TSメスガキ鬱ゲークラッシャー   作:WhatSoon

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#6 余計なお節介

私は孤児院の子供達に勉学を教えて。

ユーリは教会の清掃や修復をして。

 

そうして毎日を過ごす。

 

ユーリは夜にこっそりと、机に向かって勉強していたけれど。

多分、私の授業にあてられたのだろう。

 

そうして、二日、三日と過ぎて行き──

 

 

 

 

十日後。

 

 

 

 

港町ウェラポリ、深夜。

私とユーリは修道服を着て、浜辺に来ていた。

 

浜辺に設置していた杭から、『悪魔』の気配を察知したからだ。

 

 

「……ユーリ、準備は?」

 

「うん……大丈夫」

 

 

私の問いにユーリが頷く。

海から来る『悪魔』の上陸に備えて、完全装備をして来ている。

腰のポーチには聖水が二つ。

投擲武器の聖なる銀で出来た杭を二つ。

 

胸元の『聖銀器』、ロザリオを武器へと変える。

ユーリは大剣(クレイモア)に。

私は大鎚(スレッジハンマー)に。

 

暗闇。

雲が月を隠している。

暗闇が続く水平線から、何かが来ているのが見えた。

 

……神聖力(エーテル)の無駄遣いはしたくないが、背に腹は代えられない。

 

 

「『主よ、全てを見通す眼にて厄災を知らせたまえ』」

 

 

聖句の詠唱をして、『奇跡』の再現を行う。

 

 

「『聖なる不盲(ホーリーバインドネス)』……」

 

 

視界を覆う暗闇が晴れていく。

だが、これは現実で光を照らす奇跡ではない。

自身に対する暗視強化(バフ)、『暗闇を見通す奇跡』の再現だ。

 

これは他人に適用できない、自己強化。

だから、ユーリは暗闇の中『悪魔』と戦わなければならない。

……地上、砂浜には多少の灯りはあるが。

灯台から漏れる光だけが頼りだ。

 

私は『聖銀器』である大鎚(スレッジハンマー)を構えて、一歩前に出る。

 

 

「いい?ユーリ、『悪魔』を十分引き付けて、必ず地上から海に帰れない位置まで誘き寄せること」

 

「……うん、分かってるよ」

 

「町を守ろうなんて考えず……ちゃんと陸地まで引き付ける事。分かってる?」

 

「……大丈夫だよ」

 

「なら、いいけど」

 

 

この話は既に、何度もした話だ。

それでも、この緊張した局面で忘れていないか確認したかったのだ。

 

ユーリは甘い。

『悪魔』が地上に……町へ向かう可能性が出た時、無理をしてしまう可能性があった。

故に、念押ししたのだ。

 

 

「……ふぅ」

 

 

聖なる銀で出来た大鎚(スレッジハンマー)を強く握る。

相手は手配書で『中位』指定。

だが、本当は『上位』の悪魔だ。

ゲームの知識では巨大な熊の手足の生えた鮫……つまり、『サメグマ』の『悪魔』だった。

単純な肉弾戦能力と、切断系攻撃を軽減する強靭な皮膚……逆立つヤスリのような肌が特徴の『悪魔』だ。

 

だが、私の武器は大鎚(スレッジハンマー)

『サメグマ』の『悪魔』に効果的な筈だ。

 

だが油断するつもりはない。

出し惜しむつもりもない。

 

私の視界に『何か』が映る。

確かに、海の上を走るように滑っている。

 

……いや、待て。

 

確かに、手配書には『海上を滑るように』と書いてあった。

それは『サメグマ』が水面のすぐ下を泳ぎ、背のヒレが走っているように見えるから……だと思っていた。

 

……だが、違う。

 

何だ、アレは?

鮫の背ビレではない。

 

本体が、海の上を走っている。

アレは鮫でも、熊でもない。

 

 

「……っ──

 

 

思わず不安と驚愕で声が漏れそうになる。

だが、それを飲み込む。

 

落ち着け。

私が不安になってしまえば、ユーリに伝播してしまう。

 

私は深呼吸して、こちらに迫る『悪魔』の姿を見た。

 

アレは『マンタ』だ。

鳥のようなヒレを左右に持ち、2本の口ヒレがツノのように備わっている海洋生物。

 

そんな海洋生物の姿を模した『悪魔』が水面を滑るように走り、急速に向かって来ている。

 

想定外の姿に混乱しつつも、それでも立ち向かわなければならない。

 

 

「ユーリ、迎撃準備!上陸まで……12秒!」

 

「分かった……!」

 

 

気を遣っている余裕はない。

『悪魔』との戦いにおいて『彼から嫌われよう』とか『好かれたくない』とか、そんな事を考えている余裕はない。

 

特に、今回は──

 

何故、原作と違う『悪魔』の姿に?

