「エルシーさん!一緒にご、ご、ごはん食べませんか!?」
「え?あ……うん、いいけど」
「やった!」
薄緑色の髪をした少女が嬉しそうに笑った。
彼女の名前はシェリ。
私の
「最近、街では琥珀のブローチが流行ってるらしいですよ!」
「ふーん、そうなの?」
「はい!それで、その、よかったら一緒に買いに行きませんか!?」
「……うん、付き合うよ。何が欲しいとかもう決まってるの?」
「え、あれ?エルシーさんも買うんですよ?」
「いや、私は良いかなぁ……」
「えぇ!?折角だから買いましょうよ!お揃いで!」
彼女は少し気弱だったけど、妙な所で積極的で……優しくて可愛らしい女の子だった。
互いの師匠から勧められて
彼女は私と仲良くしようと行動してくれた。
だから、私も彼女に寄り添った。
「ではっ!一緒に任務へ向かいましょう!」
「……汽車の切符は用意したの?」
「切符ですか?え!?まだ取ってないです……す、すすすみません」
「……まぁ、いいけど。一緒に買いに行こっか」
「は、はい!」
何処に行くにも。
「香りのする蝋燭を買ってみたんです!今夜、エルシーさんの部屋に行っても良いですか?」
「……なんで私の部屋で焚くの?」
「女子会したいからですよ!」
「……前回、私の部屋でパンケーキ焼いた時、ボヤ騒ぎになったの忘れてないからね」
「いえいえ!大丈夫です!そんなに火の勢いは出ないですって!……た、多分」
何をするにも。
「このカップケーキ美味しいですね!」
「そうだね」
「あ、その、エルシーさんのも美味しそうで……」
「……食べる?」
「あ、いえいえ!おかまいなくぅ……すみません!では、一口だけ頂きます!ふごっ──
「……シェリの一口、私の一口の3倍ぐらい食べてない?」
「ふふほんはほほいへふよ!」
「……飲み込んでから話そうね」
「ほひ」
私達は一緒だった。
互いの背を預け合って、『悪魔』と戦った。
何度も何度も何度も。
時にはピンチになる事もあったけれど、それでも二人なら打破出来た。
そう。
二人なら何でも出来ると思っていた。
きっと、これからも……そう思っていた。
だけど──
目に焼き付けられた光景は、傷だらけの
「……エルシー、さ、ん……」
血溜まりの中に倒れている、彼女の姿。
油断はなかった。
だから、ただの実力不足。
妥当な結末だったのだ。
単純な答えだ。
私達より『悪魔』がほんの少しだけ上手だった。
私は『悪魔』の攻撃を回避し損ねて……シェリに助けられた。
私が『
「ごめんなさ、い……いえ、エルシーさんの、所為では……貴女が、気に病む必要は、ないのです、から」
私自身が傷を負っても、『
……彼女が、その身を犠牲にしていなければ、私の寿命を捧げるだけで済んだのだ。
だけど、そんな事はシェリは知らない。
私が話していなかったから。
だから、現実は──
「……本当に、気に病まないで、下さい……エルシー、さん……」
何事にも楽しそうに輝かせていた彼女の目は……虚になり、もう私を見ていなかった。
お洒落好きで綺麗に整えられていた爪は割れていた。
背中を流し合った事もある綺麗な肌は、傷塗れで青紫色になっていた。
明確に理解できる。
彼女の死が、すぐそこまで迫っていた。
「……そう、ですよね……?今更過ぎますが……それなら、最後に……エルシーと……呼んでも、良い、ですか?」
私は必死に彼女を治そうとした。
だけど、何をしても意味がない。
治癒の『奇跡』の再現では、もう助からない。
「……ありがとう、ござい、ます……エルシー……」
彼女の名前を呼ぶ。
「本当に……本、当に……」
何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も。
彼女の名前を呼んだ。
だけど──
もう……返事は返って来なかった。
嬉しそうに私に話しかけてくれる声も。
慌てた様子で弁明する声も。
もう二度と聞く事は出来ない。
彼女は死んでしまったのだから。
私を庇って死んでしまったのだから。
シェリはどうして死んでしまったのか?
何故、私を庇ってしまったのか?
