あなたの終わりを眠りと共に   作:アメフラシ

11 / 38

 遅くなって申し訳ないです。
 いろいろと足りないエピソードは他者視点にて。



航海と青年期

 

「大きいな……でも動くのかな、これ?」

 

 

 辿り着いたのはイオルコス、やって来たのは、私ことモルスと角があるのにメスらしい銀さん。

 夥しい数の人間とこのギリシャにて名を轟かせた英雄が集うこの場所で何が起こるのかと聞かれれば私も確かなことはわかっていない。

 風の噂になって聞こえてきたのはイアソンが何か大きなことをやらかそうとしているということだけ、ただ、それだけの火種から漂う最高の冒険の香りに釣り上げられた馬鹿で愚かな人間が集まっているだけなのだから当然規則性はないし、町の治安も大変なことになっているがそんなことは知ったことではない。

 今はただ、イアソンが作らせたのであろう巨大な船に瞳を向けてそれまでの彼の努力に想いを馳せるのだ。この一年でどれだけの成長を遂げたのか、どれだけの失敗をしてきたのか、先生の元へ帰ったことは一度もないから彼の未来に関するネタバレは一切されていない。

 

 楽しみだ……。

 

 どうにも高くならなかった背格好を砂浜に横たえて、のんびりと寝ころがることで出港の時を待つことにしているのだが、おそらくそれは今日ではないのだろう。

 こればかりは仕方のないことだ、宿は満員であり私が泊まることのできる場所は銀さんのふかふかのお腹しかない。痴漢は少しばかり恐ろしいが、この状態の私に触れることが、況してや舐め回すことができる相手なら抵抗するだけ無駄である。

 

 

「……お前は本当に何処でも寝ているな」

 

「あ、カストロ兄さん」

 

 

 一見無防備な状態で瞳を閉じていたことで、近づいていた変質者や野次馬を蹴散らす音。ほどなくして現れたのはケイローンの下で共に学んだ兄弟子であり従兄弟でもあるカストロであった。尊大な態度はそのままに少しだけ精神に余裕ができたのだろうか、表情は朗らかである。

 おそらく、先程の殴打の音は私を狙っていた人間を罰していたことで発生していたのだろうが、私としては賊を捕まえて再起不能にすることで空いた宿に入るつもりだった、仕方のないことなのだが善意が余計なお世話になってしまっている。

 その事は流石に伝えられず、何故ここにいるのかを尋ねれば私と同じようにイアソンが開く「何か」に参加しに来たらしい。隣でうずうずしている露出の多い女性から目を逸らしながらひさしぶりに出会った兄弟子と想い出の華を咲かせる。

 お互いの様々な冒険や出会い、そちらの話を吟遊詩人が吟っていたという報告まで、数分で終わったそれの後に待っていたのが……。

 

 

「ネメシス神の甥のモルスと申します」

 

「その娘のポルクスです。そのような堅苦しい言葉は必要ないですよ、兄様と同じように姉だと思って楽にしてください」

 

 

 服装以外は何の問題もない好感を持てる女性との対面であった。双子だというだけあって兄と同じように背は高く、見下ろされるような形で行われる自己紹介は私の背丈の問題で視線が胸部にあるため、どうしてそこを露出させたのかわからない脇や横腹が丸見えである。これを見て襲うのではなく私を狙うギリシャ男子たちの業の深さに戦慄させられるのだが、悲しいかな私は日ノ本の国の者である。精神は肉体に引かれるとは正にこのことで、思春期特有の異性への意識が全力で向いてしまうのだ。

 今でこそ無心になっているため頭を撫でられて、小さくて可愛らしいという棘のある言葉を吐かれても耐えることができている。自分が生きるために村を救ったり、ヘスティア様に捧げ物を渡すために村を救ったりしてきた中で培ってきた年下特有の可愛がられ能力というものは、圧倒的な美貌を持つ女性の前では無力だということを実感させられた気分だ。

