Nice cut.
「───皆……僕のせいで傷を負わせた……本当に済まなかった……」
ぽつり、と。
溢された飯田の言葉が、この場に駆け付けたクラスメイト達の耳朶を叩く。
大質量の氷に無数の焦げ跡。
激闘の跡が色濃く残る路地を背に両の足で確と立ちながら、しかし彼は悄然と頭を下げた。
結果だけを見れば、あしらわれながらも食い下がり続けた三人が稼いだ時間に、何より長時間の戦闘が生んだ隙を突く形で、彼らは『ヒーロー殺し』の打倒に成功したことになる。
"個性"の影響を脱した飯田の蹴撃と緑谷の拳を同時に受けた彼は過たず意識を刈り取られ、今は駆け付けたプロヒーロー達に力無く拘束されていた。
殺意は怜悧ながら、どこか余裕を保ち
先に襲われ彼の"個性"を受けていたプロヒーローと飯田。二名の命を確実に奪うべく振るわれた彼の者の刃は、それを阻まんと立ち塞がった三人をも少なからず切り裂き───内一人は実質無傷ではあったが───浅くない傷を彼らの身に刻んでいた。
複数本のナイフを深々と突き立てられた腕を、今も庇うように逆の手で押さえて歩く轟。
切られた足首を、どろりと血に染まった靴を痛々しく引き摺る緑谷。
自身も両腕から血を垂らしながら、視線を級友達の受けた傷に向けて。
今一度、深い後悔を宿した飯田の声が、俯いた顔から零れ落ちる。
「何も……見えなく……なってしまっていた……!」
「…………僕もごめんね。君があそこまで思いつめてたのに、全然見えてなかったんだ。友だちなのに……」
「……結果として皆、生きているんだ。幾らでも取り返しは付くさ」
「ああ、そうだな……しっかりしてくれよ。委員長だろ」
「…………うん……」
三人の言葉に、飯田は痛みと痺れの走る腕で目を拭う。
小さく、されどしっかりと頷いてみせた彼に、級友達もまたそれぞれ相好を崩し───
「───伏せろ!!」
突如、轟いた老ヒーローの一喝が居並ぶ一同の身を叩く。
身を強張らせた彼らの間に、一陣の風と共に吹き込んだのは、巨大な一体の人影。
「
「え、ちょ……」
「「緑谷くん!!」」
「……あ、待て嬢ちゃん!?」
咄嗟に振り向けた数名の目が捉えたのは、空から飛来した翼持つ
市内で暴れていた個体の一人だと気付いたプロヒーローが、対応していたはずの
背に生えた翼に加え、猛禽類を思わせる脚に身体を握られる緑谷。
事態に気付いた者の中でも
「わあああ!!」
「っ、速い……! 追い付けな───緑谷く、んっ!?」
引き離されると歯噛みした瞬間、ガクリと失速した脳無に、空翔が混乱混じりの叫びを放つ。
弛緩した脚から落下する緑谷を追わんと飛行方向を変えた彼女を、
「───偽物が蔓延るこの社会も」
「徒に"力"を振りまく犯罪者も」
「粛清対象だ……ハァ……」
「全ては 正しき 社会の為に」
「…………『ヒーロー殺し』……まだ、動け……っ」
空へ逃げた脳無へと、誰より早く追い付いて見せたは拘束されていた筈の男、ステイン。
"個性"により身動きを封じた脳無を、頭部に短刀を突き立て絶命させた上で、彼は茫漠と己の
「助けた……!?」
「バカ、人質とったんだ」
「躊躇なく人殺しやがったぜ」
「いいから戦闘態勢とれ! とりあえず!」
「何故
「「「エンデヴァーさん!!」」」
突然の事に目を白黒させていたプロヒーロー達が起きた事象を遅れながらも咀嚼する中、怒気の混じった喝の声が対岸の路地より響き渡る。
怒声の主、市内に出現した脳無達の殆どを制圧した国内No.2ヒーロー、エンデヴァーは俄かに浮足立つ彼らを一瞥し───やがてその視界に『ヒーロー殺し』の姿を認めた。
「うう……放っせ……!」
「……っ、緑谷くん! 今、助け───」
