剣聖、木こりに転職 作:与作
「……悪い、俺はここまでだ」
魔王を倒し、王都に帰還する道中で俺は唐突に口を開く。
「……は? 何言ってんだよ」
仲間達が心配そうにこちらを見てくる。無理もないだろう、俺だって逆の立場なら同じような反応をしていたと思う。だが……これはもう決めたことだ。俺は自分にそう言い聞かせると再び口を開いた。
「……俺は、王都には戻らない。このまま何処か、遠い所へ行く」
俺の言葉に全員が息を呑むのが分かった。
「お前……自分が何言ってるのか分かってるのか!? 王様や姫様、国民達だってお前が帰ってくるのをずっと待ってるんだぞ!?」
「そうですよ! なのにどうして……!」
仲間達は必死に説得しようとするが、俺は首を横に振ることしかできなかった。
「……沢山の、仲間が死んだ」
「ッ!!」
その言葉に仲間達は何も言えなくなってしまう。
「……俺が、弱かったせいだ。救えたかもしれない命をみすみす失わせた」
「お前のせいじゃない! お前は良くやったさ!」
一人が叫びだすと、次々と俺もそうだと声を上げた。しかし……それでも俺の心は晴れなかった。それどころか罪悪感で押し潰されそうだった。
「……きっと、王都では凱旋が行われるだろう。王様も姫様も、国民達も、俺達を英雄として迎えるだろう。それは名誉なことだ。しかし……それが俺には耐えられないんだ」
「アルフィ……」
仲間達はそれ以上何も言ってこなかった。きっと俺の気持ちを察してくれたのだろう。ただ一言、皆を代表して一人が言った。
「分かったよ。お前のやりたいようにやればいいさ」
「……すまない」
そして、俺は逃げた。
◇
王都リベリカ。ここは、この世界でもっとも大きく、繁栄し、そして平和を謳歌している街である。
かつてこの王都では戦争が起こった。世界征服を企む魔王軍との戦いだ。その戦いは熾烈を極め、多くの人々が犠牲になった。そして、その戦いを終わらせるべく立ち上がったのが、一人の剣士だった。
剣士の名はアルフィ。彼はその類い稀なる剣技で魔王軍を次々と打ち破っていき、最後には首領である魔王ティフケをも討ち取ったのである。
その後、盛大に開かれた凱旋パレードは、まさに国民全員が待ち望んでいた瞬間だった。しかし、そのパレードもすぐに終わりを迎えることとなった。
当のアルフィが突然行方をくらましてしまったのだ。彼が姿を消したことで、彼の支持者達は大いに慌てふためいた。
こうして、剣士アルフィは剣聖として語り継がれながらも、深い謎が残ることとなったのである。
◇
「ねぇねぇお師匠! 今日こそちゃんと稽古つけてくださいよ!」
「……無理」
ここは王都リベリカより遠く離れた名も無き小さな村。王都とは違い、静かで自然に囲まれたこの村の一角に俺は住んでいた。
「お願いしますアルフィ! 私ももっと強くなりたいんです!」
「……その名前で呼ぶなって、いつも言ってるだろイリーナ。誰かに聞かれたらどうする」
「どうせ聞いても分かりませんって。ここは銅像も建たないくらい田舎にあるんですから」
俺の名前はアルフィ。元剣聖だ。今はラスティって名前で木こりをやっている。
そして、俺の家に勝手に上がり込んでるのが、この村で出会った自称弟子のイリーナだ。
彼女の言い分に間違いはない。俺が住んでいる家は村の片隅にぽつんと建っており、近所に家すらないため人が来ることはほとんどない。だから、この名前を知られてしまう恐れは低いのだが……。
それでも万が一ということがある。俺は素性がバレないように普段はなるべく目立たないように生活しているのだ。
「お師匠~、最近いつもそうやってだらけてますよね。そんなんじゃ太っちゃいますよ?」
「それはそれでバレにくくなるからいいかもな」
「私の剣聖像が台無しになるじゃないですかぁ!」
この村で俺が剣聖だと知っているのはイリーナだけだ。
以前、彼女が魔王軍の残党に襲われていた際に助けたところ懐かれてしまった。名前に関しては残党が俺の姿を見た時に漏らしやがったのだ。当然、バラバラに切り刻んでやったが。
それ以来、なし崩し的にこうやって俺の家に入り浸っている。
「それより……イリーナは今日もまた抜け出してきたんだろう? 勉強しなくていいのか?」
「そ、それは……」
俺の言葉に顔を曇らせるイリーナ。
