あなたの終わりを眠りと共に 作:アメフラシ
どうも、雨降らしです。
息抜きに小説を書いている軟体動物です。
型月世界で名前すら出てこない面子のいるニュクス一族ならどれだけ盛っても許されるよねという甘い気持ちでこの小説を書いています。
転生と幼少期
『おはよう、僕の愛おしい一人息子』
えーと、今は何時だったっけ……。
どうにも体が動かない、これが話しに聞く金縛りというものだろうか。
私が意識を取り戻した瞬間に広がっていたのは白と黒に彩られたモヤのかかった景色だった。
ただでさえ不可解な光景を見ているのに加えて、どうにも体が動かない。私の人生にて自分の意思で体が動かない現象における知識というものは前述の金縛り以外に物理的な拘束しかないけど、こうして石のように肉体を固められる前に私は自宅にて布団を二枚重ねて眠っていた。
何の変哲もない日本人として生きてきた私を誘拐するような組織はおそらく存在せず、少し厳しい両親と少し生意気な妹も共に暮らしているこの家が誘拐犯に襲うだけのメリットを提供できるとは到底思えない。
故に、動けないのはこうして金縛りによって縛られているのだと言い聞かせながら私は眼球だけを動かすことで周囲を見渡した。
瞳の中のレンズはボヤけ、脳は色彩を処理してはくれないようだ。世界は色を失くし、白と黒で作られた、半世紀は昔の写真のような景色を、眼鏡を常用する自分には慣れたものな濁った景色を映すばかり。
この現状を不便だと思わない人間は稀有な存在ではあると思う、そして私は大多数の存在、なんとかしてこの縛りから抜け出そうと腹筋に力をいれる。しかし、機能している感覚器官は役に立たない視覚と敏感とまではいかずともそれなりに自信のあった聴覚、おまけの嗅覚と言ったところだろうか、どのようにして抜け出すかもわからずに踠くことしかできていない。もっとも、私の望みを叶えるのに必要なのは筋力なのだけど。
口は動くのかと吸い込んだ空気を自由を求める感情と共に吐き出せば、喉の奥から漏れる大音量の絶叫となって空へと流れていった。
それは、泣き声に似ていた。
より正しい表現をするならば赤子の生きるために行われるそれ、激しい涙と甲高い叫び声に酷似していた。
ああ……夢かな、これは。
私がそのように結論付けるのも仕方のないことでしょ? まともに周囲を見渡すことができないため確実ではないが、既に記憶から忘れ去られた赤子時代へと逆行している現状を正常な人間が現実だと受け止めることは難しいことなのだから。
大学に入学して半年、灰色と形容するほど酷い人生を送ったわけではないが、これが現実ならばやり直しが出来るのになと心の奥で呟く、が流石に両親に申し訳ない感情が現れて私の逆Lemonな心の声を喰らう。
少しだけ芽生えた罪悪感を誤魔化そうと夢の中で眠る、実質的な目覚めのために私は虚ろな視界を真っ黒な闇へと染めた。
『モルス、貴方は強く、賢く育ちなさい、アルゴスのアルケイデスは赤子ながらに蛇を絞め殺したのですから、貴方も二つ年を経た頃にはそれくらいできるようになりなさい』
「まま……もうす……おあか……」
『あら、もうこんな時間でしたか、革袋はどこに置いていましたかね』
夢から覚めません……。
毎日、決まった時間に目覚めては泣きわめくことで腹が減ったとか、オムツを取り替えろだとかを主張すること数ヶ月。随分と聞こえの良くなった耳と色彩を理解し始めた脳によってこの赤子としての生活が現実のものであることを受け止めなければならないことに気が付かされることとなった。
所謂これは転生と呼ばれるジャンルの現象なのだということを受け止めるのに二ヶ月、推定母から与えられる山羊の乳が形容しがたい微妙な味であることを悟ることに更に二ヵ月、朝と夜で交代に自分の世話をしてくれる人影の正体が祖母と叔母であること理解するのに更に二ヶ月。
そのままベッドの上で体感ではあるものの半年の時を過ごした。
時折、ベッドに昆虫や小動物を投げて、こいつを殺せと迫ってくるスパルタ幼児教育ではあるものの、たったの半年で這いずることによって移動することもできれば、簡単な単語を口にすることもできる程に成長していたため、虫を潰す不快感さえ気にしなければ特別、問題とすることのない赤子生活を送れている。
これが現代基準なら私は天才だなと胸を張れるところだが、灯りが謎の光る玉であったり、渡される山羊の乳入りの水筒がゴワゴワした皮でできていることから、この場所が異世界的な場所であることを察することができた。
となれば、現代日本とは赤子の成長幅も大きく違うことだろう。この程度で傲っていれば異世界テンプレートの魔物とやらに食い殺されるに違いない、叔母が生き物を殺す訓練をさせるのも、産まれた男は全て戦士のような世紀末的世界観の異世界ならではの教育法なのだろう。
