アイを甘やかしたい 作:甘えん坊将軍
リビングのソファに俺、アイ、社長。キッチンにミヤコさん。
朝の時間に全員が揃っているというのは少し珍しい。
「膝が痛い……」
「まだ身長伸びてるな。今いくつだ?」
「この前測った時が166㎝だったかな」
膝を擦りながら答える。成長痛を味わうのはこれで2度目になる。
俺としては是非170の大台には乗ってほしい。
「とすると、まだ伸びそうだな」
「こうなると流石に兄妹設定は無理があったように思えるけど」
アイとの身長差が大分開いてきている。
10㎝程度ならブーツなどで多少の誤魔化しも効くと思うが、最近ではそれも難しくなってきている。
「普通にあり得る身長差だろうし、そこは問題はないだろ」
「……そろそろペアルックはやめません?」
「ぶぅ」
アイがウサギのぬいぐるみを抱き抱えながら不満そうにしている。
アイがB小町に加入していないため、ウサギ担当が別人になりかけた。
アイ=ウサギの印象もあり、つい口を挟んで止めてしまった。このくらいの差出口は許してほしい。
今アイが抱いているぬいぐるみも俺がプレゼントしたもの。
中々いいお値段がしたが、アイの喜ぶ顔を思えば十分元が取れたといえる。
「……おにいちゃんは私と一緒じゃ、いや?」
上目遣いで実にあざとい。
分かっていても騙されてしまいそうになる。
「嫌じゃないが……せめてかわいい系は勘弁してくれ」
「えー。お兄ちゃんもかわいいよ」
「……男にかわいいは誉め言葉じゃない」
これまで着た衣装を思い返してげんなりする。
半ズボンが似合うと言われてもね。嬉しくないのよ。
「はいはい。貴方たち。いつまでも喋ってないで。早く食べないと遅刻するわよ」
「いつもすみません。ミヤコさん」
「いいのよ。好きでやってるんだから」
推しの子の良心ことミヤえもん。
養子縁組する前は「ショタっ子もいいわね!」なんて言ってて、この人大丈夫か?と思ったものだが、根が真面目で人が良いのだろう。
養子縁組には最初乗り気ではなかったものの俺とアイの境遇を聞いてからは実は一番積極的だった。
その後も時間を見つけては俺とアイを家族として迎えてくれようとしてくれている。
アクアとルビ―を引き取り、斉藤社長に逃げられても女手一つで育て上げたのは伊達じゃないなと実感させられた。
「むぅ……。私も料理おぼえた方がいいかな」
「うん?なら今度料理してみるか?俺でよければ教えるよ」
「え?おにいちゃん、料理できるの?」
「カレーとかオムライスとか肉じゃがとか、一般的なレパートリーなら。まぁ大体」
前世の一人暮らしの経験からそれなりにだが。言うても一人だと手抜きのオンパレード。
カレーとか一度に大量に作ってタッパーに小分けして冷凍。温めて食べるだけなんて日も多かった。サラダなんかもカット野菜で皿に盛るだけだったり。
一人暮らしでもっとも使用する調理器具は間違いなく電子レンジだと断言できる。……うん。あんまり自慢にならないな。
まぁそれでも時々は凝った物を作りたくなることもある。
「うー……」
「ど、どうした?アイ」
なんでいきなり落ち込んでるんだ?
