あなたの終わりを眠りと共に   作:アメフラシ

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 ミスで連投したので必死に新しいのを書いています。


旅路と幼少期

 

「えーと、ここを真っ直ぐ走って……」

 

 

 私ことモルスは地上を走っていた。

 祖父母の加護と呼ばれる外付け強化、ネメシスの姉貴から教わった殴り合いの技術と精神、モロス叔父さんが教えてくれたギリシャ全土の地理や王族の歴史、知れば知るほどオリュンポスの神がろくでなしだと思い知らされるものだったが、ひとつひとつにツッコミをするほどの気力はなかった。「死」という概念そのものを司るような神様ってだけあってモチベーションが「死ぬ」ギリギリを見極めるのが上手だったり、話題が「死ぬ」ことがないように話続ける技術に叔父は長けていた。

 ネメシスの姉貴も通った道だったとのことで、脳筋とはある程度の知性を下地にしているのだということに気付かされた。私に転生前の記憶があるため算術などは大幅にカットされたが、その数式って人間は知ってたっけと顔に疑問符を浮かべた叔父がいたため、いつかはバレるだろうと思っていた転生の概念を語ったのだが、冥府からの復活を成し遂げた凡人は存在していないと聞く耳を持たなかった。おかげで異常な妄想癖の類いだと認知されてしまったが、ある種都合が良かったのかもしれない。

 

 私という人間の根源、魔術的な意味ではない、である尊敬の自己暗示が露見しなかったのは、私があの館で過ごす安寧を脅かす可能性があった2つの要素を排除したといっても過言ではないだろう。

 ……ああ、尊敬の自己暗示だっただろうか、これは非常にシンプルな技能であり修得することも難しいことでない能力だ。

 もっとも、やるべきことは単純だ。相手がどれだけ気味の悪い存在であったとしても、相手がどれだけ不愉快な態度をしていたとしても、相手を見つめ続けるのだ。決して目を逸らしてはならない、相手を観察し、監視し、外見から読み取れる全てを、放たれる息、吐き出される言葉、肉体の振動、踏み鳴らされる足、全てを読み取り、模倣できるレベルまで、知り、理解し、噛み砕き、混ぜて、良い部分だけを抜き取る。

 そうすれば、相手は私に学ぶ機会を与えてくれた恩人だ。恩人なら無条件に、盲目に尊敬することができるだろう?

 この感情は決して嘘ではない、けれど、普通の人間が思い浮かべる尊敬、畏敬ではないのだろうし、私自身がこの感情を修得するに至った道のりからしてあまり褒められたものではないのだが……っと、ピリオ山だったよね、地上に出たのがオリュンポス山から下の方のこの辺だから、とりあえずは東に進んでいけば山があるのかな、そこに登れば問題ない?

 へー、私が産まれたアルゴスはこっから南西で、行ったら駄目なオリュンポス山は北、地図を見てるだけで面白いなんて幼児のようだが、この異世界にて娯楽と呼べるのはネメシス姉貴との殴り合いとエレボス爺ちゃんの闇で作った人形によるチェスのような遊びくらいだ。

 あの人、闇の神様ってだけあって相手にしていると絶対に勝てる気がしない。底が知れないのもあるんだけど、手を抜いて戦ってくれるタイプではないという点も相まって、神に挑むという言葉の重みを教えてくれる。簡単に言えば楽しかった。

 

 そんなどうでもよいことに頭を使い、ブドウ糖を無駄に消費したことが原因だろうか、町を巡ることもなく、直線に進行することにしたせいで休憩することもなく、自分の体力や空腹を考える間もなく、完全に脳筋になっていた私の空腹が限界に達していたことに気付けたのは足が動かなくなっていた頃であった。

 空腹で倒れるとは、漫画のキャラクターにでもなった気分だと思いながら瞳を閉じた。

 闇と夜の加護があるから、夜になったのなら起きることができるだろうと木の上で、安全な場所であろうその場所で眠ることにしよう。

 

 薄れていく視界と眠れる夜へと至る。

 

 

「大丈夫でしょうか、美しき少年」

 

「ん……ふぁ~、おはようございます。大丈夫ですよ、少し休憩をしていただけなので」

 

 ぐぅ~。

 

「ふふ、お腹が空いたのですかね。よろしければ、我々の村にいらっしゃいませんか?」

 

「えーと、お願いしましょうかね」

 

 

