……そんなことを思って書き始めたのが数ヶ月前でした。
「もうシャーレの部室は目の前よ!」
ユウカの言葉に、全員が正面の道を見据える。
その道の先に建つ白い棟こそが、連邦捜査部シャーレ。
リロードしていると銀鈴の声が届いて、シンの意識が集中する。
「どうかしましたか」
『先程リンさんからの情報で、この騒ぎを起こした生徒の正体が判明しました』
名は狐坂ワカモ──百鬼夜行連合学院で停学になった後、矯正局を脱獄した生徒。
「七囚人」の一人であり、無差別かつ大規模な破壊行為を行う事から「災厄の狐」と呼ばれている。
その実力はキヴォトスの生徒たちの中でも上位クラスだという。
リンの評価では「似たような前科がいくつもある危険な人物なので、気をつけてください」とのことだった。
……最後の言い方が少し引っかかる。
「……リンの評価、ということはレーナは違うように考えていると?」
『ええ……まぁ、少々、ですけど』
前の世界とは違って、これに関しては謂れのないものではなく。
しっかりと実害ありきの評価であるため、危険人物扱いは当然の結果である。
しかし、ワカモとて生徒の一人だ。
爪弾きにしていい理由も、寄り添ってはいけない理由もない。
『「先生」なら、向き合ってみるべきではないかと』
「……そうですか」
レーナがそう決めるのなら、とシンは淡く笑った。
またぞろユウカ辺りがシンの笑みにドキッとして、何度目かのチナツのジト目が飛ぶ。
確かに気持ちは分からないわけではないのだが切り替えてほしい、とそろそろ一言物申そうかと口を開き──
「……っ、先生! 前方に敵影!」
小さなお咎めが警戒の強化を促す報告に変わった。
まるで──否、実際に道を塞ぐつもりで不良たちが陣形を展開している。
数は3〜40人ほど、やはり制服はバラバラで寄せ集めなのが伺える。
その中でも、纏う雰囲気の異なる者一人。
まず目につくのは狐を象った白い仮面に覆われた顔だ。
銃を肩に乗せ、両腕を引っかけるようにして持つ和装の少女。
その動作自体は粗暴なはずなのに、この少女がするとどこか気品すら感じられた。
目まぐるしく混乱を引き連れるこの戦場において、堂々と直立するその姿は。
紛れもない迎撃の姿勢であり、恐れを知らぬ獣の風格さえ纏っている。
「先生、彼女が騒動の中心人物 ワカモです。何としても捕らえなければ……」
「やはりか」
雰囲気や立ち振る舞いからなんとなく察していたシンだが、狙撃手としての優れた目を有するハスミの報告で確信した。
──ワカモは、今まで相手取った不良たちとはレベルが違う。
経験によって培った、戦闘の嗅覚とも呼ぶべき予感がシンに訴える。
まともにシンが一対一でやり合えば、相応の負傷覚悟で勝算2割。
今のメンバー込みで戦うなら周囲の不良との消耗を考慮して3割、追い払うだけならなんとかなるというところか。
それらの見立ても含めて、同調でレーナに報告する。
わずかな沈黙、しかし指示はすぐに返ってきた。
『なら、周囲の不良生徒のみを友軍生徒と共に制圧してください。シンが負傷してまで戦う必要はありません』
「もし、ワカモが攻撃を仕掛けてきた場合は?」
『その時はハスミさんに援護を任せつつ、シンが対応を。しかし、あくまで足止め程度に……いえ、そうなった際の状況にもよりますね。臨機応変に、相手の残存戦力に応じてシン側の援護を増やしてください』
「了解」
レーナから預かった指示を自軍の生徒たちに伝える中。
ワカモは陣取った車両の上で、シンに従う生徒たちを見据えている。
「フフ、連邦生徒会の子犬たちが現れましたか。お可愛らしいこと」
仮面の下でワカモは淑やかな微笑を浮かべた。
その表情を、誰も窺い知ることは叶わない。
どうやら連邦生徒会は来ていないようだが、それはそれで構わない。
……あの建物に何があるかなど知ったことではない。
だが、連邦生徒会が大事にしている物と聞いてしまうと──どうにも壊さないと気が済まない。
狐面の少女は微かに身を震わせて高揚する。
何かを──特に重要な物や大きい物を壊せるというのなら、尚更に。
そして壊した後の清々しさも、たまらなく甘美なもので。
全く、久しぶりの『お楽しみ』になりそうだ。
「──始めなさい」
