アイを甘やかしたい 作:甘えん坊将軍
目覚めれば天国に居た。推しのアイドルに抱き締められているという天国に。
「いいこでちゅね~。愛久愛海~」
「(相変わらずすげぇ名前……)」
最初にこの名前を聞いた時には推しのネーミングセンスに絶句したものだが、それがまさか自分の名前になろうとは。
止めてくれよヒカル君……。と思うものの、あのヒカル君だしなぁ……。
長年のファンだ。ヒカル君の方は同性という事もあって推しという程ではなかったが、二人組なのだし否が応でも耳に入る。
うん、無理だな。アイ至上主義というか、きっとアイの話をしたら話が合うと思わせる人柄だったし。
正直こうなった時の記憶が曖昧で、気が付いた時にはもう赤ちゃんになっていた。前世の記憶を保ったまま。
生まれ変わり。今風に言うと転生というのだろうか。
だが原理はさっぱり。元医者の端くれとしてはいずれは原理を解き明かしたいと思う。
が、それはそれとして
「(今はこの赤ちゃんライフを堪能したい)」
推しのアイドルの子供として生まれ変わってしまった。
いや、もう彼女、アイはアイドルを卒業してしまったのだが、それでもファンである事に変わりはない。
そんな彼女が思いっきり甘やかしてくれるこの環境が、疲れた社会人の心に沁みる~。
『糞!お前マジそこ代われよ!』
「(なんか幻聴が聞こえるなぁ……)」
『幻聴じゃねぇよ!お前分かってんだろ!?』
「(……少しくらい現実逃避させてくれよ)」
『現実逃避したいのは俺の方だっての!』
東京に居る俺と、今も宮崎に居る筈の雨宮吾郎がなぜか心の中で会話している。
愛久愛海こと今世の俺。そして俺の前世というべき雨宮吾郎は生きている。
転生じゃないのか。どういう事だよ一体。俺は一体なんなんだよ。ホント。
そしてなぜ雨宮吾郎と心の中で会話できているのか。直線距離にしても800km以上は離れている筈なんだが。
『くうっ……このまま屋上から飛び降りればワンチャン俺もそっちに逝けないかなぁ……』
「(いや、やめろよ。マジで。病院の屋上から医者が飛び降り自殺とか外聞悪過ぎて笑えないから)」
前世(?)だし、擁護しておくが雨宮吾郎は決して自殺願望など持ち合わせていない。
悪いとしたら産婦人科という職業だろう。分娩は夜間休日を問わず起こりうるため、当直が多いことも特徴で。週の労働時間が80時間を超えることもある。また訴訟リスクも高く若手医師が敬遠しがちな産科は全国的に深刻な医師不足。片田舎の宮崎総合病院でもそれは顕著で月の平均時間外労働は100時間超えという。ブラック過ぎる。
産科の平均年収は1000万を軽く超えるが、そんなものは慰めにもならない。いいから休みくれが本音である。
『そんな俺に思う存分オギャバブして赤ちゃんライフを送っている様を見せつけやがって!』
「(そんな事言われたってな。大体俺だってなぜこんな状態になっているのかさっぱりなんだが?)」
『それはそうなんだが……』
なぜアクアと雨宮吾郎がこんな事になっているのか。
それはヒカルが神様にしたお願いの弊害である。
彼は神様に「アクアとルビーがアイの子供として無事に生まれてきますように」と願った。
ルビーの前世こと天童寺さりなはすでに故人であり、その魂を母たるアイの下へ導けばそれだけで済む。
しかしアクアこと雨宮吾郎は健在である。それだけなら雨宮吾郎にサクッと死んでもらえば良いだけなのだが、ヒカルは雨宮吾郎に死んでほしいとは思っていない。それどころか死んでほしくないとさえ思っている。
そしてここからが非常に厄介なことにヒカルは「アクアは雨宮吾郎が転生した存在」と認識していることである。
前世の記憶を持たない普通の子供とか、そこらの別の魂では彼にとってはアクアとは呼べない別人の認識となる。
死んでいないのに転生する。まさに矛盾した願いである。
そんなヒカルの矛盾した願いを神様は正確に叶えた。叶えてしまった。雨宮吾郎の魂を二つに分割するという荒技によって。
片方は雨宮吾郎の肉体に留まり、片方は母の下へ。これによって雨宮吾郎は死ぬことなくアクアとして転生を果たした。
スワンプマンとは違う。
自我同一性とか細かな話はさて置いて。スワンプマンとはあくまで人格と記憶のコピー。
アクアは正しく雨宮吾郎の魂を受け継いだ存在。
ややこしいことこの上ないがコピーだのクローンとは違う。混じり気なしの本物のアクアと言える。
実のところヒカルは別にそこまで深く考えてお願いしたりはしていない。
彼が願ったのはアイが悲しまないように死産になったりせず無事に生まれてくれれば。程度のものである。ただ神様が深読みし過ぎただけで。