あの『悪魔』は強いのか?

どんな能力を持っているのか?

 

湧いた疑問を脳裏に押し込み、迎え撃とうと──

 

瞬間、『悪魔』が水上を跳ねた。

 

 

「はぁ!?」

 

 

凡そ、海洋生物らしからぬ挙動。

しかし、そのマンタを模った部位の下を見て、私は理解した。

 

そこにあったのは、触手だ。

吸盤のないタコのような足が、何本も並んでいた。

その触手は水の上を弾くように、マンタ型の頭部を持ち上げていたのだ。

 

禍々しい姿に一瞬、息を呑んだ。

 

そんな『悪魔』の触手が水面を叩き、宙へ飛び上がった。

 

 

「……っ!ユーリ、上から!回避!」

 

「えっ──

 

 

瞬間、巨大な影が私達を覆った。

触手の生えた巨大なマンタが、私達に向かって飛び込んできたのだ。

 

私とユーリは、即座に左右に分かれて回避した。

砂が巻き上がり、私たちの顔を打つ。

 

 

「くっ……」

 

「うわっ!?」

 

 

同じ方向へ避けないのは、マンタが空中制御を出来た場合を考えて、だ。

 

幸い飛行能力はないようで、先程まで私達が居た場所に着地していた。

 

私とユーリで『悪魔』を挟むように立ち回る。

下手な木より太い触手が、マンタである本体部らしき頭を持ち上げた。

 

大きい──

 

いや、大き過ぎる──

 

立ち上がれば小さな建造物……それこそ、この町の教会より、背丈は高い。

一瞬、気圧されそうになるほどの威圧感。

 

『中位』な訳がない。

間違いなく『上位』……危険度が識別(カテゴライズ)不能の『悪魔』だ。

 

怖気、威圧感、恐怖。

それらを振り払うように、体に神聖力(エーテル)を満ちさせる。

呼吸一つ、身を引き締めて……大鎚(スレッジハンマー)を大地へと叩きつけた。

直後、大鎚(スレッジハンマー)が砂浜が爆ぜさせた。

 

その反動は跳躍力となり、私を宙へと投げ出す。

 

 

「はぁっ!」

 

 

そのまま、大鎚(スレッジハンマー)を『悪魔』へと振り被る。

 

私の動きに『悪魔』は反応出来なかったか──

 

それとも脅威と見做されていないのか──

 

大鎚(スレッジハンマー)が直撃し、爆ぜた。

 

込められた神聖力(エーテル)が聖銀器を通して、『悪魔』に対する特効となる。

直撃した『悪魔』の頭部を抉り取り……私は『悪魔』を飛び越えて、ユーリの居る側へ着地した。

砂の上を滑り、『悪魔』へと向き直る。

 

確かな手応え。

確実にダメージになった筈だ。

 

視界に映ったのは頭部の一部が消失した『悪魔』の姿だった。

ユーリの表情が少し明るくなる。

 

 

「エルシー!このまま畳み掛けて──

 

「待って!何か、変なっ──

 

 

おかしい。

『悪魔』に焦る素振りも、暴れる素振りもない。

極めて冷静な姿だ。

頭を抉られたというのに。

 

『悪魔』は人の悪意が集約して生まれた仮想生物。

人間と同程度の知能を持つが、本能で動く獣。

自身の危機には取り乱すし、怒りもする。

 

だから、この冷静さは──

 

瞬間、『悪魔』の持つ触手が揺らいだ。

 

 

「まずっ──

 

 

私とユーリ、双方の息を呑む声がした。

そしてそれを認識する間もなく、触手がこちらに迫って来た。

 

速い!

