辛い料理が得意な彼女のお陰で毎日が辛い。 作:甘党
────唐突だが、皆さんは『辛い』料理をご存知だろうか。
幅広い年代に普遍的に愛されている甘辛、これまた甘辛と並び、エビチリやヤンニョムチキンなど、比較的メジャーであろうと思われるピリ辛。
初心者の登龍門、ここで人間の辛さ耐性があるかないかは振り分けられるだろう(適当)中辛。
ここまで来たら後はもう自らの舌を騙すだけ、最早何を追い求めているのかも分からない激辛、などなど.........
『辛さ』のルーツを辿っていけば、今のメキシコ、古くはアステカどころか先住民族の時代にて使われた香辛料が元だという説もあるがそんな事はどうでもいい!!
まぁ、今の言い回しに少し違和感を感じた人も多いだろう。
何を隠そう、この僕、
「う、うぅ......」
考えてみて欲しい。
第一、辛いという概念はそもそも味覚でもなんでもなくて、ただの痛みのうちの一つという事実に全国の、いや全世界の老若男女の皆さんは気付くべきなのだ!!
いやいやそんな事は承知の上、その痛みすらを超えた舌先から口内、そして全身に駆け巡る常人には耐え難い程の熱さの先にある感動的なまでの『美味しさ』を求めているのだ、という様な挑戦的な全国の皆さまへ。
◯ァック!!!!!!フ◯ァァック!!!!
ふざけるのも大概にしろー! 美味しい!? 楽しい!? 頭がおかしいのか!! 痛いものは痛いんじゃ!!!
.........おほん、一旦冷静になろう。
では何故、そんな辛さ嫌いのお前がそんなに『辛味』に付いて真剣に語っているのかと? 嫌ならこれからずっと食べなければいいじゃないか、だと?
えぇ、えぇ!!! 至極真っ当なご意見です!! そりゃ出来る事なら僕だってこんな意味の分からない◯◯◯◯(自主規制)料理なんてそんなに口になんてしたくないよ!!
でもね、でもねぇ......!
「真央くん、お待たせ〜♡」
「ぅ、うん......」
───僕の目の前に広がる、一見普通のカレー。
しかしその美味しそうな液体の中に秘められているのは、今から僕の全身を破壊し尽くす予定の、◯IO様なんて目じゃないほどのうまれついての悪、多過ぎる
匂いだけなら本当に美味しそうと思ってしまうのが、料理にしてやられた感じがして物凄く腹が立つ。
まぁ、僕の彼女が手によりをかけて作ってくれたんだから、美味しいなんて事はそりゃ当たり前なんだけど......
「結構熱いからね〜、舌がやけどしない様に気を付けて食べてね?」
「.........う、うん。その、ありがとう、ね?」
「いやいや、真央くんの為なら私はどんなに辛い料理だって作れる自身があるよ? まっかせて!」
「い、いやー! 確かに僕はああ言ったけど、別にそこまで辛い物オンリーじゃなくてもいいかな、なんて......あは、あはは......」
「ふふふ......さ、雑談もここまでにして───味の感想、聞かせてくれる?」
出来るだけ話を伸ばして、料理の物理的な熱さだけでも吹き飛ばそうとした僕の努力も虚しく、彼女が早々と話を断ち切る。
唐突に来る辛さの匂いで、食べてもいないのに目の端に涙が浮かぶ。
いつも通りの、可愛い彼女の表情。
愛おしい筈なのに、今は何故かその顔がまるで悪魔のように見えてしまう。
「わ、分かりましたぁ........」
「ふふふ、なんで敬語になるのかなー?」
そう、僕の彼女───
時は遡り、一年前。
真央と楓は進学先の大学で、楓の方から先に話しかけて知り合った。時には喫茶店なんかで一緒に食事をしてみたり、バイトの愚痴を言い合ったり。楽しいキャンパスライフを送り、そこから紆余曲折を得て真央の方から告白したのがきっかけで、無事大学一幸せなカップルとして今にまで至っている。
そんな二人がまだ知り合ったばかりの頃に交わした、一つの何気ない会話。
その日は二人とも特にやる事がなく、朝イチに数十分程電話で雑談を混じえつつ話したのち、お互いカラオケで暇を潰そうという提案になり、歌を楽しんでいる最中だった。
「ねぇねぇ、真央くん」