「行っくぜぇぇぇええええ!!」
大雑把な指示一つ、それだけで不良たちは思い思いの攻撃を開始する。
視界を染めるマズルフラッシュに、金属音が甲高く響く。
「……っ!」
「大丈夫ですか!?」
「ああ、掠ってもいない」
狙いも統率感もあったものではない、てんでバラバラな射撃。
だが、シンにとってはこれ以上ないほどの牽制となる。
前衛で戦うなら、せめてもう少し数を減らすか銃撃を止めなければ切り込めない。
「基本陣形は先刻を維持、おれはしばらく後衛にいる。攻撃が弱まり次第、前衛に復帰する。それまでは頼む」
「了解!」
ユウカが電磁シールドを展開して突撃、それに合わせてチナツやスズミがサポートする。
シンはハスミの元へ付き、何事かをボソボソと呟いている。
おそらく状況をレーナに伝えているのだろう。
ハスミはそう判断し、いつでも指示に対応できるようにコッキングレバーを弾いた。
話し終えたらしいシンが援護射撃を挟みつつ辺りを見回す。
目に付いたのは、銃撃の中でも抜群に猛威を振るうミニガン持ちの不良だ。
『ミニ』などと呼ぶから、銃に詳しくない素人に聞くと拳銃のようなものを想像されることもあるが。
実際は攻撃ヘリや装甲車に搭載され、発射速度は毎分約2000〜4000発という。
6本の銃身を持った、かわいさの欠片もないガトリングガンである。
普通なら生身の人間に向ければたちまちミンチに早変わりするという、暴力を実体化したような武器だ。
さらに車体への搭載を前提にしていることから、凡そ個人携帯するものではない代物だということも察しがつくだろう。
それを持ち歩いている時点でキヴォトスの生徒のデタラメさに、シンも頭痛を禁じ得ないのだがそれはそれとして。
ミニガン持ちは2人、弾を全域にばら撒くためにか互いに離れ合った位置に立っている。
あれを潰せば、いくらか前に出やすくなる。
ミニガン持ちの片方の近くにはドラム缶が中身を流して転がっていた。
中身はおそらく何かの燃料、ガソリン辺りか。
まだ中身の出ていないものも転がっている。
周囲の建物は既に不良たちが軒並み荒らした後で、
念には念を、とレーナにも裏を取ってある。
「ハスミ、左方20mのミニガン持ち付近、あのドラム缶が分かるか」
「少々……はい、確認できました」
「それを撃ち抜いた後、すぐに右方のミニガン持ちを射撃しろ。そいつらさえ封じれば、おれが前線に戻れる」
「……なるほど、お任せください」
「前衛、
「っ、了解!」
シンの狙いに気づいたハスミが標準を定める。
今更なタイミングの警戒指示に、前衛組も何か作戦を察したらしい。
チナツとスズミはさり気なく戦線を中衛以下まで後退し、ユウカが再びシールドを展開した。
盾が成ったのを合図として、
燃料に引火、一気に爆発を起こした。
さらに周囲のドラム缶も巻き込んで誘爆し、連鎖的に絶大な衝撃を解き放つ。
当然、その範囲の不良は無事では済まない。
「おわっ!? なんだアレ──」
「──撃て」
「はい」
爆発の混乱に気を取られたもう一人のミニガン使いを捉える。
素早く装填を終えたハスミが一瞬息を止め、射撃。
たった一発、強く脳を揺らされた不良は白目を剥いて気絶した。
つまり──現状の敵勢力におけるメイン火力が無力化されたことを意味する。
「主要火力を制圧、これより前線へ復帰する。チナツはおれに付いてこい」
「了解しました」
チナツに指示した後、シンは一度振り返って。
「よくやった」
「……っ!」
一文字に結んだ口元をほんの少し吊り上げた。
その表情を向けられたハスミがわずかに頬を染める。
……ユウカの気持ちが分かってしまって、思わず苦笑した。
それを見届けてか否か、チナツを引き連れたシンが手綱を手放された猟犬の如く切り込む。
後は正直、先刻の焼き直しだ。
瞬く間に不良生徒が狩られていく。
特にシンを狙った攻撃をチナツが上手く封じ、その直後にシンが潰して次に向かう。
シンが囮であると同時に、返す刀の役割を担っているのが噛み合いすぎている。
分かっていても友軍生徒は驚かされるし、敵対する立場のワカモも思わずため息が出る。
「まぁ……」
知らない人物、しかし身につけている白いコートから連邦生徒会に関わる者であると推測できる。
