂けませんか?」

 

 

なんて口にするから、私の眉間に皺が寄った。

 

 

「は?何で私が──

 

「えぇ、頼みます。私も教本程度しか彼等に教えられませんから」

 

「やるって言ってな──

 

「私では彼等の疑問に答えられませんから……本当に喜ぶと思いますよ」

 

「ちょっとは話を聞きなさいよ!」

 

 

私が怒鳴ると、隣のユーリの肩が跳ねた。

対して、司祭オーヴェンは怯える様子も驚く様子もない。

 

肝が据わっている。

……この見た目だし、司祭をする前は船乗りでもしていたんじゃないか?

そう思わずにはいられない。

 

彼は目を瞬き、私に視線を向けた。

 

 

「……していただけないのですか?」

 

「やる訳ないんですけど?」

 

「そうですか、残念です」

 

「…………ふん」

 

 

司祭オーヴェンが目を伏せる。

申し訳なさそうな、不甲斐ない表情を浮かべている。

私は無言で腕を組み、それを無視していた。

 

 

「現役の祓魔師(エクソシスト)さんから話を聞ければ、子供達も喜ぶと思ったのですが……」

 

「…………」

 

 

無視しながらも、内心の中でモヤモヤとしたものが渦巻く。

 

 

「本当に残念です……ですが、エルシーさん達にも仕事がありますからね。仕方ありません」

 

「…………」

 

 

指で、自身の二の腕を叩く。

 

先程の子供達を脳裏に思い浮かべる。

貧しそうな格好をしていた。

船乗りである父を失い、母の手一つで育てられて……いや、もしかしたら母親も居ないのかも知れない。

 

そんな子供を……孤児達を、私は突き放すのか?

いや、だが仕方ないだろう。

 

子供を想い、無償で働くオーヴェンのような行動は、間違いなく善行だ。

 

私は寿命を代償に『奇跡』を行使している。

後どれほど生きられるかも分からない。

そう、きっと私の生い先は短い。

 

そんな私が誰かに優しくしてしまえば……誰かに好かれれば。

間違いなく、残された者たちへの負担になる。

だから──

 

 

「はぁ……」

 

 

言い訳を脳裏に幾ら浮かべても、それは現実逃避でしかない。

側にいるユーリに視線を流す。

私と目があって、彼は逸らした。

 

……やはり、彼から私への好感度は低いだろう。

だから、少しぐらい……素直になっても、大丈夫だろう。

それにどうせ、任務が終われば孤児と会う事も二度となくなる。

だから──

 

 

「……仕方ないわね。やってあげても良いわ」

 

「……はい?」

 

子供(ガキ)相手に座学を教えるぐらい、訳ないって言ってるんですけど?」

 

 

隣のユーリが少し驚いたような表情を浮かべていて、少しうざったかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

今から1000年以上前。

人間を食らう黒いモヤと、人は争い続けていた。

しかし、人は無力だった。

その黒いモヤ……『悪魔』と戦う術など持っていないのだから。

 

そんな中……後に『聖地』と呼ばれる土地に、1人の女の子が生まれた。

 

彼女こそが『聖女レイライン』。

神に愛された子であり、『悪魔』に対抗する力を得た『奇跡』の子だ。

 

 

彼女は128の『奇跡』を身に宿していた。

あらゆる事が出来て、あらゆる『悪魔』を討つ事が出来た。

 

それだけではない。

彼女は自身の『あらゆる物を言語化できる奇跡』を使用し、自身の持つ『奇跡』を本に纏めた。

 

言語化された『奇跡』は聖句と呼ばれ、特定の手順で詠唱する事で神聖力(エーテル)を引き換えに再現される。

それは彼女自身ではなく、他の人が『悪魔』に対抗できるようにという優しい願いだった。

 

彼女は神聖力(エーテル)の扱い方を人に指示し、『悪魔』を討つ為の組織(システム)を作り出した。

 

それが『聖葬連盟』。

彼女の死後も、人が『悪魔』に立ち向かえるように作られた組織だ。

そして彼女の死後、残された者たちによって聖女レイラインは神格化され──

 

現在の『聖葬教会』へと在り方を変えたのだ。

 

 

──ってこと。分かった?」

 

 

そう、教書に書かれた内容に予備知識を盛り込みつつ、エルシーは子供達に教えていた。

時には歴史だけではなく、現状を交えて。

ただの過去の知識ではなく、彼等の糧になるように。

 

 

「「はーい!」」

 

 

エルシーの問いに、子供達は元気に返事をしている。

僕は子供達より離れた席に座り、彼女の講義を聞いていた。

そして、僕の隣には司祭オーヴェンも居る。

 

彼は感心したような顔で頷き、僕へと視線を向けた。

 

 

「……驚きました。彼女は教師に向いていますね?」

 

 