私が
いいや違う、きっと立場だけが理由じゃない。
私とシェリは親友だった。
互いに互いを大切だと思っていた。
それがきっと、原因なのだ。
私を大切だと思ってしまったのが、不幸の原因なのだ。
私を守ろうとした所為で。
この世界、所謂『鬱ゲー』と言われる世界で、私は不幸を取り除きたかった。
なのに、結局は……私が原因で──
「……エルシー、あまり気に病むな。お前の所為じゃない」
フロイラからの励ましも、今だけは欲しくはなかった。
いっそ罵倒して欲しかった。
その方が気を楽に出来たから。
「……最後に、別れを言っておけ。言わなければ、きっと後悔する」
生きていた頃の面影が少ししかない、彼女の遺体を棺桶に入れた。
シェリは私の所為で死んだ。
私が迂闊だったから。
この世界に生まれて、両親に助けられて、生き延びて。
誓った筈なのに。
この身を擦り減らしてでも、誰かを助けられたら、と。
なのに、私は……甘えてしまった。
独りが嫌だったから、親しい人を作ってしまった。
己の寿命を捧げるのを躊躇って、彼女に無理をさせてしまった。
だから──
この悲劇は──
私の、所為だ。
土をかける。
幸せな思い出を埋めるように。
私の中にある甘えを捨てるように。
彼女の遺体と共に、私の心を埋める。
もう二度と、誰かと親しくならないように。
私を大切に思おうとする人が現れないように。
私は悪辣に振る舞った。
人を貶して、自惚れて、愚弄して。
誰からも好かれない私を、私は演じていた。
こんな女を守ろうとする人間が現れないように。
なのに。
それなのに!
筈だったのに!
ベッドの上で横たわる、ユーリを見下ろした。
砂浜での『悪魔』との戦闘後、致命傷を負ったユーリを治療した。
シェリが死んでしまった後、ずっと後悔し続けて学んだ治癒方法で、だ。
それでも肉体の疲労は残る。
ユーリは疲労で気を失ったのだ。
私と違って、彼は『悪魔』相手に近接戦闘をしていたからだ。
そうして、ユーリは気を失い……私は教会まで彼をおぶって来たのだ。
外は既に明るくなっているというのに、それでもユーリは目を覚さない。
私は視線を下げて、ユーリの寝顔を見る。
あどけなさが残る、まだ若い男の顔。
その頬には昨晩付けられた傷が痕になって残っている。
それを指でなぞる。
痛まないように、優しく……微かに。
「……ユーリ」
名を呼びながら、昨晩の出来事を思い出す。
私を庇って傷付いたユーリを。
疲弊と疲労で……本音を溢してしまった私を。
どちらも、耐え難い。
ユーリは私を嫌っていると思っていた。
普段から、あんな振る舞いをしているから。
少なくとも好意は抱いていないだろうと。
それなのに、彼はその身を犠牲にしてまでも私を助けてしまった。
頼んでもないのに、願ってもないのに……私を助けてしまった。
何も、変わっていない。
あの頃から、私は……。
変わったつもりだった。
『つもり』だった。
今も、変わらない。
私はまた間違えた。
間違え続けている。
……このまま、私の
これ以上、情を持たれたくない。
そして、彼に対して情を持ちたくもない。
間違いは直さなければならない。
だから、お別れだ。
私はベッドの側から離れて、鞄を手に取る。
……帰りのチケットを机に置いて、私は部屋を出た。
朝日が窓から照らしてくる。
鬱陶しく思い、少し目を細める。
不快感と疲労感、不安と喪失感に苛まれながら……私は教会を出て──
「おや、エルシーさん?何処かに行かれるのですか?」
司祭であるオーヴェンと鉢合わせた。
「……『悪魔』を討伐したから。だから、帰るんですけど?」
「あぁ、そうなのですか!これで漁師達も安心して海へ出られます……が、ユーリさんは?」
「まだベッドで寝てる。だから……そう、起きたら面倒見てあげてくれる?」
「えぇ、はい。それは構いませんが……お一人で先に帰られるのですか?」
「別に良いでしょ?文句でもあるの?」
睡眠不足のまま彼を睨むと、普段より不機嫌に見えてしまったようで司祭オーヴェンは自身の頬を掻いた。
「いえいえ、ですが……彼と喧嘩でもしたのですか?」
喧嘩?
