女王と死神、透き通る世界にて   作:サク&いずみーる

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2ヶ月ほど投稿を日和ってました。打ち切り前提とは言ったけど、さすがにそこまで速くないですって。


初陣

「な、何、これ!?」

 

 場所は変わってキヴォトス郊外。

 暴徒が荒ぶり、爆弾が爆ぜ、弾丸が飛ぶ。

 なるほど、混沌。

 2人が経験してきた戦場とは違うが、これを平和とは言えないのも事実。

 あの戦場では命懸けだったから、鬼気迫るものがあった。

 だがここでは本当に──それこそ当時の仲間たちと大騒ぎしてケンカした時くらいの軽さだ。

 とはいえ、銃弾は本物らしいからしシンとレーナには笑えない。

 

 ちなみに、ここまでの移動は車のち徒歩である。

 確かにヘリコプターは最速の手段だが、よく考えてみれば目立つ上に撃墜されるのがオチだ。

 モモカが応じなかったのは、ある意味幸運だったかもしれない。

 車で近づける限界のポイントに着いた途端。

 リンはシンとレーナを降ろし、生徒4人をやや雑に弾き出して。

 

「では、後は任せます。私は後ほど別働隊を率いて合流しますので」

 

 と、笑顔で言い残して車ごと去っていった。

 レーナが丁寧に礼を言って、シンが一瞥して見送る間も4人は呆けたままだった。

 リンの車が音も姿もなくなったところで、ようやく我に返って──

 

「なんで私たちが不良たちと戦わなきゃいけないの!!」

 

 真っ先にユウカがキレた。

 

「サンクトゥムタワーの制御権を取り戻すためには、あの部室の奪還が必須ですから……」

「それは聞いたけど……! 私これでも、うちの学校では生徒会(セミナー)に所属してて、それなりの扱いなんだけど! なんっで私が……」

 

 赤縁眼鏡の少女が宥める傍ら、他の2人はテキパキと準備を進めていく。

 慣れている動きだ、とシンは思う。

 日常的に銃に触れている、こうした鎮圧も日常茶飯事であるという証拠だ。

 

「戦場に立ったら、地位も何もないだろ」

「シン……!」

「一理、ありますけど……」

 

 素っ気ない口振りをレーナが諫める。

 その言葉の重みには気づかず、しかし表面上の言葉には否定ができないユウカが唸っていると。

 

「いっ、痛っ!! 痛いってば!! あいつら違法JHP弾を使ってるじゃない!?」

 

 どこかから飛来した銃弾が当たったらしい。

 ユウカが苛立ちも露わに声を上げた。

 シンは落ちた弾丸を拾い上げる。

 先端の潰れ方──ホローポイント弾の特徴だ。

 運動エネルギーを最大限にターゲットへ伝えることを目的として、先端部分に窪みを持たせた弾丸。

 命中時にその窪みに空気が閉じ込められて衝撃波を発し、さらに先端がキノコ状に変形する。

 それによって運動エネルギーを効率よく与え、ターゲット内部を破壊する──対人戦用の弾丸。

 ゴム弾などではない、正真正銘の本物だ。

 

 ユウカは『傷跡が残るから禁止にする』とかなんとか喚いているが。

 本来……というか、シンたちならその程度で済むものではない。

 

「大丈夫ですか!?」

「ったぁ……え、えぇ、大丈夫です。この通り私たちはこれくらいなら命を落とすことはありませんから」

「それでも痛いものは痛いでしょうに……」

 

 まるで自分が弾を受けたかのように、顔を歪めて。

 レーナは真っ直ぐに向き合って一礼する。

 

「巻き込んでしまって、本当にごめんなさい。ですが、今はわたしたちだけでは手が足りないのも事実……どうか協力してもらえませんか?」

「……っ!」

 

