あなたの終わりを眠りと共に 作:アメフラシ
イオルコスからコルキスを改めて調べましたけど、やっぱり人力の船で行くには遠すぎますね……。
「着いたー!」
誰かが叫んだ。
その事に誰一人声を重ねることはなく染々と頷いてしまう程度にはこの旅は過酷だった。船長という立場によって責任を被せられそうになったり、巨大な鳥がうちの美少女と美少年を狙って嵐を起こしてきたり、それがゼウスの変身した姿だったりと大変なことになったりしたがアテナやヘスティア、そしてヘラの仲裁で何とかしてもらった時には死ぬかと思った。
自分が全責任を負うからと言ってヘラクレスに矢を射ることを許可しなければ死んでいたのはこちらの方だったし、その後の発狂モードゼウスをギリシャの中でもトップクラスの英雄たちがカバーしなければ船が沈没していた。結論から話すとヘラクレスは最強で落ち着いたりしたのだった。おまけとしてイアソンにはヘラの加護がついていることもわかったが、そんなものがあったにも拘わらずこの弱さなのだから慰めどころか自分の才能が底辺を漂っているのだということが確定となり惨めになっただけであった。
そんな誰も幸せにならないタルタロスの責め苦と比較しても天秤が成立するような旅路を乗り越えた俺たちに恐れるものは何一つない。コルキスの王が毛皮を渡さないというのならこの国を滅ぼすぞという最悪のテンションに同調させられる程度にはイアソンは疲弊していた。ちなみにノリで叫んでしまったイアソンはツッコミとしてカストロとモルスが止めてくれることを期待したりもしたが、その二人も叫んでいたため結果は全員がいざとなればコルキスをぶち壊すことに承認してしまった、世も末である。
「ふむ、あの毛皮は我が国の秘宝……ですが遠く離れたイオルコスから訪れた英雄を追い返すわけにはいきますまい、1つ、頼まれてはくれませんかな?」
故にコルキスの王へ謁見した際にこの言葉を聞けたのは精神と肉体を共に疲弊したアルゴノーツたちに、この長く苦しい旅に意味を持たせるだけの素晴らしい出来事であった。無論、一国の王からの頼まれ事なんてろくなものではないことをギリシャの英雄たちは嫌というほど理解しているが、そんなものこれだけの英雄が揃っていればなんとかなる、彼らにはこの旅路で芽生えたお互いへの信頼と紛れもない勇者の心があった。
そして王が提示した依頼とはアレスからの授かり物であるとされる火を吐く牛を使って地面を耕し、そこに竜の牙を撒くというものだった。それをしたところで何が彼の利益になるのかもわからない暗に渡すつもりはない帰れという依頼、アルゴノーツの多くも薄々察しているがそんなことを気にする必要はない。
こっちにはヘラクレスがいる、おまけに海の近くで行われるのならカイネウス、知略と強さを兼ね備えたテセウスのような特化型からバランス型まで幅広い英雄たちが揃っているのだからそれに任せれば問題ない!
「また、この試練は船長であるイアソン殿が一人でこなしてくだされ。ヘラクレス殿のような豪傑が相手では牛は足一本も動かすことができますまい」
船長になったことを今になって後悔した。
周囲のアルゴノーツたちから動揺が走る、してやったりといった顔をしているコルキス王に、こいつらがこの国を滅ぼしたりするかもしれないのに大して重要な役割があるわけでもない金の羊の毛皮を守りたいですか、と言ってやりたいところだがギリギリのところで堪えることができた。ここまで一緒に船に乗ってきた現イオルコスの王子もこのまま帰ってもバチは当たりませんぜとアイコンタクトをしてくるがそれに反応する余裕がイアソンにはなかった。
「それを行えば、確かに金の羊の毛皮をいただけるのでしょうね」
そんな死刑宣告を前に、俺の口から飛び出してきたのはそんな言葉だった。前にケイローンから教わった知識が頭の片隅に残っていたのだ。神を相手にでもしていない限り相手との約束は確かにしなさい、出店でも商品を受け取ってからお金を払いなさい、そうやって口を酸っぱくして言われてきた知識が絶対に出てきてはならないタイミングで口から漏れてしまった。
普段ならありがとうケイローンと言いたいところだったが今は下がっていてくれケイローンである。
その言葉に目に見える程度の憤怒を浮かべたコルキス王は耳打ちで部下と会話をした後に確かにと頷いた。咄嗟に出てきたら無礼な発言にビビっていたが上手くいったようである、モルスから良くやったサインも貰えたため立ち回りとしては完璧だったのだろう。
イアソンがこの試練に望むということを除けばそれは確かに完璧であった。
船に戻ってからは完全に空気がお通夜だった。
