She is here.   作:非単一三角形

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 壁に耳あり

 障子に目あり


 She is here.



C1-10 聴こえない音

 

 

『―――ピィ♪』

 

 

「あれ、今日は緑谷の頭の上だ」

「鳥の巣みてえ」

「空翔ー、あれ良いの?」

 

 その日、登校してきた面々が目にしたのは、毛髪豊かな男子の頭を留まり木にした一羽の小鳥。

 つい先日まで『定位置』を離れることのなかった『彼女』の姿に、その幼馴染へと声が上がる。

 

「ん? ああ、緑谷くんが良いなら? ……別にボクの物って訳じゃないし」

「寛容……」

「信頼関係見せてくるぅ」

 

 初めは物珍しく、けれどいつの日からか、すっかり教室の景色に溶け込んでいた『彼女』。

 それはきっと、級友達が『相方』共々、少しずつ距離を探りながら接していった結果で。

 

 

「同じ幼馴染なのに何でこんなに差があるんだろうなー」

「……あァ? 何か言ったか、クソ髪」

「自覚あるんじゃねえか」

「まあまあ、そういうのは他人が口を出してどうこうするものじゃないよ」

 

「ッ、無駄な気ィ回してんじゃねえ!! この……『サラシ女』ッ!!」

 

(……あだ名変わってる!?)

(ああ、ほらアレだ。こないだ爆豪も御魂のこと聞いたから……)

(白髪呼びに怒ってた理由がな……イヤでもコレも大概じゃね?)

 

「…………ああ、ゴメンよ」

 

(((許容範囲だった)))

 

 

 誰もが小中時代から幾度も味わってきただろう、クラス替えから数日、数週間目の空気感。

 そんな温かくも新鮮味の残る雰囲気に満たされつつあるその場所で、一人。

 

 

 

(───やっぱちょっとウチは苦手だなあ、空翔の事……)

 

 

 

 "個性"『イヤホンジャック』……プラグになっている『耳先』を手元の携帯に挿した彼女───耳郎響香は、お気に入りの音楽に耳を満たしつつ、心の底で独り言ちるのだった。

 

 

        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「今日のヒーロー基礎学だが───災害水難なんでもござれ、人命救助(レスキュー)訓練だ」

 

「レスキュー……今回も大変そうだな」

「ねー!」

「バカおめーこれこそヒーローの本分だぜ!? 鳴るぜ!! 腕が!!」

 

 

 視界は教壇に立つ先生に、意識も半分は前方に。

 しかし残りの半分がどうにも()()()()向いてしまうと、自覚はあった。

 

 ───実は幽霊とかじゃないよね? なんて。

 冗談混じりに尋ねた言葉が、ずっと頭の中を巡っていて。

 

 

 

 

「───派手で強えっつったらやっぱ轟と爆豪だな」

「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」

「んだとコラ出すわ!!」

 

(うわっ……と)

 

 訓練場に向かうバスの中、隣の席で猛り出した爆豪から傾けるみたいに身体を離して。

 バカ話に盛り上がるクラスメイト達を眺めながら、やっぱり視線は()()に向く。

 

 

「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげえよ」

「てめえのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!!」

「……言葉だけだとしても、ヒーロー志望の人間が殺害予告はどうかと思うよ?」

 

「~ッ、事ある毎にチクチクうるせェんだよ、コノ……『塗壁女』ッ!!」

 

「今朝と違ぇ」

「シックリくんの探してんじゃね?」

「して、判定は?」

 

「…………まあ、お節介だと言うならそれでも良いさ」

『ピィ』

「……チッ」

 

「セーフライン」

「あと内容には言い返さねえのな」

「まあ正論なのは分かってんだろ」

 

 

 この前の授業の()()が響いて? いや、多分違う。……全くナイとは言わないけど。

 だけど、どうしてこうも近付き難いと思うのか、それでいて何でこう気になって仕方ないのか、自分の中でも全く答えが出せなくて。

 

 

 

 

「───容易に人を殺せる"いきすぎた個性"を個々が持っていることを忘れないでください」

 

 自分の"個性"も物は壊せるし、人を昏倒させることだってできる。

 その事実と向き合いながら、使い方こそを今日ここで学ぶんだって、納得して。

 

 

「───ひとかたまりになって動くな!!」

 

 そこで急に、気怠げな姿しか見たことなかった先生から、雷みたいな号令が飛んで。

 何気なく向けた視線の先、遠くに見えた誰かから届いた『音』に、身が竦んで。

 

 

 ……あれ?

 

 ウチ、この時なにをして……()()()、何が、起きたんだっけ?

 

 

 

「せんえつながら……この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは―――」

 

 

 確か、黒い、なにかが……それで、水面が───

 

 

 

 

 …………水?

 

 

 

 

「───ッ、げ、ぇほ……!?」

 

 

 瞬間、耳郎が感じたのは口腔を滑り落ちる液体の不快感。

 次いで、全力疾走直後も斯くやと吸気を求める胸を、荊に蝕まれるような鈍痛が襲った。

 

 

(なに、コレ…………もしかしてウチ、今……走馬灯見てた?)

