あなたの終わりを眠りと共に 作:アメフラシ
気づいたら、お気に入りが1000を超えました。
誤字報告、評価、感想にお気に入り、何よりも楽しんで見てくださっている皆様、本当にありがとうございます。
土曜日は忙しいので、お休みということにさせていただけると嬉しいです……。
それと、アタランテの情報を教えてくださった方々ありがとうございます、エアプなのがバレてしまいましたね……修正しておきます。
「……お前は本当に何処でも寝ているな」
「あ、カストロ兄さん」
再会は唐突だった。弟弟子であり、生意気な弟のようにも思っていたイアソンが、自らの持つ王権の証明のためコルキスへ伝説の金の羊の毛皮取りに向かう冒険の仲間を募っていたのを聞いたことで訪れたイオルコス、妹に不快な視線を向ける愚かな人間を叩き潰し、宿をとって出港の時を待っていたある日、自己顕示のためか、見たものの冒険心を掻き立てるためかわからないが出発の日よりずっと前から錨を下ろして停泊している船、いつも野次馬が集まっているその場所に凄まじい数の男たちが騒いでいることに気づけたのは嗅いだことのある香りが漂っていたから。
この場面だけを切り取ればカストロが変態的な嗅覚を保有しているように思えるが、実際に潮風によって流れる海の香りが、雨に濡れた夜のような、急いで起きた朝に開いた窓の外のような、心地よい淡水の香りへと変わっているのだから馬鹿でなければ気づくことができる。そして、カストロの眼前にいる人間たちはその馬鹿の方であった、海の香りを川や湖の香りに変えてしまうような存在が自分たちの力でどうにかできるはずがないという当たり前の事実にも気づくことができず、愚かにもその体を汚そうとするのだからある種の敬意すら抱きそうになる。
妹、ポルクスも驚きと安心の相反する感情に微妙な表情を浮かべる。ヒュプノス神の母であるニュクスは夜の女神、その加護はディオスクロイがオリュンポスの神々に取り込まれる前から変わらぬ旅人を導く星としての性質を持っているが故に安心できる力のひとつ、星とは夜でなければ輝くことができない。
とにもかくにも、近づくのに邪魔な人間を二人で蹴散らしながら香りの源へ急ぐ。眠りの神の息子の力が最も強まる瞬間なんて寝ている時に決まっている、砂浜で行儀悪く眠っているのは……百歩譲って許すこともできるが、どれだけ力を増したとしても無防備に人前で眠るのは許容できない、カストロの父性が愛らしい従兄弟にそれをさせるのを許さなかった。ポルクスは兄の思考回路こそ完全に理解することはなかったが、お互いの考えは常に共有しているため止める必要のない強い意思だと判断し、おとなしく協力することにした。
そして物語は冒頭に戻る。
やはりか……分厚い外套を布団にして、雄々しい角を持つ鹿の腹を枕にしてのんびりと眠っていた従兄弟は、今気づきましたとでも言いたそうな瞳でこちらを覗いている。おそらく、宿がなく寝る場所がなかったことで仕方なく野宿をしていたのだろうが、この寝心地の悪い砂浜でその眠気を維持できているのは流石だ。
吟遊詩人が語っていた従兄弟の物語には必ずと言って良い程、眠っている描写が詳細に語られていることもあって、彼のことを知っている節がある野次馬は本当に寝てることに感動を覚えている……違う。
「お前は……その無防備な姿を他人に見せるのは止めろと何度言ったらわかる?」
「ふぁ~、仕方ないの、宿がなかったから」
「……なら、仕方ない」
カストロは折れた。宿がないなら屋根の上にでも転がって眠っていれば良いものをと口にする予定だったが、眼前の従兄弟の良心はそれを許さなかったのだろうと自己完結して折れた。
それに……旅の途中でそっちの武勇伝を聞いたよ、無邪気な声でそう告げられれば、その会話を断ち切るようなことはカストロにはできなかった。雑談に耳を傾けることにした彼らはスパルタ育ちとはいえ、普通に女の子なポルクスがうずうずしていることに気づくことなく数分をまったりとした会話で潰してしまう。我慢の限界になったポルクスから入れ替わるように後ろへ追いやられたカストロは従兄弟が必死で助けを求める視線を無視することになった。仕方ないのだ、お兄ちゃんは妹には逆らえない、これが平時ならともかく、しばらく待たせてしまった負い目がある彼は基本的に妹に逆らわない。
虚ろな瞳で、撫で回される小動物に心の中で謝罪したカストロが流石にここで止めておけと口にする覚悟ができるまでの30分、少女への生け贄として美少年が捧げられた。
「ふふ、大きくなったね」
「いや、お前と別れた頃から今までに身長は伸びてないはずだぞ」
