あなたの終わりを眠りと共に 作:アメフラシ
オケアノス編、開幕です。
「全員、今すぐ私を殺せ!!!」
封鎖終局四海 オケアノス、海が大半を占めるこの特異点にて一部の英雄は力を発揮できない。だからこそ、海に縁のある英雄たちが揃ってしまうのだろう。けれど、抑止力が気軽に呼べる海の英雄の多くは海賊や奴隷商人のような荒くれ者が多く、素直にカルデアに従うことを選ぶ英雄はほんの一握りしかいない。
「近接班はヘラクレスの足止めと撃破!狙撃できる人は迷わずイアソンに火力を集中!」
その中にイアソンがいたことが、このような事態が発生する引き金となってしまった。
イアソンという男は非常に低レアリティな英雄である。ライダー霊基であったとしても星3くらいが妥当な存在であり、アルゴー号の後は常にメディアと旅をしたという逸話にもあるように彼女がいるのなら、相手が誰であっても、触媒が何であっても、願われれば即座に召喚に応じてくれるようなフットワークの軽い英雄なのだ。そのため人理の危機とまではいかない歴史の緩い分岐点、切除されて消え失せることとなる異聞へと向かう歴史を修正する場に頻繁に召喚されることになる。
強すぎるからと宝具を封印しても持ち前のカリスマと指揮能力は様々な人々を扇動するのに役立ち、周囲に英雄を作りながら進んでいく性質は抑止力の戦力と成り得るサーヴァントを生み出してくれる。
その後に、歴史から消しゴムのように消せば、その分岐点は数多の英雄が生まれた激動の時代に早変わりするわけだ、最高である。
そのため、抑止力くんは今日も頑張れとイアソンをオケアノスに放り込んだ。
これが非常に不味かった。
大人のキャスターメディアを召喚し、少し遠くにイアソンを召喚した瞬間に彼が洗脳されたのだ。信じて送り出した勇者が魔術王の傀儡となった幼女メディアに洗脳されてしまうだなんて……。
当たり前のように宝具の封印も解かれ、発動してしまった「天上引き裂きし煌々の船」によって召喚された数多の英雄たち、普段ならばイアソンが悪事を働く際は召喚されない英雄たちも彼がピンチならば召喚されることを拒むことはない。
黒髭を首魁に据えてしまえば何とかなりそうな特異点の難易度が引き上がった瞬間であった。
「すまん、モルス……だがこの命を礎に!」
「ゼテス……なら隙を見てイアソンに突っ込んで、メディアの結界は私が破壊する」
私が目覚めたのはアルゴー号の甲板であった。
まだ旅の途中だったかと呆けている暇もなく、耳に入る極大の叫び声。それが我らの船長であることに気づいた瞬間に私の体は動いていた。私を殺せ、私ごと撃てという言葉はあの旅路で聞き慣れていたが殺せというのは初めてだ。生前から生き残ることに命を懸けながらも、かなり捨て身で戦っていた彼の言葉らしくないそれに疑問を覚える間もなく全体に命令ができたのは漂う獣の香り、正確に語れば獅子のような強い獣の香りを感じたからだ。
それがヘラクレスのものだと真に気づくことができたのは瞳を開いてからだった。暴走しているのか船員たちへ攻撃を向ける彼とその後ろから槍で各個撃破を狙う戦士、明らかに敵対者である嘗ての仲間とおっさんにアルゴノーツたちは困惑しながらも必死に反撃していた。
「かくして紡糸は極点へ誘う……これで一回、ここからは僕の攻撃は届かない……それなら、ヘクトールの方に行かせてもらおうかな」
「いや、テセウスが抜けると前線が崩れるからそのままで、あと十回、気合い入れていくよ!」
私の役目はイアソンを守るように配置されている結界の破壊と全体の指揮。
問題ない、戦術単位での指揮なら慣れている。けれど押され始めている前線組に加わるべきか……カイネウスがいてくれれば海上限定でもヘラクレスと単独で渡り合うことができたのだろうがそれがないとなれば、不安定な足場で大英雄と戦うことを余儀なくされる。
「ああ!ヘクトール、邪魔なんだけど」
「……いや、おじさんもトロイアの恩人に槍を向けたくなんてなかったんだけどね」
「なら、今すぐこっちに来てくれないかな!」