いつもの賑やかさは鳴りを潜めている……もし何か手段があるとして、それが俺の信条に反するようなものだとしたら、俺がいると話すのにも話せない話題があるかもしれないと思い足早に立ち去る。作戦会議に実行する人間がいないというのはどうかとも思ったが、誰かに誘われているかのようにイアソンはアルゴー号を抜け出した。下手なことをすれば暗殺されるような立場にも拘わらずである。
「……イアソン様、でしょうか?」
少女がいた。
船を抜け、砂浜で一人星を眺めていたイアソンの元に可憐な少女が現れた。イアソンはまず暗殺者である可能性を疑った。こんな夜中に彼女のような少女が出歩いていて無事であるはずもないのだから、次に彼は女神である可能性を疑った。力がある存在ならここを出歩いても襲われることはなく、海で出会った三人のオリュンポスの女神のような香りが漂ってきたからだ、それは不愉快なほど強い薔薇の香りだった。
少女に女神ではないかと尋ねると、首を横に振った後に自分がコルキスの王女でありメディアという名前だということを明かした。その事に驚いている暇もなく、彼女はイアソンにこう告げた。
「私は貴方に一目惚れをしました。ですが私の父であるコルキス王は貴方をこの試練で殺そうとしています。ですからこの薬をお使いください、これを塗ればどのような火でも火傷を負わず、剣も体を傷つけることない特別な薬です」
イアソンは耳を疑った。薬の効果も後から反芻すれば驚くべきものだったが、彼女は自分に一目惚れをしたというのだ。これがヘラクレスやモルス、テセウスやオルフェウスなら一切の考慮をすることなく呑み込むことができたのだが、自分に一目惚れである。
イアソンはハニートラップを疑った、壺に入った薬が毒だということも。しかし、毒薬を渡さなくとも明日死ぬ相手に嘘の薬を押し付けるというのは意味がわからない。ただ牛に焼き殺された方が毒を塗って死ぬよりは見世物になるだろう。
故にイアソンは彼女がアフロディーテの力によって一目惚れをさせられているのではないかと考えた。薔薇といえば美の女神である彼女の象徴であり、メディア本人はヘカテの弟子として育ち、信仰を捧げるのはヘカテだというのだから薔薇の香りが漂ってくるはずもない。彼女は女神に洗脳されているとイアソンは結論に至った。
イアソンの中に本当に一目惚れされたという思考がなかったことから導き出されたその答えが真実であることがわかるのは彼の死に際なのだが、イアソンはメディアに君はアフロディーテに洗脳されていて、それによって自分を好きになっているのだと強く説得した。
メディアは信じた、恋は盲目である。
今回ばかりは真実を見抜いていたが……メディアは優秀な魔女であるが故に、自分が洗脳されているという思考に至ることができなかったのだと悟った。
けれど、彼女の燃えるような恋情が消えることはない、どうすれば良いのかと叫ぶ彼女にイアソンはなにもしてあげることができないのだ。故に、自分の駄目なところを必死で伝え、その恋情を抑え込もうと足掻いた、けれど、相手を知れば知るほど心は燃え上がる、完全な負のループに陥ってしまった。
彼女の洗脳を必ず解いて見せる。
新たな決意に身を固めたイアソンは一先ずはメディアに別れを告げ、アルゴー号へ戻った。
何しにいってたんだと心配そうな表情や時には怒りを見せるアルゴノーツたちに心の内で感謝と謝罪をした後にイアソンは叫んだ。
「明日のことについては何とかしてみせる、私がこの顔をしてなせなかったことはないだろう?」
声が裏返りそうだった。
恐怖に震えながらも、一人の少女を救うためにイアソンはその心をなけなしの覚悟と勇気で染めていた。
「……お前がそうやって大言を吐いた時は、必ず成功する時だろう。ならば心配はいるまい」
床を強く叩いて自らの意思を示したヘラクレスが自室へ帰っていく。数多の英雄たちが、頑張れよ船長、死んだら殺すからなと激励の言葉を発しながら寝室へと戻る。
一人だけ残されたイアソンは星に誓う。
必ずやこの試練を成し遂げてみせる、そのためならばどのような痛みにも耐えてみせる…。
翌朝。
これから自殺をするであろう酔狂な男を見るために多くの人々が現れる。ふんぞり返るコルキス王、心配そうな眼差しを見せるメディア、取りあえず牛を威圧しよう作戦を実行しているアルゴノーツ、予想より効果があったようでビビっている牛たち、これにて役者は揃った。
メディアから受け取った塗り薬は既に体に塗っている。透明なやつなのでバレませんと愛らしく語っていた彼女に報いるためにも……。
牛の群れに、炎の中に飛び込む。
熱い、火傷しないとはいえ反射的に飛び退いてしまいそうな熱さだ。体に傷がつかないとしても痛みだけで死んでしまいそうになりながら牛たちの首に手綱を着けていく。遂には諦めておとなしくなった彼らによって地面を耕す。
そして、その地面に竜の牙を撒く。するとケイローンの私塾で見た骨の化物が現れた。
三対一までなら安定して勝てる、確実に各個撃破していけば相手が何人いようと関係ない!