巨体に似合わない、触手を使った鞭打。

しかし、見えない程ではない。

 

私は大鎚(スレッジハンマー)を回転させ、触手を叩き返す。

一本、二本と殴り返せば、触手は『悪魔』の元へと帰っていった。

 

ちら、とユーリを一瞥すれば……その触手を大剣(クレイモア)で叩き切っていた。

叩き切られた触手は地面に転がり、動きを止めていた。

私の大鎚(スレッジハンマー)とは違う、斬撃系武器の利点が出ていた。

 

しかし、そんな事も喜べない光景が目の前にあった。

 

 

「……最っ悪なんですけど」

 

 

『悪魔』は五体満足で砂浜に立っていた。

そう、少しも欠損していない。

先程、頭部を抉った筈なのに。

 

再生能力。

『悪魔』は確かに、多少の欠損は再生する事が出来る。

だがそれは、長時間かけてだ。

こんな一瞬、目を離した隙に大きな傷が治るなんて……異常なのだ。

 

……この再生能力こそが、この悪魔の能力か。

声には出さず、結論を出す。

 

 

「エルシー……あの『悪魔』は──

 

「分かってる」

 

 

言うならば、『超再生能力』。

多少のダメージでは、この『悪魔』に対しては無意味だという事。

 

ユーリも同じ結論に達したようだ。

頷いて、大剣(クレイモア)を握り直していた。

 

そして先程の光景を思い出す。

大鎚(スレッジハンマー)の攻撃では足りない。

私の神聖力(エーテル)だけでは、威力と範囲を補えない。

 

それなら──

 

 

「ユーリ、前衛お願い」

 

「分かった」

 

「死んだら殺すから」

 

「……分かってるよ」

 

 

ユーリが大剣(クレイモア)を構えて、私の前に立った。

対して私は数歩下がった。

 

そして、腰のポーチを開き……聖水を二本、口に含む。

聖水に込められた神聖力(エーテル)が、私の神聖力(エーテル)を引き上げる。

一時的に、自身の身体から生み出される神聖力(エーテル)量を底上げする。

 

しゃがみ込み、腰の杭を二つ、砂浜に刺した。

この二つの杭を教会の二柱に見立てる事で、簡易的な聖域を再現する。

それは『奇跡』の精度と規模を拡張する、儀式の形代だ。

 

瞬間、『悪魔』が動いた。

私が何かしようとしているのを察したようだ。

私の方へ触手が伸びるが……回避行動は取らない。

この聖域の再現が損なわれるからだ。

 

なら、どうやって対処するのか。

……ここに居るのは私だけではない。

 

 

「行かせないっ!」

 

 

ユーリが触手を切り落とした。

大丈夫、信頼している。

彼なら対処できると。

 

私は少しも迷わず、躊躇わず、気にもかけず……聖句の詠唱を始める。

 

 

「『主は、その手で邪なる者へ裁きを下す』」

 

 

触手が再び、私へ向けて伸びてくる。

それでも詠唱は止めない。

聖句を重ねる。

 

 

「『何を以って邪とするか』」

 

 

ユーリが守ってくれるから。

気を逸らさずに、今はただ全身全霊で『奇跡』を再現する。

 

 

「『主に仇為す者を邪とし』」

 

 

聖句を繋ぐ。

聖句の詠唱は短くする事だって出来る。

慣れれば一節だけで『奇跡』の再現を行える。

 

 

「『弱き者を虐げる悪逆を取り除く』」

 

 

だが、略唱では『奇跡』の強度が落ちる。

それではこの『悪魔』を討てない。

 

だから、今。

全ての聖句を詠唱し、完全な『奇跡』を再現する必要があるのだ。

 

 

「『光の審判を』!」

 

 

相手が再生能力を持つ『悪魔』ならば、再生できない程にダメージを与えればいい。

それだけの話なのだ。

 

 

「『聖なる稲妻(ホーリーライトニング)』!」

 

 

詠唱を終えた瞬間、身体から急激に神聖力(エーテル)が抜けていく。

聖域の形代にしていた杭が砕けた。

 

私の本来持つ神聖力(エーテル)

聖水による増幅。

更には儀式化による強化。

その全てが一つの『奇跡』を再現する為に──

 

 

瞬間、轟音と共に空が光った。

 

 

深夜の水辺を光が覆う。

強烈な目を焼く程の、刹那の光。

 

それは、雷だ。

 

天から『悪魔』に向けて、雷が落ちたのだ。

その速度は光より少し劣る程度。

一瞬よりも速すぎる一撃。

回避不能の膨大な力が、『悪魔』を貫いたのだ。

 

主の裁き……即ち、稲妻の再現。

莫大な神聖力(エーテル)と引き換えに再現する、私の『とっておき』だ。

 