「きーえるひこーきぐもー、ぼ......え、普通歌歌い始めた瞬間になんか聞いてくる!?」
「あ、そっか。ふふ、うっかりしてたよ。ごめんねぇ」
「も、もう......えっと、中断ボタンはっと......それで、どうしたの楓さん?」
歌い出しの最中に話し掛けられ、中断を余儀なくされた真央は少し不満げな表情を浮かばせながらも、隣に座っている楓に向き合う。
彼らの身長は、比較してみると僅かに楓の方が背が高く、横並びに座っている今でも少しだけ楓が見下ろす形になっていて、こうなると毎回、真央は少しだけ自らの身長の伸びが乏しい事にがっくりとしてしまう。
尚、楓からしたらそんな考えは全く無く、寧ろその真逆で身長が低くても尚
「突然なんだけどさ、真央くんは好きな食べ物って聞かれたらどんなのが思い付く?」
「え、好きな食べ物? うーん、山ほどあるけどいざ聞かれたらちょっと考えちゃうかも......でも、突然どうして?」
「いやぁ、そういえばこう言う会話、出会ってからした事が無かったと思ってねー。テンプレ会話ってやつ?」
「面白くないかもだけど、まぁ◯ックの月見バーガーとか、お母さんの肉じゃがとか......逆に嫌いな物はあんまりないかな」
「む、なるほど。結構雑把に何でも食べる......と」
「え、ちょっと何々!? 何で急に僕の食の好みメモりだすの!?」
「ふふ、ちょっとね。もし真央くんが私の彼氏になった時の為に、まだ挑戦した事のない料理を作れる様にしておこうと思ってただけだよ?」
「な、ななななっ.........」
まるで当然かの如く、息を吸うように楓の口から溢れた告白とも言い難い愛情表現に、思わず顔を赤らめる真央。
しかし、やられっぱなしでは男が廃る。真央も、ぐいと必要以上に彼女へ身を乗り出して言い返す。
「あはは、真央くんったら。お顔が真っ赤だよ?」
「や、やかましわ! そういう楓こそ、好きな食べ物は何なんだよ! 今からにでも料理くらいマスターしてやるわい!」
「は? 真央くん、もしかして料理舐めてる?」
「ひ、ひぇ......」
何とか起死回生を狙い口から出た言葉も、肩をがっしりと掴まれ、可愛らしくも何故かドスが効いた様に感じる楓の言い草に、すぐに白旗を上げた。
「ぼ、暴力はんたーい! カラオケ店はしっかり監視カメラ付いてるんだからなー!」
「ふふふ、真央くんに手を挙げるなんて私がすると思う? そんな事しないから早くこっちにおいで」
「うあー......」
しばらく距離を取り頭を両手で守る体制を作っていた真央も、普段通りの優しい雰囲気に戻った楓に安心し、すっぽりと膝の上に収まる。
「それで、本当はどうして急に僕の好きな食べ物なんて聞いてきたの?」
「んっふっふ、まぁ実は何て事ないんだけどね? 突然だけど真央くん、辛い料理は好き?」
「辛い......? い、いわゆる激辛100倍担々麺、的な......!?」
「うーん、流石にそんなに香辛料ぶっ掛けたら食べる前に作る側が死ぬ気がするけど......そうじゃなくてね、一般的な辛い料理だよ」
「うぅ、いや僕は別に辛い系はそこまで───」
その時、
『待てよ、ここで楓さんにどんな辛い食べ物でも行けるって言ったら、なんかなし崩し的にちょっと男っぽさと好感度が上がる気がする.....!』
考えとしては正直、そこら辺の義務教育の最中の小学生低学年並みかそれより酷いくらい単調な物だが、楓の辛い系の話をしている時の楽しそうな表情を見て、当然辛い物嫌いである真央はついつい大嘘を付いてしまった。
「......めっちゃ食べれる!」
「え、ほんと?」
「うん、ほんとほんと! もう20倍担々麺でもインド人のカレーでも余裕で完食出来ちゃう!」
「インド人のカレーを何だと思ってるの、真央くん......でも、良かったぁ」
20倍でもまだ香辛料のインフレが爆上がりの様な気がするが、そんな事はどうでもよくて。
真央の辛い料理は何でも行ける宣言を聞いた楓は、ほっと胸を撫で下ろす。
「ふふふー、真央くんには言ってなかったんだけどね〜。実は私、辛い系の料理を作るの大得意なんだぁ」
