アイを甘やかしたい 作:甘えん坊将軍
星野アイという女の子が施設に入園してから瞬く間に一週間。
共感2割、同情心2割、下心2割、興味4割という割りとゲスい内心ではあるが星野とは良好な関係を築こうと奮闘していた。
まぁなんていうのか、見てて痛々しいのよ。この子。俺自身も良い子を演じているからこそ言えるが、演じるって疲れるんだ。
特に周囲を観察してそれに合わせて演じるのは、常に周囲に気を張って演技しないといけない。
前世持ちの俺でさえ弱音を吐きたくなる時があるのに9歳児にそれを完璧にこなせるか? 無理な話だ。
一人でいる時、気を抜いている時には素の星野が表れている。
なんで目が光るのかは分からないが。というか、どうも俺にだけ光っているように見えるらしい。
それとなく職員さんや他の子たちに聞いてみたのだが、皆一様に何を言ってるのか分からないという顔をした。
星野の目に誰も違和感を覚えない。俺だけが光って見える。
キラキラと。というのは少々月並みすぎるか。星のようなという表現が似合う光。
そんな星野の目からはふとした時に光が消え、どんよりと濁った鉛色の空を映したかのように陰る。
表情どころか全身で「面倒だなぁ」と言わんばかり。
こいつ中身は陰キャだわ。と微かな共感を抱かせた。
同情心はその境遇に。詳しくは知らない。職員にも聞いていない。聞いたところで教えてくれる事はないと分かっているからだ。しかし施設に来る時点で厄ネタなのは確定だろう。
下心は……まぁ、将来美人になるのが確定していると言っても過言ではないその容姿に。
と言ってもいくら何でも今の星野に恋愛感情なんぞ一欠片たりともない。流石に9歳児相手にそんな感情を抱くほど特殊な性癖はしていない。だが10年もすれば星野も立派な女性に成長していることだろう。
俺自身ソロ充ではある。が、それはそれとしてソロ充だって人が恋しい時はあるんです。それが美人なら尚良し。
興味。おそらくはこれが一番大きい理由だろうと思う。
星野には何かがある。その何かが引っかかる。無視するには大きすぎる何か。
俺にだけ目が光っているのが分かるというのも、そこに特別性を感じずにはいられない。
転生という超常現象を経験した俺と光る眼の少女の出会い。これが物語の始まりなら多少陳腐さが漂うが、悪くない。
星野アイ。光る目。昔から知っているような……奇妙な既視感。
「はい。星野ちゃん」
「うん、ありがとう」
食事の時間。
当たり前の話だが施設での食事は情操教育の場でもあるので全員がそろって食事をする。夕食になると高校生組はアルバイトなどで居ないことも多いが。
配膳は当番制。座る場所は特にこれと決まっているわけではないのだが、大体皆いつも決まった場所に座る。
星野もまた、施設に来てすぐにここに座ってと勧められた席。イスにちょこんと座る姿に小動物を連想させる。末恐ろしい。男の転がし方憶えたらとんでもない悪女になりそうな。なんて取り留めなく考えた。
俺は少し前までは違うところに座っていたが、
「いやかな? それなら離れるけど」
「そんなことないよ」
というやり取りの後、今は星野の隣に座ることにしている。
ちょうど職員さんから同い年だから仲良くしてあげてね。と頼まれていたこともあり、これ幸いにと。
断られることはないだろうなと思ってはいたが、予想通りに。
星野は基本受け身だ。関わってくる人を邪険にしない。というかできないが正しい。素の自分を隠していい子を演じているから。内心でどう思ってるかまでは分からないが。
全員でいただきますと唱和して取り留めのない会話をしながらの食事。話題に統一性はない。
「へー」とか「そうーなんだー」と基本相槌を打つだけなんだけど、会話が切れない程度には話題を振ったりする。
そんな自分が観察されるってちょっと新鮮かもしれない。
星野にはそれなりに関わろうと人間が多い。
最初は環境が変わった影響で戸惑っていることも多かったが、一週間もすればそれなりに打ち解けてきたのだろう。
と大人たちは思っているのだろうが、俺の意見としては違う。これ皆の反応を学習しただけだ。
こう来たらこう返せばいい。という学習を繰り返している。そうして打ち解けて見えるように振舞っている。
星野は自分から積極的に人に関わっていこうとはしない。来るなら拒まないが、内側には入り込ませない。
人の名前を覚えない。覚えられないのだろう。その為か星野は人の名前を極力呼ばないようにしている。
だが、ずっと呼ばずに居られる訳もなく、仕方なく名前を口にする時は大体は間違っている。
発達障害というのだったか? まぁ別にこういった子は星野だけに限った事じゃないため職員さんがフォローして回っていたが。
……なんと言えばいいのやら。
このままだとこの子、ヤバいんじゃないか?