 そのような形で人形に徹していれば、泊まるところがないのなら俺たちのいる宿に来いと誘ってもらえたため願ったり叶ったりと思うままにそれに従うことにした、が二つあるベッドで妹さんの方に私を入れるのは止めて欲しい、カストロ兄さんも妹さんのおねだりに陥落しないでもらえるだろうか、結局は銀さんを枕に外套を布団にして寝ることにしたが、今考えればあれは英断だったのだろう、どちらの布団に入っても抱き枕にされて怪力で両断されていたに違いない。

 

 そのような命の危機を経験を乗り越えて数日、のんびりと学んでのんびりと成長していた旅の中で身につけた野宿の技術を活かすことのない日々を送る時間は楽で助かるが鈍っているような気がしてならない。

 そのために体を動かそうとすれば妹さんにボクシングでボコボコにされ、カストロ兄さんと一緒に女の子に殴り合いで勝てない我々ってと肩を並べて黄昏ることにもなったが戦いともなると意識することなく観察することができるため勉強にはなった。スイッチが切れると人形になることしかできなかったのだが。

 

 

 そして……

 

 

「我々が目指すのはコルキス、私の目標は金の羊の毛皮だが、各自が目指すものはまた違うだろう。故に目的は何であってもいい! 荒波を越え、嵐の中を突き進む勇気を持つものはこのアルゴー号に乗り、共にこの大冒険を歴史に刻むぞ!」

 

 

 私の口から語るのは憚られるような大乱闘の末に船長に任命されたイアソンの号令がイオルコスの澄んだ青空へ高らかに鳴り響いた。

 

 アルゴー号出発の時である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、カイニスさん、水」

 

「おう、任せとけ」

 

 

 ヘラクレスにテセウスにカイネウスという無双ゲームのような統一感のない圧倒的な強さで船を守る戦闘要員、カイラスやゼテス、ディオスクロイのような旅の安全を守る半神たち、オルフェウスやアスクレピオス、私もここに分類される、のような旅を彩り日常を守る音楽家や医者たち、何処の国を落としに行くのかと聞きたくなるような戦力がひとつの船の上に揃っているのだから毎日が大騒ぎである。

 そんな中、私がやっているのはここにいる自由気儘な連中の家事であった。こればかりは仕方のないことだったのだ、どれだけ素晴らしい英雄を乗せた船であったとしても身の回りの世話をする人間がいなければ大変なことになるし、食べられる食料の供給がなければ幽霊船になってしまう。島々を巡ることで補給こそあるけれど、五十人の大飯食らいがいればすぐに食料が尽きる、そのことはちゃんとわかっているイアソンから、それの管理を任されてるし、ギンバエしようとする悪い奴らは朝食抜きにして、丸一日釣糸を垂らして食料を確保してもらうことにさせたりしている。

 それと、船の中は意外と不潔だからしっかり掃除もしないと駄目だし、下らない理由で喧嘩が始まっても囃し立てるだけで止める人がいない、イアソンが胃を痛めてるのは知ってるからね、船長だからといって自分を責め過ぎたら駄目だよ、ことで血のついた洋服を洗わされることになる。

 私が洗ったシャツとか鎧をプレミア品みたいに思っていそうな奴らは全て朝食抜きにして釣糸の刑である。

 

 そんな中で食料よりも面倒な問題として真水の不足がある。そんなもの周囲に沢山あるだろとかいう馬鹿の朝食を抜いた今日、海水は飲めないし、これで洗濯なんてしたら地獄のような着心地の服が完成する。サバイバル漫画のように蒸発させて再度水にすればと言いたい人もいるだろうが、海上ということもあってヘスティア様から貰った蝋燭の火以外はそもそも火がつきにくいし、火事が怖くて火をつけるのが怖すぎる、一度蒸発させて水を作るなんてことはやってられないのだ。

 そんなわけで真水を作れる魔術を持っている人材が絶対に必要だった。それが戦闘要員のところでも紹介したカイネウスさん、本名はカイニスさんである。

 彼、本当は彼女とのこと、はポセイドンが本当に嫌いとのことで海の水を真水に変えて奴の支配域を狭めてやるという気の遠くなる計画を真面目に考えていた時期があるらしい。

 そんな彼の協力もあっていろいろと解決した真水問題、食料問題はどうしようもないからボレアスの息子二人組ことカイラスとゼテスに頼んで偵察して貰った後に、こまめに島に停泊して何とかしていたんだけど……。