「えっ、そうだったの? 凄いな〜それは!」
まるで凄いものを見た子供かと思ってしまう程、キラキラした目を浮かばせながら、素直に褒め称える真央。
しかし、楓からの返答はない。している事と言えば、此方を見ながらずっとニコニコしているだけだ。
「.........?」
「ふふ、ふふふふ......」
不意に、楓の身体に収まっていた真央のお腹に、腕が回された。
それはまるで、捕えた獲物を逃さない獣の様に。なんか色々柔らかい物が全身に当たってる感触があるが、そんな事も気にならないほど。
更に拘束をキツくするように、ぎゅっと。
「......さっき真央くん、『辛い料理なんて何でも食べれる』って言ってたよね?」
「.........あっ」
その言葉を聞いた瞬間、真央の目は完全に死んだ。
「真央くん、これからよろしくね♡」
「.........あの、これはですね」
「よ・ろ・し・く・ね?」
「は、はいぃ!!」
握っていた筈のマイクが、力の抜けた手のひらから溢れ落ちる。
もしかしたら自分はとんでもない過ちを犯してしまったのではないか? と感じるよりも先に、どこからか湧き出てきた冷や汗が頬を伝う。
こうして、真央は無償で可愛い
「うぅ、どうしてこうなったぁ......」
「へいへい、真央くんびびってるー」
「び、びびってないわい!」
どれだけ後悔しても、今更戻る事は出来ない。
あの時の見えを張った自分を殴り倒したくなった真央は、何とか覚悟を決めて眼の前に置かれたカレーを見やる。
──見た目は完全に、何処にでもある普通のカレー。ていうかお店のカレーより美味しそうだ。
彼女が手によりをかけて、インターネットのどこを探しても見つからないオリジナルの特製レシピを元に作ってくれた、最高の一品。
食べやすい様に、かと言って煮込む過程で溶けて仕舞わないサイズで切り形を整えられた、一口大のじゃがいもや人参が入っている。
下味をしっかりと絡められた牛肉は一際存在感が大きく、食べる前でも美味しいという事が存分に伝わってくる。
勿論、真央は辛い料理以外の楓の手料理を食べた事があるし、初めて食べた時はあまりの美味しさに楓の手を取ってぐるぐる一回転してしまいそうな勢いだった。
つまり、味自体はかなりの割合で保証されているのだ。
「......あの、お茶とかってのは」
「あぁ、勿論後で用意するよ? でもまずは味の感想を聞かせて欲しいな♡」
「あっ、さいですか......」
何故だろうか、普通の会話の筈なのに隠れた悪意がある様な気がするのは。
ともかく、これで真央の逃げ場は無くなった。後はこの前にそびえ立つ、高く険しい
「ぅ......」
スプーンに手を掛けたは良いものの、いざ食してみるとなると、中々体が言う事を聞かない。
しかし、こんな所で躓いていては彼女に向ける顔がない。自分の作った料理を見て食べずにずっと硬直してる人なんて、制作者は誰でも不安になるだろう。
食べる前に一度、精神統一の深呼吸を挟む。
「よし、頂きます!!」
「ごゆっくり〜」
勢いに任せてスプーンを差し込み、まずはカレーとお米を絡ませる。そしてその後に牛肉とじゃがいもを乗せ、ほわっと湯気が立ったので、火傷しない様に息を吹きかけると、もう後は口の中に入れるだけだ。
「.........!」
口に含んで咀嚼した瞬間、真央が感じた事は、喜び。
『あれ、全然辛くない! それどころか、超まろやかで美味しい!!』
てっきり辛い料理だと思い身構えていた真央は、食べた瞬間の全くの真逆である、普段真央が愛用している甘口カレーと同じ様な優しい味のカレーに、すっかり丸め込まれていた。
「わ、すごい! 楓さん、これ凄く美味し───」
と、油断していた真央を襲ったのは、突然の辛さ。
「〜っっ!?!!」
「ふふふ、美味しいって? ありがとね〜」
隣のソファーに腰掛けている楓に話し掛けられいるが、そんな事は耳に入らないくらいの辛さに、真央は机の面に伏して悶えていた。
───か、辛い辛い辛い!!!!
