アイを甘やかしたい   作:甘えん坊将軍

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第10話

 

カタカタ。カチカチ。

静かな部屋の中でキーボートとマウスを操作する音が響く。

 

「……アイ。集中できない」

「かまって」

 

観念したように声を掛けると、後ろから抱き着いたままのアイがそう宣った。

 

「もう2時間だよ。かまって」

 

最初の方は大人しく横に座っていたのだが途中からそわそわし始め。

後ろから抱き着かれたり、髪を弄られたり。だーれだ?と目を塞がれたり。

家には俺とアイしかいないんだから誰だも何もないだろうに。

言いたいことは分からないでもないが、そんな事をされていたら集中できない。

 

「アイも分かってるだろ。最近、あんまり事務所内の空気が良くない」

「……うん」

 

気落ちした様子のアイに少し空気が重くなる。

アイは共感性こそ低いが観察力が低い訳じゃない。むしろ高い方だと思う。だからこそ敏感にその変化を察している。

 

理由は分かっている。B小町メンバーとの関係が少しずつ悪くなっているからだ。

険悪という程ではないが、それでも少し距離を取られつつある。

アイもそれが分かっているから俺に甘える頻度が増えてきている。その隙間を埋めたがるように。

 

関係が悪化している原因はハッキリしている。

俺たちはメディアへの露出を増やし順調にステップアップしている。それに比べB小町は……。

 

これに関しては……あまり打つ手がない。

原作では運営がアイを贔屓していたとあるが、俺から言わせればそれは少し違う。

 

確かに壱護社長はアイを娘の様に思っていて、それが贔屓に見えると言われたらそう見える。

けれどそれだけじゃない。壱護社長は人情家な一面もあるが、経営者としては非常にシビアな物の考え方をする。アイを虐めていたメンバーを有無を言わさずクビにしたことも、おそらく娘の様に思っていたアイを虐めていたからだけじゃない。商品としてのアイが潰れてしまっては困るからだ。

苺プロダクションは弱小だ。アイをプッシュしたのはそれしか方法が無いから。売れるアイを前面に押し出すことで壱護社長は生き残りを図ったのだと思う。

それくらい苺プロは運営という面で見るとまだまだ貧弱だ。

 

 

この世界、芸能界では結果が全てだ。

敢えて残酷な言い方をすれば、贔屓されるだけの成果を出せない方が悪い。

 

 

と言っても現状では虐めまでは発展していない。陰口くらいはあるかもだけど。そこまで険悪ではない。

俺の分析でしかないがその理由は三つあると思う。

 

1つ目は、アイがB小町に加入していない事。

その為彼女たちはバックダンサーのような扱いを受けたり、アイの引き立て役だと自分達を貶めていない。

それに同じグループ、同じ立ち位置ではないから。明確に比較されにくい。

 

2つ目は、俺の存在。

アイだけが突出して結果を出して売れている訳ではない。俺も同程度には売れている。

その上異性でもある俺には嫉妬という悪感情を抱きにくい。そんな俺の横に並び立つアイに向ける感情も妬みと呼ぶには遠く、けれど羨望と呼ぶには暗い。

 

3つ目が、売り出し方の違い。

彼女たちB小町はアイドル売り。愛の歌。恋の歌。言い方は悪いが男に媚びる売り方だと言える。

俺たちの売り方は兄妹という設定上の関係もあり、歌の方向性が少し違う。愛の歌も歌うがそれは兄妹愛、家族愛がテーマになっていることが多い。異性愛の曲もそれなりにあるけど。

 

これらの理由からB小町メンバーの感情は、言葉にするならやはり『おもしろくない』だろう。

こういった状況を改善するにはやはり彼女たちが売れるしか根本的な解決はない。

彼女たちの不満の最たる原因はそこなのだ。小手先で改善しようとしても、必ずどこかに蟠りが残るのではないかと思う。

認知度というか知名度が無い地下アイドル出身の彼女たちを売り出すにはやはりメディアへの露出が必要不可欠だ。

けれども、苺プロには彼女たちに割けるだけのリソースが無い。人員も資金もコネも、売れるかどうか分からない彼女たちに注ぎ込むような博打は出来ない。

 