「こんな感じで……いいの?」
「うん」
生活指導訓練という名目のお手伝い。あるいはレクリエーションという名の交流。
そういった何某かスケジュールでは大体星野とペアかチームを組む。同年だからというのもあるが、そうなるように俺が動いたから。それくらいの信用は積み重ねている。
近くに人は居なく、星野と二人きり。さて始めるか。あんまり気は進まないんだけど。
「そういえば星野ちゃん」
「な~に?」
「星野ちゃ……星野って嘘吐きだよな」
「……え?」
演技というほどじゃないが意識して声は低く。
唐突な、豹変と言っていい俺の変化に星野の反応が遅れる。
ただこの程度じゃ、まだ星野の仮面は剝がせない。
「嘘つきって……どういう意味?」
「そのまんまだよ。星野は噓をついてる。
本当は笑ってないのに笑ったふりをしてる。
分かるんだよ。俺も嘘吐きだから」
「……」
「人と話すのも嫌だなぁとか面倒だなぁって思ってる」
「っ……」
先ほどまで被っていた笑顔の仮面が、今は引き攣ってる。
「ああ。ごめんよ。勘違いさせたかな?
嘘を吐くなって言ってるんじゃないんだよ。嘘吐きなのは俺も一緒だし。良い子だって嘘を吐いてる」
何を言いたいのか分からないんだろう。
今度は困惑したような星野。いい感じに表情が崩れてる。
「嘘吐くのってさ。楽なんだよね。その場に合わせて良い子の嘘を吐く。
そしたら叱られたり怒られたりしないんだ」
僅かな理解、というか共感したのだろう。
9歳の子供がこんな嘘塗れになるなんて自己防衛以外に考えにくい。
嘘を吐くのは自分を守るため。
「そんな嘘吐きな俺から嘘吐きな星野にアドバイス。
嘘を吐くなら本音を吐き出せ」
「……えっと、どういう意味?」
「星野はさ、自分が嘘を吐いてるのか本当の事を言ってるのか分からなくなる事がないか?」
「っ!」
「やっぱりな」
予想通りというか典型的というか。
普通なら精々虚言癖持ちで煙たがられるだけだろうが、何よりこの子は
「本音を吐き出せる誰かを探してもいいし、何なら俺みたいにトイレの個室で悪態吐いたっていい。
これが自分の本当の気持ちだってことを自分の中で大事に持て。
でないと、
その言葉に、星野は耐えきれないとばかりに背中を向けて駆け出した。
背中を向ける前に見えた表情には明らかな怯えが見て取れた。
「ちょっと脅かしすぎたか……」
最初に咎めるような声音で警戒心を喚起し、見透かすような言動で動揺させる。
理解を示すような言動で安堵させ、困惑させる。最後に脅かして感情を揺さぶり取り繕う余裕ごと仮面を剥ぎ取る。
やってる事が詐欺師か胡散臭い宗教の洗脳染みているのは自分でもどうかと思うが。
でもなぁ……あの子は今やらなきゃたぶん取り返しがつかなくなる。
嘘の仮面は貼りつくんだ。貼りついて剝がれなくなる。やがて嘘か本当か分からなくなる。
だからその上にまた嘘を仮面を付ける。嘘で嘘を塗り固め、瘡蓋に瘡蓋を重ねる様に分厚くなっていく。
そうなるともう無理矢理剥がすことさえ難しくなる。
別に嘘を吐くことそのものを否定しない。俺が言うとブーメランだしな。
だけど自分の本心を大切にしておかないと、
下手するとその上手すぎる嘘で自分自身すらも騙してしまう。
「会って一週間ちょっとの相手に、しかも子供に入れ込みすぎじゃないか?俺」
口に出すのは大事だ。心の中で思うよりもはっきりと自分を認識できる。
「でも、なんか、ほっとけないんだよな……」
考えて吐いた言葉ではないが、口にしたことでしっくりきた。
ほっとけない。たぶん星野に昔の自分を重ねたのかもしれない。
一頻り自己分析していたが、いつまでもこのままって訳にもいかない。