その身に襲ってきたのは、先程まで優しい口当たりのカレーの後は一切無く、ただただ暴力的なまでの痛みだけが真央に降り掛かった。
口の中が熱く、焼けるような感覚へと変化する。
目尻には涙が浮かび、行き場のない感情が真央の頭の中で右往左往している。
最初はあれだけ甘かった筈のカレーが、今では真央に牙を向き、全力で味覚を破壊しに来ていた。
「楓ひゃ、ん! お、お茶をぉ!!」
「んー? ああ、ちょっと待っといてね〜」
真央の焦りは確実に楓にも伝わっている筈だが、依然のんびりとした様子で冷蔵庫へと向かっていく楓。
飲み物を入れて貰っている合間の時ですら、今の真央からしたら果てしなく長い地獄の様な時間だ。
一旦辛さの波が収まり、ようやく舌がはっきりとカレーの味を見極められる様になった頃、真央はある一つの事実に気付く。
「......あ、美味しい」
そう、先程確認出来た事なのだが、楓の作ったカレーはただ辛いだけではなく、作る過程、味付けから完成までしっかりと手を加えられた、最高級の一品だったのだ。
「はい、お待たせ。麦茶だけど大丈夫?」
「あ、ありがとう。......んっ、ぷはぁ!」
手渡された冷えたお茶を豪快に流し、完全に辛さも癒え一息付いた真央は、改めて楓に向き合い味の感想を述べる。
「楓さん、これ凄く美味しい! 辛いけど!」
「ふふ、良かったぁ。真央くんの為に一生懸命作ったんだよ?」
「うん、もうそこら辺のお店の奴なんかよりずっと美味しい! コ◯イチとか◯ゃぶ葉のカレーもう食べれない! 辛いけど!」
「こらこら、それ以上はちょっと危ないよー?......でも、ここまで喜んでくれるなんて、嬉しいな」
まるで小学生かと思わせる様な感想だが、それでもあまりに純粋な笑顔で褒められた楓は、思わず頬を赤らめてしまう。
食べる前は地獄みたいな雰囲気が漂っていた(真央調べ)リビングも、今では二人の笑い声でとても優しい空間に早変わりしていた。
「ふふふ......僕にはこのお茶さえあれば、後は速やかに完食をするのみ......」
さっきまでの流行り病を患った病院の待合室の様な雰囲気は何処かへ消え、真央の中では完全な勝ちムードで埋め尽くされていた。
「あ、次からはしっかり味わって欲しいからお茶は下げとくね?」
「......え?」
「う"うぅ"ぅ".......」
「よしよし」
リビングに置かれている、およそ三人は座れるであろうソファーの上で、二人の男女が身体を寄せ合っている。
一人は膝の上でギャン泣きしている
もう一人はそんな彼女の服に顔全体を埋め、背中にまで手を回している。
あの後、身体中の生命力をフル回転させて何とかカレーを食べ切った真央は、今は完全に脱力しきって楓に慰めて貰っていた。
目は泣き腫らしてしまった所為で少し後が付いていて、最早今日は安静に過ごしておいた方がいいレベルの酷い目元になっている。
しかし、それでも辛さ耐性MAXの宣言をしてしまった後ろめたさと、 愛する彼女の手料理をまさか食べれないだなんて言えるほど悪い子では無かった真央は、ルウも完全にスプーンで集め切り、米の一粒までも残す事はなかった。
「う"ぅ"、も"う今日は夜ごは"ん食べない"......」
「いいこいいこ、全部食べれたねぇ。ご褒美に......じゃーん!」
拗ねた五歳児の様な緩い拒否をしてしまうくらい精神が擦り減らされていた真央は、もう何を出されても今日は拒否をするつもりであった。
そう、今日ももう良い時間だ。外はもうガラス越しに夕焼けが見えている。これを食べ切れただけでも誉められるべき事ではないか。これ以上何を求め───
「私の完全オリジナル、特性プリンだよ♡」
「わーい!! 楓ちゃん大好きー!!!」
直ぐ様楓の体から離れ、机に行儀良く座る真央の姿を見て、子供が出来たらこんな感じなのかなぁとしみじみと思った楓だった。
つづくのかな?