「……勉強もできて、運動も得意で、その上料理も……。いいな、おにいちゃん」
ああ。なるほどね。なんとなく察した。
目に見える部分だけならそうだろう。ただそれは今の年齢にしてはだ。
そもそも俺の場合、勉強だの料理だのは前世の下駄を履いてるだけ。
芸能界という世界で生きていこうと思うのなら間違いなくアイの方が向いている。黒星の眼だって結局はアイの模倣に過ぎない。
今はまだ俺はアイに追い縋ることが出来ているが、それだっていつまで保つかと戦々恐々としている。
なにしろアイが本当の意味で躍進するのは双子が生まれて以降。覚醒すらしていない今でさえ追い縋る事しかできていない現状に惨憺たる思いがある。
……いずれ俺はアイの引き立て役になる。
最初はむしろそれを望んでさえいたというのに。
「俺からすればアイの方が羨ましく思えるよ。「十で神童、十五で才子、二十歳過ぎれば只の人」なんて諺もある。アイほど突き抜けた才能じゃない。ただの器用貧乏さ」
……卑下するようなことじゃない。
アイが俺など及びもしないほど高く羽ばたくことを誇りに思うべきだ。その天上の才を守り引き立てることこそ俺に課せられた役割だと。
「おにいちゃん?」
「なんでもない。ほら、朝ごはん食べよう。学校に遅刻してしまう」
今、俺はどんな顔をしていたのだろう。
「アホらしい。いっちょ前に何を考えてるんだか。我ながららしくなさすぎる」
今朝の事を思い返して死にたくなる。
初めから同じステージになんて立てていない。何かの間違いで今があるというのに。
どこまでいっても凡人にすぎない俺がアイに?高望みも甚だしい。
……ないわー。身の程を知れって話だ。
「お前もそう思うだろ?八咫」
カラス相手に愚痴を吐くとか。友達居なさすぎて草も生えない。中二病かっての。……今中二だったわ。
これでこのカラスがカラス幼女に関係ないただのカラスならあまりに痛いな。
「痛っだっ! なにすんだ!?」
「ガァ!」
「な、なんだよ……怒ってんのか?」
腕に突然走った痛み。
いつもは飄々としていて人を小馬鹿にしたようなヤツなのに。
カラスの表情なんて分かる筈もないのに、何故だか今は怒っているように見えた。
「あ、お、おい!」
飛び立ったカラスの姿を視線で追うとビルの入り口に止まる。
その姿はまるで―――
「……ついて来いって言ってるのか?」
なんで急に?今までこんな事は無かっただろ。
ただ、今追わなければ後悔する。そんな予感に突き動かされた。
カラスを追ってかれこれ一時間。
「……おーい。どこまで行くんだよ」
アイドルは体力が資本だ。パフォーマンスを落とさないように疲れた時でも毎日ランニングをしている。雨の日は除くが。
それなりに体力はある方だと思うが、それでもレッスン後にこの先の見えないマラソンはかなりクる。
煌びやかな街から離れ、どんどんと人気のない薄暗い方へ。
やがてたどり着いたのは人気のない公園。街灯に照らされたベンチの上に夜の風景に不釣り合いな揺り篭。
複数のカラスに囲まれているそれは奇異を通り越して不気味ささえ漂わせている。
「……カラス幼女?」
「カラス幼女とはご挨拶だね。君が会いたいと言っていたんじゃない。だからこうして生まれ落ちてきたというのに」
「……赤ん坊が喋ってる姿って予想以上にキモい」
分かっていてもドン引きしてしまう。
「失礼だね、君は。こんなに愛らしい赤ちゃんに向かって。
……本当は自分で動けるようになってからのつもりだったけど、変な風に歪み始めてるものだから」
全く手間がかかる。とかぶりを振る赤ん坊の姿。
俺もこんなだったのだろうか。そら施設の職員さんも気味悪いって言うわ。いやこんな露骨な姿は見せてない筈だけど。
「さて、まず最初に君の思い違いを解いておこう。
君のそれは星野アイの模倣なんかじゃない。最初から君自身が持っている才だよ。堅い殻に覆われて日の目を見ることなく閉ざされた才」
「いきなりなにを……」
「君の才が星野アイの才と共鳴したことで露になった。もっともそうでもなければ日の目を見ることはなかったろうけどね」
「待て!待ってくれ!その言い方だとまるで……」
俺を転生させアイと会わせるように仕組んだのは、
あり得るのか。そんな事が。
