TSメスガキ鬱ゲークラッシャー   作:WhatSoon

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#8 追走、追想、追葬

港町ウェラポリからエルシーを追い、僕は聖地レイラインまで帰ってきた。

次の汽車は明日まで無いと言われてしまったため、駅員に頭を下げ貨物線に便乗させて貰ったのだが……。

 

通常の汽車よりも貨物がある分、遅く……聖地レイラインへの到着は日が沈んでからとなった。

 

そして、閉まる直前に任務の窓口へ到着した。

港町ウェラポリでの任務報告を、エルシーがしていると思って来たのだけれど──

 

 

「もう別の任務に向かっているって……本当ですか!?」

 

「え、えぇ、はい。そうですが……知らされていないのですか?」

 

 

受付の方に聞き直してしまう程の衝撃があった。

彼女は僕を突き放す為に、聖地レイラインへの帰還後すぐに任務に出発したというのだ。

 

思わず頭を抱える。

 

エルシー、疲れているだろうに。

そんなに僕に会いたくないのか。

 

 

「その任務は?何処に行ったんですか?」

 

「これですけど……」

 

 

渡された紙を読む。

場所は、商業都市ジュネス。

ここから汽車で半日掛かる場所だ。

 

港町と違って、商業都市だから遅くまで汽車が動いていたのか……。

納得しつつも、焦る。

 

 

「汽車は……?そのっ、今からもありますか?」

 

「む、無理ですよ……?本日の最終汽車は五時間前に出ましたから」

 

 

夜間の運行は危険だ。

理由は分かるが……今、この時だけは運行して欲しかった。

 

 

「な、何とか向かう方法はないですか!?出来るだけ早くエルシーと合流しないと──

 

「ユーリ、何をしているんだ」

 

 

冷水を浴びせられたような気持ちになり、振り返る。

そこにはエルシーの師匠であり、親代わりであり……僕を指導してくれている上位祓魔師(エクソシスト)のフロイラさんが居た。

 

 

「フロイラさん、これは、その……」

 

「彼女はただの受付だ。そんな事を要求しても仕方ないだろう?」

 

「それはっ、そう……です、ね……すみません」

 

 

僕は受付の方へ頭を下げた。

焦っていた所為で、混乱してしまっていた。

 

 

「いえ、お気持ちは分かりますから」

 

「それでも……すみません、自分勝手でした」

 

 

気にしていないという素振りの受付嬢に頭を下げて、受付から離れてフロイラさんの側に寄る。

 

 

「それで……ユーリ、何があった?」

 

 

僕の肩に腕が置かれる。

重い。

 

 

「それは、その……エルシーが──

 

 

僕は語った。

港町ウェラポリであった事を。

彼女を庇って、その結果、絶縁された事を、

彼女が泣いていた事を。

 

そして、今……一人で任務の地へ向かっている事を。

 

 

「……そうか、エルシーが──

 

 

フロイラさんは顎に手を当てて、目を細めた。

その目線の先は遠く、ここではない何処かを見ているようだった。

 

 

「あの馬鹿……」

 

 

彼女は悪態を吐いて、ため息を吐いた。

そして、僕の頭を乱暴に撫でた。

 

 

「ユーリ、お前がエルシーを大切に想う気持ちは分かる。今すぐ、追いたいだろう」

 

「……はい」

 

「だが、諦めろ」

 

「……え?」

 

 

その言葉に思わず視線を上げる。

フロイラさんは苦笑していた。

 

 

「あぁ、違う違う。エルシーを追うことを、ではない。今から追うのは諦めろ、という事だ」

 

「あ、あぁ……そういう、事ですか」

 

「当然だ。私も……他に何もなければ、エルシーを引き摺ってでも連れ帰りたいさ」

 

「……フロイラさんは、追わないんですか?」

 

 

フロイラさんがまた、ため息を吐いて俯いた。

 

 

「私は明日、別地で任務がある。ヘマをした下位祓魔師(エクソシスト)の尻拭いだ……だから、行けない」

 

「そうですか……」

 

 

心細くなる。

フロイラさんは頼りになる。

その強さも、大人としての判断力も……エルシーに対する扱い方も。

 

そんな彼女が──

 

 

「だから、エルシーの事は……ユーリ、お前に任せる」

 

 

僕に『任せる』と言った事に驚いた。

 

 

「僕に任せて、いいんですか?」

 

「いい。お前が適任だ、ユーリ」

 

 

目を瞬く僕へ、フロイラさんが自嘲した。

 

 

