あなたの終わりを眠りと共に   作:アメフラシ

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 もう一つエピソードを書こうと思っていたのですが、蛇足になりそうなので今回は短めです。


吟遊詩人は語りけり

 

 『                  』

 

 

 不意に耳に飛び込んできた不思議な旋律、歌というよりも詩を読んでいるような感覚、まるで幼子を眠らせるための子守唄のような優しいその歌声に僕は魅せられた。

 初めて、自分の竪琴と歌声が脇役になっても良いと思ってしまった。詩人として、旅人として数多の物語を奏でてきた中で忘れていたものがそこにはあった。

 

 夢見枕の物語。

 

 人間が、最初に聴くであろう歌声に酷似したそれに周囲の観客たちが眠りについてしまうのは仕方のないことだと思ってしまう。誰であろうと母の愛による子守唄に抗うことなどできるはずもない。

 むしろ、これは僕の方が不敬なのかもしれない、眼前の少年の歌声で眠らないことは彼の詩を堪能していると言えないのかもしれない。

 結局名前を尋ねることもできなかったその少年の後を追って、僕は吟遊詩人として活動を続けることになるのだろう。別れを惜しむ竜に最後の演奏を終えて僕は旅立つ、あの少年の物語を奏でるために。

 

 ムシケ、音楽の名を冠する竜が開催する音楽会にオルフェウスは特別心を踊らせることはなかった。

 それは彼を雇った小国の王の金払いが悪かったわけでも、その態度が彼の逆鱗に触れたわけでもなく、ただ気分がのらなかっただけである。吟遊詩人は頼まれて音楽を奏でることはあっても音楽会で歌や演奏を披露するようなものではなく、自分の思うままに旅をしながら各地を巡り、そこで見聞きした物語を伝えていくものだとオルフェウスは考えていた。

 だからこそ彼の演奏する場所は時に深い山奥であったり、ひとつだけ孤立した小さな岬の上であったりと誰も聞いていないような場所になることもある。もちろん、それだけでは生きていけないため大きな都市で演奏することもあるから彼の演奏は気儘であり、その演奏技術だけでも高名な吟遊詩人になれた彼の音楽の希少性を高めていた。

 そんな彼を魅了した名も知らない少年、今は彼の足跡を追いかけているオルフェウスは誰も訪れないような小さな村から、万人が訪れる巨大な都市まで、ある種の規則性を持って行動していた。物語のリクエストには応えても最初と最後は彼の英雄譚、町を訪れる度に数を増していくそれによって彼の英雄譚がリクエストされるようにすらなった頃にオルフェウスはイオルコスに辿り着いた。

 

 これはそれまでの彼の足跡と彼が詩にしていった物語の記録である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「態々泊めてくださってありがとうございます」

 

「ええ、秘密にするようなことでもないですし私にできる限りは答えさせていただきますね」

 

 

 オルフェウスが訪れたのは小高い山の麓にある小さな村だった。土産話にするような話題もない田舎の村、けれどオルフェウスにとってはどのような宝石よりも価値のある場所であった。

 

 

「あの方が、モルス様が訪れたのは数ヶ月前の夕暮れ時でございました」

 

 

 それはモルスが訪れたという事実、彼の英雄譚を奏でるために必要な要素になる可能性を秘めているからである。故に彼はこの村に泊まり込みでモルスの足跡を探すことにした、そしてオルフェウスが数日であったとしても村にいるということは娯楽に乏しい村を活気づける良い起爆剤になると思った村民は彼の滞在を迷わずに受け入れた。

 そして、家について早々にモルスの話をねだる彼に自分たちを救ってくれた英雄の物語を語り始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありません、このような埃の被った狭い部屋しかなく……」

 

「いえいえ、泊まる場所をいただけただけでもありがたいことです。こちら少ないですがお納めください」

 

 

 夕焼けの明かりに照らされて、銀の角を持つ大鹿に乗って現れたその姿はまるでアレス神のように雄々しく、美しいものであったと村の者は語っていました。大地の慈愛を詰め込んだような薄い茶色の髪、海と空を集めて目一杯に広げたとしたらやっと帳尻が合うような白い肌、鹿から降りてこちらへ向かってきたその姿に声をかけることすら許されなかった彼を誰が責められるでしょうか。

