TSメスガキ鬱ゲークラッシャー   作:WhatSoon

7 / 16
#7 変われないモノ、変わらないモノ

「エルシーさん!一緒にご、ご、ごはん食べませんか!?」

 

「え?あ……うん、いいけど」

 

「やった!」

 

 

薄緑色の髪をした少女が嬉しそうに笑った。

 

彼女の名前はシェリ。

私の相棒(バディ)だ……いや『だった』か。

 

 

「最近、街では琥珀のブローチが流行ってるらしいですよ!」

 

「ふーん、そうなの?」

 

「はい!それで、その、よかったら一緒に買いに行きませんか!?」

 

「……うん、付き合うよ。何が欲しいとかもう決まってるの?」

 

「え、あれ?エルシーさんも買うんですよ?」

 

「いや、私は良いかなぁ……」

 

「えぇ!?折角だから買いましょうよ!お揃いで!」

 

 

彼女は少し気弱だったけど、妙な所で積極的で……優しくて可愛らしい女の子だった。

互いの師匠から勧められて相棒(バディ)となったが、義務感で付き合っている訳ではなかった。

 

彼女は私と仲良くしようと行動してくれた。

だから、私も彼女に寄り添った。

 

相棒(バディ)となった私達は、一緒に居る事が多くなった。

 

 

「ではっ!一緒に任務へ向かいましょう!」

 

「……汽車の切符は用意したの?」

 

「切符ですか?え!?まだ取ってないです……す、すすすみません」

 

「……まぁ、いいけど。一緒に買いに行こっか」

 

「は、はい!」

 

 

何処に行くにも。

 

 

「香りのする蝋燭を買ってみたんです!今夜、エルシーさんの部屋に行っても良いですか?」

 

「……なんで私の部屋で焚くの?」

 

「女子会したいからですよ!」

 

「……前回、私の部屋でパンケーキ焼いた時、ボヤ騒ぎになったの忘れてないからね」

 

「いえいえ!大丈夫です!そんなに火の勢いは出ないですって!……た、多分」

 

 

何をするにも。

 

 

「このカップケーキ美味しいですね!」

 

「そうだね」

 

「あ、その、エルシーさんのも美味しそうで……」

 

「……食べる?」

 

「あ、いえいえ!おかまいなくぅ……すみません!では、一口だけ頂きます!ふごっ──

 

「……シェリの一口、私の一口の3倍ぐらい食べてない?」

 

「ふふほんはほほいへふよ!」

 

「……飲み込んでから話そうね」

 

「ほひ」

 

 

私達は一緒だった。

 

互いの背を預け合って、『悪魔』と戦った。

何度も何度も何度も。

 

時にはピンチになる事もあったけれど、それでも二人なら打破出来た。

 

そう。

二人なら何でも出来ると思っていた。

 

きっと、これからも……そう思っていた。

 

 

だけど──

 

 

目に焼き付けられた光景は、傷だらけの相棒(バディ)の姿。

 

 

「……エルシー、さ、ん……」

 

 

血溜まりの中に倒れている、彼女の姿。

 

油断はなかった。

だから、ただの実力不足。

妥当な結末だったのだ。

 

単純な答えだ。

私達より『悪魔』がほんの少しだけ上手だった。

私は『悪魔』の攻撃を回避し損ねて……シェリに助けられた。

 

私が『奇跡(サイン)』を使用するより早く、彼女は私を庇ったのだ。

 

 

「ごめんなさ、い……いえ、エルシーさんの、所為では……貴女が、気に病む必要は、ないのです、から」

 

 

私自身が傷を負っても、『奇跡(サイン)』で自己治癒ができた。

……彼女が、その身を犠牲にしていなければ、私の寿命を捧げるだけで済んだのだ。

 

だけど、そんな事はシェリは知らない。

私が話していなかったから。

 

だから、現実は──

 

 

「……本当に、気に病まないで、下さい……エルシー、さん……」

 

 

何事にも楽しそうに輝かせていた彼女の目は……虚になり、もう私を見ていなかった。

お洒落好きで綺麗に整えられていた爪は割れていた。

背中を流し合った事もある綺麗な肌は、傷塗れで青紫色になっていた。

 

明確に理解できる。

彼女の死が、すぐそこまで迫っていた。

 

 

「……そう、ですよね……?今更過ぎますが……それなら、最後に……エルシーと……呼んでも、良い、ですか?」

 