「恥ずかしい話だが……私は、今まで勘違いし続けていた。本音で話された事もなかった」

 

「本音で……?」

 

 

目を伏せて、少し羨ましそうな顔で僕を見た。

 

 

「あぁ。エルシーは私の前では大人の仮面を被っていた。素顔を見せた事もない。だから……お前には期待しているんだ、ユーリ」

 

「僕に期待を……?でも、エルシーは──

 

「エルシーはお前の事を『特別』だと思っている。お前の事をどうでもいいと思っているのなら、本音で話はしないさ」

 

 

僕は少し涙腺が緩むのを感じながら、悩んで……ゆっくりと、頷いた。

 

 

「エルシーと話し合います。絶対に何とかして、みせます……」

 

「……それでいい。お前なら何とか出来そうだ」

 

 

僕が決意を語れば、フロイラさんも頷いた。

彼女は普段よりも優しげな表情をしていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

翌朝、早朝。

商業都市ジュネス行きの始発汽車に乗った。

 

そして、エルシーが受注した依頼を改めて読む。

 

商業都市ジュネス内の司祭からの定期連絡が途絶えた。

生死は不明……『悪魔』による街への襲撃と推定されたが、商業都市ジュネス全体に異常はなかった。

 

貨物の輸送も平時と同じであり、司祭からの連絡のみが途絶えた状態。

派遣した『中位』の祓魔師(エクソシスト)は二名が行方不明。

恐らく死亡していると思われるが、街に変わった様子はない。

 

『悪魔』に対する危険度の判定を推定『中位』から『上位』に修正された。

 

……これが、商業都市ジュネスの現状。

『悪魔』の正体も不明……いや、そもそも『悪魔』が犯人なのかは分かっていないが。

一般人では祓魔師(エクソシスト)を害する事は出来ないだろう。

 

兎に角、不明瞭。

被害者は出ている筈なのに街に異常がないのも変だ。

 

何かが起きている事だけは分かる。

 

……背筋が冷たくなる。

冷や汗が流れた。

 

 

「……エルシー」

 

 

そんな場所へ一人で向かった相棒(バディ)の事を想う。

 

もし、万が一にも……彼女が、死んでしまった……としたら、僕の所為だ。

仲違いしてしまったのが原因だから。

 

早く、彼女に会わなければ──

 

僕は胸元のロザリオに触れた。

深呼吸して、強く握る。

 

瞬間、うつら、うつらと……強烈な眠気がきた。

寝ている場合じゃないと思いながらも、早朝だからという理由もあり──

 

 

一瞬だけ、気を失ってしまっていたようで……気付けば、汽車は目的地へと到着していた。

 

 

巨大が外壁が街を囲う、堅牢な都市。

商業都市ジュネスだ。

 

外壁には獣だけではなく、『悪魔』を寄せ付けないようにする意図があるのだろう。

巨大な門を汽車が潜り……駅へと停車した。

 

昼前だからか、街には人が溢れていた。

人、人、人……活気がある。

 

 

「……本当に『悪魔』が居るのかな」

 

 

何かしら危機が迫っているような状況には見えない。

だが、それでも……この街の司祭も、派遣された祓魔師(エクソシスト)も行方不明になったと言われている。

 

気を引き締めつつ、汽車を降りた。

……何か、花のような香りがした。

 

確かに駅前で薄紅色の花を売っている少女がいた。

それを横目で見ながら、駅から離れる。

 

 

まずはエルシーを見つけないと……。

 

 

石で組まれた床を踏み締めて、煉瓦を積んで作られた建物を横目にする。

この街は港町ウェラポリよりも栄えてるらしい。

 

……取り敢えず、手掛かりが欲しい。

祓魔師(エクソシスト)は修道服を着て活動しているから、エルシーも目立っていただろう。

目撃者を探そう。

 

活気のある大通りを歩き、屋台を出している商人に目を付けた。

串に刺さった肉を焼いている男だ。

 

 

「すみません、少し話を訊きたいんですけど──

 

「おう、にいちゃん。俺は客以外と話すつもりはねぇぜ?」

 

 

彼の言い分はもっともだ。

僕は財布を取り出し、開いた。

 

 

「すみません、では串を二つ……」

 

「あんがとよ……で?訊きたい事ってなんだ?」

 

 

男が肉を焼きながら、問いかけてきた。

 

 

「その……僕と似た服装で、えっと『小豆色』の修道服を着た女の子を見ませんでしたか?」

 

「小豆色?……ん?あぁ……それなら、アレだな。さっき見たぜ……薄紅色の髪の女の子だろ?」

 