 夜、には少しばかり遠い夕方のオレンジ。

 木の上で眠っている私へのんびりとした老婆が話しかけてきた。姉貴にオリュンポス山の近くで出会う老婆はみんな神様だと聞かされているから怖い、と言いたいところだが無礼がなければ問題がないとも聞かされているため今は問題ないだろう。

 不安を消すように肩を並べてと思ったが、ご老人には優しくの日本人精神も相まって老婆に背を貸そうと尋ねると、ありがたいと乗ってきた。

 岩のように重いが、それを口にするのは失礼なためとことこと歩き続ける。腹を空かせてはいるのだが夜が近づいていること、老婆の影で闇が産まれたことによって強化されているため特別問題はない。

 ただ、老婆が重すぎて体が辛いため、さっさと彼女の住む村に辿り着くことを祈ろう。

 そんな失礼なことを考える程度には老婆へ親しみの感情を覚えているようだ。私自身、相手が近ければ近いほど辛辣なもの言いになると母と妹から口煩く言われてきたのだが、こればかりは性分というものだ、親しき仲にも礼儀ありといったところだろうが、肩肘を張らずとも過ごせる場所というのはなんと心地の良いことだろうか、今生での実家がその場所であることは実にありがたいことである。

 老婆に、ケイローンの住むピリオ山に行くにはどうすればと尋ねれば、地平の先にある山が目的地だと教わる。どうやら、直ぐ側にまで来ていたようだ。

 

 そのように話していれば目的地である村についたようだ。

 村は、鎌倉時代あたりであろうか、このような田舎の村が竪穴式ではないことから文明レベルが特別低いわけではないようである。実家は魔術だかを使いまくって快適にしていることでこの時代の文明レベルが分かりにくいのだ。

 老婆を家まで送ると、ことことと温めていたスープがある。おそらく、ポトフのような野菜と肉を投げ入れたスープだろう。

 五臓六腑にしみわたる温かさに息を吐くと、老婆は私の対面に座りスープを飲み始めた。上品なその仕草に感動しているとスプーンを持ち上げずに彼女は口を開いた。

 

 

「この村の近くには凶暴な猪が出てねえ、毎年作物を食い荒らすもので、困っているのですよ」

 

「それを自分に、ですか?」

 

「ええ、そうです。賢者ケイローンの元を訪れるのならば、さぞ勇敢な戦士なのだろうと思いまして、彼の猪を退治してはくれないでしょうか」

 

「ええ、わかりましたとも。夜が更けたのならすぐにでも退治しに行きます」

 

 

 凶暴な猪、村単位ならば退治できないのも仕方ないのだろう、現代の日本でさえ獣による損害を完全に消すことはできないのだから。自分が戦おうと胸を叩いて語れば、老婆はにこりと笑い、少しスープを飲んでから口を開く、あの森に夜に入るのは危険だと、昼に行くべきだと、もっともな意見ではあるが、自分には夜の方が都合が良いと返せば老婆は、猪の住む川のほとりにある洞窟の場所を伝え、持ってきていた革の水筒を補充して村を出る私を柵の裏から見送った。

 少し歩いて辿り着いた森は清浄な空気の流れる場所であり、少なくとも実家よりは安全な場所であると肌で感じることができる。

 ならば、住まう獣もたいしたことないだろうと思い歩く、草木も眠る丑三つ時とは上手く言ったもので、草木や川を司る精霊たちでさえ父の力によって静かに眠っている。ただ一人、月明かりに照らされ世話しなく動く影は私である。

 川の神に通っていいかと小声で聞けば、構わんと返ってくる。日本では水神といえば龍なのだが、ここではおじさんか驚くほどの美人だ。文化の形態によって神の形も変わるものだと賢いふりをしながら川を渡れば、猪の巣だと聞かされた洞窟が見つかった。

 まあ、大したことないだろうと簡易リュックに水筒とナイフだけ入れてきたが獣の臭いが強い。これだけ自らの存在を派手に示すことができるのは強大な存在か擬態した雑魚である。

 意を決して洞窟に進めば、そこにはバスとそう変わらないほどの巨大な猪が眠っていた。ああ、これはケイローンの師事を仰ぐことを自らや親が認めるような英雄でもなければそのまま返り討ちにされるに違いない。しかし、夜であり、闇が深くなる洞窟、おまけに眠っている状態で私に出くわすとはついていない。