適当なことを言うな。
最後にそう付け加えたイアソンは一年ぶりの再会と同時に叱られることもなく褒められたため内心でガッツポーズをしている。誰もが幸せになれる国の王になることを目指して日々を邁進していた彼は、旅立ちの日にケイローンに告げられたイオルコスの正当な王位継承権があるという事実に懐疑的な目を向けながらも、他の場所へ赴く理由もないため記憶すら曖昧な両親が王だったとされる国へ足を運んだのだった。
途中で老婆から川を渡りたいと言われて親切に背中に乗せた瞬間に凄まじい重量になったこと、それを乗せたまま歩いて激流を渡らされたこと、それなりに鍛えた足腰がなければ一緒に流されて死んでいただろう。
というか、あの重さがあるなら流されずに歩いていけるのではと少し冷静になったのは川を渡りきって数日、町を歩いている時に現れた老人からお待ちしておりましたと思わず何を?と聞き返したくなる言葉と共に王城まで連行されたことから始まる騒動に区切りをつけ、遠く離れたコルキスに先祖が持っていたという金の羊の毛皮を取りに行かされされることで落ち着いた物語の冒頭に、彼はそれなりに腹が立っていた。
王権に興味がないと言われれば嘘になる、イアソンの夢は誰もが幸せになれる王国を作ることだ。けれど、そのためにこの国の王になることを選ぶかは別である、押しの強い老人たちに流されて結局王権を受け継ぐ条件を提示されるところまで来てしまったが彼の目指す国へと変えるだけの余地がこの国にあるかなんてことはこの国へ来て数日の彼にはわからない。見定める必要があるのだ、最初から彼はそのようなスタンスでここにいた。
しかし、金の羊の毛皮の話に関しては話が別である、正当性があるとは到底思えなかったがこの国の者の多くはそれを取り戻すことに前向きであった。ならば、自分が王となるかもしれない国の国民の願いを叶えてみせるのは王の勤めだろう、そのように考えたのだ。
そして、この国で二月の時を過ごしてから彼は気づくことができた、称賛というものは麻薬だということに。決まってはいないが、王子という立場は王ほどの責任もなく、それでいて同じ程度には敬われる立場なのだ。
鬱陶しい程の人々の称賛や自分の行いの全てを肯定してくれるその環境にイアソンは気を良くしたのだが、それが数日続くと気味が悪くなり始めた。ケイローンの私塾にてあれ程叱られた自分が、モルスに散々に叱られた自分が、誰にでもできるようなことで、これだけの称賛を浴びせられるなんてことは異常なことだと理解してしまったのだ。
このような人々の行いは自らを堕落させるのだと理解したイアソンは早々に王宮を離れ、コルキスへ行くための船を造る職人たちの元で寝泊まりをすることにした。その中で星の数ほどの罵声を浴びせられながらも共に船を作ること数日、遂に出来上がったそれを海に浮かべた時に彼は男泣きした。
自慢のために出発の日まで船を浮かべることを提案したイアソンと木を海に慣らすためにそれに同意した船大工たち、既にイオルコスに到着した時の好青年の面影すらなくなった彼だったが、彼の弟弟子であり、母のような存在でもある青年が今の彼を見れば頭を撫でて称賛することだろう。
というか、実際にされている。
一頻り背伸びをしながら頭を撫でて満足したのだろう青年……少年の間違いではないのだろうか、は眼前で行われようとしている馬鹿騒ぎに巻き込まれないために、というかイアソンを巻き込まないために後ろから観察しているようだ。
その馬鹿騒ぎとは何かと聞かれれば……
「よし、それじゃあ、この戦いで最後に立ってた奴が船長で良いよな!」
「「「「「「「「「おう!」」」」」」」」」」
「元気だね……」
アルゴー号の船長を決めるためという名目をしただけのヘラクレスとの変則マッチである。
ちなみに、イアソンとヘラクレスの関係は数日前にこの冒険のために彼を口説いたことから始まるが基本的に良好である。
意地を張ってキメ顔で「安心してほしい。私は君を優遇し、使ってみせる。私……オレと共にいる間だけ、君は化け物じゃあなくなるよ」と、自分が怪物のような存在であると認識されていると吐露したヘラクレスに言葉を掛け、私の国になら君を気持ち悪いと思う人間なんて現れないと胸張って口にしたことでギリシャ的にはひょろガリのイアソンをヘラクレスは友人だと思ってくれているようだ。