B小町の面々と社長たちの立場。どちらの立場も理解できる分より板挟み感が増してしまう訳で。

 

「だからこそ。今俺がやろうとしていることが必要になる」

「また……みんなと仲良くできる?」

「……分からない。上手くいくかどうか。でもやらなきゃ、悪くなることは有っても良くなるとも思えない」

「……うん」

 

しょんぼりしたアイを元気付けるように撫でてから作業を再開する。

 

苺プロもまだまだネット関係には大きく力を入れていない。

だが俺はインターネットはこれから一大産業に発展することを知っている。後年ではyoutubeからアイドルが誕生する時代になることを知っている。

それにこれなら俺が彼女たちの露出に貢献できる。

 

といってもYouTubeはまだ日本語対応していない有様だった。マジか。いきなり頓挫しそうなんだけど。

仕方ないから代わりにニコニコ動画へ投稿しようと思っている。

YouTubeに比べればオワコンな印象が強いけど。あそこ会員登録しないと見れないから。

 

今やっているのもニコ動への投稿動画の用意。動画の元となっているのはB小町のライブDVD。

版権やらの問題もあり無断で出来る事じゃない。その為俺が壱護社長を拝み倒した。

壱護社長の中でB小町に対する比重はそれほど高くないから勝算はあった。

成功すればそのノウハウを生かして俺たちの売り出しに使えるし、失敗してもB小町の方なら苺プロのダメージは小さい。と。

もちろん俺にとってはB小町メンバーを売り出すことがメインである。おそらく壱護社長もその辺りに気付いているだろうけど。

 

 

今はDVDのライブ映像を投稿できるファイル形式にエンコードしているのだが……。

 

「……うーん」

「なんかモザイクかかってるみたい」

 

アイの言う通り映像全体に薄くモザイクでもかかっているかのような。

 

……なんだよflvってさ。MP4ですらないとか。知らないよそんなの。

flv。Flash Videoの略で容量の軽さなど動画配信に向いている動画ファイル形式らしいのだが、とにかく画質が悪い。

特にこの時代だとマシンスペックも合わさって解像度が低すぎて。

動画アップロード容量の制限もあるため画質を良くしようとすると制限に引っかかる。痛し痒しだ。

 

アイドルの重要な売りである顔が見えないのは……。

 

「どうするかな。これ……」

 

元となるDVD映像はそれなりに高価な機材で撮影されているから顔まで映っている。

ただダンスを映すため体全体やメンバー全員のアングルも多く、そのままflvにエンコードすると小さい顔部分が潰れて見えてしまう。

こうなると動画編集するしかないのだが。

 

俺は動画編集なんてやったことが無い。

ここからここまでと動画をぶつ切りにする程度ならまだしも。映像を並べ替えたり挿入したり、音声やエフェクトを追加したりなどの経験はない。

そして現在の苺プロにこういった映像編集専門の人間というのはいない。

後年は分からないが、今現在は外部委託。

外部委託のプロに頼めばそりゃ出来るだろうけど、その費用はどこから捻出するのって話で。その費用を苺プロが出してくれるかと言えば答えはノー。

やはり自分で出来るようになるのが最善だろう。

 

というか動画作成に使うパソコンがそもそも使い難いのがストレスの原因でもある。

壱護社長拝み倒したときに借りてきたPCだけど、OSがWindowsXPとか俺からすれば骨董品通り越してもはや化石レベルなんだが。

 

「おっそ……。SSDじゃないとここまで動作がもっさりするのか……」

 

HDのパソコンだと立ち上げに1分以上掛かる。

パソコンを触ること自体が今世では少ないのだが、なんだか久しぶりだわ、この遅さ。

他にもアプリ、というかソフトのレスポンスが遅い。etc.etc.

