アイを甘やかしたい 作:甘えん坊将軍
クリスマスの夜から数えて1ヵ月。
アイは電気も付けず自室のベッドの上で、ウサギの人形を抱きながら虚空を見つめていた。
「アイ。そろそろ出てきてくれないか」
「……だって」
くしゃくしゃの涙声。もう一週間近くたつというのにいまだにこの有様で。
それだけアイにとっては楽しみで仕方なかったという事なのだろう。
「絶対妊娠してるって思ってたのに!あくあ~!るび~!」
そう。アイは妊娠していなかった。
俺もゑ?って感じだった。
あの流れだと絶対妊娠したと思い色々覚悟を決めていた。
その矢先だった。アイが妊娠していないと分かったのは。
報告というか今後の相談というか。
諸々のことをミヤコさんと壱護さんと話し合う事にした。
そしたら、アイが妊娠しようとしていたことを知ったミヤコさんは目を見開いて固まり、壱護さんは胃の辺りを押さえて卒倒した。
あのクリスマスの日。アイはミヤコさんに協力してもらい、壱護さんを説得したと言った。言ったけど、それは妊娠することにではなかった。
初えっちには協力したがちゃんと避妊するよう言い含めていたと知った時には唖然とした。
マジかよアイ。色々騙し討ちすぎるぞ。
そんなだから二人からガチのお説教をされた。俺も含めて。
だけどアイはどこ吹く風。
壱護さんは大急ぎでアフターピルを手に入れて来てアイに飲ませようとするも断固拒否。絶対産むと言ってきかなかった。
愛する男との子供。アイは女として、そして母親としてとっくに覚悟完了していた。
その様子にミヤコさんが折れ、壱護さんの説得に掛かり始めたころ。
アイに生理が来たことで妊娠してないことが発覚した。
信じられないとばかりに検査薬を買いに走るアイを必死で止めた。
現役アイドルが妊娠検査薬を買いに行こうとするな。
ミヤコさんに頼んで買いに行ってもらい検査したが結果は陰性。
何度検査しても結果は変わらない。この結果に壱護さんは狂喜乱舞した。
妊娠していないことが分かったアイは盛大にテンパった。
テンパってとち狂って、俺を押し倒して馬乗りになり、「もう一回!もう一回えっちしよ!今度は絶対妊娠するから!」と言い放った。ミヤコさんと壱護さんの前で。
結局アイは羽交い絞めにされながら俺と引き離されて。俺とアイは一週間程接触禁止を言い渡された。
引き離されていた間に、今度は壱護さんに俺が懇々と説得された。
妊娠出産の危険性。母体にかかる負担。ただでさえリスクが高いのに15歳のアイでは万が一だってあり得る。医学が発達した現代だって死亡例は存在する。
今後の生活や将来設計。思い付く限りの説得材料を提示されて。
壱護さんの説得と妊娠してなかった事で、俺も少し頭が冷えた。
……アイがいなくなるなんて、万が一のことなんて考えたくもない。
アクアとルビ―のことを考えればアイの気持ちも分かる。
分かるんだけど、そもそもアクアはゴロー先生なわけで。
父親が俺である以上、ゴロー先生が死ぬ理由がない。
仮に魂のない双子を妊娠できたとしても、その場合アクアはどうなる?死産になるのか?そんな事になったらアイは耐えられるか?