距離があって顔まではっきり分かるわけではないが、おそらく男性。
そしてこの距離からですらヘイローが見えないということは、キヴォトスの外から来訪した人間と考えるのが自然。
だというのに、その男が迷いなく不良たちに自ら攻撃を仕掛け──あまつさえ倒して進んでいる。
時折口を開き、生徒たちの動きを変えていっているのも見た。
ワカモは彼があの隊の指揮官を担っていることを悟り、顔を顰める。
それは『厄介だ』という意味もあったし、『正気ではない』という意味でもあった。
統率の取れた動きは数の不利を補って余りある。
確実に彼の指揮によるものだろう、とワカモは踏んだ。
加えて、指揮官が最前線に立つことによって生徒たちの士気も極めて高い。
ところが、キヴォトスの外から来たということは、生徒ほど丈夫ではないということ。
銃弾1発で死ぬ身体で最前線に立つなど、さすがのワカモでも御免蒙る。
「私はここまで。後は任せます」
「は、えっ、ちょっ!? どこ行くんすか!?」
黒地に花を散らした袖を翻し、足場にしていた自動車から飛び降りる。
戦線を離脱するワカモの考えと行動は早かった。
元より、勝てない戦いには乗らない性格だ。
自分が参加したとて焼け石に水なら、尚のこと。
「逃げられてるじゃない!? 追うわよ!」
「いいえ、生半可な行動をしてはなりません。私たちの目標はあくまでも、シャーレの奪還です」
主犯を取り逃がしてしまうことに焦るユウカを、ハスミが冷静に留める。
シンもその意見に頷いた。
元より、レーナから『直接交戦しなかったらワカモは放っておいて構わない』という指示を受けている。
何を仕掛けてくるか分からない以上、下手な消耗を避けておきたいのだろう。
「目先の敵に気を取られて目的を見失うな。おれたちはこのままシャーレのビルまで前進する」
「……あいつを追うのは私たちの役目じゃないってことですね」
多少心残りはありそうながらも納得したらしい。
「罠かもしれませんし」と呟くチナツの意見も尤もだ。
その手の戦術にはシンにも覚えがある。
……何はともあれ、ワカモという主犯がいない今。
好機であることもまた事実。
「建物の奪還を優先、このまま正面から行こう。ユウカは先行、その後におれとスズミ、ハスミとチナツはバックアップを」
「はい!」
「了解」
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結局、頭を失ってしまえば後は脆いものだ。
ワカモが去った不良の一団は十分もしない内に正面から破られた。
あちこちに死屍累々と伸びている不良。
一方でシンたちの陣営は、やはりシン自身も含めて傷一つない。
「──戦闘終了」
『お疲れ様でした。ごめんなさい、少し任せきりになってしまって』
「いえ、問題ありません」
『負傷者はいますか?』
「おれも含めてゼロです」
辺りに転がっている不良たちを端に避けつつ、報告する。
後に合流するだろう連邦生徒会の邪魔にならないように、と道を開けているのだ。
それに、車か何かが通る時に轢かれたりされると寝覚めが悪い。
ハスミとスズミが周囲を警戒し、ユウカとチナツがシンを手伝う。
『後続の連邦生徒会に送っていただくので、しばらくすれば到着すると思います』
「どれくらいでしょうか」
『20分……は、かかりそうですね。寂しいんですか?』
「……いや、途中で襲撃を受けないか心配で」
何せ基本的に血の気が盛んな不良の跋扈するキヴォトスである。
ないとは断言できまい。
『だ、大丈夫だと、信じたいですね……』
「やはり、おれが迎えに……っ!」
『どうかしました?』
言っていて同調越しに聞こえていたらしい。
訊きながらレーナの声色に警戒が混じる。
「……うん? この音は……」
金属音が聞こえる。
重く響く、地面を擦る音。
地鳴りにも似たこの音は、単なる不良生徒の進軍にしては重すぎる。
そして、シンやレーナにも覚えがある。
「何か来る──総員、警戒体制」
全員が彼を囲むように集まる。
予想が正しければ、さすがのシンも危ない。
「気をつけてください、巡航戦車です……!」
チナツの叫びとほぼ同時に、建物の壁を巻き込んで巨大な鉄の塊がブチ抜いてきた。
戦車──