「えっ!?本当ですか!?」

 

 

幸先が良い。

自身の運の良さに感謝しながら、続きを促す。

 

 

「あぁ、あっちの奥へ向かったな……おっと、肉が焼けたぜ。二つで──

 

 

金を払って肉串を受け取り、僕は彼の指し示した方へ向かう。

紙袋に入れられた肉を脇に持ち、人ごみをすり抜けて……奥へ、奥へ。

 

そうして進んで広場へ到着した。

中央に大きな噴水がある広場だ。

 

……周りを見渡して、エルシーを探す。

だけど、居ない。

 

またどこかへ移動したのだろうか。

ここから道が幾つも分かれている……追いかけるのは難しそうだ。

 

僕は息を吐いて、噴水前のベンチへ座った。

……鼻を擦る。

 

また花の匂いがしている。

見渡すと、噴水前の花壇に花が植えられていた。

 

この花は、この街の名産品なのだろうか。

至る所に植えられている気がする。

 

僕は紙袋へ視線を落とした。

……折角、買ったんだから食べないと。

 

串に刺さった焼けた肉を口に含み──

 

 

「っ、んぐ!?」

 

 

噛みちぎった肉片を、地面へ吐き捨てた。

 

異臭がした。

酸っぱい味がした。

舌の上が痛い。

 

……これ、何の肉だ?

僕は何を買わされたんだ?

 

地面に落ちた肉片を注視しようとして──

 

 

「何してんの?ユーリ」

 

 

声を掛けられた。

 

 

「……えっ、エルシー?」

 

 

探していたエルシーが、呆れた顔で立っていた。

腕を組んでため息を吐いていた。

 

思わず僕はベンチから立ち上がった。

 

 

「何って……それはっ、僕は君を追ってきて──

 

「あ、そう。悪かったわね」

 

 

僕の言葉に彼女は少し申し訳なさそうな顔をした。

素直な様子に、僕は強張る顔を緩めた。

 

 

「……っ、でも良かった。合流できて……」

 

「必死すぎなんですけど?何かあったの?」

 

「何かって……!この街は──

 

 

僕は、あれ?

 

 

「この街がどうかした?」

 

「え、いや……何もない、けど」

 

 

何で、エルシーを追ってきたんだっけ?

 

 

「変なの。ボケたの?」

 

「い、いや……ボケてはないけど……あれ?」

 

「……まぁ、良いんですけど。折角来たんだし、少し観光していく?」

 

「あ……うん、そうしようかな?」

 

 

頭に霧がかかったような感覚。

 

違和感。

何かがおかしい気がする。

だけど、何がおかしいかは分からない。

 

違和感。

何かを忘れている気がする。

だけど、何を忘れているかは分からない。

 

違和感。

 

 

「……ユーリ?行くなら早くして欲しいんですけど?」

 

「あっ、ごめん!すぐ行くよ!エルシー」

 

 

違和感。

 

甘ったるい花の香りが、僕の鼻を擽る。

薄紅色の花が、鮮やかに……毒々しい程に、咲いていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「エルシーさん、どうかしました?」

 

 

シェリが振り返った。

私を見て、長いまつ毛が揺れた。

 

私は首を横に振る。

 

 

「え?いや、何も……?」

 

 

私は呆けていたのだろう。

何故か、誰かに呼ばれた気がしたが……気の所為だ。

この街に私の知り合いは居ないはずだ。

 

 

「その……疲れているなら宿に帰りますか?」

 

 

シェリに心配するように顔を覗き込まれて、また首を横に振った。

 

 

「だ、大丈夫だから!気にしなくて良いんですけど?」

 

「ですけど?」

 

 

シェリが訝しむような表情をした。

……気が動転して、変な口調で喋ってしまったからだ。

 

 

「本当に気にしなくていいから!ほら、行こう!」

 

「何だか隠してるみたいで……変なエルシーさんですねぇ」

 

 

私は無理矢理、シェリの手を引っぱった。

青い空には雲が千切れている。

薄く、細く、不恰好な雲が流れる。

 

私とシェリは大通りを歩く。

行商が出している露店を渡り歩き、冷やかしながら進む。

 

 

「へぇ、面白いですね」

 

 

そうしていればシェリの不信感も薄れたようで、いつものように少しミーハーな部分が出てきた。

 

 

「エルシーさん、見てくださいよ。これっ!折ったら光る棒です!」

 

「……買うつもりなの?」

 

「はいっ!」

 

「で?何に使うつもりなの?」

 

「それは考えてませんけど……」

 

