剣聖、木こりに転職   作:与作

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家族

 

「お師匠お師匠! そろそろお昼ですよ! 起きてください!」

「……ん、もうそんな時間か」

 

 イリーナに体を揺すられ目を覚ます。彼女はいつものように目をキラキラさせながらこちらを見ていた。

 

「早く! お昼にしましょう!」

「分かったよ」

 

 俺は体を起こすと、大きく伸びをする。

 

「今日のお昼は何ですかね~」

 

 彼女はワクワクした様子でこちらを見ている。俺は苦笑しながら答えた。

 

「寝起きの俺に代わって、イリーナが作ってくれたら有難いが」

「めんど……私、お師匠のご飯が食べたいので」

「おい、今面倒臭いって」

「言ってないでーす! 早く行きましょ!」

 

 イリーナは俺の言葉を遮るように腕を引っ張ると、強引に立ち上がらせる。そのままキッチンまで尻を押された。

 

「……眠いから、簡単なのでいいか?」

「オムレツがいいです!」

「はいはい」

 

 俺は短く返事すると、冷蔵庫の中から卵を取り出す。そして、フライパンを温めるとバターを引いて溶かし込んだ。そして、そこに塩コショウをして味付けをする。

 

「後は卵を投入っと」

 

 卵液をフライパンに流し込み、ゆっくりかき混ぜる。全体に火が通ったら、火を止めて余熱で軽く蒸らす。そして形を整え、皿に盛り付ければ完成だ。

 

「ほれ、出来たぞ」

 

 俺は出来上がったオムレツをテーブルに運ぶ。それを見たイリーナが歓喜の声を上げた。

 

「わぁ! 美味しそうです!」

「ありがとよ」

 

 俺は適当に返事をして、自分の席に着く。そして、スプーンを手に持つと早速オムレツを一口食べた。うん、美味い。我ながら完璧な出来だ。

 イリーナはと言うと、夢中で食べている。まるでリスのようだ。……全く可愛い奴め。

 

「ふぅ……」

 

 一息ついて水を飲む。その間もイリーナはずっとオムレツにがっついていた。

 

「……お前の食べっぷりを見てると、師匠のことを思い出すよ」

 

 不意にそんなことを呟く。

 

「お師匠のお師匠、ですか?」

 

 イリーナは食べる手を止めて、不思議そうに聞き返してくる。俺は頷いて続けた。

 

「あぁ。あの人、全然料理出来なくてな。いつも俺が作って……それをあの人は美味しそうに食べるんだよ。あの笑顔を見るのが好きでさ、俺は必死に料理を覚えたんだ」

「へぇ……その話、もっと聞かせてください!」

「あぁ」

 

 俺は懐かしむように目を閉じる。瞼の裏には今でもはっきりとあの人の姿が浮かんだ。そして、それを追い求めるように俺は口を開く。

 

 

 ◇

 

 

「ほら、もう終わりかい?」

「……っ、くそ! ま、まだまだっ!」

 

 俺は剣を杖にして立ち上がる。だが、既に体は限界を迎えていた。全身が悲鳴を上げているのが分かる。それでも俺は立ち続けた。

 

「はっはっは! いい気合いだ! それでこそ私の弟子だ!」

 

 そう言って笑う彼女に向かって俺は剣を構える。そして、大きく息を吸い込むと一気に駆け出した。

 

「はああぁあッ!!」

 

 叫び声を上げながら剣を振り下ろす。しかし、それは呆気なく彼女に受け止められてしまう。しかし、俺も負けじと力を入れるがビクともしない。

 

「……その気合いだよ、アルフィ」

 

 彼女はそれだけ言うと俺の体を勢いよく投げ飛ばす。地面に叩きつけられた衝撃で呼吸が止まりそうになるが、何とか立ち上がった。そんな彼女が俺の肩を軽く叩く。

 

「そこまで。お疲れ様」

「……ありがとう、ございました」

 

 俺は悔しげに礼をすると、その場に座り込んだ。稽古が始まって一週間、今日も一本も取れていない。

 

「いやあ、もう一週間か。君の成長には目を見張るものがあるねぇ」

 