 奇襲をするべきかと、そっと近づいても起きない、何かしらの神の神獣である可能性もあるため神殿や怪しい紋様がないかを探すが、どうやらデカイだけの猪であったようだ。

 さて、どうやって仕留めようか。最初は夜と闇の強化によって増した暴力で首でも絞めようかと思っていたが、こうも巨大であればそうもいくまい。ならば仕方ないと取り出した解体のためのナイフをその脳髄目掛けて振り下ろす。刃こそ弾かれそうになったものの、腕の力は健在である、頭に刺した分厚いそれを掻き回す、ついでにと心臓を突き刺せば、猪はそのまま動かなくなり確かに死んだであろうことが確認できた。

 仮にも眠りの神の子なのだから、相手の生死程度なら見ただけで判別できる。

 

 さて、この猪をどうしてしまおうか。

 殺したのなら食べてしまうのが良いのだろう、ストレスを与えずに殺したため肉は比較的柔らかくなり、筋肉質なところは煮込んで食べれば上手くなるのではないか。

 怒りによる呪いすら発することを許さずに死んだその体からどくどくと血を抜いていく。心臓は眠らせ、肉体も固まることのないように眠らせる。

 解体するのも面倒なため、猪の体を持ったまま、村に向かって走る。驚かれるかもしれないが、私のような子どもが凶暴な獣を殺したと語っても虚言としか思われないであろう。

 そう思い、夜のうちに村の広場らしき場所へ猪を置き、その亡骸を枕として眠ることとした。

 

 

「我らを苦しめた猪が死んでいる!」

 

「ああ、ヘスティア様の祭壇にあるということは、女神が遣わしてくれた英雄に違いない!」

 

 

 朝、村人たちが騒いでいる声で覚醒する。

 瞳をぱっちりと開こうとして、ああそういえばと思い出しゴーグルをつける。

 そのままに立ち上がれば、老婆が村人たちを抑えている姿を目にした。何があったのかと尋ねれば、旅人様の置いた猪によって村人たちは驚いているとのことだ。

 そうだったのかと首を縦に振れば、老婆はひとつ、ふたつ、呪文を唱え、美しい幼児へと変貌した。

 一目見ただけでこれは、精霊か、神の類いであるとわかるオーラを放つ彼女に、やはりかと内心で呟けば聞こえていますよと脳に直接返ってくる。

 

 

『私の遣わした英雄、モルスによってテッタリアの魔猪は退治されました。褒美として彼の英雄には私の永遠に灯る蝋燭を与えましょう』

 

 

 いや、あんたの英雄になった覚えはないんだけどと心で呟けば、ご褒美に料理に便利なグッズをあげるからと言われて黙ることにした。ヘスティアは炉の神、捨て子の神であり処女神である。囲いを受ける相手として、他のオリュンポスの神々と比較して随分とまともな相手だ。

 父や祖母と相性の悪い神でもないだろう、夜の神とは複数の夜の側面を持つ、そして人は夜になると明かりのために炉へ火を灯すのだ。ならば優しい夜としての祖母との相性は悪くないはずだ。

 その後はお肉パーティーになった。猪は豚のようなものであり、少しばかり固いが旨いものを食べていたようでたっぷりと脂肪を蓄えている。

 炉の神が直接作った料理を食べられるとか、料理の神様からご飯を振る舞われているようなものでしょ、素晴らしいねえ、ホントに。

 シンプルなステーキから変わり種の内臓まで、村の人々と共に最後まで平らげれば、猪はついに骨と皮だけの姿になってしまった。

 何かに使えないかと思案すれば、ヘファイストスが暇そうな時にでも渡しておくよ、良いものになって返ってくるはずだよと語るヘスティアへその二つを預けておくことにした。

 えらく気前の良い神だな、何か裏があるのだろうかと勘ぐってもみたのだが、捨て子の神が捨て子に優しくするのは当然だろうと薄い胸を張って諭された。どうやら、私を小間使いにするつもりはないようである。

 

 

「それでは、英雄様、いってらっしゃいませ」

 

『うんうん、その蝋燭は君が燃やしたいと思ったものにしか燃え移らないからね。革嚢の中に入れてしまっても、雨風に晒しても問題ないよ』

 

 

 多くの、それでも三十程度だが、人々と一柱に見送られ村を旅立つ。目的地であるケイローンの住み家であるピリオ山へ向けて歩を進めるのだった。

 もちろん、今度は倒れないようにとリュックいっぱいに食料を詰め込まれて、である。

 





 直前までヘラかヘスティアかで悩みました。
 このような暇潰し小説に評価、お気に入り、どちらもありがとうございます。

 次回のヘスティア視点で幼少期はおしまいです。

どちらが先?

  • 一話完結のギリシャ異聞帯
  • 短編のオケアノス
  • 幕間の二人
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