 

結果は──

 

 

焼ける音。

爆ぜる音。

 

そして、大気が震えた。

 

雷は『悪魔』の身体を貫通し、それは熱となり内側から爆散させたのだ。

『悪魔』の頭部、そして身体である『マンタ』の姿はもう、無かった。

 

 

「っ……!はぁっ、はぁ……」

 

 

息を深く吸う。

神聖力(エーテル)は生命力だ。

急激に抜ければ、身体に不調となって現れる。

 

突然の眩暈。

平衡感覚が失われる。

そして吐き気まで。

 

気持ちの悪い感覚と共に、膝から崩れ落ちる。

 

 

「……き、っつ」

 

 

汗が大量に流れる。

 

そして──

 

 

「エルシー!まだ終わってない!」

 

 

視線を戻した。

 

そこでは『悪魔』が再生を始めていた。

 

 

「え……?」

 

 

私の全力を受けて、まだ再生できる余裕があるのか?

 

どこかぼんやりした意識。

まるで壇上の踊り子を観る、観客のような他人感。

そんな現実味を帯びない感覚で私は──

 

 

……っ!?

 

 

ようやく意識が覚醒してくる。

そして現状を正しく理解した。

 

私の最大攻撃力を持つ『稲妻を再現する』奇跡が効かなかった。

正確には、効いたが……仕留めるに至らなかった。

 

その傷も治りつつある、という事だ。

失態、二つの文字が脳裏に浮かぶ。

 

だが、後悔していても意味がない。

意識を切り替えて──

 

 

「ユー、リ!」

 

「っ、分かった!」

 

 

声を掛ければ、ユーリが飛び出した。

詳細を言わなくても、理解してくれたようだ。

 

言わずに済むのは大きい。

何故なら、『悪魔』が人語を理解しているからだ。

相手が物言わぬ獣だからと油断すると、手痛いしっぺ返しを貰う事になる。

 

 

「はああぁっ!」

 

 

ユーリが大剣(クレイモア)を振りかぶり、回転した。

触手を切り払い、『悪魔』の本体へ向かって走り出す。

 

『悪魔』が半壊している今、これが好機だ。

ここで可能な限り削り……討つ。

 

ユーリが飛び上がり、大剣(クレイモア)を『悪魔』の頭部へ突き刺した。

『悪魔』は振り払おうとするが……ユーリは大剣(クレイモア)を捩り、頭部へと固定した。

 

そして──

 

 

「『主よ、悪意ある者を罰したまえ』!」

 

 

ユーリが聖句を詠唱し始めた。

 

 

「詠唱……!?」

 

 

私は驚愕しながら、その景色を見ていた。

ユーリが得意とする詠唱に有効打となり得る物は──

 

 

「『聖なる電撃(ホーリースパーク)』!」

 

 

瞬間、ユーリの持つ大剣(クレイモア)を中心に、電撃が発生した。

つまり、悪魔に突き刺さっている今ならば──

 

体内に直接、電気を流したのならば──

 

『悪魔』が身を捩り、もがく。

その軟体は水分を過分に内包しているのだろう。

電気はよく通るようだ。

 

しかし、あの『奇跡』をユーリが使っているのは初めて見た。

きっと、毎夜練習していた『奇跡』なのだろう。

 

思わず、頬を緩めて……己の膝を叩いた。

 

ここで立てなきゃ──

 

ここで戦えなければ──

 

何のために私は生きているのか?

 

震える身体を無理矢理立たせる。

 

 

「こ、のぉ……っ」

 

 

息を深く吐き、深く吸う。

そして『奇跡』を発現させる。

 

私の扱える101の『奇跡』の模倣ではない。

本物の『奇跡』、この身に刻まれた『奇跡(サイン)』だ。

 

『奇跡』の模倣は、本来扱えない者が神聖力(エーテル)を消費して再現する技能。

 

対して、本物の『奇跡(サイン)』に神聖力(エーテル)は必要ない。

神の祝福とはよく言ったもので、無際限に扱う事が出来る。

 

だから、今。

神聖力(エーテル)が枯渇している状態でも、本物の『奇跡(サイン)』ならば扱える。

 

 

そして、その『奇跡(サイン)』は──

 

『寿命を代償に力を得る奇跡』。

 

 

その得られる『力』とは何か。

腕力か、脚力か、それとも知力か?

