アイを甘やかしたい   作:甘えん坊将軍

7 / 24
第7話

斉藤ミヤコはどうしたものかと頭を悩ませていた。

 

「……それで、ここ何日か避けられてて……」

 

目の前で項垂れる義息子の相談に。

 

当初は壱護と結婚する気などさらさら無かった。

おまけに年頃の少年少女を養子にするなんて。と思っていたものだ。

プロポーズの言葉にビンタで返したのも仕方ないことだろう。

何しろ独身の壱護が二人を養子にするのは法律的に不可能なのだ。

二人を養子にするために結婚してくれなどと、そんなとんでもない理由でプロポーズされれば誰だって普通はキレる。だから私は悪くない。

 

とは言えヒカル君は贔屓目に見ても12歳という年齢を考えればあり得ないほど思慮深く、落ち着いていた。時折社会経験があるのでは?と錯覚させられるほどに円滑かつ柔軟な対応を見せる。

アイちゃんの方は年相応でやや扱いに困る所もあるが、同性ということとヒカル君という緩衝材のお陰で問題といえるほどの問題もなく。

結果二人は殆ど手が掛からない。むしろ率先してこちらの助けになろうとする。

外見的な愛らしさもあり、そんな二人にミヤコは当初の不満など忘れ、すっかり(ほだ)されていた。

最近では「もう少し我儘言ってくれても良いのよ?」という贅沢な悩みを抱えていたもので。

 

……養子縁組は義息子のヒカル君の方は親権持ちの親族が居なかったため、ヒカル君が同意さえすれば案外楽に事が運んだ。それはそれで複雑なのだが。

ただ義娘のアイちゃんの方が……親権を持つ母親とは会う事さえ拒否されるしまつ。

だけど養子縁組をするには法定代理人が必要で。その為母親の親戚と筆舌に尽くし難いやり取り。お金で解決するのは気分がいいとはとても言えない。

二人は親に捨てられたとは聞いていたが、あまりにもヘビーすぎる。

普通の家庭で普通に育った私には、放って置けるわけがない。そんな事をしたら罪悪感で押し潰されてしまいそう。

 

それでも、そんな環境下でお互いを想い合う二人。

 

 

 

それが、

 

「(まさか恋愛関係にはこれほどポンコツだったなんて……)」

 

ヒカル君のたどたどしい述懐を要約すれば「アイちゃんと良い雰囲気になった様な気がして、キスしたら泣いて逃げられた。嫌われてしまったかも」である。

 

これまでのヒカル君とアイちゃんの関係を見ていれば、一線を超えてしまったのでは?と危惧していたら、まさかのこれである。

しかも聞けばディープはおろかバードキスですらない。もっと軽い一瞬触れ合う程度らしい。もはやキスではなくキッスだ。ちょっとプラトニックすぎないかしら。

 

「(……甘酸っぱいわぁ)」

 

自分が中学生だったころはどうだっただろうかと思い返して、上京する前の自分はルックス、スタイル、東京という町でもそれなりに通用した己の美貌に群がる男は多く。割と男を取っ替え引っ替えしていたことを思い出した。

なんだか自分が汚れていたように思えてしまい地味に落ち込んだ。

 

「……どうしたらいいでしょう」

「そうね……」

 

正直なところヒカル君の懸念は杞憂だ。これに関しては断言できる。

なぜなら、

 

「(アイちゃんと全く同じ事言ってるわ)」

 

これに尽きる。

つい先ほど、元気のない思いつめた顔でふらふら歩いていたアイちゃんを見かねて話し掛けた際に、アイちゃんから同様の相談を受けたばかりである。

ヒカル君の交友関係の狭さを考えれば相談相手が私になるのは分かる。二人のマネージャーとしても家族としても最も近い位置にいるのは私だからだ。アイちゃんと同じ女性というのも大きいだろう。

 

だけど、いい加減砂糖を吐きそう。もうお腹一杯。今なら濃く入れたコーヒーでさえマックスコーヒー並みに甘く感じること間違いない。

二人からすれば深刻なのは分かる。分かるのだが、破局する未来が欠片も思い浮かばない。喧嘩でもしたというならミヤコももう少し真剣に取り合った。

こんな些細とも言えない、それもお互いを想い合ったが故のすれ違いなんて、ちゃんと話し合えばそれだけであっさり解決するだろうとしか思えなかった。

 