「さぁ。あれとはあまり関わりがないし、あれの思惑の全てまでは把握していない」
「それはつまり、俺を転生させたのは君じゃないってことか?」
「そうだよ」
気負いも衒いもなく、あっさりとした様子の幼女。幼児か?いやどっちでもいいか。
まぁ予想はしていた。カラス幼女はアクアとルビーが転生した事をどこか他人事のように語っていた。
「じゃあ誰が俺を転生させたんだ?何の目的で?」
「それを知る必要はないよ」
「……答える気は無いってことか」
「知る意味がないだけだよ。あれの思惑が何であろうと、君の意思を縛れるものじゃない」
「だとしても判断材料くらいにはなるだろう」
「
「それは、どういう……」
「よく言うだろう。“触らぬ神に祟りなし”と。君があれを知ることは、あれに近付くのと同じこと。近付けばその影響は大きくなる。知らないままの方が君の為だよ」
なんだろうこの違和感。
淡々としていて、素っ気ないように振舞っている。なのに言葉にどこか暖かみがある。
「敬し、崇めて、遠ざける。それが古来から連綿と続く、人と神の正しい在り方さ」
「さっきから聞いてると思うんだけど、あれって奴が嫌いなのか?」
あれと呼ぶ相手の扱いがぞんざいというか、言葉の端々から壁のようなものを感じる。
漫画ならぱちくりと擬音でも付きそうな大きく見開かれた目になんか毒気が抜かれる。
「……嫌い、とは少し違うね。けれど、そうだね。言葉にするなら好ましくないが正解に近いかな。
このままだと正しい運命から外れてしまう。それは運命を司り人を導く存在である私としては看過できない」
「運命ね……」
神様同士のケンカとか正直よそで勝手にやっててくれと言いたいくらいなんだが。
けど、アクアとルビ―のことを考えれば神様とやらに頼らざるを得ない。二人がいなければアイは愛を知ることが出来ない。
かと言ってその正しい運命とやらに従ってアイを死なせるくらいなら―――
「君はそこも勘違いしているようだね。
……このままあれに靡かれても面倒だし、一つ良い事を教えてあげる。星野アイの死は運命に定められていないよ」
「は?」
「より正確に言うなら、君の知る物語の行く末は定まった未来じゃない。
運命というのは定まった未来を指す言葉じゃないよ。運命が定まった未来だというのなら
「あ……」
思ってもみない指摘に言葉が出ない。
いや、だったら運命ってなんなんだ?
「運命は個々人に定められたものじゃない。もっと大きな、人の世の流れとでもいうべきものだよ」
分かったような、分からんような。
というかナチュラルに心を読まないでくれないか。
「別に心を読んでる訳じゃないよ。君が分かりやすいだけ」
さいで。
「なによりあれの思惑に従えば星野アイが死なないとは一言も言った覚えはないよ」
「……君の思惑に従えば死なないとも言ってないな」
「その通り。だから言ったよ。あれの思惑がなんであろうと、君の意思を縛れるものじゃないと。そして私の思惑がなんであろうと、それは同じこと。君は星野アイを救うことを諦めない。そうだよね?」
「当たり前だ。それは、それだけは諦めない。俺にとってアイは諦められるほど軽くない」
「それでいい。君が望む未来に手を伸ばせばいい」
俺の答えに満足そうな笑みで。
なんだろうな。カラス幼女に対して俺は胡散臭いというか、もっと人を見下してるようなイメージを抱いていた。
だけど、勇気づけられてるというか、元気づけられてる?
アクアは疫病神と呼んだが、それとは遠く感じる。なんか妙に親切なような……。
「人によって導き方は変わるよ。それに、君はあれに目を掛けられている。虚言を弄したり煙に巻くのは得策じゃないと判断しただけさ。
個人が運命にまで影響を及ぼすことは少ないけど、君たちのような存在は大衆に影響を与え得る。歪んだまま与える影響はいい影響になりえない」
「よっぽどあれって奴が君にとって不都合な訳か」
「いや、君の歪みはあれに関わりなく君の思い込みのせいだよ」
「ぐっ……」
呆れた様子で見据えられると割りとダメージが大きい。
「そもそもあれに悪意なんてものはない。ただあれは君が歪んでいようがいまいが関係なく恵みを与えようとする。それ故に厄介と言えるのだけど」
「傍迷惑な奴ってことね……」
そんな奴に目を付けられてる俺は嘆くべきなのか?
