あなたの終わりを眠りと共に 作:アメフラシ
「とりあえず全員無事かな?」
「はい、ありがとうございました!」
大団円には程遠く、けれど窮地を切り抜けたことを安堵するカルデア一行は情報共有を終えて新たに仲間に加わった四人のサーヴァントの名前を反芻していた。
『最速の英霊アキレウスに全盛期の魔女メディア……俊足の狩人アタランテと死神のモルスだろう?ギリシャ神話でもトップクラスの英雄たちじゃないか!?』
加わった戦力の殆どが嘗てのアルゴー号に乗っていたというのが唯一の懸念点だが、それを考慮しなければ一部の特異点は個人で解決できるような英雄が揃っている。
それがこちらの指揮下に入るとなれば敵対するのがヘラクレスという規格外でもなければ完全に勝利したと油断してしまうことになっていただろう。ありがとうございましたと頭を下げる二人にポンポンと頭を撫でながら微笑んでいるモルス、警戒を怠らないアキレウスに、エウリュアレの愛らしさに胸を射ぬかれたアタランテとそれを宥めるメディアのカオスな状況、それぞれの関係性からしてリーダーであると考えられるモルスが藤丸を気に入っていることに安堵するロマニは殺意を滾らせるアルテミスに気づいていない船上の人々へそれを伝えるべきか迷っていた。
「ねえ、ダーリン」
「嫌な予感がするが一応聞いておこう……」
「
「サーヴァントの規格じゃ、こっちが殺されて終わるだろ……モルス単独ならともかくアキレウスとメディアと敵対なんてしたら広範囲攻撃で……」
「どうしましたか、オリオンさん?」
「いや……な、向こうのリーダーとアルテミスには因縁がありまして……」
「もしかして、銀の牝鹿のお話でしょうか?」
銀の牝鹿……ああ、銀さんのことか。
向こうから聞こえてきた声を無視したくなる衝動を堪えながら、焦っているマシュちゃんのためにフラりと体を動かした。
アルテミスとの因縁はそれなりに長い、彼女の兄であるアポロンを撃退したところから始まり、生まれてから月のない夜の館で過ごしていたことで彼女に対する敬いが全くなかったこと、そしてマシュちゃんの発言からして後世にも伝わってしまっているだろう銀さん誘拐未遂事件である。アルテミスがオリオンと出会って少ししてからの中途半端な状態だったからこそなんとかなったあの一件、ギリシャ神話において基本的に神というものは絶対だ。それを何度も退けている私のエピソードが後世に残っただけでも奇跡的なのに、新月だけはキルケーさんが月の女神になるというアルテミスにとって屈辱の出来事まで残っているのだろう。最後のひとつに関しては恨まれても仕方がないと思っている。とはいえ銀さんの件を許すつもりは欠片ほどもないし、ヘラクレスに上等な金の鹿を譲ってもらっていながら未練がましいとも思うのだが。
黄金の鹿号だったろうか、大型なこの船に並走するペットは雄々しい角を持ちながらもふもふしているため旅の枕になってくれた相棒の一人である。
とはいえ、関心がオリオンに向いているから、こうやって殺意を向けられる程度で済んでいるけど……というか私ってアルテミスの地雷を踏むエピソードを持ちすぎてるような気がしないでもない。
……でも、ヘラクレスを殺しきるためにはこれに頭を下げないと駄目かもしれないのが腹立たしい。
「そうそう、酷いわよね」
「……、……、……」
「いや、嬢ちゃん。大丈夫、これは同意しなくても良いやつだから」
「ダーリン……私の味方はしてくれないの……?」
「いや、俺としては女神とまともに恋愛して相手を見送ったとかいう怪物の機嫌を損ねるのは流石にヤバイと思っていまして……」
「女神と恋愛、魔女キルケーとの物語ですね!凄くロマンチックなお話ですよね!」
完全に物知り博士のように思われているオリオンが不憫なことになっているのを横目で眺めながらもう一人の興味の対象を眺める。
「くっ……!すまないメディア」
「勝手に射ぬかれてるだけじゃない……」
「あら、女神を前にしたんだもの。そちらの反応が正常なものよ?」
おろおろ、おろおろ……。
アステリオス、最初にその名前を聞かされた時には本当に驚いた。友人であるテセウスが退治したらしい怪物のミノタウロスが味方になっていることにも驚いたし、情報を読み取った感じだと精神年齢は高くても小学校の3~4学年の子どもでしかないことにも驚いた。
一応、彼の父親であるミノス王との面識がある身としては複雑な感情なんだけど……彼の罪によって怪物として産まれてしまった哀れな少年のアステリオスへの同情の感情はある。けれども、冥界にいたミノス王は社畜で既に地獄のような罰を受けてる様子だったから彼への怒りは薄いんだよね、毎日のように冥界の玄関としてケルベロスちゃんの通した人間を裁いていたから三人とも目が死んでたのは職場での飲み会では毎回のようにネタになっていた。