彼女はこの村の教会でシスターになるための修行をしている。が、どうにも性にあわないらしく、度々抜け出してきては俺に稽古をせがむのだ。確かに、彼女程活発な子だとあの静かな空間はつまらないのだろう。
「ま、また後でやりますから大丈夫です! それより稽古しましょう!」
「しない」
「む~! ケチぃ~!!」
頰を膨らませて拗ねるイリーナ。その仕草は可愛らしいのだが、彼女もあと数年したらこの駄々っ子のような態度も落ち着くだろう。というか変わってくれないと困る。俺は一刻も早く平穏な生活を謳歌したいのだから。
「ふーんだ。いいですよーだ。お師匠のわからずや」
イリーナはそう言うと、拗ねてそのまま床に寝転がってしまった。……流石にこのまま放っておくわけにはいかないな。絶対面倒なことになる。
「……さて、そろそろ仕事にいくか」
「……」
「今回は結構切らなきゃだしなー。誰か手伝ってくれる心優しい人はいないのかなぁ」
「……!」
すると、イリーナが急に体を起こして俺を凝視してきた。……分かりやすい奴だな、この子は。
「ほら、さっさと支度しろ。剣も忘れんなよ」
「……! はいっ!!」
それからすぐに準備を済ませ、二人で森へと向かった。
道中イリーナはずっとご機嫌だった。よほど稽古が楽しみなのだろう。
「ふふふ、今日はどんな稽古かなー」「まず先に仕事を終わらせてからだからな」
「分かってますよ~だ!」
そんなことを話していると、あっという間に目的地へと到着する。この森は魔力が濃く、木の成長も早い。そのため、頻繁に伐採しないと村の生活に影響が出てしまう。
「それじゃ、始めますかね」
俺は鞘から剣を引き抜き、手頃な木の前へと向かった。
「危ないからちょっと離れてろ」
「はーい!」
イリーナは元気よく返事をすると、俺の指示通り少し離れた場所に移動する。そして、それを確認すると俺は剣をしっかりと構えた。
すると、次の瞬間には一瞬で間合いを詰めて対象を切り裂き、さらには目にも止まらぬ速さで次々と切るべき木を切っていく。
普通は斧を使うべきなのだろうが、俺の場合剣を使った方が速い。
「……ふうっ」
ものの数分で作業を終え、俺は一息つく。イリーナが目を輝かせながら駆け寄ってきた。
「わーお見事! やっぱりすごいですねぇ」
「ほら、次はお前の番だぞ。逆側を頼む」
「分かりました! 任せてください!」
そう言って、彼女は俺の切った木を軽やかに超えていく。そして、反対側の作業に取り掛かった。
こうして誰かと一緒に仕事をするのは意外と楽しいものだ。師匠として慕われるのも悪くないかもしれないな。そんなことを思いながらイリーナを眺めていた時だった。
……何か嫌な視線を感じた気がする。
「……気のせいか」
その後は特に問題もなく仕事を終えることができたのだった。
その後、イリーナと俺は森を抜けた所にある川の畔に来ていた。仕事終わりは決まってここでお弁当を食べるのだ。
「ん~! やっぱりお師匠のお弁当は美味しいですねぇ!」
「そうかそうか」
俺たちは穏やかな川の流れを眺めながら食事をする。木こりとして働く日々の中で数少ない楽しみの一つだ。イリーナと出会ってからは大体この時間が日常になっていた。
「……そういえばなんですけど、お師匠ってどうして木こりになったんですか?」
食事を終え一息ついた頃、唐突にイリーナがそんなことを聞いてきた。……随分と突然な質問だな。まぁ別に隠すようなことでもないし構わないけど。
「昔、世話になってた人が木こりだったんだよ。その人の背中をずっと見てたから……俺もやりたくなっただけだ」
「お師匠にもそんな時代があったんですね~。意外です」
「どういう意味だよ」
確かに昔は、今のイリーナとそう変わらないほどやんちゃしてた時期もあったが……流石に今は落ち着いたと思う。多分。
「お師匠の昔の話、聞きたいです!」
「別に面白いもんじゃないぞ?」
「それでも聞きたいです!」
イリーナが目をキラキラさせながらこちらを見つめてくる。……そんな目で見られると断れないじゃないか。しょうがないな。
「……そうだな。俺がその木こり……師匠に会ったのは、俺が今のお前と同じぐらいの頃だったか」
◇
その頃の俺は、かなり荒んだ毎日を送っていた。親がいない子供にとってこの世界はあまりにも厳しすぎるのだ。
貧民街に生まれた俺は、親に捨てられたらしい。詳しいことは何も分からないが、物心ついた時には既に一人だった。