前世の記憶を持たない普通の子供が生まれてきたら、我が子として愛するだろう。
別人の魂であっても、戸惑いはするかもしれないが、彼は受け入れて愛する努力を惜しまないだろう。
そんなこんなで雨宮吾郎の魂を分割して二つの肉体に。しかしそれによって一つの弊害が起きた。
元が同一の魂であるが故か、二つに分かたれてもなお繋がりを維持してしまっていた。テレパシーとでもいえば良いのか。遠く離れた場所に居ながらにして雨宮吾郎はアクアのことを、アクアは雨宮吾郎のことを感じ取ることが出来るようになってしまった。*1
雨宮吾郎は日夜激務で心身を摩耗しているというのに、アクアとして転生した片割れは日夜食っちゃ寝ライフ。推しに愛情たっぷりに「よしよ~し」となでなでされたり、抱っこされてすりすりされたりと実に羨ましい有様を見せつけられているのである。
雨宮吾郎は雨宮吾郎であり、アクアはアクア。その意識が入れ替わったりなどはしない。同じ俺なのにこの差は何だ。と雨宮吾郎は泣いていた。
「(それに見たくないなら見なきゃいいだろ)」
そう。この現象実は意外と融通が利く。どちらか一方でも拒絶していれば発生しないようである。
妙齢の女性の授乳やお風呂などのシーン。これを覗くのは倫理的にアウト判定だろう。それを最初に拒絶したのはアクアだったか雨宮吾郎だったかはここでは語るまい。
『そんなことしたらさりなちゃんを見守れないじゃないか』
片割れの言葉にアクアがチラリと横眼で見やると、ヒカル君の腕の中で写真立てに飾られた写真を見つめている一人の子供。
「(……さりなちゃん)」
この家のもう一人の住人。瑠美衣と名付けられた双子の妹。
彼女がそうであると気付いたのはこの家に来て間もなくのことだった。
リビングのテーブルに一目で大事にされていると分かる写真立てに飾られた一枚の写真。
初めはその写真に写っているものが信じられなかった。
アクアと雨宮吾郎が見間違えるはずがない。雨宮吾郎が手元のスマホの電源を入れれば待ち受け画面に映る10年も前の少女と変わらぬ姿。
狭い病室の中で肉親に看取られることすらなく、この世を去った少女。
少女を看取ったのは自分だ。そして長年アイのファンをしている。
だから言える。彼女たちにとってその少女は何百万人もの中のファンの一人でしかないはずだと。
だというのに、
「この子はね。さりなちゃん。お父さんたちにとって大切なファンの女の子」
10年前に一度だけ来てくれたファンなのだと。所在を突き止めた時には、もう会えない場所にいってしまったのだと。そう、俺たちに教えてくれた。
まぎれもない。他人の空似の別人などではない。
「……私のこと……ずっと、憶えててくれたんだ」
皆が寝静まった深夜にルビーが写真の前で零したその言葉にはどんな想いが込められていたのだろう。
ルビーに、さりなちゃんにとって、それはどれほどの衝撃で、どれほどの救いになったのだろう。
きっと万の言葉を費やしても、その想いを言い表す事など出来ない。
その姿にアクアはそうであると確信した。雨宮吾郎もまた同じく確信した。
自分自身に起きている奇天烈な現象が、それを信じられる後押しをした。
さりなちゃんが生まれ変わったのだと。
『もし芸能人の子供に生まれていたらって考えた事はない?』
そう聞かれたとき、生まれ変わるなんて事が起こり得るはずが無いと、ろくに考えもせずに一蹴した。
生まれ変わる必要なんて無い。さりなちゃんのまま、元気になってと願いながら。
だけどその願いは叶わないことを知っていた。叶わないと知りながらそれでも願わずにはいられなかった。
さりなちゃんが生まれ変わってくれた事は本当に嬉しい。
狭い病室の中で苦しみにもがきながらも、それでもまっすぐに見ていた夢を今度こそ叶えて欲しいと思う。
でも、さりなちゃんを思うたびに心が沈む。
己は雨宮吾郎だった。少なくとも自分ではそう思っている。
だけど雨宮吾郎はちゃんと居る。さりなちゃんにとっての雨宮吾郎は宮崎に居るあいつで。
さりなちゃんに名乗り出ることも出来ない自分は何なのだろうか。
心の中の呟きまで、あいつに伝わらなくて良かった。
もし伝わってしまっていたら、ずっと拒絶していたと思う。そんな風に思ってしまう自分が、少しだけ嫌になった。
「ルビーは本当にその写真好きだね」
「案外、本当にさりなちゃんだったりして」
「……俺の子だしな。あり得るかもよ」
「あー、そう言えばヒカル君て前世の記憶持ちだって言ってたっけ」
……今なんか、とんでもない事言わなかった?