これで終わってしまったら、ただ脅かしただけで何の意味もない。
今の内に根回しを済ませておかなくては。
「なにか気に触ること言っちゃったのかな……」
「星野ちゃんと仲良くしたいんだ」
自分でもどの口で言ってんだってセリフだが、少なくともこの施設内では嘘の年季が違う。
長年積み上げた信用という嘘。これで職員は俺と星野を仲直りさせようとする。
同じ施設で暮らしていて、同じ学校に通っている。僅か一週間ほどではあるがそれなりの時間を共有しているのだ。
そんな二人が仲違いなんてしたら良識ある大人なら仲を取り持とうとする。
「っ!」
星野は俺の顔を見るなり逃げ出した。
食事時、学校への登校、オリエンテーション。出来る限り俺から距離をとる。距離が取れないなら顔を合わせない。
そんな星野を窘めようとする職員たちにフォローを入れながら、それでも星野と距離を詰める。
星野は気付いていないんだろう。星野は今、嘘を吐けていない。俺を避けたいと思う。星野の本音。
三日と持たず、その時が来た。
意外と耐性がなかったな。と思うもまだ子供なのだから当然か。
「なんでっ……こないでっ」
顔をくしゃくしゃにして、しゃっくりの様にヒックヒックと嗚咽を溢す。
星野の……剝き出しの感情。
「きらい!きらい!」
星野の
だから、その星野の本音を全力で肯定する。
「やっと聞けた」
優しく諭すように宥める。ポロポロと零れる泣き顔をハンカチで拭ってやる。
「それでいい。嫌いなら嫌いって言っていい。嫌なら嫌って言っていいんだ」
周りにいる職員さんに二人きりにしてと頼む。
泣きじゃくる星野に逡巡するも「お願い」と重ねると周りの子供たちを促して離れていく。
二人きりというより、遠巻きになっただけだが。
「……おこんないの」
「怒らないって」
「……なんでぇ」
「言ったろアドバイスだって。本当に思ったこと言っていい」
「……わかんないよ……。おもった事言うとおかあさんおこったり、なぐったりする」
いや重い……。そう思ったが、やっぱり虐待かと納得もした。
「そうだなぁ……怒られるのも、痛いのも、嫌だよな。分かるよ。それ。
だからさ。嘘吐いたっていいんだ」
星野にとっての嘘は、吐きたくて吐いたものじゃない。ただそうする事しかできなかっただけで。そうしている内にそれが当たり前になってしまった。
それを否定するとか誰にもできないし、しちゃいけない。
「でもな……ずっと嘘吐いてると自分の本当が分からなくなる。
自分の本当が分からなくなると苦しいんだよ。苦しくて、でもどうしようもなくて。
だから、星野にはそうなってほしくなかった」
俺と星野は違う人間だ。俺がそうなったからって星野もそうなるとは限らない。そんな事は分かってる。
それでも心からの言葉であることは本当で、だからか星野にも少しは届いたのかもしれない。
「……わかんないよ」
星野の涙はいつの間にか止まっていた。
「そうだな……。難しいしな。無理に分からなくても良い。
ただ嘘吐くのに疲れたら、たまには思ったことを言っていい。それだけ覚えててくれればいい」
「……」
応えはなかった。ただそれなりの手ごたえは感じていた。
遠巻きに見ていた職員が様子見に来るまで俺と星野の間に会話はなかったが、それなりに穏やかな空気だったから。
これが俺と星野の本当のファーストコンタクト。
ただこの後我が身を振り返ってトイレの個室で本気で頭を抱えた。
9歳の女の子を脅して賺して、手の平で転がして誑し込んでる合計年齢アラフォーってどう考えても字面が事案だなって。
一人称視点で描写出来ていないけど、実はこの時が初黒星モード。
そうでもなけりゃあの星野アイに通用する筈がないって。