……だとしたら祖母が夢枕に話してくれる英雄や神々の物語も、戦いを好む勇者に私を憧れさせるために行っているのだろうか、だとしたら選択肢が間違っているだろう。
天空神ゼウスの浮気の話だとか、冥府の神ハデスの少女誘拐の話だとかは、教訓だと考えるのも難しい、カドモスの竜退治なんかは憧れるに相応しい話だと思えるが、その発端も誘拐されたエウロペを探すところから始まるのだから、結局は神々の浮気が原因である。
拙い声で、ゼウスとかアポロンは酷いねと祖母に話せば、わかる~とノリノリな返答が返ってきた。
『ああ、可愛いモルス、ヘメラが散歩に行ってしまったからね~、今日はもう寝なさい~』
「ですが、おばあさま。まだきのうのものがたりのおわりをきいてはいません、ぺるせうすはどのようなおわりをむかえたのでしょうか」
『あらあら~、ペルセウスの物語はあそこで終わっているのですよ~。特別な出来事もなく、ただ一人の王として生きて死んでしまいましたから~』
二人だけの誕生日パーティーを終えて一歳、祖母の名前がニュクス、叔母の名前がヘメラだということを教わった。二人とも赤子の美醜観でも理解できる程度には美少女だということが視認できてからは、この人たちは寿命が長いエルフ的な種族なのだということを理解した。ただ、最高神のゼウスの愚痴を溢しても許される辺り、神様の可能性も捨てきれない。だとしたら、叔母は可愛いの神で祖母は美の神なのだろう。美しさの方向的に。
それと同時に父親の名前がヒュプノスだとも教わった。ついでに自分の名前がモルス、名付けの親がタナトスだということも。
一向に姿を見せない父親に、ぶーと文句を口にすると、ここ一年で大きな戦争が起きたことで二人とも酷く忙しい日々を送っているらしい。
二人とも人の命が失われると忙しくなる、つまり葬儀屋さんのような存在なのだろう。祖母が何度もお父さんに似て美少年に育つだろうと口にしていることから戦士ではなさそうだし。
ふう、それにしてもペルセウスの物語は面白かった。ベレロフォンやオイディプスのような救われない物語ではなく、完全なハッピーエンド。
目標にするならペルセウスが良いかなと祖母に話せば、あの機械臭い男は止めておけと笑いながら咎められた。曰く、オリュンポスの神々が渡した神器で成り上がっただけの英雄になるよりも芯のある英雄になりなさいとのことだ。とはいえ、叔母はペルセウスを特別嫌っていなかったから、祖母の言葉はこの館の総意というわけではないのだろう。
けれど未練がましく、どうせなら幸せな最後を送りたいなあ、そのように呟けば、お婆が加護をあげようじゃないかと祖母の加護というものを貰った。手の甲に美しいコウモリの紋様が刻まれたが、どのように役に立つのかはさっぱりわからない。
『ああ、モルス。二年も会わないうちに本当に大きくなった』
「誰……?」
『 ! ……いや、そうだったね。僕の名前はヒュプノス、君の父親だよ』
「父親……?」
二歳を迎えて日常会話を安定してこなせるようになったある日、絶世の美少年と呼ぶに相応しい、背中に白い羽根を生やした男が大きく手を広げて私を抱き締めた。その後に矢鱈とハイテクなゴーグルを私に被せて、良かった、良かったと幸せそうに笑った。目尻に雫が見えたのは気のせいということにしておこう。
そんな彼は私の父親、ヒュプノスと呼ばれている眠りの神様らしい……大事そうなことだからもう一度話すことにしようか、『眠り』の『神様』らしい。
ということは私も神様だったりするのか、お婆ちゃんや叔母さんも神様だったりするのかと様々な疑問が廻る中で父は瞳を潤わせたままに口を開いた。
曰く、私の瞳はヤバい魔眼だということ、それは焦点を合わせただけで相手を眠らせるとびきりの激物だということ、それを封じる道具を友人であり鍛冶の神様であるへファイストスさんに作ってもらったこと、祖母であるニュクスは夜の女神であり、ゼウスと喧嘩が出来るくらいには強いため魔眼の力が効かなかったこと、叔母であるヘメラは昼の女神であり眠りの力が効かなかったこと。
私が現代の思考のままに生きていたのなら受け入れられなかっただろうが、ここはたぶん神様が身近なタイプの異世界だと理解した今の私は何となく彼の話を受け止めることができた。
なら、今日から私も神様かとぼやけば、父は腹を抱えて笑う、君の母親は人間なのだから君は神ではなく人間に近い存在だねと羽根をバタつかせながら笑う。
そんなに笑わなくてもと頬を膨らませれば、父は笑みをそのままに私の手を取る。
この館のもう一人の主に、おまけに、今、この館にいる僕の兄弟たちに君を紹介しないとね、男の私をも惚れてしまいそうな満面の笑みを浮かべて父は私をベッドから連れ出した。