インパクトある登場からも察しがつくように、装甲の頑丈さは折り紙付きである。
何より、巨体故の威圧感が尋常ではない。
どうにか回避できたのは、シンが前の世界で培った本能が半ば反射的に彼の身体を動かしたからだ。
少しでも遅れていれば、重低音と火花を撒き散らしてドリフトする戦車に潰されていた。
ガラガラと降り注ぐ破片と粉塵が止んだ先、スズミとハスミが驚愕に目を見開く。
「あれはクルセイダー1型……!?」
「私たちの学園の制式戦車と同じ型のものが、どうして……」
『シン! 状況を報告してください!』
「新手です、ハスミたちの学園の制式戦車が敵勢力に」
「不法に流通された物に違いないわ! PMCに流れたのを不良たちが買い入れたのかも!」
「っ、ユウカ、戦車後方に迂回! 他は一時後退だ、急げ!」
「は、はい、分かりました!」
主砲が動く気配を察して我に返ったシンの怒声で、ユウカ以外の全員が近くの建物へと駆け込む。
残ったユウカは「やっとシャーレの入り口まで来られたのに……!」と歯噛みする。
任された役割は明白、囮だ。
シンやレーナが打開策を導き出すまでの時間稼ぎ。
素早く回り込んだユウカが、比較的装甲の薄い部分を狙って連射する。
さすがと言うべきか、狙い自体は正確だ。
しかし、彼女の9mm弾では戦車相手に気を散らさせるのが限界である。
『現在シンたちが交戦していると思われる戦車の情報、入手しました』
「聞かせてください」
トリニティ総合学園における巡航戦車クルセイダー1型──その性能はやはり、優れた前進速度と50mmの頑丈な装甲こそが最大の利点。
主砲や副砲も決して侮れるものではない。
ただ、それらの性能と引き換えにというべきか。
抱えた欠点もそこそこ目立つ。
まず主砲として大口径砲を搭載したことで砲塔内部のスペースが減少、乗員は3名までとなってしまった。
さらに、エンジンの寿命が短いことや細かい砂で冷却系の摩耗する故障が多発することも欠点であるし。
被弾によって搭載弾薬の装薬が誘爆・炎上しやすいのも弱点と言える。
『装甲の厚さは手強いですが、弱点も多いので正直どうにかなると思います。わたしとしては、実質トリニティの戦車を撃破しても大丈夫なのかどうかが心配ですね。いくらシャーレが超法規的機関であるとはいえ……』
「学園外の生徒が破壊することで、学園同士の関係に余計な亀裂が入るのは避けたいと」
「──それに関しては問題ないと思われます」
割って入ったことに軽く頭を下げつつも、ハスミははっきりと告げた。
「先程、ユウカが『不法に流通された物に違いない』『PMCに流れたのを不良たちが買い入れた』と言っていたのを覚えていますか?」
「……ああ、言ってたな」
「つまり市場に流れてしまった以上、もはや特定はほぼ不可能。そもそも、あれはあくまでトリニティのものと同じ型であって、完全に同一とは言えません。万が一、問題を問われたところで言い逃れはできます」
『そしてその戦車の所有権は不良生徒が保有しているから、トリニティに責任はない……なるほど』
ブラックマーケットを市場とするのは癪ですが、とハスミが苦い顔をした。
要するに、ガラクタと見做していい。
壊したところで学園間の問題になることはない。
しかし、だ。
いくらガラクタとはいえ、さすがに戦車相手に生身のシンが立ち回るのは無茶がすぎる。
『シン、ここは後衛に回ってください。対人戦はともかく、戦車と戦うのはリスクが高すぎます』
「せめてジャガーノートがあれば……いや、カードを切れば……」
『ダメです。あれはまだルールに則っています』
「ルール」──その単語を聞いて、シンは瞑目する。
世界の
1つ──生徒が致命的な危機に陥った時。
1つ──生徒が滅びと相対した時。
1つ──生徒が大人の悪意と敵意に晒された時。
──以上のいずれかに該当する場合のみ、
──あとは、そうだな……「生徒にできることは生徒に任せる」
──「生徒が助けを求めたら、まずは手を差し伸べる」かな。
──先生だからね、子どもの成長を邪魔しちゃいけない。
優しくて温かい、柔らかで尊い光。
それらを体現したような、声なき声。
それに、と続いた言葉はレーナの決意そのもので。
『生徒に対して、わたしたちはカードを切るべきではありません』