二人の、アイドルのマネージャーとして考えれば、二人の仲は進展しない方がいい。

アイドルにとってスキャンダルなど最も警戒するべきもの。戸籍上は兄妹となったが、血の繋がりがある訳ではない。法律は専門ではないが二人の結婚は可能だったはずで。

二人がそういう関係でないならむしろ歓迎すべきと言える。

けれど、

 

「(ごめんなさいね。壱護)」

 

血の繋がりなんてないけれど、それでも家族だと思っている。

二人の背中を押してあげよう。これから大変かもしれないが、そこは自分たちがしっかりとフォローすればいい。

二人には様々な負担を強いている。二人に幸せになってほしいと思うのは、斉藤ミヤコの偽りのない本心だった。

 

 

なお、その所為で今後相談という名の惚気に付き合わされ続けることになり、その度に砂糖を吐くことになるのをまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

私には人が皆同じ顔に見える。皆のっぺらぼう。

男か女かだって、本当に小さかった頃は髪が長いとか短いとか。スカートを履いてるかズボンを履いてるか。そんなところで判断してたと思う。

そんなだから少し離れただけで私には誰か分からなくなる。なのに相手は私を分かってる。皆どうしてそんな簡単に分かるんだろうっていつも思ってた。

誰?なんて訊けなくて。人と関わるのが苦手。だから誰か分からない相手とでも上手く取り繕えるように頑張った。思ってもいないことを言うようになった。そうしないと殴られたりして痛いから。痛いのは嫌だった。

 

そんな生活は施設に入れられて変わった。

当時は施設の事をあまりよく理解してなくて。お母さんが窃盗で捕まったことも、悪いことをしたくらいにしか理解していなかった。9歳だったし仕方ないよね。

周りにはたくさん知らない人ばかり居て、その中にヒカル君も居た。と言ってもその時はヒカル君ものっぺらぼうにしか見えなかったんだけど。

 

それが変わったのは、施設に来てから少しして。

ただあの時の事は色々いっぱいいっぱいで実はあんまり覚えてない。

 

のっぺらぼうだった筈のヒカル君の顔に、急に目だけがハッキリ見えて。凄く……怖かった。

怖くて、逃げて、でも逃げられなくなって。取り繕うのも忘れて、泣き喚いた。

嫌いって言ったのに。怒ったりしなかった。あんなに怖く思えた眼が、凄く優しくなった。

怖い人がちょっと優しくすると「良い人だ!」ってなるのと同じ。今にして思えば我ながらチョロいなーって思う。

 

でも「自分のままでいていいんだ」って。「もう嘘つかなくていいんだ」って。

ヒカル君とだけは取り繕わなくていい。初めて人と関わるのが楽しいって少し思えた。

それからはヒカル君だけは分かるようになった。だって目だけ見えてるのはヒカル君だけだもん。流石に分かるよ。

 

ヒカル君と出会ってからは常に彼が傍に居た。

何をするにも一緒で、困ったり、嫌なことがあるとヒカル君がいつも助けてくれていた。いつも、ヒカル君の背中を見ていた。

 

……あの日の事は今でもよく覚えている。きっと一生忘れられない。

お母さんは迎えに来てくれない。私は一人で生きて行かなきゃいけないんだ。そう思ったあの日。

ヒカル君が私のために泣いてくれた。いつの間にか私も泣いていた。泣いて泣いて、涙が枯れ果てるまで泣き尽くした。涙と一緒に色んなモノを吐き出した。私の中の汚くて、醜くて、大嫌いなもの。それを全部受け止めてくれた。

 

世界に私とヒカル君だけになって、確かに繋がってるって思えたんだ。一人じゃないって思えたのいつぶりだろ。

その時からヒカル君の顔がちゃんと分かるようになった。目だけじゃなくて、鼻とか口とか。お母さんだってあんなにハッキリ見えたことなかったのに。人の顔ってこんな風に見えるんだね。知らなかった。

初めて人に興味を持った。ヒカル君のこと、もっと知りたい。

 

 

 

 

 

アイは自室のベッドの上で項垂れていた。

 

『ウサギは嘘吐きな生き物だから。辛い時とか苦しい時でも「平気だよ?」って振りをする。

 誰かがちゃんと見ていてやらないといけない。アイにぴったりだろ?』

 

そう言ってプレゼントしてくれたウサギのぬいぐるみを強く抱きしめる。

いつもは抱いていれば幸せな気分になれる。

だけど今は幸せな気分にはなれなかった。胸がキュって締め付けられて、心細い。

 