かといって、イアソンかヘラクレスに総攻撃を加えることをこの男、ヘクトールがさせてくれるはずもない。ギリシャにおける守勢の英雄、私と違って単騎の方が強いタイプじゃないのも質が悪い。連携と呼ぶにはヘラクレス任せなその戦い方は間違いなくこの場の最適解だ。
「すまない、モルス」
「アタランテは気にしないで良い……でも、このままだと流石にじり貧か……」
「……前線が厳しいのなら神罰の魔猪を使うか?」
「いや、弓で殺せてない以上はヘラクレスを削れる手札をここで切るわけにはいかない……」
遠距離班の攻撃はヘクトールによる相殺とメディアの結界によって効果が薄いようだ。けれど、ヘラクレスにそれを集中させればメディアの魔術によって強化されたヘラクレスとの戦いになるため状況が悪化しかねない。
イアソンが完全に洗脳されてしまったのなら、こちらにも影響が出てくる。友と征く遙かなる海路の効果が適応されなくなればヘラクレスと戦っているという現実を直視させられた数人が無力化されかねない。時間をかけるのは危険であり、現状ではヘラクレスを完全に撃破することはできない……。
「……ヘラクレスを殺せる力を持ってる者は各自潜伏して機を伺え!それ以外は捨て身で足止めを、ギリシャに産まれた男なら、たかが三倍の防御力程度貫いて見せろ!!!」
「「「「了解」!」!!」!!!」
「殿は僕とディオスクロイの二人に……いえ、もう一度くらいは倒してみせましょうか」
ならば、ここは一旦撤退を選ぶことにする。
既にヘラクレスを一度殺したディオスクロイの二人とテセウス、どれだけ組み合わせたとしてもランクAに届かない攻撃しかできない英雄たちを盾にして、狙撃や不意討ちで削れる可能性を持ったメンバーに託す。
第三特異点オケアノス、その最初の戦いは魔術王側の勝利に終わった。人理修復の旅、カルデアが現れるちょうど一ヵ月前の出来事であった。
「親父に姐さん……って、見損なったぞ親父」
「いや、私が望んだわけじゃないし……というかメディアも見てないで助けてよ」
「ああ……癒される」
「……これ、着てみないかしら?」
オケアノスの数ある島のひとつに彼らはいた。
ギリシャ最高峰の不死身の英雄にトップクラスの狩人、ギリシャトップクラスの魔女に加えてギリシャの滅びを見届けた英雄と並みの特異点ならば簡単に攻略することが出来るような戦力たちは姿をメディアの魔術で隠しながらアルゴー号を追いかけて、彼らが隙を晒す瞬間を虎視眈々と待っている。
ここに至るまでの一ヶ月、多くの英雄が討ち取られる中でこの四人が狙われていないのはイアソンの慎重さと海賊船からの略奪をやりすぎたことで聖杯を持つ存在から警戒されていることに由来する。
動かないこの特異点の中立戦力の一角、触らぬ神に祟りなし、眠れる獅子を起こすべからず。強者との戦いを求める愚者たちを除いて彼らのいるこの島に近づこうとするものは誰一人としていなかった。
「はぁ、とりあえず逃げきれたか……」
「うん、優先度的に追っては来ることもありそうだったけど、洗脳を優先したかな?」
ディオスクロイとテセウスによる二回に加え、捨て身の奮闘による一回でヘラクレスの残機は残り九個になっていることを己の魔術によって看破していたモルスはアタランテと二人で潜伏していた。死を付与する宝具の影響で十二の試練による防御力増加をある程度無視できる自分は最優先で処理されるものだと思っていたが優先はイアソン……呪いを受けていた頃のメディアなのだろう、強さだけなら大人の方が上だが、躊躇がないだけ厄介かもしれない。
猫要素の追加によって水が嫌いになったのか泳ぎが下手になっているアタランテを適正クラスではないため魔力をゴッソリ持っていかれながら召喚した銀さんに運ばせつつ辿り着いたこの島は平和そのものである。
「さーて、どうしよっか……」
「……ひとつ、手段がある」
そして、この潜伏生活の中で私とアタランテが待つことにしたのはカルデアだ。曰く、人理を修復するために特異点を巡っている組織であるようで、前にローマの特異点でアタランテを倒し、カエサルやレオニダスのような強力な英雄すら撃破していたとのことだ。それを攻略したのならローマの神祖であるロムルスを倒してみせたと考えられる。彼らと協力すればヘラクレスの撃破も可能であると彼女は考えたのだろう。