 レーナの申し訳なさそうな表情に、ユウカの言葉が詰まる。

 こういう時は犬が例えに上がることが多いが。

 レーナの場合は寂しがっている猫の印象を受けた。

 見ていると思わず構ってやりたくなるような、心なしかしょんもりと伏せる猫耳すら見えそうだった。

 

「……あ、あーもう! 分かりました! 分かりましたよ協力します! そもそも連邦生徒会の頼みは断れませんし、キヴォトスのため──ひいてはミレニアムのためですから! 合理的な判断です! えぇ!」

「……! ありがとうございます!」

 

 自分に言い聞かせるような言い訳を早口で並べるユウカに、レーナはぱあっと笑顔を見せた。

 大人なのに子どものような表情。

 ユウカは何度目か分からない体温の上昇を感じた。

 ……どういう感情だろうこれ。

 

 赤縁眼鏡の少女から引き気味の視線をユウカが受けている間。

 黒い制服の女性は感心していた。

 どうやら女性の先生は人心掌握に長けているのだろう。

 それも無意識──俗に言うと『たらし』か。

 だが信頼するに値する人物であると判断して、長銃を担ぎ直す。

 

「連邦生徒会所属ともなれば、主要な生徒は把握済みでしょうか?」

「でも、名前は直接聞くことに意味があると思いますから。できれば、皆さんの口から聞かせていただけますか?」

 

 こういうところに好感が持てるのだ、と。

 艶やかな唇に微笑を浮かべて。

 

「はい、正義実現委員会の羽川ハスミです」

「あぁ、えっと、ゲヘナ学園風紀委員の火宮チナツです、よろしくお願いします」

「トリニティ自警団の守月スズミです」

「わ、私は早瀬ユウカです、ご存知のようですが」

「ええ、よろしくお願いします。わたしのことは、どうぞレーナと呼んでください。……ほら、シン」

「……シンで構わない。よろしく頼む」

「もう……すみません、彼も悪い人ではありませんから」

 

 未だにそれとなく距離を感じさせる素っ気なさのシンは、何かの準備を整えているようだった。

 それを他所に進行先を見据えて、ハスミは表情を苦くする。

 視線の先には、問題の不良集団。

 最低限の統率で、これといってリーダーらしい者はいない。

 こちらの戦力的には遅れを取ることはないが少々面倒、といったところか。

 

「今は先生方が一緒なので、その点に気をつけましょう。先生を守ることが最優先──あの建物の奪還はその次です」

「ハスミさんの言う通りです。先生方はキヴォトスではないところから来た方々ですので、私たちとは違って弾丸一つでも生命の危機に晒される可能性があります。その点にご注意を!」

「分かってるわ。先生方は戦場に出ないでください! 私たちが戦ってる間は、この安全な場所にいてくださいね!」

 

 その言葉に、ようやくシンがまともに顔を上げる。

 白銀と血赤の視線が交わって、頷き合う。

 

()()()()()()()()()()()

 

 雰囲気が、切り替わった。

 研ぎ澄まされた刃の如き、冷たい気配。

 かつての部下としての口調に、癖が治らないのはシンも同じではないかとレーナは微笑ましくなる。

 しかし、それも一瞬のこと。

 深呼吸一つ、浮かべていた微笑がまるで別人のように冷徹なものにすり替わった。

 

「ええ、もちろんです。そのために、ここ一帯の地図も預かってきましたから」

 

 ここでシンが向き直る。

 ガシャ、という音と共に明らかになるのは、キヴォトスでは一般的な型のアサルトライフルを携えた姿。

 

「これより、レーナが後方から戦術指揮を執る。おれは前線に出て現場の判断をしつつ、レーナからの指示を伝える」

「え、ええっ!?」

 

 最も大きな反応を見せたのはユウカだが、他の3人も驚きとも不安ともつかない感情が見えた。

 当然だ。

 レーナが後方から指揮を執る、というのはまだ分かる。

 相手は連邦生徒会長直々の指名を受けた先生だ。

 その信頼が実力を保証している。

 危惧すべきはシンだ。

 実力の心配ではなく、キヴォトスの外から来たが故の脆弱な肉体で戦うのか。

 それが指揮の譲渡を上回る不安要素だった。

 

