あなたの終わりを眠りと共に   作:アメフラシ

29 / 38

 これでオケアノス編は終わりです。



英雄と過去

 

「……ちっ、仕留めきれなかったか」

 

「ああ、おじさんは、守るのだけは嫌になるほど得意だからね……本当に、嫌になる」

 

「やったか、カルデア!」

 

 

 アステリオスの宝具が解かれた。

 数多の英雄たちを犠牲に成し得た大英雄の討伐、その事実に誰よりも驚いていたと同時に誰よりも納得しているイアソンは眼前の勇者たちの健闘に感謝すると同時に、こうやって動くこともできずに悪態をつくことしかできない自分に嫌気がすると……嫌気がするだけで何もできないことを悔やんでいた。

 故に、こうやってメディアが自分の側を離れられないことを利用してヘラクレスを撃破したカルデアに少しだけ自尊心が救われたように思えた。

 とはいえ、消耗した戦力で、アキレウスがいるため十分なのだろうが、ヘクトールとメディアを倒さなければならないという現状は変わらない。

 

 

「……標的確認、方位角固定」

 

「そんな余裕があるかと思ったか?」

 

 

 一矢報いるとでもいうような宝具の一撃は神性を保有しなければ破れないアキレウスの肉体にダメージを与えられる可能性のある不毀の極槍の投擲。

 

 

「後ろにマスターがいるから避けたら終わりってか?舐められたもんだな」

 

 

 それすらもアキレウスの盾によって弾かれる。

 神話と同じように、ヘクトールはアキレウスに敗れる運命なのだろうか。一度の敗北ではない、神の悪戯によってアキレウスとの決着を先延ばしにし続けた挙げ句、神の悪戯によって敗北した彼の終わり……。

 

 

「いや?アキレウス、今のは確かにお前を狙ったさ」

 

 

 デュランダル、彼から見て遠い未来の世界で剣として扱われるその穂先は取り外しが可能な特別なものである。弾かれた槍からそれを手に取り生前と同じように剣を持ち好敵手と相対する。

 やっていることは人理に背く行いだ。けれど、愛する者と死別した彼にとって今回の雇い主の感情は嫌というほど理解できてしまう。無論、ヘクトールという男は残していった側の人間なのだが。

 

 

「それじゃあ、仕切り直しといこうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女はイアソン様の死に何も感じなかったのですか?それとも忘れてしまったのですか?」

 

「忘れたことなんてないわ。けど、貴女がいつの私かわかった気がするわね……」

 

 

 メディアはただ嘆いていた。

 己の呪いによって死を選んだ最愛の人、聖杯によって生み出した彼が歪な願いによって変質したその口を開く度にそれを殺して、再び蘇らせて……けれど、どれだけ足掻いても完璧な彼は見つからない。

 最高の彼から最悪の彼女の理想を混ぜたようなその男は確かにイアソンの本質を持っていながら彼が生前に強がりと見栄を張ることで見せなかった醜悪な一面を全面に押し出した気味の悪い存在だった。

 故に、聖杯を手放した。

 それが不愉快だった、全ての願いを叶える願望の器を謳いながら彼女の愛おしい人をそのまま召喚することもできない欠陥品なんて必要なかった……。

 しかし、彼女の眼前には願った男がいる。

 洗脳をしたことで他の偽者と同じようなことを口にするのが不愉快だが、生前なら絶対にどうしようもなかっただろう洗脳魔術を受けても、それを貫通することができるような精神力、ああ、これこそがイアソン様だ。

 ギリシャのどの英雄よりも力が弱く、ギリシャのどの英雄よりも強い心を持つ男、彼女は再度聖杯を求めることにした。最高の大英雄に守られるこの環境なら、彼女の愛するイアソンと共に束の間の永遠に興じていられるからだ。星見の魔術師どもに邪魔されてなるものか、この永遠があれば他の全ては必要ない。

 

 

「あの時……誰にも抱き締めてもらえなかった……いや、その瞬間を切り取って召喚されたってところかしらね……本当に悪趣味だわ」

 

「あの時?」

 

 

 そして、眼前の相手が己であるが故に、大人になったメディアは歪な少女の心を理解していた。

 あれは、あの壊れかけの少女は確かに自分、イアソンが死に自暴自棄になりかけていた自分だ。

 あの時、己が紡いできた関係によって前を向くことができた自分が、それを知る前に召喚されたのならこうなってしまうのも仕方がない。

 

