あなたの終わりを眠りと共に 作:アメフラシ
遅くなりました!!!
「ええ、努力は認めます。仮にもサーヴァントである暗殺者を相手にして犠牲がなかったことは私も誇らしいですよ、ええ」
「……キャスター?」
「ああ……サクラが起きてしまったので、これで終わりにしますが全員反省をするように」
泥のように眠るという言葉が頭に浮かんだ。
少女の記憶の中にあるその言葉がピタリと当てはまるような冥界にて。覚醒した意識と望んでいた朝日の訪れすらないその空間にありながらもサクラは取り乱すことなく魔術師を名乗る女性の顔を覗き込んだ。巨大な虫に体を犯され続ける彼女の夢がさらに巨大なパンダのお腹の上で小さなパンダと戯れる夢になったのは十中八九彼女の力によるものだろうが、大地への干渉から夢への干渉、挙げ句の果てには世界を夜に変える姿はお伽噺の魔法使いのそれであり、サクラの頭には紀元前から語られてきたとされている
家族から虐げられる少女が女の魔法使いに救われる、聞こえる人々の喧騒は白雪姫の小人のようでもあり、暗闇から目覚めても闇の中にいる少女の心を大いに煌めかせた。キャスターの騎士のような立ち振舞いからもそれが連想できたのだろう。
「お嬢様が起きられた」
「この冥界に目を醒まされた」
聞こえる死霊の声、それは忘れ去られ顔すらない彼らの子どものような無邪気な感情の発露である。嘗ての女神にとってそうであったように、心象風景の具現として存在するこの冥界は賑やかで瞳を閉じるのには向いていないのだが、その喧騒すら静謐という絶望と比較すれば安寧と思えてしまうような人生を少女は歩いてきてしまった。
されど、小型ジェット機と変わらない大きさをしたお伽噺の竜と東洋に人々が語る麒麟のような外見をした幻獣の姿を見て驚きがないわけでは決してなく、キャスターがそれらを叱りつけている姿を見なければ絶叫をあげていたことだろう。これに関しては今回に不始末を働いた2頭にとって不幸中の幸いであったが、その背景にある2頭の熊のようなメカメカしい生命体と大きく愛らしい生き物のことを見られてしまったのは不幸を積み重ねていることになってしまった。
「それって……?」
「えっと……お嬢様、これは我々の故郷であるギリシャに住まう「銀、言葉を連ねるのは構いませんが私の前で嘘を吐くつもりですか?」あーと……いや、詳細を伝える必要はないのでは?」
「もしかして……パンダ?」
「おお!お分かりですかお嬢様!!」
乗用車と大差無い大きさの馬が唐突に人間に変わったこと、それがクラシカルなメイド服に身を包んでいること、口を挟むことすら億劫なそれを無視して竜の巨体でも隠せなかった熊らしき生き物を眺める。
片方はサクラの2倍はある大きさの熊であり、体色こそ白黒のパンダのものではあるが体の大半が後付けであろう鎧に覆われており男の子が好きそうな敵性ロボットのような姿をしていた。
片方は大きさこそ普通のパンダと同じ程度のものだが、体色は茶色を貴重としており髭の生えた顔と熊ではなく猫のような外見をした生き物、現存する生き物で例えるのなら……いや、ピタリと当てはまる生き物がいる、それは巨大なレッサーパンダであった。
2頭の知識にとって子どもが好む生き物は白にとっては憧れであり目標であるアルビオンであり、それを模倣しようとすれば機械的なパーツが増えることになる。銀にとっては現代の基準で愛らしい生き物であり、パンダへの中途半端な知識が古くは本当のパンダであったレッサーパンダを生み出してしまうことになる。
別にどちらが悪いわけでもないが、白は流石に論外であると叱られていたところに目覚めた形となったサクラ、メカパンダは兎角として巨大なレッサーパンダと触れ合えるというのは不快な経験ではないだろうとキャスターが元アサシンの2頭を放置していたことで生まれた平和な怪物と現代の少女との出会い。2頭のモフモフとした毛玉に揉みくちゃされる至福の時間は偵察に向かった死霊たちが帰ってくるまで続くのであった。
「……桜」
遠坂時臣は今回の聖杯戦争に絶対に勝利するための手段を保有しているはずだった。古今東西の英雄たちの中でも最も古い王の英雄ギルガメッシュ、それを召喚することができたのなら万が一にでも遠坂に敗北はないだろう。
しかし、その敵対者の中に望まぬ相手がいるのならば話は別である。
魔術師としては特別長い時を経ているわけではない遠坂と長い歴史を持ち錬金術の大家ではあるが戦闘に秀でているわけではないアインツベルン、加えて得体の知れぬ間桐の御三家は基本的にそれぞれで三騎士と呼ばれている強力なサーヴァントを呼び出すことになるだろうと時臣は睨んでいる。今回は間桐に枠がいなかったとのことで、それが外部の魔術師の手に渡ることになるのだろうがこちらで確保したアーチャー、衛宮切嗣という金稼ぎのために魔術を使う下賎なネズミを雇入れ本腰を入れて聖杯を取らんとするアインツベルンは最雄と呼ばれているセイバーを召喚したであろうことは想像に難くない。
ならばランサーはケイネス・エルメロイ・アーチボルト、時計塔でも有力とされる魔術師が確保しているに違いない。
本来なら、この時点で相手のサーヴァントのクラスが割れているのならばそこから真名を推測することもできたのだろうがセイバー、ランサー、アーチャーの三騎士は騎士と呼ばれているだけあって正道の英雄が選ばれることが多いのだ。他の4種類、アサシンを除く3種類はライダー以外は基本的に人の心がない最悪の存在、神秘の秘匿を守ることもしない怪物である可能性が多大にあり得る。
二日程前、間桐の館を監視していたアサシンからの報告によって高速で移動する人影を、背中に少女を背負った人影を見つけたという報告が入った。
教会から受け取った情報からその瞬間に召喚されたサーヴァントは
