アイを甘やかしたい 作:甘えん坊将軍
「……疲れた」
ヒカルはぐでーっと力なくソファに身を預け、疲労の色が濃い表情と声音でそんな事を呟いた。
「ヒカル君、お疲れ様。はいこれ。目を閉じて楽にしてて」
「……うん。ありがとう。アイ」
ヒカルの瞼の上にレンジで暖めた小豆のアイマスクを被せたり、リラックス効果の高いハーブティーを注いだりとアイは甲斐甲斐しく世話を焼く。
「父さん。お疲れ様」
「……お父さん、大丈夫?」
「ありがと。二人とも。大丈夫だよ」
常なら余裕を持って父親らしく子供たちに接するのだが、ハードなスケジュールに大分参っている様子。
しばらくソファに身を預けたまま、癒しを求めて子供たちの頭を撫でたり抱き締めたりして幸せ成分オキシトシンを補給する。*1
前世の経験からスキンシップに積極的ではなかったヒカルも、スキンシップに飢えたアイに長年求められ続けたことで今となっては立派な引っ付き虫。
スキンシップは愛着形成に大きく関係している。それは何もアイだけに限った話じゃない。ヒカルもまた例外ではない。
実のところヒカルの自己肯定感の低さや、人付き合いに煩わしさを感じるのは他者への警戒心からくる。その根底には愛着障害が根ざしていた。
ヒカルはアイを。アイはヒカルを。互いが救い合っていた。互いに欠けた翼を持つ。欠けているが故に補い合える比翼連理。
アイとともに時間をかけて、少しずつゆっくりと改善していった。
そんな風に引っ付き虫になったヒカルにとって子供たちとの触れ合いは一日の疲れを癒せる大切な時間。
アクアもルビーも割とちょくちょくある事なので慣れたもの。ルビーはアイ譲りなのかスキンシップに積極的。アクアはなんだかんだと言いながらスキンシップに積極的ではないが、それは単純に恥ずかしがってるだけで。
「……はぁ~。生き返る」
軽く十分ほど癒されると疲れた体に活力が戻る。
「今日は流石にキツかったよ……。早朝から雑誌のモデルにCM撮影。昼からバラエティ3本撮り」
「もう。壱護さん詰め込み過ぎだよ」
「まぁ3本撮りは制作側の都合もあって急遽決まった事だから」
バラエティ等のレギュラー番組では予算や出演者のスケジュールなど制作上の都合で1度に3~4回分の収録を行うことがある。このような形式を3本撮り4本撮りと呼ばれる。
昨今では若者のテレビ離れも進み、それに伴ってのスポンサー離れも顕著となり、1つの番組に掛けられる予算も目減りする一方。
3本撮り4本撮りはそんな予算の厳しい番組を成り立たせる苦肉の策と言えた。
「来週からはまたドラマの撮影も始まるし……。切実に休みが欲しい」
大繁盛で嬉しい悲鳴。と言えば聞こえは良いが、その分休みも少なくかつ不定期になりがち。
子供たちが平日は幼稚園に通い、土日祝日は子役の仕事をしたりと忙しくなると自然と休みが合う事は少なくなる。
必然子供たちと一緒に過ごせるのは夜のほんの少しの時間のみ。
「たまには皆でお出かけしたいんだけどね」
「壱護さんにお願いしてみる?」
「そうだね。纏まった休みが取れたら家族旅行とかしたいかな」
「旅行か~。いいかも。全国ツアーで色んな所に行ったけど、観光とかぜんぜん出来なかったもの」
「あ、お父さん、私海外旅行とかしてみたい」
「海外はちょっと……。父さん日本語しか喋れないし」
「……熱海で温泉とか」
「アクア、それは若さが足りなくない?」
和気藹々。そんな平和な日々。
なんでもない日々こそ、なによりも愛おしく幸せで。
楽しい日々は瞬く間に過ぎていく。
「「アクア、ルビー。誕生日おめでとう」」
「おめでとう。二人とも」
「おめでとさん」
テーブルの上には所狭しと並ぶ色取り取りの料理と中央にデンッと置かれたバースデーケーキ。
