Q. え、完結?
A. Yes. 本作これにて完結です。詳しくは本日中に上げる予定の活動報告にて。
───そこは、光も入らない小さな地下室。
冷たい床に無造作に並べられた、場にそぐわぬ華やかな玩具に囲まれて。
無機質な壁に描かれた、あどけない絵に見下ろされながら。
「……っ」
不釣り合いな寝具の上で、身体を丸める少女が一人。
暗闇の中、微かに届く音に身を震わせる。
「エリちゃん───大丈夫だいじょぶ! 一応居るかどうかの確認だけね」
唐突に開けられた扉、差し込む光。
目に飛び込んだ人影に怯える少女へ、引きつった笑みを浮かべる訪問者。
「おもちゃ全然触らないのね。せっかく買ってあげたのに……ちょっとくらい気を許してもいいんだからね」
慮る言葉は耳に届いているのか否か、顔を上げた少女の口は真一文字に引き締められ。
そんな少女の元へと近寄る男もまた、隠しきれない緊張を乗せて言葉を選ぶ。
「(じゃねえと今度は俺が
男の頭を占めるのは、『前任者』の辿った凄惨なる末路。
それは、目の前の少女から『信頼』を得られない限り、明日にも己に降りかかりうる『明日』。
顔も四肢の動きまで硬く、あやすつもりで伸ばした手は、少女の顔を背けさせるに終わる。
そうして涙を滲ませる少女ほどとは言わずとも泣きたい気分になった男は、やがて諦めたように地下室を後にし、その唯一の光源を閉ざすのだった。
(……違う)
男が去った後で、少女は己が身を掻き抱く。
(……怖い)
冷厳な暗がりの中で、人恋しさを自覚する由さえ失って。
(……っ)
助けて、の言葉を思考に上らせることすら出来ない少女の、小さな手のひらの中で。
『───ピィ』
「ん……」
いつのまにか、
絶望に晒された少女の胸に、確かな温度を与えていた。
「───異能解放軍指導者の本ですか。いやー、僕も読みましたけど……ダメでしたねー」
そこは、とある企業の社長室。
軽い声音で溢されたそれは、どんな物言いも寛大に流す社長の手に奇本の類に分類される一冊を目にした一人の社員から、普段通りに衝いて出た言葉で。
「やってることはテロ・テロ・テロで人巻き込んどいて、そのクセすごいかっこつけるじゃないですか。文体とか「解放せよ」とか。ずっと犯罪者が何言ってんのーって気持ちでしたよ」
「……」
暴言スレスレの諫言すら笑って頷く社長への、確かな信頼を下敷きにした軽口。
粛々と仕事に戻ろうと、背を向けた彼が『異変』に気付ける道理は無く。
「……すまない宮下」
上等な椅子から腰を上げた社長に呼び止められ、開いた扉を前に彼は立ち止まる。
平然を装う声に気付くことなく、振り返らんとした彼を、二本の腕が肩抱きに掴んだ。
「おまえ身寄りはいないんだったな?」
「え? はい去年母も……「恋人はいるのか?」」
「いないっス、え!? 何スか、え!?」
「宮下はよく働いてくれた」
温厚な社長の『豹変』に、一社員であった彼の困惑は止まず。
矢継ぎ早の問いに空転する思考を、腕が掛けられた首から鳴った軋み音が塗り潰す。
「どの社員よりも……何故だ宮下。残念だよ」「え?」
「メンバーへの紹介も検討していたんだ「痛っ」否定しなければまだいくらでも道はあった」
「君とは」「いっ!! 社ちょ、ちょ痛───」
「わかりあえなかった」
首を捩じられ、力なく頽れた部下を見下ろす社長の目から、一滴の涙が零れ落ちる。
高層に数えられるビルの上階、空に孤立した一室に己の
「とても……残念だ」
『ピィ』『チチッ』『ピッ』
「君のことは、忘れない」
「───小鳥さん、小鳥さんカァイイねえ」
『ピィっ、ピィ』
「トガちゃんの方がカワイイよ! 公園で餌やってるババアみてェだ追っ払え!」
「……こんな生活いつまで続けるんだ?」
打ち捨てられた工事現場の、やや年季の入ったプレハブ小屋。
廃屋と呼んで相違ないその場所に集うは、かつて世間を激震させた組織、
世をときめくヒーローの卵に襲い掛かり、紙面を賑わせた日から数ヶ月。
善を脅かし悪を魅了した彼らは今、諸般の事情からグダリ切ったと自認する日々の中にあった。
「黒霧が捕まってもう一ヶ月くらいか。力を手に入れるなんて言っといて、結局失敗しやがった。おかげで「ドクター」探しも難航中だ」
気怠く吐き捨てるように言った死柄木は知らない。
探し人が既にこの世には居ないことも。
敬愛する「先生」が、遺したつもりだった『力』に繋がる伝手など、既にどこにも───無残に食い散らされて───残っていないことなど、知り得る術すらあるはずなく。
「……なァ、俺たち一体どこに向かってるんだ?」
そんな現状を嘆くのは、連合の中でも昏い熱に浮かされ刃を握った男、スピナーだった。
元々の自身の意思などハリボテのそれだと認めた上で、しかしと彼は言い募る。
彼が連合に見ていたのは、この手で世界を変えられるという、ある種の青臭さすら香る期待。
一市民でしかなかった彼には想像にも及ばなかった『狂人』達と共に歩み、己を押し込めてきた窮屈な世の中を跡形もなく破壊するという未来予想図で。
「だから、このダラけた現状がわからねえ!」
