飴の味を調べた筈なのに何故タイヤ、石油、ガソリンといった単語が目に入るのだろうか。
味の感想を探して「顔からにじみ出る脂汗」、「震える手足」、「美味しいと感じることは別に異常なことでもなんでもない」といった文面が出て来るのはどういうことなんだ。
「───腹もふくれた皿も洗った! お次は……」
「「「肝を試す時間だー!!」」」
「その前に大変心苦しいが、補習連中は……これから俺と補習授業だ」
「「「ウソだろ!!?」」」
時は合宿三日目の夜。
日中の暑気も抜け、ひやりと冷えた森の空気を震わせたのは無慈悲な宣告と共に捕縛布を巻かれ引きずられていく補習組の悲鳴であった。
訓練中にも伝えられていた行事予定、クラス対抗の『肝試し』。
片方のクラスが脅かす側、他方が脅かされる側となり、どちらがより多くの人間を驚かすことができたかを競い合う、とのことで。
脅かす側先攻のB組生徒が森の中に作られた進行ルートへと向かったのは十数分前の事。
後攻A組生徒はくじ引きで二人一組を作り、3分置きに出発。
脅かす側の注意として直接の接触は禁止。
各々の"個性"を使い、創意工夫を凝らした脅かしネタを披露することが求められる。
厳しさばかりの行事の中に添えられた、学生らしい青春のひと時。ひと夏の思い出。
それは、辛い訓練を乗り越えた先の息抜き、レクリエーション、あるいはアメとムチ───
「……まあ、俺らには関係ねぇことだけどな……」
「……しみじみ言うなよ。悲しくなるだろ」
正しく後ろ髪を引かれる思いで歩く彼───砂藤力道は、同じく捕縛布にて連行される補習組の四人と共に、この世の無常を嘆くのであった。
「あぅぅ……私たちも肝試ししたかったぁ……」
「アメとムチっつったじゃん。アメは!?」
「サルミアッキでもいい……アメを下さい先生……」
「サルミアッキ旨いだろ」
「(……サルミアッキって俺の『シュガードープ』機能すんのかな……?)」
宿舎に向かう途中、雑談に引っ張られた益体も無い思考が砂藤の頭を過る。
一見して無体な仕打ちの最中にあって、しかし彼を含めた五人が浮かべるのは諦念こそ混じれど確かな受容の面持ちであった。
「今回の補習では非常時の立ち回り方を叩き込む。周りから遅れをとったっつう自覚を持たねえとどんどん差ァ開いてくぞ」
「(遅れ……)」
畳み掛けるような相澤の忠言に彼が思い起こすのは、まさしく期末試験における苦い失態。
あの日の相方であった切島の似たような面持ちを横目に見ながら、訓練による甘味の大量摂取と消費に疲れた脳で、彼は過去の自身を省みる。
「(……今思えば、やり様はあったよなあ色々と……)」
彼の"個性"『シュガードープ』は、入手や摂取に苦労しない
欠点となるのは
これは訓練により遅延可能でも回避は不能な、把握していなければならなかった自身の弱点だ。
実際にその弱点を見事に突かれ、
迫り来るコンクリートの大波に対し、単純な力押しが通用しないと分かった時点で何かしら別の手段を勘案、実行しなければならなかったのだと、昨晩の補習を経た頭は朧気ながら動くのだ。
「(とにかくぶっ壊せば何とかなるって、いつのまにか思考が狭くなってたんだろうなあ……)」
雄英高校ヒーロー科。自由に"個性"を使える環境に身を置いて。
長年、
聞けば自分を含めたどの試験も生徒側の勝ち筋は用意してくれていたというのだ。
目の前の情報、状況に固執せず頭を回してさえいれば結果は違ったのではないか。そんな想いが少なからずあるからこそ、形以上の抵抗は見せずに連行されるのだった。
「広義の意味じゃこれもアメだ。ハッカ味の」
「ハッカは旨いですよ……」
やがて辿り着くは、丁度一日前にも訪れた補習組用の部屋。
ここに来てようやく外された捕縛布の感触残る腕をさすりつつ、開いた扉に手を伸ばして。
「あれぇ おかしいなァ!! 優秀なハズのA組から赤点が5人───」
───♪♪♪
「えっ」
「あっ」
「おっ?」
「……携帯は切っておきなよお!!」
「あ、うん、なんか悪ぃな」
「というかその煽り昨日もしてただろ。どんなメンタルしてんだ物間お前」
部屋内で待っていたB組唯一の補習参加者、物間の
五台五様の曲からなる無秩序な五重奏の前では自身の煽りもキレが落ちると思ったのか、渋々といった風情で突っ込みに回った彼に、A組一同の目が細められた。
「……あれ、全員鳴ったってことはグループメールか?」
「え、でも誰から……? 肝試し面子は多分電源切ってるよな?」
「
各々がポケット等から取り出した携帯電話を開き、表示された差出人名に小さな納得を溢す。
されど
差出人:御魂咲鳥
宛先:1年A組グループアドレス
件名:
本文:
。゚(゚´Д`゚)゜。