「皆さんの不安はよく分かっています。ですが、どうかわたしたちを信じてください」

「安心しろ、とは言わない。だが、せめてレーナのことは信じてほしい」

 

 頭を下げて頼み込むレーナと、彼女に信頼を託すシン。

 その様子に少女たちは顔を見合わせる。

 とはいえ、戸惑いの色を見せたのも一瞬のこと。

 各々の愛銃を握りしめ、頷くことで了承を示す。

 

「分かりました。これより先生方の指揮に従います」

「生徒が先生の言葉に従うのは自然なこと、ですね。よろしくお願いします」

「シン先生はどうか無茶しないでくださいね」

「……善処する」

「善処じゃなくて厳守でお願いします!!」

 

 戦闘が控えているというのに、程よく緊張感が解れている。

 それがかつての仲間たちと共にあった時間を思い起こさせて、2人を懐かしい気分にする。

 レーナにとって唯一違うのは、最初から全面的に向けられた信頼。

 そのことがこれほどに嬉しいなんて、知らなかったから。

 だからこそ、その信頼に全力を以て応えたい。

 それこそがレーナが返せるもので、この世界での新たな務めだろうから。

 

「では作戦の立案に伴って、まずは皆さんの得意分野について共有をお願いします」

 

 ──この初陣は、2人にとって存在価値の証明だ。

 だが、彼女たちは知らない。

 かつての世界において、2人がどういう人生を歩んできたのか。

 シンが『死神』と、レーナが『鮮血の女王』と。

 そう呼ばれた理由も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 物陰に潜む呼吸、数は5つ。

 安全地帯にて一人、レーナは長く息をつく。

 彼女とて、シンが前線に立つことは正直不安だ。

 何せ、前と違って生身で戦場に立っている。

 だが彼の価値を示すならこれが最適解だし、シンの意見も尊重したかった。

 それにシンたちが無事に勝利を手に帰還できるよう、指揮を執ることが今のレーナの役目だ。

 

知覚同調(パラレイド)起動(アクティベート)

 

 銀鈴の声に反応するのは、華奢な首に嵌めたチョーカー──前の世界から使用しているレイドデバイス。

 じん、と帯びる幻の熱もまた懐かしい感覚だ。

 

「同調対象〈アンダーテイカー〉」

 

 知覚同調(パラレイド)──「人類種族の潜在意識」としての集合無意識を介し、人同士の意識を接続することで知覚を共有する技術である。

 距離や天候、地形の影響を受けないため、ジャミング下でも通信が可能な代物だ。

 そして集合無意識を利用する関係上、知覚同調そのものは無線のように傍受される心配がないのも利点と言える。

 2人にとっては、キヴォトスへまともに持ち込めた唯一の形見といったところか。

 

『感度良好。久々の同調はいかがですか、ハンドラー・ワン』

「ええ、問題ありません。ふふっ、その呼び方も懐かしいですね。アンダーテイカー」

 

 妙に安心感を覚えて、互いに笑いを堪える気配。

 程なくしてそれを抑え込むと、初陣に向けて気持ちを切り替える。

 

「カウント後、チナツさんはユウカさんのサポートへ随伴させてください。ハスミさんは先程お伝えした指示通り、適宜狙撃を。スズミさんは基本的に援護射撃をお願いします。それと、弾倉が半分を下回ったタイミングで閃光弾を投擲してください」

『了解』

 

 前衛──ユウカ、シン。

 中衛──スズミ、チナツ。

 そして、後衛──ハスミ。

 それぞれの能力や得意分野を把握した上で、レーナが組んだ編成。

 シンが前衛に配置されたことに、不安を訴えられもしたが。

 彼自身の強い希望とレーナの判断で押し切った。

 

