過去に戻った。知らない妹が居た。   作:金木桂

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2章:転校生と文化祭
プロローグ:秋の訪れ、転校生


 

■■■ 転校生のプロローグ ■■■

 

 僕はどうやら屋上に縁があるようだ。正確には屋上手前の階段踊り場なんだけども。またもや呼び出されてしまった。

 

「貴方が比影って人?」

 

 僕の目の前には少女がいた。僕を呼び出した相手。沙矢よりも小さい、小学生と言われても信じてしまいそうなほど幼い女の子。これでも高校生っていうから色々と驚きだ。

 栗色のツインテールを揺らして、言葉の軽さとは裏腹に目は何かを推し量るように細く見開き。僅かに覗かせる紅色の瞳には敵意が宿っているように見える。

 

「うん。そうだけども」

「そうか~ホントに男だったんだね。へ~そっかそっか」

「えっと、僕に何か用かな」

 

 頻りに納得を深めるような仕草で何度も頷く少女に僕は困ってしまう。

 しかし僕の質問に少女の雰囲気が明らかに変わった。

 桜色の唇をきつく引き締め、戦慄かせる。

 

「私は貴方を許さない」

 

 強い言葉だ。恨み辛み、全てが籠った言葉だ。

 動揺を抑えて僕は冷静な返答を心掛ける。

 

「どうしてだろう。理由を聞いても良いかな」

「ふーん、率直に聞くんだ。貴方って空気が読めないタイプ?」

「そんなことはないと自分では思ってないけどどうだろう。他己評価はいつも自己評価とは違うんだ」

「なんとく分かるわ。貴方って人の気持ちが分からなそう」

「プロファイリングするのは勘弁してくれ。別に言えないのならいい」

「言わなかったらどうするの? 私のこと殴る?」

「まさか。僕がそんな酷いDV男だと?」

「分からないじゃない」

 

 許さない、そんなことを宣う割には流暢に会話に付き合ってくれるもんだ。

 正直、掴みどころがない。

 敵意は確かにある。嘘を言ってるわけじゃないと思う。でもそれとは別に、僕を測っているという一面もある気がする。

 

「話が脇に逸れたね。それでどうなんだろう、言ってくれるの?」

「別にいいわよ。ただ単に、あの事件で私の友達が殺された。貴方がもっと早く動いていれば、徒凪がもっと早くノーフェイスを殺していれば、私の友達は死ななかった。だから貴方たちを許さない」

「……っ」

 

 貴方たち、か。

 

 逆恨みだね、とは言えなかった。僕はコミュニケーションが得意じゃないが、それでも言って良いことと悪いことは分かる。今、口にしかけた率直な感想は後者に該当する気がする。

 代わりに僕は誤魔化すように口を動かす。

 

「そうか……それは残念だ。力及ばず申し訳ない」

「思ってないことを言わないでよ!」

 

 怒りが弾けたような大声。

 呆気に取られつつ、僕はほんのり罪悪感を覚える。

 助けられなかった事実について、ではない。

 僕は自分の言葉に何の感情も籠らないだろうことを分かっていて、それでも空虚な謝罪をしてしまった。言い訳にはなるけど未だに僕は実感が湧いていなかった。

 被害者34人。34人が怪人によって命を落としてしまった。数字にすると大層な数だと思うし、一カ月経った今でもニュースで大きく報じられている。

 それでも僕の周囲の被害が無かったことに加えて、この世界がファンタジー……ファンタジーなのか? 分からないが、男女比だの魔法だの怪人だの、そういった現実みを欠いた要素によって、僕はこの事件の被害の実感を持てずにいる。その故の罪悪感だ。

 

「ごめん」

「謝ってほしいわけじゃない。晶子はもう帰ってこない」

「そうだね」

「そうだねってなに?」

 

 厳しく睨まれた。地雷だったらしい。僕はまた困った。取り繕うために何かを言おうとして、その度に強く凄まれている錯覚を覚える。この少女は小さな身体に、大きな憤怒を抱いている。更に困り果ててしまった。

 

「贖罪も要らないし、何かを求めることもしない。貴方のことは絶対に許さない。それだけ言いたかった」

 

 少女───転校生、文鳥桃恵(あやどりももえ)はそう言って階下へと降りて行った。

 

 

 

 

 

 

■■■ 10月の足音 ■■■

 