「……もうヒカル君と話せないのかな」

 

こんなに長くヒカル君と離れたのは初めてかもしれない。

いつでも、どんな時でも、近くに居て。望めばいつでも会えたヒカル君が、遠い。

逢いたいよ。逢いたいのに、逢うのが怖い。

 

「あんなこと、しなきゃよかった……」

 

久しぶりに感じた。世界に私とヒカル君だけになって、確かに繋がってるって思えた、あの時の。ううん。あの時よりもずっと強く、繋がってると思えた。

気が付いた時には唇を重ねていた。

 

「……嫌だったのかな」

 

口元を抑えて驚いた顔で固まるヒカル君の姿が目に焼き付いて離れない。

どう見ても喜んでるようには見えなくて。もし嫌だったら。もし拒絶されたら。そう思ったら、怖くなった。怖くて、逃げてしまった。

今でも泣きたくなる。

 

ミヤコさんは考えすぎ。そんな事ないって言ってくれたけれど。

ぐるぐる同じことばっかり考えてしまう。考えるほど気持ちがどんどん沈んでいく。

そんな時。

 

コンコンッと控えめなノックの音に、心臓が跳ねた。

誰かなんて聞かなくても分かる。一人しかいない。

 

「アイ、聞こえる?」

 

不安、期待、色んな感情が混ざり合って、胸が張り裂けそう。

 

「そのままでもいい。聞いて」

 

優しい声音に、期待してしまう。

ちょっとでも近づきたくて、ドアに貼りつくように耳を傾ける。

 

「俺も、愛してるって何かよく分からない。漠然とこんな感じなんじゃないかって考える事はあるけど、それを実感したことってないから。だから愛してるとはまだ言えないけど、俺はアイを、愛したいって思ってる。これは嘘じゃない」

 

「アイに、逢いたい」

 

「~~~っ!」

 

その言葉が耳に届いたとき、私も逢いたい。もうそれだけしか考えられなくなった。

気が付いた時には、いつの間にか扉を開けてヒカル君に抱き着いていた。ついこの間衝動的にキスしてあんなに後悔したのに、ちっとも進歩してないよね。

 

「アイ」

 

耳元で優しく名前を呼ばれて、抱きしめられた。

それだけで。色んな事が消えていった。不安とか悩みとか。色々。替わりに残ったのは、ふわふわしてあったかい気持ち。

言いたい事、聞きたい事、いっぱい浮かんで、でも言葉にならない。ふわふわあったかい気持ちにみんな溶けて消えていく。

 

「ヒカル君」

 

なんだか凄く久しぶりに呼んだ気がする。

おにいちゃんと呼ぶようになってから、呼ばないように気を付けていた。

それはそれで大切な呼び方なんだけど。今は、今だけはそう呼びたい。

 

「アイ」

 

眼が合うと、世界に私とヒカル君だけになる。

ヒカル君の手がそっと頬に添えられて、何をしようとしているのか、すぐに分かった。分かって……受け入れた。

 

「……ふぁ……ん」

 

自分の口から出たのが信じられないくらい、甘い声。

 

「嫌じゃ、なかったか?」

「……嫌がってるように、見える?」

「……見えない」

 

私、今きっと人様には見せられない顔してるね。

こんな顔させた責任、ちゃんと取ってね。

 

 

 

「……アイ。その、そろそろ離れてくれないか」

「や」

 

なんでそういう事言うかな。まだまだ離れてた分全然取り戻せてないよ?

 

「いや、だから、そろそろマズい」

「……あ」

 

そっかー。うん。まぁ、その、ね。私ももう子供じゃないし。

ちょっと考えて。分かった。何がマズいのか。

 

分かったけど、嫌じゃない。

ニノちゃん達とそういう話をしたことあるし、そういう事をするならって考えたこともある。

ヒカル君なら、いいなって思う。

だから、

 

「いいよ?」

「いや、駄目だから」

「なんでぇ?」

「普通に考えてアウトだって」

「むぅ……」

 

女の子をその気にさせておいて、それはないんじゃないかなぁ。

そういうのに疎い私でもちょっとどうかと思うよ。

 

「そんな目で見ないでくれ。なんの用意もしてないし、もし妊娠でもしたら」

「じゃあ避妊したら、いい?」

「いや、そういうのは成人してからで」

「成人してからって。ヒカル君、さすがに考え古くない?」

「……仕方ないだろ。避妊したって万一のことがある。まだ14歳だぞ。未成年で妊娠なんてしたら社長とミヤコさんが監督責任を問われることになるし」

 

むぅ……。そういう事が訊きたいんじゃないの!