『準備完了。いつでもどうぞ』

「では、カウントを開始します──5」

 

 2人のカウントがシンクロする。

 

──4

 

 敗北条件は、シャーレ部室損壊、先生の負傷もしくは死亡。

 勝利条件は、シャーレ部室を無傷で奪還すること。

 

──3

 

 誰かが銃の最終チェックを行う音が聞こえる。

 

──2

 

 こちらが不利な状況に立たされるのはいつも通りだ。

 それでも勝利を掴み、生き残ってきた。

 

──1

 

 なら、勝てる。

 今回だって。

 

──0

 

 

 

 

 

 

「『突撃開始』」

「了解!」

 

 5つの影が戦場へと躍り出た。

 それを見た不良たちが慌てて迎撃準備に移る。

 対応のラグは、戦いにおいて致命的だ。

 

「ユウカ、連中を引きつけろ」

「はい!」

 

 ユウカが愛銃を構えて派手に銃弾をばら撒いた。

 最前線でそんな真似をすれば、当然敵の意識はそちらに向く。

 ──まともに俯瞰できる指揮官がいないなら、尚更。

 

 だから、その隙に敵陣の死角へと潜んだ者には気づかない。

 

「……勝利を、証明する!」

 

 弾切れと同時に展開する、電磁シールド。

 これが、ユウカの得意技の一つ。

 自身を中心とした球体のシールドを形成し、表面に触れた弾丸を逸らす効果がある。

 聞いた時はシンもレーナも半信半疑だったが、目の前で実証されているのだから信じる他ない。

 ……原理は分からないままだが。

 

 前列ほぼ全ての銃口がユウカに向けて火を噴いた。

 いくらキヴォトス生まれの頑丈な肉体とはいえ、軽く意識を奪われることは避けられなかっただろう銃弾の雨。

 その全てが電磁の盾によって阻まれる。

 怖気づいたのか、不良が何人か逃げ出そうとした──瞬間。

 

「閃光弾、投擲!」

「ぐわっ!?」

 

 叫びと共に投げ込まれた閃光弾が炸裂する。

 スズミのオーダーメイドだというそれは。

 ユウカに注目していた者ほど『視覚と聴覚を封じる』という役割に大きく貢献し、敵前逃亡を試みた不良にも相応の効果を与えた。

 悶え、立ち止まった不良たちは、悉く的と化す。

 

「ごぉっ!?」

「ちょっ、何が起き──ぎゃあっ!?」

 

 敵陣は何が起こったか分かっていないだろう。

 そして状況を把握している生徒たちは驚愕するばかりだ。

 

 

 

 ──時は、レーナが作戦を立案した辺りまで遡る。

 

「相手は感情を持つ人間です。そして訓練を受け、規律に基づいて動く軍人でもない」

 

 恐怖を感じないわけでもないし、誰かを守るために戦っているとか、そういうわけでもない。

 少しケンカ慣れしただけの、言ってしまえば子どもの集まりだ。

 ましてや、これといった指揮官もいないなら。

 

「おそらく、何人かは逃げ出すかと思います。できれば、そちらも対処すべきでしょう」

「それなら、スズミの閃光弾で動きを封じている間にハスミが狙撃するのは?」

 

 なるほど、大方悶えて動きの鈍った敵なら。

 スナイパーの彼女にとって容易い話だ。

 先生たちの作戦に感心して頷くハスミは、だが次第に眉を顰める。

 

「私としては異論はありません。ですが……私の銃の仕様上、前列全ての敵を仕留め切れるかというと少々不安が残りますね」

 

 ハスミの愛銃──インペイルメントはボルトアクション方式のライフルだ。

 構造が簡単で故障が少なく、高い命中精度が出しやすいといった特徴が備わった優秀な銃であるが。

 全ての操作を手動で行うため、速射性能が低いことが欠点だ。

 前列の敵はそこそこな数だ。

 潰していく間に封じられていた感覚を回復し、取りこぼす可能性は否定しきれない。

 