「「「…………」」」
「……おい、どうしたお前ら?」
一斉に携帯の画面を見つめ、何やら形容しがたい表情になった一同に相澤から誰何の声が飛ぶ。
しかし彼らの何れもが、一見意味不明なメールの解釈に追われ、返答できずにいた。
「(…………違ぇ。視野広げろ。こんなの、このタイミングで意味が無いわけねえだろ)」
たった一行の文面を見つめて、砂藤は自答する。
自分は顔文字一つ、鳴き声一つで長文を読み解く彼女の幼馴染とは違う。
しかしそれでも、曲がりなりにも数ヶ月の縁を持ったクラスメイトだ。
彼女が日々の授業に、病室から参加していた理由を知っている。
彼女が打つ文章(?)に、相応の背景があることを知っている。
何より彼女が、単なる冗談で全員にメールを送るような人間ではないことを知っている。
「…………やべぇ」
「は?」
長くはない逡巡の先で、辿り着いた答えは一つ。
言葉は無くとも、そう違いは無い結論を出したと感じた彼らは、視線で頷き合い。
「……先生、これ……やべぇことになってるかもしれません!」
「っ、どういうことだ。お前らメールを見せ───何だコレは……?」
生徒達の様子にただならぬものを感じ、文面を見た相澤の顔が困惑に染まる。
前提情報が無ければ冗談にしか見えないソレに、しかし彼らは各々の見解を言い募った。
「えと、顔文字っていうか……泣き顔の表現です、コレ!」
「多分辞書登録して一文字変換で打てるようにしてる感じの……そういうヤツです!」
「件名無しってことは、そんだけクッソ焦って出したメールってことで!!」
「しかも全体送信ですから、とにかく誰かに気付いて欲しかったんすよ!!」
「今、御魂って空翔と一緒に肝試し組に居ますよね!? あっちで何か───」
「───ブラド、ここ頼んだ」
「イレイザー!?」
即座に施設の外へと身を翻した
それは施設内に居た彼らの脳内に、マンダレイによる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「───泡瀬さん! 鉄哲さん! ガスマスクを創りましたわ! 塩崎さんにもすぐにこれを!」
「ガスマスク創ったって……うおっ、マジか……」
「凄ぇ……ありがとな! 八百万!!」
肝試しルート中腹、森の内部。
いつの間にか周囲に渦巻き漂っていた有毒ガスの中で。
ガスを吸い込み意識を失ってしまったB組、塩崎茨。
その姿に初めて異変を感じ取り、息を潜めた事で気絶を免れた、泡瀬洋雪および鉄哲徹鐵。
この三人にとって幸運だったのは、事が起きた丁度その時にA組四組目───八百万を含む組が近くに居合わせた事であった。
「っし……! 俺は拳藤達の方へ向かう! 泡瀬! お前は八百万を他の皆のとこに!」
「うおぃ、鉄哲!? ……行っちまった相変わらず一直線だな、あいつ……えと、八百万?」
「え、ええ……私は良いのですけれど……」
創り出された大量のガスマスクを腰に、塩崎を抱えたまま森の奥へと駆け出して行った鉄哲。
その背を見送った泡瀬の視線が八百万へ、そして頷きを返した彼女につられる形で、もう一人のA組生徒へと向けられる。
「……………………」
そこには、空翔胡魄が立ち尽くしていた。
視線は森を、あるいはその遥か先にある何かを見つめるように虚ろな瞳で。
能面、あるいは陶器のように無感動な表情が貼り付いた顔で。
心音、呼吸音、あらゆる音を立てる素振りすらないまま、ただ呆然と。
「……えっ……と。どうしたんだ、彼女? なんか、こうなる時あるのか?」
「い、いえ、そんなことは……あの、空翔さん? さっき、
「……御魂? いや、というか周りに居た小鳥達は何だったんだ? 普通の小鳥かと思ってたら、なんか一斉に
「ッ、泡瀬さん!!」
「えっ、あっ、お、俺なんかマズイこと言ったのか!?」
「…………いいや?」
「「……!」」
突如、声を荒げた八百万に、訳も分からず狼狽する泡瀬。
そんな彼らを小さな、しかし夜闇を切り裂くような呟きが意識を引き戻した。
「……ごめんね。心配かけて。……話は聞いてたよ。行こうか八百万さん、泡瀬くん」
「お、おう……よろしくな」
「は、はい……その、大丈夫、なのですか?」
「うん。大丈夫だよ。…………もう、腹は決めたから」
「ボクは、ボクだ」
サルミアッキの甘味成分は原料のリコリスに含まれるグリチルリチン。
対して一般的な砂糖の主成分はスクロースです。
『シュガードープ』が甘味全般に対応するのかスクロース限定なのかが肝ですね(何の話だ)。
増強系にも"個性"由来の欲求があるとすれば、これまで公には使えなかった膂力を振るえる場ができたことで、少々脳筋方向にハイになってもしょうがないと思うのです。