 

私は必死に彼女を治そうとした。

だけど、何をしても意味がない。

治癒の『奇跡』の再現では、もう助からない。

 

 

「……ありがとう、ござい、ます……エルシー……」

 

 

彼女の名前を呼ぶ。

 

 

「本当に……本、当に……」

 

 

何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も。

彼女の名前を呼んだ。

 

だけど──

 

もう……返事は返って来なかった。

 

 

嬉しそうに私に話しかけてくれる声も。

慌てた様子で弁明する声も。

 

もう二度と聞く事は出来ない。

 

 

彼女は死んでしまったのだから。

 

 

私を庇って死んでしまったのだから。

 

 

シェリはどうして死んでしまったのか?

 

何故、私を庇ってしまったのか?

私が相棒(バディ)だからか?

いいや違う、きっと立場だけが理由じゃない。

 

私とシェリは親友だった。

互いに互いを大切だと思っていた。

 

それがきっと、原因なのだ。

私を大切だと思ってしまったのが、不幸の原因なのだ。

 

私を守ろうとした所為で。

 

この世界、所謂『鬱ゲー』と言われる世界で、私は不幸を取り除きたかった。

 

なのに、結局は……私が原因で──

 

 

「……エルシー、あまり気に病むな。お前の所為じゃない」

 

 

フロイラからの励ましも、今だけは欲しくはなかった。

いっそ罵倒して欲しかった。

その方が気を楽に出来たから。

 

 

「……最後に、別れを言っておけ。言わなければ、きっと後悔する」

 

 

生きていた頃の面影が少ししかない、彼女の遺体を棺桶に入れた。

 

 

シェリは私の所為で死んだ。

私が迂闊だったから。

 

この世界に生まれて、両親に助けられて、生き延びて。

 

誓った筈なのに。

この身を擦り減らしてでも、誰かを助けられたら、と。

 

なのに、私は……甘えてしまった。

独りが嫌だったから、親しい人を作ってしまった。

己の寿命を捧げるのを躊躇って、彼女に無理をさせてしまった。

 

 

 

だから──

 

この悲劇は──

 

私の、所為だ。

 

 

 

土をかける。

幸せな思い出を埋めるように。

私の中にある甘えを捨てるように。

彼女の遺体と共に、私の心を埋める。

 

 

もう二度と、誰かと親しくならないように。

私を大切に思おうとする人が現れないように。

 

 

私は悪辣に振る舞った。

人を貶して、自惚れて、愚弄して。

 

誰からも好かれない私を、私は演じていた。

 

こんな女を守ろうとする人間が現れないように。

 

 

 

なのに。

 

 

それなのに!

 

 

筈だったのに!

 

 

 

ベッドの上で横たわる、ユーリを見下ろした。

砂浜での『悪魔』との戦闘後、致命傷を負ったユーリを治療した。

 

シェリが死んでしまった後、ずっと後悔し続けて学んだ治癒方法で、だ。

 

それでも肉体の疲労は残る。

ユーリは疲労で気を失ったのだ。

私と違って、彼は『悪魔』相手に近接戦闘をしていたからだ。

 

そうして、ユーリは気を失い……私は教会まで彼をおぶって来たのだ。

外は既に明るくなっているというのに、それでもユーリは目を覚さない。

 

私は視線を下げて、ユーリの寝顔を見る。

 

あどけなさが残る、まだ若い男の顔。

その頬には昨晩付けられた傷が痕になって残っている。

 

それを指でなぞる。

痛まないように、優しく……微かに。

 

 

「……ユーリ」

 

 

名を呼びながら、昨晩の出来事を思い出す。

私を庇って傷付いたユーリを。

疲弊と疲労で……本音を溢してしまった私を。

 

どちらも、耐え難い。

 

ユーリは私を嫌っていると思っていた。

普段から、あんな振る舞いをしているから。

少なくとも好意は抱いていないだろうと。

 

それなのに、彼はその身を犠牲にしてまでも私を助けてしまった。

頼んでもないのに、願ってもないのに……私を助けてしまった。

 

 

何も、変わっていない。

あの頃から、私は……。

 

変わったつもりだった。

『つもり』だった。

 

今も、変わらない。

私はまた間違えた。

 

間違え続けている。

 

 