 

 死に直面した際に見るというソレが頭を過り、滴る水温とは無縁の震えが耳郎の総身を撫でる。

 それでも喉奥に残る水気を吐き出し生理的に流れる涙を拭った彼女は、その身が置かれた現在を検めるべく重く感じる頭を上げた。

 

 歪む視界をもどかしく、強く見開いた眼に映ったのは、二人分の人影。

 

 

「……っ! 耳郎さん!!」

()()()()()()()! 良かった!!」

「……空、翔? 緑谷、も……」

 

 

 少なからず快哉が表に浮かんだ二人の顔に、耳郎の思考から僅かに混乱が薄れていく。

 しかし彼らの、とりわけ緑谷の様子から端々に感じる焦燥が、今なお状況が『非常時』にあると彼女に否応なく感じ取らせていた。

 

「……ごめん、ウチあんまり状況分かってない……何が起きたか教えてもらえる?」

「えっ? あ、ええと……僕達、訓練場に侵入してきたヴィランの"個性"で、この水難ゾーンまで飛ばされたみたいで───」

「そのまま水に投げ捨てられてた二人を空を飛べるボクが回収、そしてこの……水難事故に遭ったという想定の船、かな? ここへ引き揚げたというわけさ。……すぐに意識が戻って良かったよ」

 

 慌てて話す緑谷から引き継ぐように「ボクには水中も空中も同じようなものだからね」と空翔が嘯くように告げる。

 そのまま彼女は船を囲む水へと顔を動かし───先とは一転した硬い声音で言葉を続けた。

 

 

「……目下の問題は、その船が今まさにヴィランに取り囲まれている、ということだね。それも、見た目に分かり易く水中戦を想定した"個性"持ちしかいないとくる」

「うん……正直、空翔さんが同じ場所に来てくれてて助かったよ……僕一人だったら、耳郎さんを救けるどころか、下手したらさっきのヴィランに為す術なく……」

 

「まあ、そこは不幸中の幸いとしておこうよ。何より今はどうやってこの状況を切り抜けるかだ」

「助けは……ああ、ゴメン、思い出してきた。センサー類が対策されてるって言ってたっけ」

 

 途切れる記憶の直前、視界を埋めた黒い靄や、その"個性"主と思われるヴィランの言動、さらにすぐ傍らで、外との連絡が取れない、と無線片手に叫んでいた上鳴の様子が、耳郎の脳裏に蘇る。

 二人もまた頷きを返した後で、しかし僅かに希望を含ませた様子で口を開いた。

 

 

「ここに飛ばされてすぐ、ピィちゃんには訓練場の外に向かってもらったよ。咲鳥ちゃんも今頃、病院から学校に連絡を入れている筈だし、どちらが先になるかは分からないけど、施設の中で何か異常が起きていることはすぐに伝わるはずさ」

「相手もこの襲撃の為に相当周到に準備してきてるみたいだけど、この水難ゾーンに水を無視して活動できる空翔さんが飛ばされてる点といい、生徒(ぼくら)の"個性"まではわかってないんだと思うよ」

 

 なおも変わらず船を取り囲む───船上にまで来る様子は無いヴィラン達。

 それをまた根拠の一つに挙げながら、汗の滲ませた顔で彼らを見遣り、緑谷は推論を続ける。

 

 

「御魂さんの"個性"なんて特に想定外だろうし、まだ望みは───ッ!?」

「「……っ!?」」

 

 

 そんな彼の言葉を遮ったのは、その足元にあった船を()()()()()()()程の衝撃と轟音。

 突如、寄る辺を粉砕され、動揺する彼らの耳に滑り込んだのは傲岸な囁き。

 

 

「───じれったいだけだ。ちゃっちゃと終わらそう」

 

「っ、あのヴィランの"個性"か……!」

「船が割れた……!? なんて力……!」

「これは……待ちの姿勢は許してもらえそうにないね」

 

 腕部に水を取り込み、放出する"個性"───何らかの水棲生物の特徴を見せるヴィランの声に、状況が差し迫ったものになったと歯噛みする三人。

 沈みゆく船、手ぐすね引いて待ち受けるヴィラン達を前に、彼らは最後の擦り合わせに臨んだ。

 

 

「二人も抱えてたら碌な速度じゃ飛べない。況してあんな"個性"持ちが居るとなれば、良い的だ」

「……この状況でウチが出来るのはコスチュームで指向性持たせた音波攻撃ぐらいだよ。まともに当てられれば気絶は狙えるけど、船が沈むまでに一人か二人倒せれば良い方だと思う」

「っ、音波……! それなら一度に……でも……」

 

「おや、何か思いついたのかい、緑谷くん?」

「う、うん……でも、僕の作戦なんかで上手くいくかどうか……っ」

「どの道この状況じゃ、一蓮托生でしょ。……あんたが戦闘訓練で爆豪達相手に作戦勝ちしてたの忘れてないからね?」

 

「……ッ、耳郎さん……!」

 

 何やら感動した様子の緑谷に、そんなんやってる場合か、と苦笑を返しつつ、耳郎は思う。

 彼の、この全身から漂う全力投球な姿勢は確かに、周りの人間を引っ張る一種の才能だと。

 

 件の戦闘訓練の折、盛り上がっていた面々からは一歩離れて見ていたが……今なら、あの熱さもちょっと理解できちゃうなあ、と。

 

 

 

(…………空翔、あんたは?)

 

 

 

 そんな、どこか気の抜けた思考が頭を掠める一方で、耳郎の三白眼は傍らの級友を射貫く。

 自分と同じく、謙遜する緑谷に微笑みを向けている───()()()()()()空翔胡魄の身体を。

 

 

 ───ああ、心音バクバクな緑谷のおかげで、やっと気付けたよ。

 なんでウチがあんたの事、ずっと苦手だと思ってたのか。

 

 ……ねえ、空翔? どうして、あんたからは───

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()の?

 

 

 

 





 原作梅雨ちゃん「蛙の私を知ってたら あっちの火災ゾーンにでも放り込むわね」


 走馬灯について軽く調べたところ、溺死が一番走馬灯を見る可能性が高い、という内容の記事を見付けました。
 一瞬、そういうものかと納得しかけた後で、いや誰が確認したんやソレ、と真顔になりました。



 ……しかし何故自分が描く耳郎ちゃんは、いつも一人だけ探索者やってるんだろうか。

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