間桐の館に住んでいるであろう少女など己の娘である遠坂桜しか存在していない。高速で移動する存在がサーヴァントだと仮定する、間違いなく人間ではないだろうが、のならば桜が……嫡子に魔術刻印を継がせるために泣く泣く養子に出した娘が聖杯戦争に参加しているという事実を確定させてしまう。その事件以来は音沙汰のない間桐の家も恐ろしい、何があったのかを語るつもりがないのだとしてもイレギュラーが発生したのなら声を掛けるくらいはするだろう。
時臣は情を捨てること平然と行う魔術師の中では比較的良心的な存在であった。それ故に、桜が聖杯を獲るために戦っているのではなく召喚されたサーヴァントに利用されているのではないかと考えたのだ。
これが正面から敵対したのなら慈悲もなく消し飛ばすこともしただろうに、意思を奪われているのなら……救い出せるかもしれない、確かに家族の情を注いだ相手に、魔術の才能があるのなら別の場所で研鑽を、嫡子以外にそれを継がせることのできない魔術刻印の特性のために手放した娘に対する情が芽生えてしまった。
「偵察に出したアサシンは全滅、情報ではドーム状の結界の中に隠れている」
となれば、相手はキャスターだろう。
結界の中で絶対を誇るキャスターであろうと……それが叶わないことを知りながらギルガメッシュへ告げた言葉は案の定退けられることとなった。
「桜ちゃん……」
間桐雁夜は愚かな人間ではあるが決して馬鹿ではなかった。刻印を受け継いだことで魔力の多くを虫たちに肩代わりさせることでバーサーカーを霊体化させなければ痛みで動けない状態から脱し、遂にはその囚われている場所の冬木の町外れにある結界の存在も発見した彼であったが、その中にバーサーカーを飛び込ませることが自殺行為でしかないことを知っていた。
だからこそ待ち伏せを選んでいるのだが、当然のことながらキャスターらしきサーヴァントが結界から出るというのは余程のことが起きなければあり得ないことだ。虫とバーサーカーを待機させ、彼自身も虫と視界を共有することで待ち続ける雁夜。彼に魔術の圧倒的な才能があれば時折出ていく3人の存在を見ることができたのだろうが、神代の女神の魔術、四捨五入すれば3000年近い時を見守ってきたそれを見破ることはできない。
雁夜は己を正義だと捉えてしまっていた。
遠坂時臣という彼にとっての巨悪の存在もそうだが、助けたいと願っている少女が連れ去られてしまったこともその愚かな心に拍車を掛けているのだろう。
彼と出会った時の間桐桜は確かに救いを望んでいた。けれど今の彼女は本当にそうなのか。遠坂葵は桜と離れ離れになったことに涙を流していた。けれど、その願いを除いた時臣への怒りは正当なものだろうか。
空回っていることを理解できないまま、愚かな男は今日も結界を見つめる。此度の聖杯戦争で最も冥界に近い存在である彼は何時しかその結界に囚われることとなるのか、それは誰にもわからない。
けれど、彼にとっての行いが願いの形とは違ったとしてもサクラを救ったことは確かなのだろう。
ぐぅー……
「そうですね、ご飯にしましょうか」
空腹を告げる音が響いた。
それを愛らしいとにこやかに微笑む冥界の一同であったが、恥ずかしさに目を下へ向けるサクラの姿を見ると口笛を吹いて誤魔化す者が半分、微笑ましいと笑うものが半分、笑いながら頭を撫でる半分のキャスターは空腹を訴えるサクラの体に心が嘘をつかせることのないようにそうやって口を開いた。
今のところは家屋のひとつもない、竜か馬を枕にして眠ることになっている結界の中、この場所から料理をどうやって用意するのだろうか、やはり魔法のようにポンと作ってしまうのだろうかと期待する彼女を抱えてキャスターは結界の外に飛び出した。
空には朝日、既に空を分断するまでに高く広がった太陽の光が闇に慣れた瞳を刺激する。何故、危険を犯してまで結界の外に出たのだろうか、魔術初心者でしかないサクラであっても危険だとわかるキャスターの奇行。
「死霊たちにお弁当を運ばせて、結界の中で食べたら駄目なの?」
「!!!」
「おっと、遠回しな告白ですね。流石はお嬢様です、主のツボを理解していらっしゃる」
当然の疑問を尋ねた彼女に興奮を隠せないキャスターに護衛として着いてきた銀は落ち着いてくださいと頭を叩いた。状況をまるで理解できていないサクラを代わりに抱き抱えた銀は軽いですねと呟いて語り始めた。
「冥界で食べ物を食べるというのは、その大地に定住すると言っているようなものでして……この国の冥界と近い価値観なのですが、当世風に言うなら『よもつへぐい』というものが適応されてお嬢様が外へ出られなくなってしまうのですよ」
「それは嫌……です」
「……」
「ですよね、だから主は外で食べようと提案したわけです。断られてショックを受けていますがハデス様のように無断で食べさせてはいないので、あれでも比較的理性はある状態なんです」
嫌だと告げた途端に明らかに落ち込むキャスターに不安になったサクラと瞬きの間に立ち直るから何も考える必要はないと笑う銀、主が比較的好いている中華を探し求め、魔術による強力な偽装をされた3人はお昼ご飯を食べるため町へ繰り出すのでした。
文庫版と同じ数の章に合わせようと思ったら戦闘シーンがない状態になってました……。
どちらが先?
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一話完結のギリシャ異聞帯
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短編のオケアノス
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幕間の二人