 

シェリは短く切り揃えた髪を撫でて、愛想笑いを浮かべた。

そんな彼女に呆れて、私はため息を吐いた。

 

 

「無駄遣いは良くないんじゃないの?」

 

「えー!?そんな、無駄じゃないですよ!見てください!ほらっ、光るんですよ?」

 

「光ったからって、何に使えるのよ。それ……」

 

 

呆れる私にシェリは頬を膨らませた。

 

 

「エルシーさんには分からないみたいですね」

 

「え、何が?」

 

「ロマンですよ!ロマン!キラキラ光って綺麗じゃないですか?」

 

「別に分からなくていいけど」

 

 

シェリの子供っぽい一面を笑い、笑われた彼女がまた憤る。

いつも通りの光景だ。

 

 

「しかし、ジュネスには面白い物が沢山ありますね!」

 

「そうね……ま、商業都市だから色々あるんだろうね」

 

 

そんな会話をしながら、また別の露店を見る。

 

商業都市ジュネスは大きな街だ。

聖地レイラインよりは規模は小さいが、様々な物品が集う街だ。

 

珍しい品物も多い。

観光するならうってつけで、シェリとも来たかった──

 

 

「あれ?」

 

 

シェリはここに居るじゃないか。

来れたのだから良いじゃないか。

何を考えているのだろうか。

何か変じゃないか。

何か忘れているんじゃないか。

 

 

「エルシーさん?」

 

 

いいや、何も異常はない。

 

 

「あ、いや……大丈夫」

 

 

シェリに不審がられないよう、思考を隅へ追いやる。

今はこの現実を見ないと。

 

 

「もう本当に大丈夫なんですか?疲れているなら、宿屋に戻りましょうか?私は心配ですっ」

 

「……う、うん。そうしようかな」

 

「そうしましょう!大丈夫ですよ、また明日来れば良いですから!」

 

 

シェリが私に笑いかける。

そうだ、また明日に来れば良いじゃないか。

 

大丈夫。

時間は沢山ある。

 

息を深く吸う。

花の香りがした。

 

視線を景色へと向ける。

 

賑わっている商店街だ。

シェリが私へ笑いかけている。

子供が蜻蛉を追って走っている。

小鳥が囀っている。

水溜りに景色が反射している。

空の青さを映している。

花壇の花が私へ笑いかけている。

赤黒い腐った肉が地面に転がっている。

誰かが私へ手を振っている。

あぁ、シェリだ。

彼女は死んだ筈では?

いいや生きているじゃないか。

それで良いだろう。

暗闇の中で八つの目が並んでいる。

 

私は彼女を追うように、歩き出した。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

エルシーと並んで、商業都市ジュネスを歩く。

歩くたびに彼女の薄紅色の髪が跳ねる。

 

それを目で追いながら、僕は少し悩んでいた。

思考に霧がかかったような感触がある。

絶対に何かがおかしいのに、それが分からない。

 

何とか思い出そうと──

 

 

「ユーリ、宿は取った?」

 

 

エルシーの言葉に思考を中断する。

 

 

「え?あ、いや……まだ取ってないけど」

 

「なら私と同じ所にすれば?二人用の部屋にすれば少しは費用も浮くし」

 

「えっ?いや別に別室で、えっと……」

 

「嫌なの?」

 

 

エルシーが少し眉尻を下げた。

僕は慌てて首を横に振った。

 

 

「ち、違うよっ」

 

「じゃあ何で?普段から同室なんて事はあったでしょ?ほら、ウェラポリでも」

 

「それはそうだけど──

 

 

ウェラポリ……?

何で同室で……あ、教会で寝泊まりしたからだ。

でも何で分かれて……喧嘩したから……。

 

この街に来た理由は──

 

 

「っ、エルシー!」

 

「な、何よ?急に大きな声出さないで欲しいんですけど……」

 

「この街の『悪魔』は……?」

 

「『悪魔』?何の話?ここには息抜きに来たんでしょ?」

 

「あ、え?」

 

 

頭に中がぐるぐると回る。

黒いモヤのようなものが渦巻く。

甘い匂いが嗅覚を支配する。

視界がボヤける。

うるさい程に心臓が動悸する。

 

 

「ユーリ、アンタ……やっぱり今日、ちょっと変じゃない?」

 

 

違和感……無視した方がいい気がする違和感。

だけど、無視してはならない。

 

 

「……エルシー、この街に『悪魔』が居る筈なんだ」

 

「え?何を根拠にしてんの?」

 