……いいや、違う。
ただ、私が突き放しているだけだ。
喧嘩なんかより、ずっと下らない。
「違うんですけど?でも、二度と顔を合わせたくないかも」
「……そうですか」
司祭オーヴェンは少し悩ましそうな顔をした。
「もう帰っていい?無駄な時間を過ごしたくないんですけど」
その声なき疑問を無視して、私は司祭オーヴェンの横を通り過ぎようとした。
しかし、司祭オーヴェンは無言で一歩横にズレた。
私を遮るように……それでも、私が本気で嫌がったら通り過ぎる事が出来るように『一歩』だけズレたのだ。
「何?邪魔なんですけど」
このまま無視してもいい。
だけど……彼の真剣な表情を見れば、無視できなかった。
「すみません。要らぬお節介かも知れませんが……ユーリさんと一度、話し合った方が良いと思いますよ」
「はぁ?何で?」
「貴女は今、『悪魔』を祓う戦士というより、迷える子羊に見えますから」
「本当に要らないお節介なんですけど……何でアンタにそんなアドバイス貰わなきゃなんないワケ?」
「知っていますか?これでも私は、聖葬教の司祭なんですよ。牧師の経験だってありますから」
「……チッ」
舌打ちして、通り過ぎようとする。
司祭オーヴェンは、私を物理的に止めようとはしなかった。
だから、触れられない距離感で、私の後ろ姿に声を掛けてきた。
「エルシーさん。想いや考え、願いは案外……素直に人へ話した方が叶うと思いますよ」
「…………」
「想っているだけでは人に通じません。想いを伝え合う為に、私達は言葉を話せるようになったのですから」
「……それでも、言いたくても言えない事が、世の中には沢山あるから」
一方的にあれこれ言われる苛立ちから反論した。
それでも司祭オーヴェンは、私の言葉に眉を顰める事もなく笑顔のままで頷いた。
「はい、知っていますよ」
「だったら──
「しかし、エルシーさんとユーリさんは
「それと何の関係があるの?」
眉を顰めれば、対照的にオーヴェンは微笑んだ。
「私は
「…………」
「それならば、きっと……彼は貴女の悩みを理解してくれますよ」
「……もう、私とユーリは
私はそのまま、オーヴェンへと背を向けた。
その背にまた、声を掛けられる。
「エルシーさん、子供達に何か伝えておきたい事はありませんか?」
「…………」
反射的に否定の言葉を吐き出しそうになった。
しかし、それでも……少し、私は吃って……口を開いた。
「ありがとう、って言っておいて」
短い感謝の言葉。
教師役をしただけの他人が、生徒に投げるべき言葉ではないかもしれない。
それでも、私は感謝をしたかった。
教師役がほんの少し、楽しかったから──
「分かりました。子供達に言っておきましょう」
「……別に言わなくてもいいけど」
「また会いに来てください」
「……気が向いたら、ね」
もう二度と来るつもりはない。
司祭オーヴェンの言葉を聞き流し、私はその場を後にした。
聖地レイラインへ帰るために。
「……やはり、優しい子ですね」
背後から薄らと聞こえた独り言を無視して、帰りの切符を握りしめた。
◇◆◇
ボヤけた記憶。
混濁した感触。
倦怠感のある身体。
それらを知覚していくと同時に……僕は、目を開けた。
見覚えのある天井。
それがウェラポリの教会である事に気付いた。
「っ……」
身体にかけられていた布団を蹴って、上半身を起き上がらせた。
力が上手く身体に入らない。
汗が大量に出ている。
……息を深く吐いて、部屋を見渡す。
誰もいない。
窓の外は明るい。
朝のようだ。
「……あ、れ?」
頭を抱えて、混濁している記憶を整理する。
僕は昨日、エルシーと一緒に『悪魔』の討伐に向かって──
倒しきれなくて──
僕は、エルシーを庇って──
「…………」
自身の唇に手で触れる。
覚えているのは柔らかい感触。
仄かな熱と、血の味。
そして、そんな事よりも──
「……エルシー」
彼女の泣き顔。
懺悔と後悔、突き放すような言葉。
……エルシーがどうして、ああも人を突き放すような振る舞いをしているのか、ようやく分かった。
彼女は『大切な仲間が死んだ』から人と距離を置いているんじゃない。
大切な仲間が『自分を庇って死んだ』から距離を取っているんだ。
誰も自身を助けようと思わないように。
……どうして自分の命を軽く見られるかは分からないけれど。
「…………」
エルシーは『悪魔』を一人で倒し切った。
あの瞬間、普段の彼女より遥かに強かった。
彼女は隠しているみたいだが、『
それが自分の命を軽く見ている原因なのか?