考えれば考えるほどに、怖くなる。
一時の感情に身を任せるなんて、どうかしていた。馬鹿か俺は。
せめてもう一度ツクヨミと話して、その辺りを確認してからだって遅くはないはずだ。
アクアもルビーも関係なく普通に妊娠して普通の子供が生まれてくる可能性もあるけれど。
壱護さんもミヤコさんも子供を産むことそのものを否定しなかった。
ただ早すぎると。大人になって、アイドルを卒業して、結婚をしてからだって遅くないと。
だから俺もアイを説得した。
『傷つけたくない』と踏み込まないのは『傷つけて、自分が嫌な思いをしたくない』心の現れだ。
例えアイを傷つける事になったとしても、アイの為を思うなら、ちゃんと言っておくべきことだろう。
「……アクアとルビ―に逢いたいよ。……ヒカル君は逢えなくていいの?」
泣き腫らした顔のアイに黙っていられなかった。
だから話した。話してしまった。
俺が転生者であることも。アクアとルビ―が転生者であることも。ゴロー先生とさりなちゃんのことも。ツクヨミと神様のことも。
どうして話してしまったのか自分でも分からなかった。今まで頑なに隠していたはずなのに。
もしかしたら、本当はアイに知って欲しかったのかもしれない。アイなら受け入れてくれるんじゃないかと……期待して。
荒唐無稽でとりとめのない話。
色々話せない事もあった。さすがに推しの子が漫画だったなんて言えないだろ。だからなおさら支離滅裂な話だ。
なんで俺がそんな事を知ってるんだとか、突っ込まれたら答えに窮するしかなくなる。
それでもアイは最後まで聞いていた。
「転生者に神様が実在するんだ。アクアはゴロー先生が生きてるから何とも言えないけど、ルビーとならきっと逢える」
アイと一緒なら、きっと逢える。
根拠なんて何もないけど、慰めじゃなくそう思えた。
あの時のアイもこんな気持ちだったんだろうか。
「……この子が、さりなちゃん」
俺とアイとさりなちゃんが写った、ずっと前に取った一枚の写真。
渡すことができないまま手元に残されていた。もしかしたらこの為に在ったんだろうか。
インスタントなポラロイドのカメラで撮ったチェキ写真は結構簡単に色褪せする。
だから褪せないように、消えないように、傷つかないようにラミネート加工して保管していた。
……いつか、ルビーが生まれてきたら見せてあげたくて。
「ほんとうに神様がいるなら、逢わせてくれるかな?」
「いい神様だったし。きっとな」
「そっか」
アイの涙は、もう止まっていた。
「早く産んであげたいけど、もうちょっとだけ待っててね」
やっと、アイにいつもの調子が戻ってきた。
「それにしても……よく信じたな。こんな話」
「だって、ホントのことでしょ?分かるよ。ヒカル君が嘘ついてるかくらい」
まるで何でもない事のように。
「ヒカル君だって、私が嘘ついてるか分かるでしょ?」
「まぁ、な」
そう言われたら、確かに。アイが嘘ついてるかどうかは分かる。
昔は目を見なければ分からなかった事もあるけど、今は見なくても何となく分かる。
「でも、気味悪いとか気持ち悪いとか思わなかったか?前世の記憶があるとかさ」
こんな事を聞いてしまうのは、きっと不安の表れで。
「んー……。たまにね、ヒカル君が私の知らないヒカル君に見える事があるの。なんでかなぁってずっと思ってた。
さっきの話を聞いて、それでかーって、スッと入ってきた。
でもね。私がヒカル君を愛してるって気持ち、変わらなかった。
アクアとルビ―に逢いたいって気持ちも、変わらなかった。
だったら、いいかなって思ったの」
あっけらかん。としたアイはアイのままだった。
……俺が思っていたよりも、アイはもっとずっと強い。良い女だった。
「アイ。受け入れてくれて、ありがとう」
「ね、ヒカル君の前世のこと教えて」
「別に構わないけど、別人みたいなもんだよ。性格とか趣味とか、結構違うし」
「いいの。ヒカル君のこと、もっと知りたい」
前世でも母親に会った事がない事。
小中高と拗らせていてぼっちだった事。
父に愛されていないと思い込んで、でも本当は愛されていたと知った時の事。
父に愛されていたことを知って俺も愛してみたいと思った事。
色んな事を話した。
「むぅ……浮気者」
「い、いや、ちょっと待って。アイ。前世のことまではさすがに責任持てないって!」
愛してみたいと思った事はともかく、色んな女性と付き合ったことまで話すべきじゃなかった。
アイの機嫌が悪くなってしまった。
「……誰と、どんなことしたの?どんな話したの?全部教えて」
「えっ?全部?」
「そ。全部」
「なんでまた……」
「上書きするの。同じこと全部私にして」
重い。重いよアイ。
昔から片鱗あったけど。最近とみに重い気がする……。
だけどまぁ、そんな重いアイを愛おしく思う辺り、俺もきっと大概なんだろう。割れ鍋に綴じ蓋的な?