 彼女は嬉しそうに笑う。だが、俺はそれに苛立ったように声を上げた。

 

「……あんたからまだ一本も取れてない」

「そりゃそうさ。伊達に剣は振ってないからね」

 

 彼女は平然とそう言い放つと、俺の頭に手を置く。そして、優しく撫でてきた。

 

「焦ることはないさ。君は着実に強くなってる」

「……」

 

 俺は複雑な気持ちになりながら俯く。すると、彼女は俺の顔を覗き込むようにして言った。

 

「さぁ、そろそろご飯にしよう。腕によりをかけて作るからね!」

「……あぁ」

 

 彼女が肉を焼いている間、俺は焚き火の炎が揺らめくのをただジッと見つめていた。パチパチと木が燃える音がする。

 

「ほら、出来たよ」

 

 彼女は串に刺した肉を差し出してくる。俺はそれを受け取ると一口かじった。塩コショウで味付けされたシンプルな味だが、それがまた美味い。

 

「……美味い」

「だろ? やっぱり、疲れた時は肉が一番!」

「……いつも肉か魚焼くだけじゃねぇか。もうちょっと凝った料理作ろうとか思わねぇのか?」

「いやぁ、料理って苦手でさ。焚き火で焼くぐらいしかやったことないからよく分かんないんだよねぇ」

「どんな時代の人間だよ」

 

 彼女は照れ臭そうに笑いながら頭を搔く。そんな彼女の姿に俺はため息をついた。

 

「……でもさ。こうやって君とご飯を食べてるとなんだか家族が出来たみたいで嬉しいね」

 

 彼女は笑いながらそう口にする。俺はその言葉に一瞬言葉を詰まらせた。しかし、すぐに平静を装って口を開く。

 

「……剣の師匠と弟子が飯食ってるだけだろ」

「そういうことを言うのか! まったく素直じゃないなぁ」

 

 彼女は笑いながら俺の背中をバシバシ叩いてくる。……やめろ、痛いだろうが。

 

「……うるせぇよ」

 

 俺は小さな声でそう呟くと、顔を背けた。そして、黙々と肉を食べ続ける。

 すると、彼女が言った。

 

「アルフィは、家族って欲しくない?」

「欲しくない」

 

 即答する。だってそんなもの無くても、俺は生きてこれた。……ただ、そのはずなのに胸が少しだけ痛んだ気がした。俺はそれを誤魔化すように水を口に含むと一気に飲み干す。

 そんな俺の様子を彼女は静かに見つめていたが、やがて優しく微笑んで言ってきた。

 

「私はね、家族に憧れてるんだ」

「……」

 

 俺は無言のまま彼女の言葉を待つ。彼女は焚き火を見つめながら続けた。

 

「いつか、私にも子供が出来てさ。一緒にご飯食べて……一緒に遊んで……」

 

 そう言いながら彼女は空を見上げる。その瞳には憧れの色が浮かんでいた。それを見てしまった俺は、胸が締め付けられるような気持ちになった。

 

「……ふん」

 

 俺は小さく鼻を鳴らすと、彼女から顔を背ける。そして、食べかけの肉を一気に飲み込んだ。

 

「三十路のババアの相手なんか誰もしてくれねぇよ」

「な、何を〜!? 私はまだ二十九歳だぞ!」

「俺からしたらもう十分ババアだよ」

「んがっ……!? そ、そんな……!」

 

 俺の言葉にショックを受けたのか、彼女は頭を抱えて悶え始めた。俺はそんな彼女を横目に立ち上がる。

 

「寝る」

 

 それだけ言い残すと、俺はその場を離れた。後ろから呼び止める声が聞こえてくるが無視する。そのままテントの中へと入っていった。

 

(家族なんてクソ喰らえだ)

 

 心の中で吐き捨てる。そんなもの俺には必要ないんだ。絶対に手に入れるつもりもない。だから、ずっと一人で生きていこうと決めているのだ。……そう決めたはずなのに、なぜこうも胸が痛むのだろうか。

 俺は自分の感情に苛立ちを覚えながら眠りについた。

 

 

 ◇

 

 

