初期のプロット通りです。
この展開は(ry
C3-1 ぴぃ
「───ブホッ!? こ、これが最後の連絡になるとは……ふ、不憫なことじゃのお……!」
後に『神野の悪夢』と呼ばれる一夜の前日。
それは、一連の事態の幕開けとなった襲撃事件の同時刻。
場所は遠く離れた蛇腔病院、霊安室から
皺の刻まれた手に握り、弄ぶように検分するのは一台の携帯電話。
その小さな液晶画面に映された、ともすれば戯事にすら見える、たった一行の『嘆き』。
その一通が
医師の仮面を外した老人、殻木はパタリと閉じた端末の音に喉奥からの
「ホ、ホ……ッ、これなら伝わる人間は誰もおらんの。いやはや……危ないところじゃったわい」
閉じた携帯を最早無用と放り棄て、眼鏡に隠れた瞳を鋭く細めて。
浅く息を吐いた後で僅かに惜しむような声音を溢し、しかし殻木は首を横に振った。
『───ピィ』『ピィ?』『ピッ』
『…………本当に可能じゃったのか』
『は、はい……思ったより簡単に……』
彼が思い起こすのは
病床に臥す身体から
自らの魂に『形』を与え、肉体から離れて行動させられる"個性"。
そこに"個性"『サーチ』によって導かれた新たな可能性。
当人の口から驚きを込めて聞かされたソレに、いち研究者という立場から感心を漏らした記憶は彼にとっても未だ新しく。
───
元は戯れの一つとして『仕入れ』、望外の成果を上げていた『駒』の一つ。
そんな少女の再びの『躍進』は、彼をして焦りを覚えずにはいられない代物で。
動かぬ身体の代わりにと、遠くに『派遣』されていた"個性"による小鳥達。
習熟鍛錬の延長か、その姿を翌日には院内各所で見掛けるようになった事が
───
地下への階段を、長く続いた通路を渡り、やがて辿り着くは重厚な扉の前。
事もなく開いたその奥、視界に広がる見慣れた光景を眺め、殻木は安堵混じりの息を吐く。
彼を迎えるは巨大な端末、多種多様な数値を映す無数の液晶画面。
整然とならぶ人間大のガラス容器に、その中で音もなく揺蕩う黒い人影。
数える事すら躊躇う程の、培養された生体サンプル───複製された"個性"達。
"個性"研究の権威にして蛇腔病院現理事長。
誰の目にも確かな社会的地位を持つ彼にとって此処は、己が人生そのものにして、決して余人に露見させる訳にはいかぬ泣き所。
愛用の椅子に老体を預け、半生を注ぎ込み培ってきたそれらを満足気に見渡して。
今一度、戯れの延長から喪失に繋がりかけた『可能性』に、彼は辟易を呼気に乗せた。
───正直に言えば、惜しい人材ではあったんじゃがの。
様々に勘定し、己が判断に誤りはなかったとした上で、彼の頭に残ったのはその一言だった。
希少かつ強力な"個性"であろうとも、その複製手段を確立させた今となっては、金と時間にさえ目を瞑れば幾らでも用意できる手札の一つ。
しかし当人の資質等、替えの利かない技能を下敷きにする"個性"については例に収まらず。
───ただでさえ五感の類を増やす"個性"は脳への負担が大きいというのに、身体を丸ごと一つ増やしとるようなもんじゃったからのお。持って生まれた本人以外に扱えたとは到底思えんわい。しかし……あのまま成長したらどうなったんじゃろうか? "個性"とは鍛えれば伸びる身体機能、ああして操作数を増やせる系統となれば許容量が増えていく方向が考えられるが……魂が増える? いやいやそんな馬鹿な。血や筋肉とは違うんじゃ。増えたり太くなったりするような代物では……ううむ……今更じゃがちょっと気になってきたのう。こんなことなら、早いうちから思想にも手を加えておけば……いや割と筋金入りじゃったし、どのみち無理筋だったか───
手放した『駒』を惜しむ過程で脳裏に溢れていく取り留めのない思考に、『超常』に魅せられた研究者としての顔が混ざりこむ。