 

答えは、どれでもある、だ。

 

この『奇跡(サイン)』の本領は、単純な肉体の強化ではない汎用性だ。

凡そ、力と呼べる物ならば如何なる物にでも変換できる。

 

なら、今、必要な『力』とは──

 

 

「く、ぅ……!」

 

 

寿命を代償に、神聖力(エーテル)へと変換する。

 

まるで水瓶に穴が空き、中身が溢れていくような感覚。

残りの(寿命)は分からない。

 

それでも、出し惜しみは出来ない。

自らの不足で誰かが死んでしまったら、私はもう立ち直れなくなる。

今、ここで、私が立ち続ける為には押し通さなければならない物がある。

 

その為に。

 

私の命を神聖力(エーテル)へ変換して──

 

 

 

「エルシー!避けて!」

 

 

 

ユーリの声が聞こえた。

 

身体の内面に集中し過ぎていた。

神聖力(エーテル)の欠落による意識の混濁と、疲労による思考力の低下で気付かなかったのだ。

 

顔を、上げれば──

 

マンタの触手が、私に向けられていた。

それは、捻れて……人を殺傷するのに最適な形をしている。

 

 

「あっ──

 

 

ユーリは地面に投げ捨てられていた。

その手に聖銀器はない。

 

頭部に突き刺さったままだ。

それでも『悪魔』は、その大剣(クレイモア)を引き抜くよりも……私という『障害』を排除する事を選んだのだ。

 

先程の、雷を撃たせない為に。

 

 

捻れて、鋭くなった触手が私へ向けて──

 

 

「エルシー!」

 

 

射出された。

 

速い。

まずい。

 

避けられなっ──

 

 

()っ……!?」

 

 

鮮血が私の左肩から散った。

激痛と共に、異物が身体を貫通した違和感。

それらを感じながら、私は砂浜を転がった。

 

間一髪、人体の重要な部位への直撃は避けられた。

 

だが、回避は間に合わなかった。

血が修道服を染める。

 

奇跡(サイン)』によって生まれた神聖力(エーテル)で身体の自己治癒を強化しつつ、片手で砂浜から立ちあがろうと──

 

そんな猶予を『悪魔』が許す訳ない。

再び、触手を捻りながら私へ向けて──

 

 

発射した。

 

 

触手が。

 

死が。

 

私へと迫る。

 

 

自身でも驚くほど、冷静に迫り来る『死』を見ていた。

全てが遅く見えた。

そして、もうどうしようもないのだと……そう自覚した。

最初から『奇跡(サイン)』で寿命を使っておけば良かった、なんて。

結果論だけの僅かな後悔を抱いて。

 

 

 

私に、触手が──

 

 

 

また、血が飛び散った。

 

だけど、痛みはなかった。

致命傷だから、脳が痛みを感じなくしたのか?

 

違う。

私に新たな傷はなかった。

 

 

「あ……」

 

 

貫かれたのは私ではなかった。

私の前に、私を庇うように立っている。

彼が。

 

 

「ユ、ユーリ……?なんで……?」

 

 

そのまま投げ飛ばされて、地面に転がった。

受け身も取れず、無気力に。

そして、その身体の下に血溜まりが出来ていた。

 

 

私の相棒(バディ)が、腹を、貫かれて──

 

記憶の奥底に焦げ付いた景色が重なる──

 

私を慕ってくれていた少女の死体が──

 

焦燥が──

 

後悔が──

 

懺悔が──

 

私を──

 

 

 

瞬間。

 

 

 

「ぐっ」

 

 

私は唇を噛んだ。

血が出る。

痛みが、朦朧としていた意識を呼び覚ます。

 

今、出来る事を全力で実行する。

それだけしか考えられない。

 

全身、全霊。

私に刻まれた『奇跡(サイン)』を発現させる。

 

 

「う、あぁ……!」

 

 

莫大な神聖力(エーテル)が、瞬時に身体の傷を塞いだ。

大鎚(スレッジハンマー)を手に、立ち上がる。

 

 

「ああぁあ!」

 

 

言葉にならない感情の発露と共に、私は地面を蹴った。

 

私の本来持つ神聖力(エーテル)の数十倍を込めた身体強化。

それは暴力的なまでに肉体の性能を向上させていた。

 

宙を飛んだ私は、『聖銀器』に神聖力(エーテル)を込める。

鈴のような音が鳴り響く。

 