ヒカル君も俺たちと……同じ?
「……もし、そうだったらヒカル君どうする?」
まずい。これは、疑われている?
何とか誤魔化さなきゃ。けど、どうやって?喋ったらその時点で前世持ちだって告白するようなもの。
最悪はせめてさりなちゃんだけでも―――
「どうもしない。俺とアイの大切な子供だってことに変わりはないよ。前世の記憶が在っても」
耳を擽るその声が、焦って働かない頭を優しく撫でて。
俺を抱きしめるアイの腕が、優しく、けれど力強く包み込んで。
「あの時、俺が前世の記憶があるってアイに告白した時、アイは何でもないことのように受け入れてくれた。大袈裟じゃなくて、救われたんだよ。俺」
懐かしむように、愛おしむような声音は不思議と響く。
焦って働かなった頭は落ち着きを取り戻し、今度は一言一句を聞き逃すまいとしている。
「だから俺も、この子達を受け入れるだけだよ。そんなことで何も変わらない。大切で、愛おしい子供たち。それでいいし。それだけでいい」
「ふふ……そうだね」
「アイはどうする?って聞くまでもないか」
「とーぜんだね。私はこの子たちのママだもの!」
「アイ」
「うん」
二人が優しく微笑んで
「「アクア、ルビー」」
あ……ああぁぁ…………。
なにか言わなきゃ。そう思うのに意味のある言葉が口から出ない。
……不可抗力だと。……望んでこうなった訳じゃない。そう言い聞かせていたけれど。
本当はずっと……後ろめたかった。
俺みたいな……こんなおかしい子供じゃなくて、普通の子供を産ませてあげたかった。
こんな僕を、それでも受け入れてくれる。
子供は親を選べないというけれど、親だって子供を選ぶことなんてできない。
だけど違うんだ。ヒカル君もアイもそんな事で子供を区別したりしない。
親というものを良く知らない僕だけど、幸せそうな顔で僕らを見る二人が父さんと母さんなんだ。
もっと二人を見ていたいのに、視界が滲むのが止められない。
滲む視界で見えないけれど、ルビーもまた同じように声を上げているのが聞こえる。
遠く離れた地で雨宮吾郎が涙を流していることが分かる。
この日、僕たちは本当の親子になったんだ。
最初から彼等は知っていた。子供たちが普通の子供ではないことを。子供たちが「子供を演じている」ことを。
彼等は知っていた。言葉に出来ない。打ち明けられない隠し事が子供たちを苛んでいる事を。
口にした言葉に嘘はない。その想いも嘘じゃない。
それはお芝居。ありのままでいい。そんな事で自分を偽る必要なんて無いのだと。そう伝えるためのお芝居。
それは噓かもしれないけれど、嘘はとびきりの愛なのだから。
我が子を想いついた嘘は、きっと世界で一番優しい
拙作を読んで頂き誠にありがとうございます。
思った以上の高評価でちょっと戸惑い気味な私です。
高評価と一番星のスピカを読破したことで書きたい欲が湧いてきたので、後日談的なものを。
アクアは一人称が俺だったり僕だったりで分かり辛い。
ゴローせんせの意識が強い時は俺、アクアとしての時は僕と定義しました。
ヒカルとアイは写真の反応からルビーはさりなちゃんだと確信しているけど、アクアに関しては転生者だとは思っているが「ゴローせんせ生きてるしなぁ」と誰かまでは把握していない。二人で話し合って、最終的には中の人に関わらず自分たちの子だと決めた。
この後の事とか何も考えてないですけど、多分ルビーが16歳になったらゴローせんせは捕食される。年の差?それがどうした。末永く爆発しなさい。