分からない。
訊かなければ。
話さなければ。
彼女の涙の理由を、僕は知らなければ。
僕はベッドから足を下ろし、立とうとして……よろめいた。
エルシーが治療をしてくれたけど、それでも本調子じゃないようだ。
身体に疲労が残っている。
まだ少し、せめて半日は休息しなければならない。
そう感じる。
だとしても、今は休んでいる暇はない。
「エルシーは……?」
彼女の名を掠れる声で呼んで、部屋を見渡す。
部屋の中にある筈の、彼女の荷物は無くなっていた。
机には、帰りの汽車の切符。
……それは彼女の意思表示だ。
僕に対する拒絶の意味。
『ユーリなんて、大っ嫌い!』
『
『二度と、私の仲間面しないで!』
僕が気を失う直前、彼女が吐き捨てるように口にした言葉を思い出す。
……僕はその切符を手にして、見つめる。
彼女を庇った事に、後悔はない。
それでも、その行動が彼女を傷付けてしまったという事に、僕が考えている以上に僕は心に傷を受けていたみたいだ。
彼女からすれば、僕はもう
僕が追ってくる事を、彼女は望んでいない。
だから、僕が追いかけても、きっと……自己満足でしかない。
彼女の辛さを知って、悲しみを知って、助けたい……そう考えているのは僕の身勝手だ。
僕の身勝手で、また彼女を傷付けるのか……?
「……どうすれば、いいのだろう」
分からない。
きっと、僕が未熟だからだ。
大切な人も守れない。
傷付いている理由も分からない。
そんな僕に何が出来ると言うのか──
ガチャリ、とドアが開いた。
そこには、この町の司祭が立っていた。
「……オーヴェン、さん」
「おや、目が覚めましたか?ユーリさん」
少し体格の良い初老の男の手には、ガラス製の小さな水瓶が握られていた。
「……その、エルシーは──
「ユーリさん。まずは自分の事ですよ……ほら、喉が枯れています」
司祭オーヴェンさんから水瓶が差し出された。
僕はそれを受け取り……僕は喉を潤した。
ずっと寝ていたからだろう。
本当に……美味しく感じた。
「っ、ふぅ……ありがとうございます、オーヴェンさん」
「いえいえ、貴方は町を救ってくれた英雄ですから」
そう言われて、苦笑する。
「『悪魔』の討伐、の功績の殆どはエルシーのお陰ですよ。僕は、何も……為せてないです」
「……そうですか。ですが、貴方がそう思おうと、私を含めて町の皆はそう思いませんよ」
「…………」
オーヴェンさんは小さくため息を吐いた。
「エルシーさんですが……早朝に、汽車に乗って聖地へと帰りました」
「……エルシーが?僕を、置いて?」
「はい。二度と顔も見たくないとか、そんな事も言ってましたね」
「……そう、ですか」
僕は目線を下げる。
エルシーからの拒絶……分かっていたけれど、それでも辛い。
彼女は僕に対して何も望んでいない。
寧ろ、何もしない事を望んでいるのだ。
だから──
「ですが──
オーヴェンさんが、言葉を発した。
僕の思考は中断される。
「アレは確かに本音でした。貴方と会いたくないというのはエルシーさんの本音です」
「……やっぱり」
「しかし、その言葉が全てではありません」
「……え?どういう事ですか?」
意味が分からない。
オーヴェンさんが何を言いたいかも分からない。
「人の感情というのは複雑です。一つの物事に一つの想いが紐付いているだけ……ではない事もあります。相反する感情があっても、仕方ない事なのです」
「……えっと?どういう、事かわからないんですけど……」
「えぇ、構いません。全てを理解しなくても……それでも、一つだけ覚えておけば良いのです」
何を、覚えておけば良いというのか。
「理性による結論と、感情による願望……その二つが相反する事だってあるという事です。エルシーさんはきっと、前者を取りました」
「……僕を拒絶しているのは、彼女の理性ということですか?」
「はい。だって彼女は……ユーリさんに対して、優しいでしょう?本当に拒絶したいだけならば、優しくする必要性はありませんから」
「……確かに、そうですけど」
僕は頷く。
誰からも嫌われようと振る舞いながらも、徹しきれていない甘さ。
それがエルシーにはあった。
「先程が理性と言いました。ですが、それが良い事だとは思っていません。思い込みと言ってもいいぐらいですからね」
「……だとしても、拒絶されているのは事実で……僕は、一体どうすれば……良いんですか?」
僕の中にある惑いを言葉に乗せて、オーヴェンさんに質問する。
彼ならば正解を答えてくれるのではないかと、期待を込めて。
「さぁ?私には分かりませんね」
しかし、返ってきた言葉は『分からない』だった。
僕が目を瞬くと、オーヴェンさんは少し真剣な表情を浮かべた。