 その時に我々は彼の御仁が天から使命を持ってこの地を訪れた神だと本気で信じ込んでいました。

 本人からそれはないと否定されてしまったので有耶無耶になってしまいましたが、私は今でも彼のことを何かの神であったのではないかと疑っています。

 

 私はモルス、旅の者であるが何もしないというのは忍びない、何か手伝えることはないだろうか。

 

 部屋に案内してからすぐに、そのように言われた時も、我々は何かを命じることを躊躇いましたが村で一番の婆が畑仕事を手伝ってくれないかと口にしてからは少しだけ打ち解けることができました。

 何せ、鍬を持ったこともなかったようですから村の若者や老人たちがあーだーこーだと団子のようになってから教えたのです。すると彼は怒ることなく老人たちの言葉を聞き、あっという間に耕すのに苦労していた大地を柔らかい畑の土に変えてしまったのです。これは見事だと、数年ぶりに笑い合うことができた私たちはこの気の良い旅人を招いて酒盛りをしました、山の怪物にバレないようにこっそりです。

 

 ああ、山の怪物の話でしたね。

 

 自慢ではないのですが、この村は昔から農地としては素晴らしい土地にありまして、そのお陰でこのような田舎であったとしてもそれなりに裕福な生活をさせていただいていました。大きなこの村長宅もその名残です。

 ですが数年前に巨大な蛇の怪物が現れました。怪物は私たちの生命線である川を塞き止めてこう言いました。

 

 太陽が百回昇った日にこの村で一番美しい娘を捧げろ、さもなければこの川を塞き止め続けてやる。

 

 野蛮な怪物の言葉に憤った村の若い男たちが、それを仕留めようとしましたが、その勇気ある若者たちを怪物はその大口で食らってしまったのです。

 これでは従うしかありません、我々は娘を捧げ続けて、希に村まで降りて男たちを食らう怪物、それを恐れた者たちが村を去り、老人と子どもしかいない村になってしまったです。

 

 モルス様が疑問に思うのも時間の問題だったのでしょう、老人と子どもしかいないこの村、どうしてそのようになったのかと尋ねるのは自然なことでしたが、我々は口を結ぶことにしました。

 この気の良い旅人は頼まれたら怪物と戦うことを選ぶのだろう、けれど腕っぷしが強そうなわけでもないこの青年を危険に晒してしまうと皆思ったからです。ですが村長の息子、今の私の夫なのですが、が酒で軽くなった口を滑らせてしまいました。するとモルス様は驚いたような表情で尋ねました。

 その怪物は君たちに恩恵を与えているか、例えば雨を降らせたりとか。そのようなことはなかったので首を横に振ると部屋に置いていた武具を取り出して山に行くと言い出しました。

 我々は勿論それを止めます、勝てるはずがない、こうやって笑って宴会ができただけでもありがたいことだったと、けれど彼はそれを退けて必ずその怪物を打ち倒すと断言しました。

 そこまで言われては我々も止めることはできません、けれど、案内として村長の息子を連れていくのなら良いとして彼を送り出しました。その時の私は心配で心配で、次に生け贄となるのは私なのだから私が行けば万が一としても二人を助けてくださるのではないかと思い、早朝に出ていった二人を追いかけました。

 

 やがて怪物の住み家に辿り着いた二人は、細く硬い木で槍を作って怪物と相対しました。

 モルス様のことを新たな生け贄だと思った怪物は大口を開けてその体を呑もうとしたのですが、次の瞬間には彼の突き刺した短剣によって絶叫をあげることとなりました。

 怒りに震える怪物の目を息子も突き刺します、大暴れする怪物にいつものような恐ろしさはありませんでした。滑稽で小物な蛇の姿になった怪物でしたが、それでも強力な存在であることに変わりはありません。

 弾かれながらも果敢に槍で突く息子とそちらへ攻撃が来ないように舞うような剣技で怪物を翻弄するモルス様、やがて勝てないことを悟ったのか逃げようとした怪物の頭を踏みつけモルス様は叫びました。

 

 さあ、こいつの息の根を止めるんだ!