瞬間、イアソンの耳には何かが割れるような音がした。王族たちを守っていた障壁が砕けたのだ。
メディアによる援護か、アルゴノーツによる援護かの判別もつかないそれによって狙いが分散した骨の化物を一体ずつ、丁寧に仕留めていく。
障壁が再生される頃にはコルキスの兵士たちが多大な犠牲を払って障壁の外にいる化物を撃退し、イアソンが最後の一体を仕留めたことで遂に試練は終わった。
「俺は勝ったんだ!」
叫ぶ、共鳴するように叫ぶアルゴノーツたちと怒りに震えるコルキス王、勝者は決まり、イアソンたちの試練は果たされたのだ。
無理難題を押し付けながらも、ここで毛皮を渡さないとなれば確かに器に欠ける。ただでさえ兵士たちを働かせ、娘のメディアを働かせ、阿鼻叫喚の絵を眺めていた王に権威を支えるだけのカリスマはない、これを断れば兵士たちが狙う首が自分の首になる。
「イアソン、貴様は何かのズルをしてこの試練を果たしたに違いない。しかし、約束は約束だ、我々の宝である毛皮はあの森にあるだろう……」
負け惜しみのように言葉を吐いた後、這いずるような勢いでコルキスの王は去っていた。
「よくやったぞ、イアソン!」
「うん、よく頑張った」
最後はアルゴノーツの皆からの胴上げとなった。
イアソンの勝利を称える者、全てが用意されていたとしても炎に飛び込んだ勇気を称える者、なんだかんだスパルトイに囲まれながらも生きていたことを称える者、数多の英雄たちからの偽りのない称賛は、イオルコスで受け取った媚のような称賛とは違い、イアソンの心を強く満たした。
「この私を誰だと思っている、この程度の試練は突破できて当たり前だ!」
終わったからこそ言えるこの言葉を否定する者は誰一人としていなかった。
この後、イアソンらアルゴノーツは様々な冒険を終えて帰還することとなる。
テセウスは約束を忘れないことを。
ディオスクロイは人間の尊さを。
ヘラクレスは数多の気の置けない友を。
そして、イアソンは誰にも負けない勇気を。
数多の英雄がひとつ上の領域に足を踏み入れることとなったこの旅はギリシャで最も人気な物語のひとつとして語られることとなる。
後に、コリントス王として十数年の善政を行い、一人の少女の洗脳を解いて死ぬこととなるイアソン。彼が少女の心を救うために飛び込んだ炎は、あの塗り薬がなかったことで彼を焼き尽くすこととなるのだが、その功績を持ってギリシャの民から彼はこう呼ばれることとなる。
「 勇者 」
誰よりも弱く、誰よりも情けない男の勇気に対しての敬意として残された墓守は言葉を紡いだ。
おっと、私のことを忘れてないかい?
そんなに無視されてしまうと君を可愛いピグレットにしてしまうよ?
その事に関しては申し訳ない。ですが、エリュシオンにいるであろう友人たちのことについて聞いてきたのは貴方ではないですか……。
そんなことは知らないよ。さあ、今宵も女神を楽しませてくれたまえ!
わかりました……が、これから先を誰よりも詳しく語ることができるのは貴女しかいないでしょう?