「なら、ハスミは逃げ出した不良を中心に、中列以降の援護を潰していけ。それなら余裕を持ってできるな?」

 

 返事も聞かず、誰か耳を塞げるものを持ってないか、とよく分からない質問を投げるシン。

 ……いや、待て待て。

 肝心な部分に答えてもらっていない。

 

「はい。では、前列で戦線を維持する不良はどう対処するおつもりで?」

 

 当然の疑問に、シンは何でもないことのように答えた。

 

 

「おれが前列を全滅させる」

 

 

 

 

 

 

 

 ──2つの感覚を封じられた敵のど真ん中に潜り込んで殲滅する伏兵戦法。

 それがシンの選んだ戦術だった。

 敵がユウカに注目している間に単独で突入、時が来るまで息を潜める。

 特に俯瞰する者がいないなら、それなりに有効な手だ。

 そして並大抵の攻撃では死なないのをいいことに、一切容赦がない戦法を執っている。

 

「あ゛っ!?」

「──1つ、撃破」

 

 非キヴォトス人にやろうものなら中身をぶち撒けるだろう、脳漿狙いの的確な射撃5発に不良が倒れて痙攣する。

 仮にも『先生』が暴力に訴えていることに、キヴォトス人ではない者が激戦区に飛び込んできていることに。

 視界を取り戻した者から驚愕あるいは動揺し、その隙に意識を刈り取られていく。

 

 ヘルメットを被った不良に対しては、アサルトライフルの銃床を鉄槌の如く振り抜く。

 前の世界で使っていたものと似たそれが、正確な角度でヘルメット越しの頭に強烈な打撃を叩き込んだ。

 むしろヘルメット越しだからこそ、殊更意識をぐらつかせ向き直ろうとして。

 アサルトライフルの銃口がぴたりと照準を合わせていた。

 軽々と、拳銃でも扱うかのように。

 くるりと持ち替えられて──

 

「なんでアイツ、この中で動け……だっ!?」

「──1つ、撃破」

 

 不良たちからすれば、突然シンが湧いて出たようなものだ。

 なら、同じ陣地にいた彼が閃光弾の被害を受けていないのはおかしい。

 少なくとも聴覚に対する被害を受けて、頭がぐらつくくらいはあるはずなのだ。

 それを感じさせない精密射撃、その仕掛けを誰かが呟いた。

 

「ヘッド、ホ……ン……?」

「──2つ、撃破」

 

 シンが身につけているのは何の変哲もないヘッドホンだ。

 スズミが普段から愛用しているというもの。

 閃光弾の影響を少しでも抑えられるように、と貸してくれた。

 スズミが叫んだタイミングでヘッドホンをつけ、突撃したのだ。

 特別な機能もない、ただの汎用品。

 それを音を流したりせず、塞ぐためだけに使っている。

 本来の用途と異なるが故に、完全には防げない。

 しかし、そこそこ性能はいいらしく正確に動けるくらいには閃光弾の爆音を妨げた。

 

「前列、残り2人」

『1人を拘束し前進してください。それと、念のためチナツさんを追随させて『盾』に回復剤を』

「了解」

 

 1人の腹部に零距離射撃、3発。

 悶えたところに、中列へ切り込みがてらユウカがトドメを刺していった。

 最後の1人、シンが銃を蹴飛ばす。

 まさか近接格闘戦を吹っかけられると思っていなかった不良は、思わず銃を取り落とす。

 その隙を狙って、強く握った拳で思い切り殴り飛ばした。

 

「ぐごぉっ!?」

「チナツはおれに付いてこい。スズミはユウカの援護だ」

 

 今度は意識を刈らない程度に──しかしやはり容赦のない一撃。

 弱った不良を素早く拘束すると、片手で構えるように()()

 

「こいつに回復剤投与」

「えっ……!? りょ、了解」

 

 前列は既に全滅、中列はわずかに一部が麻痺しているものの。

 ほとんどの中列や後列に至っては完全に立て直してきた。

 反撃は確実に来る。

 故に、先手を打つ。

 先行したユウカは電磁シールドという自衛手段がある。

 再展開したシールドで身を守りつつ、敵を減らしている。

 なら、そういった手段もなく(キヴォトス基準で)脆弱な身体のシンはどうするのか?