……このまま、私の相棒(バディ)に置いてはおけない。

 

これ以上、情を持たれたくない。

そして、彼に対して情を持ちたくもない。

 

間違いは直さなければならない。

だから、お別れだ。

 

 

私はベッドの側から離れて、鞄を手に取る。

……帰りのチケットを机に置いて、私は部屋を出た。

 

朝日が窓から照らしてくる。

鬱陶しく思い、少し目を細める。

 

不快感と疲労感、不安と喪失感に苛まれながら……私は教会を出て──

 

 

「おや、エルシーさん?何処かに行かれるのですか?」

 

 

司祭であるオーヴェンと鉢合わせた。

 

 

「……『悪魔』を討伐したから。だから、帰るんですけど?」

 

「あぁ、そうなのですか!これで漁師達も安心して海へ出られます……が、ユーリさんは?」

 

「まだベッドで寝てる。だから……そう、起きたら面倒見てあげてくれる?」

 

「えぇ、はい。それは構いませんが……お一人で先に帰られるのですか?」

 

「別に良いでしょ?文句でもあるの?」

 

 

睡眠不足のまま彼を睨むと、普段より不機嫌に見えてしまったようで司祭オーヴェンは自身の頬を掻いた。

 

 

「いえいえ、ですが……彼と喧嘩でもしたのですか?」

 

 

喧嘩?

……いいや、違う。

ただ、私が突き放しているだけだ。

 

喧嘩なんかより、ずっと下らない。

 

 

「違うんですけど?でも、二度と顔を合わせたくないかも」

 

「……そうですか」

 

 

司祭オーヴェンは少し悩ましそうな顔をした。

 

 

「もう帰っていい?無駄な時間を過ごしたくないんですけど」

 

 

その声なき疑問を無視して、私は司祭オーヴェンの横を通り過ぎようとした。

しかし、司祭オーヴェンは無言で一歩横にズレた。

私を遮るように……それでも、私が本気で嫌がったら通り過ぎる事が出来るように『一歩』だけズレたのだ。

 

 

「何?邪魔なんですけど」

 

 

このまま無視してもいい。

だけど……彼の真剣な表情を見れば、無視できなかった。

 

 

「すみません。要らぬお節介かも知れませんが……ユーリさんと一度、話し合った方が良いと思いますよ」

 

「はぁ?何で?」

 

「貴女は今、『悪魔』を祓う戦士というより、迷える子羊に見えますから」

 

「本当に要らないお節介なんですけど……何でアンタにそんなアドバイス貰わなきゃなんないワケ?」

 

「知っていますか?これでも私は、聖葬教の司祭なんですよ。牧師の経験だってありますから」

 

「……チッ」

 

 

舌打ちして、通り過ぎようとする。

司祭オーヴェンは、私を物理的に止めようとはしなかった。

 

だから、触れられない距離感で、私の後ろ姿に声を掛けてきた。

 

 

「エルシーさん。想いや考え、願いは案外……素直に人へ話した方が叶うと思いますよ」

 

「…………」

 

「想っているだけでは人に通じません。想いを伝え合う為に、私達は言葉を話せるようになったのですから」

 

「……それでも、言いたくても言えない事が、世の中には沢山あるから」

 

 

一方的にあれこれ言われる苛立ちから反論した。

それでも司祭オーヴェンは、私の言葉に眉を顰める事もなく笑顔のままで頷いた。

 

 

「はい、知っていますよ」

 

「だったら──

 

「しかし、エルシーさんとユーリさんは相棒(バディ)なのでしょう?」

 

「それと何の関係があるの?」

 

 

眉を顰めれば、対照的にオーヴェンは微笑んだ。

 

 

「私は祓魔師(エクソシスト)ではありませんから、少ししか分かりません。それでも『相棒(バディ)』という関係は、大切な仲間なのだと知っています」

 

「…………」

 

「それならば、きっと……彼は貴女の悩みを理解してくれますよ」

 

「……もう、私とユーリは相棒(バディ)じゃないから」

 

 

私はそのまま、オーヴェンへと背を向けた。

その背にまた、声を掛けられる。

 

 

「エルシーさん、子供達に何か伝えておきたい事はありませんか?」

 

「…………」

 

 

反射的に否定の言葉を吐き出しそうになった。

しかし、それでも……少し、私は吃って……口を開いた。

 

 

「ありがとう、って言っておいて」

 