「エンデヴァー……」
脳無と諸共に地に落ちた緑谷が、ステインの手でうつ伏せに抑えられたまま苦し気に藻掻く。
宙で姿勢を取り直した空翔が、腕に炎を湛えるエンデヴァーを目の片隅に見遣り、その射線から級友を連れ出さんと動きかけた、その瞬間。
「───贋物……」
声量こそ小さく。
しかし地の底から戦慄くが如き声が、その場の全ての人間から呼吸を忘れさせた。
「正さねば──……」
「誰かが……血に染まらねば……!」
「"
ダラリと涎を垂らす口には、恐らく閉じる力も残されておらず。
歪めた凶相に見開かれた瞳は、誰の目にも明らかな程に焦点が崩れ。
幽鬼も斯くやの立ち姿から、それでも踏み出された一歩に、誰もが意識の外で足を引く。
「来い」
「来てみろ」
「贋物ども」
満身創痍の身にて
ヴィランにとって絶体絶命と呼んで相違無い彼岸に有りて、されど彼は
「俺を殺していいのは───
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…………何で、動けなかった?」
事件から一夜。
世間に報されたのは17名のヒーローを殺害した男、ステインこと赤黒血染逮捕の一報だった。
人心地を取り戻したヒーロー達が近付いてみれば、彼は直立のまま意識を失っていたのである。
保須市内を無秩序に暴れた脳無達と、世間を騒がせた『ヒーロー殺し』の逮捕。
プロヒーロー複数名の負傷こそあれ、結果だけ見れば常の如く、華々しい『勝利』の報が紙面を彩る結果に終わった一夜であった。
しかし実質的に彼のヴィランを仕留めた雄英生徒達の情報は、そこに含まれてはいない。
何故となれば、ヒーロー資格未所得者である彼らが保護管理者の指示もなく───何れの生徒も当時受けていた指示は待機および避難であった───"個性"を用いて他者に危害を加えた事実は、相手が何者であろうとも明確な規則違反に当たるが故で。
法に照らせば当事者及びその監督者、計八名には厳正な処分が下されるが道理。
世論の称賛こそあれ、ヒーローを志す彼らからその道を断つことに───というのが、負傷した生徒達の詰める病室に現れた警察署長の、
「ボクは……空翔胡魄だ」
訝る四人の生徒達に警察署長自ら申し出たのは、ある種の抜け道染みた
実際の戦闘目撃者が極めて少ない事、『ヒーロー殺し』の身体に残る火傷跡を利用し、その場に居合わせた
子供達の英断と功績、
心苦しく語る彼に四人が承諾を返したことで、報道された『事実』は先述の次第となる。
「なんで動けなかった?」
当然、ヒーローを志す彼らにとって、一時の称賛を捨てることに心情的にも否がある筈もなく。
説明に訪れた警察署長、及び彼らの保護管理者である職場体験先のヒーロー達が立ち去った後の病室には、実に和やかな空気が漂っていた。
互いの傷を、当時の働きを労い笑う合う男子達。
唯一人、無傷の身体の彼女が肩を竦めて微笑んで。
「ボクは、空翔胡魄だ」
そうして、自分は入院の必要は無いからと、一足先に病室を離れた彼女、空翔胡魄は。
人目を避けるように、院内を歩き。
「なんで動けなかった?」
呟く。
「ボクは空翔胡魄だ」
呟く。
「なんで動けなかった?」
「なんで…………」
呟いた。
「ボクは空翔胡魄だ」
「ボクは空翔胡魄だ」
「ボクは空翔胡魄だ」
「ボクは空翔胡魄だ」
「ボクは空翔胡魄だ」
「ボクは空翔胡魄だ」
「ボクは空翔胡魄だ」
「ボクは空翔胡魄だ」
「ボクは空翔胡魄だ」
「ボクは空翔胡魄だ」
「ボクは空翔胡魄だ」
「ボクは」
「…………
『彼』の主義主張云々は原作内でも非常に重要なテーマですが、本作では深堀り致しません。