 簡単だ──ないなら盾を作ればいい。

 

「いでっ!? や、やめ、あだっ!?」

「おい大人のクセに卑怯だぞ!!」

「人質を盾にって、アンタに人の心はないのか!?」

「敵にかける情けはない。命を取らないだけマシだろ」

 

 おおよそ先生とは思えない発言だった。

 傍らのチナツもなんとも言えない表情である。

 しかし先生の命と天秤にかけ、仕方ないとしてそこは割り切る。

 人道的な観点はともかくして、実際効果は覿面だ。

 気絶させなかったのは相手の躊躇を誘うためだし。

 キヴォトス人の身体は盾として優秀だった。

 ……人道的な評価さえ除外すれば。

 

 その躊躇の合間にシンやチナツが敵を減らしていく。

 ふと、シンの目線が上方に向く。

 

「レーナ。ポイント27、現交戦地区後方、北西の建物について調べてください」

『少し時間をいただければ』

 

 ガサガサと何かを漁るような音。

 見た時よりも資料か何かを持ち込んでいたらしいが、情報は早々に掴めたらしい。

 程なくして、レーナは分かったことを伝える。

 

『かつては複合型のビルだった建物ですね。現在は廃屋、というか空き家になっているようですが……』

「つまり、今は誰もいないと?」

『おそらくは』

 

 言っている間にシンの意図が分かったのだろう。

 レーナの口元が堪え切れない笑みを作った。

 

『全壊は避けてくださいね?』

「問題ありません。そこまでには至らないので」

 

 確認は取れた。

 シンは新たな作戦のために動き出す。

 目線は、ただでさえ古そうな看板。

 

「ユウカ、中列をある程度減らしたら後退。スズミはユウカの退路を確保しろ。撤退が完了次第、閃光弾で合図を頼む」

「「了解!」」

 

 冷静にシンが空になった弾倉を投げつける。

 不良の顔にクリーンヒットして「ごっ!?」という声が聞こえた。

 次いで軽々投げつけた盾代わりの不良が、シンを狙った何人かを巻き込む。

 道を塞ごうと動き出した敵は銃で殴りつけて、同時にリロードを完了させる。

 殴った衝撃を利用して、弾倉を叩き込んだのだ。

 チナツを殿にシンが一足先に後退、ハスミがいる場所まで戻る。

 

「ハスミ、そこから10時方向の看板を狙えるか?」

 

 指示を受けて確認する。

 距離──推定150m、支柱には劣化が見られる。

 風は弱く、障害物もない。

 当然ながら動くこともなく、角度も申し分ない。

 遠距離からの狙撃を得意とする彼女にとって、この程度の距離ならば児戯にも等しい。

 つまりは──容易(イージー)

 

「お任せください」

「何発で落とせる」

 

「1発で、行けます」

 

 その宣言にシンは頷く。

 構えた状態での待機を命じて、時を見計らう。

 そして、ついにスズミの叫びと共に光が弾けた。

 撤退完了の合図だ。

 

「ハスミ」

「──行きます」

 

 放たれる弾丸。

 寸分違わぬ精密射撃。

 劣化しつつあった支えを、秒速700m以上の銃弾が食い破る。

 宣言通り、たった1発。

 それだけで看板が多少の破片や瓦礫を引き連れて落下する。

 誰かのあっ、という声が聞こえて、呑み込まれた。

 もうもうと上がる砂煙。

 その中に人影は見えなかった。

 