「俺が愛してるのはアイだけだよ」
抱き締めて、キスをする。何度も何度も。
えっちは禁止令を発動されているけれど、まぁこれくらいは壱護さんたちも許してくれるだろ。
この後滅茶苦茶甘やかした。
「誤魔化されないからね」
「アッハイ」
「まったく酒がうめぇな!ほれヒカル!お前も飲めぇ!」
「アイが二十歳になってから一緒に飲もうって約束してるんで」
「あー、そうだったそうだった!」
すでに出来上がっている壱護さん。酒精で顔を赤く染めて絡み酒。
アイより一足早く二十歳になった俺は飲めなくはないんだけどね。
「アイが主演のドラマも視聴率上々!ヒカルが主演の映画もノミネート!推しの子のスケジュールもきちきち一杯!B小町もオリコン3位!そして来週はドームだ!がははっ!勝ったな!前祝だ!」
「壱護さん上機嫌だねー」
「まぁ、気持ちは分からなくはないけど。でも絡み酒は勘弁」
「ほんとにしょうがないわね」
妊娠騒動から4年。来週がドーム公演。
でもまぁそんなに心配はいらないと思う。
結局カミキと絡む事は無く、ついでにリョースケこと貝原涼介はちょっとした縁があって知り合うことになった。
【推しの子】と言えばオタ芸だ!
B小町Tシャツに鉢巻にタスキにうちわ。ドルオタの正装を完全装備し、5色のサイリウムを右手に3本左手に2本挟んで二刀流もとい5刀流の箱推しスタイル。
練習の成果を見せる!とアイと二人でB小町のライブに乱入して披露した。
アイも結構ノリノリだった。
一度やってみたかったんだよ。オタ芸。
そしてある意味伝説のライブと称されることとなった。
B小町のライブなのに俺たちの方が目立ってたから。後でしこたま文句を言われた。
そんなB小町ライブで負けじとオタ芸で張り合ってきたのが居て。
結構ハッチャけたせいで変なテンションのまま「いい勝負だった。名前を教えてくれ」と訊いたらリョースケだった。
あれ……でも菅野?苗字貝原じゃなかったか。違った?間違えて覚えてたかな。
でもこいつがあのリョースケだと思うんだよ。なんつーか、見覚えがあるというか、雰囲気がスゲーそれっぽい。
アイをどう思うかと聞いてみたら、「可愛いとは思うけど、ブラコンすぎて……キツイ」と言われた。おおうっ。
元々ストーカー気質だったわけじゃないのか。
アイにガチ恋してなければ、ただのドルオタじゃないか。
ところで誰推し?ニノ?