 

短い感謝の言葉。

教師役をしただけの他人が、生徒に投げるべき言葉ではないかもしれない。

それでも、私は感謝をしたかった。

 

教師役がほんの少し、楽しかったから──

 

 

「分かりました。子供達に言っておきましょう」

 

「……別に言わなくてもいいけど」

 

「また会いに来てください」

 

「……気が向いたら、ね」

 

 

もう二度と来るつもりはない。

 

司祭オーヴェンの言葉を聞き流し、私はその場を後にした。

聖地レイラインへ帰るために。

 

 

「……やはり、優しい子ですね」

 

 

背後から薄らと聞こえた独り言を無視して、帰りの切符を握りしめた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

ボヤけた記憶。

混濁した感触。

倦怠感のある身体。

 

それらを知覚していくと同時に……僕は、目を開けた。

 

見覚えのある天井。

それがウェラポリの教会である事に気付いた。

 

 

「っ……」

 

 

身体にかけられていた布団を蹴って、上半身を起き上がらせた。

力が上手く身体に入らない。

汗が大量に出ている。

 

……息を深く吐いて、部屋を見渡す。

誰もいない。

 

窓の外は明るい。

朝のようだ。

 

 

「……あ、れ?」

 

 

頭を抱えて、混濁している記憶を整理する。

僕は昨日、エルシーと一緒に『悪魔』の討伐に向かって──

 

倒しきれなくて──

 

僕は、エルシーを庇って──

 

 

「…………」

 

 

自身の唇に手で触れる。

 

覚えているのは柔らかい感触。

仄かな熱と、血の味。

 

そして、そんな事よりも──

 

 

「……エルシー」

 

 

彼女の泣き顔。

懺悔と後悔、突き放すような言葉。

 

……エルシーがどうして、ああも人を突き放すような振る舞いをしているのか、ようやく分かった。

 

彼女は『大切な仲間が死んだ』から人と距離を置いているんじゃない。

大切な仲間が『自分を庇って死んだ』から距離を取っているんだ。

 

誰も自身を助けようと思わないように。

……どうして自分の命を軽く見られるかは分からないけれど。

 

 

「…………」

 

 

エルシーは『悪魔』を一人で倒し切った。

あの瞬間、普段の彼女より遥かに強かった。

彼女は隠しているみたいだが、『奇跡(サイン)』持ちの『聖人』なのだろう。

 

それが自分の命を軽く見ている原因なのか?

分からない。

 

訊かなければ。

話さなければ。

 

彼女の涙の理由を、僕は知らなければ。

 

僕はベッドから足を下ろし、立とうとして……よろめいた。

エルシーが治療をしてくれたけど、それでも本調子じゃないようだ。

 

身体に疲労が残っている。

まだ少し、せめて半日は休息しなければならない。

そう感じる。

 

だとしても、今は休んでいる暇はない。

 

 

「エルシーは……?」

 

 

彼女の名を掠れる声で呼んで、部屋を見渡す。

 

部屋の中にある筈の、彼女の荷物は無くなっていた。

机には、帰りの汽車の切符。

 

……それは彼女の意思表示だ。

僕に対する拒絶の意味。

 

 

『ユーリなんて、大っ嫌い!』

相棒(バディ)も解散するから!』

『二度と、私の仲間面しないで!』

 

 

僕が気を失う直前、彼女が吐き捨てるように口にした言葉を思い出す。

……僕はその切符を手にして、見つめる。

 

 

彼女を庇った事に、後悔はない。

それでも、その行動が彼女を傷付けてしまったという事に、僕が考えている以上に僕は心に傷を受けていたみたいだ。

 

彼女からすれば、僕はもう相棒(バディ)ではない。

僕が追ってくる事を、彼女は望んでいない。

 

だから、僕が追いかけても、きっと……自己満足でしかない。

彼女の辛さを知って、悲しみを知って、助けたい……そう考えているのは僕の身勝手だ。

僕の身勝手で、また彼女を傷付けるのか……?