私の推測よりもずっと正しい物語を紡ぐことができるはずなのですから。
うーん……わかった。
それじゃあ、君に出会った日のことについて語るとしようかな……。
その日、神の怒りでもないただの嵐が吹き荒れていたその日に、君たちは現れた。アルゴー号とアルゴノーツ、私はこの島に引きこもってはいるけど彼らの噂くらいは知っている。
曰く、数多の英雄が集い、コルキスを目指してイオルコスから旅立った巨大な船である。既に並みの英雄が一生の間にできるような英雄譚を幾つも積み上げたことで、その誘いに乗らなかった英雄たちは笑い草にすらなっているとされている面白い集団だ。
ちょうど、笑い草にされている集団を愛らしい豚と喧しい鶏に変えたのだから記憶には新しい。
それだけの英雄たちと過ごせたのなら、それはどれだけ楽しいだろうか、私の退屈をどれだけ埋めてくれるだろうか、そんな妄想をする程度には嵐の日は退屈だった。
仕方がないのだ。嵐の日でもなければ客人が来ることはそれなりにあるアイアイエー島、帰ることが許されないことを知りながら訪れる馬鹿はいないが、警戒することなく歓迎を受ける馬鹿は何度も現れる。
その来訪は幾度も私の退屈を満たしたが、結局は退屈を強めるだけのものでしかなかった。残念に思うことすら日常となり、少しだけ満たされる感情を求めて人々を獣へと変える私は間違いなく物語の悪い魔女だったのだろうね。
そんな私の退屈を埋めるように現れたのがアルゴノーツたち、巨大な船が嵐の中でありながら確かな速力のままにこの島に飛び込んできた時、私は柄にもなく運命の三女神に感謝したものだよ。
すぐに砂浜へ君たちを迎えに行ったのを知っているだろう、けど極上の客人には一人の知り合いがいた。
そう、コルキスの魔女メディア、私の姪であり伯母さん呼ばわりしてくる失礼な娘だ。
彼女によってアルゴノーツたちに振る舞ったキュケオーンに入った毒を無効化されてしまった私は、抵抗する手段もなくおとなしく彼らが旅立つまでの束の間の幸福に浸ることしかできなかった。
そんなある日のこと、君が訪ねてきた。
私はモルスと申します、もし貴女があの大魔女キルケーだというのなら私に魔術を教えてはいただけないでしょうか?
目が醒めるような美形が目の前に突然現れてそんなことを言われたら勿論驚くことになる。その後の口説き文句も素晴らしかったから気をよくした私は二つ返事で君の言葉に同意したものさ。
実際、クロノスの息子で私たちの一族からしてみれば王子のような存在であるケイローンからの頼みだったからね、君がどれだけ無礼な男だったとしても受け入れるしかなかったかもね。
まあ、そんなことはどうでもいいのさ。
アルゴノーツが去っても一人だけ英雄が残ってくれるのなら退屈も紛れるというものだろう?
そこで私は、今となっては恥ずかしいが君をこの地に留めようと様々なもてなしをしたものだよ。君がその雰囲気を好きでないことに気づいたのは太陽が三十きっかり登り降りしてからのことだった。
それからは自然体で過ごすように意識したね。
勿論、いつものようにはいかないけど、水浴びの時に張っていた結界は解除するようにしたし、食事を私がいつも食べてるものに変えたりね。
え、水浴びの時には結界を張っていてください?
今更、というか何十年もここにいたのに、その事を気にしてたことが驚きなんだけど……?
とはいえ、君が意識するというのなら尚更止める理由がなくなってしまったよ。
ああ、そうそう。君のことを見ていて一番最初に思ったのは顔が綺麗だってことなんだけど、私が何よりも好きなのは君が食べている時の姿なんだ。
とても幸せそうなのに、作法はしっかりしてるし、咀嚼する時に音はしないし、味の感想はくれるし、何よりもお腹がはち切れそうになっても残さないところが好きだった。少し前まで、キュケオーン一杯で満足しちゃうお爺ちゃんだけど、昔の君は本当に健啖家だったね。
もう薬も毒も入れてないのに、昔から変わらずにゴーグルを外して食べる癖が抜けてないのも、ああ、あれも懐かしかったな。
君が毎朝早くに起きて掃除をしているのを見てたこと、知ってたかな?
知ってたなら手伝って欲しかった何て言われても、昔のことだからね。魔術を使えば一瞬で終わる作業を何時間もかけてやってるんだから面白かったよ、本当に。
ああ、それと夜の誘いに。
え、ここから先はR-18だから作品的に駄目?