そして、イアソンはその友人に今回の旅路の船長にならないかと打診した。荒くれ者たちも彼の命令になら従うだろうと考えたからだ。けれど、彼から貰った返事はお前が船長をやれであった、ケリュネイアの鹿を捕まえる試練の最中である自分はどこで旅を離脱するかもわからない、それならば絶対にここに帰ってくるお前こそが船長に適任だろう、と尤もなことを言ったヘラクレスはその日はそのまま帰ってしまったのだが……イアソンは焦っていた、ギリシャの英雄たちが自分の命令に従ってくれるわけがないのだから。
翌日、二人は取りあえずヘラクレスが全員を倒し、その後に面倒だからイアソンへ役割を投げるという形にして乗り切ることを選んだ。ヘラクレスが任命したのなら渋々だろうと従ってくれるだろうと思っていたのだ。
「さあ、漁夫の利なんてされたら困るからな!」
その結果がこれである。
どうして俺が狙われているんだと叫びたくなる気持ちを堪え、のんびりと体をリラックスしているモルスに目線で助けを求める……が、ヘラクレスを倒したという彼が狙われないわけもなく大量の戦士たちが……
「遅い」
蹴散らされて眠らされていた。
目隠しを着用したままのため、魔眼を使ってすらいないのだろうが、相手の武器が触れる度に奪われ、近寄られた瞬間に頭が地面に落とされる。
夜でないのだから単純な力がないにも拘わらず、一瞬でギリシャの豪傑たちが蹴散らされていくのはいっそ壮観である。
そして……
「我々が目指すのはコルキス、私の目標は金の羊の毛皮だが、各自が目指すものはまた違うだろう。故に目的は何であってもいい! 荒波を越え、嵐の中を突き進む勇気を持つものはこのアルゴー号に乗り、共にこの大冒険を歴史に刻むぞ!」
イアソンは遊び程度の強さのヘラクレスと本気で抵抗するモルスが戦いを終えてから水をかけて起こした戦士たちの前にて正式に船長に任命された。ボコボコにされたことで文句を言うこともなかった戦士たち、ほぼ瀕死になっているモルス、そこそこに楽しめたヘラクレス、現場は地獄であった。
その後……
「音頭に歌ってならモルスに頼もうぜ!」
「……~♪」
zzz……
お昼寝を挟み。
「ふう! 何とか間に合いましたかね!」
「オルフェウスっ!? あのオルフェウス!?」
「~♪」
「これは……聞いていない方が失礼だな」
音楽鑑賞を挟み。
やっとのことで出港したアルゴー号に、祝福をするために来たアテナは楽しかったけど戦士たちの門出にしては地味だったと語っていた、申し訳ないと謝ることになった俺は泣いた。
「おい、お前、他の奴に言いふらすんじゃねーぞ」
「言われなくても、そんなことをする理由がないんだから心配しなくていいよ?」
君が食料を盗んだりしなければね。
カイニスは驚いていた。
彼女はポセイドンに見初められ辱しめを受け、体を男に変えたという異色の経歴を持つ人間である。怪我の功名で海上では最強と呼ぶに相応しい力を手に入れた彼女だったが、その心に刻まれた傷は深かった。
未だに男と、特に年配で髭面の男がいる空間にはいたくないと思う程度にはそのトラウマは残っている。
そんな彼女がアルゴー号の冒険に参加した理由は自分の力を示すことであの恐怖を忘れるためなのだが、結局はヘラクレスに敗北して黒星スタートとなってしまった。
船の上での決闘で何度か勝利したことで戻り始めた自信のままに汗に濡れた服を着替えていた時のことである、案内されていた更衣室に毎回誰もいないこと気づいた彼女はそのことを不思議に思っていた。
今の彼女の姿は紛れもない男のものだ、ならば男たちと同じ更衣室に入れられるのが自然、そしてカイニスはポセイドンへの怒りや出来事を人々に伝えた覚えはない。
しかし、現実は一人だけの更衣室、自分の存在がバレていることはほぼ確定のようなものだ。ならば、この部屋割りを決めたのは……
「おい、顔貸せよ」
「構わないですよ」
モルス、この男である。
「お前、知ってるんだろ?」
「……そうですね、体の使い方、男性を相手にする時に無意識でしょうが恐怖の感情、つまり……」
よし、ころ
「貴方は心が女性なんですね、大丈夫です、私はその辺に理解があるので隠さなくても」
「……」
違ったようだ。
しかし、実質的にバレているようなものだ。
そして話は冒頭に戻る。
海の上でカイネウスに脅されていることが死を意味することくらいは理解しているだろう、それなりに確かな受け答えができているというのが気に入った。故に、取りあえずは見逃してやろう、カイニスは少年を見逃した、触れることに嫌悪感を感じずにいられる男は貴重なのだから、生かしておいた方が後々楽だ。
「あ、カイネウスさん、海水を淡水に変えたりってできますかね……?」
「できる」