 稽古が始まってから半年が経った。最初の頃は彼女に一本取ることすら出来ていなかったが、段々と慣れてきたのか最近は五回に一回は取れるようになってきた。

 

「……ったく、何が課外授業だ。あの酔っぱらいめ」

 

 俺は息を荒くしながら愚痴をこぼす。いつも剣や魔術について稽古を受けているはずなのに、今日は違った。

 昨日、酒場で飲み過ぎてしまったせいか、彼女は二日酔いでまともに動ける状態じゃなかったのだ。

 その穴埋めとして彼女は課外授業と称し、俺に魔物討伐の依頼を受けてこいと命令してきた。

 そして今、俺は森に巣食う魔狼を殲滅してきた帰りに、報告のため冒険者ギルドへ来ていた。

 

「はい、確かに確認致しました。こちらが報酬金です」

 

 受付嬢から魔狼の素材と引き換えに金貨の入った袋を渡される。真っ当に金を稼いだのは初めてかも知れない。俺は少し嬉しさを覚えつつ報酬を受け取った。

 一体何に使おうか。剣を新調するのもいいかもしれない。そんなことを考えながら宿屋への帰路に就く。そして、夕暮れ時の街を歩いていると、ふと市場が目に入った。

 特に大した用事はないのだが、折角の機会だ。適当に見て回ろうと思い、俺は市場の中へと入っていく。野菜や果物、肉や魚など様々な種類の商品がところ狭しと並んでいて活気に満ちていた。

 そうだ、どうせなら二日酔いに効きそうなものでも買っていってやろう。

 

「おじさん! これください!」

「はいよ。今日は嬢ちゃん一人かい?」

「うん! 今日は私がご飯作ってあげるんだ! お母さん喜んでくれるかな?」

「勿論! 親孝行出来て、偉いぞ〜!」

 

 屋台の店主と楽しげに話す少女の声が耳に入る。どうやら母親に手料理を振る舞うらしい。その姿が妙に微笑ましく思えた。

 

「親孝行、か」

 

 以前、そんな言葉を彼女に教わった気がする。

 彼女が教えるのは剣術に限ったことでは無い。学校に通ったことが無い俺の為に、文字の読み書きや算術など、生きていくために必要なことも教えてくれた。

 そんな彼女は俺にとって、他の子で言うところの親にあたるのだろうか。

 

「……用が済んだら、また捨てられんのかな」

 

 何となくそう呟いてしまう。俺と彼女が一緒にいるのは、彼女の技術を学ぶ為。それが終われば、もう俺は用済みなのだから。

 ……別に悲しいという訳では無い。ただ、何となく寂しいような気持ちになるだけだ。

 俺は深呼吸をしてから気持ちを切り替える。そして、屋台の店主に片っ端から声をかけた。

 

「……すみません、二日酔いに効く料理って知りませんか?」

 

 

 ◇

 

 

「初めて作ったのは、粥だったな。サラサラになっちまって、とても食えたものじゃなかった。でも、師匠は美味い美味いって、笑いながら食べてくれたっけ……」

 

 そう呟き、懐かしそうに目を細める。あの笑顔を思い出す度に心が温かくなるのを感じた。

 

「あの頃の俺は、何かあの人の役に立ちたいって思ったんだろうな。……また捨てられるのが怖かったんだ」

 

 自嘲気味に笑い、手元のコップに視線を落とす。リリーナも既にオムレツを食べ終え、水をちびちびと飲んでいる。

 

「お師匠……」

「……湿っぽい話になっちまったな。悪い悪い」

 

 俺は慌てて笑顔を作るとリリーナに向かって手を合わせる。彼女は黙って首を振った。

 

「いえ、良いんです。私、もっとお師匠の昔の話が聞きたいです」

「そうか? まぁ、今回はこれぐらいで終わりだ」

 

 俺はグラスの中の水を飲み干すと、ゆっくりと立ち上がった。

 

「さて、外で昼寝でもするかな」

「えー!? さっき起きたばっかりじゃないですかー!」

「なら、今日は座学でもやるか?」

「うっ……じゃあ、私も一緒にお昼寝します!」

 

 今日はとても天気がいい。俺はリリーナを連れて、いつもの川のほとりへ向かうのだった。

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