小さな声で、授業の邪魔にならないように。

エルシーに聞こえないように話しかけてきた。

 

 

「……僕も、ちょっと驚いてます」

 

「そうなのですか?人に物を教えるような事は、経験がなければ熟せません。誰かに教えているような場面を見た事はないと?」

 

「それは──

 

 

ふと、脳裏に浮かぶ。

普段の彼女の姿を。

僕に対して偉そうに、それでも為になる教養を語る姿を。

 

僕は首を横に振った。

 

 

「普段から……確かに、僕に色々と教えてくれてます」

 

「……そうですか」

 

「といっても、あんなに優しくはないですけど」

 

 

僕は自嘲気味にそう言った。

相手は子供達なのだから、僕と比べるのは良くないけれど。

 

普段見せている彼女の苛烈さは今、鳴りを潜めていた。

 

普段の彼女は何故、どうして……。

僕は椅子に深く座って、教壇に立つ彼女の姿を見つめる。

どこか、少し楽しそうな彼女を──

 

 

「彼女は優しい人なんでしょうね」

 

 

横から声が聞こえた。

 

 

「……エルシーが?」

 

「はい。貴方もそう思いませんか?」

 

 

僕はその言葉に視線を向けず──

 

 

「……はい」

 

 

ただただ、小さく頷いた。

彼女は何故か露悪的に振る舞っているけれど、本当は……今の姿の方が、彼女の本当なのだろう。

 

……いつか、彼女が素直に振る舞えるようになれば良いな……と、僕は思った。

そして、その時、僕が彼女の手伝いが出来れば良いな……とも。

 

手元にあるボロボロの教書を、僕は捲った。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「……全く、余計な事で寄り道しちゃったんですけど」

 

 

文句を言いながら、エルシーが砂浜に杭を刺した。

杭は銀色で、聖葬教会の紋様が彫られていた。

 

 

「……ごめん、エルシー。付き合わせちゃって」

 

「……別に。謝る必要はないと思うけど」

 

 

僕は彼女が砂浜に刺した杭を、強く踏んで深く突き刺す。

杭の頭が目立たなくなるまで、砂浜に埋める。

 

これを何度も、港町ウェラポリの海沿いの砂浜に設置していく。

桟橋がある箇所は縄を使って固定する。

 

教会での用事が終わった後、僕達はウェラポリの海沿いに来ていた。

そうして今、作業を終えた頃には……空の色も茜色になっていた。

結構な重労働だ。

 

そして、何故、こんな事をしているのかと言うと──

 

 

「準備完了っと……ユーリは少し離れて」

 

「あ、うん」

 

 

エルシーが杭の一つの前に立ち、両手で杭を押さえた。

彼女の身体から、神聖力(エーテル)が溢れる。

目に見えるほどに膨大な神聖力(エーテル)が、杭と隣接する杭へ繋がる。

杭から杭へ、その杭から別の杭へ。

 

今まで設置してきた杭を中継し、港町ウェラポリの海岸を覆う。

 

 

「『主よ、貴方に仇為す悪しき者の不義を照らしたまえ』」

 

 

聖句の詠唱と共に、彼女の神聖力(エーテル)が『奇跡』へと変化する。

 

 

「『聖なる境界(ホーリーアレイ)』」

 

 

杭が青白く光り、空間を照らす。

頭上に立ち昇り、光の柱がウェラポリの港を空へと繋ぐ。

少しすれば……光は収まり、足元の杭が辛うじて光っているだけとなった。

 

 

「……ふぅ、こんなものね」

 

 

エルシーは汗を拭って、息を深く吐いた。

 

これは『悪魔』の接近を知らせる『結界を作り出す奇跡』。

つまり、聖女レイラインが持っていた128の『奇跡』の一つ……それを再現したのだ。

 

結界は杭を中心に発生し、範囲の中に入った『悪魔』の位置を術者に知らせる。

結界の範囲は込められた神聖力(エーテル)によって変動するが……先程の様子から、エルシーは大量の神聖力(エーテル)を注ぎ込んだに違いない。

これで海から上陸しようとする『悪魔』が、上陸する前に発見できるだろう。

 

エルシーの手際の良さに敬服する。

落ちる太陽の光を浴びて、彼女の頬は赤く染められていた。

 

それはまるで、町で売られている美人画のようで──

 

無意識の内に見惚れていた僕に、彼女が視線を戻した。

そして、訝しむような表情を浮かべた。

 

 

「……なんで呆けてんの?」

 

「え、あっ……そ、その、ごめん」

 

「はぁ……?意味分かんないんですけど」

 

 

彼女は疲労からか、それとも僕に呆れたのか……いいや、両方の意味でため息を吐いた。

 

 

「あーあ。ユーリも早く、これぐらい出来るようになって欲しいんだけどなぁ……」

 