少し近づいてみる。私には生前にヘスティア様の依頼で魔物や堕落した神を殺し過ぎたという前科があるせいでこういうタイプの英雄との相性は悪いらしい。無辜の怪物スキルを持ってる英雄は私のことが殺人鬼のように見えるらしい。
目が合う。目の前でおかしなことをしている猫耳が気になるのだろう、もしくは人見知りなのだろうか、おろおろとしている。一歩だけ近づいてみれば怯える猫のように一歩下がられる。
「君、体はもう平気かな?」
「……うん、もう、だいじょうぶ」
私の個人的な事情だが、彼とはある程度の仲になっておきたいと思っている。もし、テセウスがカルデアへ招かれるようなことがあれば、目の前の少年を殺したことを悔やんでいた彼との橋渡しになれるかもしれない……それと、ヘラクレスをもう一度殺せる可能性を秘めた存在と生前からの因縁もないのに不仲になりたくはない。
「好きな魚ってあるかな?これから料理でもする予定なんだけど……」
「すきな、さかな……ごめん、なさい……」
「ううん、気にしないでね」
「それじゃあ作戦会議をしたいんだけど……食べながらでいいから聞いてね」
『流石はアルゴー号の食卓を支えていた英雄、どの料理も光って見えるよ……』
「実際に少し光ってる……」
「はい、実際に不自然な光沢があります」
レクリエーションも兼ねた時間を終えて、私とアルテミス以外に特別相性の悪い人がいなかったことに安堵する。アタランテは子どもを食べていたとされるアステリオスと喧嘩になるかもしれないと思っていたのだけど、彼女にとってはアステリオスも子どものようなものだったようだ。
「旨いけどよ、生で魚を食べるなんて特殊な……ホントに食べていいよな?食べたらその場で死ぬとかないよな?」
「俺もアイアイエーにいた時に食べてたから問題ねえだろ。たぶん、な」
「細菌とかはメディアの魔術で取り除かれてるし、寄生虫は私が取り除いてる、マスターくんとマシュちゃんは生身の人間なんだからビタミンの摂取が必要でしょ?」」
「美味しい……」
ポセイドンの息子が魚類を食べることに怯えている面白い姿を見て笑いを堪えながら作戦会議を始める。女神様二人を除けば好き嫌いが少ない人だけで安心した……昔、イアソンから料理中のお前はこの世で一番幸せそうな顔をしていると聞いたからそれを曇らせたくない配慮だったりするかもしれない。
『行きにあれだけいた亡霊がいないなんて……っと、作戦会議だったね。といってもあちら側が仕掛けてくる理由もないし、攻めることになりそうなんだけど……』
「そこは仕方ない、けれど幸いにも攻めるのが得意な英雄がこっちには沢山いるから問題ない」
「ああ、カルデアの戦力が低ければ吾々だけで戦うことも考えたが、これほど頼もしいなら話は別だ」
「なら、先鋒は俺に任せときな。ヘラクレスを最後まで殺すのは難しいかもしれねえが、盤面を荒らすのは得意だ」
うん、そこは同意、宝具の一撃でワンチャンスを使いきった私と違って、アキレウスは耐性がまだない盾で殴ればあと一回は殺せる。
「天穹の弓はもう通用しないだろうが、神罰の野猪で上昇した筋力があれば十中八九通る。次鋒は私が行くべきだろう」
それも同意、ただアタランテは弓が無効化されても他の船員への牽制ができるからそれは最終手段にしておきたい。
『それにしても、流石はギリシャ最強の大英雄というべきか。Bランク以下の攻撃無効に加えて、一度殺された攻撃への強力な耐性……出鱈目な強さだね』
それも同意かな、ヘラクレスは宝具が少ない英雄や火力が低い英雄を払い落とすだけの異常なスペックがある。狂化していることで精神に作用する魔術も殆ど通用しない。
「……ひとつ、提案があるんだけど良いかな?」
けれど、それではきっと駄目だ。
これからカルデアが行く特異点がどれ程のものかは知らないけど、ヘラクレスという絶対的な実力者との正面からの戦いは二人を確実に成長させる。その糧がなかったことで敗北するかもしれない未来がきっとある。
『おお!アルゴー号の副船長直々の作戦!」
副船長って、途中で抜けた人間が責任のある役職なわけがないじゃん。話が逸れるからそういうのは無し……っと、この作戦はハイリスクローリターン、やるべきではない作戦ではあるのだけど……。
私という存在は試練を与えるのが好きなのだ、己の力で立ち向かうものこそが、何よりも大好きだ。
「藤丸くん、100m走は何秒だった?」
どちらが先?
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