 

 

「……どうすれば、いいのだろう」

 

 

分からない。

きっと、僕が未熟だからだ。

 

大切な人も守れない。

傷付いている理由も分からない。

 

そんな僕に何が出来ると言うのか──

 

 

ガチャリ、とドアが開いた。

そこには、この町の司祭が立っていた。

 

 

「……オーヴェン、さん」

 

「おや、目が覚めましたか?ユーリさん」

 

 

少し体格の良い初老の男の手には、ガラス製の小さな水瓶が握られていた。

 

 

「……その、エルシーは──

 

「ユーリさん。まずは自分の事ですよ……ほら、喉が枯れています」

 

 

司祭オーヴェンさんから水瓶が差し出された。

僕はそれを受け取り……僕は喉を潤した。

 

ずっと寝ていたからだろう。

本当に……美味しく感じた。

 

 

「っ、ふぅ……ありがとうございます、オーヴェンさん」

 

「いえいえ、貴方は町を救ってくれた英雄ですから」

 

 

そう言われて、苦笑する。

 

 

「『悪魔』の討伐、の功績の殆どはエルシーのお陰ですよ。僕は、何も……為せてないです」

 

「……そうですか。ですが、貴方がそう思おうと、私を含めて町の皆はそう思いませんよ」

 

「…………」

 

 

オーヴェンさんは小さくため息を吐いた。

 

 

「エルシーさんですが……早朝に、汽車に乗って聖地へと帰りました」

 

「……エルシーが?僕を、置いて?」

 

「はい。二度と顔も見たくないとか、そんな事も言ってましたね」

 

「……そう、ですか」

 

 

僕は目線を下げる。

エルシーからの拒絶……分かっていたけれど、それでも辛い。

 

彼女は僕に対して何も望んでいない。

寧ろ、何もしない事を望んでいるのだ。

 

だから──

 

 

「ですが──

 

 

オーヴェンさんが、言葉を発した。

僕の思考は中断される。

 

 

「アレは確かに本音でした。貴方と会いたくないというのはエルシーさんの本音です」

 

「……やっぱり」

 

「しかし、その言葉が全てではありません」

 

「……え?どういう事ですか?」

 

 

意味が分からない。

オーヴェンさんが何を言いたいかも分からない。

 

 

「人の感情というのは複雑です。一つの物事に一つの想いが紐付いているだけ……ではない事もあります。相反する感情があっても、仕方ない事なのです」

 

「……えっと?どういう、事かわからないんですけど……」

 

「えぇ、構いません。全てを理解しなくても……それでも、一つだけ覚えておけば良いのです」

 

 

何を、覚えておけば良いというのか。

 

 

「理性による結論と、感情による願望……その二つが相反する事だってあるという事です。エルシーさんはきっと、前者を取りました」

 

「……僕を拒絶しているのは、彼女の理性ということですか?」

 

「はい。だって彼女は……ユーリさんに対して、優しいでしょう?本当に拒絶したいだけならば、優しくする必要性はありませんから」

 

「……確かに、そうですけど」

 

 

僕は頷く。

 

誰からも嫌われようと振る舞いながらも、徹しきれていない甘さ。

それがエルシーにはあった。

 

 

「先程が理性と言いました。ですが、それが良い事だとは思っていません。思い込みと言ってもいいぐらいですからね」

 

「……だとしても、拒絶されているのは事実で……僕は、一体どうすれば……良いんですか?」

 

 

僕の中にある惑いを言葉に乗せて、オーヴェンさんに質問する。

彼ならば正解を答えてくれるのではないかと、期待を込めて。

 

 

「さぁ?私には分かりませんね」

 

 

しかし、返ってきた言葉は『分からない』だった。

僕が目を瞬くと、オーヴェンさんは少し真剣な表情を浮かべた。

 

 

「『何をすべきか』、その指針を私や彼女に頼ってはいけません。決めるのは、ユーリさん。貴方です」

 

「……僕、が?」

 

 

オーヴェンさんが、僕の胸元を指差した。

 

 

「そうです。貴方は他人を憚り過ぎなんです。誰かを傷付けないようにと怯えている……これは彼女にも言える事ですがね」

 

「……それは、悪い事なんですか?」

 

「いいえ、優しさと配慮は美徳です。ですが、人の行動指針はもっと単純でも良いんです」

 

 

そしてそのまま、僕の頭を指差した。

 

 

「『何がしたいか』、それだけで構いません。他人に理由を求めてばかりではいけません。己の足で、己の頭に描いた地図を歩かなければ」

 

「己の、足で……」

 

 

僕は、エルシーを追いかけない理由を探していたのかも知れない。

一度、拒絶されたのが辛くて、また拒絶されたくないからと。

 