「敵勢力──全滅」

 

 シンの呟きに、生徒たちの緊張感が少し和らぐ。

 4人は感心と驚愕を混ぜ込んだ興奮の眼差しを彼に向けた。

 

『まだ気は抜けませんが……とりあえず、お疲れ様でした。負傷者はどのくらいいますか?』

「こちらの負傷者はゼロ、正真正銘の損害皆無です。敵も気を失っているだけで死者まではいません」

『そうですか……!』

 

 レーナが安堵したことが伝わって、シンも口元を綻ばせる。

 とはいえ、辺りを見回すと死屍累々と転がる不良たち。

 これでも死ぬわけではないというから、じゃあ一体どれだけ丈夫なんだと驚くばかりである。

 これが、戦争ではない戦い。

 死者が出ない戦場。

 

「なんだか、戦闘がいつもよりやりやすかった気がします……」

「……やっぱり、そうよね?」

「レーナ先生の指揮のおかげで、普段よりずっと戦いやすかったです」

 

 レーナの指揮は、明らかに生徒たちのレベルを引き上げていた。

 的確な判断、俯瞰できるからこその視点。

 加えて不良を盾にするという発想。

 それらによって普段ならもう少し時間がかかったり、誰かが怪我の一つはするはずの戦いが。

 時間にして十数分、被害はゼロで済んでいた。

 しかし、彼女たちが驚くのはそれだけではない。

 

「シン先生の立ち回りも、私たちと同じくらい……いえ、それ以上に慣れている感じでした」

「そう! それなのよ! あれって、もしかしたら私たちより強いかも……」

 

 レーナから指示を受けているだけにしては、動きがあまりに慣れすぎていた。

 おそらく、己の経験に基づいたものだ。

 暴力や武力の質を正しく理解し、確実な使い方を以て敵を仕留めている。

 

 何度も言うように、シンもレーナ同様にキヴォトス基準では脆弱な体だ。

 銃弾1発で容易く命を落とすし、戦場に立つことは文字通り死と隣り合わせであることを意味する。

 それならば、死に対する何かしらの感情が見えるはずなのだ。

 だというのに、恐れも不安も一切ない。

 レーナの『盾』を用いる提案も躊躇いなく実行した。

 それも『死にたくない』ではなく、『合理的だから』『レーナの指示だから』というような理由が近そうで。

 先生、というよりは。

 軍人、あるいは忠実な猟犬の方がしっくりくる大人だ。

 

「なるほど……これが先生の力……」

 

 ──かつての世界において。

 『人型の家畜』と定義され、死地へと赴いて散らされていく部下たちを。

 散るに任せるのではなく、自ら使い潰すような苛烈な指揮にて導いた指揮官。

 故に、彼女に付いた名は『鮮血の女王』。

 硬質で残酷非道な──そして生き抜くためにどこまでも足掻く者。

 

 持って生まれた類稀なる戦闘センスと、何年も絶死の戦場を生き延びたことで磨かれた技術と経験による圧倒的な強さ。

 所属する部隊が次々に全滅する中、多くの仲間の死を見送ってきた。

 数多の屍の上に立ち、散った仲間たちの想いを連れて行った孤独な戦士。

 故に、彼に付いた名は『死神』。

 今は心を支え、導いてくれる女王を守るために付き従う者。

 

 その名に裏打ちされたのは『連邦生徒会長の推薦』など比べ物にならない実力。

 そんな2人が味方なのだ。

 たかが不良の集まり程度、勝てない道理はない。

 

「まぁ、連邦生徒会長が選んだ方だから当たり前か……」

「それでは次の戦闘もよろしくお願いします、先生」

「……ああ。レーナ共々、任せてくれ」

 

 減った銃弾を補充し終えたシンが歩き出し、生徒たちが後に続く。

 先を往くその背中が、ただ頼もしかった。

 




最近エイティシックス5〜6巻を買いました。
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