 一カ月が経つと、木々は葉を散らし始め、ようやく世界は秋の様相を成してきた。

 この世界も地球温暖化は進んでいるみたいで、陽射しは依然として強く気温も高い。それでもあと少しすれば過ごしやすい気温まで下がって、秋を実感するや否や冬になることだろう。四季から春と秋が無くなりつつあるのは僕としても残念だ。2013年ならまだそこまで深刻じゃなかったかなとも思ったが、多分あんまり変わらなかった気がする。

 

 僕の主観からすると、世界は今もおかしなままだ。

 第一に男女比がイカれている。男1人に対して女20人くらい。何処を歩いても女、女、女のこの世界は典型的な男尊女卑社会だ。元々もそうだけど、ここではそれ以上に社会が男を大事にしようとしている。経済が困窮していれば優先的に支援され、危険があれば遠ざけて、労役の義務はない。居心地良さそうに思えるけどそうでもない。困っていると一々手を差し伸べられるこの環境はまるで赤ちゃん扱いされている……というと少し言い過ぎかもしれないけど、単刀直入に言って介護が過ぎるのだ。ただでさえ沙矢から甘やかされている自覚はあるのに、この世界に慣れてしまったら僕は確実にダメ人間になる。そんな確信すらある。

 

 それから魔法少女と怪人。これも大きな問題だ。

 あれ以来僕自身は怪人が引き起こす事件に密接に関わることはなかった。でも徒凪さんは魔法少女としての職務を引き続き全うしていて、よく僕に解決した事件を語ってくれる。その時は少し自慢気なのが微笑ましくてついつい僕から聞いてしまうこともあるくらいだ。

 この一か月間で徒凪さんのことを、日本でも有数の魔法少女と近巳さんが言っていた理由が分かった。あの怪人を倒してからも何度か怪人は現れたが、徒凪さんが怪人に苦戦した話を聞いた覚えがない。戦った直ぐ後に会ったことも何度もあったけど、徒凪さんが怪我をしていた記憶はなかった。それどころか僕を前にした徒凪さんは洋服にシワ一つ付けず、前髪の決まり具合を気にする余裕すら見せていた。そう言えばスワンプマンの時も怪我はしてなかったな。エース級と言われている実力は本当らしい。

 

 そして最後に僕自身の問題。

 僕には能力があるらしい。あの一件で判明したことではあるが、後日近巳さんの下、精密検査を受けた。結果として『アンチマナ体質』───簡単に言えばマナの影響を受けづらい体質だということらしい。アンチとはあるが何処かのラノベ主人公のように全てを無効化できる訳じゃなく、ただ減衰できるだけだ。ゲーム的に言えば魔法防御力が高いといったところか。言葉にするとなんだかしょっぱい。我ながら最初こそ基礎ステータスの高さから使われるものの、ゲーム中盤くらいで能力自体の微妙さからパーティーメンバーから外されそうな能力だ。

 それにこの体質は僕以外にも事例があるようで、1000万人に1人くらいの比率でそういった体質の人間がいるとかなんとか。正直それを聞いてほっとした。貴重は貴重だが固有能力とかじゃないみたいだ。僕だけが持っている異能力なんてことになれば、僕はもうちょっと戸惑っただろう。それこそラノベだ。アホらしいと思う可能性大。何はともあれ僕は一般人なのだから。主人公らしさを希求するならばもっと他の適任者を探してほしい。

 

 そんなこんなと、様々な問題があった訳ではあるが、僕はその大半を棚上げにしてこの一カ月間を過ごしている。沙矢とは健全な兄妹関係を築き、徒凪さんとは健全な友人関係を築いている。つい少し前までフリーター生活をしていたとは思えない充実っぷりだ。遅まきながらやってきた青春に、明日死んでも疑問は無いくらい人生で積んだ徳を消費している気分だ。

 

 学校も二週間前に再開した。結構早い。

 あれだけの事件があって、たった二週間で授業が再開出来たのは教師たちの度重なる残業などもあっただろうが、一番はこの世界がそういう怪人被害に慣れ過ぎているのかもしれないと思った。真実は分からないが怪人対策マニュアルとかもあってもおかしくない。怪人対策とは言ってはみたものの、恐らく内容の過半数はマスコミやPTAへの対応、それに生徒へのケアとかだろう。どの世界でも事件当日より、その後始末の方が大変なのだ。世知辛い。

 

 ついでに、再開して初日で転校生がきたのは驚きという他なかった。

 