 

「ヒカル君は私とえっちしたくないの?!」

「したいに決まってる」

「じゃぁ、どうして?」

 

「大切だから。アイの事、大切にしたいから」

 

すごく、まっすぐに見つめられて。

そう言われて、言葉が出なくなった。

 

ずるいよ。

そんな目で見つめられて、そんな事言われたら、何にも言えなくなっちゃう。

 

「そんな顔しないで。これは俺の我儘みたいなものだから。

 して良いって言ってくれたこと。本当に嬉しい。

 だから予約しておく」

 

左手の薬指にキスされて。

 

「……ヒカル君、それって」

 

プロポーズされて……る?

あ、ヒカル君耳まで赤くなってる。

 

結婚かー。あんまり考えたことなかったな。

結婚するとどうなるんだろ。一緒に暮らす……のはずっとそうだよね。

子供は、うーん。想像でしかないけど、ちょっと憧れる。

私がいて、ヒカル君がいて、男の子かな。それとも女の子かな。社長たちなんだかんだ子供にだだ甘になりそう。あれ?結構良いね。うん。賑やかで楽しそう。

 

「ふふっ。そっかー。私予約されちゃった♪」

 

これ以上抱き着いてると、本当に止まらなくなりそう。

離れるのはちょっと、ううん。かなり名残惜しいけど。

……でも近くに居るくらいはいいよね。

 

 

 

 

 

夜になって自室のベッドの上でぼんやりと考える。

あんなに沈んでた気持ちが、今はもうすっかりなくなっちゃった。

 

―――俺はアイを、愛したいって思ってる。

―――アイに、逢いたい。

―――アイの事、大切にしたいから

 

思い返すと、顔が熱くなって、うわーってなる。

ふわふわ。うきうき。わくわく。 どきどき。色んな言葉を当て嵌めてみるけど、どれもちょっとちがう。なんだろうね。この気持ち。

不思議。ヒカル君といると知らない気持ちがいっぱい溢れてくる。

 

ヒカル君となら、愛って何か分かる気がする。ヒカル君になら、愛してるって言える気がする。

 

愛してる。

 

ただ一言。たった一つの言葉。

でも……もしヒカル君でもダメだったら。口にしたその言葉が嘘だったら。そう思うと口にする勇気がでない。

それに、この気持ちが愛と呼ぶものなのか、自信がない。だって、こんな気持ちになったのは初めてだから。

言葉にするのが難しいこの気持ち。この気持ちが愛であってほしい。

 

……けど、そうでなかったとしても、この気持ちは大切にしたい。今はそう思える。




アイ。
原作でアイの半生の深堀が始りましたが、幼少のアイは破滅的傾向がかなり強いですね。
施設から脱走したあたりとかまさにそう。この時点では世界が自分一人で完結していた。貞操観念も薄いから「最悪体を売ればいいか」くらい投げやりになっている。
カミキと出会ったか、もしくは妊娠したことで自分一人で完結していた世界が広がったのだと思う。
あかねのプロファイリングでも「15歳頃から破滅的行動に改善がみられる」とありますし。

五反田監督の独白に「俺はあいつに手を差し伸べられる数少ない大人の一人だったかもしれないのに」とあります。
誰か一人でも理解者が居て、手を差し伸べてくれる人がいれば違うと思うのです。

ですがアイを理解するのは本当に難しい。
オリ主も読者視点という反則視点の記憶、星の目というウソ発見器があってこそ。
それこそ普通に人間には無理でしょう。五反田とか黒川あかねとか例外中の例外。おそらく斉藤壱護でもアイの理解者とはいえない。
そしてアイを理解しなければ手を差し伸べることそのものが出来ない。
アイにとっての嘘は祝福であると同時に呪いでもあるのでしょう。


拙作では一番星という単語を使わないように努めています。
アイを一番星と、特別だと、ただ一つだけとしたくないのです。
だってそれって1人って事じゃないですか。1人ぼっちは寂しいんですよ。


オリ主。
アイが最優先なのは変わってないが、自分の気持ちを理解する。
ほっとけない。
幸せになってほしい。
愛したい。←イマココ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。