「……ご、ごめん」

 

 

彼女の頬に汗が伝う。

肉体的疲労と、神聖力(エーテル)を扱った疲労が重なっているのだろう。

 

申し訳なく思っていると、エルシーは少し呆れたような表情で笑った。

 

 

「ユーリは幾つ、『聖書』の『奇跡』を使えるの?」

 

「……3つだよ」

 

「……頭わるわる祓魔師(エクソシスト)なの?」

 

「……うっ、でも同期に比べれば……覚えてる方だし……」

 

 

この言い訳は事実だ。

『下位』の祓魔師(エクソシスト)の殆どが『聖書』の『奇跡』を1つ再現出来る。

その中でも詠唱が得意な祓魔師(エクソシスト)は2つ、3つ覚えている。

だから、僕は多い方なのだけれど……。

 

 

「やっぱり、バカなの?」

 

 

そんな僕の言い訳を聞いたエルシーが、僕の頭に手刀を喰らわせた。

……痛くはない。

力も神聖力(エーテル)も込められてないからだ。

 

 

「その辺の『下位』祓魔師(エクソシスト)と比べても仕方ないんですけど?」

 

「……ご、ごめん」

 

「全く……」

 

 

エルシーに出会うまでは1つしか使えなかった、とは言わない方が良いだろう。

何を言っても言い訳でしかないからだ。

 

そして代わりに、ふと疑問が湧いた。

 

 

「……エルシーは幾つ使えるの?」

 

「101よ」

 

 

……目を瞬く。

確かにエルシーの詠唱する『聖句』の種類は多いと思っていた。

任務によって最適解の『奇跡』を再現しているからだ。

 

だがしかし、まさか……128個中、101個使えるなんて──

 

 

「じゃあ……あと、27個覚えたら全部使えるって事?」

 

「……はぁ、バカ過ぎなんですけど?」

 

 

僕の問いに対して、返答の代わりに罵倒と手刀が落ちてきた。

心なしか、先程より少し力が籠っていた気がする。

 

何故叩かれたのか分からなくて目を回す僕に、エルシーがため息を吐いた。

 

 

「聖女レイラインが聖書に残した奇跡は101個だけなんですけど。そんな事も知らないの?」

 

「え?……そうなの?128個持ってたのに、なんで?」

 

「……はぁ」

 

 

エルシーが眉間を指で揉んだ。

そして、砂浜から立ち上がり歩き出した。

慌てて、僕は彼女の後ろを歩く。

 

 

「聖女レイラインが持っていた『奇跡(サイン)』は128個。だけど、その128個全てが再現して良い『奇跡』ではなかったってこと」

 

「……再現したらダメな奇跡ってあるの?」

 

「そう。何かを代償に扱える『奇跡』があるの。命とか、身体の一部とか、記憶とか……寿命とか」

 

「え……?」

 

 

凡そ、『奇跡』と呼ぶには物騒な話に驚く。

 

 

「聖女レイラインは自分が残した『奇跡』で誰かが傷付くのが嫌で、残さなかった……そして、教会も信仰を守るために明示しなかった」

 

 

砂浜に残る彼女の足跡をなぞり、僕は歩く。

 

 

「それが『27の知られざる奇跡』。別に教会が隠しているって訳じゃないけど、教書には書いてない公然の秘密」

 

「……そんなのが──

 

 

って、『聖書』に残されていない奇跡は27だって?

128個中の27個が再現できない奇跡だとしたら──

 

 

「って、あれ?じゃあエルシーが使える奇跡は101個って事は──

 

「そう。現存する『奇跡』の詠唱と再現が、全て出来るって事」

 

 

目を瞬く。

 

 

「……エルシーって凄いんだね」

 

「は?今更?」

 

 

いや、凄いのは知っていた。

僕と同年代なのに『上位』だという事も。

僕なんかよりも何倍も『聖銀器』の扱いが上手いという事も。

 

 

「え、いや、その……改めて凄いな、って」

 

「……ふーん、そう」

 

 

エルシーは何故かバツの悪そうな顔をして、視線を逸らした。

彼女は自信満々で、いつも不遜なのに……こうして褒められると嬉しくなさそうな顔をする。

 

照れ隠しでもなく、本当に嬉しくなさそうに──

 

 

「はぁ……ユーリ、そろそろ帰らないと。司祭に譲ってもらった寝具、室内に運ばないといけないでしょ」

 

「そ、そうだね」

 

 

不機嫌そうな表情で、僕に視線を戻した。

僕は慌てて彼女の側に駆け寄った。

 

横に並べば、僕より低い彼女の……薄紅色の髪が目に映る。

 

波の音と、潮の香り。

茜色の夕日。

 

全てが彼女の魅力を引き立てているようで。

 

僕は動悸している。

大きな心臓の音だけが聞こえていた。

 

 

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