転生したことそのものは感謝しても良いと思うが。
「さぁ……。あれに目を掛けられたからといって必ずしも不幸になるとは決まっていない。君次第だよ」
「……俺次第か」
なんか丸投げされただけのような気もするけど、不思議と軽くなった気がする。
俺次第でアイを救える。それが分かったのは大きい。
「歪みも正されたようだ。そろそろお別れかな」
「あ、待ってくれ。もう一つ良いか?アクアとルビーについてだ」
アクアとルビーは生まれてくるのか。魂のない子供とか。訊きたい事はまだ沢山ある。
「それは今は何とも言えないな。さっきも言ったように未来はまだ何も定まっていない。星野アイが魂のない子を宿すかも定かではないよ」
「……生まれてこないかもって事か」
俺のせいで転生出来なかったらと思うと気が重くなる。
「そうとも言えるし違うとも言える。
死に際の悔恨、生への執着。それが魂に刻まれ、死してなおその形を失わない魂を持ったもの。非業の死を遂げたものである天童寺さりなは最初から神様に関係なく転生するだけの素養を持っている。神様はただ導いただけ」
アクアは雨宮吾郎として生きている訳だから置いておくとして。
アイの子供として生まれてくるかどうかはともかく。さりなちゃんが転生する可能性自体はあるってことは少し救われる。
「……うん?だったらアイはどうして転生しなかったんだ?それならアイも転生してもおかしくないはずだ」
「星野アイは最後に己の悲願を叶えている。もちろん未練はあっただろうけれど、魂に焼き付く程の熱ではなかった」
子供たちに愛してると言えてなければ、或いはってことか。
……切ない話だ。
「だけど心得ておくことだ。
君が知る星野アクアは雨宮吾郎じゃない。雨宮吾郎の記憶を持った星野アクアでしかなく、星野ルビーは天童寺さりなの記憶を持った星野ルビー。そして君は■■■■の記憶を持っているだけ。
決してそのものとして黄泉帰ったわけじゃない。
転生。生まれ変わり。それは前世のやり直しでも焼き増しでもない。新たな旅路さ」
最後にこの言葉を贈るよ。良い旅を。
そう聞こえた言葉を皮切りにたくさんのカラスが飛び交い、視界を埋め尽くす。
「いない……」
狐に化かされたような。という言葉はこういう時に使うのだろうか。
初めからそこには何も無かったように、俺一人公園に取り残されていた。
「本当に……神様なんだな」
今度何かお供え物でもした方が良いんだろうか?
「しんど……。やっと帰ってこれた……」
交通手段を利用しようにも着の身着のまま追いかけたものだから財布がないというね。
行きはカラスに先導されたが帰りは自力。夜の暗さで途中道が分からなくなって迷いそうになった。
「ただいま……」
もうさっさと寝てしまいたい。
色々あって考えることも増えたけど、今日くらいは何も考えずに寝てしまいたい。
あーでも、せめて風呂くらいは入らないとな。
「おにいちゃん?」
「うん……ただいま。アイ」
「ぶぅ。一緒に帰ろうと思ったのに、いつの間にか居なくなるんだもん」
「ごめんごめん」
「……おにいちゃん、なにかあった?」
「え?」
「最近ちょっと変だったけど、今はおにいちゃんて感じ」
―――君のそれは星野アイの模倣なんかじゃない。最初から君自身が持っている才だよ
―――君が望む未来に手を伸ばせばいい
―――君次第だよ
もし、その言葉が本当だとしたら……望んでも良いのだろうか。
背中を見る事しか出来ないと諦めていた、アイの隣に並び立つことを。
じっとアイの眼を見つめる。アイと視線が絡み合い、それ以外の事が遠く感じる。
かつて感じた、まるで世界に二人きりになったような。そんな感覚。
ただあの時とは一つだけ違う。あの時の俺はアイの眼に囚われていた。一方的な関係だった。
今はアイに惹かれながら、俺がアイを惹きつけている。惹き合い、その境目がなくなっていく様で。
「……」
……今、俺は、何を。
僅かに唇に残る感触が。
「~~~っ!」
声にならない声を上げて、バタバタと音を立てて走り去るアイの背中を呆然と見送るしかなかった。
一瞬だったけど、今……、アイ。泣いてた……?。
「……やっちまった」
前もこんな風に逃げられたことを思い出した。
……ただ、今は以前の様に追い掛ける事が出来そうになかった。
アイは輝きが強い。強すぎる。そして魅力的すぎる。
神様に愛されたとしか思えない才能というギフトを持っている。
そんなアイを前にして自信喪失せずに居られる男は果たしてどれだけ存在するか。
少なくともオリ主には無理。卑屈になっているのはその所為。
才能はアイにも負けていない。
アイの隣に立てる未来は手を伸ばせば届く。
そうツクヨミに教えられて、アイに相応しくなりたいと思い奮い立つ。それがオリ主の自信に繋がっていく。
という感じのストーリー。……ちゃんと描けているかな?(自信喪失中)