文鳥桃恵(あやどりももえ)です! 親の仕事の都合で引っ越してきました。よろしくお願いします」

 

 慇懃に一礼した文鳥さんに対して、担任の教師は「大変な時での転校になってしまったみたいだけど、みんな文鳥さんのフォローもするように」と付け加えた。正直、仕事の都合というのは分かるけど、この時期にこの学校に転校させる親も親だと思った。ここ以外にも幾つか高校の選択肢はあるのに、敢えて何故この東三葉高校を選んだのか。

 

 まあでも、時期こそ良くなかったが文鳥さんの転校自体はクラス的にも明るいニュースで、クラスメイトの多くは文鳥さんのことを歓迎していた。あんな事件の後で、暗くなっていた教室には清涼剤だったのだろう。斯く言う僕も文鳥さんのことは疑問2割、好意8割で見ていた。教室内の仲が良い人なんて徒凪さん以外いないのだが、それでも多くの時間を過ごす教室の空気が暗いよりは明るい方が良い。今後教室の空気が正常化していく重要なピースになってくれれば一番だ。

 ───とか上からうんうん頷いていたらその日のうちに文鳥さんに呼び出されて『許さない』とか面と向かって言われちゃったのは想定外だったけど。全体としてはヨシじゃないかなと思う。うん。難しいね、高校生活って。

 

 まあそう言う訳で授業は平常通りに戻って更に2週間経った10月15日、その6限目は文化祭に関する準備時間に充てられた。

 今年の文化祭は一時は開催が危ぶまれたのだが、あんな凄惨な事件があった今こそ平時通りお祭りをするべきという論調が教師間であったようで、例年より一カ月ほど遅れて実施されることが決定していた。

 

「それでは文化祭はタピオカ屋に決定です!」

 

 学級委員長がそう宣言すると、教室内で疎らな拍手。黒板には幾つか候補が書かれていて、そう言えばタピオカは僕が出した案だなあと今更気付いた。あの後は色々あったから仕方ない。

 

 タピオカ屋とあるが、勿論タピオカミルクティーのことである。タピオカ単体は味が無い。タロイモが原材料だからね。と知ったかぶって考えてみたけどタピオカについて僕が知っていることはそう多くはない。精々が昔少し流行った時にタピオカを主題にしたテーマパークが作られて、ヤクザがシノギに利用して、程なくしてブームが終結したことくらいだ。飲んだこともない気がする。そんな奴の発案を出し物にして良いのかは若干疑問だけど、まあ所詮は文化祭だ。適当くらいが丁度いい塩梅かもしれない。

 

 役割が割り振られる。文化祭に向けて、食材の仕入れ班と調理班、それから教室内のインテリアを考案する設営班。あとは企画班と全体リーダーだ。リーダーは学級委員長が兼任することになった。人望があるのか役割を押し付けられただけなのか判断が難しい。

 僕は企画班を任されることになった。理由は二つ。まず僕がこの催しの発案者というのと、ついでに貴重な男子として文化祭当日に僕を販売係にしたいという思惑が絡まった結果だ。販売係は文化祭当日の半日以上を専有されるため、バランスを取るために準備期間は比較的楽な役目をという配慮だそうだ。企画班は他と比較してそこまで労力を使わない仕事という見立てらしい。

 

 企画班は僕以外にも2人。中には文鳥さんの姿もある。

 

「なんで貴方と一緒なの……はぁ……運が悪いわ私って……」

 

 文鳥さんは深く溜息を吐いて、嫌そうに肩を竦めた。

 僕のことを本当に嫌いなんだな。でもいがみ合っていても何も生まない。逆恨みとはいえ、僕に全くの非が無いとは言えないし。それに僕は大人だ。大人のつもりだ。相手がこちらを嫌いだからこちらも嫌う、なんて幼稚な真似を僕はしたくない。

 

「面を向って言われると凹むなあ。でも折角の文化祭だし、この間は仲良くやろうよ」

「冗談? 貴方と仲良しこよしなんて願い下げよ」

「仲良しこよしとか今日日聞かないな……僕はそこまで言ってないよ。文化祭中は一緒に仕事をしようって話」

 

 再び溜息。何も返答は無かったが異存はないと受け取っておこう。じゃないと気が滅入る。

 まあ初対面のあれこれを考えれば妥当な関係性かなとか考えていれば、別の方向からも溜息が漏れた。見れば坪河さんだ。坪河さんも企画班の一員だ。

 