『彼は闇の神、エレボス、僕の父であり君の祖父だ……血が繋がっていない義理、というか僕らは母さんの単一生殖なんだけど』
「よろしくお願いします……」
『……そう、畏まらなくてもよい。汝と余は家族……そしてこの館はお前の家だ、好きに使え』
「えっと、ありがと、お爺ちゃん」
『……妻のそれだけだと不安だからな、余の加護も与えるとしよう……夜と闇、それがあれば汝は如何なる怪物であったとしても上回るであろう』
『父さん、情を入れすぎてこの子が地上に出るときに泣かないようにね』
『……ヒュプノス、お前は後で説教だ』
威厳に溢れたカッコイイお爺ちゃん。
『彼はモロス、「死」の神であり僕の兄だ』
「よろしくお願いします」
『ヒュプノスの息子だったか、人間には、この館の空気は鬱屈として苦痛だろうが、所詮は幼少を過ごすだけの場所だ、楽しんでいけ』
「はい、楽しみます!」
『ふはは、ヒュプノスの子は陰気で捻れたやつが多いからな、お前のような素直なやつは珍しい』
纏うオーラがRPGのラスボスな叔父さん。
『僕の弟のオネイロス』
『雑だなおい……はぁ、夢の神のオネイロスだ。お前の父親であるヒュプノスは間違いなく善寄りの神だから信用していいぞ、ちなみに俺は中立だ』
「えっと、よろしくお願いします」
『ああ、基本的にこの館に俺はいないからな。地上で会いたくなったときは夢の中で話せ』
夢の神なのに苦労人気質な叔父さん。
『んだよ、何しにここに来やがったんだ』
『この口の悪い女が僕の妹、義憤、復讐の神であるネメシスだ』
「よろしくお願いします……」
『あ……ああ、兄貴の息子だったか、十二神もニュクスの一族も、基本的には子供は捨てるからな。こうやって丁寧に育てられたことに感謝すんだな』
『彼女は義憤、道理に沿った復讐の神だからね。半神の英雄から、それなりに信仰されているんだよ』
「……」
『ま、お前があたしの用になることはねえだろ』
バリバリヤンキーな叔母さん。
『クロートー、ラケシス、アトロポス、彼女たちは三人でモイラという運命の女神だね』
「よろしくお願いします……?」
『ヒュプノスの子』
『我々が老婆の姿なのが意外なのでしょう』
『運命とは平等なもの』
『如何なる神にも惚れられては困るのですよ』
『運命とは誰のものでもなく』
『我々の紡ぐ一枚の布は完成品でしかない』
『神話の不純物よ』
『貴方が抑止力に認められることを祈っていますよ』
『我々にも紡ぐことの許されぬ英雄譚を、ね』
『……いつも意味深なことを話す変な妹たちだよ』
「えっと、期待してもらってるみたいなので、しっかり頑張ります!」
『素直ですね』
『研鑽を忘れぬよう』
『あなたは真に望めば、英雄へと至れるでしょう』
良くわからないお婆ちゃんの叔母さん。
『っと、今はこのくらいかな……というか他は紹介するのが怖い連中が多いし、止めとこう』
「個性的だね……」
『あはは、できればタナトスも紹介しておきたかったけど、彼は忙しいからね』
ニュクスの館へ挨拶回りを済ませて、なかなかに個性的な面々と顔を合わせた私、どいつもこいつも引くほど顔が良いことと司ってるものの影響で危険な香りを漂わせていること以外は仲良く出来るかもしれない。
そんな旨を伝えれば、それは良かったと頬を大きく上げて父は笑った。
そして……
「行ってくるね、みんな」
『うん、ケイローンに迷惑をかけないようにね』
『……いつでも帰ってくることを許そう。この深淵の城こそ、汝の家なのだから』
『お婆の加護を役立てるんだよ~』
『ワシの教えた知識、地上でも役立てて見せろ、ヒュプノスの息子』
『わかってるか、喧嘩はハートだからな。折れねえやつは絶対に負けたりしねえんだぞ?』
『貴方の運命を』
『貴方の人生を』
『貴方の英雄譚を』
『『『この館で楽しみにしていますよ』』』
「それじゃあ!」
五歳、肉体的には中学生の頃、既に冥府で顔のわからなくなった母の足跡を辿るため、地上での常識を教えてもらうために賢者ケイローンへ稽古をつけてもらうため、私は夜の館から旅立つこととなった。
主人公のギリシャ神話知識はヘラクレスとアキレウスの二人だけです。遊んでいたゲームの影響でアテナくらいは知っているのかもしれません。
次回は館の面々の視点です。
どちらが先?
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一話完結のギリシャ異聞帯
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短編のオケアノス
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幕間の二人