……かつての世界で、こんな大人がいてくれたら。
レーナはそう思わずにはいられない。
求めても仕方ない幻想を、ぐっと呑み込む。
せめて、託され受け継いだ『先生』の意志。
できる限り尊重したい。
「おれが銃を持つのはいいんですか?」
『……悪いことをする生徒には少しくらい大人からお灸を据えてもいいと思いません?』
「レーナを怒らせると怖いですね」
『……もうっ!』
軽口を叩き合って、完全に落ち着きを取り戻す。
それでいいのだ。
レーナは生徒を教え、生徒を導き──救う役割を。
シンは生徒を脅かすものに立ち向かい、生徒と並び──守る役割を。
『先生』の役目はどちらかが負うには重い。
だから2人で分け合う。
『50mmの装甲を破るなら、手榴弾かあるいは──』
「──徹甲弾、か。ハスミ」
「常備しています。ですが、この口径では20mmのスチールプレートを貫通するのが限界でしょうね」
「それでいい。こういった状況には慣れている」
堅牢を極めた相手に対して、思わず鼻で笑ってしまうほど貧弱な武器で戦うような無茶には。
鋼鉄の魔物に、アルミの棺桶で挑むような無謀には。
嫌というほどに、慣れている。
赤い瞳が薄く細められる。
「あと20分足らずで連邦生徒会が──レーナが合流する。それまでに片付けるぞ」
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ワカモという強力なリーダーを失ったが故のヤケだろう。
というのがレーナの判断で、シンも同意した。
絶対的な優位を一度味わったなら、その味を忘れるなんてできない。
タバコやドラッグにも似た依存性に踊らされて、再びアドバンテージを掴もうとする。
次に掴んだ時には、酔いしれてしまうとも知らずに。
「はっはー!! これならあの大人も出てこれねぇだろ!?」
「蹴散らしちまえー!」
気分良く高らかに叫ぶ声。
ミニガンの時以上に迂闊に動けない状況が、シンに舌打ちさせる。
今の彼の役目は俯瞰による観測だ。
事前に伝えた作戦の通りに、ユウカは囮として立ち回っている。
彼女だけでは負担が大きいから、とスズミにもサポートを頼んだ。
チナツはシンの指示で「お使い」に走っているし、ハスミは指定のポイントで待機している。
「やっぱり私たちの銃じゃ通らないわね……!」
「おらおらそんなんじゃ効かねぇぞー!?」
「うるっ、さい!!」
装甲を弾く9mmパラベラム弾の音に一瞬、異質な音が混じった。
それが
主砲を巡らせて探す、アパートの屋上に陣取るハスミを見つけた。
撃とうにも射線が通りにくいことに気がつき、脅威にもならないユウカを無視して移動を始める。
注意が自分に向いたことを察して、事前の打ち合わせ通りにハスミも動き出した。
スズミも加わってユウカと共に戦車の進路を阻み、誘導していく。
注意を少しでも自分たちに向けるために。
ハスミが再び発砲、またもクルセイダーに傷がつく。
ヒット&アウェイの戦法で隣の屋上へと飛び移った。
それを繰り返しているうちにチナツがシンの元へと戻ってきた。
「頼まれていたもの、調達してきました! ……店員も手持ちもなくて窃盗のような真似をしてしまったのは気が引けますが……」
「後でおれから謝罪するし、請求もさせる」
非常事態だから目を瞑ってもらおう、と付け加えて。
シンが受け取ったのはスプレー缶。
中身は精々防犯用の催涙ガス──上出来だ。
「チナツ、ユウカたちと合流して念のため回復剤を用意してくれ。2人のサポートも担ってほしいが、おまえの役割は主にメッセンジャーだ」
「メッセンジャー……伝言ですか?」
「いや、おれの合図を確認してスズミに閃光弾を投げさせてほしい。合図は──」
「こちらをお貸ししますね。銃では敵にも気づかれてしまうので」
「助かる」
コンパクトな折り畳み式の鏡、これで光を反射して伝えろということか。
確かに音がないから気づかれにくい。
注意して見なければ味方も見落とすような合図だが、予め知っていれば問題ない。
チナツを見送り、シンも最後の調整へと動き出す。
レーナの到着予定時間まで、あと数分。
「あークソっ!! 全然当てらんねぇよ!」
「いっそ周りの建物ごと吹き飛ばすか?」
