アイを甘やかしたい 作:甘えん坊将軍
本当は後日談も完結させてからと思っていたのですが、さすがに間が空きすぎたかな……と。
「アクア、ルビー。少しいい?」
「なーに?」
「母さん。父さんも。どうしたの?」
「二人の将来にも係る話だから、ちょっと真面目に聞いてくれる?」
いつになく真剣な二人の様子に、アクアとルビーが揃って顔を見合わせる。
アクアは読んでいた小説にしおりを挟んでテーブルに置き、ルビーは手にしたスマホを消灯させ二人に向き直る。
「真面目な話ではあるけど、深刻な話って訳じゃないから」
ヒカルがそう前置きし、二人は相好を崩す。
いつも通りの二人に戻った事でアクアとルビーの肩から力が抜ける。
「勿体ぶっても仕方ないから本題から入るけど、二人とも子役をやってみる気は無いかい?」
「子役ってあの子役?
ドラマとか映画とかの子供の役者って意味の子役?」
「そう、その子役であってるよ」
「お、お父さん、それって私たち、デビューってこと!?」
キラキラとした目でちょっと興奮気味のルビー。
ルビーとは反対にあまり乗り気でなさそうなアクア。
「でも父さん。どうしたの?いきなり」
「いきなりってほどでもないんだよ。もともと考えてはいたんだ。
アイが二人を妊娠するより前から、「いつかは親子で共演してみたい」って言ってたからね」
「うんうん。って言っても共演するのは私も復帰しなきゃなんだけど」
昔を思い返しているのか、懐かし気に語るヒカルに同意する。
「それでほら。この間皆で撮ったオタ芸動画があったでしょ?」
「ああ。うん。あったね」
先日行われた武道館でのB小町のラストライブ。
どうしても諦めきれないというアイの懇願に折れる形でヒカルが折衷案として応援メッセージと称して4人でオタ芸動画を撮影することを提案した。
ヒカル、アクア、ルビー、アイと4人で並んで、B小町の代表曲をBGMに一糸乱れぬサイリウム捌きでオタ芸を披露する動画が出来上がる。
「ママたちだって二人に負けてないよ」とキレッキレのオタ芸を披露するアイとヒカル。
そんな事で我が子と張り合う辺り、こいつら実はアホなんじゃないだろうか。
その動画を見た壱護が面白がり、SNSの公式アカウントにアップしたことで話題を搔っ攫った。
その所為でB小町解散の話題は埋もれてしまい、主犯の壱護が吊るし上げを食らう事になるのだが。それはまた別の話。
アクアとルビー。赤ちゃん二人のオタ芸動画はまだ記憶に新しい。
SNS上でもたびたび話題に上る程度には視聴回数を稼いでいる。
ドーム公演まで行ったアイドルとその子供たちという話題性もあり、2つの動画は今なお順調に視聴回数を伸ばしている。
『将来有望すぎて草』
『この親にしてこの子供たち』
『(ある意味)伝説の再来』
『見事なまでに受け継がれるドルヲタ遺伝子』
『どんな英才教育すればこうなんの?』
褒められているのか、貶されているのか、それとも呆れられているのか。実に多種多様な多数のコメントが寄せられている。
「あれを見た監督がさ、「画面が面白いから何かに使いたい」って言いだしてね」
そんな面白素材が近くに転がっていたら使ってみたくなるのはクリエイターのサガと言えよう。
面白いのは確かだろう。ただそんな特殊な画を使ったらコメディ物にしかならない気もするが。
「あんまり乗り気じゃない?」
「と言うか、僕演技とかした事ない」
「なんだ。そんなことか」
アクアの懸念を払拭するように努めて軽く応じる。
「何も今すぐって話じゃないし、それに最初は誰だってそうだよ」
「……うーん」
「やるかどうかは兎も角、一度現場を見学してみない?いい経験になると思うよ」
「まぁ……それくらいなら。ちょっと興味はあるし」
「おー。こいつらか、例のオタ芸キッズ」
「カントク顔近いよ。うちの子たち脅かさないで。怖がってるでしょ」
「見た目はヒゲ面で怖く見えるけど中身はただのこどおじだから。怖がらなくていいんだよ」
「お前らな……」
出会い頭に遠慮も躊躇もなくさらっとディスられて五反田は額に青筋を立てる。
付き合いの長さと色々な意味で尊敬というものを投げ捨てた故の気安さ。
「相変わらず敬意がねぇな。出会った頃の可愛げのあるお前らは何処に行ったんだ……」
「尊敬して欲しかったら尊敬出来るところを見せて欲しいんだけど」
あっさり酒に呑まれるわ。女の子に弱いわ。子供部屋おじさんだわのダメンズ。
知れば知るほど尊敬とか敬意とかを全力投球で空の彼方に投げ捨てたくなるとはヒカルの弁。