「アンタがいるなんてね……」

 

 約一ヶ月前まで僕とバチバチにやり取りしていたこともある坪河さんは僕を見て複雑そうに言葉を漏らした。

 坪河さんはスワンプマン事件の被害者の一人だ。感情を操られていたのもそうだけど、友人二人がスワンプマンに殺されている。そういったショックからか学校が始まっても欠席していたけど、先週から登校を再開していた。

 

「話すのも久しぶりだね……もう大丈夫なの?」

「……ええ。なんとか」

 

 頷いてはいるが疲れが見える。本調子では無いのは確かだろう。

 徒凪さんとの因縁を考えると非常に複雑な思いがあるけど、当人同士で既に水に流したということだから、僕もこれ以上その点に追及しないつもりだ。何より彼女は最後には協力もしてくれた。彼女がいなければスワンプマン事件は収束しなかったかもしれない。そういう意味では僕は坪河さんのことを嫌っていない。

 

「そっか。辛かったら遠慮なく僕に言って欲しい。仕事とか肩代わりするよ」

 

 あれから時間は経ったが、まだ心の傷を癒すには不十分な時間だ。49日だって迎えていないんだ。

 労わる気持ちで告げると坪河さんは怪訝な目付きで僕を見た。

 

「……なんでアンタはそんな優しいことを言ってくれるの。アンタは私のことを嫌いだったよね?」

「昔の話だよ」

「一カ月も経ってない話よ」

「僕が何も知らなかった頃の話だ」

 

 言い切ると、坪河さんは不思議な顔をした。補足が欲しいと言外に言われている気がしたので、続きを話す。

 

「坪河さん、僕はね、理由もなく感情論だけで人の好き嫌いを決めたくないんだよ。何となくこの人は好きだとか嫌いだとか、そういう判断が差別を助長する気がするんだ。そういった感情的な好き嫌いは言葉にすると明確に自分の醜悪さが裸になる、顔が嫌いだとか肌色が違うとか思想が特殊とか。それが積み重なって虐めとか、果ては戦争とか民族の分断が起きると思ってる。だからやるとしたら何となく、じゃなくて明確な理由を持って好き嫌いを僕は決めたい」

「そんな大袈裟な話じゃないと思うんだけど」

「大袈裟さ。無論、話を拡大させたらだけどね。少なくとも坪河さんは、徒凪さんとの蟠りも或る程度無くなって、かつスワンプマン事件の被害者だった。なら僕が言うことはないし、嫌う理由なんてないよ。寧ろ気を遣って当たり前さ、女の子なんだしさ」

「……アンタって変人ね。初めて知った」

 

 心外だ。唐突に食らった悪口に僕は仏頂面になる。

 その様子が子供じみていておかしかったのか、坪河さんはくつくつと笑い声を立てて、

 

「でもあんがと。少しは心が楽になった気がする」

「それは何より」

 

 僕は頷いた。これで多少、坪河さんとの間にあった言葉にし辛い不快感が無くなった気がする。

 そんなことを思っていれば、坪河さんは少し眉を顰めて声を上げた。

 

「───でもさ、一つ疑問なんだけど。アンタって誰にでもああゆうことを言うの」

「ああゆうこと?」

 

 何のことだろうか?

 僕が全く理解していない様子を見て坪河さんはさっきとは違う種類の溜息を吐いた。

 

「アンタさ、その調子だと刺されるよ。徒凪に」

「え? ええ?」

「ほら見てみ」

 

 徒凪さんの方を見るように促された。徒凪さんは仕入れ班だから近くにはいない。

 他のメンバーと一緒に働いているだろうと思いながら視線を振ってみれば徒凪さんはジトリと僕を見ていた。どういう感情だあれは。呆れているのか、咎めているのか。うーん。少なくとも好意的な視線の色じゃなさそうだけど。

 そう言えば徒凪さんは良く僕のことを心配してくれる。徒凪さんは凄い良い子だ。少し前の話だけど催涙スプレーだってくれたし。密かに今も警戒しているのかもしれない。

 

「こう言うと凄い自意識過剰みたいだけど、僕のことを心配してるのかな」

「……いやもう手遅れか。アイツも可哀想に」

 

 疑問符を浮かべる僕を尻目に坪河さんはまた溜息を吐いた。

 会話に入ってこなかった文鳥さんまで連鎖的に溜息を吐いたのが印象的だった。

 

 

 

 

 

 

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