唐揚げにエビチリ、たこさんウィンナーに出汁巻き卵。ポテトサラダに手巻き寿司。
「二人の誕生日くらいは腕を振るいたくってね」
全てアクアとルビーの好きな料理でアイの得意料理。
しかしテーブルに並ぶそれらはエプロン姿のヒカルの手作りであった。
「ほんとはもっと料理とかしたいんだけどね。アイ。いつも任せっぱなしでごめんな」
「お仕事忙しいんだもん。仕方ないよ」
子供たちの誕生日くらいイチャイチャするのは止めてやれ。と言うような者はこの場にはいない。
最早全員が慣れたもので、スルー一択である。
各々が好きな料理に手を伸ばし、舌鼓を打つ。
「ふわぁ……。おいしい。お父さん料理上手だね」
「喜んで貰えて作った甲斐があるよ」
「ヒカル君はママより上手なんだよ。なんたってママの料理の先生だからね」
「え、そうなの?!」
ルビーが知らないのも無理はない。
というのもアイに料理を教えたのは14歳の時。苺キッチンと仮題して動画投稿されたりと割と有名なエピソードではあるものの、それはさりなが亡くなった後で。ルビーとして生まれる8年も前のこと。
しかも当時のアカウントはヒカルが個人で登録したアカウント。
半公式みたいな扱いではあったが、活動が軌道に乗り始めると運営が正式に作成したアカウントを専門のスタッフが運用することになった。
その結果アカウントはユーザーの誘導が済んだ後に暫らくしてひっそりと閉鎖された。
投稿されていた動画も所詮は素人に毛が生えたようなクオリティ。プロの手掛けたものと比べれば雲泥というものだ。それ故正式アカウントに再投稿されることもなく閉鎖されたアカウントと共にその幕を閉じた。
「えー……。その動画私も見たかったなぁ……」
「……壱護さん、あの動画残ってましたっけ?」
「いや無理だろ。あの頃のパソコンなんぞとっくの昔に処分しちまったぜ」
「ですよね……」
残念そうなルビーを見かねて、一縷の望みをかけて訊いてはみるが返ってくるのは無情な返答だった。
とはいえ熱心なファンとはどこにでもいるもので、もしかしたら広大なネットの海のアーカイブには残されているかもしれない。
徒労に終わる可能性もあるが、今度時間があったら探してみようと決意する。
「しっかし、もう4歳か。早いもんだな」
「壱護、貴方それ3歳の誕生日の時にも言ってたじゃない。ジジ臭いわよ」
「……マジで?」
口にした呟きに返されたミヤコの言葉にショックを受ける。
その様子に笑いが起こる。そんな風にして誕生日会は始まった。
食事も一段落し、切り分けたケーキを突きながらの宴もたけなわ。
誕生日のメインイベントと言えばプレゼント。それぞれが持ち寄った大きい箱に小さい箱。
綺麗にラッピングされたプレゼントが並ぶ中で、その中の一つだけは異彩を放っていた。
見た目は年季を感じさせる古ぼけた大きなダンボール箱。
掃除はされたのだろうが、それでも取り切れぬ埃の匂い。
「ホントによかったのか?これがプレゼントでよ」
「「これがいいの!」」
壱護は誕生日のプレゼントは何が良いかと頭を悩ませ、4歳の子供に贈るものなど思い浮かばず。
最後の手段で本人たちに直接尋ねたところ、二人がプレゼントとしておねだりしたのは、なんとアイとヒカルが現役の頃の【推しの子】グッズ……の試作品の山だった。
約10年という活動期間で販売されたグッズは非常に多い。ブロマイドにポスター。ストラップにキーホルダー、缶バッジといった定番物からTシャツやはっぴ等々。種類も豊富でその試作品も膨大な量にのぼる。
苺プロのビルの倉庫の一角を占有していたそれらは、一目見た時から目を奪われて止まないアクアとルビーにとってはまさに宝の山であった。