 

「ええ……いえ、ここから帰ればすぐにでもわかることよ。イアソン様がいなくても、私たちは生きていかなくちゃならないの」

 

 

 会話するだけの余裕を持ちながら魔術を行使する姿は一方的で、どちらが悪役なのかわかったものではない。無論、幼いメディアが未熟なわけではない。

 ただ、最愛の人と共に旅をしてきて、それを失い磨耗した瞬間を切り取られた彼女と魔術師であり、神の血を引き長い時を生きていくことを余儀なくされた王国の守り手はこの人理の魔術師、魔法使いの中でも五本の指に入るだけの戦いの腕前を誇る。

 幾度も龍を退け、己へ求婚する愚かな神を退け、数多の怪物たちからイアソンの眠る国を守り続けたその魔術はより効率的に相手を撃退する……彼が願ったように誰も殺すことなくだ。

 

 

「吐き出してしまいなさい、私は、とっくの前に割りきったけど、あなたは違う」

 

 

 幼い彼女の頬へ触れる。

 あの人と別れてから若作りも止めてしまったから、今の自分よりずっと綺麗な肌だ。初めての痛みを知って、これからも癒えることの決してないそれを抱えながら生きていく自分へ……。

 

 

「好きなんでしょう?」

 

「……」

 

 

 触れた頬を水滴が通っていく。

 メディアという少女の封じ込めていた感情が溢れて、頬を、未来の自分の腕を伝っていく。

 周囲から戦いの音が消える、杖を少しだけ振って手放したくなかった人に付けた縄を解く。

 

 

「イアソン様……」

 

「……」

 

 

 洗脳を解かれても、イアソンはただ船に揺られるまま、少女と視線を交わす。

 

 

「好いていました……貴方様のことをずっと」

 

「私……いや、俺が押し込めてしまっていたか……」

 

「いえ、きっと最初は違いました。それでも、側にいることが自然に思えるようになってから、少しずつ好きになっていたのかもしれないです」

 

 

 今まで、張り付いたような笑みを浮かべていたその顔は豪雨の後に輝いた虹のように美しいものへと変じていく。憑き物の落ちたような乙女のそれはきっと世界で一番美しい表情なのだろう。

 

 

「……すまん」

 

「はい、わかっていました……でも、聞いてくださってありがとうございました!」

 

「もっと早く、気づいてやれれば……」

 

「それ以上は野暮ってもんだろう。英雄イアソン」

 

 

 トロイアの大英雄が目配せをする。それに頷いた少女の懐から聖杯、ドレイク船長の持つそれではない特異点の元凶となるそれが取り出される。

 

 

「謝って許されるとは思いません。皆さんに深く迷惑をおかけしました」

 

 

 手渡される聖杯に青年が手をかける。

 それを受け取り、元の時代へ戻ろうとした瞬間の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、神代の魔術師といっても凡百のサーヴァントと変わりないということか」

 

 

 序列三十、海魔フォルネウス。

 

 

「その罪はその身で贖うといい、光栄に思え、サーヴァント如きが七十二柱の礎となれるのだから」

 

 

 遠い海の彼方にて、その身をもって人理焼却を食い止めるはずであった魔術師……今は悪魔と呼ぶのが相応しい存在が唱える。七十二柱を召喚する魔術、彼の上位者である人類悪によって召喚される怪物が姿を現す。

 

 その触媒となったのは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メディア、そこをどけ!」

 

「え……?」

 

 

 イアソン、メディアを庇い触媒となった彼は、その身を溶かされるような痛みに耐えながら叫ぶ。

 

 

「今は攻撃しなくていい!どのみち召喚は継続される、ならその瞬間を全力で叩け!!!」

 

 

 やがて、その体が完全に消え去ってから巨大な肉の柱が、その全てが知的生命体へ嫌悪を与えるような怪物が現れる。

 

 

『とりあえず意識の乗っ取りは成功したが、長くは保たん、とっとと片付けろ!』

 

『え……え……えええ!!!』

 

『なんだ、私の全てを触媒にしたのだから、こいつの意識を乗っ取れるのくらい当然だろう!』

 

『いや、いや、いや、その理屈はおかしいよ!?』

 