もっとも五反田も口ではなんだかんだと言いながらこの距離感を楽しんでいるのだが。
「とまぁこんな感じで気さくな間柄だから。二人とも監督には普通に相手していいよ」
「監督絶対面白がるから」と続ければ、「良いのかな?」「お父さんが良いって言ってるし、良いんじゃないかな」と小声で頷き合う。
「……斉藤アクアマリンです」
「ルビーでーす」
「……お前、自分のガキにキラキラネーム付けてんのかよ」
「考えたの俺じゃないから」
もし違う名前を付けてしまえば二人が生まれてこないのではないかとの不安から二人の名前に反対はしなかった。
反対しなかったが流石にキラキラネームの元凶と思われるのは心外なので憮然と反論した。
そんなヒカルに五反田は「ま、だろーな」と返す。
長い付き合いなのだから誰が考えた名前かは聞かなくても分かる。もっとも他には一人しかいないのだが。
「そんじゃお前ならどんな名前を付けるんだ?」
「俺?……そうだな、女の子ならアイと俺の名前で愛光であみとか。男の子なら愛の字はちょっとあれだから、光に希望の希の字でこうきとかかな」
「……父さん、アクアマリンよりそっちが良かったよ」
厳密に言えば名前を考えたのはこのアイではないのだが、ネーミングセンスという意味では同レベルなので。
がっくりと肩を落とすアクアを見て。アイは隅っこの方で「……いい名前だもん」とちょっとだけいじける。
そんなアイを「私はいい名前だと思うよ」とフォローするルビーだが、幼児にフォローされる姿は何とも言えない哀愁を誘う。
「ごめんよ、アクア。父さんはアイには弱いんだ」
「うん。知ってる」
そう応じるアクアはどこか悟りを開いたような顔をしていた。
撮影現場はピリッとした雰囲気に包まれて、スタートの掛け声とカチンコの音が響く。
何十人ものスタッフたちのピリついた目に晒されながらも威風堂々とした役者たち。
その中の一人は見知った父の姿のはず。なのに、
「……父さん、別人みたい」
「おん?どした坊主」
「父さんて家じゃ割とふにゃふにゃしてるんだよね」
「ふにゃふにゃて……」
「ふにゃふにゃというかデレデレ?なんか、別人みたいにキリッとしてる」
あいつ家じゃそんな感じなのかよ……。と五反田は零す。
でも思い返してみればアイの前では昔から柔らかいというか、そんな感じだったか。と思い直す。
「父さんって凄いの?」
「まぁ……そうだな。演技力って意味じゃ良く言って上の下。厳しく見れば中の上。悪くは無いが一流にはあと一歩届かないってところか。
演技力だけならあいつより上手い奴はそれなりに居る。それでも上はあいつを使う。なんでだと思う?」
「……うーん」
問い返されても役者というものに造詣が薄いアクアでは答えに辿り着かない。
「あいつを使えば数字が取れる。あいつもそうだが、アイもな。雰囲気っつーか、オーラっつーか。ただそこに居るだけで自然と視線を惹きつける。
あれだけは真似しようと思って真似できるもんじゃねぇ」
「うん。それはなんとなく分かる」
アクアもまた雨宮吾郎だった頃にアイに視線を釘付けにされ続けた一人だ。
目を離せない。まばたきさえ惜しく、一瞬も見逃したくなくなる。不思議な魅力。そう言いたいのだろう。
「結局のところ、上にとっちゃ演技の良し悪しはあんま興味がねぇのさ。数字が取れる奴を使いたがる」
「……それでいいの?」
「それはしょうがねぇ。ここはアートじゃなくビジネスの場だ」
「でも、みんないい物作ろうって真剣になってる」
「そりゃ俺たちはプロだからな。もちろんヒカルもな」
何の気なしに普通に応対してたが、自分の言葉を正確に理解して返答するアクアに五反田は今更ながらに違和感を覚える。
「……」
「……なに?」
「お前、幾つだ?」
「2歳だけど」
「……2歳ってここまで受け答えできるもんだっけか」
五反田は仕事柄子役と接する機会は多いし、早熟な子供というのはそれなりに見る。
しかしアクアはそれらと比べても群を抜いている。姿を見ずに会話したらおそらく大多数が2歳だとは思わないだろう明瞭さ。
見た目は幼児そのものなのに纏う雰囲気と受け答えの明瞭さがチグハグすぎて。端的に言って脳がバグる。
「……なるほど。あいつが言ってたのこういう事か」
オタ芸するのは百歩譲って理解できる。子供は親の真似をしたがるものだ。
あいつらがオタ芸したのを真似したのだとすれば、それにしては洗練されているが。まだ納得がいく。
けれどこれほど明瞭な受け答えは確かな知性が無ければ到底説明がつかない。
正直に言って意味が分からない。まるで子供の中に大人を捻じ込んだような薄気味の悪さ。