「だって……あ、く……え?いや、だけど…──

 

 

頭の中が渦巻く。

思考が不明瞭になる。

 

ぐるぐると、ぐるぐると、ぐるぐると。

混ざり、甘い何かが差し込まれる。

 

首を振って、無理矢理払う。

 

あぁ、そうだ。

 

 

「だって、僕達がこの街に来たのは、この街の異常を……『悪魔』を討伐するためじゃないか!?」

 

「そんな事ないと思うけど?」

 

「いや、絶対にそうなんだ……何か、何かがおかしい……!」

 

 

僕の声に周りの人間の目が集まる。

それでも恥ずかしさよりも、この異常に対する警戒心が勝る。

 

甘い匂いがする。

甘い臭いがする。

甘い腐臭がする。

 

頭に甘い何かが割り込んでくる。

それはまるで本に挟まる栞のように、僕の思考を中断させる。

 

 

「ユーリ……?」

 

 

エルシーが心配するような表情を僕へ向ける。

……だめだ、彼女を心配させたらダメだ。

そんな事をしたい訳じゃない。

だって、僕は……。

 

まだ、彼女と仲直りをしていないのに。

 

 

「……エルシー?」

 

「よかった。戻っ──

 

「お前は、誰なんだ……?」

 

 

そうだ。

まだ仲直りはしていない。

この言動は彼女らしくない。

 

あまりにも僕の『こうだったらいいな』に寄り添い過ぎている。

違う。

 

彼女はいつも僕の想定から外れて、振り回してくるような人だ。

こんなのっ──

 

 

「エルシーじゃない……」

 

「な、何を言ってるの?ユーリ?変になっちゃった?」

 

 

鼻につんと甘い臭いがした。

……この臭いは花の匂いなんかじゃない。

焦げたような臭いだ。

 

僕は胸元のロザリオを握る。

 

 

「ユ、ユーリ、何を──

 

 

強く、強く握る。

 

 

「僕はエルシーと仲直りするためにここに来たんだ……お前と、じゃない」

 

 

ロザリオが手に食い込んで、血が流れる。

そうして全力で神聖力(エーテル)を注ぎ込めば、聖銀が神聖力(エーテル)を変換した。

『悪魔』を討ち払う為の、聖なる力へと──

 

傷付いた手のひら。

流れる血。

 

そこから体内へと循環させる。

ロザリオを、『聖銀器』を体の一部として神聖力(エーテル)を循環させる。

 

身体が、血管が、血が、焼けるように熱い。

いいや、本当に焼けている。

 

何か、僕の身体に入っていた不純物が燃えているんだ。

 

 

「…………」

 

 

目を閉じて、集中する。

エルシーのような声はもう聞こえない。

 

体内で脈打つ音に集中する。

身体の中を神聖力(エーテル)が走り、目に見えない程に小さな『何か』を焼き尽くし──

 

 

「……っ、はぁ」

 

 

目を開けた。

そこにはエルシーは居なかった。

 

先程までの煌びやかな景色もなかった。

薄暗く、黒いヘドロがあちこちに付着した街並みが見えた。

 

空を見上げれば、青空は無く……黒い雲が空を覆っていた。

日光を遮って、代わりに赤い光が落ちてきている。

 

視線を落とす。

街に生えていた花は……綺麗な花なんかじゃない。

薄紅色の花弁は内臓を裏返したような見た目をしていて、柱頭には牙のような物が並んでいる。

 

 

「……これが、ジュネスの本当の姿……?」

 

 

街中で確かに人が歩いている。

だが、虚空に向かって話している人も多く……恐らく、僕と同じように幻覚を見せられているのだろう。

 

明らかな異常だ。

甘ったるい毒のような異臭が鼻に来る。

 

 

明らかに『悪魔』の仕業だ。

僕は思わず口元を覆いながら、露天へ目を向けた。

 

……ガラクタが並べられている。

この街の人間は、まともな思考能力を損失しているのだろう。

 

 

だから──

 

 

手元の紙袋。

串に刺さった肉を捨てた。

 

色は変色していて、粘り気がある。

……腐っていた。

 

気分が悪くなるが吐き気を抑える。

今ここで体力を無駄に消費する訳にはいかない。

 

 

「……っ、エルシーを……探さないと……!」

 

 

『悪魔』が思考力を奪うのならば、自衛は困難だろう。

どんなに強い祓魔師(エクソシスト)でも無防備な所を攻撃されたら……。

 

僕は手元のロザリオを大剣(クレイモア)へと変えて、異臭のする大通りへと向かった。

 

 

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