少女が身に宿していた"個性"の難解さ、享受してきた有用性、さらなる発展可能性。
語っていた理想、内に秘めていた想いの熱量と、
誰の目も無い地下室で薄笑いを浮かべた老人が、当人も気付かぬままに瞳を昏く輝かせ───
「……イカンイカン。終わった事などさっさと忘れて、早いとこ代わりを考えんとの。……まあ、あれほど簡単に情報を得られた手段の代替が、そうそう見つかるとも思えんが……」
椅子に深く腰を落とし、物思いに沈みかけた殻木が、やがて微かな未練を払うように首を振る。
少しばかり茶目っ気を込めた「最高峰と言われるヒーロー養成校の実態という意味でも面白……いや、興味深かったんじゃがなあ」という呟きが後に続いた。
「これから暫くは『先生』にも頼れんじゃろうし、さて何から手を付けるか───」
「……む?」
耳に届いた、ような気がした物音に、殻木の眉がぴくりと動く。
周囲のガラス容器から鳴った水音か、機器の電子音か……即座に思い浮かんだ幾つかの候補に、しかし彼は故の不明な違和感を胸に、己の研究所を見渡した。
「…………気のせい、かの?」
薬液の泡立ち、液晶機器の稼働音、あるいは培養槽の内部に起こる身動ぎ。
慣れ親しんだ環境音と呼んで等しいそれらに気を向けつつ、呟いた言葉が空調の効いた地下室の空気に溶けていく。
幾つもの機器が常時稼働している以上、静音無音とは縁遠い閉鎖空間。
されど彼自身、および彼の把握する
「むぅ? やはり今、何か……」
視界の端で一瞬だけ捉えられたそれは、ごく小さな、しかし確かに存在した『物影』。
直前に聞こえた奇妙な『物音』も相まって薬瓶か何かを見間違えた、とは流石に思えず。
年波を感じる脚の代わりにと、研究室内部を駆け抜けられるように作られた椅子が、主の意図を汲み取り滑らかに動き出す。
『影』が見えた器具の後ろ、『音』が聞こえた容器の裏───椅子の上で凝らした殻木の目に、しかし目的とした『何か』は一向に映らず。
「……どこかから虫かネズミでも入り込んだか? 有り得んことではないが……ええい仕方ない。面倒じゃが一旦───」
『ぴ ィ』
「…………ホ?」
真正面。
目と鼻の先。
視界に居座る一羽の小鳥に、老人の思考が熱を失う。
『ピ ぃ』
『 ぴっ』
『ぴュ 』
「………………有り得ん」
どこからともなく、見る間に視界に増えていく小鳥に、彼が溢せたのは呟き一つ。
見た目にはどこにでも居る、どこででも見掛けるだろう、ありふれた小鳥。
けれどその姿が、此処に現れたソレが、
「"個性"とは、どこまで行っても、身体機能の一つじゃ」
『ぴぃ』
「如何なる超常でも、如何に枠を外れていようとも……身体の一部であることには変わりない」
『ぃ ぴ』
『ピ ィ?』 『ぴッ ぴ』
「即ち"個性"因子とは……超常器官とは、四肢や臓器の延長上にあるものであって……」
『ぴ』
『 ピィ』
どこか、夢か幻でも見るように語る持論はたどたどしく。
空転する脳裏に、先も浮かべた『許容量向上』という一語を巡らせて。
針のように突き刺さる無数の『視線』に、集結し始める『群れ』に、目を合わせた彼は。
『 ぴ ぃ』 『 ぴぃ』
『ピゅ』 『ぴ ぃ 』
『ピ ぃ?』 『ピ』 『ピぃ』
「
『ピィ!』 『ぴィ』
『ぴっイ』『ピぃ』 『ぴい』『ピュ』 『 ピッ』
『 ピィ』 『ぴ 』 『ぴゅ』
「───会長。病院地下に存在した機器のデータですが、やはり何れも復元は不可能だそうです」
「そう……端末から小さなチップに至るまで
「まるで
「そちらも読み取れるものは殆ど残っていないと聞いているわ。再現したい研究ではなかったのも事実だけど、少なからず惜しく感じてしまうわね」
「それとこちらは、地下室に
「写真ではさながら『鳥葬』のようだったけど……これも
ぴぃ
ぴぃ
ぴっ
ぴぃ?