【推しの子】はシリアスで陰惨な生々しさが売りの一つ。
でも、たまには頭空っぽにして夢詰め込んでも良いじゃない。
「アクルビ闇落ち?そんなものウチにはないよ……」
一番星のスピカはどこまで原作準拠なのか。赤坂アカ先生監修とのことですが色々原作と矛盾点がちらほら散見されてる気が……。
ただゴロさりエピソードは原作でやって欲しかったなという感想。
正直原作でのアクルビエンドは近親だから無いかなぁと思っていましたが、スピカを読んで大分印象が変わりました。
スピカを読んで、原作読み直したらアクアのセリフの印象が変わる。ルビーの言葉の重みが増す。
ゴローせんせ、滅茶苦茶さりなちゃんに入れ込んでるじゃないか。さりなちゃん16歳まで生きてたらマジで指輪の一つもプレゼントしてそう。
さりなちゃんが健気な良い子すぎる。
「ゴロさり……いいよね」
「いい……」
ここから先は後書き的なあれやこれやを書き連ねる。まさに駄文です。
読む必要はないですが、興味があれば御一読くだされば。
実は拙作は完結まで半年くらいかかってます(苦笑)
ずっと書いてたわけではなく、書き始めたのが半年前というだけで。ゲームしたり他作品に浮気したりですが。
最新話が出る度にあーでもないこーでもないと書き直したり書き足したり。
描き始めの頃と投稿した内容はもはや別物レベルに変化していたりします。
まず拙作の主人公こと通称オリ主はヒカルの名が示す通り、最初のプロットという程大層なものではないですが、思い付きの段階だとカミキヒカル憑依物でした。
ラスボス排除も行えて一石二鳥やん。とか考えてました。黒星の眼もその当時の名残。
ただカミキヒカルに関しては分からない事が多く、多分にオリ要素を含むことになる。それもうオリ主と何が違うんだ?と思った事と、アイの幼少期に関わらせるのもカミキヒカルだと難しい。となり、もういっその事オリ主にした方が自由に出来ると考えました。そこで形作られたのが拙作のヒカル君。
4話の「神崎光」の名前にピンときたそこの貴方! 【推しの子】を読み込んでいますね。
神崎光は2巻でルビーがスカウトされた事務所を調べる際にアクアが使用した偽名です。
神崎光と神木光。一文字違いでアクアが名乗った事も暗喩だったりするのでしょうか。
私がオリ主を書く際に気を付けていることはなるべく自己投影をしない事です。
完全には無理ですが、出来る限り構想の段階で私に連なるものは排除しました。
愛が分からない設定のためにコネコネした前世設定。私の両親は健在だし、何なら祖父母もまだピンピンしてます。ヒカルの名前も私にかすりもしていません。6話でオリ主の前世の名前もボカシを解くと■■■■であって、実は考えてません。お好きな名前を入れてください。
口調とか考え方とかは一人称視点で進む話のため、どうしても混ざってしまうのですが。
私は自分の作品を衆目に晒す際には完結させてから。完結しなければ晒さないというルールを自分に課しています。
初めて二次創作を書き始めて早10年。
この10年間で描いた作品で完結したのは拙作だけ。たったこれだけの文章を書くのに半年ですからね。いかに自分に文才が無いか。
大半は完結することなくHDの肥やしになっております(爆)
こんな私でも拙作を完結させることができたのは、それだけ【推しの子】という作品が非常に魅力溢れる作品だからに他なりません。
そんな素敵な作品を世に送り出していただいた赤坂アカ先生および横槍メンゴ先生にこの場を借りて御礼申し上げます。