ならまあ、仕方ない。
となると最後は魔術の話になるかな。
えーと、最初の時は強い加護を持っている君なら少し教えればできるようになると思って、もてなしと授業の割合が8:2くらいだったんだよね。
うん、授業を真面目に聞いてくれていたし、理論も確かに理解していたから問題ないと思ってた。
けど、違った。
どうやっても使うことができなかったものだから私も半分お手上げだったんだよ?あの頃はプライドとかで言えなかったけど。
それからはもてなしが0になったよね。完全に同居人としての生活を送ってた。今となっては当たり前だけど、君が毎朝食べるキュケオーンにいつもの毒を混ぜなくなったのもあの頃からだったね。別の実験したい薬とかを入れて被験者になってもらうようにしてた。全部無駄だったみたいだけど。
そしたら夢枕にヒュプノス、君のお父さんだね、が訪ねてきて、モルスが根源に接続するために中継する神は基本的に加護を受けたニュクスとエレボス、最悪の場合は二人とも力を貸してしまうから、魔術の結果が強制的に闇夜に関するものに書き換えられてしまう、それは危険すぎるから僕が使えないように眠らせてるみたいな話をしてきてね、それなら魔術を使えなくないかと思ったんだけど……プライドがあるからね、絶対に教えると、使えるようにすると約束してしまったから、私の師であるヘカテに別の手段がないか尋ねたんだ。魔術の女神である彼女が専門分野で知らないことなんて何一つない。
そこで教えてもらったのが魔術回路を介して行う魔術の使い方だった。君が死んだ時に冥界の仕事を手伝うことになるだろうから、その手助けをすることを条件にして色々と勉強してきた。
実際どうかな、私の助けは役に立っているかい?
うんうん、それならいいんだ。
それからは魔術回路の研究、私もよくわからない分野だったから君にも手伝ってもらっていたけど……うん、用途がわからない実験をしてたのが大体この辺、ここで半年が過ぎたはずだった。盛大なパーティーもしたね。
そして……
私の秘密、この島にいる動物たちの真実を話した。
この島の生き物は全てが元人間であると。
私はこれを伝えることが本当に怖かったんだ。君の料理に肉がなかったことで私がいない時に釣りに行っていたりしてただろう、君が我慢できなくなって彼らを食べることになれば、私は君に同族を食べさせたという罪を背負わせることになる。
エリュシオンに行くことが約束された君の人生に傷をつけることになる。それだけは、私という魔女が嫌われたとしても避けなければならないことだ。そうでもしないと君の家族に怒られちゃうからね。
その時、君がなんて言ったか覚えてる?
『貴女との知恵比べに負けたのですから、その対価に好きなようにされてしまうのは仕方のないことでしょう』
ふふふ。
『これが私の友を餌食にしたというのなら、私はこのナイフで貴女の心の臓を貫いて殺してしまったでしょうが、そうでないなら、それは自然の掟です』
私の口に入れるのは遠慮願いたいですが。
あはははは!
君ってば興味がないようにそう言ってた。
すぐに料理の準備をし始めてさ……君の言葉に嘘がないことを反芻して正気に戻った頃には君は食前の祈りをヘスティアに捧げていた。
私は……嬉しさよりも少しだけ不気味が勝った。
君は私と出会ってから何一つとして、どれだけ小さなことであったとしても嘘を吐くことはなかったのだから、信用に値するのだろうけど、それを当たり前のように言えてしまう君が恐ろしかった。
同時に知りたいと思ってしまった。その日の夜の誘いが少しだけしつこいものだったのは、君のことをもっと深く知りたいと思ったからなんだ。
そして……
「私がこのギリシャに産まれ落ちる前のことです」
君の秘密を知って確信できた。
私は君のことが……
んっ!?
ふう……最後まで言わせてよ。
それじゃあ、この最悪の時に……。
ギリシャの神話が滅びるかもしれない瀬戸際に。
乾杯だ。
テュフォンによる滅び。
多くの神がギリシャからエジプトへ逃げたとされるそれを前にしてキルケーは逃げなかったと伝えられている。それは大魔女であるが故のプライドか、守りたいものがあったのか……
その真相は定かではない。
「今回は大魔女による次回予告だよ」
「遂に前世について話すことになったモルス」
「彼の生い立ちから生まれた価値観には……」
「常識を理解しているからこその悲しみがあった」
「だからこそ私は彼を……」
「おっと!そろそろ時間かな」
それじゃあ……
次回 二人の過去
もう君を寂しくはさせないよ、このキルケーの、大魔女の誇りにかけてね。
どちらが先?
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一話完結のギリシャ異聞帯
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短編のオケアノス
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幕間の二人