「『何をすべきか』、その指針を私や彼女に頼ってはいけません。決めるのは、ユーリさん。貴方です」
「……僕、が?」
オーヴェンさんが、僕の胸元を指差した。
「そうです。貴方は他人を憚り過ぎなんです。誰かを傷付けないようにと怯えている……これは彼女にも言える事ですがね」
「……それは、悪い事なんですか?」
「いいえ、優しさと配慮は美徳です。ですが、人の行動指針はもっと単純でも良いんです」
そしてそのまま、僕の頭を指差した。
「『何がしたいか』、それだけで構いません。他人に理由を求めてばかりではいけません。己の足で、己の頭に描いた地図を歩かなければ」
「己の、足で……」
僕は、エルシーを追いかけない理由を探していたのかも知れない。
一度、拒絶されたのが辛くて、また拒絶されたくないからと。
無意識のうちに、行動しない理由を彼女の所為にしていた。
……僕は自分の頬を叩く。
乾いた音がした。
「……オーヴェンさん。ありがとうございます、目が覚めました」
「……ふふ、いえいえ。構いませんよ」
「僕はエルシーを追います。会って……何を話すかは決まってませんけど。それでも、彼女を独りにしたくないですから」
「応援していますよ、ユーリさん」
オーヴェンさんが笑い、僕が頷いた。
鞄を拾って、背負う。
足取りは重い。
疲労があるからだ。
足取りは軽い。
迷いがないからだ。
肉体と精神のズレを自覚しつつ、僕はオーヴェンさんに頭を下げた。
「ありがとうございました、オーヴェンさん。凄く、お世話になりました」
「……こちらこそ、ありがとうございました。本当に助かりましたし……貴方達の仲が修復される事を祈ってますよ」
切符を手に取り、僕は教会の扉を開けた。
もう一度だけ頭を下げて、僕は駅に向けて走り出した。
◇◆◇
ユーリさんの為に用意していた朝食を、口にする。
窓の外を見れば、ウェラポリの景色が見える。
ここ最近、変わらない元気のない町人達。
しかし、それも今日までだろう。
エルシーさんとユーリさんの活躍で『悪魔』は討伐された。
この情報を共有すれば、また以前のような活気が戻るだろう。
「……大人としてなんとまぁ、情けない事か」
まだ年若い
彼女と彼に責務を負わせてしまった事実、それは私の心に重くのしかかる。
子供扱いは望まれていないだろうが、それでも大人として……出来る事をしなければならない。
そう、子供達のために。
胸元のペンダント、ロケットを開く。
まだ若かった頃の私と、亡くなってしまった妻と、娘。
愛おしく、辛く、忘れられない記憶が残っていた。
……それを閉じて、戻す。
私は子を失った痛みを、他人の子を助ける事で誤魔化しているのだろう。
父親のように振る舞いたいという欲を、善行に押し付けているのだろう。
孤児を教会で支援しているのも、自身の願望の押し付けに過ぎない。
これは偽善だ。
褒められた事ではない。
だが、それでも一人でも多く助けられるなら、それで良いと思った。
子供が困っていた時、導くのが大人の仕事だ。
我が子には出来なかった事だが……。
だからこそ──
彼等にお節介をしてしまった。
どちらも迷っていた。
互いに何かが欠落していた。
エルシーさんだけじゃなく、ユーリさんも。
この短い滞在期間の間にどうにか出来ればと思っていたが、たった10日前後では人は変えられない。
だが、それでも……変わるキッカケにさえなればと。
そう思った。
私は小さくため息を吐いて、手を組んだ。
私は信心深くはない。
司祭をしているが主の存在を信じていない。
もし万能で全なる主がいるのであれば、この世界に悲劇は生まれないだろう。
私の妻子が死ぬ事もなければ、孤児達の親も亡くなっていない。
だってそうだろう?
善性を持つ者に祝福を与える主が居るのであれば、不幸を負った者達は全て悪人という事になってしまう。
だから、信じてはいない。
この世界に神はいない。
だとしても……祈らずにはいられなかった。
「……若き二人が、幸多き未来を……いえ、せめて悔いなき終わりを迎えられる事を」
主など居ないと思っていても。
祈るだけなら、何も失う事はないのならば。
せめて、私は彼等の為に祈りたいと……そう思ったのだ。
教会のドアが開く音が聞こえた。
「先生、おはようございます!」
「おや、もうそんな時間ですか」
「……エルシー先生は?」
「彼女はもう帰ってしまわれましたよ」
「えー!?お別れの挨拶は?」
私は教壇から離れて、彼等の下に向かう。
「それは出来ませんでしたが、一言貰ってますから」
「何て言ってたの?」
「ケビン、それは他の子達が来てからにしましょう」
子供の頭を撫でて、背を押した。