転生前の自分が使ってたものと比べるのが間違いなんだろうけど……。

こういうのもカルチャーギャップというのだろうか。同じ日本なのに。

ガラケーの時にも思ったが一度便利さを知っていると、どうしてもね。

 

 

結局作業は動画編集の方法を調べたりで遅々として進まず。

しばらくの間掛かりきりになり、その分アイにかまってやれなくて機嫌が……。

そんな日々の救いの手は意外な所から齎された。

 

 

 

 

 

鏑木勝也。顔面至上主義。拝金主義者とも称される人物。アイの過去のキーパーソン。

初のテレビ出演から数えて3回目のテレビ収録の際に、遂にこの人と出会ってしまった。

この人と話すのはいつも緊張する。いつララライを紹介されるか分からないから。

あれから良い案が思い浮かぶ事もなく、このままララライを紹介されでもしたらララライごと闇に葬らざるを得なくなってしまう。

ファッション雑誌のモデルの仲介から始まり、仕事を振ってくるため邪険に出来ないのが……またキツい。

そんなことを顔に出さないように常に黒星モードのせいで結構疲れること含めて、正直に言うとこっちくんな!って気分である。

 

「これから先はインターネットは有望な市場になり得ると考えています。YouTubeも日本語に対応するという噂を耳にしますし、いずれはユーチューバーなんて職業が誕生する事も起こり得るかも知れませんよ?あくまで僕の考えですけどね」

「それじゃ君は俳優や役者には興味ないのかい?」

「ないという訳ではないんですよ。ただ今は拾ってくれた社長の恩に報いる為にも、社長のドームライブの夢を叶えられるように頑張りたいと思ってます」

「ふぅん。なるほどね」

 

だからララライを紹介しないでね。と内心で副音声をつけている。聞こえてるはずないけど。

 

「ああ、それで映像系の伝だっけ。そうだね、興味があるなら彼を訪ねてみるといいよ」

 

そう言って差し出された名刺に内心でうげっと思いながらも、努めて平静を装いながら受け取る。

だが、

 

『五反田泰志』

 

そう印刷された名刺を見て良い意味で予想を裏切られ、一瞬思考が漂白された。

原作でも絡みのあった二人だけど、この時期から交流があったんだ。

キャスティングに関わるプロデューサーと映画監督。関わる機会は多いし、交流があって当然か。

 

「私から彼に君のことを伝えておくよ」

「あ、有難うございます……」

「君も彼も、まだまだ売れっ子とは言えないが光る物があると思っているよ。刺激し合える良い関係になれると良いね」

 

それじゃあね。といって去っていく鏑木の背中を見送る。

 

「まさかこうなるとは……」

 

手に残る一枚の名刺を弄ぶ。これは望外の結果、と言えるだろう。

アクアの師匠と呼べる人物であり、壱護社長やミヤコさん以外でアクアとルビ―がアイの子供であることを知っていた人物。

もしもの時……アイの味方になってくれるかも知れない、という意味で誼を通じておいて損はない。

 

「おにいちゃん?」

「いや、なんでもないよ」

 

違う。もしもなんてない。起こさせない。

……ダメだな。ちょっとナーバスになってる。鏑木さんに会ったからだな。カミキに関わるとつい考え込んでしまう。

 

今度暇が出来たら五反田監督の所に行ってみようか。

B小町のこともあるし、有難い話なのは確かだ。

 

「ねぇ、おにいちゃん。なんで私あの人と話しちゃダメなの?」

「ダメとはまでは言ってないけど、できるだけ関わって欲しくないかな……」

「んー。なんだろ、この感じ。ヤキモチ?」

「違う……とも言えない、のか」

「……んふー。だいじょぶだよ!ヒカル君一筋だから☆」

 

鏑木さんに、ではないのだけど。まぁいいか。

上機嫌で腕を絡めてくるアイを見ていると訂正する気もなくなってしまった。




ちょっと展開が強引だったかなと思いつつ。
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