アイドルグッズ買取専門店にでも持ち込めば一財産築けそうなだけに、本当に宝の山でもあるのだが。アクアもルビーも「それを売るなんてとんでもない」と口を揃えて言うこと間違いない。
「ルビー見てよ。これ。セカンドツアーのだよ。とっくに生産終了になったの」
「こっちはファーストライブのガチャ限定!プレミア付き。これ私のね」
「ちょっ!?ルビー!ずるいぞ!」
宝の山を前にやいのやいのと興奮した様子。
ドルオタ丸出しの非常にツッコミどころ満載の光景で、普通ならば壱護とミヤコも不審に思う。
が、この4年間の積み重ねが「……まぁアクアとルビーだしな」と感覚を麻痺させていた。
1歳から華麗なサイリウム捌きを披露したり、子役としてデビューしてからはその聡明さに疑念を抱くこともあった。
その疑念が確信に至らないのは「ヒカルのやつも出会った時からガキっぽくなかったしな。あいつの子ならあり得るんじゃねーか?」という、ヒカルが聞けば「疑われないのは良いんだけど……なんか納得いかない」と憮然としそうなことが一番大きな理由だったりする。
「でもよかったんです?二人にあげちゃって」
「ま、色々思い入れがあったから処分するの躊躇ってただけだからな。結構嵩張るしで、ぶっちゃけ邪魔っちゃ邪魔だったんだよな。アレ……」
断捨離できない典型例みたいな理由でそれらは溜め込まれていた。
原作でもアイ無限恒久永遠推しのキーホルダーなど壱護が徹夜で考えた代物。作っている時は寝食を忘れるほどに熱中したりと、グッズ一つとっても様々な思い出が詰まっている。
「あの様子なら大事にしてくれそうだしな。倉庫の片隅で埃被ってるよりは良いだろうさ」
自分が手掛けたグッズを嬉しそうに手に取る子供たちの姿に、なんだか胸の内にほっこりしたものが湧き上がる。
こういう時は呑むに限る。今日はいい気分で酔えそうだと秘蔵の酒に手を伸ばすことにした。
「お兄ちゃんと一緒にお母さん達みたいなアイドルになるの!」
「はっはっは。アイドルか。二人なら大人気間違いなしだぜ!おっし、任しとけ!俺がプロデュースしてやらぁ!」
「ちょっと~壱護。独り占めはずるいわよ。私も忘れないでよ」
酒精で顔を赤く染めた上機嫌な壱護とミヤコにアイの膝の上で気炎を上げるルビーを尻目に、アクアはひっそりと溜息を吐いた。
ヒカルはそんなアクアに寄り添い、そっと肩を抱く。
「後悔してる?アイドルやるって言ったこと」
「……ううん。そりゃあんまり気乗りはしないけど。ルビーは16歳になったらアイツと結婚するって言ってるし。ま、それくらいまでなら付き合っても良いかなって」
流石に結婚したらアイドルなんて続けられないだろう。という見積もりのもとでの妥協*2。
なおアクアはルビーの計画は12歳でデビューし、16歳でドーム公演を成功させ、絶頂のまま卒業し、せんせと結婚する。という現実的に考えたら頭が痛くなること請け合いなガバガバ計画だとはまだ知らない。
「ルビーはアイドルにお嫁さん。アクアは将来何に成りたいんだい?やっぱりお医者さん?」
「……父さんは、僕に役者をやってほしいの?」
「ん~。そりゃ一緒に仕事出来たら嬉しいけど、無理をしてまではしなくていいよ」
「……ちょっと前なら、僕は外科医になりたいって言ってたと思う」
「……でも今は、分かんない」
撮影の時の父さんがカッコよくて。子役の仕事は、やってみると案外楽しくて。上手く出来ると、監督とか大人が皆褒めてくれて。
「このまま役者を続けてみたいって気持ちもあるんだ。外科医になりたいって気持ちも」
「そっか……。ならさ。全部やってみなよ」
「へ?」
「だから、アイドルやって、お医者さんになって、役者もやる。
アイドルは、まぁルビーが満足するまでとして。
お医者さんになるのは大変だろうけど、なった後に全く休めないって訳でもないでしょ?