私はそれに賛同した。現状では手札が足りないのだから猫の手でも借りたい気分だ、ヘラクレスを殺し得る猫は歴史でも稀なのだろうが、隣にいる猫耳になってしまった友人はカウントされたりするのだろうか。
そんな無意味な考えによって頭に油を注す、錆び付かないようにするには物足りないかもしれないが、無人島で自給自足の生活は懐かしいものを呼び起こしてしまう。これから戦う前にその状態になるのは危険だ。
そんな待ちの日々の中に刺激が訪れたのはいつものように海賊を襲って魔力供給のための食料を確保していた時のことであった。
「おう、もう悪さすんじゃねえぞ」
若い英雄、懐かしい顔を見かけたのだ。
海賊の船から飛び降りて現れた彼は、神々によって作られた鎧と盾に身を包んだ偉丈夫。
「ああ、ひさしぶり!」
アキレウスである、私の可愛い弟子であり息子、こうやって再会できるなんて夢にも思っていなかった。それを喜ぶと同時にヘラクレスを削ることができるような戦力の追加に安堵する。カルデアの戦力がどれだけ多いのかわからない以上は自分たちだけで倒せる可能性も持っていた方が良い。
「……あー、いや、ちょっと待てよ」
「どうかした?」
「今から思い出すからな」
「は?」
モルスは己の耳がおかしくなったのではないかと首を傾げて声を漏らした。
「ああ、ライダーか。となると私は邪魔になるだろう。少しあっちに……」
「ああ、姐さん。それと一緒にいるってことはヒッポメネスか……いや、男に間違えるのは流石に失礼だよな?もし、ペレウスの結婚式にいたってなら覚えてないのも……」
「いや、違う……ぞ。不味いな」
「ふふふ……ふふふふふ……」
モルスは激怒した。
必ずや彼の邪智暴虐なアキレウスを打ち倒さんと決意した。モルスにはアキレウスと共に過ごした時代と今の自分の容姿の解離がわからぬ、けれど、息子の無礼には人一倍敏感であった。
実際にアキレウスが女性だと勘違いした時のモルスは既に全盛期を過ぎているどころか衰退期である、勘違いした後、即座に男だと気づけるだけの男性的な要素もあった。その容姿は全盛期のアポロンのドストライクだった今の彼より大人の男性としての側面が強く出ている。キルケーとの生活で男性的な一面を磨いてきたこともあってアキレウスと出会った頃とアルゴー号時代の現役時代では魅力の形が大幅に違う、というか雰囲気がそもそも違うのだ。
アルゴー号時代がツンデレオカンヒロインだとしたら、アイアイエー島時代では乙女ゲーの年上攻略対象のような落ち着きを持っている。つまり雰囲気が反転しているかのように真逆なのである。
アキレウスが気づかないのも仕方のないことであり、妻であるキルケーも現役時代と一緒に過ごしていた時の違いには首を傾げることになるかもしれない。
全盛期で召喚されるというサーヴァントとしてのシステムの問題であるため、誰が悪いというわけでもない。
しかし、それはそれとして腹が立つことは確かなのだ。それなりに慕われてたと思っていた、死に目に会うことはなかったが一日でも確かに家族として絆を深めていたという自信があった。それが崩れたのだからちょっと許せない。
衰えていた時代でも一敗しかしていない、それから成長していたとしても観察は済ませている。不意討ちならば確実に仕留められる。
お灸を据えるだけの手段も準備もある、ならばやるしかあるまい……。
「貴方の師匠ですよ、アキレウス?」
半ば反射的に放たれたサマーソルトは大英雄の顎を強かに撃ち据えた。
その技のキレにそれが確かに己の師匠であるとアキレウスが気づいたのは、脳を揺らす一撃のダメージが抜けた後、二日間、高いところの木の実を取るための踏み台として使われることが決定してからのことであった。
どちらが先?
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一話完結のギリシャ異聞帯
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短編のオケアノス
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幕間の二人