無意識のうちに、行動しない理由を彼女の所為にしていた。

 

……僕は自分の頬を叩く。

乾いた音がした。

 

 

「……オーヴェンさん。ありがとうございます、目が覚めました」

 

「……ふふ、いえいえ。構いませんよ」

 

「僕はエルシーを追います。会って……何を話すかは決まってませんけど。それでも、彼女を独りにしたくないですから」

 

「応援していますよ、ユーリさん」

 

 

オーヴェンさんが笑い、僕が頷いた。

鞄を拾って、背負う。

 

足取りは重い。

疲労があるからだ。

 

足取りは軽い。

迷いがないからだ。

 

肉体と精神のズレを自覚しつつ、僕はオーヴェンさんに頭を下げた。

 

 

「ありがとうございました、オーヴェンさん。凄く、お世話になりました」

 

「……こちらこそ、ありがとうございました。本当に助かりましたし……貴方達の仲が修復される事を祈ってますよ」

 

 

切符を手に取り、僕は教会の扉を開けた。

もう一度だけ頭を下げて、僕は駅に向けて走り出した。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

ユーリさんの為に用意していた朝食を、口にする。

窓の外を見れば、ウェラポリの景色が見える。

ここ最近、変わらない元気のない町人達。

しかし、それも今日までだろう。

 

エルシーさんとユーリさんの活躍で『悪魔』は討伐された。

この情報を共有すれば、また以前のような活気が戻るだろう。

 

 

「……大人としてなんとまぁ、情けない事か」

 

 

まだ年若い祓魔師(エクソシスト)の二人。

彼女と彼に責務を負わせてしまった事実、それは私の心に重くのしかかる。

 

子供扱いは望まれていないだろうが、それでも大人として……出来る事をしなければならない。

 

 

そう、子供達のために。

胸元のペンダント、ロケットを開く。

 

まだ若かった頃の私と、亡くなってしまった妻と、娘。

愛おしく、辛く、忘れられない記憶が残っていた。

……それを閉じて、戻す。

 

私は子を失った痛みを、他人の子を助ける事で誤魔化しているのだろう。

父親のように振る舞いたいという欲を、善行に押し付けているのだろう。

 

孤児を教会で支援しているのも、自身の願望の押し付けに過ぎない。

 

これは偽善だ。

褒められた事ではない。

だが、それでも一人でも多く助けられるなら、それで良いと思った。

 

 

子供が困っていた時、導くのが大人の仕事だ。

我が子には出来なかった事だが……。

 

 

だからこそ──

 

 

彼等にお節介をしてしまった。

どちらも迷っていた。

 

互いに何かが欠落していた。

エルシーさんだけじゃなく、ユーリさんも。

 

この短い滞在期間の間にどうにか出来ればと思っていたが、たった10日前後では人は変えられない。

だが、それでも……変わるキッカケにさえなればと。

 

 

そう思った。

 

 

私は小さくため息を吐いて、手を組んだ。

 

 

私は信心深くはない。

司祭をしているが主の存在を信じていない。

もし万能で全なる主がいるのであれば、この世界に悲劇は生まれないだろう。

 

私の妻子が死ぬ事もなければ、孤児達の親も亡くなっていない。

 

だってそうだろう?

善性を持つ者に祝福を与える主が居るのであれば、不幸を負った者達は全て悪人という事になってしまう。

 

だから、信じてはいない。

この世界に神はいない。

 

 

だとしても……祈らずにはいられなかった。

 

 

「……若き二人が、幸多き未来を……いえ、せめて悔いなき終わりを迎えられる事を」

 

 

主など居ないと思っていても。

祈るだけなら、何も失う事はないのならば。

 

せめて、私は彼等の為に祈りたいと……そう思ったのだ。

 

 

教会のドアが開く音が聞こえた。

 

 

「先生、おはようございます!」

 

「おや、もうそんな時間ですか」

 

「……エルシー先生は?」

 

「彼女はもう帰ってしまわれましたよ」

 

「えー!?お別れの挨拶は?」

 

 

私は教壇から離れて、彼等の下に向かう。

 

 

「それは出来ませんでしたが、一言貰ってますから」

 

「何て言ってたの?」

 

「ケビン、それは他の子達が来てからにしましょう」

 

 

子供の頭を撫でて、背を押した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。