「バカ言え! それで足止めして袋叩きにすんのが狙いだろ!」
戦車はいつの間にかシャーレから少し離れた場所まで来ていた。
エンゲージした場所は比較的アパートが多かったが、今はビルの方が比率を逆転している。
ハスミの進路は今まで高さが似ている建物が続いていた。
しかし、ここに来てビルが塞いでいる。
移れないことはないが、少々無茶だろう。
ユウカたち囮組が牽制に銃弾をばら撒いた。
ハスミもボルトアクション式の銃を構える、発砲。
これで何度目かの破裂音、ただし
牽制の銃声に紛れて気づいていないが、ハスミだけは見えた。
そして突然、彼女は銃を下ろしてしまった。
「なんか知らんがチャンスだ!」
「射線も通る! アイツも逃げられねぇ!」
好機と見て、主砲が動く──その瞬間。
チナツの視界を光が掠めた。
不自然な光に一瞬戸惑うが、すぐに己の役目を思い出して。
「スズミ、閃光弾をお願いします!」
「了解、投擲します!」
戦車目掛けて投げられたそれが、正面装甲で弾かれて炸裂。
生徒たちは投擲と同時に、距離を取って防御する。
生身で相手取るよりは効果が薄いとはいえ、束の間の目眩しには充分だ。
その隙を突いて、人影が1つ飛び込んでくる。
──クルセイダーの後ろに建つビルの2階から、シンが飛び降りたのだ。
「ほんっとに事前に聞いてても心臓に悪いわね……」
「さすがにレーナ先生の指示、じゃないですよね?」
やはり先に聞いていてもヒヤヒヤする生徒たちを余所に。
作戦通り、シンが戦車の天板に取りついた。
彼の足音を立てない癖が効いたのか、それともスズミの閃光弾が効いたのか。
ハッチの隙間──ハスミが狙撃を続けて開いた部分からは不良たちの騒ぐ声が漏れていた。
……聞いている限り、どうにも無駄口が多く緊張感は薄い。
彼女たちが不良生徒だからなのか、それともこの街の住人たち故の危機感の薄さなのか。
頭部に鉛玉を叩きこまれても無事なのだから、後者なのだろうか──とか考えつつ。
隙間にスプレーを押しつけ、容赦なく噴射した。
「うわっ!? なんだこれ──あ゛っ!?」
「痛っだぁぁああああああ!?」
「ゲホっ、うあ……! ヤっバい染みる……!!」
最初こそ、一方的に追い詰めていた相手からの反撃に逆上して気づけなかった不良たちだが。
急に涙が止まらなくなったりすれば嫌でも分かる。
いかに衝撃や熱に強いキヴォトスの生徒たちと言えど、粘膜に作用する催涙スプレーはさすがに効いたらしい。
ところで、催涙スプレーというものには2種類ある。
カプサイシンを主成分としたOCガスタイプと化学成分でできたCNガスタイプだ。
後者だと皮膚がただれるなどといった後遺症の心配があるが。
シンが使っているのはOCタイプ。
自然由来の成分であるため、その手の心配がない。
涙が止まらなかったり、肌がピリピリと痛かったりといった被害は出るが、それも一時的だ。
とはいえ、戦車という密閉空間でスプレーなど撒かれようものならたまったものではないのだが。
やがて元々大した量は入っていないのか、勢いが衰え中身を吐き出し切った。
もうスプレーが来ないと悟った不良たちはハッチを開けようとするも、ハスミが撃ち続けたことで少し歪んだらしい。
出ようとして必死にガンガン叩いて喚いているのが滑稽だった。
こうなってはあちらが出てくるのを待つしかない。
シンから行ったとて、スプレーの被害を受けるだけだ。
不良たちが出ようとする合間に、持っているアサルトライフルの確認すらできた。
「ふあっ、ゲホっ、あ、出られ──」
「終わりだ」
「ばっ!?」
ようやっと出たところを、シンが銃床を顎目掛けて振り抜いた。
ヘイローの消えた不良を掴み上げ、外へと放り投げる。
意識がない分の重みはあれども、元々軍人として鍛えてきた彼には苦でもない。
地面に叩きつけられる様子も見ぬまま、出ようと構えていた不良に数発撃つ。
重たい音だけ聞き届けて、シンは戦車から飛び降りた。
「このやろ、っぐえ!?」
向けられた背を狙うも、ハスミが狙撃でトドメの一発とした。
そもそも涙で視界が悪く的外れ。
銃口は明後日の方向を向いていた。
別のことしてるとアイディアが出るのに、いざPCと向き合うとやる気もアイディアもどっか行っちゃうんですよね。