『聖銀器』の限界を超えて込められた神聖力(エーテル)が、大気を震わせている。

これは大鎚(スレッジハンマー)が悲鳴をあげている声だ。

 

宙を飛んだ私に、触手が殺到する。

防御もせずに、その嵐のような攻撃に突っ込む。

 

身体の表面に傷が走るが、神聖力(エーテル)で強化された肉体に大きな傷を与える事はできない。

 

 

「こ、のおぉっ!!」

 

 

怒声と共に、再び大鎚(スレッジハンマー)を『悪魔』へと叩きつけた。

狙いは、ユーリが残した大剣(クレイモア)だ。

 

その大剣(クレイモア)の柄尻に、大鎚(スレッジハンマー)が衝突し──

 

 

神聖力(エーテル)大剣(クレイモア)を通して、爆ぜた。

『悪魔』の内部を中心として、神聖力(エーテル)が爆発する。

 

即ち──

 

 

「く、った、ばれぇっ!」

 

 

閃光。

本来、神聖力(エーテル)は視認できないが、飽和した膨大な神聖力(エーテル)は目に見える。

 

光となって、爆ぜるように輝く。

 

『悪魔』が、砕けた。

マンタ型の頭部から、その触手の先に至るまで神聖力(エーテル)が走り、爆ぜたのだ。

その反動に吹き飛ばされて、私は宙へ弾き飛ばされた。

 

 

「あ、がっ」

 

 

砕けた『悪魔』が霧散していく中、私は砂浜に落下した。

着地の事は考えていなかったから、そのまま顔から転げ落ちた。

 

 

「く、う、げほっ」

 

 

口に入った砂を吐き出す。

『悪魔』は崩壊した。

 

確実に仕留めた。

詳しく確認しなくても分かるほどに。

過剰に破壊された。

 

 

「後、は……ユー、リを……」

 

 

だが、まだ、やらなければならないことがある。

とうに限界を迎えている身体に鞭を打ち、私は……砂浜に倒れているユーリの下へ辿り着いた。

 

 

「あ……」

 

 

彼の息は、荒い。

腹に穴が空いている。

 

治癒の『奇跡』の模倣では治せなさそうな、欠損した傷。

 

絶対に苦しいのに。

痛いのに。

辛いはずなのに。

 

 

「ご、めん……エル、シー……」

 

 

それでも、少し満足げだった。

彼の目は私と、倒された『悪魔』に向いていた。

 

きっと、私を守れた事に。

『悪魔』が倒された事に。

その二つで満足しているのだろう。

 

その表情を、私は知っている。

私を助けて満足げに逝こうとしている、その顔を。

 

見た事が、あった。

彼ではなく、別の人間が浮かべているのを見た事があった。

 

だから、無性に腹が立った。

本当に凄く、凄く腹が立った。

凄く、凄く、凄く凄く凄く凄く腹が立って。

 

 

「……死なせて、たまるか……」

 

 

本当は罵声を浴びせたいぐらいだけど、そんな余裕は私にも彼にもない。

 

絶対に、死なせない。

死なせたくない。

死んで欲しくない。

死なないで欲しい。

 

だが、この傷は深い。

一目で分かる、内臓の欠損。

 

神聖力(エーテル)を使った『奇跡』の再現では、治しきれない。

間に合わないし、足りないだろう。

 

だけど『あの時』とは違う。

私は強くなった。

出来る事も増えた。

 

だから──

 

私は震える手で、ユーリの腰のポーチを開けて……聖水を二本、拝借した。

 

そして、それを口に含む。

口に含むだけ、飲み込む訳じゃない。

必要なのは神聖力(エーテル)を含む媒体。

 

それを私の体の一部……切れた唇から流れる血と、唾液を混ぜて──

 

 

ユーリの頬を掴んだ。

 

 

「エル、シー……?」

 

 

そして私は──

 

 

「んっ」

 

 

ユーリと唇を重ねた。

 

 

ユーリの目が見開かれる。

私が何をしているか分からないのだろう。

 

口に含んでいた聖水と唾液の混合物を、ユーリの口に流し込む。

 

内臓の傷から血が逆流していたのだろう。

ユーリの唾液からは、血の味がした。

 

神聖力(エーテル)を含む聖水と、私の体液。

それらを媒体に、ユーリを私の身体の一部として認識させる。

 