つまり……この狭い世界で一人で生き抜かねばならなかったのだ。
道行く手頃な人間から財布を盗み、ゴミ箱を漁り、泥水を啜り、雨水を啜って飢えを凌ぐ。
そんな生活を続けていたある日のこと。いつものように盗みを働き、路地裏を駆けていた。
その時、路地裏の暗がりから伸びてきた手に腕を掴まれたのだ。咄嗟に抵抗しようとしたが、力で勝てるはずもなく……そのまま壁に押し付けられてしまった。
「君、財布を返してもらえるかな? 大事な旅費が入っているものでね」
聞こえてきたのは優しげな女性の声だった。しかし、その声には有無を言わせぬ迫力があり、俺は黙って財布を差し出すしかなかった。
「ありがとう。……ところで君、こんな遅い時間に出歩くものじゃないよ」
財布を受け取った彼女はそう口にする。
「この辺りは物騒だからね。子供は早く家に帰った方がいい」
「……家なんかねーよ。煽ってんのか、クソババア」
俺は彼女を睨む。確かに彼女の言うことはもっともなのだろうが、帰る家のない俺にとっては余計なお世話だった。すると、彼女は少し困ったような表情を浮かべて言った。
「そうか……それなら私と来たまえ」
「はぁ?」
予想外の言葉に思わず目を丸くする俺だったが、そんな俺を他所に彼女は続けた。
「旅をしている最中でね。子供一人くらいなら養えるだろう」
そう言うと彼女は俺の手を引いて歩き出す。俺は慌てて抵抗しようとするが、上手く力が入らずズルズルと引きずられてしまった。
「おい! 何すんだよ! 離せ!」
「はっはっは! 元気がいいなぁ君」
彼女はそう言って笑うと、そのまま強引に俺の手を引いたまま歩き続ける。
行き着いた先は小さな宿屋だった。そこの食堂に併設されたカウンターに彼女は腰掛けると、厨房に向かって声を掛けた。
「マスター、酒を。この子にはジュースを」
「はいよ」
そう言って店主と思われる男性が酒瓶とグラスを持って現れる。そして、俺達の前にそれを置くと厨房へと戻っていった。
「ほら、かんぱーい」
「……」
彼女は満面の笑みを浮かべながらグラスをぶつけてくる。俺はそれに応じず、ただじっと睨みつけた。
「ありゃ、嫌われちゃったかな?」
「……どういうつもりだ」
俺は疑問を口にする。こんな見ず知らずの子供に優しくするなんてどう考えてもおかしい。一体何を考えているんだ?
「言ったろう、旅をしていると。ノリと勢いで一人旅を始めたは良いが、中々寂しいものでね」
そう言って彼女はグラスに入った酒をグイッと飲み干す。
「そこでだ。君に私の旅のお供になってもらおうと思ってね」
「……なんでだよ」
「私の財布を盗んだその手際、実に見事だったよ。この私ですらあそこまで鮮やかに盗まれたのは久しぶりだった」
「盗みが上手い奴は他にもいるだろうが。わざわざ俺じゃなくても」
「いやいや、君の才能は素晴らしいものだよ。私が保証しよう」
彼女はそう言うと俺の頭を撫でてきた。その手を俺は即座に振り払う。しかし、それでも彼女の笑みが崩れることはなかった。俺はため息をつく。
「……あんた、何者なんだ」
「私? 私はね……木こりさ」
「……は? 木こり?」
予想外の答えに一瞬思考が停止する。その間も彼女は微笑みながらこちらを見ていた。
「うん、木こり」
「いや、そうじゃなくて。……なんで木こりが旅なんかしてるんだよ」
俺がそう言うと彼女は少し困ったような表情を浮かべた後、急に真面目な顔になって呟いた。
「……私の技を継げる人間を探している。私は君がそうだと思ったんだ」
◇
「それで、その後飯をたらふく食わせてもらったな。あれは美味かった、今でも覚えてるよ」
「お師匠、昔は悪い子だったんですね」
「……そうだな。どうしようもないクソガキだった」
俺は苦笑を浮かべる。今となってはあんな無茶な暮らしは真っ平御免だ。
「でも、今じゃ立派にお師匠してますよねー。私感激です!」
彼女はそう言って目を輝かせる。まったく調子の良い奴だ。まあ、そこがこいつの良いところでもあるのだが。
「はいはい、そりゃどーも」
適当に相槌を打ちつつ俺は空になった弁当箱を片付ける。
「さて、食後の運動といくか。ほら、構えな」
「やった! お願いします!」
彼女は笑顔で構えをとる。俺もそれに合わせるように剣を構えた。そして、いつもの稽古を始めるのだった。