それにドラマとかでは医者の役なんてよくある役柄だし、現役のお医者さんが演じるなんてはまり役じゃない?」
「いやいや待って。父さん、それは無理じゃない?」
「そう?父さんはお医者さんの仕事については詳しくないから、こんな風に思えるのかもしれないけど。どっちか片方だけなんて決めつけないでほしい」
「アクアはなんていうか、周りの人の期待とかガッカリさせたくなくて、自分を押し殺しちゃう所があるでしょ?
だからアクアには
その言葉に、アクアは返す言葉に詰まる。
アクアが成りたい医者は心臓外科医。資格取得までの難易度が高く、医大卒業後最短でも7年の修練期間を要する難しい仕事。それに人の命を預かる以上、手を抜く事など許されて良いわけが無い。
片手間で役者をするなんて、役者という職業に人生を掛けている人たちからすれば顔を顰めるような所業ではないか。
普通なら、生涯を掛けてどっちか一つ。片方だけしか選べない選択肢の前で、両方を選ぶなんて……。
そう思いながらも、強く否定出来ない。
それはきっと茨の道。難しいを通り越した困難の道。下手をすれば中途半端で、どっちにもなれずに膝を折ることになる。
だけど、何故だろう。その道が輝いているように思えるのは。
「アイは欲張りなんだよ?ルビーも欲張ってるよ?
だから、アクアも欲張ったって良いんだよ。
医者か役者かなんて悩むくらいなら、どうせなら両方って欲張っちゃえ。
成りたいもの。やりたいこと。我慢しなくて良いんだよ」
「父さんはアクアが選んだことなら反対しない。
どんな道を選んでも父さんはアクアの味方だよ。
だから、こうしなきゃいけないなんて自分の将来を狭めなくていい」
「なんてね。まだ4歳なんだから。今すぐに将来を決める必要なんて無いさ。高校生くらいまではモラトリアムだと思って楽しむといいよ」
「アクア。これだけは覚えておいて。
幸せになってね。父さんはいつだってアクアの幸せを願っているから」
幸せになって。
そんなことを言われたのはいつ以来だろう。
いや、そもそも雨宮吾郎だった頃を含めても、そう言って貰えたのは初めてだったのかもしれない。
雨宮吾郎として生まれた頃から両親は居らず、祖父とは折り合いが悪く。
祖母との関係は悪くはなかったが、母親を犠牲に生まれてきた後ろめたさが拭い切れぬままで。
小さな頃の事は覚えていないけれど、生まれてきてくれてありがとうと言って貰えたことも、幸せになってと言われたことも無かった気がする。それぐらいに縁遠い言葉だった。
「……父さん」
抱き留められた父の胸板は広くて、微かに聴こえる鼓動に心が安らぐ。
そっと後頭部を撫でる父の手が心地良くて。
アクアはそんな父の胸に顔をうずめて甘えることにした。
あくあまりん「父さんの父性が留まるところを知らない件」
るびぃ「ほんそれ。まさに魔性のパパ」
あい「おにいちゃんは昔から甘やかし上手さんだから(ドヤ」
オリ主は基本デロ甘。
原作の親子対決がアレ過ぎるので衝動的に甘やかしてしまった。
というか結局カミキ悪人なのね。153話~155話は何だったのか……。
自分では割と悪意的に拡大解釈したと思ってた人を騙す目が、原作はガチで洗脳染みてて、何だったら拡大解釈した以上に悍ましいモノだった件。
余談は置いといて。
本当は外科医になりたかったけれど祖母の期待を裏切れなくて産科医になった。ってあかねに語るエピソード。
「人に合わせて生きるしか取り柄が無い奴だった」って、ちょっと卑下し過ぎというか。
原作アクアは相当拗らせてるけど、雨宮吾郎としても滅茶苦茶拗らせてるって印象。
実際のところ医者と役者を両立出来るのかは分かりません。出来たとしても生半可な苦労ではないでしょう。無責任と言われたら否定できないですね。
ですが、どちらかしか選べない選択肢の岐路で「どっちもほしい。星野アイは欲張りなんだ」そう言ってのけたアイのような強さをアクアにも持ってほしい。
ちょっと書きたいエピソードがあって、その話を書く(というかその話に説得力を持たせる)ためには前話と今話が必要になる。みたいな掘り下げ回。
その話を書くにはだいぶ先になりそうですが。