今、この一瞬だけ、辛うじて。

ユーリと私の間に、隔てる壁はなくなった。

 

故に……私の『奇跡(サイン)』が適用される。

私の寿命を捧げて、ユーリの自己治癒能力を引き上げる。

 

長いような、短いような間……私はユーリと唇を重ね続けた。

 

そして、少しして。

ユーリの腹の傷が無くなっているのを確認して──

 

 

「……っ、はぁ」

 

 

私は唇を離した。

艶やかな粘性のある液体が、私とユーリの唇の間に糸を引いた。

 

ユーリは自身の傷が塞がっているのに気付いたようで、それでも先程の状況が余程衝撃的だったのか何も言えず、呆けたような表情で私を見ていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

僕の唇に残る柔らかい感触。

口に残った異物感。

甘い匂い。

血の臭い。

 

入り混じって、頭がくらくらする。

 

それでも、頭上のエルシーの顔を見れば……少しだけ落ち着いてくる。

 

彼女は……どうしてか、僕が倒れた瞬間、急激に強くなって『悪魔』を祓った。

それは本気を出した、とか、きっとそういうのじゃない。

何か、僕には教えてくれていない彼女の秘密が関係しているのだと思った。

 

それは、恐らく……彼女が生まれながら『奇跡(サイン)』を持つ『聖人』だということ。

何故それを隠しているのか、それは分からない。

 

それでも──

 

その隠している筈の『奇跡(サイン)』を使って、傷の治療をしてくれた。

 

 

だから──

 

 

だから……。

 

 

僕の頬に水滴が垂れた。

それはエルシーから溢れた感情の発露だ。

 

彼女は眉を顰めて、怒っていた。

だけど、その目からは涙が溢れていた。

 

その表情の意味が、分からなくて。

僕には声を掛ける事もできない。

 

……彼女の唇が震えながら、動いた。

 

 

「なんで……私を、助けたの?」

 

 

それは疑問だった。

あまりにも簡単な疑問。

 

僕は口を開く。

 

 

「……エルシーに死んで欲しく、ないから」

 

 

そう回答すれば、エルシーは更に表情を険しくした。

 

 

「……そんなの、そんな、違う……おかしい、だって……そんなのっ!」

 

 

そして、声を荒らげた。

 

 

「どうして私より弱い癖に、私を守ろうとしたの!?なんで!?そんなの、要らないのにっ!好きでもない私を!」

 

 

感謝の言葉はない。

罵倒だけが返ってくる。

 

だけど感謝が欲しくて彼女を助けた訳じゃない。

ただただ、死んで欲しくなかったからだ。

 

僕の顔を見て、エルシーは言葉を吐き出す。

 

 

「私なんかを庇って!勝手に、良いことしたつもりになって!誰も、望んでないのに!」

 

「エル、シー……?」

 

 

彼女の心と行動のズレ。

その正体が薄らと見えてくる。

 

 

「シェリもそうだった……!私は望んでないのに!私を庇って、勝手に死んで……!迷惑なんだから!」

 

 

彼女が『こう』なったのは、元の相棒(バディ)が死んだからではない。

元の相棒(バディ)が自分を『庇って』死んだからだ。

 

だから、きっと。

 

彼女は誰にも好かれたくないのだろう。

自分を守ろうとして死ぬ人間を見たくないから。

 

彼女の抱えていた暗い感情を目の前にして、僕は何も言えなくなっていた。

そんな僕へ、彼女は己の感情を吐き出す。

 

 

「みんな、バカなんだから!私を庇った所で意味ないのに!なのに……なんで……!どうして……?もう、嫌なのに……!嫌なのに……」

 

 

彼女の表情が歪んでいく。

怒りから悲しみへと。

 

僕は彼女にこれ以上、辛い思いをして欲しくなくて……口を開いた。

 

 

「エル、シー……僕は──

 

「嫌い……嫌い、嫌い!ユーリなんて、大っ嫌い……!」

 

 

吐かれた言葉は僕に対する嫌悪の言葉。

なのに、その言葉を吐き出す度に彼女は傷付いた表情をしていた。

 

 

相棒(バディ)も解散するから……!二度と、私の仲間面しないで!もう、二度と!」

 

 

ポツリ、ポツリと。

 

彼女の感情にあてられたように、雨が降り始めた。

月を覆っていた雲は雨雲となって、僕と彼女に雨を降らせていた。

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