だが、
「確かに面白いな」
五反田の中のクリエイターとしての本性がざわめく。
他に類を見ない素材。これをどう調理すればより面白くできるか。
五反田が頭の中で絵コンテをこねくり回していると助監督からカットの合図が飛ぶ。
「どうだったー?父さんがビシッと決めたところ見てくれた?」
カットが掛かるや否や一目散に家族のもとに駆け付ける姿が五反田には何処となく子犬を連想させた。
「うん。ちゃんと見てた」
「お父さん、カッコよかったよ」
「ヒカル君さっすが~」
家族の手放しの称賛に相好を崩す。
わざわざ自分の役の最大の見せ場シーンの撮影日に家族を連れてきたのは、もちろん狙ってのこと。
家族の前でカッコいい所を見せたかったから。
「ああ、これは確かにふにゃふにゃだな」
「でしょ?」
「なんの話?」
「いや、こっちの話だ」
それを見た五反田の感想について行けず、「ふにゃふにゃ?」と困惑を隠せない。
「ま、それは置いといてだ。お前こいつにどんな教育してんだ?つか、どんな教育したらこうなるんだ?」
「うちはのびのび大らかの亀仙流リスペクトだよ?よく食べて、よく寝て」
「ああ。もういいわ」
少なくともこいつの教育は関係ねぇな。との感想は胸の内に留める五反田だった。
家族の声援という最高のカンフル剤で絶好調のヒカルは滞りなく撮影を終えていく。
そんなヒカルに周りも触発されて、撮影はスムーズに進む。
スムーズに進めば現場の雰囲気も程よい緊張感はそのままに、穏やかに、和やかになっていく。いい影響が循環されていく。
……実のところ、これら全てヒカルの仕込みである。
詰まりそうな撮影シーンは事前に終えてある。
金、コネ、手間を惜しまずフル活用して根回しをし、関係者の了承を得て、必要な準備を整え、今日という日に臨んでいる。
子供たちのために全能力を用い最高の見学環境を整えた。
まさに私情そのもの。だが意外かもしれないが好意的に受け入れられている。
まず理由が子供の為だということ。スタッフの中には家庭を持つ者も少なくない。その理由に共感する者も一定数居る。
それに無理を押し通している訳ではない。今日という一日の為に一ヵ月近い時間を円滑に進むよう奔走し続けた。
その姿を見ていれば皆も協力的にもなろう。
何故こんな手間暇を掛けたのか。
それは父親がカミキヒカルではなくなったことでアイの仇を討つという強い理由が消え、生活も安定している為にアクアが芸能界に関わる理由がほぼ無くなっているからだ。
アイドルを志すルビーとは違い積極的に芸能界に関わろうとする意欲も薄い。
芸能と無縁の前世を持つが故に、アクアは自分が芸能界に向いているとは考えていない。子役の提案に消極的だったことからもそれは伺える。
この辺りはヒカル自身がそうであった。アイと出会わなければ芸能界に入ろうなどとは考えもしなかった。
その事からヒカルはかなり正確にアクアの内心を把握していた。
そもそも芸能界への興味関心の薄い現状。
今後もずっと芸能界の良い面だけを見せ続けるつもりはない。だが興味関心の薄い今に撮影現場の闇を見せては芸能界入りを忌避しかねない。
何しろ撮影現場の闇は何処までも深く、MEMちょをして「治安が悪い」と言わしめるほどなのだから。
それ故アクアの興味関心を引くために手間暇かけて場を整えたのだ。
まずは興味を持って貰わなければ始まらない。
とは言えアクアに無理強いするつもりは毛頭ない。
アクアが、と言うより雨宮吾郎が外科医になりたがっていた事は知っているし、芸能界とは無縁の将来を選択するなら、それを尊重する。
子供たちに楽しんでほしい。カッコいい父の背中を見せたい。その結果芸能界に興味を持って貰えたらいい。理由としてはその程度。
言うなれば子供の見える範囲に興味を引きそうなものをそっと配置する親の心境。
ただその為だけにこんな無駄に大掛かり、かつ手間が掛かっているのは親馬鹿と言わざるを得ないが。
「ヒカル君過保護だなぁ~」と感想を零されたが、子煩悩なのはアイも負けず劣らず。アイとしてもヒカルの方針は好ましく思っている。
それ故撮影は順調に進む。
撮影の合間に女性スタッフや女性共演者たちに双子が猫可愛がりされるのは、まぁご愛嬌だろう。
一日の撮影が終わり、スタッフが撤収作業に入る中。
「二人とも。どうだった?見学ツアーの感想は」
「すっごい楽しかった!」
「うん。ドラマとか映画ってこんな風に作られてるんだって、なんかワクワクした」