は?付き合ってる?!うっそだろ、お前。
原作でもそうだったのか。それともアイ推しじゃなくなった影響で蝶が羽搏いちゃったのか。
うん。まぁいいや。幸せそうだし。そのまま平穏無事に生きてくれ。
リョースケも道を踏み外す事がないようでなによりだ。
……俺の予想ではB小町は売れないと思っていた。彼女たちには売れるだけの武器が無いからと。
だけど俺の予想に反して彼女たちは一つだけ武器を手に入れた。自信という名の武器を。
原作の、アイにおんぶに抱っこの彼女たちでは絶対に手に入れる事が出来ないだろう武器。
自分達の芸を磨き、貪欲に売り込み、チャンスを逃さず掴み、成果をもぎ取っていく。
そうして彼女たちはこの芸能界という世界に爪を食い込ませてしがみ付いている。
その必死さに胸を打たれたファンが、きっとリョースケなのだろう。
リョースケがアイのファンではなくなったからって、彼女たちのファンになる訳じゃない。
それは彼女たちが自力でもぎ取った成果だ。
最近では事務所にも余裕ができてきて、B小町の方にも力を注いでいる。
そして。この場に双子の姿はなかった。
あれからえっちしなかった訳ではないが、避妊に関しては低用量ピルという常飲するタイプを毎日ミヤコさんの前で飲むという、かなり厳重に管理されることになった。
守れないようなら一緒に住むことは許可出来ないとの罰則が出来てしまい、当時アイがかなり不貞腐れていた。まぁ前科があるから仕方ない。
俺の方にもちゃんとゴム使えとのお達しが。してる最中までは監視されないが、ちゃんと使っている。
そんなアイに関してだが。
3年前の宮崎の近くでの公演の際に、少しだけスケジュールに余裕を持たせてもらい荒立神社にお参りした。
アクアとルビ―のことをお願いするために。
さりなちゃん、ルビーは何となくだけど大丈夫に思える。相変わらず根拠なんて無いのだけれど。
でもアクアの事は、本当に神のみぞ知るとしか言いようがない。
あれからツクヨミと会うことが出来なかったから、ここなら届くんじゃないかと思って。ここで駄目だったらと少し不安だったけれど。
どこかでツクヨミが微笑んでいたように感じられた。
そうしたら「その願い聞き届けた」と頭に響いた。
不思議な声だった。その声は俺だけでなくアイも聞いたそうだ。
それと、あれから俺の前に姿を現さなくなっていた八咫と思わしきカラスがお守りを咥えて現れた。安産祈願のお守りを。
神様からのお墨付きを得たアイは、焦る必要もないし、まずは全力でアイドルとしての幸せを謳歌することに決めたそうで。
ミヤコさんと壱護さんの手前、子作りできないという事情もあったけれど。
そうと決めたアイは率直に言って最強のアイドルだった。
完璧で究極に留まらず強気に本気、無敵に素敵で元気に勇気。輝き大増量でファンを虜にしていく。
アイは愛し方を知った。誰かを愛することを。
俺に向けてくれる愛とも、子供たちに向ける愛とも違う。
それは嘘かもしれないけれど、頑張って、努力して、全力で綺麗な嘘を吐く。目一杯の素敵な夢を見せる。それがアイのファンへの愛し方。
俺にとっての愛は、幸せを願う事から始まる。だから願おう。ファンの幸せを。
ステージ上での俺たちを見て、聞いて、感じてくれるファンが幸せであることを。
それが俺なりのファンへの愛。
アイドルなんて本当は今でも柄じゃないと思ってる。
皆が見てくれるアイドルとしての俺は本当の俺じゃない。嘘の姿。
それでも、この想いだけは嘘じゃない。こんな俺でも誰かの幸せを願うことくらいはできるから。
「みんなー!今日のドーム公演!楽しんでいってね!」
「俺たちとみんなで、今日という日を最高の一日にしよう!」
今日もステージの幕が上がる。
これにて拙作は一応の完結です。
拙作のテーマ。愛とは何か?
千差万別の愛の中で私なりの愛がこれだったというにすぎません。人によってその答えは違うでしょう。
このテーマだけはブレずに最後まで書ききれたのではないかと思っています。
アクルビ誕生を期待した方には申し訳ないですが、オリ主の前世告白とそれを受け入れるアイのシーンを入れたかったので。
もうちょっとアイを甘やかすシーンを入れたかったですが、やり過ぎても諄いだけかなと思いこのくらいで。
ただ書きたい事を書ききったら、正直ちょっと気力が尽きてしまいました。
その為最後はもの凄い駆け足に。
また書きたい欲がチャージされたら続きを書くかもしれません。
だらだら書いても仕方ないのでこの辺りで。
お時間を頂いた皆様に御礼申し上げます。恐惶謹言