即答だった、カイニスは海が、ポセイドンという存在が嫌いだった。故に、この少年がいる空間の冥界に流れる川によって染み付いたのであろう淡水の香りが地獄のような海の中で一番の救いだった。
他の英雄たちから、お前もモルスたん狙いかと真剣な顔で言われて良いセンスだとサムズアップをされたこともあり、あんなに可愛い男の子に性的な感情を抱かない方が失礼だと語る彼らに呆れながらも賛同した。男たちは拳を合わせて仲間の証としていたが、カイニスはそれを嫌悪し触れることをしなかった……あくまでも敵だということだな、とわかったような顔で彼らは去っていった、意味がわからなかった。
「なら、お願いできたり……」
「構わねえが、とっとと済ませろ」
カイニスはこの少年に心を許しかけていた。
のんびりとした淡水の香りが隣にいると獣のような神との記憶を少しだけ忘れられた。故に、カイニスは少しだけ心の内を話したのだが……
「そうですよね、苦しいですよね、でも、私の前では隠さなくても良いんですよ」
勘違いされたまま終わったような気がする。
けれど、カイニスにとっての地獄のような旅は、道中にポセイドンの息子が出てきた時は殺そうとなったが、少しだけ川の香りがするそこそこの旅へと変貌した。
途中で少年が離脱することを知ってから適当な陸地で降りることにしたカイニスの冒険はアルゴー号からまた始まったばかりである。
「へへ、俺は姉さんに踏んで貰ったんだ」
「俺は冷たい目で睨まれたぜ……」
イアソンは同性愛者ではない。
しかし、ギリシャの男たちの多くにその性質が備わっているということを理解している。とはいえ、普通に異性愛を持つ人間の方が多いのは間違いない。
だから、イアソンはディオスクロイのポルクスやアタランテに自衛とその身内へ注意しろと口を酸っぱくして伝えた。その結果があれであった。
二人は女としての自信を失くしかけたりしたが、そんなことはどうでもいい。モルスの寝室に変態たちが突撃していくことが問題なのだ。
イアソンはモルスに食料などの備蓄品を管理することを任せている。それが適任になるような真面目で泥棒を撃退できる戦力がある人間は彼以外にいなかった。そして、船の家事を一人で引き受けている彼に不愉快な思いをさせて逃げられるようなことになればアルゴー号の船員たちが干からびて死ぬ。
現状は何とかなっているのは確かなのだが、彼の機嫌を良いままに保たなければならない。そう思って頑張っているイアソンは、結局その疲れや胃痛を見抜かれて膝枕をされることになる。
そして……
絶対に立ち寄るべきではないレムノス島に行くことを余儀なくされることとなった。
交渉のために港に向かったイアソンはその国の女王に襲われて童貞を奪われ、涙ながらに帰ってみたところ男たちの大半が女たちに囚われてしまっているのだから、更に胃痛が強くなった。
これだけの欠員が出ればアルゴー号は動かない、何とかなるでしょと楽観的に語っていた三人くらいとヤバいなと胃を痛めていた他数人、三人の中にヘラクレスとモルスがいることが本当に不味かった。こういう時にはマトモなカストロがいなければ口車に乗せられていたことだろう。
そしてイアソンが思い付いた苦肉の策というのがモルスに男たちの気を引いてもらうことだった。
しょうがないのだ、船の大半の男たちは海で暑いにも拘わらず信じられないような厚着をしている彼ですら多くの人々の目を引いてしまうのだから、薄着をすればポルクスやアタランテクラスの美形ではないこの島の女たちよりはイアソン的にも魅力的だ。
それに賛同した数人がボッコボコにされた後に、仕方ないかと着替えた彼……いや、纏う雰囲気が初々しい少女のものだったため彼女、は暁の昇る前に男たちの部屋に赴き、一人一人を起こして、覚醒した男たちはそのままの推力で……四日後の目的地に辿り着いていた。
その日の船内は魚が跳ねる音で眠れなかった。
その後、モルスに三回の女装を頼んで覚醒し続けたアルゴナウタイはたったの一年で目的地のコルキスに辿り着くこととなった。
『運命の三女神の次回予告のお時間です』
『無事にコルキスへと辿り着いた一行』
『危険な魔女メディアの偽りの愛』
『イアソンは使命を果たせるのでしょうか』
『一方部外者のモルスは帰りに途中下車』
『アイアイエーの大魔女に魔術の勉強を……』
次回 大魔女と青年期
『『『さて、今日も糸を紡ぎましょう』』』
この時代のカストロは果たして神霊なのか、それとも人間なのか……本作では人間となっていますが、皆様の見解も知りたかったりです。
どちらが先?
-
一話完結のギリシャ異聞帯
-
短編のオケアノス
-
幕間の二人