 

 息子は躊躇わず怪物の瞳へ槍を深々と突き刺しました。その後に心臓を切り裂いたモルス様と息子は怪物の亡骸を持って村へ降りていきました。私の覚悟は杞憂だったと安心し先に村へ降りた私は村人たちへ伝えます。

 旅人様がやってくださいました。あの恐ろしい怪物をあっという間に倒してしまったのです。

 人々が起きて畑に向かい始めるような早い時間にその知らせを聞いた彼らは喜びに震えながら抱き合いました。あの怪物に脅かされる日常は終わったと誰もが喜びました。

 やがて村まで降りてきた二人と蛇の亡骸に人々は歓喜し、二人の勇気ある者たちを称えました。

 

 けれど……旅人様の働きに報いるような報酬を我々は用意することができそうにありませんでした。何を渡すか悩んだ末に村民たちは私を側仕えとして渡すことを思い付きました。彼の英雄の妻に迎えさせるには私はどうにも器量も美しさも足りませんでしたから、家事手伝い程度の奴隷として渡そうとなったのです。

 

 けれどモルス様は首を横に振り答えました。

 

 私は確かに蛇と戦ったが、最後に蛇を仕留めたのは彼である、ならばその報酬を受け取るに相応しいのは怪物を仕留める栄誉を成しえた彼だろう、そしてその伴侶に相応しいのは、この村で最も美しく器量のあるこの娘ではないか。

 

 村人たちは驚きました。確かに村長の息子は勇気のある若者でしたが、てっきり道案内をしただけだと思っていたのです。その瞬間を見ていたかと村民たちが問う中で私はモルス様の顔を見ました、パチリと目配せをした彼に従って私は頷きます。

 こうして、私と夫は結ばれました、ここでは語らなかったですが私と彼は幼い時から将来を誓った仲であったのです。ですから、それをモルス様が語った時には肩を抱いて喜びましたし、彼に何度も口付けをしてしまいました、今でこそはしたないことをしたと思っていますがそれ程までに嬉しかったのです。

 

 最後に怪物を食べて宴会をすることになったのですが、その日の夜に褥を共にした時にできたであろう子どもが今、私のお腹の中にいます。あの勇ましく美しい旅人様にあやかってモルと名付けることにしたこの子の未来が明るいものであるように、私たちは今日も畑を耕し、日々を生きています。

 

 最後に面白い話を一つしましょうか。

 

 小さな剣と盾しか持っていなかった彼に、私たちは語りかけました。どうせならばこの鍬を持っていってください、どれだけ高名な鍛冶師が作った剣だとしても怪物は巨大です、木の槍と短い剣では足りますまいと。

 けれど彼は受け取らず、その後に咜りつけるように彼は言いました。

 

 鍬とはデメテルがもたらした農業のための道具なのだ、それを戦いの武器にどうして使えようか。

 それが敵対する存在の血を浴びた時に、争いを好まぬデメテル神は悲しい想いをされるであろう、故に、それを武器として使ってはならない、それは大地を耕すことを人間に許可した神の慈悲なのだから。

 

 我々は感心して意見を取り下げました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうでしょうか、オルフェウス様のお眼鏡に適いましたか?」

 

「いえ、想像以上です。それに、貴方の語りは本当に良かった、既婚者でなければ口説いていたかもしれません」

 

 

 面白い物語が聞けた。

 前に聞いた巨大な熊を退治した話や小さな獅子に狩りを教えた話に勝るとも劣らない物語であった。

 これを詩にする時に私はどのように語れば良いだろうか、ここを強く、ここを優しく、ここを悲しく、竪琴の音色が人々を魅了する。

 

 オルフェウスがこの村を経ったのは彼の戦いの痕跡を見て回ったことで三日後のことになった。

 果たして彼はアルゴー号の出発に間に合うのだろうか、その事実は神のみが知るのであった。





『運命の三女神の次回予告のお時間です』

『様々な冒険を経験したモルス』

『ストーカーができたようで心配です』

『アルテミスはゼウスとヘスティアの両方に説教されて、落ち込んでいました、良い気分です』

『さて、カストロ、ヘラクレス、オルフェウスにイアソン、綺羅星のような英雄たち』

『彼の紡いだ縁たちによる大航海の物語』

『アルゴー号が今ここに出港します』


 次回 航海と青年期


『『『さて、今日も糸を紡ぎましょう』』』










 余った分の素材は全部ヘスティア様に捧げていますし、作った料理は館の皆に贈っていたりします。
 所謂、スタッフがおいしくいただきましたというやつです。

どちらが先?

  • 一話完結のギリシャ異聞帯
  • 短編のオケアノス
  • 幕間の二人
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