 

 

「イアソン、考え直そう。あの島に行くのは止めておいた方が絶対にいいよ」

 

「……カストロとポルクスの二人から聞いたんだが、これから三日間は嵐になる。どこだろうと船を止めなくちゃあいつらはともかく私が死ぬ」

 

「む……なら仕方ないか、お金だけ払って食料と港を貸してもらったらすぐに帰るよ!」

 

 

 私たちは面倒な島を訪れることを余儀なくされた。

 その場所はレムノス島、ギリシャの中ではそこそこ大きな島で船を置かせて貰ったり補給するには良い場所だと思われるのだけどそれは罠である。

 それはここが女だけの島であるということ、これがアマゾネスのような歴史のある場所であればそういう文化もあるんだなと思うところだが……。

 

 昔々、といっても最近のこと。

 この島にはちゃんと男もいました、けれど男たちは妻を置いて美人な他の国の女と毎晩を共にしていました、その事に妻たちが怒り男たちを皆殺しにしました……。

 

 そんなブラックな物語の島なのである、男に飢えてるのは確実として、その嫉妬深い性格から一度関係を持った男が離れようものなら地の果てまで追いかけてくるような鬼嫁ばかりのこの場所で誰かと関係を持たないように、そうやって通達した。

 が、そんなことは女に飢えているギリシャ系男子たちには欠片ほどの意味も持たなかったようである。島は毎晩嬌声が飛び交うような地獄になった。

 船に残った私、イアソン、ヘラクレス、オルフェウス、アスクレピオス、ポルクス姉さん(言わされている)、カイニス、アタランテという私を猫可愛がりする森ガールお姉さん、アルテミスの信者であの件がバレたら殺される、は途方に暮れていた。

 冷静になれば私とヘラクレスとオルフェウスがいれば船は動くから置いていってもいいんだけど、イアソンから流石にそれはと言われているから頑張って待っている。

 

 

「明日で一ヶ月もここにいることになる……流石に、本格的に不味いよ?」

 

「……モルス、頼みがある」

 

「ん、どした。あの人との一夜が忘れられない?」

 

「いや、あれは生殖というより補食だったが!? っと私にひとつ名案がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 女装ノルマ達成である、服はポルクス姉さん(まだ少し恥ずかしい)とアタランテに借りた。

 ギリシャに生まれた男なら必ずさせられるであろうこのノルマを早めに消化できたことは僥倖だったのだろう。けれど、早朝から船員の扉を開いて朝起きASMRをさせられる私の気持ちを理解して欲しい。

 こんなんで島の女たちへの未練が断ちきれるというのならいくらでもやってやると言えば全員がオルフェウスの竪琴の掛け声もなくオールを漕ぎ始めた。下半身と脳が直結しているとしか考えられない彼らは今までにない一体感を見せてくれた。

 

 全員に釣糸の刑を実施した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます!」

 

「ううん、恥ずかしいなら目は閉じてるからね」

 

 

 そしてまた数日後、ヘラクレスが連れてきたヒュロスという美少年を連れて水浴びに来ている。

 キオス島という場所にて補給のために停泊した私たちは三日ほど自由行動を取った。そんな中で汚れた体を水浴びで流したいと願ったのがこの少年である。ギリシャに産まれたなら一人で男が水浴びなんてことをすれば大変なことになるのに、その当たり前の事実を理解していない彼が一人で川に行く前に見つけることができたのは本当に良かった。この子が性欲モンスターことニンフに襲われたらヘラクレスとアタランテお姉ちゃん(言わされている)が悲しんで船が動かなくなる。

 そんな心配で彼を引率すると、やはり現れた川のニンフたち、これがおっさんだった時が地獄だからニンフなのはむしろ助かるのだが……ふう、確保っと!