心地よい疲労感と充足感。満面の笑みを浮かべる子供たちの姿を見れば、それだけで苦労が報われるというものだ。
「どうだい。アクアもやってみない?」
「……僕にできるかな」
不安、期待。様々な感情が入り交じり、縋るような様子は年相応の子供の様で。
「できる。父さんを信じて」
だから力強く断言する。
かつてはヒカルもアクアと同じく、芸能界になんて向いていないと考えていた。ずっと不安だった。
たった一つの武器とツクヨミの言葉に支えられて、暗闇の中でもがく様にアイという光に手を伸ばし続けた。
その経験の結実が今、
「アクア。父さんの目を見て」
「え、うん……」
戸惑いながら屈んだ父と目線を合わせる。瞬間、アクアは世界が加速したように感じられた。
「……なんだ?」
傍目から見れば親子がただ見詰め合っているだけ。
なのに異様。そうとしか表現できない、何か。間近にいる五反田は言い知れぬ何かを確かに感じ取っていた。
当事者を除けば何が起きているのかを正確に把握しているのはアイだけであった。
かつてヒカルとアイが体験した現象。余人の全てを置き去りにする二人だけの世界。
以前は特定の条件下でのみの偶発的に引き起こされたそれは、10年を超える歳月を研鑽に費やしたことで今や意識的に引き起こすことを可能としていた。
ヒカルはこの現象の事をツクヨミの言葉から引用し『共鳴』と呼称している。
意識的に引き起こすことが可能となった際、実験として壱護やミヤコ、B小町メンバーたちと同様の現象が起きるかを試したことがある。
しかしアイを除くすべての人間と共鳴する事は出来なかった。
それ故に最初の内はアイとだけに起こり得るものだと思っていた。
アクアとルビーが生まれ共に過ごすうちに、ヒカルはアクアとルビーとも共鳴できると半ば確信に近いものを抱いた。
この事から共鳴とは
同種の存在。その共通点。即ち、星の目を持つ者。
初めて体験するどこか夢心地の世界の中、父と二人。
時間にして5分にも満たない。しかし実際に体験したアクアには一瞬のように短くも、一時間を過ぎるほど長くも感じられた。
「……父さん、今のなに?」
「うまく言葉にするのが難しいんだけどね……。アクアが父さんたちと同じことができるっていう証拠かな」
同じことができると言われてもピンとこない。けれど、できる。と力強く断言された言葉を、今は驚くほどすんなりと信じる事が出来た。
先ほどまで感じていた不安はアクアの中からすっかり消えていた。
「大丈夫。父さんが教えてあげるよ」
夕焼けに染まる空の下。差し伸べられた手を小さな手でしっかりと握り返した。
共鳴云々に関しては割と早い書き始めの段階で設定していたもの。
色んな所で伏線らしきものが散見されるのはそのため。
別に目を合わせなくても共鳴できる。目を合わせた方がやり易いだけ。
アイとオリ主。それぞれ単独では100の魅力でも、共鳴し増幅し合えば1000にも2000にもなる。数字は適当だけど。ツインドライブみたいな感じ。
壱護はその共鳴の片鱗を感じ取ったからアイとオリ主を強引にコンビにした。
設定上、星の目をラーニングした黒川あかねと片寄ゆらとも一応共鳴可能。
だって共鳴設定の大本は原作の舞台編でのあかねの演技に引っ張られてアクアの演技が振り切れたシーンを拡大解釈したことで生まれた設定だから。
ただしオリ主があかねやゆらと共鳴する事はない。つーか、したらアイが泣く。マジ泣きする。
アイにとっては明確に惹かれ始めたきっかけで、文字通り二人だけの世界。アクアとルビーまでが許容範囲。他の女相手に共鳴するとか浮気判定待ったなし。
実はB小町メンバー相手に試したのもアイにとっては許し難い。共鳴出来なかったから事なきを得たが。なおその後滅茶苦茶不機嫌になったので甘やかしてご機嫌取りした。
実は9話でアイとオリ主のライブシーンを書いていました。オリ主が自分たちのライブを客観的に見るシーン。
共鳴云々に関しても本来そこで描写し他のアイドルグループを圧倒するというシーン……のはずだったんですが、どうしても一人称視点だと描写しにくい。
なんかコレジャナイ感が強くて。ザクを描こうとしたらサクだったみたいなコレジャナイ感。よって結局没に。たぶん2~3000文字くらい消した。
あ、完結後オリ主視点で書かないのはわざとです。
本編は「愛とは何か?」というテーマをフォーカスする為のオリ主視点であって、後日談は蛇足というかオマケというか。本編で描写できなかった部分を描きつつ、幸せ家族模様を描いていきたい。
一人称視点は書き易いんだけど描写が陳腐になりやすい欠点がある。