「どでけえ風穴ぶちあけられると思ってた! 答えてくれ死柄木!」
「俺たちはどこに向かってるんだ!?」
「……だから───っ!」
剣幕強く、己の首元を掴んだ彼に死柄木が何事か答えんとした、その瞬間。
視界を横切った『それ』を、反射的に追った瞳が大きく見開かれる。
「(───
「っ、やっべ!?」
「え? やー!?」
「っ、そ……なんでここが───
『───仕事は格段に楽になってるんで文句とかじゃないんスけど……そろそろ会わせてくれても良くないですか、『後輩』さん、とやらに』
「……そうねえ」
どこかのビル、どこかの一室。
電話越しに届く探るような声に、初老の女性が返すのは思索に満ちた呟き。
『……あれ、案外脈あり? 正直ダメ元だったんですけど、実はそこまで制限してる情報じゃないとかですか?』
「いえ、どちらかというと……そうね、今の内に確認しておこうかしら」
電話の向こうから捕縛されたヴィランの悪態が微かに届く中で、公安委員会会長を務める女傑は僅かな思考の末に『それ』を口にする。
「今年の雄英一年生……あなたはどう思うかしら、ホークス?」
『…………ハイ?』
意外そうな声を隠さず続きを待ったホークスに、告げられたのはこれまた奇異なる問い掛け。
質問の意図を探るような暫しの沈黙に、問うた会長が言葉を重ねる。
「あなたが個人的に目を掛けている生徒の存在は把握しているわ。そうじゃなく、彼ら全体を見て何か気にしているようなことはあるかしら?」
『……いえ、別に? 強いて言うなら、みんな将来有望そうな子達、ってぐらいですかね?』
「そう」
『…………』
結果的に返ったありきたりに思える回答に、簡素にして鷹揚な頷きが電波に乗せられる。
無言ながら戸惑いが漂う電話口へと、そのまま彼女はにべもなく言い放った。
「では近い内に顔合わせができるように調整しましょう。日取りが決まったら知らせるわ」
『え? あ、はい』
「それから、そこは向かわせた人間に任せて『次』に向かって頂戴。データは……今、送ったわ」
『……うっわ、これまた……ちょっと最近人使いが荒───』
小さく鳴った押下音を区切りに、青年の声が慈悲もなく途切れる。
ふう、と息を吐いた彼女が、静かになった端末から目を離して、一拍。
「……と、いうことになったわ。機会が来たらよろしくね」
『ピィ』
「事後承諾じゃないですか、会長……」
机の上、一羽の小鳥。
片羽を挙げて承諾を示す『それ』に、傍らで目元を揉むは部下が一人。
どこか童話じみて見えるその光景に、しかし顔に齢月を刻んだ老女も、傍らに立つ彼の表情にも戯れを楽しむような色は無く。
「……それにしても参ったわ。『異能解放軍』……あんな組織が今の今まで政府にも公安の目にも留まることなく勢力を拡大させつづけていただなんて……」
「数人捕まえて終わりじゃ絶対済まないですよね……ハハ、次寝られるのいつになりますかねえ」
「野放しにしていた未来よりマシ、と考えるしかないわ。今の内に手配を───」
『ピィ』
「……ああ、ちょっと待ちなさい」
机に鎮座する小鳥が、何かを催促するように一鳴き、やり取りの間を突き抜ける。
疑問は一瞬、粒のような瞳の前で頷いた会長は、机の中から数枚の書類を取り出した。
「……この書類が、『空翔胡魄』の
「そもそも彼女の籍に、『死亡』の文字が刻まれたことは、今まで一度も無い」
「種々の手続きについても、こちらで手配した『保護者』が恙無く行っている。だから───」
「この国の法の下に、彼女がヒーローになれない理由は、どこにも無い。……納得した?」
『…………ピィ♪』
口角を上げる、に類する仕草を残し、小鳥の姿が机に
部屋から見える窓の外で、
「……たったこれだけで全国に及ぶ監視網を形成、協力してくれるのだもの。安い買い物だわ」
「っ、良いんですか、会長? そんな言い方……」
「大丈夫よ。彼女は、ソアライブ……空翔胡魄に関すること以外は非常に寛容。無関心と言っても良いくらいだから」
手元に残った書類を、それらが形作るひとりの人間の『実在』を目に映し。
次いで、『彼女』が集めてきた無数の情報を脳裏に、会長を務める老女は苦く笑う。
「……手段を選ぶ、なんて『贅沢』が出来るほど恵まれてなんかいない。社会の安寧を願うなら、使えるものは使わなきゃいけない。……前会長や、殻木球大の轍を踏みたくはないけれどね」
「…………」
「問題を投げれば解決してくれた
「……会長?」
自嘲混じりに、昏い決意を吐いていた老女の口が、はたと噤まれる。
首を傾げた部下に、数度の瞬きを経て、一言。
「ちょっとした疑問なのだけど…………魂って、寿命とかあるのかしら?」
『───胡魄ちゃんは、ヒーローだから』
『ヒーローじゃなくちゃ、いけないから』
『だって胡魄ちゃんは、わたしの……ううん、
『みんなの ひーろー なんだから』
I am here.
She is there.
She is here.
I am there.
Everytime, everywhere,
everyway, always.
Always.