 ひさしぶりに本気で抵抗された。目を開いている私の言うことを聞かないニンフなんて珍しい、珍しいので縄で縛って捕獲してみたが、縛られると抵抗しなくなった。曰く、好みのショタがいたから襲ったけど、もっといいショタがいたから最高の気分だったとのことで、頭を叩いたら恍惚な表情を浮かべていた、例え相手が女性であったとしても、私たちが訴えれば勝てるだろう。

 

 その他にはポルクス姉さん(慣れた)が拳闘で人を殺しまくっている危険な王様を殴り殺したり、ヒュロスくんが同性に向けるには怪しい視線を私に浴びせてきたことでヘラクレスが落ち込んでしまったりと細々とした問題はあったのだが、一部を除いて脱落者もないままにとある島に辿り着いた。

 

 そこにいたのは王冠を頭に乗せた老人ピネウス、ハルピュイアという神々の設計ミスのような鳥女たちに襲われていた彼が、あのカドモスの兄弟ということで勝手にテンションをあげていた私は痩せ細り虚ろな表情を浮かべる彼に何か手伝えることはないかと聞いたのだが、彼は静かに今はただ何でもよいから食べたいと声を漏らした。この可哀想な老人を気の毒に思っていた船員たちはそれをよしとしてこの島で酒盛りをすることにした。

 現れるハルピュイアたちを撃ち落としながら行われた宴会は、オルフェウスの音楽で何体撃ち落とせるかを賭けたり、私の歌声で寝ないようにする我慢大会が行われたりと愉快なものだった。

 やがて設計ミス鳥女が来なくなるまで騒いだ後、痩せ細っていた老人はひもじさに曲がっていたのであろう背筋を正し、確かな威厳を持って我々に礼をした。

 

 そして、これから訪れるであろう旅の難所、ボスポラス海峡の絶え間なくぶつかり合う二つの大岩の通り越し方について教えてくれた。

 

 曰く、その海峡には絶え間なくぶつかり合う大岩があり、タイミングを合わせて進まなければ船は木っ端微塵になり乗組員たちは死ぬことになる、とのことである。そのレベルに危険な場所の情報が出回っていないというのが恐ろしい、大半の船は気づかずに潰されて粉微塵になったのだろう。

 けれど、この話には続きがあり、その隙間へ鳩を飛ばすことでその子が潰される瞬間に全力で進めば再び開いたその隙間を通って進むことができる、とのこと。鳩を一匹犠牲にするだけで安全に進めるというのならと思って鳩探しに勤しむ我々であったが、私は言ってはならないことを思いついた。それは単純、私の魔眼で眠らせてしまえば動かなくなる、失敗した時が怖いため口にすることはなかったが。

 

 当日、見つけた鳩を飛び込ませる前に息を合わせてオールを漕ぐ練習をしようと提案したら再度女装して欲しいと望む声が聞こえたため前に止まった島で作ったチアガール衣装を、これでもポルクス姉さん(いつもの)の服より露出は少ないし、アタランテお姉ちゃん(不本意)からも好評だった、持ってくる。まあ、命には変えられないからねとため息を吐いて男衆の前に出ると……

 

 

 野郎共は鳩を飛ばすこともせずに突き進んで岩の隙間を通り抜けた。

 

 

 私の、私たちの鳩を探した時間は何だったのか。

 みんなそう思ってるよねと当たり前に思っていたそれは、周囲から感じられる感情の中になかった。

 あるのは最高に邪な感情の嵐と同性愛者でなかったはずなのに男でも良いやとなってしまった悲しき生き物の群れだけだ。

 

 これからの旅が不安になりながらも、あと数日で目的地のコルキスに到着することがわかった私は釣糸を垂らす馬鹿どもに冷たい目を浴びせて今日を終えるのだった。

 





 コルキス到着とヒロインの登場は次回です。


 6話に少しややこしい所があったようなので修正させていただきました。改めて見ると自分でも間違っているように見えていたので、ご迷惑をお掛けして申し訳ないです。

どちらが先?

  • 一話完結のギリシャ異聞帯
  • 短編のオケアノス
  • 幕間の二人
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。