 

 魔神柱、魔術王ソロモンの召喚する真性の悪魔を乗っ取るという現象は魔術によって召喚されるサーヴァントが決して出来るはずもない狂気の所業だ。

 

 

「イアソン様……いえ、殺しましょう。ヘクトール、星見の皆様を助力しましょう」

 

「ああ……というわけで、おじさんも味方をさせてもらおうかな」

 

『理屈はわからないけどこれが最終決戦だ。頑張ってくれみんな!』

 

 

 フォルネウス、天使と堕天使によって構成された軍隊を率いる地獄の大公爵、与える権能は戦闘に秀でたわけではないにせよ並みのサーヴァントを簡単に蹴散らせる悪魔がカルデアの前に立ち塞がる。二柱目の魔神柱との戦いが幕を開けることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ……やはり、マルコシアスやグラシャボラスのような戦いに特化してい……「無粋だねえ……帰ってくるまでが遅くなって合流できそうにないけど、こいつは殺しておくよ。頑張りたまえ、カルデアの善き人々」な……貴様は既に消滅していたはず!」

 

 

 それは、モルスという英雄が神へと変じた時に行われた地上への一時的な帰還。

 

 

「三十分しか帰ってこれないし、誰もいない実家に帰らないといけないから時間がかかって現実的な宝具じゃないんだけどね」

 

 

 消滅する度に召喚され続けることで実質的に死なない悪魔に死という概念を刻む。

 

 

「これで……しばらくは彼らにちょっかいをかけたりできないでしょ」

 

 

 斯くして最果ての海は突破した。

 数多の犠牲を乗り越えて歩き続けたカルデアの勝利によって終わったその旅、最終決戦の引き金を引いたレフがものの五分で消滅したことを知るのは一部の千里眼を持つ英雄のみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モルス、俺の親父で師匠だ。マスターは目をつけられないようにしとけよ、あの人の訓練は人間じゃ耐えられない程度には厳しいからな」

 

 

「おじさんとしては、アイアイエー島に妻を匿ってくれたらしい恩人なんだよねえ……まあ、アキレウスをあそこまで育てたのもあって素直に感謝できないところもあるけどね」

 

 

「ああ、ヘラクレスの次に頼りになる男だな。家事に戦闘、説得に誘惑までこなせるからな、私も船に乗せるのなら一番最初に選ぶ」

 

 

「モルス、それなりに世話にはなっていたのよ。アルゴー号に乗っていた時も、イアソンが王だった時代にも……その後にもね」

 

 

「ああ、モルス様。はい、アルゴー号の時にお世話になっていたので、あまり好かれてはいなかったみたいですけど裸を見られたこともあるんですよ?一緒に水浴びをしたりもしました。あ、叔母様……」

 

 

「そうですね、教えるものが殆どなかった出来の良い生徒ですかね。それでも、まだ教えて欲しいと様々なことを吸収してくれましたよ……アキレウスの件は本当に感謝しています」

 

 

「モルス、大事な弟です。強くて、賢くて、礼儀正しい弟ですよ」

 

「ああ、少しばかり無防備なのは気になるがな……絶対に手を出すなよ」

 

 

「色々と学ばせてもらった相手だ。あの出会いがなければ僕はゼウスの雷霆に撃たれたままに死んでいただろうからな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ、うん、今回も君に嘘を吐かせなかったよ。どうだい、嬉しいかな?」

 

「……」

 

「あはは、泣かないでよ。所詮は分霊でしかないし、本当の再会じゃないかもしれないけど、それでも、やっぱり嬉しいよね……」

 

「……いえ、これは本当の再会ですよ」

 

「うんうん、そうだね。それじゃあ、これから何をしようか、君の話していたあれこれもこの世界ならできるだろうし……あ、ピアノも聞いてみたいね」

 

「……いえ、泣いて、お腹が空きましたかね」

 

「そうかい、それじゃあ……」

 

 

 キュケオーンをお食べ?

 

 

 

 

 

 

 





 ここからはミリシラな掲示板を挟んで、作者がZeroとApocryphaの小説を読むか、幕間っぽいカルデアの日常が書けたら投稿されると思われます……今まで本当にありがとうございました。

どちらが先?

  • 一話完結のギリシャ異聞帯
  • 短編のオケアノス
  • 幕間の二人
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。